悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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77話 桜ヶ崎美柑

 

 うちは生まれた時から頭が良かった。それこそ生後2ヶ月になる頃には大体の概念が理解できていた。具体的に言うならばテレビニュースで話してる内容の意味を理解し、その批評が出来るくらいには賢かった。

 

 そしてパパとママは放任主義だった。うちの行動がなにかに制限されることはなかった。なにをしても許してくれた。"美柑は賢いから心配ない"という言葉を添えて。

 

 その結果としてうちはSNSの偏った思想に毒された。極端だけど説得力のある言葉。理屈は通ってるだけの言葉を真に受けた。それによって"日本の政治は腐ってる"や"政治家は大衆を搾取することしか考えていない"といった単純な政治批判に思想が染まった。気づけばうちは極論に走る癖がついていた。

 

 うちは比較的裕福な家庭だったし、社会を経験したわけでもない。つまり自分が政府によって苦しめられたわけではない。愚かにも当事者でもないのに嫌悪を抱いた。

 

 しかし幸いなことに多少のネットリテラシーがあった。外国語も読めたのでデマに踊らされることはなかった。そのため日本は諸外国に比べて劣ってるとか外国なら幸せになれるなんていう幻想を抱くこともなかった。外国にも日本と同じように経済格差はあるし、国によっては金がなければ満足に治療すら受けられない地域もあり、仕事が見つからなくて生きていけない世界もある。どこもかしこも似たような地獄だ。日本だけではなく、この世界が地獄なのだ。

 

 もっともうちは日本人。そのため日本の悪いところが一番多く目に入るし、それ故に日本に対するヘイトは諸外国より特段強い。日本にいるからこそ日本の不満が特段多く入ってくる。批判的な空気を肌で感じて、国が嫌いになる。

 しかし本質はそこじゃない。うちは押し付けられることが嫌いなのだ。"こうあるべきだ"みたいな同調圧力でうちの在り方を決めようとしてる姿勢が気に食わない。日本は直接的な加害者だから大嫌いだ。嫌悪すら覚える。

 

 ――ただ日本に生まれたから日本が嫌いなのだ。

 

 もしもアメリカに生まれればアメリカを嫌いになる。中国に生まれたら中国を嫌いになる。イギリスに生まれたらイギリスが嫌いになる。どの国にも同調圧力や道徳の押しつけがある。つまり直接的な加害者になりえる。うちには自分の生まれ育ったところが嫌いになる性質がある。

 順序が逆なのだ。なにかをされたから嫌いになったわけではない。最初から嫌いだからこそ、嫌いになっていい正当性を探していたのだ。

 

「だからこそ戦争は二度と繰り返してはいけないのです」

 

 そんな時にうちはパパに広島の原爆ドームに連れてこられた。そこでは被災者から生の声を聞かされた。とても不愉快だった。まるで自分と異なる意見は認めない。戦争は良くないという意見以外を出してはいけない空気。そんな価値観の押しつけが不愉快で仕方なかった。こいつらの全てを否定したいと思った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。核を落としてこいつらを全員泣かせる。お前らの教育がうちのような悪魔を産んだと教えてやる。その上で言ってやるのだ。平和教育なんて馬鹿な真似をしなければ、再び核が使われることはなかった。お前たちの歪んだ教育が核兵器を再び使わせるに至ったのだと。そんな野望が生まれた。

 

 平和教育の末に核推進派が1人生まれた。その事実が最高の皮肉だ。あいつらが一番忌み嫌う存在をあいつらが作り上げた。その現実を叩きつけたいと思った。だから核が良い。こいつらの一番嫌がることをしてやりたい。

 

「美柑様。本当に核を落とすつもりですか?」

「せや。あいつら気に食わなくて仕方ないねん。あいつらの泣く顔が今から楽しみや」

 

 それからうちは教育係のメイドであるレヴィと共に核の研究を始めた。その時が大体5歳だっただろう。必死に論文を読み漁り、大学のネットワークに侵入して非公開論文も読み漁った。ひたすら核の研究に没頭した。道徳教育への……押し付けへの嫌悪がうちを突き動かしたのだ。

 

