デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
今回のベック殺人事件。その犯人は私ことリアルです。
だけど私はベックを殺していません。全ては茶番なのです。
私は魔王モモに殴られた日から……ずっとやり返すことを考えていました。魔王モモは奴隷と言いながらも私に寛容な態度で接しました。殴ることもなければ、私が駄々を捏ねようが溜息だけで許してくれた。その上でカオリ達から私を庇ってくれた。そのことはとても感謝しています。彼女のことは友人のようにも思っています。
だけど殴ったことは別です。それとこれは別の話。私はやり返さなければ気が済まない主義です。魔王モモの事は少しだけ怖いと思いました。しかし一晩寝たら恐怖よりやり返したいという感情の方が強くなりました。
だから嫌がらせも兼ねてベックを殺すことにしたのです。
「……リアル。余に死ねと申すか」
私はベックに"死んでください"と言いました。それは魔王モモにとって必要なことだと説明しました。ベックの頭は悪い。だから言いくるめるのは簡単でした。それっぽい言葉を吐くだけでいい。こいつは政治を知らない。いくらでもやりようがあります。
「ま、ま、魔王モモはまだ8歳。そんな子どもに全てを背負わせる。それは大人として正しいことなのでしょうか?」
私にとってルイス様の協力は嬉しい誤算だった。ルイス様の手を借りられるようならば打てる手は無限に広がる。ルイス様の力があれば魔王モモを落とすくらいのことは朝飯前になります。この計画が頭に浮かんだのもルイス様を頼れると分かったからです。
「それは……」
「人間の子どもに頼り、魔族の行く末を押し付ける。そのような搾取を行う国に未来はありません。今は良くとも――遠い未来で滅びます」
「モモは優秀だ。そのようなことにはならない」
「ゆ、ゆ、優秀は搾取していい理由にはなりません……その在り方は悪です。そして悪は栄えない」
本当に馬鹿の説得は楽です。それっぽい言葉を吐くだけで勝手に納得してくれます。だけど自死を選ぶほど狂気に落ちてもいない。だから逃げ道を用意してあげました。
「た、ただ貴方も死にたくありませんよね……?」
「当たり前だ」
「なので実際に死ぬ必要はありません。あくまで死んだ風に見せたいのです」
「どういうことだ?」
「1日で構いませんので――転移でアガルタに行っていただけませんか? 今すぐ」
ここで使ったのはドア・イン・ザ・フェイス。それは孤児院で教わった小細工の1つ。最初にわざと大きな要求を出して断らせ、そのあと本命の小さな要求を出すことで通しやすくするというものです。
ただし、これをセールスに組み込むには少しコツがいります。どんなに小さな要求だとしても不必要だと思うものを買う人はいません。それこそ新聞の定期購読で半年買ってくださいと頼んで断られた後に、1ヶ月お試しと言っても相手は買ってくれないことが多いのが現実です。こちらは警戒されている上に新聞に必要性を感じていないから応じてくれない。セールスとして使うならば新聞を必要だと思わせなければならない。だから私は最初に必要性を理解させました。
死んでくださいという大きな要求をぶつける。しかし当然ながらベックは死にたくない。そんな簡単に受け入れられるわけがない。だけど現状は良くないという感覚だけは持たせました。
そこで1日だけの転移という簡単なものに落とす。本当に死ぬという最悪の選択肢を置いてあげたので、死の偽装がものすごく穏当な提案に見えてしまう。そんな対比効果も混ぜてあげました。
「……ああ。それくらいならいい」
「ありがとうございます」
「しかし本当に魔王モモのためになるのだろうな?」
「もちろんです!」
この筋書きはルイス様が来た時から頭の片隅で練っていました。魔王モモはメイ第二王女は転移で来ないと考えていたみたいです。しかし私は来ると思いました。たしかに教科書的に考えれば来ないのが正しい。ただし魔王モモが相手ならば教科書通りに動いても勝ち目はない。私がメイ第二王女の立場ならば転移を使います。だから私は来る方へと賭けられました。
ルイス様には事前に彼の肉人形を用意していただきました。実際の彼と瓜二つで見分けのつかない人形。その人形を透明になった誰かが縄で締め、完璧な偽装死体を作り上げる。そこはルイス様に一任しました。透明になる手段はルイス様に任せてしまったので、私は知りません。私も知らないので騙し通せました。
皆様の観察眼は凄いものです。嘘ならば簡単に見破ってしまう。だから透明人間がベックの首を縄で締めるという光景を全知で実際に確認して、真実にする必要がありました。ここで嘘を吐いたら全てが見抜かれますから。
そこからは適当に理由をつけて魔王モモに全知を使わせ、収納が解除された瞬間に全員で襲いかかってエクスカリバーを奪取する。そういう計画でした。
ベックを選んだ理由は魔王モモの心に一番傷を残せるから。メンタルが万全な状態の彼女を相手にしてもエクスカリバーは奪えない。だから一番大切なベックを選びました。全ては魔王モモを弱らせるために必要なことでした。
――これが事件の真相です。
ただ1つだけ私でも腑に落ちないことがあります。
メイ第二王女様。彼女は私に"透明人間に首を縄で絞められて殺されたのは事実か?”と問いました。そこで私は嘘を吐きました。
しかしメイ第二王女様は嘘に触れることなくスルーしました。
そして裁判でモモが針を投げた時に止めようとしたルカの制止。まるで私の意図を読んでいたような動き。あまりに不自然です。
今にして思えば彼女は私の描いた絵を理解した上でわざと踊っていたのではないでしょうか?
