悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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11話 カオリの武器

 

 昔から世界には息苦しさしか感じなかった。世界全体が俺の在り方を無言の圧で矯正してくる。人に施しをするのは当然である。努力するのは尊いことだ。目上の人には素直に従わなければならない。

 俺だって子供じゃないし、それが正しいことなのは理解している。人は1人で生きられないし、誰かと手を取り合って生きていくものだ。

 

 だけどそれが心底気持ち悪い。だから生き苦しかった。そのことを異世界に来て初めて自覚した。

 ルカが俺を裏切ってヤミ国の人だと告げた時。その時に俺は初めて空気の味を知ったのだ。もちろん最初は戸惑いこそあったし、思うところがなかったわけでもない。でもルカの生き方が教えてくれた。正義も生き方も自分で選んで良いものだと。

 

 この世界は冷たいかもしれない。しかし俺の性に合っていた。道徳を謳う人よりも結果を出した人が正義という在り方が生きやすい。結果を出せれば生き方も正義も好きに選ぶ事ができる。その事実が俺にとっては救いだった。

 

* * *

 

「やっほー生きてる?」

 

 目を覚ますと見知らぬ天井があった。そしてルカの声も聞こえる。

 

「あれから大変だったんだよ。平原で死にかけてるカオリ君を偶然見つけてくれた人がいたから良かったけど、普通なら死んでるからね?」

「……不思議な感覚だな」

 

 俺は完全に死んだと思っていた。謎の男に皆が殺され、完膚なきまでにやられたことも覚えてる。強くなったつもりでも俺はなにも出来なかった。

 

「……ルカ。俺はどのくらい寝てた?」

「2日くらいだよ」

 

 起き上がってベッドから出ようとする。その瞬間に違和感を覚えた。なにせ折れたはずの腕は痛みもなく動き、斬られたはずの左目はしっかりと目の前の景色を映している。まるで最初から怪我などしていないかのような感覚。病み上がりとは思えないほどに体が普通だったのだ。

 

「メイ第二王女様に感謝しなよ。治癒のスキルで全て治してくれたんだから」

「そんな便利なスキル持ってたのか……」

「あの子は大概なんでもありだしね」

 

 俺は心の底からメイに感謝する。もしも彼女がいなかったらと思うと心底ゾッとする。だが同時に彼女がいなければ取り返しのつかない事態になっていたことに恐怖を覚える。戦いの怖さというものを身に染みて理解した。

 

 今回は運が良かっただけ。もし一歩でも間違えれば、確実に死んでいた。こうして落ち着いて息を吸えるのは天が味方したからだ。

 

「おや。カオリはもう目を覚ましたのですか」

 

 扉が開き、メイが部屋に入ってくる。それから労いの言葉をいくつかかけてくれ、買ってきた見舞い品を手渡してくれた。

 

「それにしても災難でしたね」

「……あれからどうなった?」

「カオリと共にデュラハン討伐にあたったSランク狩人ガイン及びドールズ2名は死亡。また異世界人フウガの拉致も確認しました」

「そうか」

「詳しい話は朝食を食べてからにしましょう」

 

 メイから緑色の粥が手渡される。匂いは酷くないが食欲は(そそ)られない。しかし出されたものを食べないというのも罪悪感があるため、恐る恐る口に運んだ。

 

「……美味しい!」

 

 その味は見た目とは裏腹に想像以上に美味しかった。肉など使っていないのにガツンとした強烈な旨味が脳を突き刺す。それでいて重さもないため非常に食べやすい。

 

「狂野菜のブロッコリー粥です。病み上がりには丁度良いでしょう」

「この緑色はブロッコリーか!」

「はい。狂野菜でしたら肉に負けないほど主張が激しいので、こういう料理の主役にしますと輝きます」

 

 そうして飯を食べ終えようかという頃を見計らって、メイが口を開く。恐らく俺が食べ終わるまで話を切り出すのを待ってくれていたのだろう。口にこそ出さないが、内心でその気遣いに感謝する。

 

「それではカオリが気になってるであろう事件の詳細についてお話ししますね」

「……ああ」

「では本題に入りますね。まず被害状況は先程述べた通りです。今回の事件の主犯格の名はアレックス。これから異端審問会で彼の対策会議が開かれます」

「アレックス……」

「元々有名な犯罪者で実力だけは一級品。それこそルカさんを除く異端審問官と同等以上の強さは見積もっていいでしょう」

 

