モノづくり大好きライバーによるハッピーエンドの作り方   作:超かぐや姫!脳焼きの民

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Bad End3の夢オチ回なので初見です。

いつも閲覧、感想、誤字報告ありがとうございます。

前話の感想欄が阿鼻叫喚で笑ってました。


前半に遠田が悪夢をみる√、後半は遠田以外が悪夢を見る√になっています。
この話もある種のifなので、別に本編に影響はありません。

2026/4/19に、前話Bad End3にヤザカマについての描写と最後に少しだけ内容を追加しました。


溶け落ちない幸福

遠田√。

 

 

 

 

「うぅ...ここは...」

 

頭にこびりつく鈍い痛みと共に、遠田は意識を取り戻した。

 

視界は暗く、思考はまだ混濁している。

 

しかし、異様な状況だけは肌が理解していた。

 

「なんや...これ...」

 

手足は無造作に縛られ、身動き一つ取れない。

 

冷たく硬い壁に囲まれた、息が詰まるほど狭い場所。

 

ドラム缶の中に閉じ込められているのだと気づくのに、時間はかからなかった。

 

わずかな隙間から、細い月明かりが差し込む。

 

「目が覚めたなクソ野郎」

 

覗き込んできた下手人の顔は、逆光と恐怖のせいか霞がかかったように認識できない。

 

だが、その声に宿る粘りつくような殺意だけは、はっきりと伝わってきた。

 

「お前...誰やねん。何のつもりや...」

 

「僕のいろPを奪ったクソ野郎に、教えることはない!!

どうせお前は、今から死ぬんだからな」

 

「なにを...言ってんねん...っ!」

 

遠田は震える声を振り絞り、精一杯の虚勢を張る。

 

しかし、下手人はそれを嘲笑うように、傍らにあった容器を手に取った。

 

「お前はこれからドロドロに溶かされて死ぬんだ!

これが報いだ!死んで僕に詫びろ!!!」

 

下手人が叫ぶと同時に、大量の液体が流し込まれた。

 

液体が肌に触れた瞬間、焼け付くような、猛烈な痛みが走る。

 

「死ね!死ね!死ね!苦しみながら死んでゆけ!!」

 

狂乱した下手人は、遠田の顔を狙って執拗に液体を浴びせかけてくる。

 

「あ゛あああああああッ!!」

 

眼球を、粘膜を、皮膚を灼き、溶かしていく強アルカリの激痛。

 

遠田の口から、もはや言葉にならない悲鳴が迸る。

 

「ハハハハハ!ざまあないな!!」

 

下卑た笑い声を残し、下手人はドラム缶の蓋を閉め、無慈悲に固定した。

 

「クッソ!クソ!!」

 

遠田は残った力を振り絞り、体重をかけて内側から壁を、蓋を突き飛ばそうとする。

 

だが、重い蓋はビクともしない。

 

刻一刻と、体の節々から感覚が失われ、皮膚がどろりと崩れ落ちていく。

 

全身を苛むのは、生きたまま肉を削ぎ落とされるような絶叫ものの苦悶。

 

「誰か! 誰かおらんのか!!」

 

「誰か...彩葉に...彩葉を...逃がせ...っ!」

 

必死に叫ぶ。

 

しかし、その声は鉄の壁に跳ね返され、暗い闇の中に虚しく吸い込まれていく。

 

「痛い、痛い、いたい、いたいいたいいたい...っ」

 

彩葉を案じ、助けを呼んでいた声は、次第に形を失っていく。

 

脳が、心が、ただひたすらに激痛という信号だけに支配されていく。

 

「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ」

 

暗泥に沈みゆくような感覚の中、遠田匠の意識は永遠に途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁはぁ...」

 

午前4時18分。

 

自室の布団の上、遠田は弾かれたように跳ね起きた。

 

喉の奥にこびりつく鉄の味と、全身を焼かれるような熱い痛みの残滓。

 

あまりにもリアルな死の感触に、視界が激しく歪み、瞳孔が収縮を繰り返す。

 

シーツを掴む指先が止まらない。

 

浮き出た脂汗が、冷たく首筋を伝い落ちる。

 

「...っ、う、あ...」

 

思考が追いつくより早く、せり上がってきた胃液の酸っぱい感覚に突き動かされ、彼はトイレへと転がり込んだ。

 

「おえっ...げほっ、はぁ、はぁ、はぁ...」

 

胃の中のものをすべて吐き出し、何も出なくなってもなお、激しい嘔吐感が彼を苛む。

 

