悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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プロローグ
1話 勇者召喚


 

「――はっ?」

 

 間抜けな声が漏れた。俺は目の前の光景を疑うように目を擦る。厚みを感じさせる絨毯。豪華絢爛(ごうかけんらん)という言葉を体現したような装飾品で飾られた壁。上を見上げれば富を象徴するように宝石が埋め込まれた巨大なシャンデリア。その光景は明らかに先ほどまで滞在していたホテルの一室ではなかった。

 

「――モモ?」

 

  首を左右に振って妹のモモを探す。しかしモモの姿は見当たらない。そのことに少しばかしの焦りを覚える。俺は数秒前までホテルの部屋でモモと2人で映画を見ていたはずだ。それなのにモモがいない。その事実に気づいて全身から血の気が抜けていく。

 真っ先に脳裏をよぎったのはモモのことより先に姉兼保護者である美柑姉(みかんねぇ)のことだった。

 

 俺、桜ヶ崎(さくらがざき)カオリはニートだ。不登校どころか高校に入学すらしなかったニートである。もしもモモになにかあれば美柑姉(みかんねぇ)に殺される。それこそ家から追い出されかねない。その事実が俺を焦らせていく。これは笑い事では済まないのだ。この状況で俺はモモの心配よりも自分の保身を考えていたのだ。しかしそんな余裕があったのも束の間だった。

 

「あれ?」

 

 この状況に違和感を覚えた。

 モモがいないことばかりに気を取られていたが、そもそも気づいたら別の場所にいるなんて明らかにおかしいではないか。

 これはモモが失踪したわけではなく、俺が別の場所にいるのではないか。もしかして俺のニート生活が続けられるかどうかなんて余裕のあることを考えてる場合ではないのではないか。それこそ俺のニート生活どうこうなんて悠長なことを言っていられるような事態ではない。今の生活なんかよりも俺の生存を気にしなければならないような局面。その現実が思考をシリアスへと切り替えさせる。

 

「――ああ」

 

 異世界転移。そんな言葉が脳裏を掠めた。

 しかしそう考えるのが一番自然だった。恐らくニートなんて生活に甘えていたからバチが当たったのだ。ニートをしていたら異世界転移した。そんなのはお約束ではないか。どうしてそんな簡単なことにも気づけなかった。なんで自分の身に異世界転移が起こらないと思い込んでいた。

 

「よくきた。異界の勇者よ」

 

 偉そうな男の声が響く。その言葉で現実を理解させられる。これは最悪の事態だ。それも異世界転移でも最悪な部類である勇者召喚。

 恐らくモモは一緒には呼ばれていないだろう。少なくとも俺の見える範囲にモモはいない。それならばモモのことは一旦頭の隅に置いておくのがベストだ。そもそもこの状況で一番危ういのは俺だ。ここで立ち回りを間違えれば死にかねない。モモのことを心配してる余裕なんてない。

 

「ここはなんなの!」

「もしかして勇者召喚ってやつ!ラッキー!」

 

 静かに周囲にいる人を観察する。まず同じく勇者として召喚されたと思われる人物が俺含めて5名。そのうち1人は黒髪中背で絵に描いたような学生。そして他は黒髪マッシュでホストをしてそうな男、明らかにチャラそうな金髪の不良、恐らく仕事帰りであろうスーツを着たOLさん。

 

「チートスキルとかねぇのか!」

 

 金髪の不良の叫び声を無視し、今度は俺達を召喚したであろう奴らの方に目を向ける。まず王様と思われるふんぞり返った男が1人。そして兵士が大勢。その兵士たちを指揮してそうなのは眠そうにしてる男だろう。この男だけ明らかに鎧の質感が違う。あれが騎士団長みたいな総まとめ役だろう。

 だけどそんな有象無象は正直どうでもいい。俺はその男の隣にいる女騎士に目を奪われる。艶のある桃色の髪に海のように青い瞳をした美人。顔だけでも充分に印象的だが、それ以上に強く印象に残るのは背丈。なにせ隣の騎士団長よりも頭1つ分ほど大きいのだ。恐らく身長は190を超えている。

 

「ルカよ。あれが勇者か」

「はい。そうだと思いますよ」

 

