少し前に良いご縁がありまして、タイトルとあらすじの書き方を学ぶ機会がありました。その時の教えを活かして少しタイトルとあらすじの方を次回更新時に変更したいと思います!
今まで「悪女は正解を咀嚼する」でしたが、次の更新からは 『デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~』になると思います。よろしくお願いします!その詳細につきましては明日にでも活動報告にも書かせていただきたいと思います!
私は少しだけ頭を悩ませる。唐突に目の前に現れたベックという魔族。その魔族は魔王モモの側近であり、使者として返答を持ってきた。
「……というわけだ。メイ第二王女よ。そなたの返答を求めたい」
想像以上に面倒なことになった。魔族に転移のスキルを持っている存在がいるという展開を一切予想していなかった。もしも転移があれば暗殺も容易だ。そうなれば勢力図は大きく変わる。悩みのタネが1つ増えたことにため息を漏らしたくなるが、グッと堪える。
「なるほど」
親書を読み終えた私はベックの方を真っ直ぐと見つめる。
この応接室にいるのはベックと私と異端審問官のピエロ六席。護衛として連れてきたが……正直言ってピエロが彼に勝てるかと問われると怪しい部分がある。もしここで揉め事になればベックは私に攻撃を仕掛けかねない。なにせ彼は政治に疎そうだ。敵の王族を討てば優位に進むと考えていそうな顔をしている。
もう少し政治が出来る人をよこせと心の中で魔王モモに悪態をつく。恐らく彼が選ばれたのは転移が使えるからだろう。もし彼以外に任せていれば親書1つに往復に半年近くかかってもおかしくない。恐らく私でも同じ選択をするし、魔王モモの選択に理解は出来る。あくまで理解は出来るだけだ。
「とりあえず魔王モモと話してみないとなにもわかりませんね」
親書に書かれていたことは一度話し合おうということだけ。魔王モモの思惑というものが一切見えてこない。あくまで言いたいことは対面で言うというスタンスか。
「……そうか」
その親書には、ベックの転移で直接出向いてもいいと書かれていた。しかし直接出向くなど論外だ。魔王モモは政治交渉は片方のホームではなく、どちらの領土にも属さない場所で行うべきだと語った。私もその考えには賛同している。
恐らく魔王モモはそのつもりで今後の動きを組んでいる。つまり罠を仕掛けられてもおかしくない。なにせ向こうには準備する時間があるのだから。
「1つ聞きます。魔王の決定はどれだけ魔族全体の意思として通るのでしょう?」
「魔王だぞ。その決定に反対意見など許されるはずがない」
「……そうですか」
しかし論外だからこそ魔王モモに準備する時間を与えない。恐らく私は魔王モモを相手に政治で勝てない。正道を選んでも負けに進むだけ。それならば多少のリスクを背負ってでも、ここは裏をかいて直接出向く方が良い。それに今は魔王モモの元にはルカもカオリもいる。戦力として充分過ぎるものであり、護衛の準備も必要ない。
問題があるとすれば転移が1日に1回だけで1人しか送れないということ。私が使えばベックがこの場に残ることになる。そこだけがネックだが……
「そういえば貴方。服を着てるんですね」
「なにを当たり前のことを……」
「つまり転移は身に着けてるものは対象になるということでよろしいですか?」
頭の中でピースが嵌まる。私が無機物に……それこそ指輪にでも変化して身に付けさせれば2人同時に送れる。ベックだけを残すという問題も解決出来る。
「翌朝。私を魔王城に連れていってもらってもよろしいですか?」
私は魔王領へと出向くことを決めた。ここで考えていてもなにも始まらない。とにかく今は動くべき盤面だ。悩むくらいならば動いた後に考えてしまおう。
* * *
リアルと同盟を組んだ翌日。城は全体的にざわついていた。俺は眠い目を擦りながら廊下に出る。ただでさえ色々と思考を回しすぎてるというのに、朝からなんの騒ぎだと言うのだ。
