モノづくり大好きライバーによるハッピーエンドの作り方   作:超かぐや姫!脳焼きの民

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甘々のデート回にする予定だったので初見です。

いつも閲覧、感想、誤字報告ありがとうございます。

この話は、遠田家への挨拶以降の話です。

つまり、ヤチヨがさらにはっちゃけるということだ!!


千代と八千代で煌めいて

遠田と彩葉が不在の、静かなはずの自宅。

 

しかし、そんな自宅のリビングでは、恐るべき密約が交わされていた。

 

「ねえ、ねえ、かぐや。

ヤッチョはもう我慢しないって決めたんだ」

 

ヤチヨは、先日遠田母に抱きしめられた時の温もりを思い出しながら、決然とした表情で告げる。

 

「だからね、彩葉と匠に気持ちを伝えようと思うんだ」

 

「おぉ!いいね!いいね!...あれ?

そうしたらかぐやのけ者になっちゃう!?」

 

かぐやが目を丸くして、慌ててヤチヨの肩を掴む。

 

もし、ヤチヨが匠と彩葉の輪に入り、自分がそこから漏れてしまったら

――そんな寂しすぎる未来に、かぐやの「もしも」の心が揺れ動く。

 

「だから、一緒に告白しない?

ヤッチョ達は、月から来たし、この国の戸籍ないから、この国の法律に縛られないのだ!!

だから重婚してもおっけ~!のはず」

 

「天才じゃん!!そうだね!そうしよう!」

 

この場にストッパーという名の常識人は居ない。

 

あまりにも都合の良い独自の法解釈で手を取り合ったかぐやとヤチヨ。

 

常識のブレーキが完全に壊れた2人の少女は、キラキラとした瞳で、遠田と彩葉を共有するという、前代未聞の夢物語へと突き進む。

 

そうして、遠田と彩葉を巻き込んだ4人デートという名の、あまりにも賑やかで、あまりにも波乱に満ちた決戦の幕が上がるのだった。

 

 

 

 

 

「「彩葉!匠!デートしない?」」

 

「俺、彩葉っていう恋人おんねんけど?」

 

唐突に放たれた、あまりにも整合性を欠いたお誘いに、遠田は至極冷静にツッコミを入れる。

 

恋人の目の前で、他人の女の子から「デート」という単語が飛び出す。

 

通常なら修羅場の火種にしかならない状況だが、相手は常識の通用しない月の住人たちだ。

 

彩葉もまた、言葉を失って目を丸くしている。

 

「だから4人でデートしよ!遊園地行こ!!」

 

かぐやが「そんなこと知っているが、知ったこっちゃない!」という勢いだけで、遠田の正論を力業でねじ伏せようとする。

 

「彩葉...だめ??ヤッチョは皆でデートに行きたいな...」

 

ヤチヨは小首を傾げ、計算され尽くした上目遣いで、彩葉の懐へと滑り込む。

 

彼女は知っている。自身のビジュアルが、彩葉という「推し(押し)に弱い少女」に対してどれほどの特効性能を持っているかを。

 

面のいい推しからの全力のおねだり。対する彩葉は――

 

「うぅぅ...い、いいよ...」

 

勝てなかった。

 

かぐやの時から連戦連敗、推しの可愛さには抗えないのが彼女の性だ。

 

仕方あるまい。

 

「これで3対1だね!さあ、匠!観念してお縄につくんだよ!」

 

「それデートの誘い文句とは思えんのやけど~~!!」

 

遠田の虚しい叫びがリビングに響く。

 

こうして、遠田と彩葉を狙う自称法の外の少女2人。

 

カオスという言葉すら生ぬるい、前代未聞の4人デートの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

そうしてやって来たのは富士〇ハイランド。

 

絶叫系のアトラクションが有名な遊園地である。

 

「富士急とか初めて来たわ...TVではちょくちょく見てんけど...」

 

「私も初めてだよ。これまで遊園地とか来る余裕なかったし。金銭的に...」

 

4人そろって初の富士急。

 

どこに何があるのか、どのアトラクションが一番ヤバいのか。

 

そんな事前情報すら持ち合わせていない、丸腰の挑戦者たち。

 

そんな不安を、1人の少女の咆哮が吹き飛ばす。

 

「全部行けば大丈夫!!