 全身に鳥肌が立つ。その彼女には怖いくらいに隙というものがない。それ故にこの中では最も浮いていた。それこそ例えるならば蟻の群れに象が混ざるような違和感。だからこそ自然と彼女を目で追ってしまう。それこそ彼女の指先、肩、喉といった動きがありそうな場所ばかりに視線が無意識に向かう。本能で理解してしまう。あの女がその気になれば俺達は殺される。俺達が生きているのは、彼女の気まぐれにすぎない。

 

「……うーん。当たりは1人かな」

 

 女が意味ありげな言葉をつぶやいた。俺は意図的に彼女から視線を外す。彼女に目をつけられたらたまったもんじゃない。あの女に関わるのは自殺行為だ。

 

「国王陛下。どうやら異界の勇者様方は状況が把握できていないようです」

「ふむ……ではスキルチェックじゃな」

「わかりました」

 

 それから俺たちは羽交い締めにされ、強引に採血させられた。頭の中で抵抗しようかと一瞬だけよぎったが、すぐに避けるべきだという結論が出る。あの女がいないならばともかくとして、あれがいる以上は迂闊な行動など命取りとなる。

 剣先で俺の指先が切られ、血が流れていく。その血を兵士たちは羊皮紙(ようひし)に吸わせていく。俺はそれを無言で眺める。

 

「どのスキルも平凡なものばかりではないか!」

「風は優秀かと思います。なにせヤミ国の魔女やエルフの十二座(じゅうにざ)の三の座と同じ元素系のスキルですので」

「まぁそうじゃな……他はどうじゃ?」

「身体能力強化は個人的に気になりますが……鑑定、槍術に強奪。まぁどれも凡ですね」

 

 言われたスキル名を頭に叩き込む。俺のスキルが分からない。この中だと個人的には鑑定や強奪が気になるところだ。特に強奪なんか明らかな強スキルだ。

 しかし同時に彼らは強奪のスキルを凡と言い切った。そこに少しの違和感が残る。もしかして俺の想像する異世界と少しルールが違うのではないか。

 

「なんじゃ! 勇者とは名ばかりではないか!」

「いかがなさいますか?」

「風以外は処分じゃ! そんな使えない雑魚はいらぬ!」

「処分するのであれば身体能力強化の子だけ私がいただいても構いませんか?」

 

 例の女が挙手し、口を開いた。それに対して王様らしき人物が興味なさげに告げた。

 

「勝手にしろ」

「ありがとうございます」

 

 その言葉を聞いて、例の女騎士が俺の方に向かってくる。俺は最大限の警戒をする。この女の狙いはいったいなんなのだ。そもそも俺になんの用があるのだ。もしかして目で追ってたのがバレたか。

 

「それじゃあ王様の許可も下りたし、私に付いてきてもらってもいいかな?」

「え?」

「私ね。個人的には君に興味あるんだ――唯一、私に警戒した君にね」

 

 女が強引に俺の手を引っ張り、そのままこの場を後にした。それから俺たちは有無を言わさずに別れさせられた。話す暇どころか自己紹介する暇すら与えられなかった。恐らく徒党を組まれないための対策なのだろう。嫌なところで頭が回る相手だ。

 

「あなた。名前は?」

「……カオリ」

「私はルカ。この国の騎士団で副団長を務めてるよ」

 

 ルカ。俺が唯一警戒した女の名前が初めて判明した。しかし彼女の身分を聞いて不思議と腑に落ちた。たしかに副団長ならば強いというのも納得がいく。

 

「カオリ君は何歳?」

「……17歳」

「若い! ていうかさ。あなたって何者?」

「どういう意味ですか?」

「カオリ君だけあの場で真っ先に私を警戒したでしょ。わけわかんない場所にいきなり連れてこられて混乱するわけでもなかった。それこそ不自然なくらい冷静だった」

 

 やはり警戒したことに気づかれていた。彼女ほどの強者ならば視線で気づくのは当然だ。むしろ気づかれないわけがない。だが警戒したのは事実だ。それにこれは隠すほどのことではない。悪いことはしていないのだから堂々とすべきだろう。

 

「カオリ君はなんていうか……こういう特殊な状況に慣れ過ぎてる。もっと言うならイレギュラーと遭遇した時の立ち回りが体に染みついてるんだよ」

「自覚はないですけどね」

「そこが気に入ったんだよ。なんていうか可能性を感じるってやつ?」

 

