モノづくり大好きライバーによるハッピーエンドの作り方   作:超かぐや姫!脳焼きの民

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いつも閲覧、感想、誤字報告ありがとうございます。


8000年の旅路の先

遠田が退院してからというもの、彩葉の全リソースは『Reply』の完遂へと注ぎ込まれた。

 

学校から帰るなり、彼女は自室に籠り、作曲作業に没頭した。

 

買ってきたカップラーメンやエナジードリンクを摂取し、彩葉はラストスパートをかける。

 

食べ終えたカップ麺の容器を無意識に布団の上に放置するほど、彩葉は音の海に沈み込んでいた。

 

「彩葉ちゃん!お母さんは悲しいです!

食べ終わったゴミを布団の上に捨てるような子に育てた覚えはありません!!」

 

背後から、遠田がわざとらしい裏声で「おかんモード」の説教を繰り出した。

 

「私も匠に育てられた覚えはないけど!!」

 

彩葉はイヤホンを外し、即座にツッコミを返す。

 

視線を向ければ、そこには眼帯と眼鏡を光らせ、腰に手を当てて呆れ顔を作る遠田が立っていた。

 

「ゴミはこっちで片付けとくわ

ゴミ袋ここに置いとくから以降出てくるゴミはこっちに捨てといて」

 

遠田は手際よくゴミを回収し、彩葉の机の近くに新しいゴミ袋を設置して去っていく。

 

こうして時折ふざけては、彩葉の張り詰めた肩の力を抜く。

 

それが、リハビリ中の遠田にできる精一杯のサポートであり、彼なりの恩返しだった。

 

 

 

そうして、ついに『Reply』が完成した。

 

彩葉はかぐやから贈られた銀の腕輪をそっと握りしめ、ベランダへと足を運ぶ。

 

そのすぐ隣には、いつもと変わらず遠田が寄り添っていた。

 

夜風が、二人の頬を静かに撫でていく。

 

そして。

 

「昨日の続き~♪

喋りたかった~♪」

 

彩葉が、静かに歌い始めた。

 

月にいるかぐやに聞こえますようにと祈りを込めて。

 

彼女の透き通った歌声は、夜の静寂を震わせ、どこまでも高い夜空へと響き渡っていった。

 

 

 

リビングのソファーで、彩葉はゆっくりと瞼を開けた。

 

隣では、まだ深い眠りの中にいる遠田の穏やかな寝息が聞こえている。

 

彩葉はヤチヨにメッセージを送ろうとするも、何らかの理由により、送信できなかった。

 

その為、ツクヨミにログインして、直接ヤチヨを探すことに。

 

ツクヨミ内ではヤチヨの配信が空中のディスプレイに表示されている。

 

なぜかドジョウ掬いを踊っている。

 

そんな配信を見つめる彩葉。

 

彼女の視界の端に、白くフワフワした小さいものが映る。

 

いつもヤチヨの傍らに寄り添っているはずのFUSHI。

 

その小さな存在は、彩葉の視線に気づくと、まるで何かから逃げるような、あるいはどこかへ誘うような足取りで移動を始めた。

 

「待て!なんであんただけで...」

 

彩葉は弾かれたように、その白い背中を追いかける。

 

華やかな配信の声が遠ざかり、周囲のユーザーの姿もまばらになっていく。

 

FUSHIが導いた先は、メインストリートから大きく外れた、街の裏側。

 

光の届かない暗い小道の果てにある、ひっそりと静まり返った袋小路だった。

 

「どこにいるか教えて」

 

彩葉は肩で息をしながらFUSHIに問いかける。

 

しかし、FUSHIはただそこに佇むだけで、答える様子は微塵もない。

 

「自分で探すよ...」

 

痺れを切らした彩葉は、突き放すようにFUSHIに背を向け、暗い小道を戻ろうと歩き出した。

 

「バカたれ、どこを探すって?」

 

そんな彩葉にFUSHIが言葉を投げかける。

 

「教えてくれないなら、世界中!」

 

彩葉は振り返ることなく、強く、迷いのない声で啖呵を切る。

 

