悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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81話 ご退場願います

 アリスがやられてから少し経った。あれから実は私達はワンダーから大きく移動することなく近くに待機していた。もちろんルイス様のそばにいたいというのもあったが、それ以上にやらなければいけないことがあった。

 そしてルイス様達が遠くに向かった頃を見計らって顔を出した。

 

「こ、こ、こんにちは……」

 

 街は瓦礫の山。地面には大きなクレーターがいくつも出来ている。夜だと暗くてよく分からなかったが、昼間に見ると本当に酷い有様だと思う。もしこんな規模の戦闘に巻き込まれたら私なんか一瞬で木っ端微塵にされていた。

 

「お前は!!」

「あ、もう……私のことは知っているのですね。それでしたら自己紹介は不要ですかね」

 

 剣聖ロシェが声を荒げつつ、臨戦態勢に入る。それに対して勇者フウガは状況を飲み込めていないのか反応が遅れてる。予想通りの光景とはいえ、その様子に少しだけ安堵した。これなら私がミスさえしなければ制圧出来る。

 

「俺達を殺しにきたのか?」

「ち、ち、違います!」

 

 もちろん殺すつもりはない。私は懐から小瓶を取り出した。その小瓶に2人は警戒を露わにする。しかし既に遅い。ロシェには戦闘の才能がない。もしもここにいたのがルカやカオリならば話は違っただろう。

 敵が姿を見せたのだから、有無を言わさずに首を跳ねなければならなかった。動作する一瞬を許してしまう辺り、彼は剣が上手いだけで戦闘には向いていない。だから負けるのだ。

 

「ロシェ・サウザンド」

「……っ!? フウガ! 逃げろ!」

 

 私は全知で知った剣聖ロシェの本名を口に出す。その瞬間に小瓶はロシェを吸い込んだ。この小瓶は封印瓶と言われるものだ。これは距離の制限こそ厳しいが、本名を言った相手を問答無用で封印するといった強力な魔道具の1つだ。

 もっとも封印といってもルカのような生命力が高い存在には通用しない。本来ならばロシェなんていう手練れにも効く道具ではない。しかしアリスに腕を落とされ、大きな疲れを残した今では生命力も極端に落ちている。だからこそ搦め手が通じる。

 

「あ、あ、安心してください。少しだけ大人しくしてもらっただけです……から……」

 

 私は戦闘が得意な方ではない。しかし全知のスキルのおかげで色々な道具を持っている。それこそ収納袋を筆頭とした勇魔時代以前に作られた遺物や吸血鬼に伝わる秘宝といった様々な道具だ。全知があればそういった道具を簡単に見つけられる。それ故に私の戦闘スタイルは道具に依存している。その道具こそが私の強さだ。

 

 しかし定石の話をするならばルイス様達が目覚める前に処分するべきだっただろう。しかし今回は2人を始末するだけが目的じゃない。

 私はルイス様達に誤認してほしかった。まだロシェやフウガは機能している。彼らは私のことをヤミ国に報告したと思わせておきたかった。

 もちろんそれが必須というわけはではないし、私達のことが知れたとしても大きな支障はない。しかし知られていないに越したことはない。情報はギリギリまで伏せておく方が今後が楽になる。だから目覚めた後に仕掛けた。

 

「なにが狙いだ?」

「く、く、口封じです……よ?」

 

 全知で伏兵がいないことも地雷の類が埋められていないことも確認済み。これは罠の類ではないと把握した上で仕掛けている。私は基本的には石橋は叩いてから渡る主義だ。もうフウガを助ける者はいない。彼は完全に詰みだ。

 

「リア。手を貸すか?」

「ジークはのんびりしていて良いですよ。この程度も片付けられないようじゃ協力者として背中を預けるのは不安でしょう?」

「そうだな……よし。今回は見物といかせてもらおう」

 

 ジーク。彼は私達の陣営の最高戦力だ。その戦闘力はルカにも匹敵する。彼が動けば全てが終わる。そんな彼が私に従うのは私と利害が一致したからに過ぎない。もし彼が私を不要だと思えば容赦なく切り捨てるだろう。

 

 そして私は約束したルカ殺しを成し遂げられなかった。彼は私に疑念を抱いているだろう。だから私は彼から信用を取り戻す必要がある。そのためには私一人で対応しなければならない。彼の手は借りられない。

 

「お前を見極めさせてもらう」

 