全部回ろ!!」

 

かぐやが、広大な園内を指差して高らかに宣言した。

 

彼女の瞳には効率や体力なんて文字は存在しない。

 

この世界にあるすべての娯楽を食い尽くそうという、底なしの好奇心が燃え盛っている。

 

しかし、現実の富士急ハイランドは、彼女の熱意をあざ笑うかのような人の波だった。

 

「流石に全部は無理や...人めっちゃ居るし...」

 

「今日は主要なものだけ楽しんで、また来て他の行こ?」

 

遠田と彩葉が、あまりにも正論な現実を突きつける。

 

「え゛え゛ぇ゛ぇぇぇ」

 

この世の終わりかというような嘆きをあげるかぐや。

 

日本の行楽シーズンの混雑という壁は高かった。

 

「仕方ないな~彩葉が言ったように有名どころを制覇していこ!!」

 

ヤチヨはそう言って、嘆くかぐやを尻目に素早く動いた。

 

流れるような動作で遠田の右側を陣取り、当然のような顔でその腕に自分の腕を絡める。

 

「...っ!? おま、ヤチヨ、近いって!」

 

「いいの!いいの!はぐれたら大変だよ!!」

 

かぐやも合わせるように彩葉の左側を陣取り、腕を組む。

 

「かぐや!?ちょっと近くない!?」

 

「えぇ~彩葉は嫌...?」

 

「イヤじゃないけど...」

 

彩葉と遠田のカップルを、月の少女たちが外側から強固に挟み込むという、なんとも奇妙で、けれど華やかな四人一列の陣形が完成した。

 

「まずはFUJIYAMAから行こう!!」

 

ヤチヨが指差す先には、天を突くようなFUJIYAMAのレール。

 

「...逃げ場ないやつかコレ...」

 

「...覚悟決めないとね」

 

挟まれた彩葉と遠田は互いに顔を見合わせ、半ば諦めたような、それでいて少しだけ楽しげな溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

目の前にそびえ立つのは、鋼鉄の山脈。

 

FUJIYAMA。

 

最大速度 130 km/h、最大落差 70 m、そして巻き上げ高さ 79 m。

 

かつて世界を震撼させ、今なおキング・オブ・コースターとして君臨する、あまりにも高く、あまりにも激しい絶叫の聖域。

 

「すごい!すごい!すごい高いよ!」

 

「ここから一気にギュイーンって行くんだよね!!」

 

最初の頂上に向けて進みだすコースター。

 

かぐやとヤチヨは最初の山場すら超える前にテンションが振り切れていた。

 

「流石にドキドキするね...」

 

「絶叫系は行けると思ってたけどちょい怖いわ...」

 

遠田は、FUJIYAMAの恐怖に心臓が破裂しそうになっていた。

 

そうして、最初の急降下が始まった。

 

「「「きゃああぁぁ~~!!!」」」

 

「やばい!やばい!マズイって!」

 

女性陣は甲高い悲鳴を上げる中、遠田はガチの生命の危機を感じていた。

 

内臓が浮き上がる感覚。頬を叩きつける130 km/hの暴風。急降下、急加速、急旋回。

 

そしてようやく訪れた急停止。

 

「すごかった!ほんとにすごかった!!」

 

「めっちゃスリルあったね!!!」

 

かぐやとヤチヨは、スリルによる脳内麻薬で語彙力が消滅。

 

キラキラとした笑顔で、興奮を分かち合っている。

 

「た、匠...大丈夫...?」

 

「だ、大丈夫...思ったより大丈夫じゃなかったけど...」

 

対して、遠田はFUJIYAMAの猛攻を浴びて既に満身創痍。

 

三半規管が「もう帰らせてくれ」と悲鳴を上げている。

 

だが、かぐや達に手加減という言葉はなかった。

 

「次はZOKKONだ!!」

 

かぐやたちは、魂が半分抜けかかった遠田の様子を一切気に留めることなく、次の戦地へと歩を進める。

 

