悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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76話 ルイスの目的

 

 入院着から適当な服に着替えてルカと街を散策しながら、ルイス姉がいる首相官邸を目指して歩いていく。街並みはまるで日本の都市部を歩いてるようで懐かしさすら覚えるものだった。

 

「カオリ。右腕は大丈夫?」

「あんまり平気じゃねぇな」

 

 アリスに落とされた右腕。身体侵食で形だけでも再生させたものの完璧に元通りとはいかなかった。動かないというわけではないが、感覚が完全に消失しているのだ。右腕で触れようが痛みも熱も感じることがない。

 

「……これ治るのか?」

「義肢みたいな形なら問題ないらしいけど……メイの治癒の方が完璧に治るから我慢しときってルイスが言ってたよ」

「なるほど」

「そもそも天啓なんて負担が大きすぎる技なんだからさ。当たり前のように戦術に組み込むべきじゃないよ」

「だけど天啓がないと通用しないだろ。少なくとも俺は天啓がなければアリスに殺されていた」

「もっと自分の基礎力上げなよ。天啓なんか使わなくても勝てるくらい強くなればいいじゃん」

 

 それが出来るのはルカだけだろうと内心でツッコミを入れておく。しかしルカの言うことに一理あるのも事実。なにせ身体にも痺れが残っている。右腕のような完全になにも感じないわけではないが、常に全身がジンジンするような感覚……まるで長時間正座した後に起こる痺れが付き纏っている。これが身体侵食による代償なのだろう。あまりに不愉快で仕方ない。

 

「しかしアガルタって何年前からあるんだろうな」

「14年前だって」

「は?」

「びっくりだよねぇ。たった14年でこのレベルの国を誰にも知られずに作っちゃうんだからさ」

 

 ルイス姉は大概なんでもありだ。しかし僅か14年で異世界に現代都市を作り出すほどのことが出来るとは思っていなかった。俺はどこかルイス姉のことを過小評価していたのかもしれない。

 

「そういえばこの国って税金がないんだって」

「……どういう理屈だ?」

「全てのサービスが国営なんだよ。日用品も食べ物もサービスも全てが国営。だから貯金とかされない限りは問題にならないんだよね。なにせ輸入も輸出もしないわけだし」

 

 ルカが街のお店を指差していく。床屋からハンバーグ屋にゲームセンターや遊園地。それらが全て国営だと言っているのだ。俺はその事実に驚きながらも静かに飲み込んでいく。

 

 お金の循環が国営内で完結してるから住民がどれだけ消費しても、それが最終的には国庫に戻る仕組みというか。実際には日々の消費活動が納税と同じ意味を持つため、完全に税がないわけじゃない。しかし国に金が取られたという意識ではなく、なにかを買ったという意識になる。それ故に税を納めているのに税を払ったと自覚を持つことがない。そういう仕組みで回っている国なのだ。

 

「もしかして共産主義か?」

「なにそれ?」

「俺の世界にあった経済思想なんだが、普通は商人とかが個人で経済活動を行うだろ?」

「そうだね」

「だけど共産主義は違う。共産主義は国でそういった個人の経済活動を禁止し全て国で管理すべきって思想だ。そうすれば貧富の差とか生まれないで平等になるって理屈だ」

「……でもそれだと競争とか生まれないし、品質とか低下しそうだね」

「まぁ実際それは問題視されてたしな。ただ全て国営となると共産主義じゃないと厳しいだろ?」

 

 ただ違和感がある。たしかに全てが国営という在り方は共産主義を彷彿とさせる。しかし同時に共産主義とはどこか決定的に違うような気がしてならない。そもそも共産主義は国家という枠組みやお金をなくした概念のこと。この国はそれを目指してるとは思えない。

 

「うーん。でも共産主義とは少し違うかも。だってここでは商業の禁止もされてないし財産の保有も認められてるよ」

「それでどうやって全部国営にしてるんだ?」

「純粋に誰も競争で勝てないんだよ。質も価格も全てが国営に負ける。新しい事業を出しても、数日後には完全な上位互換が国営から出される。新しい技術を出しても国がすぐに大量生産による低コスト化させてくる。ようするに全て正面から殴り伏せることで完全国営化を可能にしたわけ。みんな心が折れちゃって事業をやらないんだよ。禁止されてないのに誰もやらないの」

「こっわ……」

 