 その研究は実り、遂に自宅でウランの抽出に成功する段階までいった。それが8歳になる頃だった。さすがにうちでも無から原子を錬成などといったことは不可能だったので、個人でも採取が容易な海水を利用させてもらった。海水はウランを僅かに含んでいるので、そこから抽出した。当然ながら大学が持つような研究設備など用意は出来なかったため、使える機材もネットショップで買えるようなものだけだ。それ故に想像以上に時間がかかってしまった。

 

「それで核でも作成して、東京に落とすのですか?」

 

 しかし完成したときには既に熱が冷めていた。もっと言うならば精神的に大人になってしまった。なにせ既に8歳だ。5歳の頃とは物の考え方も大きく変わる。

 

「さすがに落とさへんよ。そんなん人として許されることじゃあらへん」

 

 もちろん嫌悪は今も強く根付いている。しかし既に嫌悪は加害の理由にならないと理解していた。くだらない嫌悪で人を焼いていいわけがない。ただ道徳教育にざまぁみろと言いたいがために数十万人を殺していいわけがない。うちの個人的な感情に無罪の人を巻き込んでいいはずがない。それは許してはいけないことだ。人として超えてはいけない一線なのだ。

 だからこそ核を落とそうなんてつもりはなかった。

 

「それならウランをどうするのですか?」

「核兵器だけがウランの使い道じゃあらへんやろ」

 

 核は兵器として運用しても圧倒的な力だ。しかし研究が進むに連れ、うちは兵器以外の可能性に注目していた。だから研究をやめることはなかった。

 

 うちが価値を見出したのは核が持つエネルギーの方だった。もしも核融合が出来れば、それが生み出すエネルギーは膨大。人類のエネルギー問題は大きく解決すると確信を持って言える。もっとも核融合炉が出来たとしても結局のところ送電コストや維持コストの問題が付き纏う。それ故に量産化と小型化はマストになるだろう。核融合くらいならば簡単に出来るだろうが、それをスマホに内蔵出来るくらい小型化した上で生産ラインで自動化までとなると少し大変だ。それこそ半年は見積もらなければならない。しかしそれが出来たときには全てが可能になる。うちのしたいことがなんでもできる世界になる。そこまでの力があれば、うちが正しいと証明できる。そうなれば誰かに押し付けられることもない。そんな思いで今日まで研究を進めてきた。

 

「どんなに政治家が無能で政治制度が腐ってても、みんな幸せになれる方法を思いついたんよ」

「それは?」

「どうやっても使い切れないほどの無限のリソースを用意することや。ゲームが苦手な人にゲームをクリアさせるには難易度を下げるのが一番手っ取り早いやろ?」

 

 それに誰かを殺すよりは誰かを助けることで否定する方が良い。その方が正当性を持てる。なによりも流れる血なんていうのは少ないに越したことはないだろう。

 

 しかし核融合炉を作成したとしても問題はある。それは人類を豊かにするどころか新たな争いの火種になってしまうのではないかという不安が残っている。だからこそどのような形でこの技術を世界に発信するのか。このような存在をどう扱えばいいのかに頭を悩ませる。正直作り方の理論よりもそっちの方が難しいくらいだった。

 

「さすが500年先の文明ですら最先端を走れる天才ですね」

「過大評価や」

「美柑様。1つだけお聞かせください」

「なんや?」

「それで妬みのない世界にはなりますか?」

 

 レヴィの目が変わる。いつになく真剣で熱のある視線だ。まるでうちに期待するような視線。そんなレヴィの質問にうちは即答出来なかった。

 レヴィは誰よりも嫉妬を嫌っていた。SNSの誕生で嫉妬を目にする機会は大きく増えた。だからこそレヴィは現代に生きづらさを感じていた。レヴィにとって嫉妬が蔓延(まんえん)する現代は地獄なのだ。この言葉はレヴィからのSOSだった。うちはここで嘘でも出来ると答えなければならなかった。しかし出来なかった。

 

 うちは妬みが消えることなんかありえないと思ってしまった。だからこそ言葉に詰まる。リソースが無限になろうが妬みは消えない。それこそ人から妬みを消すなど不可能だ。うちが即答出来なかったのはレヴィに"それはない"の一言を告げることを躊躇ったから。

 

「妬みのない世界……」

 

