モノづくり大好きライバーによるハッピーエンドの作り方   作:超かぐや姫!脳焼きの民

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遠田母が勝手に動きよるんで初見です。

マジで遠田母強すぎる。

いつも閲覧、感想、誤字報告ありがとうございます。


遠田家へのご挨拶、ご挨拶??

京都から電車を乗り継ぎ、大阪、遠田家にたどり着いた遠田一行。

 

「おばちゃんに会うの久しぶりだね~!」

 

遠田家の門を前に、かぐやが期待に胸を膨らませて声を弾ませる。

 

しかし、その隣に立つ彩葉たちは、どこかピンときていない様子で首を傾げた。

 

「私たちは大学でちょこちょこ会うからそんな気しなかったけど、かぐやは久しぶりだっけ?」

 

そう、遠田の母はただの「大阪のおばちゃん」ではない。

 

彼女は普段は大阪の拠点で研究を行い、非常勤講師として、彩葉たちが通う東京大学で教鞭を執る才女でもあるのだ。

 

そのため、遠田と彩葉は遠田母と会う機会があった。

 

しかし、東大の学生ではないかぐやにはそんな機会がなかったのである。

 

「ヤッチョはツクヨミのアップデートの件で会うよ~」

 

追い打ちをかけるようなヤチヨの言葉。

 

ツクヨミに触覚、味覚、そして嗅覚を実装するという、生命科学と機械工学の極致とも言えるプロジェクト。

 

その研究開発において、専門家である遠田母とヤチヨは、彩葉たちほどではないにせよ、密に交流を重ねていたのである。

 

「ヤチヨずるい~~!!!かぐやだけはぶられてる~~!!!!」

 

玄関先で崩れ落ち、絶叫するかぐや。

 

はぶられかぐや。いと哀れなり。

 

 

 

 

 

「あら~彩葉ちゃんにかぐやちゃん、ヤチヨちゃん。おかえり~!!

ヤチヨちゃんはこっちでは初めましてやね!!」

 

出迎えたのは、既にテンションが成層圏を突き抜けている遠田母。

 

おそらく、テンションだけで成層圏の向こう側まで撃ち抜けるだろう。

 

物理法則を無視したその熱量は、宇宙からの侵略者ですら一歩引くレベルに達していた。

 

普段からマッハで喋る彼女だが、今日はいつにも増してエンジンの回転数が高い。

 

10周りほど底上げされたその熱量に、一行は玄関先で早くも気圧されそうになる。

 

「ただいま、おかん。

なしてそんなにテンション高いん?」

 

遠田が半ば引き気味に尋ねると、母は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。

 

「そんなん決まってるやん!

昨日な!叶華が彼氏連れてきて結婚前提に付き合ってる言うてんで!

そんなおめでたい翌日に、あんたが彩葉ちゃん連れてくんねんから、テンション上がらん方がおかしいやろ!!!」

 

遠田にとって、不倶戴天の敵である遠田姉こと遠田叶華が雷を連れて実家に帰っていたようだ。

 

「昨日帰ってこんでよかった...」

 

彩葉の母である紅葉が気を失ったおかげでかの姉と接敵せずに済んだことに安堵する。

 

「さあさあ、みんな入った入った!

おばちゃんもっと聞きたいことあるねん!!」

 

嵐のような勢いで、彩葉たちを家の中へと捕獲していく母。

 

「...『話したいことがある』の間違いちゃうか?」

 

なぜか1人、玄関に取り残された遠田の口からツッコミが漏れる。

 

機関銃さえも凌駕するほど舌が回る遠田母が聞く側に回るなど、天変地異が起きてもあり得ない。

 

 

 

 

 

「まずは、かぐやちゃんおかえり!!おばちゃんまた会えてうれしいわ!!!

