悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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多忙で、前回の更新からかなり時間が空いてしまって申し訳ございませんでした!
もしかしたら次の更新までは少しお時間をいただくかもしれません!


83話 魔族領

 

 あれからルイスの言葉がずっと私の脳裏にこびりついている。

 『異端審問なんかしとるあんたらに言論統制が悪なんて言わせない』という言葉がずっと纏わりついている。

 

 自分の正義を世界の基準にする。そのことに関しては強い嫌悪を覚えた。それはあまりに身勝手で……とても失礼だが魔王ウシカゲと重なる部分があった。それを否定しなければならないと思った。

 だけど私達のしている異端審問官と違うと胸を張って言えるのだろうか。メイは宗教に従わないと公言するのは法に従わないと言っているようなものだと語った。私はそれに納得したからこそ手を貸した。法に従わないと公言するような人と共存など出来ないと思ったから。

 

 しかし私達がやってるのは一方的に彼らの土地を奪い、そこに居座って"このルールに従いなさい"と言っているようなものだ。恥ずかしながらルイスが指摘するまで私はそういうことをしてる自覚すら持てなかった。自分を悪と自覚してない外道。私は私が嫌悪する悪に成り果てていた。

 

 ルイスの見せたアガルタは良い国だった。全ての国がそうなればよいのにと思うくらいには理想だった。

 私の正義が揺らいでいく。私はメイならば良い世界にしてくれると思った。彼女は戦争が起こりづらくなる世界にすると言った。誰も死なない世界や憎しみが存在しない世界になるわけでもない。ただ少しだけマシになるだけ。それでも良いと思った。私も完全に争いを無くすのが不可能だと思っていたから。

 

 しかしルイスが世界を変えた。彼女ならば私が不可能だと思った完璧な平和をもたらすのではないか。異端審問のような行為をせずとも平和な世界を築けるのではないかと思ってしまった。

 

 ――私はメイではなく、ルイスの駒になるべきだった。

 

 私は乗る船を間違えたのではないか。そう思うようになってきてしまった。

 どんどん私が悪に染まっていく。それっぽい理屈を出して暴力を肯定する。挙句の果てに忠誠すら満足に捧げられない。ちょっとでも良さそうな人がいれば、簡単に乗り換えを考えてしまう。そんな自分に嫌悪すら覚えてくる。

 

 私が今までしてきたことはなんの意味があったのだろうか。

 ただ人を不幸にするだけで誰も幸せに出来ない。それが私だ。

 

 ああ。私なんかさっさと首を吊って死ぬ方が世界のためなんじゃないかな。

 

* * *

 

「ようするに変化鉄って材質は人の脳波を読み取って形状変化させることができるわけや」

 

 魔族領を目指して俺達はジェット機に乗って移動していた。その道中で退屈凌ぎにルイス姉から科学の話を聞いていた。もっとも科学といっても地球には存在しない鉱石やオカルトみたいな現象もふんだんに利用しているため、ほぼファンタジーみたいなものだが。

 

「つまりその変化鉄を複合材料に使用することで脳波を読み取る機能を持つ材質が作れるんよ。それが複合金属プレグラム。変化の性質は消えてしまうんやけど、硬度が大きく上がる」

「なるほど。すげぇ技術だな」

「もっとも変化鉄自体が貴重。それこそ部品の全てをプレグラムで作成して、完全遠隔操作しますなんて真似はコストが高すぎるから、通常はやらへん」

「そのプレグラムが改修したロストベリーにも使われてるのか?」

 

 アリスに刃を壊されたロストベリー。あれはルイス姉の手によって回収され、修繕を兼ねた改修も施されていた。俺の進化に適応するようにロストベリーも進化したのだ。

 

「せやせや。楽しみにしときな」

 

 俺はルイス姉と話しながら操縦席に目を向ける。その操縦席には誰も座っておらず、操縦桿だけが勝手に動いていた。まるで幽霊が操作しているかのようで少しだけ不気味な光景だ。

 

「そういえばこのジェット機は自動操縦なのか?」

「違うで。うちが操縦しとるよ」

「どういうことだ?」

「操縦桿だけプレグラムにすれば遠隔で操縦できるやろ? そんで指輪を通して脳波を送って、動かしてるわけや」

「もう完全にSFの世界じゃねぇか!」

「まぁ誰でも扱えるもんやないで。脳の普段使ってないところを酷使するから少し大変や」

 