 それは理想郷なのか。妬みがなければ差別も戦争もなくなるかもしれない。しかし妬みがあるからこそ人である。妬みがなくなれば、それは人なのか。そもそも感情の制御などしていいものなのか。色々な思考が頭の中を駆け回っていく。

 

『私は嫉妬が嫌いです』

 

 昔にレヴィに言われた言葉が頭から離れない。彼女は誰も嫉妬しないことを望んでいる。その願いをうちは叶えられるのだろうか。その願いを叶えるためになにをしたらいいのだろうか。

 文明が発展する度に嫉妬は増えていく。その現状は()()()()()として嫉妬をなによりも嫌悪するレヴィアタンである彼女にとって、耐えきれないものだ。うちはそれに気づいて見てみぬフリをした。彼女ならば自分で乗り越えるだろうと思ってしまった。それが間違いだと気づかずに。

 

◆ ◆ ◆

 

 12歳になる頃にうちはレヴィと中東に飛んだ。うちは基本的には戦争を解決手段として考える。戦争という存在が政治家に危機感を抱かせ、まともに働かせる。それを語る上でうち自身が戦争を知らないというのは話にならないと思ったからだ。戦争を知らない人には戦争を肯定する権利はない。

 

「これでええか?」

「ああ。ありがとう……ありがとう……」

 

 ただ中東では少し面倒なことになった。うちはそれなりに頭が良いし、その頃には小型核融合炉も完成させていた。通信会社を経由せずと石ころから1週間で自分の力だけでインターネットにアクセス出来るくらいの技術も確立した。

 そんなうちならば当然だが、今の文明じゃ出来ないようなものまで作れる。それこそ完全な義足や義眼すら3時間もあれば作成可能だ。

 

「地雷で足が飛びました。流れ弾で眼球が飛びました。そういうのが多すぎへんか?」

「戦争ですから」

「せやねぇ」

 

 ただ戦争は敵がいるから楽だ。ドローンを作り、敵を全部撃ち殺せば、自然と降伏して自分の言いなりになる。特に手足を吹き飛ばした上で降伏させ、義足と義手を与えれば先程までの憎悪はどこへやらでうちを神のように崇めだす。

 

「レヴィ。血液粉の生産は追いついとる?」

「はい」

 

 血液粉。水に溶かせば人間の血液になる代物。戦争になれば血が流れる。血がなくなれば輸血しなければ人が死ぬ。だから人工的な血液を作る必要があった。片手間で作ったものではあるが、戦場という場では重宝している。その道具がうちを救世主へと変えてしまった。

 

「ここはいい場所ですね。嫉妬がない。嫉妬する余裕すらないほど人は今を生きるのに必死」

「あんたの目にはそう映るんか」

「はい」

 

 うちは少しだけレヴィの事が理解できなかった。嫉妬が蔓延(まんえん)する平和よりも嫉妬のない戦場の方が良いという彼女の価値観が理解できないものだった。しかし悪魔なんてそんなものだろうと軽く流していく。

 

 数ヶ月もすれば戦争が終わり、周囲一帯がまとまった中東連合国家となった。最初の方はうちが目についた人を助けているだけだった。しかし次第に助けられた人たちがうちを崇めだし、うちをリーダーとした組織になった。だからうちは求められるがままに指揮をしたし、武器も作った。うちの力で意見の異なる敵を制圧した。暴力で自分の正義を押し付けた。正義の形を定義した。

 

 気づけばうちの組織は中東一帯でも最大規模のグループとなった。うちの名前を出せばお偉いさんですら顔を出す始末になった。だから話し合いの席を用意し、話し合わせて戦争を終わらせた。中東を1つの国としてまとめた。その結果として生まれたのが中東連合国家だった。

 

「あんまり良くない傾向やな」

「そうでしょうか?」

「……こんな成功体験したらうちの中で戦争が最適解になる。事実としてそう思い始めとる」

 

 戦争を解決したのはうちという武力だった。武力が平和を実現してしまった。うちはこの戦争を体験し、戦争は良くないものだと言うつもりだった。うちの戦争肯定の意見を砕くつもりだった。そのために足を運んだ。しかし結果は真逆だった。

 うちの歪んだ意見を補強してしまう結果になった。

 

「それでこれからどうするのですか?」

「もう見たいもんは見えたし、日本に戻るで」

「今回の一件で各国の首脳や大臣クラスにも美柑様の名は知れ渡り、貴方の存在は無視出来ぬものとなりました」

 