 私はフウガの方を見る。この世界の強者と比較すれば弱者寄りではあるが、私にとっては脅威になりうる敵。それこそ風のスキルで首を斬られたらお陀仏。格好良く手刀で風の刃を斬り伏せるなんて芸当は私には出来ない。肉体1つで風を受け切ることも不可能。私は普通の人でしかない。彼の全てが致命傷となる。周りがおかしいからフウガが霞んでいるだけで、フウガもこの世界において強者にカテゴライズされる側。彼自身が弱くとも、風というスキルがそうさせてしまう。それ故に油断は許されない。

 

「が、が、頑張り……ます」

 

 封印瓶の定員は1名だけだ。ロシェを捕まえた以上はフウガに使うことはできない。つまり別の手段で口封じをしなければならないのだ。フウガを仕留める短剣はあるが、問題はフウガにどう突き刺すか。

 

「待ってくれ! 話し合おう!」

「い、嫌です……わ、私は貴方が嫌いなんです」

「僕は君になにかした?」

 

 フウガは大嫌いだ。全知のスキルで彼のことは知っている。機人族の正体を知り、ルイス様から一定の評価を受けてる人。そしてルイス様の慈悲を拒否し、挙句の果てに自分をルイス様に認めさせると断言した愚かな人。その上でルイス様と並び、お付き合いすることを目的にしてる人。

 

 本当に気持ち悪い。こいつはルイス様をそういう目で見ているのだ。性の対象としてルイス様を消化したことも不愉快。そもそもルイス様が誰かに恋するなんてありえない。あの方を人の感性で測るのが不愉快。あれが恋なんてするはずがない。もし恋をするとしてもお前じゃない。

 

「……ルイス様を性愛の対象として見てるのが……すっごく気持ち悪いです」

「違う! そんな目で見ていない!」

「……でも貴方……ルイス様とお付き合いしたいと思ってるんですよね?」

「それは……」

「まぁどうでもいいですけどね……そもそも私は同担拒否ですし……ルイス様推しってだけで嫌いになるには充分です」

 

 ルイス様の良さを理解してるのは私だけでいい。そもそもフウガはルイス様のことをなにも知らない。そのくせにルイス様を好きなんて言わないでほしい。ルイス様の良い側面しか見ないで、自分にとって都合の良い解釈する。そういうところが本当に嫌いで仕方ない。

 

 服の袖から鞭を出していく。この茨は”眠り姫の棘”というもの。この先端に触れれば睡眠ガスが噴射され、吸い込んだものは数週間の眠りにつく。私が全知のスキルで色々な科学を覚えて作った武器だ。

 

「それに貴方程度のなんの取り柄もない人間がルイス様と絡んでいいわけがないじゃないですか。ルイス様は特別なんですよ。そんなルイス様に関われると思うなんて、おこがましいとは思わないんですか? ルイス様に見合うって言うならせいぜい私に一泡くらい吹かせてください。そのチャンスがあったのに活かすことも出来ない。それが貴方の限界。もしかして自分が特別な存在だと勘違いしましたか?」

 

 殺意を鎮める。殺しは厳禁だ。それはきっとルイス様も望まない。私の全知じゃ人の内面までは分からない。こいつがルイス様に気に入られてるとも思えないが、なにがあるか分からない。そのためルイス様が明確に敵と認定した人以外にはなるべく殺さないようにしておきたい。こいつを殺すのはルイス様から許可が下りたあとでも遅くない。

 

「どうかご退場願います。貴方は必要ありません」

 

 そう言って私は攻撃を仕掛けた。

 

 * * *

 

 灰色の修道服を着た金髪の女が鞭を振るう。僕は反射的に風のスキルで鞭と噴射されたガスを吹き飛ばす。

 彼女の言うことは正論だ。それでも僕はルイスが好きだ。諦めたくない。だから僕は彼女に負けるわけにはいかない。

 

「知っている! 彼女の内面が怖いことくらい分かってる!」

「貴方と口論する気はありません。不愉快です」

「僕はルイスに認められるために頑張ってきた!」

「は? なにルイス様を勝手に貴方の枠で当てはめてるのですか? ていうかルイス様が怖いってなんです? 喧嘩売ってます? すっごく解釈違いで不愉快なんで死んでもらっていいですか?」

 

 風の刃を飛ばす。しかし風の刃は修道服に阻まれ、彼女に傷すら負わせることができない。その光景に内心で舌打ちしてしまう。

 

「この服は防刃、防風、防塵、防水、防火です。貴方の攻撃は通じません。残念でしたね」

 

