悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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82話 飲み込まれる

 

 フウガの脳を弄って記憶を消した。さすがに全部消すのはルイス様から怒られそうなので、この世界に来てからの記憶を全て消した。きっと目が覚めたらいきなり異世界にいたような感覚となるだろう。

 

 一応は彼を運んだ村の人達に事情も話しておいたし、死なない程度には応急処置もした。きっと野垂れ死ぬこともなく人並みの幸せは掴めるだろう。何者にもなれず村人として人生を終える。彼の物語はそれでおしまいだ。

 

「そういえばジーク。こないだ私の誕生日だったんですよ」

「そうか。何歳になったんだ?」

「11歳です!」

「……は?」

「え。だから11歳ですよ?」

「冗談だろ?」

「どうして冗談なんて必要があるのですか?」

「いや、てっきり20歳は超えてるものかと……」

「ホムンクルスは早熟ですからね。たしかに肉体だけなら大人ですもんね」

 

 たしかにジークに年齢を言ったことはない。しかし11歳であることにそんなに驚くことだろうか。ただ私は少し祝ってほしかっただけだというのに……

 

「……本当に11歳なのか?」

「はい。そうだと言ってるじゃないですか?」

 

 まぁなんでもいいか。年齢なんていうのは些細な問題で気にするほどのことではない。11歳だろうが20歳であろうが私は私でしかないのだから。

 それより今は少し今後のことを考えなければならない。ルカもカオリも殺さないとなると計画は大きな軌道修正を余儀なくされる。

 

 改めて自分達の置かれた状況を振り返る。まず振り返って明らかになる課題は私達の陣営は戦力が大きく劣っているということ。アリスを失った現在では正面から戦えるのはジークだけ。フリートの英霊召喚でロキ辺りを呼べば戦力増強も出来るだろうが、ルカの逆鱗に触れる。それはルイス様もお怒りになるし、避けなければならない。

 もしアグリロータでも呼べるなら話は大きく変わるが……あれはルカが魂諸共破壊しているので完全に消滅。英霊召喚の対象外となる。

 

「それはそうとリアル。ちゃんと俺達との約束は果たしてくれるんだろうな?」

「もちろんです」

「……11歳と聞いて一気に不安になってきたんだが」

「どうしてですか?」

 

 それに私のことばかりではなくジークのことも考えなければならない。

 ジークは昔に存在した大英雄だ。それこそ歴史の大きな転換点となった三英雄の1人だ。龍の時代を終わらせ、人の時代に導いた龍殺しのジークフリート。

 

 しかし実際のジークフリートは1人じゃなかった。その正体は2人の兄弟だった。ジークとフリートと名付けられた双子の兄弟。そんな双子の兄弟の力を私は借りている。

 

 しかしジークは純粋な味方というわけではない。

 ジークは大英雄でありながら何故か世界の破滅を望んでいる。だから私が世界を破滅させることを条件に手を借りた。フリートもそんな兄を何故か肯定している。

 

「リアルに出来るのか?」

「はい。できます」

 

 今の私とは相容れない考え方。私は世界を絶望に落としたいのであって、世界を壊したいわけではない。彼の力は必要なものではあるが、いつか必ず障害となる。仲間であると同時にいつか倒さなければならない駒なのだ。

 

 まぁしかし2人のことは考えても仕方ありません。今は目の前のことに集中しましょう。

 

「さてと。それでは今後の話をしましょうか」

「あ、ああ……」

「まずは一度フリートさんとも合流しましょう。その上で私達は今後に備え、協力者を増やさなければいけません」

「協力者?」

「はい。ルカを殺すならまだしもルカを殺さずに制圧となると今の戦力では足りなすぎる」

「そうだ。なぜルカを殺さなかった?」

「ルカを殺すと詰むからです。私は世界を壊したいわけではなく、ルイス様のために聖女になること。つまりルイス様のための世界にしてしまうこと。その過程として世界が壊れてもいいから、ジークには手を貸しています」

 

 私とジークでは目的が違う。それは何度もジークにも話してきた。ただジークの夢と私の夢は共存できるものだ。なにより世界を壊す……すなわち世界を絶望に落とすのは私にも必要不可欠。利害の一致で手を結んだ関係。それ故にジークにも私の利を尊重する義務がある。

 

「ルカを殺すとルイス様が悲しみます。よって打てない手となりました。わかりましたか?」

「俺達には関係のない話だろ」

「私が貴方の目的を尊重するように貴方も私の目的を尊重してもらわないと困ります。それに安心してください。私が上手くやりますから」

「しかし戦力の補充って……誰を引き入れるつもりだ?」

「――魔王モモ。彼女しかいないでしょう」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 あれからフリートと合流した私達は飛竜を使って、魔族領の最北を目指した。目的地は当然ながら魔王モモが住まう城――魔王城だ。

 

「しかし本当に魔王モモの力を借りられるのか?」

「出来るかどうかではありません。やるしかないのです」

 

 私達はこれからルイス様の妹であられる魔王モモ様と同盟を結ぶ。

 ルイス様の計画通りに事が進むということはルイス様の負担が増えるということ。だから私はルイス様を勝たせてはいけない。私はルイス様を負かさなければならないのだ。そのためには魔王モモの尽力が必要不可欠。

