本編は8月中旬の投稿を目安に鋭意製作中ので、もうしばらくお待ちください!
「はぁ……」
ため息が漏れる。リアルを奴隷にしてから3日くらい経った。私はリアルを奴隷として使い、色々な仕事を任せている。しかしリアルはなにをさせてもてんで駄目なのだ。料理をさせれば肉は丸焦げ。浴槽を洗わせればヌルヌル。トイレ掃除をさせようものならばやってもいないのにやりましたと嘘を吐く。少しお使いを頼めば帰ってくるまでに半日。
また基本的には10時から18時の労働という約束なのに寝坊なんていうのは日常茶飯事。さらに私より良いものを食べておきながら飯が不味いだの量が少ないなど言い出す始末。彼女は本当に奴隷ということを理解しているのだろうか。
「リアル。部屋の汚れが残ってるけど?」
「そ、そ、そうですか? 私には綺麗に見えますけど……」
リアルは元気よく返すが、部屋の隅に
しかしいくらなんでもこれはないのではないだろうか。もう少しなんかやりようがあるのではないか。もはや素人に掃除させた方がマシだ。
少しだけ苛立ちを募る。そもそも私は"はい"以外の返事はいらないって告げたはずだ。その意味が分かってるのだろうか。分かった上で舐めたような態度を取るのだからタチが悪い。これは温厚な私でももう一度手を出したくなってしまう。しかし手を出したら負けだ。最初の蹴りはあくまで落とし前。それ以上の暴力は使うつもりもない。暴力に訴えるような真似は無能のやること。もしも真に優れた指導者ならば言葉で動かすべきだ。
うん。これは一度なぜなぜ分析をさせて自責させよう。そういう仕置きが必要だろう。
「まぁいいや。なんでこんなミスが起きたと思う?」
「えっ……と……掃除道具が悪かったから……ですかね?」
「なぜ掃除道具が悪いと掃除ができないのかな?」
「……ブラシの毛先がすり減って、隅の隙間まで届いていないからですね」
なぜなぜ分析は5回だ。つまり残り3回繰り返せば
「なんで道具がそんなことになってるのかな?」
「そ、それは魔王モモ様が掃除道具を用意する度量がないからかと」
「……どうして私が掃除道具を用意できなかったのかな?」
「贅沢な暮らしに慣れて、掃除の仕方を知らないから……かと」
「なんで贅沢に慣れると掃除の仕方がわからなくなるのかな?」
「……庶民感覚に欠けてるからですかね。あ、問題解決しましたね。モモ様が庶民感覚を持てばいいのですね! さすがの分析力です!」
もはや呆れて物も言えない。初日に私に抱いた恐怖はどこにいったのやら。恐怖が刻印として残らない——喉元を過ぎれば完全に元に戻るということだろう。それが彼女の性質なのだ。その場で恐怖を覚えることはあっても、恐怖が持続することはない。それこそ寝たら忘れてしまうような脳天気な性格をしてるのだろう。もはや彼女は神経が図太すぎてなにを言っても無駄だ。もはや雑務に期待することはやめよう。
「あの……そろそろ疲れたんで切り上げていいですか?」
「は?」
「もう3時間も働いてますよ。私だって自分の時間が欲しいんですよ」
「……貴方。自分の立場分かってる?」
「奴隷でしたよね?」
「奴隷に拒否権があると思ってるわけ?」
「まぁ……地域によってはあるんじゃないですか?」
「ていうかまだ15時だけど? 2時間の遅刻の上で定時前に上がるってあり?」
「仕事が終わってるしいいんじゃないですか?」
「終わってないけどね。こんな雑な掃除で終わったって判定になるわけないでしょ」
「え、ええ〜!?」
リアルと話してると段々と疲れてくる。リアルは非常にタチが悪く、自省ということを絶対にしない。なにかあっても"仕方ない"の一言で済ませてしまう。仕事を丁寧にやろうという気概を一切感じられないのだ。
「そ、そもそもですね。乾パンと干し肉だけで人を使おうって方が無理なんですよ。もうお腹ペコペコで動けませんし」
「……この魔族領ではどっちも相当高級品。しかも昨日はきちんとしたステーキを食べさせたでしょ?」
「全く味付けされてないので、微妙でしたけどね」
