悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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10話 首無し騎士

 

「おい。作戦も準備もなしで唐突過ぎるだろ」

「デュラハンは夜にしか出ねぇんだろ。それの準備なんて剣を磨いとけば事足りるだろ」

「あのなぁ……」

「来ないなら別に来ないでいい。デュラハン程度なら俺1人で倒せる」

 

 声をかけたのは手助けを期待したわけじゃない。ただ一緒に倒そうという協力関係を組んだ以上はなにも言わないで戦いを始めるのは失礼だと思ったからだ。そもそも前に現れたデュラハンは異端審問官だけで倒せたと聞いている。それならば俺だけで倒せなければ話にならない。

 

 ――俺は異端審問官になるのだから。

 

「なんて傲慢でやんすか!」

「傲慢! 傲慢!」

 

 フウガにかける言葉を間違えた。この世界における"暴力"の価値はあまりに高すぎる。そのことに気づけなかった。ここでの暴力は発言権や生存権に直結する。どこか頭が平和ボケしていた。

 

 俺は暴力を得る機会をフウガから取り上げ、挙句の果てにフウガの生き方を決めてしまうような発言をしたのだ。それを傲慢と言わずしてなんというのか。ドールズの言う通り俺は傲慢だ。

 

 フウガが抱えていた悔しさや惨めさには気づいていた。だからフウガのそれを和らげる言葉を選んだ。だけどその言葉はフウガの在り方を強制するものだった。だが俺はフウガに寄り添うことはできなかった。

 

 下手に寄り添えば嫌味になると思った。だから俺は感情に対して論理でしか返せなかった。結局のところフウガと俺が同じ戦場に立った時点で衝突は避けられなかったのだろう。

 

 彼に勇者としてのプライドがある限り、彼は俺の存在を許容出来ない。そのことに気づかず、どうにか出来ると思ってた時点で傲慢だった。

 

「それで来るのか? 来ないのか?」

 

 色々と思考が巡る。だからイラッとくる。さっさと戦いの場に身を投じたい。戦ってる間は嫌なことを考えずに済む。そんな余裕が消えるから幾分か楽になれる。そしてこういうのは時間が経てば多少は落ち着くものか。

 

「……まぁいいか。いつだって獣が万全の状態を待ってくれるわけじゃねぇしな」

「うちらも問題ないでやんす。聖女様に仕える者として二十四時間常に万全でやんすから」

 

 そうして俺達は街を離れて戦場へと身を投じる。途中で何度か狂野菜に遭遇するが、全て瞬殺で終わる。ガインは特筆すべき点がないが、危うさを一切感じさせない安定感があった。攻めというよりは守りに特化した戦い方である。だが同時に堅実ゆえに全体的に地味である。

 

「とりゃああ!」

「うちらと戦うなんて1兆年早いんでやんす!」

 

 それに対してドールズの動きは目を惹くものがあった。彼女達は背負ってる箱のようなものがスラスターの役割をしており、それによって人間離れした機動力を獲得している。

 

 そんな彼女達の武器は腕と足だ。腕と足を刀のように振るい、敵を斬り伏せていく。一切の無駄がない攻めだ。動きに一切の無駄が存在せず、バッサバッサと敵を倒していく。だが同時に守りの薄さが少しだけ気になった。無駄が存在しないが故にギリギリであり、不測の事態に対応出来ないような危うさを感じさせた。

 

「しかしドールズって手足が刀なのか?」

「あいつらは機人族っていうそうだ。全身が金属で血の一滴も流れやしない」

「ふーん」

 

 俺の視界に狂野菜が入る。3人ばかりに戦わせるわけにもいかない。俺は欠伸しながら近くにあった小石を投擲(とうてき)し、そのまま眼球を破壊して一撃で絶命させた。わざわざ馬車から降りるのが億劫になってきた。それ故にどうしても戦い方も雑になっていく。

 

「……なんて筋力でやんす」

「ここではカオリが一番化け物だな」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 それから俺達は狂野菜を倒しながら、デュラハンの目撃地域を目指して馬車を走らせていく。