震える手で便器にしがみつき、そのまま冷たい床に力なく倒れ込んだ。

 

先ほどまで感じていた液体に溶かされる感覚が、幻痛となってまだ全身を這い回っている。

 

夢だ。あれは、ただの夢だ。

 

自分は生きている。

 

身体も、皮膚も、まだここにある。

 

だが、荒い呼吸を繰り返す遠田の脳裏からは、あのドラム缶の底から見上げた、冷たい三日月の光がどうしても離れなかった。

 

「アレは夢...それとも、これが夢...」

 

もしかして、自分はすでに死んでいて、今見ている光景や感じている感覚こそが、死の直前に脳が見せる走馬灯なのではないか。

 

そんな疑念が、溶けかかった意識を蝕む。

 

「おれは...いきてる...のか...」

 

ふらつく足を無理やり動かし、壁を伝いながらリビングのソファまで這うように移動する。

 

「だれか...たすけて...」

 

掠れた、今にも消えそうな遠田の声は――。

 

「匠...?どうしたの?」

 

届いていた。

 

「い...ろ、は...起きて...」

 

「起きても何も、もう7時だから...

って、匠!?顔色が悪いんだけど!?大丈夫!?」

 

パジャマ姿の彩葉が、血相を変えて駆け寄ってくる。

 

ソファに力なくもたれかかっている遠田の顔色は、青を通り越して、死人のような土気色に染まっていた。

 

「いろは...」

 

遠田は、縋り付くように彩葉へ向けてフラフラと手を伸ばした。

 

指先が震え、うまく力が入らない。

 

それでも、誰かの——彼女の温もりを感じることでしか、今、自分がこの世界に繋ぎ止められていることを実感できなかった。

 

彩葉が無事であること。

 

その体温が、鼓動が、確かにここにあること。

 

それを確かめなければ、またあの暗いドラム缶の底へ引きずり戻されそうだった。

 

「匠...」

 

彩葉は何も聞かなかった。

 

ただ、限界を迎えた子供をあやすように、遠田の体を優しく、力強く抱きしめる。

 

彼女の柔らかな温もりが、肌を通じて冷え切った心へと伝わっていく。

 

その熱を感じるごとに、全身を支配していた痙攣のような震えが、少しずつ、少しずつ小さくなっていった。

 

「いろは...彩葉...彩葉...!」

 

遠田は、壊れた機械のように、ただ愛する人の名を叫び続けた。

 

怖かった。

 

生きたまま、溶かされていく、あの逃げ場のない感覚。

 

そして何より恐ろしいのは、あの狂信的な悪意が、自分だけでなく彩葉をも同じような、あるいはもっと酷い結末へと引きずり込むかもしれないという、拭いきれない不安だった。

 

「良かった...生きてる...俺も...彩葉も...」

 

震える声で、何度も、何度も、生存を確認するように繰り返す。

 

鼻をくすぐる彼女のシャンプーの匂い。

 

背中に回された手の温かさ。

 

それだけが、唯一無二の現実だった。

 

「...生きてるよ...私も...匠も...」

 

彩葉は、遠田の異常なまでの怯えを察しながらも、それを受け止めるように穏やかに答える。

 

彼の背を優しく叩くそのリズムが、遠田の早鐘を打つ鼓動を少しずつ鎮めていく。

 

窓から差し込む朝日は、ドラム缶の隙間から見た冷たい三日月とは違い、部屋全体を温かく、黄金色に照らしている。

 

それでも、遠田は彩葉を抱きしめる腕の力を緩めることができなかった。

 

あの生々しい激痛と、絶望的な喪失感。

 

それらが単なる夢であったとしても、腕の中にいる彩葉の重み、体温、そのすべてを片時も離したくないという本能が、彼を突き動かしていた。

 

「良かった...ほんまに、良かった...」

 

その一心で、遠田は彩葉を抱きしめ続ける。

 

「あはは、匠、ちょっと苦しいよ?」

 

彩葉が困ったように笑いながらも、その手は優しく遠田の背中を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

「朝からラブラブだね~」

 

「かぐやも混ざる~~!!」

 

それからしばらくして、リビングへやって来たかぐやとヤチヨ。

 

開口一番、冷やかし半分に声を上げたかぐやが、弾んだ足取りで2人に飛びついた。

 

抱きしめ合う遠田と彩葉を見た彼女たちは、磁石に吸い寄せられるように駆け寄り、2人を外側からまとめて抱きしめる。

 