 なんとなくだが状況が掴めてきた。今の俺はルカの興味で生かされてるに過ぎない。王様が風のスキルを持った誰かに価値を見出したように、ルカは俺の立ち回りに価値を見出した。だから俺だけが彼女に保護された。

 俺の命は彼女という後ろ盾によって担保されたのだ。皮肉にも関わる行為が自殺行為と判断した女によって生かされたのだ。

 

「1つ聞いていいですか?」

「ん?」

「俺のスキルって身体能力強化なんですか?」

 

 俺は情報を求めてルカに問いかける。俺は自分が呼ばれた理由どころか、自分の持つスキルすら把握していない。今後なにが起きるか分からない以上は少しでも情報が欲しい。

 あの時の会話にルカは“身体能力強化の子だけ私がいただいても構いませんか”と言った後に俺を連れ出した。それはつまり俺が身体能力強化のスキルを持っている可能性が高いことを意味している。しかし推察の域を出ない。だから彼女の口から直接聞きたい。

 

「そうだよ。よく話を聞いてて偉いね」

「……たまたまですよ」

「正直さ。団長はお飾りだし、あの場で戦えるのは私だけだったんだよ。だからカオリ君の私さえ抑えればどうにかなるという判断は正しい」

 

 俺が薄々と勘づいたことを言語化する。実際スキルの有無に関わらず、ルカがいないならばどうとでもなった。それこそ極端な話をするならば、力付くで逃げることも視野に入れていたくらいだった。それらの計画を全て不可能と結論づけたのはルカがいたからに過ぎない。

 

「でもさ――あんな状況でそんな的確に分析と判断ができる人なんか普通はできるのかな?」

「まさか! ただの穀潰し(ごくつぶし)です。姉が面倒事をよくもってきたので慣れただけに過ぎません」

 

 自分を卑下し、彼女の不興を買わないようにする。事実として俺はニートの穀潰しでしかない。両親が死ぬと同時に従姉である美柑姉に引き取られ、彼女の金に甘えてモモと悠々自適の生活を送っていたのが俺だ。

 

「まぁとりあえず食べながら話そっか。右も左も分からないだろうし知りたいこと色々とあるよね」

 

 そうして案内され、出されたのはまずい食事だった。スープに浸さないと食べられないような硬いパンと野菜のカスで出汁を取り、塩だけで味付けされただけのスープ。俺はそのまずさに思わず顔をしかめる。美味しいものが食べられるなんて期待してなかったが、ここまで酷いものが出されるとも思ってなかった。

 

「まずすぎて笑っちゃうよねー。私は絶対に食べないし」

 

 そんな俺を見ながらルカはゲラゲラと笑いながら見ていた。思わず俺はムッとした。まずいとわかっていて出すなど彼女には人の心というものがないのだろうか。そう罵りたくなる。だが立場がそれを許さない。

 しかしルカは俺の表情の変化を気にも留めずに話を続ける。

 

「これがこの国の食文化。貧困国だしこんなのばっかりだよ」

「ひどいな。今すぐ帰りたい」

 

 思わず本音が漏れた。こんな飯に耐えられる自信がない。しかし口では言うものの心のどこかで理解している。恐らく日本に帰ることは不可能だと。嫌でもこれに慣れるしかないのだろう。

 

「私がなんか作るよ。好きな食べ物とかある?」

「なんでもいいのか?」

「もちろん」

 

 なんでもいい。その言葉に少しだけ頭を悩ませる。ここで無難なものを提案すべきか、それとも少し攻めて文明レベルを探るべきか。

 ここまで話してわかったのはルカは意外と寛容であること。それならば少しは博打を打っても冗談で済ませてくれるだろう。だから俺は賭けに出ることにした。

 

「パンケーキ」

 

 あえて無理難題をふっかけた。パンケーキを作るには小麦の厳選や複雑な発酵工程など大きな手間がかかる。これが作れるかどうかで大まかな文明レベルが測れる。

 

「ルカ?」

「……パンケーキね。いいよ」

 

 一瞬だけルカの表情が緩んだ気がした。パンケーキという言葉でルカの俺を見る目が少しだけ変わる。それこそまるで誰かに重ねてるようだった。

 