 目的地に着くまでに俺達は簡単な打ち合わせをする。狂野菜との戦闘で互いの手の内を理解できた。それらを踏まえた作戦を組もうということだ。

 

「まず機動力があるのはドールズ2人だと思うが、カオリも異論はないか?」

「ああ。飛行能力を加味すると群を抜いて高いと思う」

「逆に遠距離攻撃が出来るのはカオリだけでやんすね」

「遠距離といっても付け焼き刃の投擲だから期待はするなよ」

「それで一番動きが悪いのは俺だ。恐らく戦闘のテンポでは少し遅れるだろう」

 

 ガインは想像以上に自分を客観的に見えている。さすが年長者というだけのことはある。今までの彼の経験がそうさせてきたのだろう。言動に粗暴さこそ感じるが、中身は異様なまでに冷静だ。

 

「だから俺はタンクに回ろうと思う。俺がデュラハンの攻撃を引き付けて、脇からお前さん達が崩していく」

「良い案だな」

「ただ万が一に備えてカオリが俺の補助に入ってほしい。カオリなら出来るだろ?」

「わかった」

 

 それから俺達がデュラハンとの戦闘に入ったのは40分ほど経った時だった。デュラハンは聞いていた通りの容姿をしていた。兜のない空の甲冑に半身が霊体の馬。それこそ悲壮感の漂う騎士といった感じだった。目線で合図を送り合い、そのまま戦闘に入る。最初に仕掛けたのはドールズだった。そしてドールズに続くように俺達も持ち場についた。

 

 

 戦闘開始から3分が経った。決着は未だについていない。

 

 「一旦引け!」

 

 ドールズが体を飛行させ、体勢を崩さないバックステップで距離を取る。その動きは明らかに人が出来るものではなかった。機人族が背中に装備するスラスターによって可能になった動きだ。

 

 これは余談だが、ドールズは機人族だけで構成されている。機人族は文字通り機械で体が構成されており、全員が同じ顔をした種族である。その種族は今から3年前に唐突に出現した。そして種族全体が聖女ルイスに忠誠を誓い、聖女ルイスは自身の名を貸すことで世界に機人族の人権を認めさせた――というのが世間の認識だ。

 

 しかし実態はただのゴーレムである。機人族なんていう種族は存在していない。ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()が機人族であり、ドールズの正体である。そんなドールズに求められる役割はたった1つだけ。聖女ルイスの傘下として有象無象に力を示し、彼女の権威を確固たるものとすること。

 

 それ故に総勢約200名のドールズには名前がなく、個人として認識されることもない。

 

(これは厄介でやんすね……)

 

 名無しのドールズは考える。彼は元B級冒険者である。獣との戦闘によって右半身を失ったところを聖女ルイスとの契約によって機械の体を与えられたのが彼だった。

 

 そんな彼は今では機械の体という身体スペックに任せた戦い方によって世間で一目置かれる存在となっている。しかし彼にあるのは身体能力のアドバンテージだけ。それ故にデュラハンほどの敵が相手ならば遅れを取り、ガイン以上の活躍ができていない。

 

 あくまで中身はB級冒険者程度でしかない。Sランク相当の実力は特異な肉体によって保証されてるものだ。

 

「おい!」

 

 それに対してガインは経験も技量も充分であるが身体能力が一切追いついていない。デュラハンとの戦いにおいて安定感こそあるものの、彼の攻撃は全てデュラハンにとって脅威とはならない。

 デュラハンの視界に彼の存在は入らない。ドールズもSランク冒険者も一流ではあるが、デュラハン相手には大きく不足していた。

 

「くそ野郎! こっちを見やがれ!」

 

 デュラハンは既にガインを敵として認識していなかった。ガインはドールズを殺してから相手にすればいい程度にしか思っていない。その様子を見て最初に違和感を抱いたのはカオリだった。

 

 カオリがデュラハンを見て感じたのは()()でもなければ()()でもない。ただ静かに()()()()()と感じていた。知性があるだけで脅威度というのは大きく上がる。

 

 例えばデュラハンが単純な獣で優先順位をつけるような真似をしなければ、既にドールズが攻撃を叩き込んで終わっていただろう。しかし現実問題としてそうはなっていない。それが知性の有無による差だ。それ故にカオリは知性があるという事実をなによりも重く捉えていた。