 うちは表舞台に出てるわけではない。だから当然ながら名前が出回ることはないし、ノーベル平和賞を取ることもない。有象無象にうちの名が知れるようなことにはならないだろう。あくまでうちを知るのは政治関係者止まり。しかし各国は確実にうちのことを監視するだろう。

 

「自覚はしとるよ。もし日本に帰れば普通なら政治に口出しも出来るやろうね」

「……それは美柑様にとって良いことではありませんか?」

「今のうちなら政治に介入出来る。ふざけた制度を全部変える力があるこは否定せんよ」

「では……!」

「だけどそれはうちの立場を適切に評価する人がいる前提や」

 

 今のうちの言葉には力がある。普通に考えればうちがおかしいと言えば国が動く。中東の戦争解決というのはそれほどの偉業だ。長年続いてきた戦争に介入し、数ヶ月で終わらせる軍事力が個人にあるというのはそれほどまでの脅威だ。ただ世の中はそう上手くいかないだろう。

 

「レヴィ。現実を見た方が良いで。恐らく無理や」

 

 そのまま日本へと帰国する。帰国するなり、うちは外務省に呼び出され、今回の一件の出来事の報告を求められた。それもボランティアで。

 そのくらいやって当然。むしろ国の役に立てることを光栄に思えという態度だった。そして報告を終えたら今度は外務省への就職を勧められた。それに対してうちは丁寧にお断りした。

 

「なんなんですか!あれ! 美柑様は言われっぱなしでいいのですか?」

 

 レヴィがうちの代わりに怒りの感情を剥き出しにする。うちには怒りの感情はなかった。最初からそうなると思っていた。そして予想通りの結果になっただけ。呆れることはあっても怒るようなことではない。

 

「日本はそういう国や」

「しかし……」

「暴動も起こらない国や。中東の戦争を終わらせたというのが事実としてイメージできへんのやろ」

「……は?」

 

 本来ならば頭を下げる立場。なにせうちが敵に回ればどうなるかわからない。科学力によってそれほどまでの軍事力を保持しているという視点での考え方が抜けている。そんなことするはずがないと心の底から思っている。もっとハッキリと言うならばスケールが違いすぎて、誰も現実として認識出来ていない。

 

 ああ。もうこの国は駄目なのだ。この国は変われないのだ。

 

「昔から言うとるやろ。核でも落とさんとこの国は変わらへん。対応を誤れば自分が死ぬって意識がないから、うちを怒らせるとどうなるか想像もつかへん」

 

 うちが怒るという発想すらない。偉い自分から認められるのだから感謝こそすれど不愉快に思うことはないと本気で思ってる。こんな国に未来があるとは思えない。

 ただ同時に思う。そもそも1人で中東をまとめあげることがファンタジー。そのファンタジーに適応し、正確に状況を理解しろと求める方が酷なのではないかと。

 

 ――人ではうちという存在を扱いきれない。

 

「うちは二度と表舞台には出えへんよ。今回ので外国には名前は売れたし、一生遊んで暮らす分のお金は充分に手に入るやろ」

 

 しかしうちのことを評価する人はいる。今回の血液粉だって論文として出すだけで相当な富になるし、なによりもそういうことが出来るという事実に価値がある。うちの一言欲しさに企業はいくらでもお金を積むだろう。

 自分だけで生きていく分には不自由はない。自分が困らないのに口出しする意味もない。うちはもうなにもする気がないのだ。

 

「それじゃあどうするのですか?」

「プラモデルでも組みながら残りの人生を謳歌(おうか)するで」

「……それでよろしいのですか?」

「昔ほど日本をどうこうしたいという熱も使命感もないんよ。まぁ嫌悪感はあるんやけどな」

「左様ですか」

「息苦しくても世界は回るし、うちの知人程度は一生不自由なく遊んで暮らさせるだけの富がある。臭いものに蓋をして、見ないで生きていくのが一番効率的やろ?」

「そう……ですね」

 

 うちは英雄になりたいわけでもない。世界平和を望むわけでもない。人類代表として世界を引っ張っていくつもりもない。ただ自分と自分の大切な人が不自由なく遊んで一生を終えられるならそれでいい。今の日本に変革は必要かもしれない。核を落として少しでも良くした方が良いかもしれない。だけどそれはうちのやることじゃない。他の誰かがやればいい。

