悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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9話 世界の猛者

 

 夕暮れ時。王都から少し離れた平原で赤い羊を1匹倒す。これが最後の1匹だった。仕事を終えた俺は手ぬぐいで汗を拭って、一呼吸つく。ようやく労働が終わったのだ。

 

「しかしお前さん。本当に強いな」

「ありがとう」

 

 褒め言葉に素直なお礼で返す。俺は現在メイの依頼で王都近郊に現れた血羊(ブラッドシープ)の合同討伐隊に参加していた。なんでも大量発生し、農作物を荒らすらしくヤミ国政府が依頼を発行したそうだ。その討伐に参加するようにメイに言われたのだ。

 

「それにしても同じ身体能力強化のスキルなのにここまで差が出るのも不思議なもんだ」

「へぇ。あんたも身体能力強化のスキル持ってたのか」

「まぁな。だからここらではそこそこ名が知れてるんだぜ」

 

 兎狩りを終えた翌日から俺はメイに多くの依頼を詰め込まれた。それこそ猫探しや薬草採取から傭兵仕事など幅広く色々な依頼だ。そして今回のそれもこの中の依頼の1つである。メイの依頼は個人的に非常に助かっている。なにせこの国の常識や価値観について体験として知ることができているのだから。

 

「やっぱり身体能力強化のスキル持ちは多いのか?」

「うーむ。そもそもスキル持ち自体が少ねぇからなぁ……俺もスキル持ちに会ったことなんて片手で数えられる程度しかねぇしな」

 

 そうして仕事を終えて、俺はメイの待つ家に帰る。

 

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい。今夜はユッケという料理に挑戦させていただきました」

 

 帰るとメイは台所で鼻歌交じりに料理をしていた。ただ俺は少しだけ違和感を覚えた。なにせボウショク教では生食は禁止だ。それなのにユッケなんか出してもいいのだろうか。

 

「それって教義違反にならないのか?」

「ボウショク教の教義ではレアのステーキ肉は問題ないということは知ってますよね?」

「ああ」

「それならばレアのステーキ肉を用意した後に焼けた部分を削り、中央部分だけたたきにしてしまえばセーフでしょう?」

「おお!たしかにそうだ!! 発想が天才だ!!」

 

 思わず感心してしまう。まさかこんな抜け道があるとは思いもしなかった。本当にメイは頭が良いとつくづく思わされる。まさかボウショク様もこんな方法で抜け道を用意されるとは想定もしていなかっただろう。まるで神に勝ったような気分だ。

 

「もっとも生卵の黄身は用意出来ませんけどね」

「うーむ」

「あれは言い逃れが出来ませんし、なによりも確実に食中毒になりますから我慢してください」

 

 ぐうの音も出ない正論である。そもそも卵の生食自体が地球でも日本ぐらいでしかできなかったものだ。そのようなものが当然ながら異世界で出来るはずもない。まず教義の抜け道を突いてユッケを提供してくれたことに感謝しよう。

 

「なので今回はわさび醤油でいただきましょうか」

「おお!」

 

 本音を言うとメイとの生活は意外と快適である。帰ってくれば掃除も終えており、風呂も沸いている。そして洗濯も済まされた上で夕食の準備までされている。こんな8歳の子どもにそこまでさせてしまう罪悪感は当然ながらある。しかし目を少しでも離せば、気付いた時には終わっているのだ。俺が手伝おうとしたときにはメイは一通りの家事を終えているのだ。

 

「何度も言ってるが俺も手伝うし、なんなら全部俺がやってもいいんだぞ」

「大した手間じゃありませんから気にしないでいいですよ。仕事の片手間でやってるだけですから」

「仕事?」

「はい?」

「まさかこの家事と並行して仕事もしてるのか?」

「当たり前でしょう。カオリがいない時は貴族や教皇様のところに行って打ち合わせ。その上で隙間時間に書類の確認と判子押し……暇がある時は市場や軍部、教会の視察を行っています」

 

 あまりの過密なスケジュールに思わず唖然とする。そこまでやった上で俺への依頼の割り振りも行っている。彼女の頭の中はいったいどうなっているのかと小一時間問い詰めたくなる。それになによりも恐ろしいのがそんな過労を一切感じさせない余裕。本当にメイ第二王女様は何者なのだ。