「大変だ。大変だ。ベックがヤミ国の第二王女を連れてきた!!」
「"だいにおーじょ"ってなんだ? 偉いのか?」
「わからねぇ!! なんか大変らしいぞ!」
廊下で騒ぐ魔族の話に耳を疑った。彼らの話が本当ならばメイが来たということになる。俺は事実を確かめるべく大急ぎで着替えて、モモが私室としている玉座の間へと向かった。
「モモ!! メイが……」
「うん。分かってるから大丈夫」
扉を開けるとメイがいた。空気はこの上なく殺気立っており、一触即発の状況だった。少なくとも仲良く話し合いという空気では全くない。ここからいつ戦争に発展してもおかしくないとすら思ってしまう。
「メイ・アルカード。話す前にお兄ちゃんの腕を治してもらってもいいかな?」
「腕……ですか?」
「うん。少し前の戦いで感覚がなくなったみたい。貴方なら治せるでしょ」
「わかりました」
メイの治癒による光が俺の右腕を包む。それによって失われていた感覚が戻っていく。それと同時に身体に纏わりついていた痺れも取れていく。
「……ありがとう!」
「気にしないでください。大した手間ではありませんから」
治った右腕をブンブンと振り回す。感覚がないことに慣れつつあったので、少しだけ違和感がある。しかし右腕で空気の冷たさを感じられるのがこの上なく嬉しかった。
「さてと。それじゃあ政治の話に入ろうか」
「はい。私もそのつもりで来ましたから」
再びピリついた空気になる。まるで俺は蚊帳の外だ。もし政治の話ならば俺は外にいた方が良いのだろうか。そんな不安を覚えてしまう。
「……わざわざ顔を出すなんて政治家として正気を疑う」
「心配は不要です。この場にはルカがいますから」
しかし2人は俺を無視して話を始めてしまった。これは俺がいても良いということなのだろうか。むしろこの魔王城という場でメイを1人にする方がまずいのではないか。とりあえず今はここにいることとさせてもらおう。駄目ならば追い出されるはずだ。
「そんなルカを使者としてよこした。それは宣戦布告として受け取っていいのかな?」
「それは困ります。そういう意図ではありませんので……ただ、そう捉えられてもおかしくないのも事実。誤解させたことを謝罪いたしましょう」
メイが頭を下げる。それによってモモもそれ以上のことを言えなくなる。恐らくメイは本気で悪いと思ってるわけではない。ただそうするのが一番手っ取り早いからしたに過ぎない。モモも当然ながらそれを理解しているだろう。しかしここで詰めれば自分が不利になることも分かっている。だからモモはなにも言うことが出来ない。
そんな風に目の前の光景を分析してみる。2人は賢いし、きっと俺の理解が及ばないような心理戦が既に始まっているのだろう。
「……それで話し合いが希望だっけ?」
「はい。まず私達は互いのことを知らなすぎます」
「うん。そうだね」
「私としてもカオリとルイスの身内と敵対する意思はありません」
「そうだね。魔王ウシカゲの復活が迫ってるし――そんなことしてる場合じゃないよね」
その言葉にメイが一瞬だけ言葉に詰まる。その意味を遅れて少しだけ理解した。メイはウシカゲの事を知らない。俺達がウシカゲの復活を知ったのは勇者カミーラから話を聞いたからだ。恐らくメイは転移して真っ先にモモの元に向かったはずだ。つまりメイはカミーラと会っていない。カミーラからウシカゲの話を聞いていない。
メイが魔王ウシカゲという情報を掴めていない。その隙をモモは逃さない。会話の主導権をモモが握っていく。
「すみません。少し考える時間がほしいので……」
「やだ。これでも私は魔王だから時間を空けるのも大変なんだよ。王族なんだからそのくらいわかるよね?」
「……」
「それにそっちから訪ねてきてやっぱり後日っていうのは正しくないと思うな」