前会った時よりかわいくなっちゃって~~!お菓子もジュースもぎょうさんあるで!!」

 

...「話が聞きたい」とは一体何だったのか。

 

そう思えるほどの言葉のマシンガンが照射された。

 

そう問い返す隙すら与えない、言葉のマシンガンが全方位に照射される。

 

もはや会話ではなく、純粋なエネルギーの放射である。

 

「おばちゃ~ん!久しぶり~~~!!!!やっと月から帰ってこれたよ~~!!!!」

 

だが、さらに驚くべきは、その超音速のノリに真正面から応戦するかぐやの適応力だった。

 

叫びながら遠田母に抱き着く姿は、まるで生き別れた実の親子か、あるいは長年コンビを組んできた漫才師のよう。

 

「もう、かぐやちゃんったら~~!うちの子にならへん?孫でもええで!!」

 

リビングで繰り広げられる、キャッキャウフフという名の轟音。

 

その凄まじいスピード感に、彩葉やヤチヨはただ立ち尽くすことしかできない。

 

「匠、おかえり」

 

そんな騒乱の真っ只中、自室からひっそりと顔を出したのは、遠田父だった。

 

「親父、ただいま」

 

「左目の調子はどうや?悪なってないか?」

 

「大丈夫やで。異変ナシや」

 

「そうか...よかった...」

 

遠田父の瞳に宿るのは、深い安堵と、拭い去れない一抹の罪悪感だ。

 

遠田に魔改造スマコンという、禁断のアイテムを渡してしまったあの日。

 

遠田父は、それが遠田に必要になることが分かっていながらも、同時にその健やかな身体を危険に晒したのではないかと、今もどこかで自分を責め続けている。

 

必要以上に繰り返される、左目の確認。

 

リビングの熱狂とは対照的な、父子の静かで、どこか切実なやり取りがそこにはあった。

 

「もう、2年経ってんねんから、そんなに気にせんでええって。

左目とか瞼はなんも悪化してへんし、左側見えんけどそれをカバーしてくれる人も居るし」

 

遠田は、今も自分を責め続けている父の心を解きほぐすように、努めて明るい声で言葉を重ねた。

 

その視線は、リビングで母と騒いでいる彩葉たちの背中に、そっと向けられている。

 

「そんなら安心やな...ずっと心配やってん。

あんなもん渡して、お前の将来を狭めてしもたんやないかって、ずっとな...」

 

父の吐露した本音は、絞り出すように掠れていた。

 

親として、技術者として、1人の男として、遠田の可能性を広げるつもりが、遠田の左を奪ってしまった。

 

その矛盾に、この2年間ずっと苛まれてきたのだろう。

 

だが、遠田の顔には微塵も後悔の色はなかった。

 

遠田は左目を対価とし、最高のハッピーエンドを掴んだのだ。

 

それの何を、どこを後悔しようというのか。

 

「...気にせんでええのに。俺は今めっちゃ楽しいから」

 

遠田は笑い飛ばしてみせると、遠田父が目元を緩め、ようやくその肩から重い荷を下ろしたように見えた。

 

 

 

 

 

遠田父と遠田がそんな話をしている裏で、遠田母の被害者(ターゲット)がかぐやからヤチヨに移っていた。

 

「ヤ゛チ゛ヨ゛ち゛ゃ゛ん゛...ッ!!!8000年も...8000年もよく頑張ったねぇ~~!!!!

美味しいもん、もう一生分食べ!!おばちゃんが今から色々用意したるから!!」

 

これまでにヤチヨが歩んできた、あまりにも果てしない道のりを聞かされた遠田母は、もはや号泣という言葉では足りないほどに泣き崩れていた。

 

アニメや漫画の演出さながらに、目から涙を滝のように流しながら、折れそうなほど細いヤチヨの肩をぎゅっと抱きしめている。

 

月での仕事を終え、ようやく地球へ帰還しようとした矢先の事故。

 

隕石との衝突から、たった1人、8000年前という遥か太古の地球に不時着してしまった孤独。

 

そうして、悠久の時の中で数え切れないほどの出会いと別れを繰り返し、歴史の裏側を歩み続けてきた放浪の旅路。

 

