デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~   作:ギャン吠えチワワ

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92話 殺人事件

 

「ベック!! どうして!」

 

 駆けつけたモモの嗚咽(おえつ)混じりの叫び声が響く。モモの拳が彼の死体を叩く。その拳には力がなかった。俺達はそんなモモを無言で見つめる。空気が重い。誰も声を出すことが出来ない。ここまでモモが感情を剥き出しにするところは初めて見た。そんなモモを見て自分のことのように心が痛くなる。

 

「――他殺。恐らく首を絞められたことによる窒息死で、犯行時刻は1時間前程度やろうね」

「目撃者は!」

「不幸にもおらへん」

 

 ルイス姉が言葉を漏らす。モモがベックの死体から手を離して、膝をついて顔を手で覆って泣く。そんな悲痛な光景から目を逸らすように顔を伏せる。今まで死体を見る機会は何度もあった。しかし誰かが死を悔やむ光景というのは見たことがなかった。

 

「カオリ……」

「メイ。今はそっとしておいてやってくれ」

「もちろんです」

 

 モモは自分を責めるかのように地面に拳を叩きつける。モモから後悔の声が漏れていく。

 

 ベックの遺体を見つけた時は手遅れだった。メイの治癒は生きてる人を治すことしかできない。死人を蘇らせるようなものではない。もしも発見が少しでも早ければ、こんなことにはならなかったのだろうか。

 

「これは間違いなく殺人事件や。誰かが殺意をもって殺しとる」

「とりあえずさ。遺体を人目に晒すのもあれだし、一度片付けない?」

 

 やってきたルカの一声で野次馬は散らされ、静かに片付けられていく。遺体はルイス姉の収納スキルで片付けられ、現場は証拠保全の観点から手が加えられることはなかった。

 

 俺達は改めて一室に集められた。今後の捜査方針をどうするのか。それを明確にするために。なにせ起こったことは殺人事件。この城内に殺人鬼がいるということなのだから。

 

「どうせリアルが犯人でしょ。一番殺人に抵抗がなさそうだし」

 

 ルカが毒を吐く。ベックの遺体を見てもルカは一切動じていない。恐らく人が死ぬなど日常茶飯事で慣れてしまっているのだろう。それにベックとルカは仲が良いわけではない。それこそ互いに名前を知ってる程度の関係。なにか思えという方が酷というものか。

 

「こ、こ、殺しませんよ! 殺したところでモモ様に全知が模倣されて、犯人即バレで詰みじゃないですか!」

 

 そんなルカの一声に身振り手振りで反応するのが呼びつけられたリアル。彼女は図太いことに殺人事件が起きても動じることなく自室で寝ていた。それこそモモが起こしにいくまで表に出てなかったほどだ。

 

「ベックは強い。リアルに殺せるとは思えない」

 

 モモが静かにつぶやいた。あれでもモモの側近……つまり魔王の側近だ。暴力至上主義の魔族で登り詰めたということは強いということだ。ベックを殺せた相手は戦闘力のある人物だけ。

 

「それにリアルには殺す動機がないだろ。少なくとも理由もなく殺しはしないと思うが……」

「あ、動機はあります。ベックはルイス様を政治利用しようとしたので……死んだ方が良いなぁと思ってました」

「こっわ……倫理どうなってるの?」

「た、ただモモ様が言うように私はベックに勝てません……殺すなら毒殺です」

 

 隠そうともしない態度がリアルを犯人から遠ざける。犯人ならば今の俺の言葉に同調するはずだ。少なくとも犯人のすることではない。今回の事件からリアルは無関係と見てもいいだろう。自ら疑われるようなことをする理由がない。

 

「それでルイス。どうしてルカとリアルの2名を呼びつけたのですか?」

「事件解決には一番手っ取り早いやろ。リアルの全知で犯人を特定して、ルカが取り押さえれば終わりや」

 

 まだメイはリアルのことを知らない。彼女がテロリストであることもヤミ国の民を虐殺したことも知らない。

 ここでメイがリアルの所業を知れば殺人事件の捜査どころではなくなる。それこそ話がぐちゃぐちゃになり、収拾がつかなくなってしまう。この事件のせいでリアルの所業を説明する機会を完全に逃した。しかし知らないことが後に面倒なことになりかねない。今のうちに触りだけでも言っておくべきか。

 