モモはメイが知らないことを承知で刺しにきた。メイのテンポを崩しにきた。これは穏便な話し合いでもなければ、互いの認識の擦り合わせのようなものではない。喰らい合いの戦いだ。言葉による戦争なのだ。そのことを今になって理解した。
「もうこの場で全部決めちゃおうよ。ヤミ国と魔族の関係もエルフへの対処も全部さ」
「……まず確認してください。魔王ウシカゲの復活というのは本当ですか?」
「あれ? もしかしてヤミ国ともあろう大国が知らなかったのかな?」
「はい。こちらでは掴めていない情報なので、詳細を聞かせていただけると……」
「うん。そこはあとで勇者カミーラに聞きなよ。当事者に聞いた方が速いもんね」
ああ。そうか。メイはカミーラのことも知らないのだ。カミーラが生きていたことも知らない。その情報だけでも充分過ぎるほど巨大な爆弾になるのだ。
モモは的確にメイがなにを知っていて、なにを知らないのか理解している。知らない情報を爆弾としてぶつけている。
「待ってください!? カミーラがどうしているのですか!! 彼は何千年前の……」
「そこも話したいのは山々なんだけどさ。それより先に私達の関係の話をしようよ。そのために来たんでしょ?」
モモによって話が政治へと戻される。メイの集中力が削られ、モモにとって有利な状態で話し合いの席に着かされた。会話のイニシアチブがモモに奪われている。
「……まぁでも政治の前に1つだけはっきりさせないといけないことがあるね」
「なんですか?」
「貴方はお兄ちゃんを異端審問官として――政治の道具として利用した。そこをなかったことにして仲良く手をつなぐなんて真似は出来ないよ」
「モモ。それは違う」
あれは俺の意思によるものだ。メイは関係ない。それをメイの責任にするのは間違っている。しかしその言葉が口から出ることはなかった。
「異端審問官になったのは俺の意思だ。俺が望んだことでメイは関係ない」
「どうだろうね。不安定な状況を人質に取られ、選択肢がない状態で突き立てられただけだと私は見てるけどね」
「違う! 俺は!」
「たしかにお兄ちゃんは自分の意思で選んだのは事実かもしれない。でもそう思うように洗脳されたんじゃないかな?」
「……ッ!」
「異世界転移で不安に襲われてる中で異端審問官になることを迫る。その状況なら断ることなんて出来ないよね。受け入れる以外の道がない」
駄目だ。なにを言っても通用しない。モモは戦い方を完全に理解している。
この場は完全にモモの方が有利だ。恐らくメイがベックの転移で直接やってきたのはモモに準備する時間を与えないためだろう。不意打ちとしての一手だったはずだ。しかしそれはモモに通用することがなかった。あっさりと対応されてしまった。メイが押されてるのは自分が攻めるつもりで来たからだ。それ故に反応が僅かに遅れた。その僅かな遅れをモモに突かれた。
「まぁ事実はともかくとして私の家族を政治に巻き込む人を信用することは出来ない。そこの言い訳をきちんとしてもらわなきゃ筋が通らない」
「そこは認めましょう。私はそこの桜ヶ崎カオリを異端審問官として採用し、政治に巻き込んだ。それは紛うことなき事実です」
「そういうことをする相手を国家として信用しろ。随分と虫が良い話だと思わない?」
メイを助ける手がなにかないか考える。しかしなにを言ってもモモに言いくるめられるビジョンしか見えない。
ここでモモを言い負かさなくてもいい。せめて僅かな時間を稼げればメイが思考の時間を稼げる。そうなればメイも盤面を取り返せるはずだ。なにか考えろ。モモを少しの間だけ離席させる手段を見つけろ。
「しかし私達が潰し合うというわけにもいかないのも事実。それはカオリやルイスを困らせることになります」
「そういう話はしてないの。私は貴方達が信用できないって話をしてるの。ここで同盟や不可侵条約を結んだとしても、いつ破ってくるか分からないって言ってるわけ」
「……」