 最初のプランではルカを殺すことでヤミ国を弱体化。更に作り出した魔物や八将で国力を削ぎ、世界を絶望に落として私が聖女としての役割を奪う。そして聖女としてルイス様がしようとしたことを代わりに全て行うことで出る幕を奪う。そういう算段だった。

 

 しかし計画の大きな練り直しを余儀なくされた。ルイス様がルカの犠牲を望まないと分かってしまったから。そこから考えた末に出した結論がルイス様の計画を邪魔すること。ルイス様の発言力を奪い、私が動かなければルイス様の思惑通りに事が進まないようにする。そのうえで私がルイス様の計画を引き継ぐ。

 

 しかし当然ながら現状でルイス様に勝てるわけがない。そこで筆頭に挙がるのが魔王モモ。彼女の手を借りることが出来れば、ルイス様を負かすことも充分に視野に入る。私は全知でルイス様の記憶を見たから知っている。魔王モモはポテンシャルだけならルイス様すら凌駕する怪物だ。

 

 それに魔王モモもルイス様の事が嫌いではないはずだ。ルイス様を楽にするためという理由ならば手を貸してくれるはずだ。私は覚悟を決めて、魔王モモの城へと乗り込んだ。その選択が間違いだと知らずに。

 

「王都以外は全部極寒の地のくせに、ここだけは草木が生い茂ってるな。それに寒くもねぇ」

「真下に白龍の死体が埋まってますからね。あれの力ですよ」

「……あいつの死体か。道理で」

「この王都は白龍の死体の上に経てられた街ですから」

 

 私達は夜中にひっそりと魔王城の裏口から忍び込んだ。なにせ私は魔族から嫌われるエルフ。正面から行っても受け入れられるわけがないし、下手したら殺し合いに発展しかねない。だから申し訳ないなぁと思いつつもアポ無しの訪問となった。

 

「ねぇ。貴方ってマナーも知らないわけ?」

 

 そして私達は魔王モモの元まで辿り着いた。彼女の冷たい視線と苛立ち混じりの声が私達に向けられる。

 

 そこからは一瞬だった。私達を見るなり魔王モモが剣を抜いた。ジークも剣を抜こうとするが、魔王モモがそれを許さない。彼女の一振りで斬撃が飛ばされ、一撃でジークの意識が奪われた。兄を目の前でやれれたフリートが激情に任せて飛び出すが、その瞬間に気を失ったように倒れ込んだ。なにをされたかすら理解が出来ない。

 

「う、うそ……」

 

 私は即座に全知を発動させて状況を理解させた。視覚で捉えきれないほどに速く振られた剣がフリートを倒したのだ。私達はモモの動きすら見えなかった。剣を振る素振りすら視認出来なかった。私にはエスパーで意識を落とされたようにしか認識出来なかった。魔王モモとはそれほどまでの差があったのだ。

 

 気づけば私は尻もちをつかされていた。私が保持する最高戦力のジークすらもあっさり倒された。フリートも英霊召喚をさせる隙すら与えられずに寝かされた。私の認識が甘かった。魔王という肩書きをあまりに舐めていた。

 

「話し合いをしましょう。それなのに最高戦力を持ち込むような馬鹿がどこにいるのかな?」

「ご、ごか……」

「力で脅して従わせようとした。そう受け取られてもおかしくないよね? 誤解されないように配慮するのは外交における義務じゃないかな?」

 

 私は怯えながら倒れるジーク達に視線を向ける。幸いにもまだ息がある。しかし目の前の魔王が殺し損ねたとは思えない。2人は明らかに生かされたのだ。この2人は人質だ。私を逃さないためのものだ。

 

「それで貴方は何者? まず軽く身体検査させてもらうよ」

 

 針が飛ばされた。その針が私の頬を掠った。幸いにも痛みはない。明らかに加減された一撃だった。その気になれば針だけでも私を殺せていただろう。

 

「へぇ……全知ってスキル持ってるんだ。良いスキルじゃん」

 

 魔王モモのスキルは"模倣"だ。そのことは全知で把握していた。彼女のスキルは自身が攻撃した相手のスキルを模倣し、本人以上の出力で行使するという出鱈目なもの。

 目の前で私のスキルが使われていく。それによって魔王モモの目が変わっていく。モモの目に熱が宿っていく。嫌悪の熱。

 

「……ねぇ。お兄ちゃんを傷つけたお前がどの面を下げて、私の元に来てるのかな?」

「あ……」

「貴方……リアルの目的も所業も出自も理解したよ。その上で聞いてあげる」

 

 全知のスキルで私が丸裸にされた。あまりに理不尽だった。隠し事もなにも通用しない。魔王モモはそういう存在なのだ。

 私の首元に剣が添えられる。魔王モモは腸が煮えくり返りそうになるほどにキレていた。私は大きな勘違いをしていた。あれは手懐けられるようなものじゃない。

 

