カミーラが私の前に現れた。まるで闇堕ちした勇者のような格好で四天王を名乗って。そこに不安はなかった。
私のカミーラはなにがあっても道を間違えない。きっと彼は魔王モモに魅せられてしまったのだ。なにせ彼女はルイスの妹。そういうカリスマ性があってもおかしくない。彼は自分の正義に従った結果として魔王に下ったのだろう。
ただ幼女になったといえど、私のことに気づかないカミーラに腹が立った。だから一発だけぶん殴ろうと決めた。あれほどの告白をしておいて、会っても気づかないなんてありえない。本当にふざけてる。
「君は……」
「大丈夫。すぐ思い出させてあげるから」
今まで心を支配していたモヤモヤも全て消えていく。ただ純粋に殴り飛ばしたいという衝動が強くなる。何度でも殴って殴って殴って……私のことを思い出せてやる。
「忘れたなんて死んでも言わせない」
指輪から暴食のハルバードを展開して構える。その姿勢を見てカミーラの剣を握る力が強くなる。私は駆け出して、カミーラに全力の一撃を躊躇うことなく叩きつけた。私の攻撃をカミーラは剣1つで受け止めるが、衝撃に耐えきれず山が大きく揺れる。
「……僕は君によく似た人を知ってる」
「当たり前じゃん。忘れたなんて言ったら本気で怒るからね」
そのまま蹴りを叩き込んで似合ってもない甲冑を叩き壊す。甲冑の下に隠されていたのは金髪碧眼《へきがん》の顔。非常に整った顔に爽やかさすら感じさせる笑み。まさしく私の知るカミーラの顔だ。
「……強いな」
私はずっとカミーラに会いたかった。カミーラのいない世界で生きていく意味すら見出せなかった。何度も何度も死のうと思った。
幸せになる度に心が締め付けられるようだった。カミーラのいない世界で幸せになろうとする自分に嫌悪した。
私は生に執着していない。しかし罪人である私に死んで逃げるなんて真似は許されない。私は贖罪として自分の全てを世界のために捧げる義務がある。
だけど私は下手くそだから上手くやれない。きっと私は自分の正義に従っても間違った方向へといってしまう。だから私という道具は頭の良い人が行使すべきだった。
だからメイに全てを委ねた。しかし私の心が叫んでいる。ルイスの方が上手くやれると言っている。私は再び間違えた。贖罪が出来なかったのだ。ただ無意味に屍を積んだだけだったのだ。
「だけど今の君には負けてやれないな」
カミーラの剣が私の頬を掠った。その光景を見てカオリが驚きの表情を見せる。きっと私が攻撃を受けるところなんて想像していなかったのだろう。だって彼の中の私は最強の形をしているから。私を最強だと思っているから。
掠められた頬が痛い。心地良い痛みだ。彼の放つ斬撃だから気持ちが良い。
私は反射的に一歩だけ下がる。それに対してカミーラは迷うことなく追撃する。まるで私の動きを完全に読めているようだ。
「煌」
指で空気を弾いて周囲一帯を吹き飛ばす。しかしカミーラには届かない。カミーラは煌を正面から斬り伏せた。あぁ……やっぱりカミーラは強いな。
「……これはルカの負けやね」
「え?」
「相性の問題や。あの男はルカについて知りすぎとる」
「俺も加勢した方が……」
その一言にカチンとくる。私は怒鳴り声をあげてカオリを牽制する。このデートだけは誰にも邪魔させない。私とカミーラの間に入らせてやるものか。
「カオリ! もし彼との間に割って入るような真似したら本気で殺すから!!」
私は幸せになってはいけない。幸せになれないと思っていた。そんな中で現れたカミーラ。彼の存在が私に生きる意味をくれる。彼がいるだけで自分が肯定されたような気分になる。
カミーラがいると全てがどうでも良くなる。私の罪も積んできた屍も間違って歩んだ道もどうでも良くなる。そんなこと知るかと開き直れるようになる。私はカミーラと一緒に――未来を生きたい。カミーラと生きるためならば
「……遅いよっ!」
地面を蹴り、そのまま跳躍してカミーラの上を取って煌を連打していく。しかしカミーラは煌を全て斬り伏せた。そして私を追うように跳躍していく。
私はカミーラの腕を掴もうと手を伸ばす。その瞬間にカミーラは剣を手放した。禍々しい紫の剣はそのまま地面へと落ちていく。その唐突な行動に一瞬だけ私の動きが止まった。