その壮絶な孤独と哀愁が、人情に厚い大阪のおばちゃんの涙腺を、これでもかというほど強く、激しく刺激したのだ。

 

「...あ、ありがとう、おばちゃん。でも、ヤッチョは今、幸せだよ。

こうして、4人で過ごせて、色んな人たちと笑えるから」

 

困惑しながらも、母の熱すぎる抱擁に身を委ねるヤチヨ。

 

昨日、京都の母(紅葉)を気絶させたその数奇な運命は、大阪の母(遠田母)を爆泣きさせるという、極端すぎる反応を引き起こしていた。

 

 

 

 

 

「よし!お父さん手伝って!!

この子らにぎょーさん美味いもん作ったんねん!!」

 

爆泣きから一転、超高速で涙を拭った遠田母が立ち上がる。

 

遠田父を強制連行するようにキッチンへと向かう背中から、さらに指示が飛ぶ。

 

「匠!彩葉ちゃんらに家案内したって!!」

 

「「匠の部屋!アルバム!!」」

 

昨日、彩葉のアルバムを漁り倒しただけで満足する彼女らではない。

 

かぐやとヤチヨの目が獲物を見つけた猛獣のそれに変わる。

 

「野郎のアルバムなんぞ見ておもろいか?」

 

「匠、あなたもこっち(被害者)側においで」

 

「彩葉さん!!??」

 

既に魂が半分抜けている彩葉が、道連れを求めるように匠の腕を掴んだ。

 

自分だけが羞恥の炎に焼かれるのは不公平だ。

 

同じ被害者、同じ苦しみを共有せんとする執念の形相。

 

「アルバムなら匠の部屋のタンスにあるで~~!」

 

「おかーーん!!」

 

背後からの援護射撃ならぬ、遠田母による背面撃ち。

 

遠田母は完全にかぐやたちの味方であった。南無三。

 

そうして、遠田の自室にてアルバムが発掘され、鑑賞会が始まった。

 

「小さ~い!かわいい!!」

 

「この頃から匠って、匠だったんだ」

 

幼少期からモノづくりが大好きだった遠田。

 

アルバムの序盤は、七五三などの伝統行事よりも、LEG〇ブロックや木材で、様々ものを作り、満足げに笑う少年の姿で埋め尽くされていた。

 

そうしてページを進めていくと、遠田姉と殴り合いの喧嘩をしている様子の写真で埋められていく。

 

だが、ページを進めるごとに、不穏な空気が漂い始める。

 

「...ねえ、これって」

 

「...海で見たのと同じだね」

 

ある時期を境に、イベントの写真は姿を消した。

 

代わりに増えていったのは、姉・叶華と本気で殴り合いの喧嘩をしている最中の躍動感溢れる写真の数々。

 

馬乗りになり、なりふり構わず取っ組み合う遠田姉弟。

 

背景で爆笑している遠田母。

 

「...どうしてこれをアルバムに残そうとしたんだろう...」

 

誰かが零した一言に遠田を含めた全員が頷く。

 

中学校の入学式も、卒業式の記念写真すら1枚もない。

 

あるのは、殴り合い、蹴り合い、中指を立て、親指を下へ向ける写真のみ。

 

まるで意味が分からない。

 

「ある意味面白いアルバムだったね...」

 

「なんだろ...アルバムを見たって感じがしない。消化不良感がすごい」

 

「な、言うておもんなかったやろ?」

 

遠田は半ば呆れ、半ば遠い目をしながらアルバムを閉じた。

 

「おもしろくな~い!もっと匠が慌てふためくところみた~い!!」

 

期待していた「恥ずかしい過去」ではなく「ガチの格闘記録」を見せられたかぐやが、床に寝そべってジタバタと駄々を捏ねる。

 

しかし、その何気ない一言が、関西人(遠田)の魂を深々と貫いた。

 

「お、俺が...お、面白くない...だと...」

 

遠田はガタガタと震えだし、その場にorzの姿勢で崩れ落ちた。

 