「本当に図々しいね。そもそも香辛料なんて高級品を日常的に使えるわけがないじゃん。自分の立場分かってる?」
「ひ、ひ、ひぃいいい! ごめんなさい! でもやっぱり体力的にも……」
しかしリアルの言うことが一理あるのも事実。だからこそ本当にタチが悪い。事実として乾パン1つで出せるパフォーマンスなんてたかが知れてる。相応の働きを求めるならば、相応の環境を用意すべきだろう。しかしこの魔族領ではそれも困難を極める。結局のところ食料問題も解決しないと天井だ。
「そういえばリアル。深夜に貴方の部屋がうるさいって苦情が来てるんだけど、なにしてるわけ?」
「はい。少しカラオケルームに改装しようとしてまして……」
「は?」
「だ、だって……暇ですし……そういう娯楽がないと……」
リアルから模倣した全知を使って現状を確認する。怖いことにリアルの言うことに偽りは一切無い。本当にカラオケルームを作り出してるし、それも完成間近まで迫っている。色々とツッコミを入れたいところではあるが……技術力は確かなもの。この限られた資源と時間で作り上げてしまうのは素直に感心。
少しムカつくが基本的にお姉ちゃんと同じような存在なのだろう。だからこそ出鱈目なことが出来てしまう。ただ同時に嫌でも分かる。これほどのことが出来る存在が掃除程度出来ないはずがない。絶対に手を抜いている。わざと適当にやっている。
「……深夜にDIYはやめようよ。迷惑だし」
「どうしてですか?」
私は頭を抱える。薄々勘づいていたが、リアルは人を熱帯魚や愛玩動物と同じように見ている節がある。それこそ他所のペットに配慮して行動しないのと同じ理屈だ。だからこそ平気で深夜に工事とかしてしまうし、それを悪いと思えない。もしも本気でリアルを使うつもりならば、そこをしっかりと教え込まないと駄目だろう。なにせ協調性に欠けてるを通り越して、協調性という概念が存在していない。
「周りとは仲良くした方が良いよ。いざという時に助けてくれなくなるし」
「……え、えっと……周りを勘定に入れるのってリスキーではありません?」
「は?」
「そ、その……他者という不確定要素を前提に……物事を考えるのは……いかがなものかと……」
なるほど。リアルは他者に期待していない。自分だけで世界が完結しているのだ。それ故に周りのことが一切見えない。周りという存在が勘定に入ることなどない。リアルにとって他人とは駒であり、風景なのだ。景色に気を遣わないのと同じ理屈で人に気を遣わない。それがリアルという生き物なのだ。
「そ、それにどうして私が我慢しないといけないんです?」
「貴方。なにを言ってるわけ?」
「我慢するくらいなら——死んだほうが良くないですか?」
その言葉に少しだけゾクッとした。この子は恐らく自分の命が安いのだ。生への執着が薄いというわけではないだろう。あくまで少しでも我慢した生に価値を感じない。一切の我慢ということが出来ない。私を舐めていたり、どうせ殺されないと高を括ってることからくる態度だと思っていたけど違う。自分の在り方を変える方が死よりも重いだけ。
宿題とかしたくないという理由で家族を捨てて家出という選択肢を普通に選べてしまうのがリアルなのだ。少しの面倒を避けるために破滅する可能性のある選択肢を平然と選べてしまう。あらゆる不快を回避するために、全てを安易に投げ出せてしまうのが目の前の存在なのだ。だからこそ我慢するくらいなら死んだ方が良いと言えてしまう。それこそ働くくらいならば死ぬを本心から言えてしまうのがリアルなのだ。あまりに自分の価値を高く置いてるからこそ、相対的に死が軽くなっている。
「だって誰かに自分の在り方を決められたり、行動を制限されるなんて不愉快ですし……うぅ……私は耐えられません」
彼女は少しの我慢もしない生き方で今日まで生き延びてきた。そのことに戦慄する。