カミーラが私の手首を掴み、自分の胸元へと抱き寄せる。その瞬間に全身の力が抜けた。暴食のハルバードが彼の剣を追うように落下していく。ずっと彼の体温を感じたかった。彼にこうしてほしかった。
「遅くなってごめん。ルカ」
「……ずっと会いたかったよ。カミーラ」
そのまま私達2人は地面へと落ちていった。もう互いに離さないと言わんばかりに強く抱きしめて。
私はカミーラに勝てなかった。あの時と同じだ。私の動きが全て読まれて捌かれていく。カミーラという男は私に負けることは絶対にない。だってカミーラは私を愛してるから、私のすることが全て分かるのだ。そんな相手に勝てるわけがない。
「遅いよ……カミーラ」
2人で地面へと叩きつけられる。私もカミーラも身体は頑丈だ。少し落ちたくらいで怪我なんかすることはない。
私はカミーラの胸に頭を預けて泣き言を言う。もっと早くカミーラと会いたかった。冷凍保存から目覚めた時にカミーラの顔を見たかった。何度も嫌な思いをした。その度にカミーラに甘えたかった。
「今までなにしてたんだよ……馬鹿……」
「……ルカ。生きてたんだな」
「当たり前じゃん。カミーラと結婚するまで死なないって決めたもん」
あの約束を時効とは言わせない。カミーラは魔王ウシカゲを倒したら結婚すると言った。私はカミーラをそのまま力いっぱい押し倒す。それに対してカミーラは少しだけ動揺を見せる。
「ルカ?」
「それはそうとカミーラ。私を放っておいてどこでなにをしてたのかな?」
「そ、それは……」
「根掘り葉掘り説明してもらうから。納得いかないものだったら許さないから。他の女と遊んでたとか言ったら殺すから」
カミーラがいない天国よりもカミーラがいる地獄の方がずっと心地良い。もしもカミーラとそれ以外だったら私はカミーラを選ぶ。私はカミーラを愛している。私は彼に私を人に戻した責任を取らせると決めている。
「……もう二度と私から離れないで。私も絶対にカミーラを離さないから」
「わかった」
一戦を終えた私はカミーラと共にルイス達の元に戻っていく。
私はカミーラの隣を歩きながら未来について考える。カミーラの顔を見ていると今までの悩みが嘘のように吹き飛んだ。それこそカミーラと暮らすならアガルタとヤミ国のどっちが良いかってことや子どもの名前をどうしようかなんてことばかりを考えてしまう。もう正義とか責任とかどうでもいい。私はカミーラといられるなら、それだけで満足だ。
「ねぇカミーラ。私がもう二度と戦わないって言ったら怒る?」
「怒らない。そうしてほしいと思うよ」
「そっか」
「そのためにも僕が魔王ウシカゲを倒さないとな」
私の足が止まる。間もなく私の世界から音が消えた。頭がフリーズする。先ほどのような甘い妄想も幸せの形も魔王ウシカゲという単語が全てを壊した。
魔王ウシカゲはカミーラが倒したはずだ。だから世界に青空が戻った。私はそう思っていた。
すぐに言葉の意味を理解する。カミーラは魔王ウシカゲを倒し損ねた。ルイスも魔王ウシカゲが生存してる可能性は語っていた。もしも死んでいるならばリアルが魔王ウシカゲを駒として行使している。そうしなかった以上は生存も可能性として残っていた。
「……やっぱり私はまだ戦うよ」
まだ私は幸せになれない。幸せになるのは少し後回しだ。私はなんとしてでも魔王ウシカゲを殺さなければならない。そこだけはカミーラにも譲れない。あいつだけは私がこの手で殺さないと腹の虫がおさまらない。誰かの手であいつが殺されるなんて納得しない。黙って見ているなんてことは出来ない。これは私がやらなければならないことだ。
「ねぇカミーラ。復活した魔王ウシカゲを倒したらさ――今度こそ結婚しようよ」
「ああ。そうだな」
「大丈夫。次は殺し損ねないから」
そうして私達はルイス達と合流した。ルイス達は既に火起こしをして、私達が戻ってくるのを待っていた。私は目線でカミーラに先に座るように促す。それに対してカミーラがなんの疑いもなく腰掛けたので、彼の膝の上に乗る。
「……ルカ。なんでハートの膝の上におるん?」
「それは私の旦那様だからだよ。あとハートじゃなくてカミーラね」
「待て。カミーラってあの勇者カミーラ!?」
「他に誰がいるわけ?」