ここは大阪。

 

関西人にとって「面白くない」という評価は、いかなる重装甲も精神障壁も貫通する即死級の呪文だ。

 

「あ、あれ...もしかしてヤっちゃった?」

 

想像の倍以上のダメージを受け、動かなくなった遠田を見て、かぐやが慌てて飛び起きる。

 

「大丈夫!ヤッチョに任せて!」

 

そんなかぐやを制し、ヤチヨは自信満々に宣言した。

 

遠田の腕を強引に引っ張り上げると、驚くべき手際で、彩葉の膝の上にその頭を投棄した。

 

「彩葉の膝枕なら回復スピード早いでしょ!」

 

「ヤチヨ!?」

 

いきなり遠田の頭という重量物を預けられた彩葉が、顔を真っ赤にして困惑する。

 

だが、ヤチヨは確信に満ちた表情で、赤面の彩葉を敢えて無視して告げた。

 

「匠、よかったね。これで面白くないって言われたダメージも、彩葉の体温で上書き保存だよ」

 

ヤチヨのそんな言葉も今の遠田に届かない。

 

彼の脳内には「匠ってクッソおもんないよね~」という誇張された一言がリフレインしているのだ。

 

 

 

 

 

そんな遠田を現世に呼び戻したのは、キッチンから漂ってきた、関西人のバイブルたるオタフクソースの芳香であった。

 

「...ッ、はっ!?」

 

ソースの香ばしい匂いが脳幹を直撃し、遠田が再起動する。

 

「...嫌な夢見た。かぐやから『匠って死ぬほどしょうもなくて、おもんないよね~、死ねば?』って言われる夢見た...」

 

「そこまで言ってないよ!?どころか、後半のはもう暴言のドッジボールだよ!?」

 

誇張どころか、もはや創作の域に達した発言に食い気味で訂正をいれるかぐや。

 

このままでは、あまりにも人の心ない暴言を吐いたと勘違いされるのだ。

 

意識が完全に再起動し、視界が安定した遠田には、天井と彩葉の顔が見える。

 

「あれ、彩葉?これ...」

 

柔らかい感触と、鼻先をくすぐる彩葉の香りに、今自分が置かれている状況をようやく理解する。

 

遠田は跳ね上がる...訳でもなく。

 

「もうちょいこのままでええや...」

 

あろうことか、そのまま目を細めて彩葉の膝のぬくもりを堪能することに決めた。

 

先ほどまでの「おもんない」ダメージを癒やすための正当な権利だと言わんばかりの図々しさである。

 

流石にきもいぞ遠田。

 

「匠!?...いや、いいけど...」

 

戸惑いつつも、甘えてくる遠田を突き放せない彩葉。

 

その表情は満更でも無さそうである。

 

普段、あまり甘えない遠田が、心身ともに自分を頼り、こうして無防備に甘えてきている。

 

その稀有な事実が、彼女の頬を自然とほころばせ、柔らかな母性にも似た微笑みを引き出していた。

 

だが、そんな糖度高めの桃色空間を、一瞬で木っ端微塵に粉砕し、容赦なくオタフクソースの香りに塗り替える存在がいた。

 

「あら~!もう2人たらイチャイチャしちゃって~~

匠、あんた彩葉ちゃんに甘えすぎやろ! おばちゃんに見せつけてんの!?」

 

階段を駆け上がる音と共に現れたのは、もちろん遠田母。

 

彼女はスマホのカメラを高速連写で起動し、激写という言葉が相応しい勢いで2人の姿をフレームに収めていく。

 

「ご飯できたで! たこ焼きパーティーや! 温かいうちに食べよや、ほら、立って立って!」

 

情緒も余韻も投げ捨てた、圧倒的な「飯の時間だ!」という号令。

 

「おかん...空気っちゅうもんを...」

 

真っ赤になって飛び起きる彩葉と、至福の時間を奪われて恨みがましい視線を送る遠田。

 

「空気?そんなん吸うて吐くもんやん!

