異世界に転生して長い月日を過ごした。最初は2度目を生きるつもりもなかったので、適当に自殺した。しかし少しすれば再び転生してしまった。どうやらうちは死ぬことが許されないらしい。うちは生きなければならないらしい。
ありとあらゆることに関心が持てない。全てがどうでもいいとすら思えてしまう。前世でカオリとモモを残したことは少しだけ未練だが、2人ならばきっと上手くやるだろう。うちがいなくともどうにかなる。
特になにかするわけでもなく、ただ無意味に時間を浪費していく。
面白くもない世界。レヴィもいない虚無の世界。終わらない地獄。なにかをしたいという熱があるわけでもない。
ふと思う。どこで選択を間違えたのだろうか。それこそ怒りに身を任せて日本に自分の手で核ミサイルを落とした方が良かったのではないか。レヴィにナイフを向けずに受け入れた方が良かったのではないか。世界が用意した正解はうちにとっての正解じゃない。うちは正解を咀嚼しなければならなかった。ただ与えられた正解を飲み込んだだけ。そんな怠惰だから罰が下ったのだ。
誰に与えられるわけでもなく、嫌悪は加害の理由にならないと思っていた。だから核を自分の手で落とさなかった。無意味に人を殺すのも不幸を巻き散らかすのも悪いことだと思った。自分が選択するのは良くないと思った。その瞬間に主体が人類からうち個人に変わってしまうから。だけどそれは本当に正しかったのだろうか?
――正しくなかったからレヴィが死んだ。
ああ。今度は好き勝手に生きよう。倫理や道徳も無視しよう。それを守るのは不正解だ。自分の正義は自分で選ばなければならない。
うちはなにがしたいのだろう。したいことはなにもない。だけどされたくないことはある。
誰かに否定されるのは不快だ。お前の意見は間違えてるとか言われて心地良いわけがない。ああ。もう二度と不快なものを誰かに押しつけられない世界にしよう。自分の思考や価値観が否定されない世界。うちが気に入らない考え方しとるゴミが全て石を投げられ、肩身の狭い思いをして生きるしかない世界にしたい。
それを悪いことだと思わない。ただ自分の正義を基準にする。自分のしたいように生きよう。もっと自由になろう。
うちが自由に振る舞わなかったせいで……うちの怠惰でレヴィが死んだ。自分が正しいと思うのならば倫理もモラルも無視して動かなければならない。それを怠るのは怠惰で悪いことだ。レヴィの死がうちの中にそんな価値観を定着させた。
あの時もそうするべきだった。もっと自分の快と不快に従うべきだった。そんなことしてはいけないと倫理を盾にして実行しなかった怠惰がレヴィを殺した。レヴィが死んだ要因は歪んだ社会。しかしうちがもっと自分に自由に……心の思うがままに動けばレヴィは死ななかった。原因は社会でも、引き金を引いたのはうち。レヴィを殺すような歪んだ社会も嫌い。倫理を優先したが故にレヴィを殺してしまった良い子ちゃんな自分はもっと大嫌い。
道徳など守っても大切な人は救えない。はたして道徳など守る理由がどこにあるのだろうか。誰も助けない道徳よりも自分の欲を選ぶ。責任や道徳を遵守した結果がレヴィの死だ。道徳はうちに幸福をもたらさなかった。
別にレヴィの死でうちが変わったわけではない。うちは元からこういう人だ。ただ社会に植え付けられたバカみたいな道徳に従って自分を縛っていただけ。その縛りから解き放たれた。これが本来のうちだ。うちがこうなってしまったことに理由など求めるな。むしろ今までの方が異常だったのだ。
今までは倫理という枷が自分にあった。無関心でいなければならないと思っていた。うちが関心を持つのは悪いことだと心のどこかで思っていた。うちが正しいと思ったことを押し付けるのは暴力であり、許されないことだと思っていた。
でもレヴィはうちが思う"正しい"を世界に押し付けることを望んでいた。うちはその望みを果たせなかった。だからレヴィへの手向けとしてうちが正しいと思うものを世界に強制する。
うちのやり方が間違ってるかもしれないし、その結果として世界は悪くなるかもしれない。だけど関係ない。うちが動くことを期待した人のために動く。うちが怠惰にならないために動くのだから。
その結果として生まれてしまったのが聖女ルイスだった。
* * *
ルイス姉の過去を聞き、その場はお開きとなった。そして俺はルカと無言で居酒屋に入っていった。想像以上に重い話がきたので互いにコメントに困っているのだ。