 

「そんな様子は全然見せなかったよな」

「わざわざ見せる必要もないでしょう。もし目の前に忙しそうな人がいたら気を遣って体も休まらないと思いますよ」

「そうだけど……」

「なので私は基本的に仕事してる様子は人に見せませんし、なにかを求めることもしません。いつものように普通にお過ごしください」

 

 あまりに彼女の底が見えない。メイの素性について気になるが、詮索(せんさく)すれば殺されるような気がした。恐らくメイはそういう存在だ。それこそ彼女の存在こそが国の根幹に関わるものであり、最高機密なのだ。

 

 興味本位で首を突っ込んでいいものじゃない。メイもそこまで俺が察することを理解してるからこそ、隠す素振りもしていないのだろう。

 

「さてさて。次の依頼ですが王都から4日ほどの距離にある街に向かっていただこうと思っております」

「ふむ」

「王都以外の街の空気感に触れたり、一般的な交通手段を使ってみたりするのは仕事するうえでは必須でしょう。金銭は私が負担してあげますのでご安心くださいね」

「まじか!太っ腹!」

「当然でしょう。私の頼みで向かっていただくのですから」

 

 

 それから俺はメイの依頼の一環で軽い一人旅をすることになった。

 今回の依頼内容は野菜戦争への参加というもの。詳細は現地に行けばわかるので詳しい説明はなかった。言われたことといえば野菜の獣が大量発生するから街や村に被害が出る前に殲滅しましょうといったことくらいだ。その殲滅のために多くの傭兵や冒険者がやってくるとかやってこないとか……

 

「それで冒険者だが……」

「冒険者じゃなくて狩人だ」

「ああ。そうだったな」

 

 俺は意気投合した同乗者から冒険者についての話を聞いていた。ヤミ国では冒険者は冒険者とは呼ばれない。彼らの仕事はギルドの依頼を受けて魔物もとい獣の討伐、要人の警備、希少な素材の収集といったもの。それこそ日本の異世界系小説に出てくる冒険者となにも変わらない。だが彼らは冒険者と呼ばれずに狩人と呼ばれる。

 

 理由は単純明快で、冒険がほとんどないからである。未開拓地の多くは既に開拓され、稀に現れるダンジョンなんかは民間ではなく国が対応に当たることが大半。それ故に貴族が"冒険者"という名前は誤解を招くと言い出し、呼称の正確性を期す観点から冒険者という言葉は使われなくなったのだ。

 

「しかし言葉狩りに意味があるのか?」

「それがあるんだよ。子供はおとぎ話に出てくる冒険者という名前に憧れたわけだから、狩人って呼び名じゃ誰もなりたいと思わない」

「あーそういうこともあるのか」

「それに国や貴族としても民間が大きな武力を持つというのは面白くない。だから名称を変えることでギルドの力を削いでいるのさ」

 

 こうして俺に講義してくれる彼は男爵であり、色々と国内政治について勉強してる身だ。それ故に彼の話は非常に理路整然としているし、知識も深くて聞いていて楽しいものだ。彼のおかげでこの道中は退屈せずに済んでいる。

 

「それで僕としては魔物を獣と改めたのもそういう政治的な意図があると思うんだけど、カオリはどう思う?」

「間違いなくあるだろうな。魔物だと怖いイメージが先行するけど、獣なら勝てそうって思えるだろ」

「一理あるけど、そのイメージが先行すると無鉄砲に挑む人も増えて死人が増える気もするね」

「そこはリスクとリターンを天秤にかけたんじゃねぇかな。たしかに死傷者も増えるが、過剰な恐怖をほぐすリターンも大きいはずだ」

「なるほど……うーん。やっぱり政治って難しいなぁ」

「同感だ」

 

 そうして馬車での旅を終えて現地へと到達する。俺は男爵の彼と別れて、教会の方へと向かう。野菜戦争は国と狩人協会が総力を挙げて行っている。そのため参加するならば現地のギルドもしくは教会で手続きする必要が出てくる。今の俺はルカの助祭なので教会の方でスムーズに手続きが進むため、今回は教会で手続きを行うことにした。