「私だってヤミ国と戦争したいってわけじゃないよ。ただ話し合うなら背中から刺してこない根拠を示せって言ってるの。今の貴方達はいつ寝首をかいてくるか分からない敵なんだよ」
あまりにモモが強すぎる。的確に嫌なところを突いてくる、その上で論点のすり替えに乗ってくることもない。メイの反撃を見事に見抜き、的確に対処してくる。メイが反撃に出ようとする度に逆利用される。
「私は多く求めてないよ。ただ信頼出来る根拠を示さなきゃ話し合いなんて夢のまた夢だと言ってるわけ。話し合いに来たんだから、そのくらいするのが普通じゃないかな?」
「……貴方。本当に話し合うつもりはありますか?」
「どういうことかな?」
「私は貴方を……魔王モモの人となりを知るために来ました。しかし貴方の発言はどれも結論ありきなもの。話し合いもしていないのによく決めることが出来ますね」
「それは勘違いだよ」
「そう言うならば態度で示してください。私はそのようには思えない」
メイの言葉で少しだけ風向きが変わる。ここにきてようやくメイへと手番が移った。メイはずっと静かに観察していたのだ。目の前の論争に飛びつかず、静かにモモを見ていた。全てのリソースを観察に割いていた。それ故にこの一手が生まれた。
「……もしかしてヤミ国に戦争を仕掛ける大義名分を探してるのではありませんか?」
「根拠はあるのかな?」
「まぁいいでしょう。話し合えば分かることです。ですから話し合いの席につきなさい。魔王モモ」
ここで初めてモモの表情が真剣なものとなる。メイを敵として認識した。そのような視線を向ける。モモがメイへと一歩近づいていく。ただ一歩踏み出しただけなのに物凄い威圧感を覚える。それこそ呼吸することすら許可が必要なのではないかと勘違いするほどの威圧感。
「まずなにについて話すのかな?」
「魔王ウシカゲや勇者カミーラ……色々と聞きたいことはありますが、今はおいておきましょう。その前に私は貴方がなにを望むのか問いたい」
「うん」
「その回答で私達も貴方を敵と見るか味方と見るか決めなければならない。答えてください」
メイは威圧感に臆することなく堂々と答えていく。怖気づくことなく堂々とモモに視線を返し、反論していく。
「答える前に1ついいかな?」
「はい」
「貴方達は異端審問によって異教徒を排斥してる。それは私の倫理として到底受け入れられるものではないんだけどさ。どういう正義があってやってるのかな?」
「郷に入っては郷に従え。異端審問に関して、それ以上の言葉が必要ですか?」
「……格好良く言ってるけどさ。それが相手の文化を壊す理由になるわけ? 貴方達は侵略戦争を仕掛けて多くの国を吸収した。貴方達は人の地に勝手に立って、そこで自分達の土地だから従えって言ってる。郷に入っては郷に従えとは別物だよ」
モモの言うことは相変わらず正論だ。もしも俺ならば言いくるめられていただろう。しかしこの場にいるのはメイだ。政治の場におけるメイの強さは痛いほど知っている。ただ言い負かされるだけの展開にはならないはずだ。俺の好きになった人がそんな小物なわけがない。
「侵略戦争を仕掛けるつもりはありませんでしたよ。ただ結果としてそうなってしまっただけ。最初に宗教を押し付けたのは向こうです」
「それが貴方の言い分ね。歩み寄ろうとか思わなかったわけ?」
「勝手に来てこちらのルールを尊重しない。尊重するという建前すら言えない。そんな輩と共生出来ると本気で思いますか? だからこそ異端審問という形で排斥しているに過ぎません。歩み寄れというのならば、向こうがそれを示すのが道理でしょう」
メイの言うことも正論だった。道徳を軸にした正論と現実論を軸とした正論。どちらも正しいからこそ一方的に言い負かされるということがない。
「その対応を問題視するならばどうぞご勝手に。その在り方を変えるつもりはありませんし、私は間違ったことをしていません」
「なるほどね。そういう考え方ってことね」