彼女たちは、少し前まで遠田がどれほどの地獄を彷徨っていたのかなど、露ほども知らない。

 

なぜ今、この2人がこれほどまでに必死に抱きしめ合っているのか、その理由すら把握していない。

 

ただ、大好きな2人がイチャイチャしているのを見て、自分たちもその輪に混ざりたかった。

 

ただ、それだけなのだ。

 

4人の体温が混ざり合い、リビングには、どこまでも普通...よりは少し、いや、かなり騒がしい朝の風景が広がっていく。

 

「うわっ、重いって! かぐや、ヤチヨまで...!」

 

「彩葉ってばひど~い!女の子に重いって言った!!」

 

「いいじゃんいいじゃん! 今日はこうして、みんなでお団子になってる日なの!」

 

彩葉の切実な苦言に対して、かぐやとヤチヨはどこ吹く風で好き勝手言い返す。

 

あのBad Endな夢の中では、決して訪れることのなかった、騒がしくも愛おしい時間。

 

溶け落ちることのない、確かな幸福が、今ここには溢れていた。

 

――しかし。

 

感傷に浸っていたのも束の間、文字通り身動きの取れない状況に、遠田の口元からある言葉が漏れだす。

 

「...重い...暑い...」

 

ついさっきまで、『誰かの温もりを感じて、生きていることを実感したい』と切実に願っていたはずだった。

 

だが、それはあくまで愛する彩葉の、ほどよい体温と癒やしの話だ。

 

全方位から容赦なく押し寄せる、女子3人の全力の圧と、それによってリビングの密度を急上昇させる物理的な熱気は、また別の話である。

 

文句を言いながらも、遠田はもう、トイレに駆け込んで嘔吐することもない。

 

暑苦しいほどのこの賑やかさが、今の彼にとっては、悪夢を完全に上書きしてくれる何よりの特効薬だった。

 

 

 

 

 

 

「あ!朝ごはん用意してない!!」

 

そう言ってかぐやはキッチンへ走る。

 

「フフフ...これで彩葉と匠の独り占めタイムだ!!」

 

競合他者が一人減ったことで、ヤチヨはホクホク顔のまま、今度こそ2人を正面から抱きしめようと腕を広げる。

 

しかし――。

 

「た、匠...!?」

 

彩葉が困惑の声と、ヤチヨの腕を完全に無視して、遠田は動いた。

 

どっしりと胡坐をかき、その太ももの上に彩葉をひょいと乗せると、背後から包み込むように抱きしめたのだ。

 

そうして、吸い込まれるように彩葉の首筋に顔を埋める。

 

「...ちょ、匠...ヤチヨたちが見てるから...っ」

 

彩葉は顔を赤くして身をよじらせるが、遠田はそれを許さない。

 

鼻先をくすぐる彼女の香りと、肌を通じて伝わってくるトク、トク、という規則正しい鼓動。

 

夢の中の強アルカリ溶液よりも、はるかに強く、はるかに深く、この温もりを自分の中に浸透させたかった。

 

「あーっ!匠がいろ吸いしてる~~!!」

 

キッチンから戻ってきたかぐやが、その光景を見て指をさし、愉快そうに叫んだ。

 

「ヤッチョも、ヤッチョもいろ吸いしたい~~!!」

 

ヤチヨもそれに乗っかり、遠田の腕の中から脱出しようともがく彩葉の頬をぷにぷにと突き始める。

 

かぐやとヤチヨは遠田の行動をまるで猫吸いのように言ってみせる。

 

ちなみに何も間違ってなどいない。

 

「ちょ、2人とも変な名前つけないで...! 匠も離してっ」

 

『猫吸い』ならぬ『いろ吸い』。

 

端から見ればあまりにもシュールで、それでいて深い愛着に満ちたその光景を、彼女たちはそう形容したのだ。

 

ちなみに。

 

彼女たちのその表現は、微塵も間違ってなどいない。

 

いまの遠田にとって、彩葉の体温と香りを全力で摂取することは、精神の平穏を保つために必要不可欠な栄養補給であった。

 

「...落ち着く」

 

「あ、匠、いま絶対『いろ吸い』の良さを噛み締めたでしょ!」

 

「もう、匠まで...!」

 

恥ずかしがる彩葉と、それを包囲する3人。

 

ドラム缶の冷たい闇など、もう一欠片も思い出せないほど、リビングは幸せな熱気に包まれていた。

 