* * *
光が消えていく。目を開けるとそこにはルカがいた。
幼女の姿ではない――大人のルカがいた。
「全て作戦通りですね」
「リアル。どういうことだ!」
俺はリアルに状況の説明を求めて怒鳴る。なにが起きたのか理解できない。この裁判はどうなったのだ。
「最初から魔王モモに全知を使わせ――収納を解除させるのが目的でした。この裁判自体がどうでもいいんですよ。最初から」
「な!?」
「彼女の精神を極限まですり減らす。その上で叩き込めばエクスカリバーを奪還し、ルカを解放できる。私達に勝ちの目が生まれます」
意味がわからない。ベックが死んでいるのに裁判がどうでもいいとしてしまえる意味が分からない。そんな混乱してる中でルイス姉によって俺の傍にロストベリーが置かれる。俺は困惑しながらもロストベリーを拾い、今後の展開に備える。
「……なるほど。全知で大体のことは理解したよ」
モモが静かに口を開いた。しかしルカが元に戻った以上は状況が大きく変わった。ルカの復活で俺達は交渉の席につけたのだ。これは俺達にプラスの展開だ。
「……謀ったね。リアル」
「いい加減に説明してくれ!」
「最初から全部が茶番だったんだよ。そもそもベックは死んでいなかった。ただ私にエクスカリバーを出させるための自作自演」
説明をされても理解が追いつかない。どこからが真実でどこからが嘘なのか分からない。頭の中を疑問符ばかりが埋め尽くす。ベックはたしかに死んでいた。死体は俺の目でも確認した。それなのに死んでいないとは……
「そこに関してはうちが説明したる。ベックの遺体は偽装死体」
「な!?」
「ここで言われた通り、全部茶番だったんですよ。魔王モモにエクスカリバーを出させるための茶番です」
ようやく状況に理解が追いついてくる。最初から殺人事件など起きていなかった。全部がルイス様とリアルによって描かれた虚偽だった。俺達は存在しない事件を追わされていた。まさしく文字通りの茶番。それが行われた。そうとも知らずに俺達は踊らされていただろう。
「一番の課題はモモの目。ただモモの目が機能するのは冷静な時だけ」
事件の真相が明かされていく。俺達の見てきたものが崩れていく。リアルは既にモモを倒すために動いていた。俺達はそのことに気づかずにあたふたしていた。起こってもいない殺人事件に翻弄されていた。
「ずっと冷静さを失い、嘘を見破る程度に落ちるタイミングを静かに狙っていました。そして冷静さを欠いたのはメイ第二王女様が来訪したタイミングでした」
だからこのタイミングで事件が起きた。メイが来たことがトリガーだった。全ての条件が揃ったからこそリアルは動いた。これほどの計画を立て、全てが終わるまで誰にも悟らせることなく完遂させる。まさしく天才的な技量だ。それが出来てしまうのがリアルということか。
「……事情はわかりましたけど、私はなぜ犯人にさせられたのでしょう?」
「カオリへの嫌がらせです。彼は私を殴りましたから――その仕返しはしないと腹の虫が収まりませんから」
「……完全にとばっちりではありませんか。そのことに関しては後日抗議しましょう」
そのやり取りに俺は眉をひそめる。殴ったというのはリアルの行為に落とし前をつけさせた時のことを言ってるのだろう。その程度で済ませたことに感謝もしなければ自省もしない。それどころか俺が悪いとまで言う始末。こいつの神経はどうなっているのだ。こいつはどこまで図太いのだ。やはり俺はこいつと相容れることはないだろう。
「あれに関してはリアルが悪いやろ」
「仮に私に落ち度があったといえど、殴るなんてやり過ぎでしょう」
「まぁなんでもええわ」
納得のいかない部分ではあるが今は関係ない話なので、ぐっと堪える。ここで言い争っても仕方ない。リアルのおかげでルカが復活した。それによって俺達は交渉の席につけるようになった。これでようやく建設的な話が出来る。今はリアルにかまってる余裕などない。
「それでこれからどないするん?」
裁判は茶番で続ける意味がない。しかし空気が解散という流れを許さない。そんな中でメイが静かに口を開いた。
「改めて――ヤミ国と魔族の今後の話をしましょう。魔王モモ」
「……」
「この場には聖女ルイスを筆頭に多くの人がいる。もしも私に……ヤミ国に言いたいことがあるのならば密室ではなく、公の場で話しなさい」
ベック殺人事件の裁判は舞台をそのままに――二カ国の首脳会談へと変貌する。