そもそもなにが自分で核を落としただ。これで自分が核を落としたは無理だろう。核を落としたのはレヴィであって、ルイス姉ではないではないか。
「ねぇカオリ」
「ん?」
「ルイスの話。どう思う?」
「……凄くコメントに困るぞ。それ」
ただ話を聞いてる限りだと全体的にやっていることのスケールが桁違いだ。そもそも日本の頃から上級悪魔なんていう存在と絡んでいたことにもツッコミを入れたい。もはやどこから口出しすればいいか分からない。
「ていうかさ。なにが今度は好き勝手に生きるだよ。前世でもかなり好き勝手してると思うけど?」
「まぁ……」
「ルイスの世界のことは知らないけどさ。興味で核融合炉とかいう影響力が大きそうなよくわかんないの作って、戦争を止めて、挙句の果てにAIなんかどう聞いてもやばいもん作って自制してましたっていうのは無理があるでしょ。どんだけ自由に世界を引っ掻き回してるんだよって話だよ」
ぐうの音も出ない正論が飛ばされる。正直言ってルカの言う通りである。少なくともL作成はきちんと道徳や倫理を守ってるやつのやる仕草ではない。どちらかといえばマッドサイエンティストなのだ。
「そんなこんなで道徳捨てた結果として生まれるのがアガルタってなんだよ。普通はもっとこう……なんていうか人を使い潰すような国になるじゃんね」
「まぁ……たしかにそうだな」
「結局のところルイスは根が善性なんだよ。口では過激なことを言ってても一線は越えられない。感情だけで突き進まないで筋は通すし、しっかりとした論理も整える。そういう真面目ちゃんなんだよ」
たしかにそういう見方も出来る。道徳に縛られたから不幸になった。今度は感情のままに振る舞ってやると言ってるくせに法を無視して突っ走るわけでもない。ただ自分の感情の動くがままに暴れるかと思えば、アガルタのように他者にきちんと説明が出来るものを用意してしまう。ある意味では真面目だ。言葉だけは悪党になれても行動が悪党になりきれていない。
「……いうほど善性か?」
「私はルイスの在り方は善だと思うよ。だって本当に好き勝手に生きたいなら適当にすればいい。でも結局のところ困ってる人がいたら最後まで無視できないで助けちゃう人でしょ?」
「それってどういう意味だ?」
「この国を見てみなよ。労働や税金を免除して、文明まで与えてるんだよ? ルイスがそこまでやる義理もないでしょ。ただ自分の価値観を押し付けたいだけならもっと楽な方法はいくらでもある」
「まぁ……」
「結局のところあの子は口ではああ言いつつも人を助けちゃうわけ。それを善性と言わずしてなんというのさ」
たしかにそういう定義ならば善性だ。そういう善性な人間だからこそルイス姉についてくる人も多いし、なんだかんだ聖女として扱われてしまう。この世界での聖女はルイス姉のことを示す言葉だ。
誰も触れてはいけない聖域となった女。それ故に聖女と呼ばれるようになった。そりゃその気になれば核融合炉だって作り、LのようなAIなんて作れる女は影響力が強すぎて触れたくないに決まってる。まさしく聖域そのものだ。
しかし同時に聖女という言葉が合うほどの善行も積んでいる。たしかに
ルイス姉はあのような性格でも聖女と呼ばれるだけのことはしている。結局のところルイス姉は人を助けてしまうからこそ、恐れられるのと同じくらい慕われている。それが聖女ルイスという存在なのだ。
「ルイスは凄いよ。道徳捨ててやるって喚いて、好き勝手に動いて作るのが理想郷。人類を苦しめるためじゃなくて、人類にとって良いものを作るんだからさ」
「まぁ俺はアガルタについて深く知らねぇからなにもいえないけどな」
そもそも俺は目覚めたばっかであり、この国のこともよく分かっていない。少なくともルイス姉を知るならば――このアガルタについても知らねばならない。
ルイス姉がどんな国を作ったのか。それを実際に見なければ俺はルイス姉を評価することが出来ないし、なによりも俺は自分の目でルイス姉を見極めたい。
「ルカ。俺にアガルタについて知ってることを教えてくれ」
「いいよ。なにから聞きたい?」
やはり一番気になるのは国の仕組みだ。全てが国営ということは国が労働力を用意しているはずだ。労働力というのはどの国も抱えてる問題だ。ルイス姉はそこをどのように攻略したのか気になる。