 

「……見えた」

 

 カオリは静かに呼吸する。彼は学びという面においては天才的だ。それこそ兎狩りにおいて異端審問官アリシアの10年の研磨を3時間で盗むほどの成果を出している。そんな彼の経験値はSランク冒険者であるガインを既に凌駕している。

 

 また肉体においても彼は恵まれていた。純粋な身体能力だけならば機人族を圧倒するほどに強い。既にカオリの目にはデュラハンという生物は脅威とすら映らなかった。

 

「音撃一閃」

 

 カオリは使い慣れた技でデュラハンを一刀両断する。デュラハンはカオリの動きに対応出来ない。デュラハンもカオリのことは大きく警戒していた。

 

 しかし同時にカオリのことを理解出来ていなかった。彼がどのような攻撃手段を保持しており、彼がなにしてくるのか想像が出来なかった。だからカオリの動きに反応が間に合わない。単純な動体視力だけで対応するにはカオリの速度はあまりに速すぎた。

 

 ――しかし、それが勝負の決め手になることはなかった。

 

「カオリ! 後ろだ!」

「まじか……」

 

 相手は人ではなく獣であり、魔物だ。人の常識が通用しない存在なのだ。だから()()()()()()()()()()()、それが致命傷になることはない。それこそ倒す気ならば斬るのではなく粉砕しなければならなかった。カオリはデュラハンを斬ってしまったのだ。

 デュラハンはカオリを明確な脅威であり、格上と判断した。それ故にデュラハンのギアが一段階上がる。今までのお遊びではなく、本気の殺し合いへと移行する。

 

「セイシン……シン……パン」

 

 そしてデュラハンは技を使った。彼の使った技は”精神侵犯(せいしんしんぱん)”と呼ばれる技。それは自身の心象風景で世界を塗りつぶす術であり、文字通り精神が世界を侵犯する。本来ならば獣程度が使えるような技ではない。しかし目の前のデュラハンはそれを行使した。つまりこの場にいるデュラハンは異常であり、本来よりも大きく変貌した怪物であった。

 

霧ノ都市(ナイトメア・タウン)!!」

 

 デュラハンが高らかに叫ぶ。その叫びで技は完成した。

 

 * * *

 

 気がつけば霧に包まれた都市にいた。呼吸する度に記憶が薄れていく。なにかと戦っていたことは覚えてるが、誰と戦っていたのかも思い出せない。だが同時にこれはそういう場所だということも認識できる。

 俺達は敵の使う妙な技に巻き込まれた。その結果として滞在するだけで忘却していく空間に引きずり込まれた。これは敵の心象風景……言うならば固有結界のようなものだ。

 

「くそっ……」

 

 敵がいることは思い出せる。しかし敵の名前も姿も全く思い描けない。俺は既に攻撃を受けている。おそらく使用者を倒せば元に戻るだろうが、既に一番肝心な記憶が抜け落ちている。俺はこの剣を誰に振るえばいいのだろうか。どんなに優れた剣も振れなければ意味がない。

 

「壁は石造り。霧は少しの水分を含んでる。街の匂いは灰」

 

 咄嗟の判断で適当な情報を頭に詰め込む。どの記憶が持っていかれるか分からない。それならば記憶を増やし、主要の記憶を奪われる確率を低くすべきだと思った。当然ながら意味があるかどうかは分からないがやらないよりマシ。なるべく五感を研ぎ澄まし、感じたものを脳内で言語化して記憶として刻んでいく。

 

 頭を回す。記憶を更新していく。それと同時に忘れてないことを確認するために記憶を漁って振り返る。今はまだ欠落を自覚出来ているが、そのうちそれすらも叶わなくなる。欠落してるのが分かるうちは対応出来る。

 

『お兄ちゃん』

 

 この極限状態で妹のモモのことを思い出す。俺はモモを日本に一人残してきた。まだこんなところで死ぬわけにはいかない。俺は生きて日本に戻らなければならない。こんなところで終わってたまるか。終われるわけがない。

 

『敵は思い出そうとしないで。昨日のことから思い出して』

 

 俺の記憶の中にいるモモが声をかけてくる。その指示に従って頭を回す。俺はメイの指示で野菜戦争に参加するために来た。そして■■■と■■■で■■■をするために……あれ?