カオリは大げさに反応する。それに私はクスクスと笑う。カミーラと会ってから不思議と世界が輝いて見える。それこそずっといたいと思えるほどに心地良い。こんな雪山の中だというのに何故か暖かくて安心する。
「カミーラ……女の名前なのに、なんや男なんか」
ルイスの発言に少しだけ不愉快になる。今の言動は相当失礼だ。そもそも彼女の弟であるカオリという名前の方が大概だろう。名前をネタにするのは相当失礼極まりない。この女は常識をどっかに落としてきたのか。
「まず僕から1ついいかな?」
そんなルイスの無礼な言動をカミーラは苦笑いで誤魔化して、別の話題に切り替える。ルイスは何故か少しだけいじけながらも、カミーラに話を続けるように促す。
「ルカが幼女になってるのは転生ってことでいいのかな?」
「違うよー。なんか変な呪いを受けてこうなっちゃったの」
「せや。そんで聖剣エクスカリバーがあれば呪いが解けるんやないかって話やったんやけど……あんたがカミーラだとして聖剣はどないしたん?」
私はカミーラの剣に視線を向ける。私の知る青い剣でもなければ、英雄譚で語られるような金色の剣でもない。もっと禍々しい紫色の剣だ。なんかあったのだろうとは思っていたけれど、その経緯は少しだけ気になる。
「魔王モモに預けてるよ。なんか少しの間だけ貸してくれって言われてね」
「カミーラにとって大事なものだったんでしょ? いいの?」
「あんまり納得はしてないけどね。まぁでも上司である以上は仕方ないし……なにより彼女なら変な扱いはしないだろう」
カミーラが私の頭を撫でる。何度も感じたいと思った温もりが私の心を溶かしていく。こんな状況なのに今の私は世界で一番幸せだ。私なんかがこんな幸せになってもいいのだろうかと不安になってくる。
「それじゃあその剣はなんなんや?」
「偽剣カリバー。魔王城で眠っていたエクスカリバーの模造品さ」
「ふーん」
正直言って武器はどうでもいい。そもそもカミーラはなにを持たせても強い。エクスカリバーだけが彼の全てじゃない。
「それよりも俺はルカとカミーラの話を聞きたいんだが」
「へぇー。私達の関係にそんなに興味あるんだ?」
「まぁええわ。政治の話は明日にして今はあんたらの惚気を聞いたる」
それから私はカミーラの話をしていく。2人にカミーラの自慢をしていく。彼が吐いた愛の言葉を伝えていく。それはとっても幸せな時間だった。
* * *
ルカ達が寝静まった後で俺はルイス姉と話す。あの場では口に出さなかったが俺達はこの状況を楽観視していない。俺もルイス姉もモモに親書を届け、そのまま円満に話し合って終わりになるなんて思ってもいない。恐らく政争になる。メイとモモでどっちが主導権を握るかの戦いになる。そんな覚悟をしている。
「ルイス姉。どう考えてもカミーラが女なわけないやろ」
「万が一の可能性もあるやろ。アーサー王や織田信長も女なんやし」
「そんなわけないだろう。アニメ文化に侵されすぎだ。あまりに恥ずかしいから絶対に人前で言うなよ」
俺達はモモのワンマンチームだと思っていた。その認識で動いていた。しかし蓋を開けてみれば何故か現代に生きている勇者カミーラまでもモモに手を貸していた。その上でモモによるエクスカリバーの没収。俺達がされたくない一手を見事に打たれている。
「しかしこの感じやとモモに完全に先回りされとるな」
「やっぱりそういうことだよな」
カミーラがエクスカリバーを持ってたらルカの幼女化が解除できる。それを防ぐためにモモは没収した。そう考えるのが自然だ。しかし同時にモモがルカの幼女化について知っていることにもなる。その情報はモモが知る由もないものだ。
モモには知る由もない情報を知る経路がある。そうなれば情報というアドバンテージが通用しない。どこまでモモが情報を握っているか把握が出来ない。
「ルイス姉はモモがルカを元に戻すと思うか?」
「逆にカオリがモモの立場でルカを戻すん?」
「……戻さない」
何度考えても魔王の立場では、ルカを元に戻すメリットがない。外交するにしてもルカがいない方が有利に進む。ルカがいるだけでヤミ国に武力のアドバンテージが生まれている。それを理解できないほどモモは馬鹿な相手じゃない。必ず潰してくるはずだ。