遠田のいろ吸いは朝食の後も行われ、それはなんと、夜が更けるまで延々と続けられた。

 

ようやく解放された彩葉の顔は、羞恥と熱のせいで真っ赤(#FF0000)に染まりきっている。

 

対する遠田の顔色は、朝の土気色が嘘だったかのように、艶やかな健康的レベルまで完全回復を遂げていた。

 

...実のところ、遠田の体調とメンタルは、朝食を終えたあたりですっかり元通りになっていたのである。

 

だが、彼はあえてそれを申告しなかった。

 

メンタル不良を口実にして、彼は1日中、心ゆくまでいろ吸いを堪能していたのだ。

 

「匠、顔色が良くなってきてるし、もう大丈夫でしょ...」

 

「...気のせいやで...もうちょいこのままで...」

 

ジト目で睨む彩葉だったが、元気になった遠田の様子にどこか安堵したのか、結局は最後までその我儘に付き合ってしまった。

 

悪夢がもたらした災難は、結果として、遠田に最高の役得をもたらして幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠田以外√

 

「あ゛あ゛ぁぁぁ...!!!」

 

遠田母は、喉を引き裂くような悲鳴とともに悪夢から跳ね起きた。

 

視界に焼き付いて離れないのは、ドロドロに溶け堕ちた愛息の無惨な姿。

 

形を留めぬ肉塊の中で、唯一、生を嘲笑うかのように遺された一個の義眼。

 

あまりにもリアルな夢に、心臓が爆ぜそうなほど激しく打ち鳴らされる。

 

(匠...匠は無事なん!?)

 

その一心で、震える指先を動かし、スマホから息子へ電話をかける。

 

だが、耳に届くのは無機質な呼び出し音だけだった。

 

「匠...生きてんのやったら出て。お願いやから...ッ!」

 

祈るように言葉を零すが、どれほど待っても、相手が通話ボタンを押す気配はない。

 

再びかけ直しても、結果は同じだった。

 

「なんで...なんで出ぇへんの...」

 

絶望が全身の血を凍らせていく。

 

だが、実際のところ、理由は至極単純なものだった。

 

今は、午前4時すぎ。

 

深夜を通り越し、夜明け前という、世界が最も深く眠りについている時間。

 

立川で彩葉達と暮らしている遠田も、例に漏れず大爆睡をかましており、枕元のスマホが放つ振動にすら気づいていなかったのだ。

 

そんな当たり前の現実に思い至る余裕もなく、最悪の想像に支配された遠田母は、暗い部屋の中でただ力なく崩れ落ちた。

 

絶望の淵で、もはや自力で正気を保つことはできなかった。

 

彼女は震える指で、最後の希望を託すように彩葉たちへ一通のメッセージを送り、そのまま力尽きるようにして気を失った。

 

だが、そのメッセージに既読が付くことはない。

 

これは遠田母だけではない。

 

芦花や真実を始めとした、遠田の関係者たちが一様に同じ悪夢を見て、何かしらの手段で遠田や彩葉に連絡を取っていた。

 

だが、そのすべては深夜の静寂に吸い込まれ、反応を返すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

彩葉の布団に潜り込んでいたかぐやは、顔を青ざめ、滝のような脂汗を流しながら飛び起きた。

 

怖い夢を見た。

 

あまりにも残酷で、生々しい夢。

 

自分のせいで、匠が無惨に、救いようのない形で殺される夢だった。

 

(匠...っ、匠は!?)

 

周囲を見渡すと、眠りにつくまではいたはずの彩葉がいない。

 

その不在が、夢の続きが現実になったのではないかという恐怖を加速させる。

 

かぐやは震える足で、彩葉を探すように、そして何より遠田が生きていることを確かめるために、彼の部屋へと向かった。

 

微かな希望と巨大な恐怖を抱え、音を立てないように扉を開ける。

 

そこには、朝の光を待たずして静かに呼吸を繰り返す、遠田の姿があった。

 

「...っ...」

 

安堵で膝が折れそうになる。だが、そこには先客がいた。

 

遠田を左右から挟むようにして、彩葉とヤチヨが寄り添って眠っていたのだ。

 

彼女たちもまた、かぐやと同じ悪夢に苛まれ、吸い寄せられるようにここへ辿り着いたのだろう。

 

かぐやはもう、何も考えられなかった。

 

安否を確かめたい。その熱に触れたい。

 

両隣のスペースが埋まっているのなら、選択肢はひとつしかない。

 