かぐやちゃんとヤチヨちゃんはもう席着いとるで!」

 

これぞ大阪。

 

これぞ遠田家。

 

愛も羞恥も、すべては粉もんの熱気の中に溶けていく。

 

2人は、遠田母の弾幕のような背中押しに急かされるように、賑やかすぎる食卓へと引きずり出されていくのだった。

 

 

 

 

 

「美味しい!お祭りで食べたやつと全然違う!!」

 

「そうやろ!そうやろ!あんな関東人の似非たこ焼きとは違うのだよ、かぐやちゃん!」

 

あまりの美味しさに、ハフハフと口を動かしながら目を輝かせるかぐや。

 

その反応に、遠田母はまるで自分の手柄のように胸を張る。

 

「ヤッチョはたこ焼きなんて久しぶりに食べたよ~

美味しい...ヤッチョは幸せ者です...」

 

「そんなに言ってくれるなら作り甲斐があるわ。

どんどん食べ、目の前で沢山焼いたるから」

 

遠田父は嬉しそうに千枚通しでたこ焼き器の上のたこ焼きをひっくり返していく。

 

カチャカチャという小気味よい音と共に、白い液体が瞬く間に完璧な球体へと姿を変えていく様は、もはや一つの芸術だった。

 

中までしっかり火が通るも、フワフワもちもちした触感。

 

表面はカリッと香ばしく、中は出汁の効いた生地がトロリと溢れ出すフワもちの食感。

 

純正関西人が長年の経験で培った圧倒的技術。

 

その結晶を口にするたび、彩葉たちの顔からは自然と笑みがこぼれ、至福の時間が流れていく。

 

 

 

 

 

「そうそう!おばちゃん聞きたいことあってん!

匠と彩葉ちゃんってどっちから告白したん?」

 

満腹感で一行が息をついた絶妙なタイミング。

 

遠田母の次の被害者(ターゲット)は遠田と彩葉へと絞られた。

 

「え、え~と...私からです...」

 

少し顔を赤らめながら、彩葉が正直に答える。その隣では、匠が猛烈に気まずそうな顔をして、ありもしない天井のシミを数えるように目を背けた。

 

「ええっ!?彩葉ちゃんからなん!?

匠、もしかして日和り散らかして、自分からいけんかったん!?」

 

「イヤ、ソンナコト...ナイデ...」

 

母の容赦ないツッコミに、遠田の口調がカタコトの機械のようになる。

 

だが、追い打ちは身内からさらに重く突き刺さった。

 

「あんたな、ずっと前から彩葉ちゃんのことが好きやったのに、どうしてそこで日和るかね~」

 

「命賭ける度胸があって、告白する勇気ないんか...」

 

遠田父までもが、千枚通しを置いた手でやれやれと首を振る。

 

遠田両親から息子に向けられる目線は、先ほどまでの慈愛が嘘のように少し冷たい。

 

「ちゃうねん...ちゃうやん...」

 

「言い訳なぞ、そこらの野良犬にでも食わせとけ!彩葉ちゃん、こんなヘタレな息子で苦労してへん?」

 

「野良犬ってオタ公のことかな?」

 

「さすがにオタ公でも食べないんじゃないかな?」

 

背後でかぐやとヤチヨが、言い訳の廃棄先について無慈悲な検討を重ねているが、もはや今の遠田にそれを突っ込む余裕はない。

 

「苦労なんてそんな...」

 

必死に言葉を紡ごうとした彩葉の口から漏れたのは、言い訳でもフォローでもなく、あまりに純粋な本音だった。

 

「匠のおかげで今、皆で居れるから...