「……できるのか?」

「うん。だけどここだと食材がないからちょっと私の家まで来てね」

 

 女性の家に上がる。そのことに抵抗を覚えつつも俺は素直に従うことにした。ここで遠慮を見せて彼女の不興を買う方が怖い。

 

 

 俺はルカに連れられて王城から外に出る。そのまま関所を出て、街の外に行く。

 ルカの家は郊外にあった。それに俺は少しだけ疑念を抱いた。彼女はこの国の騎士団の副団長だ。恐らく収入もそれなりにあるはずだ。それなのに人目を避けるような郊外住まい。それこそ彼女が冷遇されてるような気がしてならない。

 

「そんなに王都住まいじゃないことが気になる?」

「まぁ……」

「意外と隠し事が多いんだよ。私」

 

 だからこそ人目がないところの方がありがたい。まるでそう言っているみたいだった。それこそ人に知られてはまずい。そんなニュアンスの含んだ言い方だ。

 

「さぁ。上がって上がって」

 

 ルカの家は煙突が特徴的な少し大きめな一軒家だった。俺は家に招かれるなり、そのまま席で待たされる。手伝うと言ったが、ルカは客人はゆっくりしててと笑顔で断った。

 そして彼女が台所に立ち、料理に取り掛かる。俺は周囲をキョロキョロと眺めながら料理ができあがるのを待つ。家の中を一通り見渡すが、特に気になるものはない。ありふれた壁に普通のソファーと机。違和感を覚えるのは一人暮らしの割には多すぎる酒樽くらいなもの。しかしそれも酒が好きですでまかり通る範囲でしかない。

 

「お待たせ」

 

 待つこと数十分。提供されたのは赤いチェリーソースのかかったフワフワのパンケーキとカリカリのベーコンだった。それに目玉焼き。まるで高級ホテルの朝食で提供されるような一品だ。よくも短時間でここまでのものを作れるものだと心の底から感心した。

 

「昼食だろうからお菓子じゃなくて料理っぽくしたよ。とりあえず食べよっか」

 

 出された料理を口に運ぶ。それこそ先ほどの食堂での料理が嘘のようだった。酸味が少し効いたチェリーソースとパンケーキの組み合わせは絶妙だ。それにパンケーキも甘すぎないからベーコンと喧嘩することもない。俺は思わず叫ぶ。

 

「美味い!」

 

 もっと味が薄いものが出されると思っていた。少なくとも美味しいものが食べれるなんて期待はしていなかった。

 

「パンケーキは私の得意料理だからね」

「しかし貧困国でこんなもの作れるものなのか?」

「そこは企業秘密と言っておくね。なにか聞かれても答える気はないからよろしくね」

 

 貧困国なのに食材の調達はどうしてるのか。どのような手法でパンケーキを作ったのか。色々と疑問は残るが、彼女に答える気がない以上は考えても仕方ない。そうして俺は料理をペロッと平らげた。

 

「それじゃあ一息ついたし、現状について話すね。カオリ君も色々と知りたいでしょ?」

「お願いします」

「端的に言うとね。この世界にもうそろそろ魔王が復活するから、その魔王への対抗手段として異界から勇者を召喚することにしたって感じだよ」

「なるほど」

 

 予想した範囲の答え。ありふれた筋書きだ。しかし疑問に思うことが1つだけある。魔王が来るから勇者召喚して勇者に戦わせます。それにおかしなことはなにもない。だがルカのような存在がいるのにわざわざ勇者を頼る必要があるのか。

 俺はルカならば俺含めて、あの場にいた勇者5名なら片手で勝てるくらいの実力差があると見ている。あまりに違和感しか――

 

「まぁそんなの建前で実際はヤミ国と戦争中で負けそうだから、勇者に頼ることにしただけなんだけどね」

「は!?」

 

 その真実に言葉を失う。世界のためとか大義名分があるわけでもない。ただ戦争の道具として呼び出した。その事実を知ると肩に力が入り、自然と握り拳を作っていた。

 あまりに舐めているとしか言いようがない。この国は俺達をなんだと思っているのだ。

 

「怒らないでよ。私なんか末端だし、どうすることもできないんだからさ」

「……事情はわかった」

 