 

「美柑様。私は妬みのない世界にしたいです。それが私の意義であり、私の使命です」

「せやね。あんたはうちみたいにそれを無視できない。そういう生き物やもんね」

「どうすれば嫉妬はなくなりますか?」

「なくなるかどうかはわからへんけど、格差がなくなればマシにはなるで。少なくとも資本主義の今じゃ妬みはいつまで経っても消えへん」

 

 レヴィの言いたいことはわかる。うちにどうにかしてほしい。うちならばこの現状を打破できる。世界のリーダーとして妬みのない世界に導いてほしいのだろう。だけどうちはその期待には応えられない。少し背負うものが重すぎるし、なによりもそこまで大物になろうとも思わない。そういう欲がない。

 

「もしかしたら人間じゃなくてAIが管理するようになれば多少はマシになるかもしれへんな」

「え……」

「AIは合理性の塊やし、知識量も段違い。どうすれば嫉妬のない世界にするかなんてすぐに答えは出せるやろ。それこそうちの脳をベースにしたAIなら不可能やないと思う」

「では!」

「だけどそれが人類のためになるかどうかは別問題やで」

 

 ああ。でも本当にAIに管理させた方が上手くいくのかもしれない。そもそも人が主導する必要などあるのだろうか。AIと人ならばどちらが不幸を減らせるのだろうか。

 

◆ ◆ ◆

 

 少しだけ興味が生まれた。自分でも冗談で言ったつもりの言葉だった。しかしうちの脳をトレースしたAIはどんなものになるのか。そんな好奇心が生まれた。

 幸いにもAIに関しては大まかなメカニズムも既に思い描けている。中東で義足や義眼を作る機会が多かったおかげで人間の脳みその仕組みは完全に理解している。うちならば作れてしまう。だから作ることにした。それが正しいのかどうかは作った後に考えればいい。

 

 どうせAIを作るならなんかしらのサービスを始めてみたい。ただ作って表舞台に出さないで終わりというのはもったいないし、なにより表に出なければ適切に評価することもできない。

 

「しかしAIでなんのサービスを提供するつもりですか?」

「せやねぇ……最近話題のチャットAIの上位互換とかどうや?」

「といいますと?」

「なんでも答えられるAIとか面白そうやない?」

 

 うちのイメージとしては防犯カメラの映像から個人のポルノの閲覧履歴、クレジットカード情報からエリア51のような国家が抱えるような極秘資料を検索できるサービスだ。文字通りプライバシー含めてなんでも知れる。そういうものを作ろうと思った。

 

 もしこのサービスを出すならば料金は月額1兆円くらいが良いだろう。そのくらいの額でも払う人はいるはずだ。それほどの武器となるサービスだ。それに月額1兆円を100人が支払えば100兆円。1年で1200兆円、10年あれば1京円。そうなれば世界で一番のお金持ち。そうなってみるのも面白いかもしれない。

 それに1兆円も払える人ならば変な使い方はしないだろう。少なくとも1兆円なんて大金を稼ぎ、旨味を得ている層は現状維持を望むはずだ。変な使い方をする動機がない。それにしたらしたで最悪はそれでもいい。そういうのも含めた実験だ。

 

「美柑様。それではモデルとなるAIの名前は……」

「とりあえずLとしとこうか」

 

 そして14歳になる頃にLの構築を成功させた。うちはそのままLの実地テストへと入った。なんでも知れるということの一番の課題はオフラインの情報へのアクセスだった。それを突破するために多大な時間を要してしまった。そして今回はそのオフライン情報へのアクセスのテストだ。

 

「電子レンジの稼働時間取得問題なし。オフラインの防犯カメラのデータ取得可能。すれ違ったスマホへの感染確認。とりあえずウイルスの方は問題なさそうやね」

「はい。Lの方できちんとデータ加工して出力も出来てますね」

「L。レヴィのスマホに入ってる写真データを全て一覧表示してくれへん?」

『はい』

 

 モニターに彼女のスマホに入ってる写真が全て表示される。しかもご丁寧に端末保存された写真と削除された写真をカテゴリー分けしての出力だ。まさしくどんなものでも見通す目と言っていいだろう。