「メイ。今は割愛するが……リアルは相当数を殺した殺人犯だということは覚えておいてくれ。もしリアルのことを知っても……ある程度落ち着くまでは触れないでくれ」

「わかりました」

「それとルイス姉。全知ならモモが模倣した全知でいいだろ?」

「今のモモはうちの収納を模倣しとるから、全知を持っとらんで」

 

 ああ。そういうことか。

 収納のスキルで聖剣エクスカリバーを隠している。モモの模倣は上書き保存だから収納を使ってるうちは転移も全知も使えないということか。もちろんここでリアルの全知を模倣するという手もあるが、そうなるとエクスカリバーを見せるリスクが生まれる。そのリスクを嫌って全知を行使しないということか。

 

「それにモモが全知を使わんでも……リアルが使えばええんやから困ることはあらへん。全知は1人おれば事足りるスキルやろ」

「それじゃあリアル。さっさと全知で犯人特定してくれ。それで終わりだろ」

「も、もちろん……既に使ってますよ……」

「結果はどうやった?」

「た、た、大変言いにくいのですが……透明人間に首を縄で絞められて殺されていました……」

「は?」

「も、も、もちろん……誰が透明なのかは全知でも分かりませんでした……や、役立たずですみません!!」

「全知でも分からんことってあるんか?」

「ありますよ。モモ様なら……その意味が分かりますよね?」

 

 全員の視線がモモに集まる。まるでリアルの言う事の真偽を確かめるように。

 リアルはテロリストだ。彼女の言うことを鵜呑みにすることは出来ない。俺達はリアルを信用していないのだ。それ故にリアルが全知そのものの仕様について嘘を吐いてる可能性を反射で考慮してしまった。

 

「全知は悪魔を見えない……もし本当に透明なら犯人がメイ・アルカード第二王女なら見えないね」

「そんな! 私は殺していません!」

 

 メイが弁明するように声を荒げた。俺もメイを庇うようにモモとの間に立つ。メイに限ってベックを殺すわけがない。たしかにメイの性格は容赦がないし、人くらいならば平気で殺す。しかしメイは無罪の人を殺すような存在ではない。それは俺がよく知っている。

 

「白々しい。それならどうして全知で犯人が見えないわけ?証拠としては充分でしょ!」

 

 モモがメイを睨みながら怒鳴り声をあげる。剥き出しにされた殺意がメイに向けられる。まさしく一触即発の空気。それに反応してルカも暴食のハルバードを無言で抜き、戦闘に備える。恐らくルイスがルカを呼びつけたのは、この事態も想定していたのだろう。メイが疑われるという事態を。

 

「少し落ち着き。メイには殺す理由があらへんやろ」

「そんなの私に転移のスキルを使わせないためで充分でしょ!」

「私はずっと部屋にいました! アリバイが……」

「……そもそも相手は上級悪魔! どんなスキルを持ってるか分かんないし、アリバイなんてどうとでもできるでしょ!! それこそ実は分身をもってましたみたいな後出しじゃんけんが出来るのが彼女でしょ!」

「そこはうちもモモと同意見や。今回はアリバイとか殺害方法とかは根拠にならへん。うち含めて、ここにいる層ならいくらでも偽装できる。それにメイは隠し札がどこまであるか分からへん。実はベックより強い言われても驚かへん」

 

 その言葉には一理あった。それこそモモが遠距離から見えない斬撃で脳の血管だけを斬ったみたいなとんでもない技能を繰り出したとしてもおかしくない。そういう物理法則が通用しないやつしかいない。それ故に考えるだけ時間の無駄。アリバイも殺害方法も無罪の証明にはならない。

 

「たださ。裏を返せばここにいるのはみんなリアルの全知を偽装する術……というよりトリックを思い付くような人達じゃないかな?」

 

 ルカがぽつりと言葉を漏らした。たしかに全知の透明人間をトリックだと考えるならば不可能ではない。しかし全知は全ての痕跡を見るスキルだ。それこそ欺こうという意識が痕跡になってしまう。たしかにルイス姉やモモ辺りなら出来そうな気がしなくもないが……

 

「せやね。透明人間だからメイが犯人というのも証拠にはならへん。そういうトリックがあってもおかしくはあらへん」

「そ、それを言い出したらどんな証拠を見つけても犯人だと断言することが出来ないのでは……?」

「どういう意味や?」

「み、皆様は相当賢いです。い、い、言い方は悪いですけど……そ、その……言い訳くらい容易だと思います。嫌疑をかけられても簡単に逃れられます。完全犯罪なんて朝飯前の人達です」