「アガルタは全ての事業が国営って言ってたよな。その労働力はどこからきている? ロボか?」
「前にも話したけど国は政府が全ての国民に仕事を割り振り、それをこなさせることを義務とすることで成立させてて、そこが労働力になってるんじゃないかな」
「……仕事の割り振りは適正だったよな? それってつまり得意なことをさせるってことか?」
「んー。属人化を嫌ってるみたいだからそれはないかな。基本的な仕事は誰でも出来るくらい簡略化されてて、重要視されるのは続くこと。能力が合ってるというより無理なく続けられるということを適正って定義したみたい」
得意だからやらせるのではなく続くからやらせるということか。そして続けられるということは大きな不満を抱いていないということ。だから反発も起きづらい。話を聞くと本当によく出来てる精度だと思う。しかし穴がないわけでもない。
「しかしやりたいことが出来ないだろ。そこで不満が溜まると思うが……」
「それが面白いことに労働は週3日で1日6時間。全然拘束がないから本当にやりたいことは好き勝手に出来るんだよ」
「……なるほど」
だからこそ労働時間が極端に少ないわけか。
いや……少ないというよりアガルタが普通と思うべきか。週5日8時間という在り方の方が問題の気がしてきた。そもそも5日の疲れが2日が取れるわけがない。むしろこれを少ないと思ってる感性が毒されてる気がしてきた。
「どうしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
しかしやりたいことがあるなら仕事じゃなくて自由時間でやれという風に舵を切ったわけか。そうすることで絵を描きたいけど、画家の仕事が適正ではないので諦めますのような事態が生まれない。それこそやりたいと言うなら、時間があるのにどうしてやらないんですかという話にしかならなくなる。
時間とリソースがあるならばやりたいことはなんでも出来る。わざわざ仕事にする必要もない。きっとそんな哲学で設計したのだろう。
「ただなんでも出来るって言うけど……道具がなかったりとかしないのか?」
「道具?」
「それこそ画家になりたいけど、画家が適正の人に画材が割り振られて回ってこないとか……」
「えっと……絵を描きたいはわかるけど、この画材で絵を描きたいまでいくと流石に我儘なんじゃないかな。そこまで国に面倒見てもらうのは違くない? そもそも人の欲なんて際限無しだし、それを満たしたところで今度は高い画材を求めるだろうし、キリがないんじゃないかな?」
「……そうだな」
絵を描きたい。ハイスペックな液タブじゃなきゃ嫌だとかまで言い出したら我儘だ。そこはルカに一理ある。どこかで歯止めを掛けなければ、ただひたすら増幅していくだけだろう。指摘されて改めて自分でも変な質問だったと思う。
「国が個人の趣味嗜好をすべて満たす義務はないからね。そこまで求めるのは与えられるのが当然と思ってるクズでしょ。そんなクズを勘定に入れる必要なんてないと私は思うよ。国の仕事っていうのはやりたいことを阻害せず、国民の安全と社会の持続を保証するところまでだよ。それ以上は自分で掴むものじゃないかな」
かなり強い言葉が返された。まぁたしかになんでもかんでも国にやってもらえばいいから自分はなにもしなくていい。そんな思考で要求ばかりするのはクズではある。そんなクズを前提にしてたら回るものも回らないし……そもそも国から助けられるなら周囲の不満も溜まっていくだろう。ルカの反発ももっともである。
ここまで話を聞いて、この国の線引きもなんとなくだが分かってきた。あくまで国が保証してるのは時間だけなのだ。個人の生活を豊かにするということを目標にしているわけではない。この国が目標としているのは自由であって幸福ではないのだ。それ故に常に責任がついてまわっている。
「しかしさっきの絵を描きたいって話で言うとさ、もしも普通の絵具すら買えない状態が頻発したらどうなる?」
「それは……絵の具がないっていうなら自分で作るなり、誰か雇って作らせるなりしろって話でしかないんじゃないかな。政府はそういったことは禁止してないし、絵の具の作り方の知識も時間も与えてるわけだしね」
そういえば……たしか、この国ではインターネットは社会福祉としては無料提供されていた。それこそインターネットで調べれば大概のことはなんでも出来る上にAIによる要約で自分が理解できることばで説明だってしてもらえる。それこそ知りたいことはなんでも知ることが出来たはずだ。
