モノづくり大好きライバーによるハッピーエンドの作り方 作:超かぐや姫!脳焼きの民
前話のBADENDを夢オチにすることで、致命傷を回避しました。
ちょっと短めです。許し亭...
いつも閲覧、感想、誤字報告ありがとうございます。
小説版「超かぐや姫!」がついに届いたので読んでいたのですが...
最初の彩葉のメンタルが心配すぎる...
「お母さん語録」が脳内で勝手に流れるのヤバすぎる...
2032年7月16日。午前2時。
「ハァハァ...ハァ...っ」
湿り気を帯びた熱帯夜の静寂を、彩葉の短い呼吸が切り裂いた。
悪夢に苛まれていた彼女は、心臓の鼓動に追い立てられるようにして目を覚ます。
夢の内容は、あまりにも鮮明だった。
遠田匠が、死んでしまう夢。 あの2030年の9月、スマコンの排熱によって脳を焼き切り、物言わぬ骸となった彼の姿。
現実と夢の境界が溶け落ちていくような、逃げ場のないクリアな映像。
これまでの記憶こそが夢で、匠が死んだことだけが現実なんじゃないか?
脳裏をよぎる疑念が、冷や汗となって背筋を伝う。
時刻は午前2時。丑三つ時。 誰もが深い眠りにつく時間、彩葉は青ざめた顔のまま、自身の部屋を抜け出した。
ガタガタと震える身体を抱きしめるようにして、暗い廊下をリビングへと向かう。
そこには、遠田の痕跡があるはずだ。 彼と共に過ごした騒がしい生活の残滓が、彼がそこに「居る」という証拠が。
悪夢が現実を侵食していないか。
それとも、この静寂こそが、彼を失った「真実の世界」の姿なのか。
彩葉は、自身の生存を確認するかのような悲痛な足取りで、暗がりのリビングへと手を伸ばした。
リビングには電気が付いていた。
「彩葉、どしたん?
こんな時間に...」
全く寝付けず、気分転換のためにキッチンに立っていた遠田が、不思議そうに声をかける 。
その声、その立ち姿、その何気ない日常の光景が、彩葉の脳内にこびりついていた凄惨な結末を、一瞬で塗り替えていく。
「た、匠...っ、匠...っ!」
彩葉は、まるで崩れ落ちる壁を支えるかのように、遠田に激しくしがみついた。
その瞳からは涙が溢れ出し、声は形を成さないほどに震えている。
夢の中で嗅いだ、あの「生命が焼き切れたような嫌な臭い」ではない。
夢の中で触れた、あの「温もりを失い始めた唇」でもない。
今、自分の腕の中に確かな質量として存在する彼の身体。
彩葉は、彼が生きていることを確かめるように、必死にその体温に縋り付いた。
「良かった...生きてる...生きてる...たくみ...良かった...」
「彩葉!?大丈夫か!?」
ただならぬ様子で泣きじゃくり、恐怖に震え続ける彩葉を、遠田は力強く抱きしめ返した。
「大丈夫や...俺はここに居るで...ちゃんと生きとる...だから大丈夫...」
遠田は彩葉の震えが止まるまで抱きしめ続けた。
彼女を襲う恐怖から護るように、彼女がこれ以上怯えなくていいように...
東の空が白み始め、夜の深淵が溶け落ちる頃。
遠田の胸元で激しく脈打っていた彩葉の震えは、ようやく静かな鼓動へと変わっていた。
遠田が生きていることに安心したのか、彩葉はそのまま眠りについた。
遠田は彩葉を抱えてソファまで歩き、彩葉を休ませる。
遠田には彼女に何があったのか分からない。
ただ、彩葉がここまで焦り、震え、怯えている所を見たことがない。
だからこそ、遠田は彼女の傍にいた。
「俺が死ぬ夢でも見たんかな...
さしずめ、かぐやの卒業ライブの時にそのまま...って感じか」
ソファで眠る彩葉の寝顔を見つめながら、遠田は独りごちた。
彼女の断片的なうわ言や、自分を確かめるような必死の縋り付き方から、その悪夢の輪郭を推測する。
かぐやの卒業ライブにて、遠田があの虹の向こうに足を踏み入れてしまった夢だろうと推測する。
「そやな...今思えば自分勝手が過ぎたよな...