 やはりこれは共産主義などではない。むしろ真逆だ。この国の在り方は国家が唯一にして最強のメガコーポレーションとして振る舞う……言うならば国家独占資本主義だ。国と企業がイコールの関係であり、力があるから従えを地でいくようなもの。その結果として国民から自由を奪うことなく全ての国営化に成功した。そして税金すら無くした。この国はまさしく理想の国家だろう。

 

 しかしこんなの誰にも真似できるはずがない。これはルイス姉という存在があってこそのもの。ルイス姉の存在が全てを正面から負かし、支配するという机上の空論を成立させた。これは普遍的に成立するモデルではない。ルイス姉という個人に依存した再現性がないモデルだ。ルイス姉が異常だからこそ現実になっただけなのだ。

 

「ちなみに国民には週3日6時間の国から与えられた労働が義務付けられたりするよ。まぁ全て国営になるとそうなるよね」

「職業選択の自由とかないのか」

「4日も休みがあるんだからやりたいことあるんやったら、休みでやればええねん。週3日のたった6時間くらい我慢すればいいって言ってたよ」

「なるほどね」

「ちなみに仕事は国から適性にあったものが割り振られるみたい」

 

 この国は理想そのもののように思える。しかし話を聞いてると閉塞感を覚えてしまう。それがなぜなのか分からない。大きな非の打ち所が見つからないのに、どうして手放しで称賛できないのだろうか。なにが俺の中で引っかかっているのだろうか。

 

「この国を見てるとルイスが表に出してる技術なんてほんの一握りなんだろうなぁと思っちゃうよ」

「まぁそうだろうな」

「ただ私は思うんだよね。ここまでしてルイスはなにがしたいのかな?」

「というと?」

「ここなら全てがルイスの思うがままでしょ。それこそ引きこもって好きに振る舞えばいい」

 

 たしかにルカの言う通りだ。ルイス姉が表に出てくる理由がなさすぎる。それにも関わらずルイス姉は表舞台に顔を出し、大きな影響力を行使している。もう既に世界を手にしているにも関わらず動いている。そもそもルイス姉がなんの理由もなく国家運営なんて真似をしてるのも腑に落ちない。ルイス姉はそこまで主体的に動くような性格でもないはずだ。

 

「それなのに表舞台に干渉してくる。ルイスは最終的にどこを目指してるんだろうね。どうなれば満足するのかな?」

 

 少し考えても答えは出てこない。そうなればやることは1つしかないだろう。

 

「よしっ。見当もつかねぇし問いただすか」

「いいね。そうしよっか」

 

 そうして俺達はルイス姉に直接聞くことにした。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 幸いにもルイス姉とは難なく合流することが出来た。ルカが事前にスマホで連絡してくれたおかげだ。もっともなんでスマホがあるのか聞きたいところではあるが、ここまで文明が発展してるならばスマホくらいある方が自然だ。

 

「カオリも無事に目を覚ましたようでなによりや」

「ルイス姉。1つ聞きたい」

「なんや?」

「なにがしたいんだ? こんな理想国家まで作った。それ以上はなにを目指す?」

「まさかうちがこの程度で満足するなんて思っとるん?」

 

 その言葉で悟った。俺達はルイス姉を舐めていたのだと。これほどのことをしでかす存在を人の尺度で測っていいはずがなかった。

 

「アガルタはゴールやなくて通過点や」

「これが通過点?」

「これはただの実験やで。机上の空論は実際に出来てこそ意味があるんよ。さすがに上手くいくだろうって推論で動くのは阿呆やし、実証実験が必要やと思わへん?」

 

 ルイス姉は俺達が想像を絶するほどに強欲だった。全部を手にするつもりなのだ。こんな地下に押しやられた状態で満足するはずがない。この程度で満足するなら聖女と呼ばれるほど大きくなっていない。

 

「アガルタで成功した。そんならこれをモデルケースにして、全世界をこのルールで運用する。そのための国や」

「世界征服ってことか」

「端的に言えばそうやね。うちは世界征服したいんよ」

 

 世界征服。悪役がラスボスの動機として真っ先に連想するものではあるが、思い返せば実際に聞いたことは1度もないかもしれない。もちろん現実では当然のことながら、アニメや漫画の世界でも動機として採用されるのは稀だ。それこそ世界征服なんていうのは悪役として記号的過ぎる動機なのだ。だからこそ聞くことはめったに無い。そんな悪役としての記号をルイス姉は堂々と目的として掲げた。