この話は平行線だ。モモが主張する正義に対してメイも正義で返した。どちらが正しいか白黒つけるという話ならば文字通りの戦争だ。言葉だけで善悪は決められない。善悪を決めてしまうのは暴力なのだから。
「私は一国を守る立場にあります。国を守るためには人を殺すことも当然ながら選択肢として持たねばならない。それが国を持つということ。どんなに綺麗事を並べようが、国の形を歪め、国民に不利益を与えるようなものは王族として認められない。認めてはならない」
人殺しを手段とする相手は信用できない。モモの掲げるそれは共感できる理屈だった。しかしいざという時に殺しという選択肢を持つ。それを持たずに国民に不利益を被らせてはならないといメイの意見も共感できる。王様が綺麗事を言い続け、その結果として大切な誰かが殺されたら納得など出来るはずがない。矛盾こそしているが2人ともが間違っていない。ただ王様になってほしい人物は綺麗事を言う人物ではなく、自分を……国民を守る人物だ。単純な支持ならばメイの言葉の方が集まるだろう。
「それが私の掲げる正義です。今度は貴方が答えてください」
「うん。いいよ」
「魔王モモ。貴方は魔王という座に座りました。その先になにを望みますか? なにを思って魔王の座にいるのですか?」
「正直さ。そういうのはあんまりないんだよね」
「……は?」
「あくまで魔王というか政治が出来るのが私だけだからやってるだけだしね。与えられた仕事は最低限やるのが人として当然でしょ? だからやってるだけで執着もないし、展望もないよ。強いて望むのは魔王の座を引き継いでくれる人かな」
俺達は唖然とした。モモはここまでの話をちゃぶ台ごとひっくり返したのだ。ここまでは王としての話をしていた。王という立場だからこそ綺麗事では回らない。それ故に道徳を謳うモモの方が揺らいでるように見えた。しかしモモは最初から王の立場から話していなかった。
魔王が務まる人が他にいないからという理由だけでなれてしまう。それがモモという存在なのだ。その程度の認識で魔王を苦もなくこなせてしまう。モモはそういう怪物なのだ。だからこそ彼女の言葉は王としての言葉ではない。ただの一市民としての言葉でしかないのだ。
「まさか……そんな理由で……」
「この国に来た貴方なら分かるでしょ。大衆は第二王女という言葉すら知らない。そんな中で政治が出来るのが私以外にいると思う?」
「それは……」
「結局のところ私しか務まらないんだよ。与えられた仕事に手は抜かないけど、モチベ無しでやってる人間に期待しないでほしいな。もっとも仕事である以上は真面目にやらせてもらうけどね」
モモの言うことも事実だろう。魔族という立場で魔王を背負えるほどの人物がいない。魔族には大衆を引っ張れる王がいない。それ故に国として機能させるにはモモが魔王を務めるしかないのだ。そこに野心がないとしても。
「まぁ個人として望むものはあるよ。でも魔王として望むものはない。そして個人での願望は自由だし、そこには責任もない。だから貴方に語る気もないし、責められる
「貴方。魔王として——いや、王としての責任感が欠落しているのでは?」
「でも仕事は回してるんだから良くない? そもそも私は仕方なく魔王をやってあげてるんだから、私を魔王にした人に文句は言ってよ」
それは……まぁ本当にそのとおりである。モモが玉座に固執しているならば、話は変わるだろう。しかしモモはやってあげてる立場なのだ。その立場の人に多く要求するというのも筋違いな話。むしろ放り出さずに真剣に仕事をしてるだけ立派だという気すらしてくる。なにせモモには魔王をやる義理もないのだから。
「だから私は貴方を王という観点から良し悪しを評価しない。あくまで1人の人として評価するんだよ。人として殺人は駄目だって言ったんだよ。それなのに国家論を語られても迷惑だよ。私は魔王ではあるけど、思想は王様としてのものじゃないからね」
「……そういうことでしたか」