 

「ガブリエル。核融合炉の作り方は?」

『マスターによる情報規制により提示不可』

「よし。問題あらへんな」

 

 ただ当然ながらLをそのまま出力するのは大問題となる。そのためガブリエルという別のAIを噛ませている。ガブリエル側はうちの倫理だけを学習させた小型AIだ。そのAIがうちの価値観を元に情報を提示していいか判断する。うちが駄目なものは出力しないし、うちが問題ないと判断するものは開示する。そんな簡単な仕組みだ。

 さすがにうちしか知らないような技術の流出だけは避けたい。もしもそんなことが起こればどうなるかわかったものではない。だからこそうちの倫理によって独断と偏見で検閲させてもらった。

 

「とりあえずうちの家族とレヴィだけで2ヶ月ほど試験運用。それで問題がなさそうやったら、本格的にサブスクリプションサービス……ガブリエルとして提供って流れでいくで」

 

 正式サービス開始と同時に契約者にガブリエルを配布し、ガブリエルを通じてLにアクセスさせる。そういう仕組みだ。ガブリエル単体ならば大きなことも出来ないし、リスクも少ないだろう。

 

「……美柑様」

「どないした?」

「貴方はなにがしたいのですか?」

 

 レヴィの質問の意図がわからなかった。彼女の声色から少し苛立ちを感じる。うちはなにかしただろうか。特に思い当たる節はないが……

 

「ガブリエル。そのサービスが開始されれば、あなたは情報を通じて見えない形で影響力を行使する影の支配者となるでしょう」

「せやね」

「影の支配者になったのですから、もっと遊べばいい。それこそ面白おかしく自分の好き勝手に世界を動かせばいい。貴方ならそれが出来るはずだ」

 

 たしかに一理ある。まさしくなんでもあり。ガブリエルを盾に脅せばありとあらゆる要求が通る。あいつが憎いから殺せのような要求すら可能だろう。それほどの力がガブリエルにはある。なんでも出来るようになったのだから自分が思うがままに盤面を弄る。それは正論だ。

 

「うちは今のままで満足しとるねん」

 

 しかしうちには欲がない。誰かの上に立つという気もないし、その責任も負いたくない。今の生活に不満があるわけでもない。この生活がずっと続けばいいと思ってる。それ故になにかする動機がない。

 

「日本を壊してもええし、世界を混乱に陥れてもいいとは思うで。だけどそんなことしたら何人の人が死ぬと思うん? どのくらいの人が世界に絶望するん?」

「それは……」

「逆に世界を良くしてもええよ。核融合炉の作り方を全世界に公開してエネルギー問題解決。挙句の果てに宇宙進出すら支援して人類の活動圏の拡大もええかもな」

「でしたら!」

「しかしそれでなにが起こるん? 誰かに不幸があったり、社会が歪んだらうちの責任やで。世界にうちを裁ける人はおらんし、うちが知らんぷりしたら終わる話。だけど罪の意識がうちの心をずっと苛む。責任を負うっていうのはそういうことや。だから表舞台に出てどうこうは御免や」

 

 誰かがうちに相談して知恵を求めるなら応じてもいい。技術に罪はなく、使う人の問題で自分は悪くないと割り切れる。しかしうちが主体を持って動くのは嫌だ。うちはうちの決めたことが最善とは思えない。人類の未来はうちという個人が決めるべきではない。人類全体で決めるべきだ。うちはそこに関与したくない。

 

「せやからうちは少し手段を与えるだけや。周りが勝手にそういうのはやるんよ。責任を取る覚悟のある誰かがやるんよ」

「……あなたのそれは怠惰では?」

「傲慢とはよく言われるけど、怠惰は初めて言われたで」

 

 怠惰。うちの責任回避は言うならばたしかにそれだ。しかし勤勉である必要はないと思っている。そもそも本気で世界を良くしようとする勤勉な人類などどこまでいるのだろうか。なぜうちだけが勤勉でなければならないのか。少し頭がいいだけでそこまで求められるのも癪だ。

 

「美柑様。貴方の望む世界は私の望む世界とは違う」

「知っとるよ。レヴィはレヴィが理想とする世界を目指したらいいと思う。うちにあんたを束縛する権利はあらへんし」

「はい」

 