 

「なんのために世界征服なんて……」

「うちの気に食わないものを悪として断罪し、うちが言ったことが全て正義になる。そんな世界にしたいと思うのは当然ちゃうか?」

 

 その答えは俺達が想像していないほどにシンプルなものだった。世界征服……すなわち世界を自分の物としてしまえば自分がルールとなる。自分をルールとしたいから世界征服する。それは至極真っ当だ。

 

「うちがいた世界な。不愉快なもんが多かったんよ」

「不愉快なもの?」

「内面がカスなのに女という肩書きだけでチヤホヤするクソ男と、それで図に乗るカス女。綺麗事だけを言って解決策を現場に丸投げするゴミみたいな活動家。根拠もないのに道徳や倫理とか持ち出して規制ばっかりする大企業。本当の貧困層には手を貸さずに弱者の振りが上手い奴らしか助けない政治家……挙げ出したらキリがあらへん」

 

 初めてルイス姉の目に嫌悪の熱が宿った気がした。ルイス姉の言葉に感情が乗った気がした。その言葉で昔にルイス姉が言った"この世界が大嫌い"の意味をようやく理解した。その不愉快が蔓延してる世界を嫌悪していたのだ。だからこそ核ミサイルまで落としてしまったのだ。全てを焼くために。

 

「うちはそういった不愉快が二度と生まれないようにしたいんよ。それらが生まれない環境にしたい」

「それはルイスの独善じゃないかな。善も悪も特定の個人が決めていいことじゃないと思うけどね」

 

 ルカがルイス姉に軽口で疑問を投げかける。しかしルイス姉を否定したいというよりは純粋な疑問といった問いかけ。ただルイス姉はそれを冗談として取り扱わなかった。

 

「そう言うルカはどうなん?」

「え?」

「女は男を満足させるために産まれた。そんな意見が疑う余地のない正義として浸透し、誰も疑念を抱かない世界になっても許せるん?」

「それは極論でしょ」

「もしメイがおらへんかったら……ボウショク教が生まれへんかったら、そういう世界になってもおかしくあらへんかったと思うで」

 

 耳が痛くなるような正論が返される。世の中は綺麗事では動かない。俺達が当たり前に抱く正義は社会による教育があってのものだ。もしも女性が社会進出が歴史で起こらなければ、ルイス姉の言うような女は男を満足させるための存在に俺も疑念すら抱かなかったかもしれない。もし第二次世界大戦の結果が変われば、優生思想を当たり前のように信仰し、劣った遺伝子は淘汰するのが本人のためでもあると言っていたかもしれない。少しの油断で俺達が否定したくなるような価値観が正義になってしまうその可能性は否定出来ないのだ。

 

 ルイス姉はそれが不愉快だから自分で決めさせろと言っているに過ぎない。それはおかしな要求でもなんでもない。俺にはそのように思えた。なにせ誰かに正しさを定義され、押し付けられるなど許せるはずがないのだから。

 

「善や悪は個人ではなく社会に委ねるべき。それは綺麗事やけど、結果として自分の正義では絶対に受け入れられないものを肯定しなければならなくなることも勘定に入れてから言うべきや。うちはそれを勘定に入れられへんから、こうするんよ」

 

 それが社会に善悪を委ねることの怖さだ。社会の善悪は自分の善悪と合致するとは限らない。そうなったときのことを考えているのがルイス姉なのだ。彼女は俺達以上に社会を……人間を信用していない。

 

「もちろん全部が思い通りにならへんでもええ。些細なことだったら反論も許したるし、そんくらいの寛容さは持ち合わせとるつもりや。せやけど超えてはいけない一線は絶対に超えさせへん。その一線をうちに決めさせる権利寄越せ言っとるだけや。そんなに変なこと言ってへんと思うけどな」

 

 やろうとしてることは世界の私物化。しかしルイス姉の要求してるものは自分の基準を善悪のガイドラインとするという一点のみ。その善悪も社会から大きく逸脱したものではない。むしろ誰もが共感を覚えてしまうものだ。むしろ長い目で見ればルイス姉のしてることの方が正しい。そのはずなのに漠然とした不安が拭えない。

 

「うちの基準を世界の善悪の基準とする。うちの倫理が世界の倫理となる。それがうちの狙いや」

「もしもルイス姉に共感できない人がいたら……」

「言論統制する気もあらへんから、殺しはせえへんよ。ただ周りから白い目で見られて孤立するようになるやろうけど……まぁ社会なんてそんなもんやろ。今の社会となんも変わらへん」