 ここで敢えてルカ以外と強調する辺り、ルカだけは本当に規格外なのだろう。そしてルカ以外の異端審問官も俺を赤子のように倒せるくらいには強い。その現実がアレックスによって叩きつけられた。

 

「まぁでもカオリ君はデュラハン異常種との戦闘で疲弊した上に体に合わない武器での戦闘だったんでしょ。万全の状態でやりあえば勝つのはカオリ君だと思うよ」

「さすがにアレックスを舐めすぎです」

「あんなの潜伏が上手いだけの雑魚でしょ。私に見つからないようにコソコソしてるのがなによりの証拠じゃんね」

「まぁアレックスの強さについては一旦置いておくとして、少なくともカオリの武器はどうにかした方がよろしいかと」

「そこは同意見。さすがにこれ以上の高みを目指すなら体や戦い方に合った武器にした方がいいね」

「というわけで少し買い物に行きませんか?」

 

 

 そうしてメイとルカの2人によって連れてこられたのは聖女ルイスによって運営されてるデパートだ。少し前にルカに紹介してもらったお店。こんなところで武器なんて扱っていないと思うのだが、なんの用があるのだろうか。もしかしてオーダーメイドでも出すのだろうか。

 

「これはこれはメイ第二王女様。本日は何用でございましょうか?」

「少し武器を買いに来ただけです」

「当店では武器の類の取り扱いはあまりございません。もし武器をお望みのようでしたら……」

「既に買うものは決めています。あれをお願いできますか?」

 

 メイが迷いなく指差す。その指差した先にあるものを見て、俺は思わず度肝を抜かれた。メイを除く全員が驚愕の表情を見せた。

 

 誰もが存在は知っている。しかし買おうなんていう発想すら出てこないもの。メイはそれを所望したのだ。

 

呪甘戦斧(じゅかんせんぶ)ロストベリー。たしか金貨10万枚で買えると聞いております」

「……正気ですか?」

「ええ。そのためにわざわざこうして足を運んだのですから」

「しかし……」

 

 店員の男が口ごもる。まるで売りたくないと言いたげだった。そんな店員に対してメイは少しだけ強い言葉をぶつけて、強引に話を進める。

 

「まさか見栄えだけの粗悪品だから売ることは出来ないなんてことはございませんよね?」

「そのようなことは聖女ルイス様の名に誓ってありえません。しかし同時にあれは人が扱うことを想定しておらず、こうして置いているのもただの客寄せラクダといいますか……」

 

 ああ。そういうことか。粗悪品だから売りたくないとか、見世物だから売れないとかいう事情ではない。単純に特殊過ぎて、買ったは良いがクレームをつけられることにビビっているのだ。相手がそこらの貴族なら迷わず売るのだろうが、目の前にいるのは王族。王族の不興を買う可能性のある品を売りたくないということなのだろう。

 

「構いません。お金も用意し、それらを承知の上で欲しいと言っているのです。売らない理由があるのですか?」

「……畏まりました。ただ私はおすすめしていないことを口を酸っぱくして言っておきます」

 

 しかし躊躇することなく金貨10万枚もの大金をポンと出せる財力と胆力。そのような大金でも緊張することもなく、ただ普通に呼吸をするように支払いを済ませていく。本当にメイの権力というのはとんでもないと思い知らされる。

 

「そうそう。支払いに関して聖女ルイスに言付けをお願い出来ますか?」

「それはお引き受け出来ません。私のような末端では聖女ルイスに直接面会する機会はなく、情報の齟齬(そご)が発生する伝言ゲームとなってしまいます」

「よく教育が行き届いていますね。それでは後日封書を渡しますので、お渡しください」

「わかりました。私から上の者に渡しておきます」

「ええ。ありがとうございます」

 

 メイが事前に用意していた封書を手渡す。しかし事前に用意していたということはこうなることを見越していたということだ。はたしてメイはどこまで展開が読めているのだろうか。相変わらず底知れない。

 

「カオリ。せっかく買ったのですからロストベリーを持ってみてはいかがですか?」

「ああ」

 

 俺は飾られたロストベリーに近づく。それは暗いピンク色と黒色の二色が目を惹く派手な両刃で長柄の戦斧。それこそ人によっては、ハルバードと判断する人も多いだろう。石突(いしづき)は槍のように尖っており、また先端にも突くことを想定したのか槍部が取り付けられていた。