かぐやは迷うことなく布団へ潜り込むと、遠田の上に乗るようにして、その胸元に顔を埋め、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

遠田は、肺を圧迫されるような息苦しさと、異常なまでの暑さで意識を浮上させた。

 

重い瞼をこじ開けると、視界の右には彩葉、左にはヤチヨがいた。そして、あろうことか遠田の体の真上には、かぐやがのしかかるようにして眠っている。

 

三人の顔を順に窺えば、揃いも揃って顔色が悪い。

 

まるで地獄の底でも見てきたかのような、酷く怯えた表情を浮かべていた。

 

「...なにがあった...」

 

困惑し、事情を訊こうと体を動かそうとするが、重り(かぐや)が重く動けない。

 

せめて手だけでもと腕を動かそうとしたが、それも叶わなかった。

 

左右から彩葉とヤチヨが、まるで「どこにも行かせない」と言わんばかりの力で、遠田の腕を必死に掴んで離さないからだ。

 

「お~い...起きてくださいな~」

 

声をかけても、3人は深い――というよりは、疲弊しきった眠りの中にいて、一向に起きる気配がない。

 

時折、うなされるように指先に力がこもり、遠田の腕をさらに強く締め付ける。

 

枕元に放置された彼のスマホには、遠田母をはじめ、芦花や真実といった関係者たちからの、普段の彼からは想像もできないほどの着信履歴と、救いを求めるようなメッセージ通知が山のように積み上がっていた。

 

だが、今の遠田には、それを確認する術も余裕もなかった。

 

「...まあ、ええか...」

 

状況は全く読み込めないが、三人が自分を必要としていることだけは肌に伝わる熱で理解できた。

 

遠田は、彼女らによって体が満足に動かせないことをいいことに、抗うのをやめて二度寝にかこつけた。

 

 

 

 

 

「...み...匠...」

 

遠田は、自分を呼ぶ震える声で再び目を覚ました。

 

ゆっくりと意識を浮上させると、視界にはいつの間にか目を覚ましていた彩葉たちがいた。

 

3人は身動きもせず、ただ縋るような、あるいは奇跡でも見ているかのような眼差しで、じっとこちらを見つめている。

 

彼女たちの目には、今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいた。

 

「おはようさん」

 

事態を飲み込めていない遠田が、努めて気軽に、いつもの調子で声をかける。

 

その言葉が合図だった。

 

彩葉たちは堰を切ったように泣き出し、弾かれたように遠田の体を抱きしめた。

 

「匠、匠...っ、良かった...!!」

 

「う、うああぁぁん...匠ぃ...!!!」

 

骨がきしむほどの力でしがみついてくる彼女たちの涙で、遠田の胸元はまたたく間に濡れていく。

 

自分がどれほど凄惨な形で失われたのかを、彼女たちがどれほどの絶望を見てきたのかを、当の本人だけはまだ知らない。

 

ただ、朝の光の中で、3人の少女が必死に自分を繋ぎ止めようとしているその温もりだけを、遠田は黙って受け止めていた。

 

 

 

 

 

「これから匠には、独りで外を出歩くことを禁止します」

 

「なんならずっと誰かしら傍に居るようにして」

 

一通り泣き倒した後、彩葉たちは目に涙を溜めたまま、遠田に対して単独外出禁止令を言い渡した。

 

あの悪夢と同じことが起きないように。

 

ドラム缶の中で、誰にも見つからず独り溶けていくような惨劇を、2度と繰り返させないために。

 

彼女たちの瞳には、冗談では済まされないほどの真剣な光が宿っている。

 

「あの...俺のプライバシーは?」

 

思わず遠田が苦笑いしながら尋ねると、彩葉は間髪入れずにスマホを突き出した。

 

「おばちゃんからも同意を得ているから問題ない」

 

「何やってんの、おかん!?」

 

画面には、あの後ようやく連絡が取れたのであろう、遠田母からのメッセージが並んでいた。

 

そこには「彩葉ちゃん、匠のことを頼みます。もうどこにも行かせんといて。トイレまでついていってな」と、狂気すら感じるほどの熱量で同意の言葉が綴られている。

 

「ヤチヨもかぐやも、交代制で匠を見張るから」

 

「...見張るって、お前らなぁ」

 

外野からも固い結束の声が上がり、遠田の自由はあっさりと、そして物理的な温もりとともに奪い去られた。

 

どうやらこの悪夢の余波は、遠田の「プライバシー」という概念そのものを、ドロドロに溶かして消し去ってしまったようだった。

 

 

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