 

 それを問題視するならば現状も問題視しろ。ルイス姉は俺達に遠回しにそう言った。今の社会を問題視出来ない時点で自分の意見を問題視する資格がない。ルイス姉がやろうとしてることは現代社会でも行われた排斥と同じだから。

 それこそヘイトスピーチをしたら白い目で見られるのと同じ次元の話なのだ。

 

「思いっきり言論統制でしょ」

「これが言論統制になるんやったら、今の世界もうちのいた世界も言論統制されとるやろ。言論統制されてるのが標準やから問題として扱うには無理があるで。もっとも異端審問なんかしとるあんたらに言論統制が悪なんて言わせるつもりもあらへんけどな」

 

 ルカはそれを聞いても特に表情を変えることはない。どうやらルイス姉の反論には興味がないようだった。まるで善か悪かなんてどうでもいい。そう思ってるかのようだった。

 

「……しかしルイス姉のしようとしてることは未来を奪う行為だろ」

「は?」

「ルイス姉の価値観で世界が停滞する。そうなれば対立や葛藤から生まれる新しい価値観は……」

「それ。新しい価値観が生まれるためには何人を犠牲にしてもいいと言ってるように聞こえるで。まるで世界のためには犠牲が必要だって言っとるようなもの。そういうのを否定したいって言っとるって分からん? そんなふざけた正義を正論にさせないってうちが言うとるんよ」

「そうだな。俺が短慮だった。悪い」

 

 恐らくルイス姉の言ってることが正しいのだろう。少なくとも俺達の視点ではルイス姉の計画における問題は見つけられなかった。そのはずなのに心がざわつく。言うことは理に適ってるし、なんの問題もないはずだ。

 しかし俺の心が間違っていると叫んでいる。受け入れてはいけないと言っている。だけど俺には分からない。なんでそのように思うのか。どこが受け入れられないのか。ただ漠然とした不安だけが付き纏う、

 

「まぁ理解はせえへんでもええよ。ルカやカオリがどう思うが計画には大きな支障はあらへんし」

「ねぇルイス」

 

 ルカが問いかける。ルイス姉の目的も目指す先も明確に理解した。それの良し悪しを判断するにはまだ時間が必要だ。こんな短時間で評価できるような内容じゃない。なにより俺達は肝心なことを聞いていない。それを聞かずに良し悪しなど判断できるはずがない。

 

「なんや?」

「日本でなにがあったの? どんな経験をしたら、そんな考えに至るの?」

 

 俺達はルイス姉の核を知らない。なんでそんなことをしようと思うのか。どうして今のままでは満足できないのか。ルイス姉のどんな積み重ねが今のルイス姉の言葉を作ったのか。それを知らない。

 だからこそ批判することも肯定することも出来ない。俺達はルイス姉にとって、それが本当に良いことなのか測る物差しを持っていない。

 

「話す必要もあらへんやろ」

「でも私は友達としてルイスのことを知りたい。ルイスのことを知って、それが間違ってるなら止めたいし、正しいと言うなら手を貸したい」

「……そんなの勝手に判断すればええやろ」

「判断するためにルイスのことが知りたいの。だってルイスは私の大切な友達だから」

 

 ルカがルイス姉に一歩だけ距離を詰める。それに対してルイス姉が一歩だけ後退る。そんなルイス姉の手をルカが掴み、そのまま自分の方へと引っ張っていく。自分の声を聞けと言わんばかりに。

 

「ルイスがこれからしようとしてることは大勢の敵を作ると思う。それは今まで貴方のしてきたことの比にならない規模の敵」

 

 ルカの言葉でようやくモヤが晴れた。世界征服に忌避感があるわけじゃない。ルイス姉の世界を否定したいわけじゃない。ルイス姉がそれをしてしまうことにモヤモヤしていたのだ。自分だけで全て決めて、全て終わらせる。その姿勢が受け入れられなかったのだ。そんな大きなことを誰にも相談することなく決断する姿勢が許せない。

 

「私は善悪の話をしにきたんじゃない。貴方の話を聞きにきたの」

「……なんで……そこまで……」

「貴方の話を聞かせて」

 

 そんなルカを見てルイス姉は折れたかのように自分の話をぽつりぽつりと語りだした。俺の知らないルイス姉の――美柑姉の姿を。

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