その答えに満足したのか、あるいは呆れたのか。FUSHIは短く鼻を鳴らすと、静かに告げた。

 

次に彩葉がまぶたを押し上げた先に見えたのは、仮想世界の暗い路地裏ではなく、見慣れた自宅のリビングだった。

 

窓から差し込む朝の光。隣で眠る遠田の穏やかな寝息。

 

そして、そのすぐ目の前。

 

現実世界の、自分たちの家のリビングに。

 

あり得ないはずの姿で、あの白くフワフワしたFUSHIが、そこにいた。

 

「こっちだ」

 

ぶっきらぼうにそう言い残すと、FUSHIはリビングの扉をすり抜けるようにして外へ向かっていく。

 

「おい!あっ...あぁ...」

 

咄嗟に追いかけようとして、彩葉は自分の格好を見て足を止めた。

 

昨夜、ベランダで夜が明けるまで歌ったあと、そのままソファーで力尽きた寝間着姿。

 

さすがにこのまま飛び出すわけにはいかない。

 

「着替えるから待ってよ!

あと、匠も連れて行くから」

 

遠ざかる白い背中に向かって必死に声を張り上げると、彩葉は隣で泥のように眠っている遠田の肩を激しく揺さぶった。

 

「匠、今から外に向かうから準備して

あとスマコン用意してて」

 

「...ん、え? 彩葉...?」

 

「いいから早く! 部屋で着替えてくる!」

 

嵐のように指示を飛ばすと、彩葉は自分の部屋へと駆け込んでいった。

 

「えっ?わ、分かった」

 

唐突に叩き起こされた遠田は、状況が全く飲み込めず、寝ぼけ眼で頭をかく。

 

しかし、去り際の彩葉の真剣な表情と声の響きから、「ただごとではない」ことだけは本能的に察知した。

 

彼はすぐに意識を切り替え、手早く外出の準備を整える。

 

「スマコンって片目でも意味あんのかな~」

 

左目の眼帯を指先でなぞりながら、ふとそんな疑問が頭をよぎるが、今は悩んでいる暇はない。

 

彼は愛用のデバイスを装着し、設定を確認する。

 

そして、彩葉と合流する。

 

「...で、一体なにがあったん?」

 

「FUSHIがヤチヨのところに案内してくれるみたい!

スマコンをARモードにしたらFUSHIが見えるはず」

 

彩葉の簡潔な答えを聞き、遠田もすぐさまデバイスをARモードへと切り替える。

 

すると、現実の風景に重なるようにして、あの白く、どこか愛らしいフワフワとした姿が浮かび上がった。

 

 

 

2人は街を走り抜け、電車に乗り、FUSHIを追いかけ続けた。

 

そうして到着したのはなんの変哲もないアパート。

 

アパートの階段を駆け上がり、ある部屋の扉をFUSHIがすり抜けて入っていく。

 

遠田がドアノブを掴む瞬間、ロックが外れる音がした。

 

遠田と彩葉は静かに、警戒して部屋に入る。

 

カーテンが閉め切られ、電気の消えた室内。

 

だがそこは、外観からは想像もつかないほど、無数のサーバーラックと精密な電子機器の山で埋め尽くされていた。

 

「...なんや、ここ」

 

正面には何本ものコードにつながれたタケノコらしきもの。

 

右手にはこの空間には似合わない水槽が置かれている。

 

水槽の中にはFUSHIそっくりのウミウシの姿がある。

 

FUSHIはタケノコらしきものが収められたケースの前に佇んでいる。

 

「ここから入れ」

 

短く、重みのあるFUSHIの言葉。

 

遠田と彩葉は顔を見合わせ、覚悟を決めたようにその場でデバイスを起動した。

 

現実と仮想の境界が溶け合うこの異様な部屋から、二人は再び『ツクヨミ』の世界へと深く潜っていく。

 

 

 

ツクヨミにログインした2人は見知らぬ部屋に居た。

 

提灯によって光源が確保された和風の部屋。

 

その部屋に居る、長い白髪の女。

 

背を向けているため、顔はわからない。

 

「かぐや...?」

 

彩葉が縋るように問いかける。

 

その声に反応して、女がゆっくりと振り返った。

 

その姿に見覚えがあった。

 

仮想空間ツクヨミの管理者にして、歌姫である月見ヤチヨであった。

 

ヤチヨは、部屋に現れた彩葉と遠田へ視線を向ける。

 

そして、次の瞬間。彼女は言葉を失い、大きく目を見開いた。

 

ヤチヨの視線の先には普段と変わらない彩葉のアバター。

 

そして――左目の部分に激しいノイズが走り、欠損したデータが黒い霧のように渦巻いている遠田のアバターの姿だった。

 

「なにが...あったの...