 

『その違和感が根源だよ。意図的に敵の情報だけ忘れるなんてありえる?」

「ありえない」

『うん。そうだよね……明らかに敵は意図して消す記憶を選んでるよね』

「ああ」

『でも自分の名前とか技術、自己を確立するための記憶は消えていない。それは敵がその価値を理解できないから……敵には知性はあるけど動物的なものでしかない。その場での判断は出来るけど戦術性が欠けてる。なにを奪ったらどうなるかっていう複雑な思考が出来ない。それはどんな敵?」

 

 相手は人間じゃない。明らかに人ではなく、会話が出来ないやつを倒せばいい。それが俺の敵だ。俺は歩みを進める。それっぽいやつを見つけたら迷わず斬る。なにも考えずに斬り伏せる。そんな思考をひたすらに反復させる。

 

 視界の端で動く頭無しの甲冑と霊馬を捉えた。迷わず剣を抜き、そのまま距離を詰めて振るう。甲冑は俺の剣を剣で受け止める。それが戦闘開始の合図だった。敵も俺も無言で剣を振るう。互いに一歩も引かない剣戟(けんげき)が繰り広げられている。

 

 剣を振るう度に不満ばかりが頭に浮かぶ。もっと重さがあれば鍔迫り合いを簡単に制することが出来る。そもそも剣は軽すぎて扱いづらい。斬る時に引く動きを意識しないといけないのが煩わしい。戦闘が長引くほどに剣が嫌いになっていく。

 

「カオリ! 待たせたでやんす!」

 

 金髪の奇妙な幼女が戦闘に割って入る。その幼女は手刀で甲冑の腕を斬った。あまりの技量の高さに思わず感心する。それと同時に記憶が僅かに戻った。

 

 そうだ。俺はデュラハンを倒しに来たのだ。目の前にいる敵はデュラハンであり、俺の音撃一閃で仕留め損なった敵。純粋な剣撃は無意味であり、即座に再生させられる。ああ。だんだんと記憶が鮮明になってきた。

 

「俺を無視してんじゃねぇ!!」

 

 ガインが甲冑をタックルで吹き飛ばした。俺は剣を投げ捨て、そのまま拳を甲冑に叩きつけた。馬乗りになって何度も何度も拳を叩きつける。剣が効かないことは理解した。切断のような形を残してしまう攻撃は通じない。もっと粉微塵になるまで破壊するような攻撃が必要だ。

 

 手の皮が剥け、血が出ようが手は止めない。ただひたすらに殴る。

 

 俺は甲冑が砕けるまで殴ることをやめなかった。何度も何度も何度も拳を叩きつける。自分の拳が砕けようがお構い無しに叩いていく。これがこいつを倒すのに一番手っ取り早い。壊れるまで殴れば殺せる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 そんな無茶を数分ほど続けた。次第にデュラハンは動かなくなり、霧の街は消えていく。戦闘が終わり、俺達は元の草原に戻ってきた。

 

「……終わったでやんす」

「終わった。終わった」

 

 ドールズの2人は腰を下ろして一息つく。ガインも仰向けになり、身体を休める。そんな光景を見て俺も緊張が解けて、地面に座り込む。

 俺達は勝ったのだ。デュラハンを倒したのだ。

 

「ガイン。デュラハンってあんな強いのか?」

「……いくら強力な獣でもあそこまでの強さはありえねぇだろ。明らかに異常だ」

「やっぱりそうか……」

「それよりカオリ。全身傷だらけだが平気か?」

 

 ガインに言われて全身が切り傷だらけなことに気づく。恐らくデュラハンとの剣戟でついた怪我だろう。あまりに無我夢中であり、怪我をした自覚すらなかった。

 

 怪我を自覚したことで少しだけ傷口がヒリつき出して、沁みてくる。あれ相手にこの程度の怪我で勝てたのは奇跡に等しいだろう。なぜか獣なのに知性があり、挙げ句の果てに固有結界みたいなことをしてくるような敵。それこそ誰かが死んでもおかしくなかった。