 彼女は言うほど強い相手ではない。それこそ今まで見てきた人に比べたら遥かに弱い。もし本当に強いならば僕はとっくのとうに殺されてる。

 

 アレックス、アリシア、エメラルド、ロシェ、アリス、ルカ……そしてカオリ。僕の知る強者は全員が瞬きする暇すら与えることなく、僕を倒すことができる。目の前の彼女にはそれがないのだ。

 

 風の刃で首を刎ねるだけでリアルを殺せる。僕には彼女を殺す手段がある。彼女の服は首を隠しているわけではない。僕の攻撃を防げるのは服で肌を隠してる部分だけだ。その気になれば殺せる相手だ。

 しかし殺人に躊躇いを覚える。人を殺すということを意識すると手が震える。いくら相手が悪人であり、敵と分かっていても割り切れるものではない。

 

「ルイス様は誰かに解釈を押し付けられたり、推察されるのが大嫌いなんです。それを表に出すなんて論外です。ルイス様を好きというくせにそんなこともわからないんですか? にわかの同担とか本当に吐き気がします」

 

 腰の短剣を抜く。アリシアから貰った短剣"エンジェルビュート"。

 その短剣でリアルの接近に備える。基本的には風のスキルで中距離を維持する。それでいて短剣で牽制しつつ、間合いに入らせない。それが僕の戦い方だ。

 

「サイクロン!」

 

 突風でリアルを吹き飛ばす。風は斬るだけが全てではない。

 そのまま僕は背を向けて逃げ出す。僕は戦闘を放棄した。戦場に立って理解する。僕に人は殺せない。人を殺せない僕と人を殺せるリアル。その差は埋めようがない。だから逃げるしかないと思った。

 

 ――ばんっ。

 

「……っ!」

 

 右足に激しい痛みが走った。その痛みに耐えきれず、地面に倒れ込む。

 足から血が溢れてくる。痛い。痛い。痛い。痛い!

 

 リアルが静かに距離を詰めてくる。彼女の手には真っ黒な筒……銃が握られている。

 彼女は銃で僕の足を撃ち抜いたのだ。彼女が近づくたびに恐怖が煽られる。僕は選択を間違えた。ウイングカッターでリアルの首を刎ねるべきだった。それを躊躇った時点で負けていた。

 

「全知はなんでも知れます。なんでも知れるならば銃程度は作れます。科学は皆に平等――異世界人なのにそんなことも知らなかったのですか?」

 

 足を引きずりながら逃げようとする。まだ死にたくない。ルイスに認められていない。こんなところで終わりたくない。僕は生きたい。ただ生きたいだけだ。どうしてこの世界はそんな簡単なことも許してくれないのだ。

 

「安心してください。殺しはしませんよ」

「……え?」

「少し記憶を弄るだけです。そうですね……貴方には異世界に来てからのことをすべて忘れてもらいましょう」

「い、嫌だ!」

 

 異世界に来てからの生活は散々なものだった。それでも僕は忘れたくない。カオリの優しさもルイスへの恋心……そして僕を認めてくれたアリシアの言葉を忘れたくない。

 

 無我夢中で風の刃を振るう。殺す気で放った風の刃。それは思惑通りにリアルの首に当たるが、切り傷にすらならない。

 

「貴方のスキルは風。知っているのですから当然ながら科学で対策くらいしてるに決まってるじゃないですか」

 

 リアルが目の前で首に付けた薄いシートのようなものを剥がしていく。その事実に絶望していく。勝ちの目が消えていく。

 

「急所である首を素直に露出するわけないじゃないですか。馬鹿の考えは読みやすくていいですね」

「ウイングカッター!」

 

 再び風の刃を飛ばす。しかしリアルは首を傾けて簡単に避けてくる。もう一度風の刃を振るおうとするが、それよりも先に銃声が響く。発射された銃弾は僕の肩を貫く。その一撃で腕が上がらなくなる。

 

「お願いします……僕から取らないで……」

 

 涙を流し、地面に頭を擦り付けて命乞いする。僕は失いたくない。ここまでの体験を全部なかったことにはしたくない。これらは全て僕の宝物で……

 

「嫌です。貴方はおしまいです」

 

 リアルの手が迫る。それと同時に意識が遠のいていく。

 嫌だ……いや……だ

 

「ここでご退場ください。ルイス様を……いえ、私を不快にさせた。慈悲はありません」

 

 それが僕の聞いた最後の言葉だった。

 

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