匠...その目って...」

 

ヤチヨの声が小刻みに震えている。

 

管理者としてシステムの内側にいた彼女は、現実世界で遠田の身に起きた悲劇を知る由もなかったのだ。

 

「ああ、これ?

やっぱり変な感じになってる?」

 

対照的に、遠田は努めて軽い調子で返した。

 

そして、あの夜に何が起きたのかを淡々と説明する。

 

魔改造スマコンを限界まで回した代償として左目の光を失ったこと、そして右目の視力も大幅に落ちてしまったこと。

 

真実を突きつけられたヤチヨの顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

「ごめんなさい...

最終リミッターを外したせいで...」

 

崩れ落ちるように謝罪の言葉を漏らすヤチヨ。

 

だが、その言葉を遮るように、遠田は強く、食い入るような口調で否定した。

 

「謝らんで。

リミッター外す判断をしたんは俺やし、ヤチヨは悪ない。

だから謝らんで。後悔なんてしてへんし」

 

 

 

ヤチヨが落ち着くのを待ってから、彩葉は意を決して問いかけた。

 

「ヤチヨは...かぐやなの?

変なこと言ってるのは分かってる...

でも」

 

ヤチヨは立ち上がり、背後の屏風に映像が描写される。

 

「今は昔、月に帰ってバリバリ社畜していたエラエラかぐや姫のところに、歌が届きました。」

 

ヤチヨの声は、どこか遠い昔を懐かしむような響きを帯びていた。

 

「それでもっかい地球に行こ~ってお仕事爆速ですっかり片付けて引継ぎも完了。

 

ただ地球の時間では大遅刻。

 

でも安心。

 

月の超テクノロジーは時間も超えられます」

 

淡々と、けれどおどけたような調子で説明を続けるヤチヨ。

 

「時を超えて地球に向かうかぐや姫。

 

でも、もう少しのところで、でっか~い石に当たっちゃったの。

 

やっとのことでたどり着いたのは8000年も前の地球でした。」

 

屏風の中の映像が、荒涼とした太古の風景に変わる。

 

「壊れた船のわずかな力で、同行していた犬DOGEだけがウミウシの体を得ました。

 

かぐやはそのウミウシの体を通じてだけ、世界と交流を持てたのです。

 

時は経ち、人々は見えないものを形にし、多くの人とつながる力を手に入れた。」

 

、映像は現代のデジタルな光へと移り変わる。

 

「それは月の世界と少し似ていて、かぐやは初めて魂だけの自分が、世界と関われる可能性を知りました。

 

そして仮想世界ツクヨミの歌姫として、再び彩葉と匠に出会うことができたのです」

 

パッと部屋の明かりが灯り、ヤチヨの姿を鮮明に照らし出す。

 

「...ってこれじゃあ、手放しでめでたしめでたしとはならないかやっぱ」

 

無理に明るく振舞おうとするヤチヨに、彩葉は震える声で問いかけた。

 

「...私たちといたかぐやは?」

 

「今もまた同じ輪廻を巡ってる...

私たちはその輪から外れることはできない...」

 

ヤチヨは静かに、少し悲しそうに真実を告げる。

 

「全然分かんないよ...」

 

彩葉の声は涙ぐんでいる。

 

「ただのおとぎ話!