リアルの思想は一度の我慢で乗り越えられる局面を、我慢を拒否したがために丸ごと失いかねないもの。我慢が出来ない。それなのに生きてきたということは我慢しなかったが故に回ってきたツケを簡単に払えてしまうだけのスペックがあるということ。宿題をしたくないから家を出ましたけど、特に不便なく過ごしています。働きたくないから信用取引で株に手を出しました。それで大勝ちしたので働きません。お金が欲しいから詐欺を働いて警察から逃げ切りました。そういう出鱈目が平然と出来てしまうのがリアルなのだ。
私はその在り方によく似た存在を知っている。お姉ちゃんだ。リアルはお姉ちゃんに——聖女ルイスにもっとも近い精神構造をしている。
「……貴方。お姉ちゃんに近づくためにかなり我慢したとか言ってなかった?」
「それは自分のしたいことですからね」
その矛盾を矛盾とも思わない精神構造。リアルは本質的には子どもだ。勉強はせず、嫌いな野菜を食べることも拒否する。しかしゲームのレベル上げという我慢だけは耐えられる。本質的に我慢が不可能なわけじゃない。自分が気乗りしないことは一切やらないと言った方が近いだろう。彼女は恐らく自分の気分でしか動かない。
「そもそもさ。深夜のDIYとか他の魔族が黙ってないでしょ? 彼らと揉めなかったわけ?」
「それでしたら……なんかうるさかったので全員倒しました」
「ほへ?」
「大体50名くらいでしたけど……弱かったですよ?」
その発言に少しだけ驚く。てっきり戦闘はからっきしだと思っていた。ただ同時に腑に落ちる部分もある。リアルはお姉ちゃんの作ったホムンクルス。ホムンクルスにおいて一番強いのは才能だ。記憶力や運動神経といった遺伝子で決まるものが全て理論値に近いのがホムンクルス。技術は置いておくにしても、リアルの身体能力はプロのスポーツ選手に匹敵すると見ていい。それでいて物覚えも良いのだから……人の枠内では相当な上澄みなのだ。もっとも本人が人の域に収まらない存在ばかりを相手にしてるので無自覚なのだろうが。
しかし才能だけで複数名の軍人と正面から戦って負かせるくらいの戦闘力は持っている。
「ちょっと避けて銃でバンバンバンって撃って……倒れたところを治療したら忠実になりました」
「もしかしてDIYって……」
「もちろん倒した彼らを働かせてますよ」
さらりと怖いことを言う。魔族の基本は暴力絶対主義。自分を負かした相手なら大抵のことは従う種族だ。それ故にリアルが一番上になってしまった。魔族の中でリアル派閥が生まれてしまったということなのだろう。本当にやってることが出鱈目だ。ここまでのことが出来ておきながら、どうして仕事だけが出来ないのか。
「はぁ……」
リアルを働かせるだけならば正直簡単だ。それこそ『この程度のホムンクルスしか作れないとかお姉ちゃんの程度が知れる』みたいなことを言って煽れば、それなりに働いてくれるだろう。リアルは恐らく自分の行動でお姉ちゃんの価値が下がることには耐えられないはずだ。だけどそのようなやり方は私が好まない。問題は働かないことよりも価値観があまりに違い過ぎること。そこを直さなければリアルは少し活かしづらい。人に共感しろや道徳を持てとは言わないが……せめて歩み寄る姿勢くらいは持ってほしいところ。
「ねぇリアル。なにかやりたいこととかないわけ?」
「やりたいこと?」
「どうせならリアルがやりたいことを仕事にしてもらった方が互いに良いじゃん。貴方ならやろうと思えば大抵のことは出来るでしょ?」
「まぁ……そうですね……うーん」
リアルの顔を見た感じだと、いまいちピンと来ていない感じだ。良くも悪くも欲求でしか動いていないのだろう。やりたいと思った瞬間にやってしまうからこそ、やりたいことに無頓着。もう仕事を与えずに好き勝手にさせるか。リアルは仕事をさせられてるという意識を持つと腐る人材だ。自分が興味ないものに一切の興味を持たず、全てを適当に済ませてしまう。能力こそ高いがモチベーションへの依存が高すぎる。
それならば自主的に勝手にやらせた方が効率が良い。誰でも出来る仕事を最悪のクオリティでやってしまうのがリアル。そんなのに仕事を与えたところで無駄遣い。なにせ退屈という理由だけでカラオケルームを作るような存在だ。この劣悪な環境に不満を覚えて、勝手に改善していくだろう。ある程度の裁量は与えて好き勝手にやらせよう。急ぎで彼女にやらせたい仕事があるわけでもないし、それがいい。