「そんな舐めたことで国を回せると思ってるのか。その言葉はぐうの音も出ない正論。もしも私が王様なら同じように現実論を取り入れてる。だけど私は違うからね」
見ているレイヤーが違うのだ。恐らくモモは魔族がどうなろうが心を痛めない。それこそ滅びようが気にすることもないだろう。あくまで与えられた仕事はきちんと手を抜かずにやるという倫理で動いてる。それこそ社会人としての倫理で王を務めているのだ。自分というものを仕事に賭けていない。自分は関係ない立場にいると思っているのだ。
「しかし国が落ちれば貴方は……」
「たしかに魔王という立場で在る以上は戦争で負けたりしたら処刑だね。当事者意識は持った方が良いのも事実。だけど誰が私を殺せるのかな?」
「——!」
「全世界の全員が相手になっても私が勝つよ。私は政治が出来るということ以上に強いから魔王にさせられたの。魔族が全員束になっても私に勝てないから、私は魔王として君臨してるんだよ」
「魔王は王様であると同時に暴力の象徴ということですか」
「そういうこと。私1人ならどんな盤面からでも捲れるから当事者意識なんて必要ないでしょ?」
長い話が終わった。結果は決裂だ。ヤミ国と魔族の交渉は失敗したのだ。どちらが悪いというわけではない。どちらも正しさを貫いた結果として相容れなかった。
俺はどこか話し合えば解決する。仲良く同盟を組んで全てが丸く収まるなんて甘い考えをしていた。しかし現実は甘くなかった。2人は水と油なのだ。決して交わることがないのだ。
「さてと。これでアイスブレイクは終わりでいいかな。私の人となりも理解してもらえたかな?」
「ええ。痛いほどわかりました。貴方は魔王以前に聖女ルイスの妹であるということを」
「それは良かった。そして話を最初に戻すけど、私はヤミ国を――背中を任せる相手として信用できない」
「同感です。ヤミ国としても魔族を——いいえ、貴方を王として評価するわけにはいかない。貴方の在り方はあまりに異質過ぎて、一般的な政治が通用しない。その観点で測るだけ無駄でしょう」
モモが背中の剣を抜く。真っ赤な真紅色の剣が抜かれた。その剣先がメイへと向けられる。もしこの剣が振られたら全てが終わる。戦争の道しか残らなくなる。
モモは剣でヤミ国との同盟にNOを突き立てた。異端審問をするような国は信じられないという理由でヤミ国を拒否したのだ。
「さてと。それじゃあ互いに仲良く出来ないと分かったところで戦争でもする? 同盟も不可侵条約も組めないってことはそういうことだよね?」
「それは遠慮願いたいところですね。貴方を相手にすると思うだけでゾッとする」
「降伏って形なら受け入れてあげる。魔王として不穏因子は排除しないとね。だって貴方達は——異端審問をするような国は私達に牙を剥くからね」
俺はロストベリーに手をかける。初めて向けられるモモの殺気に身体が震えだす。全身が逃げろと叫んでいる。目の前の敵にはどう足掻いても勝てない。自然災害に飛び込むようなものだ。無謀だ。
しかしなにもしないわけにはいかない。このままでは本当に取り返しのつかないことになってしまう。なんとしてでもモモを止めなければならない。俺がやらなければならない。俺が……
その瞬間に剣が横に振られた。放たれた斬撃は俺達の頭上を通り過ぎ、壁を大きく傷つけた。音もなく放たれた飛ぶ斬撃。その威圧感に俺は全身に鳥肌が立った。
天啓すら出していない一撃。その一閃で常識が変わる。今まで俺は多くの剣技を見てきた。しかしモモの剣を見た後では全て子供の遊びだ。モモの前ではルイス姉の剣技ですらおままごとに見えてくる。モモの一撃は剣の世界を変えてしまう一撃だった。
「……なんのつもりですか」
「必死にならなくていいじゃん。外してあげたんだし、なによりメイ・アルカードは不老不死なんだからどうせ死なないでしょ?」
モモが剣を収める。それによって真っ先にきた感情が安堵だった。見逃されたという安堵。俺達は本能的にモモに恐怖を覚えてしまったのだ。