あんま深く考えないで

とにかく、再会をお祝いしましょ」

 

そんな彩葉の手を取りヤチヨは元気つけようと言葉を紡ぐ。

 

そのまま彩葉と遠田を連れて、部屋の大きな窓際へと移動した。

 

そこからは、眼下に広がるツクヨミの街並みを、宝石箱をひっくり返したような高所から見渡すことができた。

 

「ここからの眺めが、ヤチヨは本当に大好きなの...」

 

「どうして...ヤチヨはずっと笑っていられるの...?」

 

絶望的な時間の流れを聞かされた後でも、なお微笑む彼女に、彩葉が堪えきれず問う。

 

「それがヤチヨだから...」

 

短くそう答えると、ヤチヨは夜景を見つめたまま言葉を続けた。

 

「でも...ハッピーエンド連れてくって約束したのに...

彩葉の歌を聞いて戻って来たのに...

ごめんドジっちゃった...

キラキラのかぐや姫はもうおばあちゃんです...」

 

ヤチヨは悲しそうに笑う。

 

そんな切ない空気で満ちていた部屋に、遠田のデリカシーのかけらもない発言が突き刺さった。

 

「...老けたから髪を白くしたん?」

 

遠田がポロっと無意識にこぼした言葉だった。

 

その瞬間、ヤチヨの動きが止まる。

 

彼女はゆっくりと歩み寄ると、遠田の頬を正面からむんずと掴み上げた。

 

「...今ね~、すっごくシリアスな話してたよね~?

そこに何てこと言うのかな?

しかも、女の子の年齢をイジっちゃダメでしょ?」

 

声は穏やかだが、目は全く笑っていない。静かに、けれど確実にキレていた。

 

「かぐやはそんな顔しなかったじゃん」と涙目で声をかけようとしていた彩葉でさえ、あまりの発言に涙が引っ込み、ドン引きして固まっている。

 

「い、いや...

今、自分でおばあちゃんって...」

 

「ナニカ言った~?」

 

頬を強くつねり上げられ、遠田の顔が歪む。

 

「イエ、ナンデモナイデス...」

 

「ならよろしい」

 

ヤチヨは満足げにパッと手を離し、何事もなかったかのように背筋を伸ばした。

 

さっきまでの消え入りそうな悲劇のヒロイン感はどこへやら。

 

そこにはいつもの、Mr.Mk(遠田)の作品に振り回され、そんな彼を追い回していた月見ヤチヨの空気が戻っていた。

 

 

 

そんな空気の中、彩葉がヤチヨに宣言する。

 

「8000年あったこと全部聞かせてよ!

私寝ないから!」

 

「俺も気になるから聞きたい」

 

遠田も彩葉の宣言に便乗する。

 

「フフッ、無茶言うね~」

 

ヤチヨが楽しげに手を横に振るう。

 

すると、瞬時に周囲の景色が書き換えられていった。

 

現れたのは、かつて彩葉が住んでいた、あの懐かしいアパートの一室。

 

ヤチヨの姿も、歌姫の衣装から、あの頃着ていた黒いシャツへと変わっている。

 

彩葉はリラックスした寝間着姿。

 

...そして、なぜか、遠田だけが、簀巻きにされていた。

 

「待て待て待て!

なんで俺簀巻きにされてるん!?」

 

「あーら、さっきの失言、もう忘れた~?」

 

「...いえ、完全に納得しました。すみませんでした...」

 

理不尽な拘束も、ヤチヨの笑顔の圧力によって一瞬で握りつぶされた。

 

「じゃあまずは、縄文人と魚取った話から」

 

そうして、ヤチヨの体験談が幕を開ける。

 

物語が江戸時代に差し掛かったあたりで、彩葉のまぶたが限界を迎え、うつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。

 

「お休みなさいよ彩葉

死んじゃう」

 

「今江戸じゃん

まだまだ」

 

ヤチヨの忠告に「まだまだ」と返す彩葉。

 

「まだ江戸って...

8000年のうち、もう90%以上終わったで...」

 

遠田がツッコミを入れる。

 

そんな中、FUSHIから機械的な音声が流れる。

 

「ネムッテ、ネムッテ」

 

「あちゃ~ヤチヨの方が眠る時間だぁ

ふわ~ごめんね~」

 

ヤチヨは大きなあくびを一つ。

 

上半身を舟のようにフラフラと揺らしたかと思うと、そのまま糸が切れたようにコテンと横になった。

 

 

 

彩葉はそっとヤチヨの傍らへ移動すると、眠る彼女の白い髪を慈しむように撫でた。

 

「ず~っとケラケラ笑っちゃって...