 

 

 

 

バイクライド型コースターであるZOKKON。

 

リニアランチ方式による4回の加速。

 

急加速・急旋回・急上昇・横揺れ・バック走行・暗闇・大音量・ストロボ発光など、先のFUJIYAMAを超える激しさを持つZOKKON。

 

「...これ乗ったら俺死なん?」

 

「大丈夫だよ、匠!ヤッチョ達がついてるからさ!」

 

「そのヤチヨ達に殺されかかってるんですが??」

 

遠田の微かな抵抗は、紙切れのように無慈悲に破られた。

 

魔改造スマートコンタクトを起動した時以上の、確かな死の予感が遠田を襲う。

 

「待て待て待て!!『突然の急加速に備えて姿勢を維持してください』って絶対やばいって!!」

 

「大丈夫、大丈夫!!」

 

そうして遠田たちはバイク型のコースターに跨り、ZOKKONが始まった。

 

「ぎゃああああ!!!」

 

遠田の悲鳴が空を裂く。

 

地上スレスレを滑走するカーブの応酬。

 

視界を遮るトンネル。

 

それを抜けた先で、遠田に決定的な絶望が降りかかった。

 

「...レールなくね...これ...」

 

遠田の視線の先。

 

コースターが猛スピードで向かうレールの先が、不自然に途切れている。

 

死の覚悟を決め、反射的に目を閉じた瞬間。

 

コースターは重力をあざ笑うかのように、猛烈な勢いでバック走行を開始した。

 

「...タスケテ...ダレカ...タスケテ...」

 

前半戦すら前座に思えるほどの、苛烈な後半戦。

 

視界から消える景色、身体を押しつぶす加速。

 

遠田はもはや、ここには居ない誰かに救いを求めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「匠、だいじょ...ばないね」

 

「私飲み物買って来るね」

 

「かぐやも行く!!」

 

ZOKKONという名の死線をくぐり抜け、地上に生還した遠田。

 

しかし、その魂は三半規管と共にどこかへ置き去りにされたようで、ベンチで幽霊のようにうな垂れている。

 

彩葉とかぐやが飲み物を買いに人混みへ消えていき、残されたのは、遠田の背を優しく撫で続けるヤチヨだけだった。

 

「ねえ、匠。今日は...かぐやが居ない間だけでもいいから、『かぐや』って呼んでくれない?」

 

ヤチヨが、震える勇気を振り絞って口にした願い。

 

かつて、8000年前の遠い記憶の中で、最愛の2人から贈られ、呼ばれていた大切な名。

 

今の「かぐや」がいない隙間を突いた、小さな願い。

 

しかし、遠田は力なく首を振った。

 

「すまん。それはしたくない」

 

「...なんで」

 

ヤチヨの瞳に、微かな寂しさが混じる。

 

だが、遠田の言葉は彼女が予想していた彩葉への義理などではなかった。

 

「大本はかぐやなのは分かってる。

でもな...俺はかぐやが8000年の旅路を、経験を、出会いと別れを、絶望を味わったのがヤチヨだと考えてんねん...」

 

「...」

 

「やからな、ヤチヨを『かぐや』って呼ぶことを良しとすると、その8000年が無意味って切り捨ててるように感じるから嫌やねん...

ヤチヨの経験をそんな風に考えたくない...」

 

それは、工学の論理ではなく、血の通った1人の男としてのヤチヨという存在への全肯定だった。

 

目の前にいる、自分を心配して背を撫でてくれるこの少女は、8000年の風雪に耐えてヤチヨになった。

 

その歴史こそが、今の彼女を形作る尊い素材なのだと、遠田は断じたのだ。

 

「そっか...そっか!じゃあいいよ!」

 

ヤチヨは、晴れやかな笑顔で答えた。

 

かつての名を拒まれた悲しみなど、もうそこにはない。

 

「よし、元気出た! 飲み物来たら、次は...高飛車だね!!」

 

ヤチヨの手が、先ほどよりも少しだけ力を込めて、遠田の背中をポンと叩いた。

 

「...俺のこと殺そうとしてるよな...」

 