 そんな戦斧を見て、俺は禍々しいという印象を受けた。そして次に重々しいと感じ、見慣れてきた頃にはそこはかとなく可愛らしさも感じさせる。そんな奇妙な武器。俺がロストベリーに抱いたのはそんな感想だった。

 

 金貨10万枚もの大金を叩かなければ握ることすら出来ない武器。その事実に緊張を覚えながら俺はロストベリーの持ち手を握る。

 

『愛してる♡』

「……っ!!」

 

 握った瞬間だった。背筋がゾッとするような感覚に陥る。まるで蛇が全身を這いずり回るような束縛感。それこそ武器が自分だけを見ていろと主張しているようだった。

 

 あまりに気味が悪い。これはなんなのだ。言葉として耳に響くわけでも、魂に直接語りかけてくるわけでもない。ただものすごい感情が一気に押し寄せてくる。その強烈な感情で言葉にせずとも、意思が叩き込まれてくる。

 

「優れた武器は主張が激しく、人格を持つことがあります」

「は?」

「もっとも会話出来るわけでもなければ、勝手に動くわけでもありません。ただ確固たる感情がありますので、それに飲まれないように注意してくださいね」

 

 これが呪甘戦斧ロストベリー。今までの武器が玩具と思えるほどに武器としての質が違う。俺はそのままロストベリーを持ち上げようとした。その瞬間に肩がもっていかれそうになり、手離した。

 ロストベリーが落ちた瞬間にドスンという音が響き、建物が軽く揺れる。あまりに武器として規格外。これは明らかに人が扱うことを想定していない。

 

 ああ。今だから渋った店員の気持ちが分かる。これは誰も扱えない。こんなものを売ってしまえば使い物にならないとクレームがくるのは確実だ。

 

「この武器の重さはおよそ1000キロと聖女様はおっしゃいました。その重さ故に買い手がおらず、放っておかれたのです」

「……なるほどな」

 

 俺は再度ロストベリーを握って、持ち上げる。重いと分かっているならばこちらだって身構えて持つ。それに1000キロは身体能力強化を使えば持てない重さじゃない。俺が持てる重さだ。

 

「へぇ。それ持てるんだ」

「……なんとかな」

「私以外に持てる人は初めて見たかも」

「ルカも持ったことあるのか?」

「興味半分で試し振りさせてもらった時にね」

 

 しかしこのままでは武器を使っているのではなく、武器に使われているのが現実だ。この武器を使いこなせるようになれば大きな成長になるし、きっとアレックスにも通用するはずだ。この武器との対話が今後の課題となるだろう。

 

「気に入った。もらっていいか?」

「もちろんです! カオリのために買ったのですから!」

 

 

 買い物を済ませた俺達は店を後にする。ロストベリーには鞘が存在しない。そのため刀身を剥き出しのまま、背負って携帯するのが基本となる。

 幸いにも剣を鞘にしまわなければならないみたいな教えも法も存在しないため、それで咎められることもない。もっとも街中では少し目立つ格好ではあるが、仕方ないことだろう。

 

「メイ。悪いな……」

 

 俺はこのような高いものを買ってもらった申し訳なさから謝る。それに対してメイは呆れたように言う。

 

「こういう時は謝るよりもお礼を言った方が良いですよ」

「……ありがとう」

「よくできました」

 

 金貨10万枚。その価値が分からないわけじゃない。それこそ貴族や王族からしてみても相当な大金であり、ポンと出せるような額ではないことくらい知っている。だからこそロストベリーの重さ以上にそこまでの大金を出させてしまった事実の方が重い。

 

「そういえばメイ第二王女様。親書にはなんと書くつもりなのですか?」

「"先日引き渡したグループ国元国王の身柄は金貨10万枚とさせていただきます"と書かせていただきます。たしか言い値で良いとおっしゃってましたので、このくらい法外な額でも問題ありませんよね?」

「わーお」

「えっと……つまり?」

「このロストベリーは不用品との物々交換で手に入ったということです」

 

 今の会話を聞いて開いた口が塞がらない。どれだけちゃっかりしているのやらとツッコミを入れたくなるが、買ってもらってる立場なのでぐっと堪える。

 しかし同時に聖女ルイスがグループ国の元国王に身柄を求めたことが気になる。聖女ルイスはいったいなにを考えているのだ……

 

「それと異端審問会の定期報告会を明後日に開催します」

「もう10月になりますもんねぇ。ちょっと前まで夏だなぁと思ったらもう秋。ほんと時間の流れって早いなぁ……」

 

 ちなみに俺が勇者召喚されたのは、この世界だと5月中旬の出来事だ。つまるところもうそろそろ異世界に来てから半年が経ってしまう。俺は現在は半年も家族に音信不通の状態。その事実に少しだけ胸が苦しくなる。俺はこんなことをしてる場合なのか。モモのためにも一刻も早く日本に戻る方法を探すべきではないのか?