私みたいになっちゃったんだ...」

 

「なに?自認ヤチヨ?」

 

簀巻きのまま転がっていた遠田が、茶化すように鼻を鳴らす。

 

彩葉は無言で、彼の頭に鋭いチョップを一発お見舞いした。

 

「FUSHI...

ヤチヨが隠してることあるよね?」

 

静かになった部屋で、彩葉が優しい声で問いかける。FUSHIは一瞬、答えを探すように沈黙した。

 

「ヤチヨが言わなかったならそれは...」

 

FUSHIは口ごもる。

 

8000年という果てしない月日。

 

そこには語られた楽しい思い出と同じ数だけ、凄惨な別れや、癒えない傷跡があったはずだ。

 

ヤチヨはそれを見せないと決めて、一人で抱え込んできた。

 

「見せて...

私、かぐやの全部を見なくちゃ...」

 

彩葉は、迷いのない表情で微笑んだ。

 

「人の体で耐えられるかわからない...」

 

FUSHIは真っ当な警告をする。

 

8000年の歴史。

 

その全てを脳に直接叩き込む所業。

 

人の限界を超えるかもしれない。

 

その不安を断ち切るように、横たわったままの遠田が声をかけた。

 

「多分大丈夫やで。

俺さ、かぐやの卒業ライブの時に、人の限界ギリギリまで行ったけど、8000年の歴史も、単純な情報量だけで言うなら耐えれると思う。

最悪、俺と彩葉で分割すればいい」

 

普通の人間の口から出てくるはずのない、壮絶な体験談。

 

それを遠田は、まるで昨日の夕飯の献立を思い出すかのように、平然と言い切った。

 

かっこいいこと言っているが簀巻きにされているので、説得力があまりにも低い。

 

「ヤチヨはさっき、本当に久しぶりに嬉しそうだったんだ...」

 

そう言ってFUSHIも覚悟を決める。

 

「いくぞ~~!!」

 

そうしてFUSHIの両目からビームが放たれ、世界のテクスチャを崩壊させる。

 

寝間着も、簀巻きの感触も、すべてがデータの濁流へと溶け出していく。

 

そして。

 

彩葉と遠田の意識は、8000年という果てしない時の深淵へと、真っ逆さまに突き落とされた。

 

かぐやが。ヤチヨが。

 

これまで歩んできた、気の遠くなるような、孤独で、けれど愛おしい、歴史のすべてが、今、二人に向けて展開されようとしていた。

 

 

 

「ヤチヨ...どっかに居るんでしょ...

出てきて...助けて...」

 

岩の上に独りで座り、膝を抱えるかぐや。

 

8000年前の荒涼とした大地で、ヤチヨに助けを求める孤独な姿から、その記憶の旅は始まった。

 

そこからは、濁流のような時間の断片だった。

 

 

(いまし)は縁起良しとぞ...」

 

かぐやを釣り上げ、慈しむような目を向けた神功皇后。

 

 

 

「逢い見ての

のちの心にくらむれば」

 

月明かりの下、切ない恋心を琵琶の音に乗せて奏でる権中納言敦忠。

 

 

 

「会いたい者がいるのだろう?」

 

燃え盛る城の中、炎と煙に巻かれながらも、かぐやを逃がそうと気高く笑う淀殿。

 

 

 

「ムカつくからさ、辛くても笑うんだよ!」

 

苦界に身を置きながらも、運命に抗うように力強く笑ってみせた吉原の花魁。

 

 

 

「君の活躍する時代を俺も見てみたかった」

 

病床の縁側で団扇を仰ぎ、遠い未来に思いを馳せた明治の文豪。

 

 

 

「私にはここなの」

 

戦後、荒れ果てた地で笑う花売りの少女。

 

 

 

「極上のワインは時間がたつほど深まる。

悪いことばかりじゃないさ」

 

正倉院から宇宙船を盗み出し、不敵な笑みを浮かべたCIAの男。

 

 

 

「ばかだったな~

なんで今まで気づかなかったんだろ...