 

 どんな物的な証拠が出ようが逃れられる。それ故に証拠すら意味をなさない。たしかに筋が通っている。正直言ってルイス姉が犯人で徹底的な証拠を見つけたとしても、上手いこと言いくるめられる気しかしない。

 

「全知という前提を疑ったら話にならないってことね」

「そ、そうです……た、ただ追求する側も賢いので……そ、その……上手い言い訳が出来ない事実をもって犯人と見てよろしいのでは?」

「な!?」

「ど、どんなに賢くても……事実は覆せませんから……」

「あなた。なにを……」

「じ、事実だから言い訳の仕様がなかった。そう考えるのが自然ですよね?」

 

 俺とメイはリアルの発言に愕然とする。つまるところ俺達がトリックを解かないとメイを犯人とみなすと言っているのだ。自分が犯人だからトリックの説明が出来ない。そんな理屈で犯人を決めると言っているのだ。

 

「も、もし……違うと言うのならば嫌疑を晴らせるはずです。そ、それだけのことが出来るスペックがメイ第二王女様にはあると思います」

「なんと無茶苦茶な!」

「だ、だから……メイ第二王女様は……犯人じゃないと言うのならば全知のトリックを解明し、自分が無罪である言い訳をしてください。それができなければ……犯人とみるしかなくなります」

「そういう貴方はどうなのですか!そもそも貴方が嘘を吐いてる可能性もあるじゃないですか!」

「そ、それは……否定出来ませんね……」

「ただ正直言ってうちはメイが犯人の可能性の方が高いと思うで。リアルがうちに嘘を吐くと思えへんし、なにより犯行を隠すとも思えへん」

「たしかに。リアルらしくはないね」

 

 嫌な事実だ。リアルは人を人として見ていない。それこそ虫のように思ってるはずだ。わざわざ虫を殺したことを隠すだろうか。なによりルイス姉のためにテロまでするような人物がルイス姉を欺くような真似をするとも思えない。

 

「……それと少し空気を壊す話をしてもええか?」

「なに話すつもり?」

「このまま転移のスキルが消失するの避けたいんやけど……うちの方でスキルの抽出してもええか?」

「は?」

「そういう話もしないといけないんちゃうか」

「だからって!」

「転移。そのスキルの有用性が分からへんわけやないやろ。これだけで大きく戦況が変わるスキルや」

 

 その話でスキルは移植可能だったということを思い出す。アレックスがフウガを狙ったのもそれが理由だった。この場にあるベックの遺体には価値があるのだ。なにせスキルの内容も転移という非常に強力なもの。

 

「……スキルの抽出ってどうやるんだ?」

「遺体を全て粉砕して空の実に入れるんですよ」

 

 その内容に思わず息を呑む。そんな俺を気にも留めることなくメイが話を続けていく。その内容はあまりにグロテスクで耳を塞ぎたくなるようなものだった。

 

「血も臓物も骨も砕き、全てを空の実に注ぎ込む。そうすることでスキル因子が空の実に定着し、スキルの実となります」

「そんなこと認められるわけない!」

「ただ転移の喪失は容認できへん。魔王ウシカゲに備えるんやったら必須のスキルや」

「しかし空の実はあるのですか? あれは収穫してから半日以内に中身を詰めなければ腐りますが……」

「うちが収納で携帯しとる。収納の内部は時間経過せえへんからな」

 

 もしもここで転移を失えば損失は計り知れない。それこそモモの模倣でもコピー出来なくなるわけだ。モモが転移を持つだけで打てる手は大幅に増える。本音で言えばベックとモモには悪いが抽出に賛成派だ。

 

「抽出するかどうかは一旦置いておきましょう。時間経過がないのならば腐ることもありませんよね? 鮮度の劣化による成功率の低下は回避できるはずです」

「せやね。ただいくら収納を使っとる言うてもどうなるかわからへん。早いに越したことはあらへんよ」

「……それで抽出するとしても誰に転移を渡すわけ?」

「あとで考えればええやろ。ちなみにうちはコストオーバーで持てへんで」

「一応参考までに聞きたいのですが、転移のコストはいくつですか?」

「……全知で確認したところ7ですね」

「それなら身体能力強化を持つ私とカオリも無理だね」

「やめよう。そんなのはここで考えることじゃない」

「うん。そうだね」

 