 

「これで手続きは終わりました。わざわざご足労いただきありがとうございます」

「いえいえ」

「それではボウショク様の御加護があらんことを。命を第一に考えることを忘れずにということを忘れずに出来る範囲で頑張ってくださいね」

 

 教会で手続きを終え、俺は昼食を取れるところはないかと飯屋を探して歩く。しかし軽く歩いているが人が想像以上に多い。

「フウガも元気にしてるといいなぁ」

 

 こんなに人が多いとフウガに会えるのではないかと期待を抱いてしまう。あれから何度か彼に会おうとしたが、気付いたときには王都を後にしていた。

 なんでも冒険者になりたかったらしく、そのまま旅に出たらしい。ここは異世界だし、そういうのに憧れる気持ちも分からなくはない。だけど別れの挨拶くらいはしたかったと思う。

 

 ただ野菜戦争は稼ぎが良いため冒険者もとい狩人が多く集まるイベントと教会で聞いた。彼と会える可能性は充分にある。もしも彼に会ったらミノタウロスを倒した話もしたいし、逆に彼がどんな旅をしてきたのかという話も聞きたいものだ。

 

 そんなことを考えて大通りを歩いていると、怒鳴り声が聞こえた。

 

「だから手を貸せって言ってんだよ」

「嫌じゃ嫌じゃ。弱いやつとは手は組みとうない!」

「弱い! あんた弱い!」

「あ? 俺はS級冒険者様だぞ」

 

 興味本位で声のする方に視線を向けると大柄な男と白のレース布で目を隠した、金髪の幼女が2人いた。

 一目見て分かる。どちらも相当な手練れだ。男の方は修羅場を何度もくぐり抜けた威厳を感じさせる。それに対して幼女の方はあまりに得体が知れない。彼女達が視界に入るだけで不思議と全身に鳥肌が立つ。

 

「ん? なんか強そーなのがいるじゃねぇですか」

「あれは強い! あんたより強い!」

「……んだとっ!」

 

 唐突に女の子2人が同時に俺を指さした。厄介な面倒事に俺も巻き込まれてしまったのだ。

 それにしても強者達がなにでいったい揉めているのだろうか。そもそも彼らは何者なのだろうか。俺は気づいたら彼らのことを知りたいと思っていた。だから俺は逃げることなく、そのまま揉め事に首を突っ込む。

 

「これはなんの集まりだ?」

「俺のことを知らねぇのかよ。俺は最強のS級冒険者ガイン様だ!」

「たかがS級でイキってるんじゃねぇです。どこかに所属することもできねぇ汚ねぇ野良犬が!」

「そーだ! そーだ!」

 

 それにしても幼女2人は相当口が悪いな。だが恐らくだが戦闘になれば勝つのは幼女の方だ。ガインと名乗った男が弱いわけではないが、あの幼女があまりに場慣れしている。彼は修羅場を越えたのだろうが、幼女の方は何度も死線を超えている。不思議と感覚でそれが分かってしまう。

 

「……そう言うお二人は何者なんだ?」

「うちらのこと知らねぇんですか?」

「もしかして田舎モンかぁ?」

「うちらはドールズ! 聖女ルイスお抱えの諜報機関ドールズでやんす!」

 

 聖女ルイス。その名前を聞いて俺の中で緊張が走る。もし彼女達と繋がりを持てれば聖女ルイスとの接点を持てるかもしれない。そうなれば日本への帰還に一歩近づける。このチャンスを逃す術はない。

 

「へぇそういう目も出来るんですか!」

「こいつルイス様狙い! ルイス様狙い!」

「おい、俺を無視して話を進めるんじゃねぇ」

 

 ガインが割って入ってくる。そもそも事の発端は彼とドールズの揉め事だ。俺とドールズが彼を無視して話してる方がおかしいのだ。それにしても彼らはいったいどうして揉めてるのか。結局のところそこがわからないと話が掴めない。

 

「俺達で協力してデュラハンを倒そうって話だろ!」

 

 なるほど。まったくわからんな。

 

 