 

「なにはともあれ全員が無事で良かったな!」

 

 ガインが起き上がり、俺と握手をしようと手を差し出そうとする。俺はその手を握り返そうとした。そんな時だった。

 

「――え?」

 

 視界が赤に染まった。生暖かい血を全身に浴びた。

 ポトンとガインの首が地面に転がり、彼の身体がドスッと地面に倒れ込む。

 

 俺は目の前の状況が理解出来なかった。なにが起きたのかわからなかった。

 

 ドールズ達は俺よりも速くに反応した。顔をあげるとガインのいたところに人影があった。その人影にドールズが飛びかかっていく。

 

「あ――」

 

 人影は足でドールズを粉砕した。ドシャンと機械が壊れるような音が2回ほど響いた。オイルの匂いが鼻を突き抜ける。目の前にあるのは幼女の姿をした機械の塊だけだった。もう彼女達が喋ることはなかった。

 

 さっきまで談笑していた仲間が一瞬で物言わぬ死体へと変貌した。

 

 初めて見る人が死ぬ瞬間。それに少しだけ呼吸が荒くなる。頭の中が混乱していく。なぜ? どうして? そんな疑問ばかりが脳内によぎる。

 

「よっ。お前は強いな」

 

 みんなを殺した男がヘラヘラと語りかける。長身の黒髪の男だった。彼の手には血濡れの剣が握られている。

 

 俺は今までに感じたことのない恐怖を覚えた。思い返せば異世界で本物の死の恐怖と向き合ったことはなかった。グループ国でのピエロとの戦いの時は彼も本気で殺す気ではなかった。ミノス島の時はなんだかんだ言うが、死ぬ直前まで追い込まれることもなかった。アイアンラビットは厄介な相手だったが攻撃性は低かったため命の危険どころか怪我の危険もなかった。

 

 だけど目の前の相手は違う。本気で俺を殺す気であり、俺を殺せてしまう。

 

「んーまぁ及第点か」

 

 剣が振られる。その瞬間に左側の視界が全て奪われた。顔から血が流れる。この一瞬で俺は顔を斬られたのだ。

 

「ああああああああああああああ!!!」

 

 痛みで叫ぶ。熱い。熱い。熱い。全身が熱い。

 言葉で表しようのない痛みが全身を支配していく。死ぬ。死ぬ。死ぬ!

 

「大げさだろ。少し左目を使い物にならなくしただけじゃねぇか」

 

 俺は反射的に剣を握り、男に飛びかかる。しかし男は呆気なく俺の左腕を掴んだ。そして左腕を小枝でも折るかのようにへし折る。再び痛みに耐えきれず、絶叫する。

 

 今の攻防で実力差を理解してしまう。今の俺では勝てない。今は本気で逃げないと殺される。その現実を理解し、恐怖で心が染まっていく。

 

「まぁ殺人趣味があるわけじゃねぇし、こんなもんでいいか。今は時間をかけるわけにもいかねぇもんな」

 

 それはあまりに唐突だった。男は興味を失ったように俺に背を向けた。大きな皮袋を背負い、そのままこの場を後にしようとしている。俺はただ男を見ていることしか出来なかった。薄れゆく意識の中で男に視線を向ける。

 

「カオリ! 助けて!!」

 

 ふと彼の背負った袋が落ちた。袋の中から出てきたのはフウガだった。しかしフウガはすぐに男に黙らされ、再び袋に詰められる。恐怖で足を震わせる俺は、その光景を見てることしか出来なかった。

 

 男はそのまま夜の闇へと消えていった。

 

「ああ……」

 

 ドスンドスンと足音が響いていく。俺の周囲を狂野菜が囲っていく。こんなところで死にたくない。最後の力を振り絞って立ち上がる。飛びかかってくる野菜を反射で腕を振って砕いていく。

 

 何度も意識が飛びそうになる。それでも生を求めて、俺は歩いた。なにも考えずに敵を倒していく。そして俺は日の出と同時に誰かに保護され、力尽きた。

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