 今にして思えば、そこが運命の分かれ道だった。それから数カ月後。■■国から核ミサイルが落とされた。

 

 それにより東京は文字通りの更地となった。そのことで世界は大荒れで、国連が分裂しそうになるほど世の中は荒れた。

 

「あんた。やりやがったな」

「ええ」

 

 なぜそんなことが起きたのか。別に■■国と日本が険悪だったからというわけでもないし、政治的な意図があったわけでもない。犯人はうちだ。もっと正しく言うならうちの組んだLが■■国のシステムをハッキングし、東京に核ミサイルを落としたのだ。

 

「……Lにアクセス権を与えたんやな」

「はい。その上で世界から嫉妬を無くすという命題も与えました」

 

 うちは基本的には核崇拝者だ。日本を良くしたいならば、既存の政治体制を白紙にするためのまず東京に核を落とす。そう断言できる。だからLは東京に核を落とした。

 しかもご丁寧に日本にだけ核融合炉の基礎理論が流出している。確実にLの仕業だ。これがあれば首都壊滅からの復旧くらいならば確実に容易。核融合炉はそれほどまでの力だ。

 

「貴方は言いました。嫉妬を無くすにはAIに支配させればいいと」

「言うたな」

「だからLに一任した。それだけです」

「世界は確かにそれで前に進むやろうな。でも何人の人が死んだと思っとる?」

「どうでもいいじゃないですか。嫉妬に狂った愚衆の命など」

 

 レヴィ。本名はレヴィアタンと呼ばれる上級悪魔。うちはそのことを知っている。彼女の在り方も知っている。彼女に人の倫理が通じないこともわかってる。ただここまで大それたことをするとは思っていなかった。

 

「もう止まらない。Lは質量を持たない知能。ネット環境のどこにでもいる。人類がネット絶ちしなければ消せない」

「……Lの支配からは逃れられへんと言いたいんか?」

「はい。いくら美柑様といえどLには敵わない」

 

 当たり前だ。相手はうちの複製体。しかも質量がないからいくらでもコピーし放題。数千万人のうちが24時間フル体制で脳を動かすようなもの。正攻法で敵うわけがないのだ。

 

「うちのせいやな」

「はい。あなたのせいです」

 

 うちが東京を壊した。うちが殺した。その事実はしかと受け止めなければならない。ただ不思議と心は痛まなかった。うちはどこか達観していた。人と自分を分けて考えていた。それこそ人を人として見ていなかったのだろう。ゲームに出てくるキャラクターのようにしか見ていなかった。自分の操作ミスでゲームの村が壊滅しても心が痛まないのと同じ理屈だ。

 

 でもそうなってしまった責任は取らなければならない。人として。

 

「あんたは責任をもってうちが殺す。超えてはいけへん一線を越えたで」

 

 ナイフを手に取る。ナイフが近くに置いてあったのは偶然だ。まるで神様がそうしろと言わんばかりに仕組んだ偶然。

 

「ああ。そうするのですね」

 

 レヴィの事は好きだった。幼少期からずっといたのだ。当たり前だろう。彼女と過ごした時間は今でも宝物のように輝いている。彼女に勉学を教えてもらった日々も一緒にプログラムを作った経験も中東での活動も全てがうちのの宝物。彼女に覚えた嫉妬でさえも。

 

「美柑様。あなたも涙を流すのですね」

「自分でも……驚きや」

 

 手が震える。殺したくない。今すぐ抱きしめて、謝りたい。こうなるまで手を差し伸べられずにごめんなさいと言いたい。その上で笑って"やっちゃったもんは仕方あらへん。これからどないしようか?"と声をかけたい。だけどうちは人だ。そして人類だ。人類としてこの悪魔を倒さなければならない。

 

「私は悪魔。不老不死ですよ。ナイフ程度で殺せるわけがない」

「今のあんたなら殺せるで」

 

 上級悪魔の根幹は人類愛。人類を愛おしく思っており、庇護(ひご)し、正しい方向に導こうとするのが悪魔の在り方。しかし世界からすれば人類は環境汚染をしたり同族で争う醜い存在。そんな愚物を愛し、愚物を導く存在であるからこそ最大の悪。だからこそ悪魔と名付けられ、嫌悪される存在となった。