「まぁエクスカリバーの所在が分かっとるだけ前進と見るべきやな」
「そうだな」
もっともルカの幼女化を解決する兆しは見えた。絶対に治らないものでなくなっただけ良しとしておくべきだ。
今は誰が見ても魔族にとって都合が良い盤面。しかしルカの幼女の件はモモが仕組んだわけではない。リアルという女がやったこと。それにも関わらず一番の利益を得ているのがモモ。世界がモモにとって都合が良いように動いていく。そうなってしまうのがモモなのだ。
まさしくメアリー・スーだ。だからモモは怖い。
「夜分遅くにこんばんは。それとも久しぶりというべきかな?」
そんな話をしてると暗闇の中から1人の幼女が吹雪の中から現れた。色素の抜け落ちた髪に真っ黒な瞳をした幼女。しかし瞳は無垢さもあどけなさも感じさせない。政治家の瞳をした幼女――俺達の妹であるモモが。
「降臨祭で会ったばっかやろ」
「そうだね。とりあえず魔族領まで足を運んでもらってありがとうね」
モモが俺達の傍に腰掛ける。まるでモモは俺達がここにいるのが分かっていたようだ。文字通りの神出鬼没。久々の家族全員での再会だと言うのに感動の涙もなく。淡々と話が進んでいく。
「まず1つ答え合わせをしよっか」
「答え合わせ?」
「私のスキルは"模倣"だよ。一度攻撃を当てた相手のスキルを
「なんだよ! そのチートスキル!?」
「……お兄ちゃん。もう夜中だし静かにしなよ」
「え、俺が悪いの?」
「うん。お兄ちゃんが悪いよ」
明かされたモモのスキルはどう聞いても強すぎるものだった。ただの模倣ならまだしも、強化した上で模倣するとはなんなのだ。つまり完全な上位互換として相手するようなものではないか。
「まぁそれで転移のスキルを複製して降臨祭とかに顔を出したわけ。交通手段の謎は解けたかな?」
「せやね。ただうちはエクスカリバーを没収した理由の方が知りたいねん」
「それはお姉ちゃんが推察してる通り、ルカの幼女化を解かせないためだよ。幸いにも全知のスキルを模倣する機会があったから幼女化については知れたしね」
「……もしかしてスキルって戦闘より政治に活用したほうが活きるんじゃねぇかな?」
「そうかもね。ちなみにお兄ちゃん達の動きは全知で追跡してたから知ってるよ」
俺達の疑問が丁寧に回収されていく。そもそも全知のスキルとはあまりにチート過ぎる。モモなんて大概なんでもありなのだから、そんなの持てば文字通りの全知全能ではないか。もはや誰の手にも負えないだろう。
「カミーラを配置した理由はなんや?」
「ルカさんとの顔合わせだよ。かつて恋人だった2人が魔王城で会ったら互いになんて声かけたらいいか分からなくて戸惑うと思わない? だから事前にカミーラにはルカのことを明かさずに先行させたの」
「明かしても良かったやろ」
「私はロマンチストだし、そんな水を差すようなネタバラシはしないよ。それに知って待ってたとしたらクズでしょ。恋人がいることを知ってて迎えにいかなかったクズになっちゃう」
「たしかに……」
「そうなったら絶対にルカさんはキレるよ。私も同じ真似されたらキレるしね。だから敢えて教えなかったんだよ。不用意な揉め事にしないためにもね」
ただ正直言ってカミーラだけを先に行かせてくれたのは俺達としても大助かりだ。
モモだけでも手一杯なのに、そこに勇者として知られるカミーラまでいましたとなればなんの話をしていいか分からず渋滞してしまう。モモの事だし、その配慮もあってカミーラを差し向けたのだろう。本当にモモの気遣いには頭が上がらなくなる。
「もちろんアガルタのこともちゃんと全知で把握してるから安心してね。お姉ちゃんが皆に隠してることも含めて全部知ってるよ」
「……モモはこれからどないするつもりや?」
「逆に聞くけどお姉ちゃんはどうしてほしいの?」
モモは魔王になった。しかし肝心なところが常にぼかされている。なんで魔王になったのか。魔王になってなにがしたいのか。そういった事情が一切見えてこない。だからこそ俺達もどう接すればいいのか分からない。
「だって今の魔王はお姉ちゃんなんだからさ。私は言われたとおりに動くよ?」
その言葉に俺は自分の耳を疑った。
ルイス姉は驚く素振りを見せることなく、静かに手元のスープを口に運んだ。