私がヤチヨに...」

 

ツクヨミを構築した歌姫・月見ヤチヨ。

 

 

――それは、かぐやが8000年の間、何度も繰り返してきた出会いと、それと同じ数だけの残酷な別れの記録。

 

(そっか...

だからヤチヨは...

いつもあんなに楽しそうに...

笑ってたんだ...)

 

瞳孔は激しく揺れ、脳を焼くような熱量に口を閉じることすらままならない。

 

精神の限界は、とうに超えていた。

 

だが、二人は止まらなかった。

 

だが、それでも、彼らはこの情報の波を、8000年の歴史を、ヤチヨ(かぐや)が気の遠くなるような孤独な道のりを。

 

そのすべてを、2人は最後まで踏破した。

 

 

 

 

一面が静かな水に満たされた、鏡のような世界。

見上げれば、吸い込まれそうなほどの満天の星々が、水面に溶け込むように輝いている。

 

「彩葉! 匠...っ!」

 

遠くから、けれど切実に自分たちを呼ぶヤチヨの声がした。

 

その震える声に導かれるように、二人はゆっくりとまぶたを押し上げる。

 

視界が安定してくると、そこには自分たちの顔を覗き込む、不安げなヤチヨの姿があった。

 

8000年の記憶という、あまりにも巨大な濁流に身を投じた二人を、彼女は今にも泣き出しそうな目で見守っている。

 

「...ん、あぁ...」

 

彩葉が小さく声を漏らし、意識の輪郭を確かめるように自分の手を見つめた。

 

そして、たまらず起き上がり、ヤチヨを力一杯抱きしめる。

 

遠田もそれに続き、震えるヤチヨの肩を包み込んだ。

 

「今までよく頑張った...

ほんまによく耐えた...」

 

遠田の声は、堪えきれない涙に濡れていた。

 

8000年という、気が遠くなるような孤独の深さを知ってしまったから。

 

「私成長したよ...

やりたいことができたんだ...

お母さんとだって話せた...」

 

彩葉が、自分に言い聞かせるように告げる。

 

「かぐやが居なくたって十分ハッピーエンド...

お話はもう...終わり...」

 

そこまで言って、彩葉の瞳から大粒の涙が溢れ出した。言葉とは裏腹に、心が悲鳴をあげている。

 

「かぐやと居たい...

匠と、かぐやと3人で笑っていたい...」

 

彩葉の切実な叫びに、ヤチヨの目からも涙がこぼれ落ちる。

 

「もう、これで終わってもいいって思ってたのに...」

 

そう言ってヤチヨは彩葉と遠田の手に重ねる。

 

「触れたら暖かいかなって、いつも思うんだ...

また、パンケーキ食べたいなぁ...今度は3人で...」

 

その、あまりにもささやかな願いを聞いた瞬間。

遠田が、弾かれたように立ち上がった。

 

「こんな結末がハッピーエンドであってたまるか...」

 

この結末に納得できない。

 

8000年出会いと別れを繰り返して、それでちょっと再会して終わり?

 

ふざけんな。

 

遠田は、涙を拭い去り、鋭い眼光でヤチヨを見据えた。

 

「ヤチヨ...聞きたいことがあんねん」

 

「...何かな?匠」

 

ヤチヨは、迷いのない真っ直ぐな瞳で自分を見つめる遠田に対し、静かにその問いを待った。

 

 

 

遠田を捉えて離さない違和感があった。

 

先ほど、ヤチヨが語った「大遅刻」の際、屏風に映し出された映像。

 

そこには年老いた彩葉と遠田によく似た老人の姿があった。

 

だが、その老人の左目は――今の遠田とは違い、濁りのない五体満足な「普通の目」をしていたのだ。

 

もし、月から地球のすべてを観測できていたのなら、ヤチヨがこの欠損を知らないはずがない。

 

だとしたら、先ほど彼女が見せたあの激しい動転は何だったのか。

 

これらが事実と仮定すると、導き出される答えは一つ。

 

ヤチヨが知る「過去」と、遠田たちが歩んできた「現在()」。

 

この二つは今、決定的な相違を見せている。

 

 

 

 

「かぐやとして見てきた世界と、ヤチヨとして見てきた世界。

この2つに明確な違いってあったか?」

 

「...あるよ。

とても大きな違いが...」

 

ヤチヨは深呼吸をし、告げた。

 

かぐや()の卒業ライブの日、あの時の戦闘で、匠はヤザカマに敗れていたんだ...

