「ルイス姉。本当なのか?」
「一方的に押し付けられただけや。うちは正式に受け取らんで」
空気がピリつく。全員が互いに腹の中を探り合っている。俺達はモモの事情をなにも知らない。それなのにモモだけが俺達の事情を知っている。俺達の知らないところでモモによって展開が一方的に進められていく。
「……モモ。どうしてルイス姉を魔王にしようとしている?」
モモは聞けばなんでも答えてくれる。しかし聞かれてないことには答えてない。聞かなかったこっちが悪いで話を進められてしまう。
だが同時に全てを聞いても俺達が情報を処理しきれない。だからこそ今は一番俺達に関係のあるところに絞って問い詰める。
「それはお姉ちゃんに強くあってほしいからだよ。端的に言うなら私はお姉ちゃんに世界を統一してほしいわけ」
「そんなことをする利点がモモにあるのか?」
「あるよ。お姉ちゃんが世界を変えてくれた方が私は生きやすい」
アガルタを見た後だとモモの言う事を否定できない。モモはルイス姉に世界を与え、文明を急激に加速させてくれと言っているのだ。電気が使え、ネットが普及している世界の方が生きやすい。それは俺でも理解出来るものだ。それを目指すならばルイス姉に世界を与えてしまうのが最短だ。
「お姉ちゃんが世界を征服したら。お姉ちゃんの基準で世界が動く。ロリ系のエロゲが規制されることのない世界が来るんだよ?」
たしかにそうだ。ルイス姉の基準ならばそういうことだ。ルイス姉は創作に現実を持ち込むような価値観はしていない。創作と現実は分けて考えている。つまり表現の規制が一切ない世界になるのだ。それはなんて素晴らしい世界なのだろうか。
うーん。もしかしてルイス姉に権力を集中させて好きに振る舞わせた方が良いのではないだろうか。少なくとも俺はモモの一言で反対する理由がなくなってしまった。
「なぁルイス姉。俺もルイス姉が世界征服した方が良いと思う。絶対にそうすべきだろ」
「……メイが世界を牛耳ってもそこの規制は緩くなると思うけどな」
「あ、そっか」
「メイ第二王女様じゃ駄目だよ。科学力が足りなくて通信インフラの整備が遅れるから、お兄ちゃんの望む世界は来ないよ」
反論の余地を探そうとするが一切出てこない。たしかにメイも信用できる。しかしメイに任せたらインターネットが当たり前の世界なんて何年先になるのかという話である。やはりそういうことをやらせるならばルイス姉が最適解なのだ。
「まぁともかくさ。私にとってもお姉ちゃんが指揮した方が都合が良いから、全てのリソースを与えるわけ。魔王って肩書きがあれば一気にパワーバランスがお姉ちゃんに傾くと思わない?」
「そうだな」
もしも魔王になればヤミ国内の発言力も今までと比べ物にならないほど増すだろう。もう誰もルイス姉を無視できない世界になる。モモはそうしようとしているのだ。ルイス姉を勝たせるお膳立てのために魔王の地位を使っているのだ。
「ただモモにとって魔王の座はそんな簡単に手放してええんか?」
「そこは気にしなくていいよ。私は代わりがいないからやってるだけの繋ぎだしね」
繋ぎ。その言葉が妙に引っかかる。魔族が魔王をどのように選定しているか知らないが、モモは魔王として世界に宣戦布告した。そもそもモモが理由もなく魔王になるとは思えない。今は魔王に執着してないとしても、魔王になった理由はあるはずだ。
「それに正直言って内輪揉めしてる場合じゃないんだよ。本来ならさっさと頭を決めて魔王ウシカゲに備えなきゃいけないの」
「どういう意味だ?」
「近いうちに魔王ウシカゲが復活する」
「――は?」
魔王ウシカゲ。勇者カミーラが倒したとされる存在。世界で最も有名な悪にして災厄。それが復活するとモモが語ったのだ。
「少なくとも私、お姉ちゃん、ルカ、カミーラ、お兄ちゃん、メイ第二王女、リアル、ジーク……それらの戦力が啀み合うことなく協力関係を結んだ上で対応に当たりたい。だからヤミ国やアガルタと争ってる暇なんてない。そんな猶予はもう世界に残ってない」
「だからルイス姉を勝たせて、さっさと終わらせて次に行きたいってことか」
「そういうこと。もちろん勝たせるのはヤミ国でもいいけど……正直言ってお姉ちゃんが素直に退くとも思えない」
この中でモモだけが見ている盤面があまりに違う。世界のためになにをすべきか理解したうえで動いている。俺はモモにそんな印象を抱いた。
「なにより私はヤミ国がこのまま世界を治めるのは――支持しないからね」
「……そうか」
「まぁとりあえず積もる話は魔王城で話そっか。だから今日のところはここらでお開きにさせてもらうから……待ってるね」