どうやら、彼女の心の傷を癒やす代償は、遠田の三半規管が支払うことになりそうだった。

 

 

 

 

 

「...彩葉、ありがとう。助かった...」

 

彩葉から手渡されたキンキンに冷えた水により、遠田のHPは瀕死の赤ゲージから、なんとか人心地つける黄色ゲージまで回復していた。

 

「でも意外だね~匠ってツクヨミでは飛び回ったり変な挙動ばっかりしてるからこういうの大丈夫だと思ってた」

 

かぐやがペットボトルのキャップを回しながら、不思議そうに首を傾げる。

 

彼女の視点では、仮想空間ツクヨミにおいて物理法則をあざ笑うかのような高速移動や、光の翼で縦横無尽に空を駆ける遠田にとって、この程度は朝飯前だと思っていたのだ。

 

「俺も大丈夫やと思ってた...」

 

遠田は、まだ少し焦点の定まらない目で地面を見つめながら自嘲気味に呟いた。

 

「じゃあ!大丈夫になるまで遊び倒そう!!」

 

かぐやが満面の笑みで声をあげる。

 

その笑顔には「だからって次は容赦しない」という無邪気な決意が宿っている。

 

「勘弁してくれ...」

 

「匠、無理はしないでね...」

 

彩葉が心配そうに、次のアトラクションーー『高飛車』を見つめる。

 

世界記録にも認定された、最大落下角度 121度。

 

えぐるような角度で空へ向かい、そこから内側に巻き込むように垂直を超えて落下する。

 

さらに、リニア駆動によるわずか 2秒で100 km/h に到達する圧倒的加速。

 

そんな物理法則の暴力を象徴する巨体を前に、遠田は絶望の淵に立たされる。

 

「...彩葉。俺の骨は海にでも投げといてくれ...」

 

「そんな悲しいこと言わないでよ、匠!

回復したなら出発だー!!」

 

ヤチヨが遠田の背中を押し、かぐやが先頭を歩き出す。

 

遠田の三半規管を巡る戦いは、いよいよ最終局面へと突入しようとしていた。

 

三半規管は...ね...

 

 

 

 

 

遠田の記憶は、コースターが発射し、暗いトンネルを猛スピードで駆け抜けたあたりで完全に途切れている。

 

121度の垂直落下を超え、幾多のひねりを経て、気が付いた時には――彼はフードスタジアムの一角、赤いプラスチックの椅子に力なく腰掛けていた。

 

「........」

 

遠田の魂の9割は彼の体内に残ってはいなかった。

 

言葉が出ない。

 

いや、出すための気力が残っていない。

 

遠田の魂の9割は、今ごろ富士急ハイランドの遥か上空、リニア加速の衝撃で置き去りにされたまま、風に吹かれているに違いない。

 

残された1割の魂は、かろうじて「ここは安全な地上である」という事実を認識するのが精一杯だった。

 

「匠...」

 

隣では、彩葉が心配そうに身を乗り出し、遠田の背中をゆっくりと擦っている。

 

彼女もまた絶叫マシンに翻弄されたはずだが、ボロ雑巾のようになっている恋人を見捨ててはおけない。

 

「大丈夫?顔色すごいことになってるけど...」

 

彩葉の温かい手の感触が、現実との唯一の接点だった。

 

「......生きてるか、俺?」

 

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。

 

「生きてるよ。ちゃんと地面の上にいるからね」

 

その時、遠くから弾んだ声が近づいてきた。

 

「匠ー! 彩葉ー! ご飯買ってきたよ!!」

 

「ヤッチョは、匠が元気になりそうなガッツリ系をチョイスしたのだ!」

 

満面の笑みで、大量のフードをトレイに乗せて戻ってくるかぐやとヤチヨ。

 

彼女たちの目には、疲労の色など微塵もない。

 

むしろ「次はどれに乗ろうか」という輝きを目に宿っている。

 

遠田は、運ばれてきたスタ飯の香りに胃を刺激されながら、これから始まるであろう後半戦という名の絶望に、再び意識を遠のかせそうになった。

 

 

 

 

 