「それじゃあね。部屋だけは用意しておいてあげるからのんびりしていきなよ。メイ・アルカード」
モモはゆっくりと俺達の横を歩いて部屋を後にした。
俺達は地面に座り込むことしかできなかった。モモの剣技をひと目見ただけだった。それだけで心を折るには十分すぎるものだ。今まで戦ってきた誰よりも強い。幼女ではない本気のルカで五分五分。その意味を身に沁みて理解する。あんなのを止められるのはルカだけだ。宣言通りモモならば1人でどんな場面からでもやり返せてしまう。全世界が相手になろうがモモが勝つ。その言葉が事実に出来てしまうほどに強い。
それほどまでに理不尽だからモモは魔王となったのだ。
「あれが魔王ですか……本当に人が勝てるものなのですか?」
俺は首を横に振る。あんなのに勝てるのは怪物だけだ。今まで世界最強はルカだと思っていた。ルカが一番理不尽でデタラメな存在だと思っていた。しかしモモの前ではそれに懐疑的になる。あのルカでもモモに勝てるのだろうかと。
「そういえばルカはどこなのですか? こういう時は私の護衛なのですが、庇っても良いと思いませんか?」
「言われてみれば見てないな。探してみるか?」
「はい」
俺はメイに城を案内しつつルカを探していく。この場でルカになにかあるとは思えない。いったいなにをしてるのだろうか。
「それで地下には会員制のボウリング場があって、基本的に俺達はそこで暇を潰している」
「なんでそんなのがあるんですか?」
「俺も詳しいことは知らねぇ。ただ娯楽も少ないし、ルカならボウリング場にいるんじゃねぇかな」
今まで疑問に思っていなかったが異世界にボウリング場があるというのも奇妙な話である。なんていうか自然とそういうものだと流してしまえるようになった自分が怖くなってくる
「あ、おい。リアル」
「ひゃ、ひゃ、ひゃい!?」
そんなことを考えてるとリアルがいたので声をかける。彼女の全知ならばルカの場所もすぐに特定できる。
「カオリ。そちらの方は……」
「リアル。テロリストで全知のスキルを持ってる」
「……私。そろそろツッコミに疲れましたので流しますね」
たしかに少し情報過多だ。リアルについて話すのは後日にしておこう。ただでさえモモとの会談の失敗、カミーラの生存、魔王ウシカゲの復活と整理しなければならない情報が多すぎる。それにリアルの事は急ぎで話すようなことでもない。もう終わったことなのだから。
「……ル、ルカさんなら……朝から魔物討伐に出ています……よ」
「魔物って……」
「獣のことでしょう。エルフ領や魔族領でしたら魔物という呼び方が一般的ですから」
「あぁ。なるほどね」
「しかし貴方。私達がなにも言ってないのにどうして用件が分かったのですか?」
「ぜ、全知で会話の内容を聞きましたから……」
その言葉に少しだけゾッとする。もしかして彼女の全知というのは想像以上に凶悪なスキルなのではないだろうか。俺は図書館のように調べ物が出来るスキル程度に思っていたが……
「……もっとも上級悪魔であられるメイ・アルカードさんの事は見れませんけどね」
「貴方も私のことを知っているのですね」
「は、は、はい……全知を持ってますから……」
「そうですか」
「それでは失礼しますね……」
それだけ言うとリアルはそそくさと去っていく。しかしルカが外にいると分かった以上は探しても無駄ということか。はたしてどうしたものか。
「なぁメイ。モモは戦争を仕掛けると思うか?」
俺は雑談として話題を振っていく。俺自身としてもメイがモモをどう捉えてるのか気になってる部分ではあった。今のメイの見解を把握しておきたかった。
「少なくとも今はないと思います」
「しかし戦争を吹っ掛けるような言い回しだったぞ」
「この場にはルカ、ルイス、カオリ、カミーラ……少し人が多すぎる。ここで仕掛ければ全員から袋叩きになるでしょう」
「たしかに」