匠が居てくれたおかげで、私は幸せだから...」

 

その瞬間、遠田家のリビングの時間が止まった。

 

真っ直ぐな、一点の曇りもない彩葉の言葉。

 

その破壊力は、遠田家という魔境の住人たちを根こそぎ沈黙させ、次の瞬間、彩葉以外の全員の顔を猛烈な勢いで朱く染め上げた。

 

「この子やばい人たらしやで...しかも天然...」

 

「多分、この子に脳焼かれた人ようさん居るな」

 

「彩葉...ものすごいこと言ってる...」

 

リビングに漂うのは、戦慄と感嘆。

 

当の遠田はといえば、一際顔を真っ赤にし、もはや頭頂部から湯気が幻視できるほどのオーバーヒート状態に陥っていた。

 

「も、もう、ええやろ...」

 

遠田の絞り出した一言に、誰もが同意する。

 

そうして、遠田と彩葉の告白事情という名の遠田の公開処刑が幕を閉じた。

 

 

 

 

 

ヘタレ匠の公開処刑が一段落し、リビングに漂っていた砂糖を吐くような甘ったるい空気がようやく抜けていった頃。

 

遠田母は、獲物を狙うハンターの目でかぐやとヤチヨに手招きをした。

 

「かぐやちゃん、ヤチヨちゃん。ちょっとちょっと」

 

遠田母に促されるまま、2人はリビングの喧騒から少し離れた別室へと連れ込まれる。

 

「おばちゃん、どうしたの?」

 

「いや~な、2人にも聞きたいことあってな。

ぶっちゃけ匠のことどう思ってる?

おばちゃん的には義娘が3人でもええねんけど」

 

遠田母の下世話なマシンガントークは、衰えるどころか加速していた。

 

先ほど彩葉から放たれた特大の惚気を食らって尚、彼女の旺盛な好奇心は、さらなる刺激を欲しているのだ。

 

「かぐやはね~匠のこと好きだよ~

彩葉の次ぐらいに!」

 

かぐやは、太陽のような屈託のない笑顔で即答した。

 

自分を育て、月に帰るまで一緒に居た2人への、絶対的な信頼と愛着が混じっている。

 

「ヤッチョは...彩葉と匠、どっちも好きなんだ...」

 

対照的に、ヤチヨは伏せ目がちに、少しだけ影のある表情で呟いた。

 

かぐやの卒業ライブの日(あの日、あの時)

 

ヤチヨが自らのリミッターを外したからこそ、運命の歯車は回り、今こうして四人で笑い合える未来を掴み取ることができた。

 

しかし、同時にヤチヨの胸の奥底には、消えない棘が刺さり続けている。

 

自分(ヤチヨ)が、匠の左目を奪ってしまった』という、あまりにも重い罪悪感。

 

遠田本人がどれほど「自業自得、後悔はない」と言っても、自分の存在が、彼の大切な五感の一部を対価として消費させてしまった事実は、彼女の理性に、ブレーキをかけさせてしまうのだ。

 

だからこそ、2人の関係をデバガメすることや、勢いで2人を襲うことはあっても、この本当の想いを言葉にして口にすることだけは、どうしてもできなかった。

 

そんなヤチヨの痛切な独白に対し、遠田母は事もなげに言い放った。

 

「ヤチヨちゃんって意外とめんどくさい性格してんな~」

 

少々どころか、かなりデリカシーに欠ける発言がヤチヨの頭上に投げつけられる。

 

しんみりとした空気を物理的に引き裂くような、あまりにもストレートな言葉。

 

「...えっ?」

 

目を丸くするヤチヨを置き去りにして、遠田母はカラッとした笑い声を上げた。

 

「そんなん悪いの匠やで!あとおばちゃんらもやけど」

 

彼女は、ヤチヨが背負い続けてきた罪悪感を、まるで道端の小石でも退けるように笑い飛ばす。

 

「だってな、考えてみ?親子であんな危ないもん作ってんねんで!

どう考えても悪いのウチらやん!!」

 

技術者倫理もクソもない、法にも理屈にも縛られない魔改造スマートコンタクト。

 

そんなヤバいもんを面白がって作り、あまつさえ実際に運用している方がどう考えてもおかしいのだ。

 

「ヤチヨちゃんが何やったとか、そんなん意味ないで!