そうしてモモは俺達に背中を向けて、その場を後にした。
モモに圧倒されることしかできなかった。あの会話はルイス姉とモモの2人だけのものだった。俺は聞くことは出来ても、選択肢を持てなかった。俺がなにを選んでも大局には影響しない。自分は舞台に上がれてないのだと実感させられた。
◆ ◆ ◆
「おはよー」
しばらくして日が昇り、ルカ達が起きてくる。
俺は自分になにが足りないのか自問自答する。アリスに勝てるくらいに強くなった。それなのに影響力を獲得出来ていない。どうすればあのような舞台で役割を持てるのか。そんなことばかり考えてしまう。
「昨日の……モモちゃんとの会話。聞いてたよ」
「寝てたんやろ?」
「最高戦力の私が、魔王が来てるのに気付けないで寝てたら大問題でしょ。そういう場面ではちゃんと起きるよ」
そりゃもっともであるが……脅威が訪れた時だけピンポイントで起きるなんていうのは常識的に考えて不可能だ。その不可能を実際に出来てしまうのだから凄いと思う。
「……ちなみに私はモモちゃん寄りかな。本当にウシカゲが復活するならこんなことしてる暇なんてないね。正直言って備えられるなら一刻も早く動き出したい」
「そういえばルカは一度ウシカゲと戦ったことあるんやっけ?」
「うん。強い存在ではないけど――いくら警戒しても足りないと思う。それに絶対に負けは許さないから事前に出来ることは全部しておきたい」
「なるほど」
「ただ正直言って今は情報が足らなすぎる。そういうのはメイも交えて話すべきだよ」
「せやね。そのための親書だもんね」
「そうそう。モモちゃんだけで決めないでちゃんと話し合って決めなよって話だよ」
ルカの言葉で自分の中で抱えていたもやもやが言語化された。モモが全て1人で決めることに違和感を覚えていた。その上でモモの言うことはあまりに正しくて、俺の意見など介入する余地がないことにもやもやしていたのだ。
モモの言ってることは正しいが過程が正しくないのだ。少なくとも行動に移す前に当事者には説明する責任があるはずだ。もしもこの場で俺に役割があるとしたらモモを引きずり出して、全員に納得のいく説明をさせることだろう。
ルイス姉が魔王になるべきだとしても、どうしてルイス姉が魔王になるのが正しいのか説明して、理解してもらった上で進めるべきだ。
「それでカミーラはモモの意見に対してどうなの?」
「正しいかどうかはさておき……魔王ウシカゲを倒すなら一番合理的だと思う」
「なるほど」
「彼女は強い。正直言って彼女抜きで魔王ウシカゲと戦うなんて考えたくないね」
「……そこは同感。もしもモモが加わってくれれば攻略が一気に楽になるね」
ルカとカミーラは既に思考が政治ではなく、打倒魔王ウシカゲへと変わっている。それこそウシカゲさえ倒せるならば他はどうでもいいと言わんばかりの切り替えだ。
「正直言って僕の見立てではルカとモモの2人が連携すれば勝算は十分にあると思う。だから僕はルカとモモさえ残っていれば構わない」
「私はそこにメイも加えたいかな。彼女の治癒があると確実性が増すと思う。いくら戦闘力が高い人を揃えても初見の攻撃で分からん殺しされたら終わりだよ」
「たしかに……そうなると僕たちのやることはメイとモモの間を取り持つことになるね」
「うん。それが最適解だね」
しかし2人のウシカゲに向けた殺意の熱が凄まじい。それこそなにがなんでも殺す。全てを犠牲にしても殺すと言わんばかりの熱だ。
「ただ駒は多いに越したことはあらへん。なにが起きてもおかしくない相手なんやろ?」
「そうだね」
「とりあえず今はウシカゲのことは一旦置いとき。ここでどう立ち回れば戦力を残せるかってことだけ考えた方がええよ」
魔王ウシカゲに関しては俺は御伽噺の範囲でしか知らない。だからこそモモやルカの警戒には少しだけ乗りきれない部分があった。
それよりも俺が引っかかるのはモモが言ったヤミ国を支持しないという部分。そもそもモモは最終的にどうしたいのだ。魔王ウシカゲを倒すまでは良いとしても、その先をどう考えているのだろうか。
「それでこれから魔族領王都に直接行く形でいいのかな?」
「うん。僕はモモに案内役を任されたからね」
それから俺達は雪山の中腹にある洞窟をくぐり抜け、王都を目指していく。
「なんていうか山を超えると言ったら、山頂まで登るイメージがあったから……少し拍子抜けだな」
「アホちゃう? どこでそんなイメージついたん?」
「だって山と言ったら越えるものだろ」