「最初から全員を敵にしてしまうつもりなら、今回のような話し合いも必要ありません。少なくとも大義名分を用意した上で仕方なくという形にしたいのでしょうね」
今回の話し合いでハッキリとしてしまった。メイとモモは手を取り合えない。あの感じでは仲良く協力関係なんていうのは夢のまた夢。
メイの態度は友好的だった。モモの価値観からしてもヤミ国と敵対する理由はない。それは無駄なリスクにしかならないはずだ。それなのにモモはどうしてヤミ国に敵意を剥き出しにしているのか。そもそもモモはなにがしたいのだ。ここでヤミ国に喧嘩を売る理由があるのか。そこがどうも引っかかる。
「……カオリ。どうしました?」
「少しだけモモの動機を考えてた」
「たしかに……ここで私達と敵対する理由がない。それなのにあの態度は妙ですね」
「メイとモモは初対面だよな?」
「はい。もしかして私がなにか地雷を踏んでるのでしょうか?」
「なにか思い当たる節があるのか?」
「そういうわけではありませんが……他になにも思い浮かびませんから」
俺はモモを引きずり降ろして魔王にならなければならない。リアルとそういう同盟関係を結んだ。目の前のことですら手一杯だというのに、ここにきてモモとメイの不仲までのしかかる。
まず俺はなにをすべきなのだ。モモが敵意を見せる動機を探るべきか……それともリアルと協力してエクスカリバーの奪取に集中すべきなのだろうか。
「メイ。ここからどうしたい?」
「とりあえず魔王モモとは友好的な関係を築きたいですね。あれを敵に回すのはリスクが高すぎる」
「王として評価しないと言ったのに?」
「それとは別問題です。私は王として評価はしないと言いましたが、敵対するとは言っていません」
「……それならあれは失言だろ」
「反省しています。しかし言わなければ気が済みませんでした」
メイの言葉で少しだけモヤが晴れた。俺がやるべきことは魔族とヤミ国の関係修復だ。俺はメイの英雄になると決めた。それならばメイが求めるものを提供するのが一番の近道だ。エクスカリバーの事は今は後回しにしよう。この失敗した会談をなんとか立て直すのだ。
しかしメイの問題を解決しようにも状態はほぼ詰みだ。モモを説得しようにも論破されるのが目に見えている。はたしてどこから攻めたものか……
「とりあえずルカがいないのでしたら、私は少し疲れましたので部屋に行きますね」
「ああ。場所はさっき案内したから分かるよな?」
「もちろんです」
その言葉を最後に俺はメイと別れた。それからは特に大きな事件がなく、1日が終わった。俺も今後のことについて悩みながら眠りについた。明日が怒涛の1日になるとも知らずに。
◆ ◆ ◆
翌朝、騒がしい声で目を覚ました。
最初は夢の続きかと思った。窓の外から何人もの話し声が聞こえてくる。怒鳴っているわけではない。しかし妙にざわついていたのだ。
眠気の残る頭のままカーテンを開けると、中庭に人だかりができていた。
「……なんだ?」
適当に上着を羽織って外に向かう。
近づくにつれて、空気がおかしいことに気づいた。嫌な胸騒ぎを覚えて少しだけ急ぎ足で中庭へと向かっていく。
「カオリ! メイがどこにいるか知らへん?」
「ルイス姉か。知らねぇけど……なんの騒ぎだ?」
「説明するより見てもらったほうが早い。少し来てな」
そのままルイス姉に手を掴まれ、中庭へと引っ張られていく。中庭に行くことで否応でも
「……え?」
声が漏れた。
目の前の光景を理解するまでに、数秒ほどかかった。
だらりと垂れた四本の腕。力の抜けきった身体。不自然な方向へ傾いた頭。彼の首元から上へ伸びている縄。
隣では一人が口を押さえ、その場にしゃがみ込んでいる。別の誰かが"嘘だ"と何度もうわ言のように繰り返していた。
「死体や」
ルイス姉の声でようやく現実へと戻ってくる。
中庭にあったのは首吊り死体だった。
――魔王モモの側近であるベックが死んでいたのだった。