 あれから俺達は場所を移動して鴨鍋屋の個室で話していた。なにせ俺はデュラハンと言われてもピンとこない。獣の類というのはわかるが、それ以上はさっぱりだ。だから落ち着いた場所で話を聞きたかった。

 

「つまり近隣に現れたデュラハンを倒すためにドールズに声をかけたってことね」

「そーでやんす。ただうちらはデュラハンに興味ねぇから断ってるでやんす」

「なるほどね」

「雇うなら相応の対価が必要。それ世界の常識」

「そもそもデュラハンがいたら俺もお前達も仕事にならねぇだろ。だから手を組んで倒そうって言ってんだよ」

「嫌でやんす。あんたじゃ足手纏いでやんす」

 

 デュラハンは別名"首無し騎士"と言われている獣の一種らしい。霊馬に乗った中身が空の甲冑(かっちゅう)という独特な姿をしており、過去に現れた際には異端審問官が対応に当たるほどに厄介な相手。

 そんなデュラハンがこの付近に現れ、一般の狩人が困っているから被害が出る前に強い狩人が集まって討伐しようということでガインはドールズに声をかけた。しかしドールズはそれに反発し、現在に至るという流れになったそうだ。

 

「つまり対価があればいいんだな」

 

 俺は金貨が入った袋を机の上に置く。ドールズの戦闘には興味があるし、彼女達と接点は確保したい。そのための投資だと思えば金貨袋の1つくらい安いものだ。

 

 もっとも俺の金じゃないし、メイに叱られそうではあるが……まぁそこはここで結果を出せばチャラに出来るだろう。なにせこの場は金の匂いが嫌というほどしてるのだから。

 

「金で動くと思ってるなら随分と安くみられたみてぇで不愉快です」

「そういうわけじゃねぇよ。そもそもお前達はなにかを他人に求めてねぇだろ」

「……!!」

「これは覚悟だ。お前達と一緒に戦えるなら、このくらいの痛手は気にしないという覚悟として受け取ってほしい」

 

 信用するか否かは自己犠牲にあると俺は思ってる。大金持ちが1億円積んだところで信用できないが、子供が1万円を出すならば信用できる。自分という存在にどこまで身を切ることが出来るかどうかというのが信用を得る上では大切だ。それ故に信用してもらうためならば身を切っているように見せるのが一番効果的だ。

 

「それに手を貸すなら、そっちとしても建前も必要だろ」

「いいでやんす。カオリの指示なら動いてもいいです」

 

 そうして話がまとまっていく。即興で組まれたS級冒険者とドールズと俺の三者同盟によるデュラハン退治。誰かと協力してなにかの解決に当たるというのは初めての経験で少しだけ緊張が走る。

 

「カオリ。礼を言う」

「ん?」

「お前さんがいなければ話がまとまらなかった」

「俺がやりたくてやったことだし気にするなよ。それよりガインの活躍も期待してるぞ」

「ああ。任せてくれ」

 

 そうしてこの場は解散となった。

 それにしても随分と大事になってしまった。まだ街に来たばかりで野菜戦争の詳細も知らないのにデュラハン退治という大型イベントに巻き込まれてしまった。野菜戦争について教会から聞いたのは"狂野菜(きょうやさい)"という獣を倒し、死体を街に持っていけば金銭と交換してもらえるという程度だ。

 

「さてさて。少し困ったな」

 

 俺は再び一人寂しく大通りを歩く。

 ドールズに金貨袋を渡してしまったので持ち金はポケットに入れた金貨7枚くらいなもの。普通に大金だし、特に困ることはないと思う。

 

 しかし宿の代金を考えると不安の方が強い。安すぎる宿は不安だし、かといって手頃な宿は既に埋まってるだろう。そうなると消去法で高級宿くらいしかなくなってくる。高級宿に泊まることを考えると金貨7枚というのはあまりに心許ない。

 

 それに野菜戦争の情報もどこかで買いたいところだし、面倒事を避けるためにもチップに少しは回したい。

 

 こういう場所ではチップは大事だ。それこそ後ろ盾のない旅人など少し難癖をつけられただけで終わる。だからこそ良くしてくれた人にはチップを払って好印象を残し、なにかあった際に助けてもらえたりするように手回しをする。もちろんそこまでやる必要はないが、やらないと相応のリスクも被ることになる。チップというのは保険のようなものなのだ。