「匠、次はコースターじゃないから安心して!!」

 

かぐやが太陽のような眩しい笑顔で告げる。

 

その言葉に、魂の抜け殻となっていた遠田の瞳に、わずかながらの生気が戻る。

 

「...ほんまか。よかった。もう重力と速度の暴力は勘弁や...」

 

「コースターじゃないだけで、絶叫系なんだけどね...」

 

ヤチヨが小声で漏らした不穏すぎる補足。

 

しかし、三半規管がオーバーヒートしている遠田には、その警告を受け取る余裕など1ミリも残っていなかった。

 

そうして、彼らが連れられてやって来たのは、古びた病院の廃墟。

 

『戦慄迷宮~闇に蠢く病棟~』

 

全長900メートル、歩行時間約50分。

 

五感を揺さぶる視覚的な恐怖と、どこから襲われるか分からない心理的な圧迫。

 

遠田が最も苦手とする本格的ホラーであった。

 

「あ、あぁぁ...」

 

建物の入り口から漂う、消毒液と腐敗が混ざったような冷たい空気に、遠田の足が文字通りガクガクと震え出す。

 

「匠...頑張って、私が傍に居るから...」

 

彩葉が遠田の左腕をぎゅっと抱きしめる。

 

彩葉の手も小刻みに震えている。

 

しかし、遠田はそれに気が付くことができるほど余裕がなかった。

 

「匠、ヤッチョとかぐやもついてるから大丈夫だよ!」

 

「匠が先頭ね!まさかかぐや達みたいなレディを盾にしないよね?」

 

「先頭はあかん...死んでまう...彩葉...ヤチヨ...助けて...」

 

逃げ場のない戦慄の迷宮へ。

 

遠田の三半規管は解放されたが、代わりに彼の精神が、かつてない悲鳴を上げようとしていた。

 

何か起きる度、遠田は事件性のある悲鳴をあげ、発狂していた。

 

かぐや達はそんな遠田の反応を楽しみながら、戦慄の迷宮を進んでいった。

 

「ここまで反応がいいと、スタッフさんもやりがいありそうだね!!」

 

「匠は生きた心地してないだろうね!」

 

かぐやは暗闇の中でも爛々と目を輝かせ、ヤチヨもまた、不気味な小道具を興味深そうに眺めながら、遠田の驚きっぷりにケラケラと笑っている。

 

(ヤチヨ...楽しそうでよかった...)

 

彩葉は、引きずられるように歩く遠田の腕を必死に掴みながら、ヤチヨの横顔を見ていた。

 

遠田の心配はもちろんある。

 

けれど、それ以上に、ヤチヨが心から笑っていることに、彩葉は救われるような思いを感じていた。

 

以前、遠田家を訪れた際、ヤチヨが心の奥に秘めていた嘆きを聞いてしまった。

 

遠田の左目を奪ってしまった罪悪感。

 

8000年の孤独以上にヤチヨを苛んでいたのは、大切な人(遠田)を自らの手で損なってしまったという、取り返しのつかない過去の重みだったのだ。

 

その欠落を見るたびに、彼女はどれほど自分を呪い、贖えない罪に身を焦がしてきたことか。

 

けれど、今、目の前の光景はどうだろう。

 

「あはは!匠、さすがに驚きすぎだよ!!」

 

そんな重い罪悪感を抱えていたはずのヤチヨが、今、こうして心の底から笑っている。

 

お化け屋敷の仕掛けに飛び上がる遠田をからかい、無邪気に、そして幸せそうに。

 

(...よかった。本当に、よかった)

 

彩葉は、遠田の腕を掴む手に力を込めた。

 

あの時、遠田母がヤチヨを抱きしめ、彼女が独りで抱え込んできた罪悪感を引きずり出し、優しく、けれど力強く破壊してくれた。

 

その救いがあったからこそ、今、目の前で弾けるようなヤチヨの笑顔があるのだ。

 

「彩葉!なんでそんな優しい顔してるの!?ホラーなんだから怖がらないと!