ルカは昨日からやけに上機嫌だ。少なくともカミーラとの再会はルカに良い影響を与えてるようにみえる。しかし喜んでばかりもいられない。なにせ俺達はこれからモモと改めて話をすることになる。なんの考えもなしにいったら丸め込まれて終わりだ。なにせモモが描く結末が俺達にとっても一番良いものであるとは限らない。
「カオリ。もっと肩の力を抜いてこうや。悪いようにはならへん」
「ねぇルイス。悪いようにはならないってそれは貴方だけの話で私達にとっては違うんじゃない?」
ルカが核心を突くような一言を言い放つ。意識はモモばかりにいきがちだが、ルイス姉も油断ならない。モモに気を取られ過ぎてルイス姉の一人勝ちなんてことも十分にありえる。むしろその可能性が一番高いと言える。
「逆に聞くけど、あんたらはどうなったら満足なの?」
「私はウシカゲを殺す戦力を充分に集めた上で一枚岩になれたら満足。それ以上は望まないよ」
「ならうちの思い通りになっても大きな問題はあらへんやないか?」
「どうだろうね。メイも手放しで良しとするなら、そうだろうけど……私はそうは思えないんだよね」
「そんじゃカオリはどうや?」
どうなったら満足。今までならば言葉に悩んだだろう。だけど今では答えがはっきりしてる。
「本音を言うと俺が活躍できる展開になればなんでもいいと思ってる節がある」
「……それはそれはちょっとどうなの?」
自分でもあまりに身勝手な答えだと思う。しかし至って真面目だ。たしかにモモもルイス姉も完璧に近いし、2人が勝っても俺に不都合はないだろう。だけどそれではだめなのだ。それでは俺はなにも出来ないで終わる。ただのモブになればメイに振り向いてもらう以前の問題だ。だからこそ俺が活躍出来ないような展開は全て没にしたいとすら思う。
俺はメイの英雄にならなければならない。そのために活躍しなければならない。2人が動いたら俺の舞台が消えることだけは理解している。だからこそ2人の思い通りにはさせたくない。
「そうは言ってもモモやルイス姉の望み通りになると俺の欲しいものがいつまでも手に入らないんだよ」
「答えになっとらんやろ」
「俺はメイに振り向いてもらえるならばそれでいい。そのために2人に活躍されたら困る」
「……カオリ。そんなことのために分断を煽ったりしたら本気で殺すからね?」
ルカの指摘は正論だ。自分が目立ちたいからで盤面を掻き乱すのは最悪だ。それは非難されても仕方ない。しかしそんな事する気はない。そんな馬鹿なことをしたらメイに嫌われてしまい、本末転倒もいいところ。
「わかってる。だから1つ相談したいんだけどいいか?」
「なんや?」
「いま言ったのは嘘偽りのない本音だ。でも間違ってると思う」
「間違ってる?」
「俺がやろうとしてるのはどこまでも身勝手で、誰にも肯定されない。独善的で周りに迷惑をかけることだ」
だけど同時にこのまま終わりたくないという思いも存在している。この感情に蓋をして、なりたい自分から目を背けて終わり。そんなのは嫌だ。この感情に間違いはないはずだ。その感情を抱いてしまったことが間違っていたなんてことは言わせない。
「だけどモモやルイス姉の思うがままになったとしてメイは俺に振り向くと思うか?」
「これは恋愛を持ち込むような話でもないと思うんだけど……まぁいいか」
「そうは言っても自分が目立ちたいで妨害して、もっと悪くなったら大きく嫌われるやろ。それ分かっとるんよな?」
「ああ。だから俺はどうしたらいいか少し知恵を貸してほしい。それ以外の道を選べるように一緒に考えてくれないか?」
だから俺が出した答えは助けを求めることだった。俺が1人で抱え込んで考えてしまうからこそ良くない方向に行く。1人で考えても視野なんて狭まるばかりで良いことなんか1つない。
誰かに頼るのも弱い部分を見せるのも恥ずかしいことなんかじゃない。1人で勝手に抱え込んで不正解な道を歩む方が恥ずかしい。
「随分と難しいことを言うもんやねぇ」
「うーん。そういうことなら考えるけど……少なくとも私もルイスやモモが牛耳ったらカオリに出番がない気がする。やっぱり妨害するしかないんじゃないかな」
「ただカオリがうちらの妨害したところで正直言って怖くあらへんから爪痕は残せへんやろ。別のアプローチが必要やと思うで」
「もうどっちかの陣営について勝たせるのは?」
「カオリが必要な場面が来ればええけどな」
意外と2人とも真剣に考えてくれている。ただ2人が即答出来ずに悩んでるという現実が非常に難しい問題なのだと実感させられる。
「そもそもカオリはどうして2人の間に割って入れないのかな。なにが足りないんだろ?」
「やっぱりビジョンやと思うで。良くも悪くもうちらは世界をどうこうするってもんがあって、それが強い求心力となっとるんよ。今のカオリにはそれがあらへんし……そもそもカオリとは無縁なもんやろ」