 ここにいる奴らは俺含めて人の生死に関心が薄い。それ故に現実的な話ばかりしてしまう。だからこそ誰かが制止しなければ、モモの傷を抉ることになりかねない。スキルの話はもう少し落ち着いてからやればいい。

 

「あ、あの……上級悪魔のメイさんなら……コスト無制限ですから持てますよ?」

「まさかそんなことのためベックを殺したの!」

「違います。そもそも私は殺していません」

「……ただ転移は強すぎる。そのスキルが欲しいから殺すのも動機としては充分過ぎるもんや」

「抽出には空の実が必要です。ルイスがいなければこの場で抽出は成り立ちません」

「どうやろうな。上級悪魔なんてどんなスキルを隠しててもおかしくあらへんよな」

 

 全員が疑心暗鬼になる。メイへと疑いの目が向いていく。俺は当然ながらメイが犯人ではないと確信している。しかしメイ以外に誰もベックを殺せないのだ。リアルの全知で検出出来ないということがメイが犯人だと疑いを強めるものとなっている。

 

「なぁ」

「どないした?」

「もしメイが犯人だとしても弁明の機会は与えられるべきだろ。せめて無実を証明するための調査の時間を用意させてやってくれ」

「……せやね。それには一理あるし、夕暮れまでに調査を認めたる。ただ夕暮れまでに無罪が証明できへんやったら犯人とするで」

「早くないですか!? もう少し時間を……」

「無理や。さっさと結論だけでも出さへんと第二第三の被害者が出かねへん。メイを無罪にするか有罪にするか方針だけでも今日中に決めるべきや」

「そうですが……」

「それと逃げようもんなら当然ながら犯人とみなすで。そん時はうちはモモの方に加勢するから覚えとき」

 

 状況は最悪だ。メイに殺人の容疑がかけられた。さらにモモはヤミ国に敵意を向けており、下手をすれば戦争になりかねない事態。誰かの悪意を感じるレベルでメイが追い込まれている。今のメイにかかる心労を思うと心が痛くなる。

 そうしてこの場は解散となった。俺達に与えられた捜査の時間は僅かなもの。なんかしらの突破口を見つけなければならない。

 

「メイ。なんとかなりそうか?」

「……正直かなり厳しいと思います」

「大丈夫だ。俺がメイの無罪を証明する」

 

 メイはこの上なく疲れた表情をしている。こんなメイに全て任せるわけにもいかない。俺もなにかしなければならない。頭を回せ。なにか手があるはずだ。実際にベックが殺されている以上は犯人が……いや、違う。

 そんなことをしてる時間がない。もう正攻法に頼ってる余裕もない。

 

「……なぁこの事件を解決する必要あるのか?」

「どういう意味ですか?」

「偽証を重ねて自殺もしくは事故として処理できないか?」

 

 なにも真犯人を見つける必要はない。あくまでメイが犯人ではない証明が出来ればいいという話。もし真犯人がルイス姉やリアルならば追い詰めるのは不可能に近い。きっと手痛い反論が飛んでくる。しかし2人が真犯人ならば、事故や自殺として処理されるのは願ったり叶ったり。きっと乗ってくるはずだ。

 

 倫理的には最悪な手だ。しかし他に方法が思いつかない。これしかメイを助ける手段が思いつかない。今の俺達はそれほどまでに追い込まれているのだ。

 

「たしかにそれなら……いえ、しかし……それは……」

「間違ってるのは分かってる。だけどモモやルイス姉が同じ立場なら同じことをするはずだ」

「否定はしませんが……」

「だからこそ俺は偽証に拒否感がない。それに犯人探しではなく言いくるめるならば勝算があるはずだ」

 

 しかしまだ可能性が犯人探しよりもマシなだけだ。偽証ですら相手がモモとルイス姉ならば困難を極める。一筋縄ではいくはずがない。

 

「……わかりました。ただ1つお願いがあります」

「なんだ?」

「偽証は最後の手段とします。私達の方で真犯人の捜査も行いますので……お手伝いしていただきますか?」

「当たり前だ」

 

 そうして俺達は事件の捜査を開始する。なにか打開する手がかりが見つかるのではないか……そんな(わら)にも縋る思いで。

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