『かぐやさえ居れば、彩葉は大丈夫』なんて...」
あの日、遠田は自分の命すら投げようとした。
『彩葉が笑っていられるにはかぐやさえ居ればいい。
俺は別に居なくなっても大丈夫』と考えていた。
今となって分かる。
もし、あの日、虹の向こうへ行っていたら、
命を投げ出していたら、
彩葉は笑えなかっただろう。
誰かを犠牲にして得た未来で、優しい彼女が笑えるはずないのだと。
「ごめんな...彩葉...」
遠田は静かに彩葉に謝り、寝ている彼女の頭を撫でる。
目を覚ましたかぐやがリビングで目にしたのは、ソファで遠田に縋りつくように眠る彩葉の姿であった。
「匠、彩葉に何かあったの?」
ただならぬ様子に眉をひそめ、心配そうに彩葉を見つめる。
「イヤな夢見てもうたみたいで、魘されててん...」
遠田は、昨夜の緊迫した空気を感じさせないよう、努めて静かに答えた。
彩葉がどれほど絶望的な「死の夢」に怯えていたか、その詳細は伏せた。
「ようやく、安心したのか寝付いたから、静かに頼むわ」
遠田はかぐやに彩葉の状況を簡潔に伝えた。
彼はただ、彩葉をこれ以上怯えさせないよう、その傍らに居続けた。
「分かった!
彩葉が元気になるようにおいしい朝ご飯用意しとくね!」
かぐやは意気込んでキッチンに立つ。
「すまん、頼むわ。
あと...片手で食べられるもんくれへん?」
遠田は、縋りつく彩葉を起こさないよう声を潜める。
「腹減ってんねんけど、動けんから...」
彼は彩葉の温もりを感じながら、苦笑いした。
かぐやは手早くサンドウィッチを作りだす。
スクランブルエッグとハム、レタスに特製のソースをかけ、パンで挟み込む。
そんな中、この部屋最後の住人であるヤチヨがリビングにやってくる。
「おはよ~
...匠、彩葉に何があったの?」
最後にリビングへ現れたヤチヨが、不思議そうに問いかけた。
遠田は、かぐやに話したのと同様に「悪い夢を見て魘されていた」と説明する。
説明を聞いたヤチヨは「分かった」と短く頷いた。
だが、その直後、彼女はスマホを取り出し、正面から正々堂々と二人を盗撮し始める。
今の彩葉は、もう悪夢に怯えてはいない。
遠田の温もりに包まれ、その表情はどこか幸せそうであった。
ヤチヨは、その穏やかな寝顔と、彼女に膝枕を貸している遠田。
ヤチヨにとってこの光景は眼福そのものであった。
そんな光景をいつでも見れるようにしておきたかったのだ。
「ちょっ!ヤチヨ!何撮ってんねん!」
彩葉を起こさないように、遠田は精一杯の小さい声で抗議した。
ヤチヨはニヤニヤしながら、手慣れた様子で何枚もシャッターを切る。
かぐやもキッチンから身を乗り出し、出来たてのサンドウィッチを片手にその様子を見守っていた。
「ヤチヨ~かぐやにもその写真送って~」
「かぐやさん!?」
かぐやもヤチヨに悪ノリする。
これまで歩んで来た道のりが少し異なるだけで、2人は同一人物である。
悪ノリはすれど、互いを止めることなどしない。
「お前らな...」
キッチンからは、スクランブルエッグとハムの香ばしい匂いが漂う。
幸せそうな彩葉の寝顔と、板挟みになる遠田。
平和な朝の光景が、昨夜の悪夢を完全に上書きしていった。
ちなみにだが、かぐやが起きてくる前に遠田も彩葉の寝顔を写真に収めていた。
香ばしい匂いに誘われ、彩葉がゆっくりと目を開ける。
「おはよ彩葉。
よ~眠れたか?」
遠田が目を覚ました彩葉に声をかける。
「...ん...匠...