 ルカに文句を言っても仕方がないのは理解している。しかしモヤモヤは溜まっていく。俺達は戦争という一方的な都合で呼ばれたのだ。もし世界のためとか言うならばまだ納得のいく部分があった。しかし実際は戦争という国同士の争いに巻き込まれただけ。怒るなという方が無理だ。だがここで怒りをぶつけてもどうにもならない。

 

「それでカオリ君はあの中だと一番使えそうだったし、私の騎士団で働いてもらおうかなと。もちろん戦場の最前線」

「なんで俺が……」

「別に逃げてもいいよ」

「逃げたら殺すんだろ?」

 

 どうせ選択肢などない。彼女ならば俺くらい簡単に殺せる。逃げる素振りでも見せた瞬間にあの世行きなのが目に見えている。最初から詰みだ。俺に拒否権などあるわけがない。これは通告なのだ。

 

「そんなことしないよ。ただ逃げたところで衣食住の保証もないわけだし、助けてくれる人もいないよ?」

「それは……」

「カオリ君は頭もそこそこ回るみたいだし、今の立場がかなり危ういのは気づいてるよね? それを自覚できるくらいの賢さがあると見込んだからカオリ君に声をかけたんだしさ」

 

 しかし返されたのは脅しではなく、正論だった。彼女は俺に決定権があり、強制したわけではないということにしたいらしい。

 たしかに言われてやるのと自分から率先してやるのではモチベーションが大きく変わる。そこを理解した上での言い回しだ。この女は強いだけではなく政治も上手い。

 

「ここで私や国に喧嘩を売ったり、歯向かおうものなら速攻で殺される。国を相手にして勝てるほどの力もない。もう選べる選択肢なんてないんだよ」

 

 貼り付けたような笑顔で怖いことを淡々と言う。生きた実感が湧かない。それこそ背中が汗でびっしょりとなる。

 

「この戦争は勝ち目はあるのか?」

「ないね。こんな弱小国家がヤミ国に勝つなんて天地がひっくり返ってもありえないよ」

 

 俺の嫌な予感は的中した。その事実を推察する材料はいくらでもあった。ルカが先ほど言っていた貧困国という言葉。勇者召喚までしなければならない現状。それらから考察するに俺達勇者が個人で状況を好転させなければ負けるということ。

 そして全員がルカに劣る現状と王様の外れスキルの言葉。勇者にそこまでの力はないのは明白だった。

 

「俺に死ねということか?」

「まぁ悪いようにはしないよ。そこは私を信じてとしか言えないかな」

 

 色々なパターンを模索する。ここから逃げ出すというのはルカも言っていた通り愚策だ。それをやるにはあまりに世界を知らなすぎる。かといって真っ当に騎士団に所属したところで負け戦に巻き込まれる。

 

 少しだけ静寂が流れた。空気に耐えかねたルカが口を開こうとしたその時、扉が乱暴に開かれた。

 入ってきたのは高価な甲冑に身を包んだ男。先ほどの勇者召喚の際にルカの隣にいた騎士団長だった。

 

 その現実に一瞬だけ思考が止まる。呼び鈴すら鳴らさず部下である女性の部屋に土足で上がる。あまりにこいつの行動は常軌を逸している。こいつには社会性というものが存在していないのか?

 そもそもルカの家は王都から少し離れてる。この距離をわざわざ歩いてきたのか?いったいなんのために? わけがわからない。こいつの意図が読めない。

 

「……なんですか? こっちはいま取り込み中なんですが?」

「知るか」

 

 それにルカが臆することなく言葉を返す。まるでそれが日常と言わんばかりに。彼の登場と共にルカが露骨に不機嫌となった。彼女の表情は嫌悪に満ちていた。そんなルカを彼は下世話な笑みを浮かべて舐め回すような視線を向ける。この男には俺のことなど眼中にはないようだった。

 

「……なんの用ですか?」

 

 ほんの刹那(せつな)、男の姿を見てルカの肩がわずかに震えた。まるで絵に描いたような悪役。そんな彼に俺も少しだけ嫌悪を覚えた。しかし嫌悪より強く感じたのは不安だった。

 これからルカはどうなってしまうのだろうかという不安。少なくともこれから起こることにあまり良い想像はできない。

 