 

「カオリも定期報告会には顔出しをお願いしますね」

「いいのか?」

「もちろん。それでは明後日お待ちしております」

「あ……」

 

 今の言葉でハッとする。メイはルカの代わりに俺の面倒を見てくれていただけ。ルカが戻ってきた以上はメイとの生活も終わりなのだ。そもそもメイは王族。普通の民家で過ごしてる方がイレギュラー。本来ならば城にいる方が普通なのだ。

 

「メイ」

「なんですか?」

「俺は絶対に異端審問官になる」

「ええ。期待していますよ」

 

 ルカと働きたいという動機で俺は異端審問官を目指した。しかし今ではそれ以外の理由も生まれていた。メイの下で働きたい。メイに認められたいし、メイに報いたい。そんな重い感情が俺の中で芽生えていた。俺はメイに魅入られていたのだ。

 

 それからメイを城に送り届け、ルカと2人で帰路につく。こうして2人だけで歩くのは相当久々な気がした。しかし不思議と楽しめなかった。怪我も後遺症が残ることなく治った。俺だけの武器も買ってもらった。ルカのような美人と2人で街を歩いている。それなのに心は晴れない。その理由は痛いほど分かってる。

 

「平気?」

「ん?」

「カオリは死にかけたんだよ。それなのに元気にしてるから無理してないかなって思って」

 

 無理してないといえば嘘になる。今も戦うということを考えたら少しだけ身体は震える。だけど逃げてはいけないことも知ってる。俺にはやらなければならないことがある。怖いからといって、部屋で震えてることは許されない。

 

「……ルカ。一箇所だけ連れていってほしいところがある」

「もう夕暮れだけど?」

「頼む」

「仕方ないなぁ……どこ?」

「俺がアレックスにやられたところだ」

「飛ばすから振り落とされないでね」

 

 俺は後ろからルカの肩にしがみつくように手を回す。ルカはそのまま地を蹴って空を飛んだ。俺の背中には1トンもあるロストベリーが背負われている。それにも関わらず重さすら感じないように宙を舞う。

 

 ルカが加速する。体が引き裂かれそうになるほどのGが全身に襲いかかる。野菜戦争が行われた地につくまで10分もかからなかっただろう。馬車で何日もかけた距離を一瞬で移動した。相変わらず無茶苦茶な身体能力だと思う。

 

「……ここになにかあるの?」

「一緒に戦ってくれた仲間がいた。せめて遺体くらい見つけて弔いたい」

「そっか」

 

 ほどなくして動かなくなったドールズの残骸と獣に食い荒らされ、腐りかけの男の死体を見つけた。俺は無言で土を掘って3人を埋める。土を掘る度に自分の弱さが突き立てられてるようだった。

 

「……俺が仇を取る。だから安らかに眠ってくれ」

 

 俺は止まれない。恐怖で震えてたら、ガインとドールズに会わせる顔がない。俺は生き残ってしまった。生き残ったからこそ無念を晴らす義務がある。

 

 どんな腕利きでも死ぬ時は死ぬ。遺体だって満足に回収してもらえず、死が認知されることもない。これがこの世界だ。決して楽しいだけの世界じゃない。こうなることも覚悟していたつもりだ。だから俺は折れない。この怖さも乗り越える。

 

「復讐でもするつもり?」

 

 ただ一緒にデュラハンを倒しただけの仲。そこまで親睦があるわけでもない。その程度の関係値で復讐なんて燃え上がれたところで、彼らとしても気持ち悪いだろう。

 

「違うよ」

 

 しかし俺は許せない。ガイン達を踏み躙ったアレックスの存在を許せない。フウガを拉致して怖がらせたアレックスを許せない。それになによりも仲間を殺されたのになにもしませんでは会わせる顔がない。

 

 俺自身がそんな俺を許さない。

 

「けじめのために殺すんだよ」

 

 俺は恐怖で足を止めない。死の恐怖を思い出して武器が握れないなんて真似もしない。この恐怖を必ず乗り越える。それでアレックスにけじめをつけさせる。心の中でそんな誓いを立てた。

 

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