「なるほどね」
「もしそこを問題視するんやったら……結論として自分さえ良ければいいになって最初に戻るだけや」
ビジョン。それが明確な答えな気がした。俺にはメイの英雄になりたい以上のものがない。その曖昧さが仇となっている。曖昧だからこそ俺は力がない。その説明は不思議と腑に落ちる部分だった。
「少なくともメイに振り向いてもらいたいみたいな抽象的なもんやなくて、はっきりした答えが欲しいところやね。それがあらへんと厳しい気がするで」
「それならさ。カオリの言う"メイの英雄になりたい"。それはどんな英雄なのかってところをもっと深く具体的に考えてみたらどうかな。それがビジョンとなって、そこを目指すっていうならカオリ自身も胸を張れる正しい道を歩めるんじゃないかな」
「……そうだな」
どんな英雄か。その課題を自問自答するように考える。恐らく俺はその答えが出るまでは舞台に上がれない。その資格を持てないのだろう。
そこで俺の話は終わり、話題は魔王へと切り替わる。
「そういえばルイスは魔王になるつもりってあるのかな?」
「ない。面倒や」
「でも魔王になったら君の野望に近づくんじゃないのかい?」
「せやね」
カミーラの言うとおりだ。ルイス姉が魔王になることのデメリットはない。むしろルイス姉のしようとしてることを考えれば影響力が増すのはプラスに働くはずだ。それなのに魔王にならないというのはどう見ても非合理だ。
「魔王は名前が駄目や」
「名前が駄目?」
「もし仮にうちが魔王になって世界を牛耳ったら周りはどう捉えるか考えてみ?」
「あ……」
「少なくとも良い印象は抱かへんやろうな。支配や屈服……そんな印象を抱くんちゃうかな」
ルイス姉が魔王にならない理由は納得がいくものだった。ルイス姉は既に何十手先をみているのだ。数手先では強い手でも、もっと先になれば弱くなる。だから魔王にならない。言われてみればその通りではある。
「たしかに魔王になったら相当楽が出来るのは否定せえへん。しかし魔王にならへんでも、苦労さえすれば成し遂げられるねん」
「なるほどね」
「今苦労するか後で苦労するか。そんだったらうちは前者を取る。そういう話や」
「でもさ。確実に成功する見込みもないんだし、それなら魔王になって確実性を少しでも上げたほうが良くない?」
「うちが失敗するわけないやろ。そんなこと勘定に入れる必要があらへん」
改めてルイス姉の強さの根っこを掴めた気がした。ルイス姉の一番の強みは卓越した知能でもなければ、技術力でもない。自分への絶対の自信だ。疑うことを知らないからこそ限界がない。どんな事象でも出来ると疑わない。だから強いのだ。
少しだけピースが埋まっていく。その自信は今の俺に足りないものではないか。2人には敵わないという意識が2人との距離を広げてる。そんな可能性を考えた。
「ただモモもうちを魔王にしたいみたいやし……少し面倒やね」
「そうだ。それなら僕に1つ考えがあるんだけどいいかな?」
「なんや?」
「そこのカオリを魔王として祭り上げるのはどうかな?」
「え? 俺?」
唐突に俺へと話題が振られる。その発言に足が止まった。この話の流れで俺の名前が出てくることが理解できない。なぜ俺なのだ。
「ルイスは魔王になりたがらない。それでいてモモは魔王を面倒に思ってる節がある。そしてカオリは一番目立ちたい。この条件だったらカオリが魔王になるのが一番丸く収まると思わないかい?」
たしかに俺は魔王になれば一気に目標へと近づく。魔王という肩書きが俺に役割を与える。今の無名な俺ではなくなるのだ。良くも悪くも目立つことになる。少なくともチャンスは回ってくる。
「モモが魔王を面倒に思ってるってどういうことだ?」
「……そうやろ。もし違うんやったらモモが率先して魔王やっとるやろうし、うちに譲る真似もせえへんよ。妹のことなのに分からへんの?」
「そこまで分かってるなら魔王になってやれよ」
「嫌や。うちも魔王は御免や」
ルイス姉の言い方は少し癪に障るが、言われてみれば
「ただモモが魔王を億劫に思っとるなら姉として引きずり下ろすくらいの助けはしてやるつもりやけどな」
「ふーん」
「もっともモモに魔王を辞めたいと言われたらの話。その言葉が出てこないんやったら、うちは動かへん」
それはルイス姉なりの線引きなのだろう。その線引きは俺には関係ないし、どうでもいいことだ。
「……本当に魔王の座を狙っていいか?」
「ええと思うよ」
「それなら俺は魔王になりにいく」
俺の道が定まる。魔王という道が俺に示されたのだった。