 

「あんた。もう人に関心がないやろ? せやからLに全て委ねることが出来た」

「そうですね」

「人類愛がないならば、それは悪魔に在らず。だからもうあんたの不死性は消滅しとる」

「……ああ。そういうこと」

「せや」

「私はもう悪魔として死んでいたのですね」

 

 レヴィがにっこりと微笑む。うちの手からナイフが落ちる。もう彼女のすることが嫌でも分かった。

 

「ああ!! この社会が憎い。嫉妬を良しとし、解消しようとしない世界が憎い!!」

「……」

「こんな世界に……いいや、人類にどう希望を持てと!! どうやって愛せと言うのですか!!」

「もう全て遅かったんやな」

「はい」

「最後に1つだけええか?」

「なんですか?」

「うちのことも嫌いか?」

「いいえ。美柑様だけは大好きでしたよ」

 

 最後の一言で少しだけ安堵する。良かった。うちはレヴィの中で良い記憶として残ってくれた。

 

「でも貴方は人じゃない。私と同類です。悪魔です。好奇心だけでなんでもできてしまう。それを悪魔と言わずしてなんて言うでしょう?」

「……せやね」

「美柑様」

「なんや?」

「どうか家族だけは大切になさってくださいね。それが遺言です」

 

 それから目の前でレヴィの肉体が爆ぜた。自殺だ。

 そうして悪魔は消滅した。塵一つ残らずに消滅した。死体に謝ることもできなければ、お墓を作ってあげることもできない。ただうちは呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。涙が止まらない。嗚咽(おえつ)のような声が漏れる。

 

「あ……あああ……!!」

 

 レヴィとの思い出が蘇る。うちが愚かだった。うちが怠惰だった。あの時にナイフなんか向けなければこうはならなかった。もっとレヴィの悩みに真面目に寄り添えばよかった。それは彼女が解決すべき問題だと自分の中で一線を引かなければ救えた。これはうちが殺したようなものだ。うちがもっと彼女を見てれば自殺などしなかった。うちが真面目に社会を良くしようとすれば、こんなことにならなかった。うちが怠惰じゃなければレヴィは死なずに済んだ。今も生きていられた。

 

「……人類初の悪魔殺し」

 

 ぼそっと言葉が溢れる。自分自身に向けた言葉。自分を罵倒する肩書き。悪魔殺し。場合によっては人類史に名を遺す偉業。神話にすらなるほどの偉業だろう。しかし全然嬉しくない。むしろ不名誉。そんな肩書きなんか背負いたくない。でも背負わなければならない。桜ヶ崎美柑の怠惰がレヴィアタンを殺したのだから。

 

「もうええわ」

 

 疲れた。レヴィはLの支配は止まらないと逃れられないと言った。その指摘だけは間違っている。たしかにうちはLには敵わない。しかしLのシステムは止めようと思えば止められるものだ。だけど止める気にはならなかった。

 Lはレヴィの想いだ。レヴィが世界に唯一残したものだ。Lを消したらレヴィのすべてが消えるような気がした。そんなことになるくらいならばレヴィの望む通りLに支配された世界でいい。

 

 もうなにが正しいのかとかどうするべきなのかとか考えるのに疲れてしまった。もうなるようになればいい。うちは自分の感情を優先する。レヴィの想いを残したいという意思を最優先にする。だからLは止めない。もうどうなったっていい。

 

 それから世界は荒れた。しかし日本だけは良くなった。Lにも多少なりうちへの敬意があり、それ故にうちの生息域だけは優遇してくれたのだろう。そしてうちは荒れていく世界を冷めた目で見ていた。世界の変わりように一切の興味が持てなかった。

 

 そしてうちは死んだ。海外に行った際に偶然発生した地震に巻き込まれて死ぬという呆気ない死だった。それこそ死が大々的に報じられるわけでもなければ、誰かの恨みで死んだわけでもない。ただ群衆の1人として……大勢いる中での1人として死んだのだ。

 

 これで桜ヶ崎美柑の話は終わるはずだった。怠惰な女の物語は幕を閉じるはずだった。

 

 しかしうちは異世界転生をしてしまった。悪魔殺しの大罪人は死ぬことすら許されないらしい。

 

 世界がうちを逃げることを許さない。

 

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