ヤッチョは怖がる彩葉がみたいなぁ~って!」

 

ヤチヨがいたずらっぽく顔を覗き込んできて、唇を尖らせる。

 

彼女にとって、この恐怖の空間はもはや大切な仲間と共有する楽しい遊び場に変わっている。

 

「怖がってるのは匠だけで十分でしょ...

あんなにビビってるんだし...」

 

彩葉の視線の先では、恐怖によりついに腰を抜かして動けなくなった遠田の姿があった。

 

「あはははは! 匠、情けなーい!! ほら、早く立たないと後ろから『何か』が来ちゃうよ!」

 

かぐやがそんな遠田をお腹を抱えて指差し、心底楽しそうに笑い声を響かせる。

 

「...匠をなんとかしないとね」

 

「ヤッチョが行くよ!

匠、ヤッチョの肩に掴まって! 出口まで引きずっていってあげる!」

 

「引きずるって言うな! もっとこう、救助的な言い方してぇや!!」

 

絶叫と爆笑が入り混じる迷宮の奥。

 

遠田を引きずるようにして4人は、賑やかにゴールへと向かっていく。

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った...

多分12回は死んでた...」

 

「匠、めっちゃビビってたもんね!」

 

ようやく出口の光を浴びた遠田だったが、その魂はすっかり肉体を離れ、虚空を彷徨っている。

 

ホラゲーですら意識を失うレベルの遠田が、意識を保ったまま、戦慄迷宮を引きずられながらも踏破したことは、ある種の大金星として褒め称えるべきかもしれない。

 

「匠がもたなそうだし、次で最後にしよっか」

 

彩葉が、もはや生きる屍(リビングデッド)と化した遠田の顔色を窺い、聖母のような慈悲を提案する。

 

「助かる...」

 

「かぐや、観覧車乗りた~い!!」

 

「ヤッチョも!!」

 

かぐや達の提案に遠田は心の底からの安堵の溜息を漏らす。

 

そうして一行が向かったのは、富士急ハイランドの中央に位置する巨大観覧車、『シャイニング・フラワー』。

 

目の前に雄大な富士山を望み、約12分間の空中散歩を楽しめる。

 

今日という一日の中で、最初で最後、そして唯一、遠田の三半規管と精神を攻撃しない穏やかなアトラクションだ。

 

「うお〜すご〜い!!! 富士山がすぐそこだよ!!」

 

ゴンドラがゆっくりと上昇を始めると、かぐやが窓に張り付き、その瞳をキラキラと輝かせた。

 

これまでは地上数メートルを爆走したり、暗闇で追いかけられたりしていたが、こうして静止した時間の中で眺める地球の美しさは、彼女にとっても格別なものだった。

 

「ヤチヨ、見て! あそこのコースター、あんなに高いところまで行ってるよ!」

 

「本当だ! 匠、あんなところから落ちてたんだね。そりゃあ魂も抜けるわけだよ!」

 

ヤチヨも隣で景色を指差し、楽しげに笑っている。

 

「...傍から見ると、ここのコースターやっぱりおかしいで...」

 

遠田は彩葉の隣に深く腰掛け、ようやく戻ってきた心拍数を感じながら、富士の裾野を眺める。

 

「ふふっ、確かに。

でも...ここからの景色は綺麗だね」

 

「...そうやな」

 

彩葉の穏やかな声に、遠田は短く、けれど実感を込めて応えた。

 

絶叫と恐怖に彩られた波乱の一日。

 

けれど、その締めくくりに広がるこの静かな景色は、騒がしくも愛おしい4人の日常を象徴しているようだった。

 

だが、この4人でのデートを画策した者たちの本命はまだ終わってなどいない。

 

ゴンドラが頂点に近づき始めた時、ヤチヨとかぐやは互いに目を合わせ、何かを覚悟したように、まっすぐな視線を遠田と彩葉に向ける。

 

「ねえ、彩葉、匠...ヤチヨとかぐや(私たち)はね...2人のことが大好きなの...」

 

ヤチヨの口から、これまでの明るい調子とは打って変わった、熱を帯びた言葉が紡がれる。

 

「彩葉と匠の表情がとても綺麗でさ...すぐに好きになったんだ...」

 

「そんな気持ちをね、もう我慢することはやめたんだ。欲しいものは欲しいって、言うことにしたの」

 

かぐやがヤチヨの言葉を引き継ぎ、一歩も引かない強い意志を瞳に宿す。

 

夕日に照らされたゴンドラの中で、2人の少女の告白が、重なり合う。

 

「「私たちは彩葉と匠が欲しい!ずっと、ずっと一緒に居たい!