「第一声が謝罪じゃなくてよかったのかな?」

「そ、そ、その件に関しては……本当に……その、なんていうか……ごめんなさい」

「そう。まぁ貴方の話は聞いてあげるけど……その落とし前はちゃんとつけないとダメだよね?」

 

 死を覚悟した。私は大きな間違いを犯したのかもしれない。魔王モモが味方になるわけがなかった。言葉でどうにかなる段階は既に超えていた。彼女をあまりに見誤っていた。

 

「お姉ちゃんのための世界にする。それは私にとっても都合が良いし、そこだけは賛同してあげる」

「あ、ありがとうございます……」

 

 だけど完全に終わったわけではない。もしも魔王モモがその気ならば私達は喋る間もなく殺されている。まだ生かされているということは、弁明の余地が与えられているということに他ならない。

 

「だけどね。私の大切なものを踏みにじったことを有耶無耶にして手を組むわけにはいかない。なによりも私が組みたいとも思わない」

 

 私の背中に冷や汗が垂れる。もしも言葉選びを間違えれば終わりだ。ここで私は死ぬ。その恐怖に直面して、身体が震える。

 

「そ、そ、そうですね……」

「だからつけなよ。落とし前」

「お、落とし前ってなにをすれば……」

「そうだね……私の奴隷となって一生奉仕してよ。リアル」

 

 ああ。駄目だ。完全に間違えた。彼女に接触したのがミスだった。立場が完全に逆転していく。私の計画が全て魔王モモに飲まれる。魔王モモの駒にさせられる。私の理想が貫けない。しかし拒否すれば私は終わりだ。もう選択肢などない。魔王モモの圧倒的な暴力で全てが飲まれた。魔王モモはルイス様の妹君だ。その事実をあまりに軽視していた。私如きがどうこう出来るような存在じゃなかった。

 

「もう一度言うね。貴方の掲げた目的は私にとっても良いものだし、その計画は私が引き継いであげる」

「え、え、えっと……」

 

 私の計画には乗らない。でも理念だけは賛同する。私のほうが上手くやれるから駒として全力で動け。それが魔王モモの出した結論だった。私は食われたのだ。私は誰かの用意した結末に乗ることは出来ても、自分で結末を作る力はなかった。私は負けたのだ。魔王モモに負けてしまったのだ。

 

「嬉しそうにしないのはお姉ちゃんのことなんかどうでもよくて、自分がチヤホヤされたかっただけだったからかな?」

 

 言葉が私を逃さない。ここで降りるという選択を残さない。目の前の幼女が怖い。ここまでの怪物だったなんて想像もしていなかった。魔王という肩書きをあまりに軽視していた。本人はその気がないのに、勝手に周囲が呼んでるだけだと思っていた。だけど違う。彼女は本物の魔王なのだ。

 

「違うよね。リアルはそんな矮小な子じゃないよね?」

 

 魔王モモの言葉が私を離さない。違うと否定したくなる言葉をぶつける。違うと否定するためには魔王モモの言葉に乗らなければならない。

 私自身はどうでもいい。私はルイス様のことだけを考えて動いている。ルイス様さえ良ければ他は全ていらない。自分自身がどうなろうが構わない。私が評価されなくてもいい。そう思ってきたつもりだ。だけど行動で示さなければならない。ここで魔王モモの提案を蹴れば、私の言葉が嘘になってしまう。それこそモモの言うようなルイス様を言い訳に自分が目立ちたいだけの小物に成り下がる。

 

「もしかして本当は自己顕示欲で動くような子だったのかな?」

「ち、違います! 私はルイス様のために動いてます!」

「そっかそっか。その言葉を待ってたよ」

 

 魔王モモが私の顎を掴む。彼女の瞳に私の存在が飲まれていく。私は彼女に逆らえない。

 

「でもね。私の方が貴方自身よりも貴方を上手く使える――だから黙って私に従え」

 

 手を離されると同時に全身が脱力した。だけど震えが止まらない。死の恐怖が全身にまとわりついている。満足に呼吸すらできなくる。

 

「返事は?」

「は、は、はい!」

「うん。ちゃんと飲んでくれてよかったよ」

 

 次の瞬間に魔王モモの蹴りが私の顔に叩き込まれた。その重い蹴りで歯が折れる。床が私の血で汚れていく。慣れない痛みに耐えきれず、目から涙が溢れてくる。そんな私の髪をモモが強引に掴み、持ち上げる。

 

「この部屋。掃除しといてね」

「え……」

「奴隷でしょ? そのくらいしなよ」

 

 魔王モモが私の身体を投げ捨てた。身を持って言葉の意味を理解する。ここでは私は1人の人間として尊重されることもない。ただ魔王モモの機嫌を損ねないように奉仕する奴隷なのだ。私は魔王モモに怯えながら過ごさなければならない。それが私の結末だった。

 

「あと次から"はい"以外の返事をしたら殺すからね。ちゃんと覚えてね」

 

 私の物語が魔王モモに飲み込まれる。私の物語にピリオドが打たれる。私の物語ですら魔王モモの物語へと書き換えられていく。

 

 飲み込まれていく。全てが飲み込まれていく。

 

「ここで退場だね。リアル」

 

 それだけ言い残すと魔王モモは部屋を後にした。

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