「お前さ。俺に拾われた分際でなに勝手なことしてんだ?」

「それは……」

「俺の女なのによぉ! 他の男に媚びるとかありえないだろ!!」

 

 椅子が乱暴に蹴り壊され、空気は一気に険悪なものになる。ルカは少しだけ怯えた表情を見せるが、彼は強引に彼女の腕を掴んで逃がさない。

 彼女ならば、その気になればこの男の首を折ることなど造作もないはずだ。だけど彼女は抵抗する素振りすら見せなかった。俺は目の前の光景を理解できなかった。

 嫌な考えが浮かぶ。権力による搾取(さくしゅ)や弱みによる脅し。なんかしらの事情でルカは暴力を振るうことが許されない。だから彼女は現状を甘んじている。

 

「てめぇの身体にしっかりと関係を刻まないと駄目なようだなぁ!」

「い、嫌!」

 

 ルカが俺に助けを求める顔をしている。ここで動くべきだと本能が叫ぶ。ルカは右も左も分からない俺に良くしてくれた。飯も作ってくれたし、話も聞いてくれた。そんな彼女がこんな男に好き勝手されるのは耐えられない。なにより彼女を助けたい。

 しかし同時に俺の理性が見ていろと言う。ここで動いても良いことなどない。立場を悪くすれば死ぬ。ここで騎士団長ほどの立場に目をつけられるのは詰みだ。足が動かない。理性が俺の感情を殺していく。

 

「お前は気が散るからどっか行ってろ」

「カオリ君。心配しないで」

「でも!」

「大丈夫。慣れてるから……少し外に行ってて」

 

 ルカはそれだけ言い残した。団長は扉の奥に乱暴にルカを連れ込んだ。扉の向こうから押し殺した息が漏れ、次いで木が軋む鈍い音が響いた。

 その音が、骨の奥を叩くように響く。俺は胸の奥が焼けるような感覚を覚えながら、無言でその場を後にした。ただ静かに家の外で拳を握りしめて待つことしかできなかった。

 

「カオリ君。大丈夫だった?」

「俺の心配なんかより……」

 

 ルカが家から出てきたのは夕暮れ時だった。彼女は今にも泣きそうな表情をしていた。だけど俺を見るなり無理して笑みを浮かべる。頬ではなく唇だけで作られていた強引な笑み。

 

「よかった……なにもなくて……」

 

 少し震えた声が俺の鼓膜を揺らす。彼女みたいな優しく強い人が権力を盾に良いように利用されている。俺はその事実に無性に腹が立った。先ほどの光景を見ると指先が冷たくなり、胃が痛くなる。そしてなによりも彼女と目が合わせられない。

 

「どうして好き勝手にされてるんですか?」

「それは……」

「ルカさんほどの実力があればあんなやつ……!」

「それは駄目だよ。良くないことだから」

 

 この状況はあまりに胸クソが悪い。彼女が腹の底でなにを考えてるか分からない。だけど優しい人だということだけはこの短時間で充分に理解できた。その優しい人が一方的に搾取されている。俺はこの現状を許せない。俺は逃げることなく彼女の目をまっすぐと見る。胸の奥で何かが弾けた。理屈もなく、声が勝手に出ていた。

 

「……ルカ副団長」

「なに?」

 

 反射による行動。喋りながら自分でも愚かな選択をしたと思っている。俺は大馬鹿者だ。だけどそれでもいい。俺は彼女が搾取される現実に耐えられない。騎士団に入れば、間違いなく戦争の最前線に送られ、団長からの嫌がらせも受け、死ぬ確率が飛躍的に上がる。愚かな選択だ。なんとか上手い抜け道を探り、騎士団に入るのを避けるのが真っ当な選択だ。しかし俺は彼女の味方でありたいと思った。

 

「俺……騎士団に入ります」

「いいの?」

「はい」

 

 自分に良くしてくれた人が困ってることを知りながら、見なかったことにするような人間になりたくない。

 二度と彼女を理不尽な目に遭わせたくない。あんな彼女の姿は二度と見たくない。俺は彼女を守りたい。

 

「ありがとね」

 

 そうして俺の騎士団での生活が始まることとなった。

 

 ――しかし、その生活は長く続かないことを今の俺は知らない。

 

 

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