4人で一緒に幸せに過ごしたい!」」

 

「「だからね、2人を私たちのモノにする!!」」

 

その宣言は、もはやおねだりなどではない。

 

彩葉と遠田に対する、愛の宣戦布告だった。

 

「いやいやいや!俺と彩葉、恋人同士やって!」

 

遠田が混乱しきった頭で、至極真っ当な正論を投げ返す。

 

隣の彩葉も、あまりにもダイレクトすぎる略奪宣言に、顔を真っ赤にして固まっている。

 

「大丈夫!!ヤッチョ達は日本の国籍ないから重婚でも問題ないよ!!

なんならシステム上は存在しない人だから何してもおっけ~!!」

 

ヤチヨが、とびきりの笑顔で超理論を突きつける。

 

この「戸籍がないから治外法権」という、社会のバグを突いたような理屈には言葉を失う。

 

「おっけ~!...じゃないが???倫理観は何処いった???」

 

「月に置いてきた!!」

 

「8000年前の海の中!!」

 

即答であった。この星の常識に縛られない2人の少女にとって、そんなものはとうの昔に廃棄済みの不要なデータに過ぎない。

 

そう宣言したかぐやとヤチヨ。

 

もはや言葉での議論は不要とばかりに、彼女たちはその勢いのまま、彩葉と遠田の唇を奪った。

 

「かぐや!?いきなり...」

 

「大丈夫だよ...彩葉...皆で幸せになろ?」

 

驚きと困惑の声を漏らす彩葉だったが、再度かぐやによって優しく、けれど抗いようのない力で唇をふさがれる。

 

甘い沈黙の中で、彩葉は最後まで拒絶の言葉を紡ぐことができなかった。

 

地上へとゆっくり降下を始めたゴンドラ。

 

夕焼けの光が差し込む狭い密室には、顔を真っ赤にしてフリーズしてしまった彩葉と遠田、そして、勝利を確信したようにニコニコと幸せそうに笑うかぐやとヤチヨの姿があった。

 

富士急ハイランドの賑やかな喧騒が遠くに聞こえる。

 

それは、一組のカップルの平穏?な日々を完膚なきまでに粉砕し、あまりにも無秩序で、けれど誰よりも賑やかな夢物語の始まりを告げるファンファーレだった。

 

 

 

 

 

 

夜の静寂に包まれた遠田たちの自宅。

 

富士急での激闘を終え、心身共に疲れ果てた遠田が深い眠りに落ちた頃。

 

本来なら「めでたしめでたし」で幕を閉じるはずの1日は、その実、最も過激な最終章の入り口に過ぎなかった。

 

「流石に匠にむちゃさせ過ぎたから、彩葉から行くか」

 

リビングで密談を交わす二つの影。

 

かぐやとヤチヨの策略は、観覧車でのキス程度で収まるほど生温いものではなかったのだ。

 

もう我慢もしない。手加減もしない。

 

ましてや容赦など、月の彼方に捨ててきた。

 

ダメ押しとばかりに最後の手段に打って出るかぐやとヤチヨ。

 

抜き足、差し足、忍び足。

 

獲物を狙う狩人のような足取りで、二人は彩葉の眠る部屋へと侵入した。

 

「うぇ!?かぐや!?ヤチヨ!?」

 

突然の気配に跳ね起きた彩葉が、暗闇の中で光る2組の瞳を捉える。

 

「彩葉~!覚悟~!!」

 

「彩葉♡ めでたしシちゃお?」

 

逃げ場のない布団の上。

 

彼女たちの夜はまだ終わらない。

 

終わるはずもなかったのだ。




元々はもっとイチャイチャさせる予定だったんだ...
遠田ァの三半規管がカスなせいで...
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