 

「おや? おやおやおやおや?」

 

 そんなことを考えながら宿探しをしてると見知った顔が現れた。俺の頬が少しだけ緩む。そこにいたのは勇者フウガだった。会いたいと心の底から思っていたので彼と合流出来たことがこの上なく嬉しい。俺はフウガにそっと近づいて声をかける。

 

「フウガ! 久しぶりだな!」

「カオリ!?」

「やっぱりお前も野菜戦争に来てたか! 会えて嬉しいぜ!」

 

 

 俺は強引にフウガを捕まえて喫茶店に入る。彼とは積もる話が色々とある。俺のこれまでの話も聞いてほしいし、彼が王都を後にしてからどうしていたのかという話も聞きたい。俺は心なしかテンションが上がっていた。

 

「それでミノタウロスがいっぱいいる島に放置だぜ? ありえねぇだろ」

「あはは……そんな状況で生きてるのも大概だと思うけどね」

「いま思い返しても奇跡だね。あれは本当に運が良かったとしか言えねぇよ」

 

 そもそもルカは思考がイカれてるのだ。自分が出来るのだから周りも出来て当然と無理難題を振ってくる。少しはメイを見習ってほしいものだ。メイの依頼は難しいが死ぬような危険はないものだった。普通はそういうものを出すだろう。

 

「それでフウガはどうだった?」

「僕は……」

 

 フウガが目線を逸らす。どうやら彼はこれまでの話をしたくないようだ。それこそ俺に引け目を感じているような気がした。俺は悟られないように少しだけ気を遣いながら話を逸らす。

 

「まぁなんでもいいや。それよりこれから野菜戦争に行かねぇか?」

「え?」

「いやさ。少し金に困ってて、小遣い稼ぎがしてぇなと思ってな」

「もうすぐ夕暮れだよ?」

「ぱぱーっと倒してすぐ戻れば平気だって」

 

 野菜戦争への参加は明日からのつもりだった。しかし俺は場の空気を変えるためだけに野菜戦争を利用した。正直言って少し安易だったと思う。ミノス島での一件もあって自分の強さには自信があった。

 

 だがなにが起きてもおかしくないのが戦場。相手が獣だろうが、そこは変わらない。もしかしたらフウガに万が一のことがあるかもしれない。特に夜になれば視界が悪くなるため、万が一が起こるリスクは跳ね上がる。もしもメイがいたら呆れていただろう。

 

 俺はそのリスクを許容してでも場の空気を変えたかった。俺は笑みを崩さず、いつも以上に慎重を心がける。一歩間違えれば人が死ぬ。フウガが死んでしまう。だからこそ警戒は解けないし、油断は許されない。

 

「大丈夫。俺がいる」

 

 そう言って俺はフウガと共に郊外へと出た。フウガも俺も武器は剣だけ。つまり遠距離相手には滅法弱いし、攻撃を受ける術もない。それこそ攻撃を避けるしかない。特に囲まれでもしたら最悪だ。そうならないように常に位置取りには気を遣う。

 

 頭の中で自分の周りに弧を描き、その弧に複数体の敵を絶対に入れないように心がけていく。そこが崩れたら危険度は一気に跳ね上がる。その上で相手に先手は譲らない。常にこちらから先手を仕掛け、確実なダメージを与えてアドバンテージを確保しろ。

 

「カオリ。いたよ……」

「ああ。見えてる」

 

 目の前にいるのは俺の半身ほどある大きなトマトだった。だが普通のトマトではない。真ん中に大きな単眼があり、手足が生えて歩いているのだ。まさしく化け物と呼びたくなるような仰々しい見た目をしている。

 

 ここからなら音撃一閃で1秒未満で殺し、フウガの元まで戻ってくる。周囲にも何匹かうろついているが、あれらの身体能力から1秒でフウガに怪我を負わせるのは不可能。充分に守りきれる。

 

「僕が……」

「音撃一閃」

 

 フウガの言葉を言い終える前にトマトの手足を斬り落とし、目玉に剣を突き刺す。確実に動きが止まったことを確認して次の獲物を視界に捉える。

 