 俺達が雑談に花を咲かせる中でルカは頬杖をついて、窓から外を見ていた。笑うこともなく黄昏れるように無言で外を見ていた。

 

「ルカ。なにかあったか?」

「ねぇカオリ。私がしてきたことってなんだったんだろうね」

「は?」

「なんでもない。忘れて」

 

 そんな話をしているうちに、外の景色が白銀の世界に変わっていく。吹き荒れる吹雪と凍てつく氷の大地。それは魔族領の景色だった。その雪景色が俺達が魔族領の領空へと踏み入れたことへの証明。モモとの再会が間近に迫っているという現実を突きつける。

 

「……これじゃあ草木も育たねぇな」

「そうだよ。だから魔族は貧困なんだよ」

「なるほど」

「ただ悪い側面だけやないと思うで。こんな土地だから魅力もあらへんし、なにより攻める時のコストが高すぎるねん。せやから反魔族感情の強いエルフもわざわざ攻め込まへんで国境線付近の防衛に徹しとる」

 

 ルイス姉が指を差す方向には大きな壁と要塞があった。あれが難攻不落とされるフォロボシア要塞だ。フォロボシア要塞は常に多くの兵と十二座の八の座であるメイヤスを常駐させている。だからこそ魔族は海を通るか空を飛ばぬ限り、エルフ領に入ることすら出来ない。

 

「このフォロボシア要塞が事実上の国境やね。ここが落ちたら血で血を洗う地獄になるで」

 

 それにしても見てるだけで寒くなってきた。よくこんなところで生活ができるものだと思う。ただこの地理ならば魔族が定期的にエルフに戦争を仕掛けていたとしても不思議ではない。なにせ草木の育つ土地に温暖な気候。それだけで魅力的だ。

 しかし魔族は攻める動機があるのに対して、エルフ側は攻める旨味もなければ地理的にも攻めづらい。なにせ環境そのものが侵略者にとっての最大の障害だ。草木は育たないため、食料を現地調達することは困難。さらに極寒の気候は兵士の士気を著しく下げるだろう。

 

 もしもこの地で戦うならば膨大な補給が必要だ。エルフにとって、わざわざここに攻め込む理由がないわけではないが、そのために必要なコストとリスクがあまりに高い。少なくとも憎悪だけで戦争を仕掛けるには少し重すぎる。

 だからこそエルフは魔族領への侵略を断念し、国境付近の防衛を選ぶ。それ故にエルフはいつまで経っても魔族の首都を落とすどころか到達すら出来ない。その結果が魔族を嫌っているのに魔族を滅ぼさず、泥沼化という事態を招いているのだろう。

 

「おい。あれ!」

 

 そんな中で一箇所だけ不自然に氷が溶かされ、緑溢れる土地があった。その土地の中央には街と城が存在している。あそこが間違いなく王都だと不思議と確信が持てた。

 

「どうやったらああなるんだよ」

「行けば分かるやろ」

 

 ルイス姉がジェット機を少し離れた場所に着陸させ、降りると同時にそれに触れて収納スキルでしまっていく。俺達としても、着地時に周囲の草木を薙ぎ払うことに少しだけ気が引けたし、なにより大きな騒ぎにしたくなかった。

 

「ルカ。少し歩くけど問題あらへん?」

「うん。全然平気だよ」

「そっか。もしなんかあったらいつでも言ってな」

 

 それから俺達は魔王城が佇む王都を目指して雪山を歩いていく。雪山と言ってもほぼ断崖絶壁。そこの僅かな凹凸に足をひっかけて、蟹歩きで進んでいく。

 この雪山はかなり過酷だった。吹雪のせいでほとんど視界は機能しない。風が吹く度に皮膚を裂きそうになるほどの冷たさが襲う。ここは間違いなく人が歩くようなところではない。歩くのは自殺志願者くらいなもの。そんな道を俺達は歩いているのだ。

 

「ルイス姉。ルカになんかあったのか?」

「読心のスキルを持っとるわけでもないし分からへん。ただ気にはかけといてな」

「ああ」

 