そもそも、そんなもん持たせてる親と、それを使って無茶した匠の自業自得。

ヤチヨちゃんが責任感じるなんて、おこがましいわ!」

 

遠田母の言葉は、乱暴だが不思議な説得力に満ちていた。

 

「自分が悪い」と思い詰めていたヤチヨに対し、

 

「最初からウチらが悪いんやから、あんたが気に病む必要なんて1ミリもない」と、すべての責任を強引にヤチヨから引き取ってしまったのだ。

 

まあ、実際、遠田親子が悪い。こんなもん作んな。こんなもん使うな。

 

「やから気にせんでええのよ。やりたいことをやりたいようにすればええ。

8000年も我慢したんやから多少わがまま言ってもええんやで」

 

「おばちゃん...っ」

 

遠田母は、震えるヤチヨの身体を包み込むように、再びその腕で力強く抱きしめた。

 

遠田や彩葉に、心配をかけたくなくて隠し続けてきた罪悪感。

 

その冷たく固まっていた心の氷を、遠田母の熱すぎるほどの体温が溶かしていく。

 

ヤチヨは、もう何も言葉にならなかった。

 

ただ、子供のように声を上げ、遠田母の腕の中で全てを吐き出すように泣きじゃくった。

 

その震える背中に、かぐやもそっと手を回し、後ろから包み込むように抱きしめる。

 

かぐや自身は、8000年という果てしない孤独の旅路も、遠田の左目を奪ってしまったという苛烈な罪悪感も、直接経験したわけではない。

 

けれど、ヤチヨの涙が、かぐやの胸の奥をも締め付ける。

 

それでも、かぐやのif(もしも)の姿であるヤチヨの苦悩を少しでも和らげたいと願ったのだ。

 

 

 

 

 

「...ヤチヨ」

 

「そんなこと、1人で悩んでたんか...」

 

リビングに残されていた遠田と彩葉は、静まり返った室内で、扉越しに漏れ聞こえてきたヤチヨの慟哭を、身を切られるような思いで聞いていた。

 

そこにいた全員が、彼女が背負っていたものの重さを改めて突きつけられた。

 

「どうしたればええんやろ...」

 

顔を歪め、手を強く握る遠田に、遠田父が静かな、けれど確かな重みのあるアドバイスを投げた。

 

「...聞かんかったフリでええ。今は、それが一番の優しさや

あんな風に泣いて、全部吐き出した後や。聞かれてること知ったら、ヤチヨちゃんやってやり難いやろ」

 

悩む遠田に遠田父がアドバイスを投げる。

 

「下手に態度変えるより、普段通りの方がヤチヨちゃんの為になるやろうし」

 

「そうやな...その通りやと思うわ」

 

「そうだね、私たちはいつも通りで行こう」

 

彩葉も、瞳に溜まった涙を指先でそっと拭い、自分を奮い立たせるように頷いた。

 

 

 

 

 

ガチャ、と扉が開く音がする。

 

鼻を赤くしたヤチヨと、それを支えるかぐや。

 

そして、何食わぬ顔で先頭を歩く遠田母の姿が見えた。

 

「よっしゃ!たこ焼き消化仕切ってもうたし、なんか食べようや!」

 

「まだ食うんか...」

 

散々たこ焼きを食べた後だというのに、さらなる食欲を見せる遠田母。

 

遠田は呆れ果てて天を仰ぐ。

 

「おばちゃん!ヤッチョは甘いもの食べたい!」

 

「ええで、ええで!冷蔵庫にええもんあんねん!」

 

そうして取り出すはロールケーキ。

 

大阪名物である堂島〇ールの逸品である。

 

「ヨシ!みんな座り!天下の堂島様のロールケーキで締めにしよや!!」

 

いつも通りの騒がしさと、容赦ない食の暴力。

 

遠田家のリビングは、湿っぽさを微塵も感じさせないほどの熱気に包まれ、夜が更けるのを忘れるほどに盛り上がっていくのだった。

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