 今度は手足の生えたネギであり、相変わらず気持ち悪い単眼をしている。距離は大体北東500mくらいだろう。この距離ならば戦闘時間含めて5秒で戻ってこれる。そして他には西に700mのところにじゃがいもか。5秒ではフウガへの攻撃は不可能。

 

「フウガはトマトの死体の傍にいろ!」

 

 そのまま駆け出してネギの目玉を胴体ごと一刀両断する。さきほど手足を斬り飛ばした際に痛みを見せるような表情がなかった。息絶えたのは目玉を潰した時。それならば弱点は目玉。狙うならば目玉一択だ。

 

「次!」

 

 敵を視界に捉え、フウガの安全を確信した上で距離を詰める。頭の中で常にタイマーを叩く。そのタイマーは敵がフウガに攻撃出来る間合いに入れるまでの時間だ。その時間が俺に許された戦闘の猶予時間。それ以上は彼の命の保証ができなくなる。

 

「終わり!」

 

 じゃがいも野郎も倒し、剣を鞘に納めて2匹の死体を引きずってフウガの元まで戻る。やはり野菜だけあって随分と斬りやすいな。ミノタウロスのような筋肉の硬さもなければアイアンラビットみたいな鉄の硬さもない。ただ軽くスライドするだけで斬れるのでノーストレスだ。これならいくらでも倒せそうだ。

 

「おまたせ。フウガ」

「……え?」

「とりあえず持ち運びも手間だし、3匹ほど持ち帰って終わりにしようぜ」

 

 しかし狂野菜。どんな味がするのだろうか。ほとんどは売りに出すとしてネギの半身だけは俺達で食べてしまおうか。それこそ牛鍋でもしたい気分だ。鉄鍋の底に牛脂を引いて、そこにネギを立てて敷き詰める。そしたら割り下を煮詰め、牛肉を焼いていく。考えただけで美味しそうだ。もっとも生卵がないから物足りなさは感じるだろうが充分すぎる。ただ問題は割り下の確保。どこかの料理屋に頼んでネギの残りと交換してくれると嬉しいが……

 

「な、なんだよ……それ……」

「ん? どうした?」

「僕は勇者だぞ!なんで引き立て役のお前の方が強いんだよ!」

 

 唐突にフウガが怒鳴った。そんな目で見られていた事実に少しだけショックを受けるが……まぁいいか。わざわざそんなことに目くじらを立てても仕方ないことだ。

 

 それに現実問題として俺の方が強いのは事実だ。しかしなんて言葉を返せばいいものか。どんな言葉を選べば彼との関係が悪化しないだろうか。

 

「フウガは強くなるための努力したか?」

「それは……」

 

 フウガが言葉に詰まる。それこそ痛いところを突かれたという感じだ。しかし俺は別に論破したいわけじゃない。正論で叩き潰してもなにも意味がない。それに俺は努力してないから仕方ないなんて言うつもりは毛頭ない。そんなのはクソ食らえだ。

 

「もしも努力してたらフウガは俺より強くなったと思うか?」

「どういう意味?」

「努力したら今の俺のように動けるようになる姿が思い描けるかどうかって話だ」

 

 今の俺の身体能力は人間を超えている。その自覚くらいはあるし、世界から見ても上澄みという自覚はある。謙遜は大切だが謙遜のしすぎは時として失礼に当たる。だからこそ俺は常に自分の立ち位置を見失わないように心がけている。

 

 例えば多くの人が俺と同じくらい速く動けるならば野菜戦争はとっくに終わってる。だが野菜戦争は終わらずに続いている。それが俺に匹敵するやつがいないことの証明だ。そういう背景事情を考えれば、世界が違おうが自分の特異性というのは理解出来る。

 

「俺は無理だと思う。その上で聞きたいんだが、フウガはどうしたら俺より強くなれると思うか?」

「……スキル?」

「そう思うならばそれが正解だ。なんで俺の方が強いのか。それはスキルに恵まれたからって答えがお前の中で出てるじゃねぇか」

「あ……」

 