おはよう...」
彩葉は、まだ眠気混じりの声を漏らす。
だが、意識が完全に覚醒した瞬間、彼女の思考は沸騰した。
自分が遠田の胸で泣きじゃくっていたこと。
そのまま彼の膝の上で眠りこけていたこと。
そして今、目の前に彼の顔があること。
「...っ!!」
彩葉は顔を林檎のように朱く染め、跳ねるように起き上がった。
「わ、わわわ! ご、ごめん、匠! 私、ずっと...!」
慌てふためく彩葉を、遠田は笑いながら見つめる。
ヤチヨとかぐやはそんな彩葉をニヤニヤしながら眺めている。
「ええよ、ええよ。眼福やったし」
彩葉は真っ赤な顔のまま、リビングの隅へと後ずさる。
昨夜の絶望的な悪夢の恐怖は完全になくなったわけではない。
しかし、今は賑やかな羞恥心によって、完全に隅へと追いやられていた。
かぐやお手製のサンドウィッチを食した後、遠田と彩葉は大学へ向かう。
「今日ぐらい、休んでもええんちゃうか?」
駅へ向かう道すがら、遠田がポツリと零した。
かぐやもヤチヨも、同じ意見だった。
昨夜のあの怯えようを見れば、無理をさせるのは酷だと思ったからだ。
「いいの。講義に出て、いつも通りに過ごしたいから...」
だが、彩葉は首を横に振った。
彼女は、あえて「日常」を求めていた。
彩葉は講義に出ることで、平常心を取り戻そうとしたのだ。
しかし、彼女の手は少し震えている。
昨夜より大分マシになったとはいえ、壮絶な悪夢の恐怖は抜けきっていない。
「それもそうか。...まぁ、こうしとけば安心やろ?」
遠田は、彩葉の震える手を迷わず握った。
「た、匠!?」
唐突な遠田の行動に彩葉が驚いて顔をあげる。
耳元がうっすらと朱い。
「寂しそうな、辛そうな顔より今の顔のほうがええで」
遠田が何気なく零した一言。
彩葉の顔は、さらに沸騰するように朱くなる。
そして、彩葉は俯き、繋がれた手を強く握り返した。
遠田の掌から感じる体温。
それは今隣に居る彼が、昨夜の夢にいた魂亡き亡骸でも、冷徹なAIでもないことの何よりの証明であった。
電車の中でも、大学への道でも、二人は注目の的だった。
朝から片時も手を離さず歩く姿は、嫌でも目立つ。
すれ違う学生たちの視線は、どこか生温かい。
事情を知らない者には、ただの「バカップル」にしか見えないのだ。
「...なぁ、彩葉。流石に視線が痛いんやけど」
遠田が少し決まり悪そうに、頬を掻く。
「...匠が言い出したんでしょ。責任取ってよね」
彩葉は俯きながらも、繋いだ手にさらに力を込めた。
周囲の冷やかしなど、今の彼女にはどうでもよかった。
この熱こそが、悪夢を打ち消す唯一の「真実」なのだから。
「へいへい。最後まで付き合ったるわ」
遠田は観念したように笑い、彼女をエスコートするように歩を進める。
2人はそのまま、好奇の視線を切り裂いて講義棟へと向かった。
遠田の友人たちに「相変わらずラブラブだね~」と茶化されることもあったが、
遠田が「そうやろ~!」と自慢げに返すせいで、彩葉は赤面しっぱなしであった。
2人は異常に近い距離感のまま、全ての講義を終えて帰宅した。
「彩葉! 匠! お帰り! 夜ご飯はオムライスだよ!!」
キッチンから、エプロン姿のかぐやが弾んだ声で出迎える。
バターとケチャップの甘い香りが、玄関まで漂ってきた。
ヤチヨは自室で「ツクヨミ」にダイブし、配信に勤しんでいるようだ。
いつもの、騒がしくも温かい日常がそこにはあった。
「ただいま、かぐや。...いい匂い」
彩葉は、ようやく玄関で遠田の手を離した。
1日中繋がれていた掌は、驚くほど熱を持っていた。
「ただいま。腹減ったぁ...俺の分少しデカめで頼むわ」
遠田は軽く腕を回し、強張った肩をほぐす。
「もちろん! 彩葉のには、可愛いケチャップアート描いちゃうからね!」
かぐやがフライパンを快調に振るう。
その賑やかな音を聞きながら、彩葉は深く息を吐いた。
「...匠」
「ん?」
「ありがと。...もう、大丈夫だよ」
彼女は小さく微笑み、リビングへと歩き出す。
悪夢の残滓は、この家庭的な幸福の中に、跡形もなく溶けて消えていった。
夕食のテーブルでも、彩葉の受難は続いた。
「ねえ彩葉、今日の講義中もずっと手、繋いでたんでしょ?」
ヤチヨがニヤニヤしながら、スマホの画面を突きつける。
そこには、講義棟の廊下を赤面しながら歩く2人の姿があった。
「ヤ、ヤチヨ! なんでそんなの持ってるの!?」
「ふふっ、愛の証だね! 彩葉、匠から離れられなくなっちゃった?」
かぐやもオムライスを運びながら、楽しそうに追い打ちをかける。
「ち、違うの! 匠が、その...えっと...」
彩葉は必死に弁解するが、言葉がまとまらない。
「匠、今日一日の感想をどうぞ!」
かぐやがスプーンをマイクに見立て、遠田に向ける。
「...照れて顔真っ赤にした彩葉がめっちゃ可愛かった」
少し耳を朱くした遠田が正直に答える。
「た、匠!?も、もう...」
そう言いながらも、彩葉はスプーンを動かす。
皆の笑い声と、温かいオムライスの味。
照れ臭くて、けれど堪らなく愛おしい。
悪夢の入り込む隙間など、もうこの家にはどこにもなかった。