その後、立ち上がることなく、ヤザカマが彩葉たちを殲滅して終わりだった...」

 

ヤチヨは懐かしむように、けれど寂しそうに言葉を続ける。

 

「でもね、ヤチヨ()が見た戦いは違った...

匠は命を賭けて...すべてを賭けて...ヤザカマに勝った...

そして左目を失った...

これが明確な違い」

 

ヤチヨの答え合わせ。

 

その言葉を聞いた遠田は満足そうに笑う。

 

「なるほど...

ならまだ救いはあるな」

 

場にそぐわないその言葉に、彩葉とヤチヨはあっけにとられ、言葉を失う。

 

「ヤチヨ。さっきさ、『ハッピーエンド連れてくって約束したのに...ドジっちゃった...』って言ったよな」

 

遠田は一歩、水面を踏みしめてヤチヨに詰め寄る。

 

「やったらな!俺が彩葉も、ヤチヨも、かぐやも全員纏めてハッピーエンドまで連れてったる!!」

 

静まり返った空間に、あまりにも大胆不敵な宣言が響き渡った。

 

「そ、そんな無茶だよ!

月の技術ですら、輪廻を壊すことは難しいのに...」

 

ヤチヨは必死に首を振る。

 

8000年もの間、抗えない運命を見続けてきた彼女にとって、それは神に逆らうような暴論に聞こえたのだ。

 

だが、遠田の右目は、一点の曇りもなく彼女を見据えていた。

 

「その輪廻さ、もう壊れてたりせん?」

 

「え...?」

 

ヤチヨの声が小さく震える。

 

「だって、俺たちが歩んできた今と、ヤチヨがかつて見た過去が明確に違うんやから!」

 

遠田は不敵に、けれど確信に満ちた口調で言葉を継ぐ。

 

「その輪廻が壊れてるか確かめる手段は持ち合わせてないけど、持ってそうな奴は知っとる」

 

運命という名の巨大なシステムに対し、遠田は傲岸不遜とも言える笑みを浮かべ、宣戦布告をした。

 

 

 

「最後にもう一個聞かせてくれ

彩葉の歌が月で聞こえた原因ってかぐやの銀の腕輪やったりする?」

 

遠田の最後の問い。

 

「そうだけど...」

 

ヤチヨが戸惑いながら肯定する。

 

その銀の腕輪こそが、かつての卒業ライブで、かぐやが彩葉に託し、今も彼女の腕にある唯一の絆の証。

 

「そっか!

なら多分何とかなるわ!」

 

遠田は迷いなく笑った。

 

「全員纏めて最高で最善の終わり(ハッピーエンド)まで連れて行ったるから力は借りるで!

だってさ、俺らの終わりに涙なんで似合わんやろ?」

 

そう言って遠田はこの空間を去る。

 

「フフッ、アハハハ!」

 

残されたヤチヨが、腹の底から突き上げるような声をあげて笑い出す。

 

8000年の孤独も、輪廻の絶望も、その笑い声がすべてを吹き飛ばしていくようだった。

 

「彩葉...ついて行ってあげて...

ここで、私は待ってるから」

 

「分かった。

だから、皆でハッピーエンドに行こう!」

 

彩葉もまた、力強く頷く。

 

ヤチヨの温かな眼差しに見送られながら、彩葉の意識もまた、現実の光の中へと溶けていった。

 

 




活動報告にて「番外編のリクエスト募集」を開始しました!

特定のキャラクターのその後や、見てみたいシチュエーションなど、ご要望があればぜひ活動報告のコメント欄までお寄せください。

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