 俺は努力という言葉は嫌いだ。頑張ってるやつが偉いんじゃなくて結果を出したやつが偉いのだ。世の中の勝ち負けなんていうのは才能が大半を占めている。俺が強いのは努力したからじゃない。才能に恵まれたから強いだけだ。身体能力強化というスキルと俺の生まれながらにしてのフィジカル。その2つに恵まれたから俺は強い。

 

「最後にものを言うのは才能や血統。努力で覆るなんてことはありえないし、努力しなかったことに罪悪感を覚える必要もねぇ」

 

 努力は無駄にならない。負けたのも望みが叶わないのも努力しなかったからじゃない。生まれながらにして覆しようのない差があったからだ。その差を解決出来るという幻想を抱かせるから俺は努力が嫌いなのだ。努力という言葉は今までの頑張りや苦労も全て否定する。

 

 世の中は結果を出さなければ意味がない。努力すればなんとでもなるという信仰は、頑張ったやつを追い詰めてしまう。頑張ったから偉いなんてことはありえない。しかし頑張るという行為は尊いものだし、頑張れる人は尊敬に値する。

 

 それを否定する言葉だからこそ俺は努力が嫌いだし、俺の強さは努力によるものだと思われたくない。俺が強いのは努力したからじゃない。ただ運が良かっただけだし、誇るようなことじゃない。

 

「でもフウガは凄いだろ。1人で後ろ盾もなく狩人……いや、冒険者になって生きている。俺には出来ないことだ」

「それは……」

「考えてみろよ。日本で命の危険も明日の飢えも考えたことないやつが命の軽い異世界を1人で生きていけてる。それは充分に特別なことだし、誇っていいことだ」

 

 きっとフウガは頑張ったのだろう。彼は一度も戦闘の努力をしたことがない。そんな余裕がないほどに過酷だった。世界の常識も金の稼ぎ方も分からない。

 

 頼る人を間違えれば食い物にされる。そんな世界で生き残った。彼は戦闘の努力はしていないが、生きるという努力は誰よりもしている。

 

「それにお前は自分のことを認めねぇかもしれないけど、俺は充分に努力したと思う。それは俺には出来ないことだし、凄いことだと思う」

「僕はなにも……」

「結果なんか出せなくてもいい。お前の在り方や話す言葉には価値がある。結果を出すための努力なんかしなくてもお前には価値がある」

 

 頑張ったという自覚が邪魔だ。そんなノイズに惑わされるな。頑張れば結果がついてくるなんてことはありえない。

 だからこそ俺は彼に結果はいらないという言葉を贈る。結果を出さなければという先入観が彼を病ませてしまう。

 

 そんなものならばない方が良い。結果が必要なのは事実だが、意識してやるようなもんじゃない。結果とは受け入れるもので目指すものじゃない。

 

 「結果はお前の代わりに俺が出してやる。そのために俺がここにいる」

 

 フウガは狂野菜を倒すという結果が出せなかった。だけどそれがどうした?

 

 彼が出せないならば俺が代わりに出せばいい。結果を出せるやつが代わりに出してやればいい。それで全て丸く収まるはずだ。俺はフウガを病ませるためにいるわけじゃない。俺はフウガの友達だからここにいるのだ。

 

「強さに執着するなよ。強さが必要な部分は全部俺が肩代わりしてやるからよ」

「カオリはいいよな……」

「どうした?」

「君にはわかんないよ。僕の気持ちなんて」

「あのなぁ……」

「1人にしてくれ。もう話したくない」

「……分かった。ただ街までは一緒に戻ろう」

 

 そうして重い空気のまま俺は街に戻って、フウガと別れた。いったいどこでミスったのだろうか。ああいう場面での言葉選びはどうも苦手だ。色々と思考を巡らせるが納得のいく答えは出ない。ああ。この上なくイライラしてくる。

 

 ああ。俺はきっと間違えた。彼とのコミュニケーションを誤った。その事実に苛立ちを覚える。

 

「おい。ドールズ」

 

 気がつけば俺は昼間に協力関係を結んだやつらの元に足を運んでいた。もうむしゃくしゃして仕方ない。そんな時に苛立ちを解消させる方法を俺は1つしか知らない。

 

「俺は今からデュラハン退治に行く」

「え? なに言ってやがるんです?」

「すげぇ暴れたい気分だ。付き合え」

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