 そんな話をしてる中でルカが崖から足を踏み外し、下へと転落した。

 しかし途中で指を岩肌に食い込ませ、そのまま自分の身体を一回転させて何事もなかったかのように元いた場所へと戻ってくる。俺も同じことはできるだろうが、こうして客観的にみると随分と出鱈目なことをしてるのだと実感させられる。

 

「怪我はあらへん?」

「全然平気。いくら幼女になったって言っても、この程度の事故じゃ怪我も出来ないから」

 

 ルカはどこか心ここにあらずだ。それこそ足を踏み外すなど本来のルカならばありえない。もちろんこの程度の環境ではルカならば大した危険がないため、気が抜けてる部分もあるのだろうが……

 

「ルイス姉は特に気をつけろよ。俺達みたいな身体能力があるわけでもねぇんだから」

「わかっとる。そんなヘマはせえへんし、万が一があったら鉄箒を使ってなんとかするで」

 

 ルイス姉に冗談交じりに言った。そうは言うがルイス姉だけは少しだけ息が上がりだしている。なにせルイス姉は身体能力だけは普通の人の域を出ない。この環境はルイス姉にとって相当過酷なものだろう。

 

「ルカ。チョコでも食べへん?」

「いらない」

「カオリはどうや?」

「おう。もらうもらう」

 

 それにも関わらずルイス姉は俺達を気遣っている。ただ正直言ってルカが不安だ。ふと目を離したらふらっとどこかに行ってしまうような怖さがある。だからこそ俺もルイス姉も雪山だけに集中出来ない。その状態は非常に良くないだろう。取り返しのつかないことが起こりかねない。

 

「なぁルカ」

「なに?」

「悩みがあるならいつでも言えよ」

 

 改めて思えば、俺はルカのことをなにも知らない。彼女が強いということしか知らない。彼女が今までどんな人生を歩んできたのか。なにを想って異端審問官になったのか。そういったことを知らないのだ。

 

「カオリ。獣や」

 

 俺は進化したロストベリーを抜こうと手をかける。視線を上へと向ける。上の方からは熊が降りてきていた。紫色の大熊が俺達を喰らわんとばかりに崖を下ってくる。

 

 しかし俺がロストベリーを抜くことはなかった。それより先にルカの指弾きによる空気砲が熊の頭を弾き飛ばしたのだ。そのまま力を失った熊は谷底へと落ちていった。

 

「大丈夫。私がいるから」

「……ほんま心強いな」

 

 ルカは先ほどから一切笑わないし、怒りもしない。ただ無表情で返答し、必要なことだけをする。その様子が俺達の不安を駆り立てていく。もしルカの態度に心当たりがあるとすればルイス姉が魔王になるという話だけだ。しかしそれに対してルカがなにを想ってるのか俺達には分からない。

 

「……ねぇカオリ」

 

 山の絶壁を歩く中でルカが言葉を漏らす。俺はそれに耳を傾けた。

 

「もしもさ。世界を統一するとしたら誰が一番良い方向に導けるのかな?」

「それは……」

「正直言って私はルイスだと思う。ヤミ国のために今まで人を殺してきた私の行為はなんだったんだろうね」

 

 ぽつりとルカが思いの丈を吐露していく。ルイス姉は意図的にルカの言葉を無視する。俺はルカの言葉になんて返せばいいのか分からなかった。

 あのアガルタを見たあとではルイス姉こそが正解に思えてしまう。もしアガルタを標準とするならば、それはヤミ国を無くすということでもある。しかしアガルタが良すぎるあまりに悪と言えないのだ。

 

 ようやくルカの抱えてるものが腑に落ちた。ルカは自分の在り方を疑っているのだ。異端審問官としての自分。ヤミ国に仕える自分。それが正しいのか疑念を抱いている。もしかしたら今までの自分が積み上げてきたものが無駄だったのではないか。そんな想いがあるのだろう。

 

「……これから会うのは魔王モモ。もしもルイスと同じように賢いなら、誰に従えば世界をより良い方向に導いてくれるんだろうね」

「それはどんな世界にしたいか次第だろ。メイもルイス姉もモモも思い描くゴールは別物だ。誰のゴールが自分の理想に近いかって話だ」

 