「はぁ……まぁもう好きにしていいよ」
「ほ、本当ですか!?」
私はリアルから手を引くことにした。こんなのは所詮は茶番だ。リアルが本気で働くのは政治が絡んでから。その時にはきちんと使えるようにしておこう。今はまだ遊ばせておいていい。
リアルを奴隷にした。それはつまりリアルが私の所有物となり、財産となったことを意味する。つまりヤミ国がリアルの身柄を求めるならば私は財産の不当没収を訴えることが出来る。なにせリアルのテロ行為があったとしても私の財産を取り上げても良い理由にはならない。それとこれは別の話。他国の王の持ち物を正当な理由なく取り立てるのは戦争を仕掛ける立派な大義名分となりうる。
だがヤミ国としてもリアルの存在は無視出来ない。なにせ彼女はテロリスト。自国でテロをさせた存在になにも出来ないというのは国家の威信に関わる。ヤミ国としての信用を落とす行為になりかねない。だからこそリアルは仕事をせずとも私の手元にいるだけで意味がある。リアルという存在が交渉のカードとなってしまうのだ。
しかもリアルのスキルは全知。このスキルを模倣すれば相手の密会の内容、大臣の現在地、財務状況といったものを全て知った上で交渉することが出来る。常に相手の手札を丸裸にしてる状態で交渉に臨める。この政治的なアドバンテージは桁違い。
――リアルは働かずとも、ここにいるだけで莫大な価値がある。
「うん。今は好きにしていいよ」
もっともリアル自身の能力も高い。ただ資産として飼い殺しにするつもりもない。リアルは気乗りしないものでは機能しない。しかしお姉ちゃんのためなら動ける。ヤミ国の一件が片付いた先。お姉ちゃんが動けばリアルは必ず動く。その時がリアルの働く時だ。お姉ちゃんと政治を行った際のジョーカー。膠着した際に風を起こす爆弾として機能させられる。
「ありがとうございます。
リアルも自分の役割を理解している。奴隷という立場は理解していないくせに求められるものは完全に分かっている。私の言葉の意味も政治の状況も全てが計算に入っている。仕事が出来ない顔をしているくせに誰よりも優秀なのだ。優秀だからこそやらなくてもいい仕事が分かってしまう。
「……魔王モモ。本当に良かったのかい?」
その日の夜。カミーラが私に声をかける。恐らくリアルのことだろう。たしかに彼の言わんとすることも分かる。なにせ彼の恋人であるルカはリアルによって幼女にされている。彼は平静を保っているが、思う部分はあるはずだ。
「あれは信用できない駒だと思う。奴隷としてきちんと管理すべきだ」
「リアルの管理は私には荷が重いよ」
「それなら僕が躾けようか?」
「——それは許さない。リアルは私のものだから私以外が触らないでくれるかな?」
少しだけ牽制しておく。これでも私はリアルのことは気に入っている。実を言うと私は彼女の性格が好きなのだ。どこまでもお姉ちゃんに一途な部分が好きだ。それでいて主体を誰かに預けることなく自分の物語を生きている。その彼女の在り方を私は好ましく思った。
だからこそお兄ちゃんを傷つけた件も蹴り一発だけで許した。もしもリアルを泣かせるようならばカミーラだろうが許さない。あれは私のものだ。
「……失礼」
「うん。分かればいいんだよ」
私は欠伸を漏らす。魔族領の中でもリアルを快く思わない者も多い。そういうのはしっかり魔王として教育していこう。魔王のお気に入りという意味をしっかりと覚えてもらおう。私のお気に入りに手を出そうとする意味を。
「おやすみ。カミーラ」
「ああ。おやすみ」
それから魔族領は少しだけ変わった。この数週間で魔王城の地下にボウリング場が建てられ、ビリヤード台とダーツが設置されたバーも建築された。他にも野草から酒を造る手法が出回り、魔族の間で野草酒がブームとなった。その背後にいるのは当然ながらリアル。皮肉にもリアルがいるだけで魔族の文化は向上したのだ。その結果としてリアルは魔族の聖女として慕われるようになった。