「まぁ……そもそもルイスがいるなら配給不足にはならないと思うけどね」
「それはうん。本当にそうだな」
「ていうか本当にやりたいなら、環境のせいにする前に自分で動けばいいとしか私は思えないかな。やらない理由を見つけるのは簡単だし、それに付き合ってたらキリがない」
「なるほどね」
「火も薪も与えられて、自分で火をつけずに政府に文句を言うのはクズでしょ。そんな人の面倒まで見る義理はないよ。さすがに」
再びルカから強い言葉が飛ばされる。話しているとルカは他責が滅法嫌いなのだと実感させられる。他人に寄りかかることを前提とした在り方には相当強い言葉が返される。良くも悪くも彼女はなにをするのも自己責任という価値観なのだろう。
「ありがとう。なんとなくだけど分かってきたよ」
「まぁでも私も全部知ってるわけじゃないからね。私の言葉を鵜呑みにしないでね」
アガルタは基本的になにをするのも自由だ。それは同時になにもしないことすらも肯定することを意味している。この国の根底には冷酷なまでの自己責任と個人主義だ。しかし同時に腐ることを悪ともしていない。
こうして話した限りだと俺にも大きな問題がないように思える。先程の提案も無理やり捻り出した難癖のようなもの。それすらもこうして解答があるのだから、もはやケチのつけようがない。
国が時間も環境も知識も与えてしまった。そこは少しだけ怖く感じる部分ではある。しかし他の国に比べれば些細な問題と言ってもいい。大きな論点にはならない。
「たださ。話を聞いてると……なんていうか、もうルイス姉が全て支配した方が良くないか?」
「わかるー。私も同じこと思っちゃった」
もしも監視によるディストピアとかならば話は変わるが、この場合はあまりに否定する材料がなさすぎる。話してると俺達がルイス姉を問題視してる理由が分からなくなってくる。少なくとも世界はルイス姉に支配されたほうが平和だ。ただ世界征服という言い方が悪いだけであり、あまりに健全なのだ。
「まぁ問題があるとしたらルイス個人に依存してることだよね。ルイスが生きてるうちはいいけど、長く続くものじゃない」
「ただルイス姉はエルフだろ。寿命を迎えるまで残り300年近くあるし……」
なにより転生する以上は不死だ。ルイス姉が消えて崩壊というのはあまりに考えづらい。本当に盤石過ぎて崩しようがない。
「ただルイスが興味を失う可能性はあるけどね」
「そうなるとルイス姉を否定するよりもルイス姉の後継探しとならないか?」
「うん。そうだね」
そもそも俺達が思いつくような否定はルイス姉自身が自問自答で乗り越えている。ルイス姉を否定するということは頭脳でルイス姉を超えなければならない。そんなのはどうやっても不可能。無理だ。
「まぁでもさ。アガルタに関しては棚上げで良いんじゃないかな。それに良し悪しを決めるのは私達じゃなくて世界だよ。私達は世界が下した審判を受け入れるだけ」
「それでいいのか?」
「そうじゃないと駄目なんだよ。世界は私達の私物じゃないから、私達の価値観だけで行く末が決まる方がおかしい」
そこに関してはルカの言う通りだ。結局のところアガルタの在り方を良しとするか悪しとするか決めるのは大衆だ。多くの大衆が肯定するのであれば、その在り方は善と言えるだろう。
「もしこれが攻撃的なもので暴力によって押し付けられるなら話は変わるけどね。そういうわけじゃないでしょ?」
「そうだな」
それにアガルタは寄り道だ。俺達はモモに親書を届けにいく途中なのだ。それこそルカの言う通り今は棚上げにしておく話。アガルタについて話すならば魔王であるモモやメイを巻き込んだ上だ。俺達がギャーギャー言ったところで意味がない。
「ただアガルタは良い国だし、もう少し観光したいよね」
「まぁ……たしかに悪い国ではないが……」
「あー
ルカがわざとらしい声で痛みを訴える。正直言うと俺としては一刻も早くモモと合流したい気持ちが強い。それこそアガルタは全て落ち着いてから観光してもいいわけだ。
ただ同時に目の前のルカを説得するというのも非常に億劫だ。こうなったルカを説得するのも相当骨が折れるだろう。
「……わかった。2週間だけだぞ」
「やった!」
そうして俺達はアリスとの戦闘の休息も兼ねて、アガルタで少しの間だけのんびりすることが決まった。