 こればかりは正解がある問題でもない。なにをもって良いとするかによって答えは変わってしまう。ルイス姉の思い描く世界は理想ではあるが、ルイス姉の気分次第で滅ぶ世界だ。それでも良いと思えばルイス姉を支持すべきだし、違うと言うのならば対立すべきだ。少なくとも俺はそう思う。

 

「俺は正しいとかどうでもいいと思う。自分さえ良ければそれで良しだ」

「それは身勝手だよ」

「身勝手でなにが悪い。誰かに迷惑かけてるわけでもないだろ。それに俺達は奉仕する義務があるわけでもなければ、世界を良くする使命を与えられたわけでもない」

 

 たしかにアガルタの方が理想的だった。ルイス姉が先頭に立って世界を統治する。その方が人類のためになるだろう。だけど、それはルイス姉を支持しなければならない理由にはならない。

 

「もちろん手の届く範囲で出来ることはする。だけど手が届かないなら仕方ないだろ。誰かを助けるというのは善意でやることであって、義務じゃない」

 

 ルカは1人で抱え込みすぎなのだ。俺にはルカの抱えてるものが分からない。ただルカはやけに正しく在ることに固執しているように思えた。それがきっとルカを苦しめているのだろう。ルカは自分の行いが、自分の描く正しさとズレてきているから。

 

「俺達は聖者じゃなくて人だ。気高く振る舞う義務もなければ、道徳的である必要もない。人より優れてるからって理由でどうしてそこまで求められなければならないんだ」

「……カミーラと同じことを言うんだね」

「ルカはこれからモモにも会う。それでモモとも話して、誰が一番理想に近いのか見定めればいい。誰に任せるのが正解かっていうのはルカが決めることだ」

「……そうだね。ありがとね」

 

 俺達は黙々と山を登っていく。途中で何度か獣の類も出てくるが、俺が反応するよりも先にルカが退治していく。山を登るにつれ、ルイス姉は雪山に限界を覚え、俺が背負うことになる。

 吹雪と獣が俺達を削っていく。しかしこの程度で止まるほど俺は弱くない。少し前の俺ならば弱音くらい吐いていただろう。でも今の俺は違う。このくらいならば屁でもない。

 

「ルカは大丈夫か? 2人くらいなら背負えるぞ」

「うん。いくら幼女でも自然に負けるほど弱くなってないから平気」

 

 そんな会話をしてるうちに山の中腹へと到達した。そこは少しだけ開けた場所であり、魔族の村があった。俺達は少しだけ警戒しながら村へと近づいていく。なにせルイス姉はエルフであり、現在進行形で戦争中の種族だ。それこそ姿を見られるなり攻撃されてもおかしくはない。

 

「……待ってたよ」

 

 人の声がした。爽やかさを感じさせるような男の声だった。

 顔を上げると、そこには黒い甲冑に身を包んだ男がいた。一言で言うならば暗黒騎士。顔も見えない男は漆黒の剣を静かに構える。

 その黒騎士の姿を見てルカの足が止まる。ルカは口元に手を当て、静かに息を呑んだ。彼の姿を見て、ルカの表情が一気に明るくなっていく。

 

「うちは敵対の意思はないで。ヤミ国のメイ第二王女様から親書を届けに来ただけや」

「うん。知っているよ」

「そんなら……」

「僕は四天王ハート。魔王モモから任を受けて、君達が本物か確かめろって言われてね」

 

 ああ。そういうことか。たしかに変化のようなスキルで第三者が俺達に化けている可能性もある。そうなれば面倒なことになる。だから確かめる必要があるのだ。その確かめ方は簡単だ。

 

「聖女ルイス……もしも君が本物ならば僕は負けると魔王モモは語った」

「たしかに合理的やね。ええよ。その喧嘩買った……」

「待って。彼の相手は私にやらせて」

「君は……」

 

 ルカの言葉に対して兜越しにハートが首を傾げるのが分かる。なにせ今のルカは傍から見れば幼女だ。その幼女が戦うというのは疑問を覚えて当然だ。世間一般では幼女というのは弱者なのだから。

 

「カミーラの相手は私がやる。これは誰にも譲りたくないから」

「カミーラ?」

「お願い。私にやらせて」

「ルカがそう言うんやったらいいけど……」

「ありがとう」

 

 ルカはそう言うと静かに前に出た。そんなルカは僅かな怒りと期待が混じったような表情をしていた。

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