裁判から政治交渉へと場が変わっていく。もう既にメイも頭を切り替えている。俺も切り替えろ。いつまでも終わった事件のことに引っ張られるな。もう盤面は別物に変貌している。ゲーム性そのものが書き換わっている。
「正当性は私達ではなく、この場にいる者が決めるでしょう。この場の大衆を納得させる正義を語れないというのならば、大人しく降りなさい」
「うん。その通りだね」
群衆がモモの――魔王の言葉を待つ。
これは政治交渉であると同時に公開討論だ。どちらの言い分に正当性があるのか。それを見定める場なのだ。採点者はモモではなく俺達。俺達がメイとモモの言い分を聞き比べ、どちらの言い分が正しいか決める。俺達はモモをその場に引きずり出すことに成功した。いや……リアルにそういう場をお膳立てしてもらったのだ。
そのチャンスは活かさなければならない。
「まず私はヤミ国の在り方を認めない。異端審問という一方的な理由で――信仰を押し付ける形で人を焼くのは容認しない」
「それは事実として認めましょう。しかし私たちには国民を守る義務がある。ヤミ国において教義とは法。信仰は不要ですが、法を守らないと公言する輩に慈悲はありません」
前回の会談とは空気が違う。モモに飲まれるような雰囲気がない。あのような押し潰されるような圧が存在していない。そのことに少しだけ安堵する。大丈夫だ。メイなら勝てる。
「歩み寄る姿勢を見せずに人を焼く。人を焼くのは最後の手段であってギリギリまで模索すべきじゃないかな?」
「なぜこちらが妥協しなければならないのでしょうか? どうして外からやってきた人に私達が合わせるのでしょうか? 歩み寄るのは私達ではなく向こう側です」
モモの言葉にメイは一步も退かない。どちらが悪いかどうかの水掛け論。だけど今は水掛け論でいいはずだ。ここで歩み寄る方が不利だ。メイがしなければならないのは異端審問という行為の理解を得ること。この話はどちらの言い分も正しいで終わらせなければならない話題だ。戦っても得られるものがなさすぎる。
「私と貴方の考えは相容れないもの。しかし魔王ウシカゲの復活も迫る現在、その対応もしなければならない。容認出来ないというのは結構ですが、話し合いの席を閉じることは許しません」
メイが話を切り替える。道徳という場で戦っても意味はない。道徳と実利のどっちを優先するか。その価値観で陣営が割れるだけだ。だからこそ誰が見ても明確にモモに非があるように見せられるようにしなければならない。
「魔王ウシカゲを抜きにしても私達は国である。嫌いだから関わらないということは王として非常に問題でしょう。貴方が私達の在り方を容認できないということはわかりました。その上でどのように関わるのか……私はそれを問います」
戦争するのか、断交するのか、条件付きで協議するのか、不可侵だけ結ぶのか。モモにはそれらを決める義務がある。王としての思想を持つ義務もない。魔族の未来を思う義務もない。しかし王として判断を下す義務はあるのだ。
それが王の仕事を引き受けるということ。もしもそれが出来ないというのならば仕事をしていないのと同じだ。そうなればモモは魔族の王ではなく――身勝手に振る舞うだけの魔王に成り果てる。その姿勢を見せればモモの支持は一気に揺らぐだろう。
メイは道徳という戦いの場には乗らない。仕事という戦いの場へと切り替えた。今のモモが感情でヤミ国に仕掛けようとしてる以上は――必ず非合理な部分が生まれる。
「答えなさい。魔王モモ」
モモは逃げられない。ここでは大勢がモモを見てしまっている。メイが間違ったことを言っていないからこそモモの正当性がなくなる。モモは一方的に話し合いを拒否したという結果だけが残ってしまう。異端審問が許せないから手を組まないという選択肢を選べない。
「……そうだね。そこは切り離して考えるべきだったね」
しかし安心はできない。ここからいくらでも捲れるのがモモだ。間違いなくモモを追い詰めているという確信はある。勝ち目がないというわけではないはずだ。
ここまで来たら俺に出来ることはメイを信じることだけだ。メイを信じて議論の行く末を見届けるだけだ。
「だけど異端審問をするような国は相手として信頼できない。不可侵条約を結ぼうにもいつ
「たしかに一理あるとは思います」
「人殺しを正義とする国に背中は見せられない。その理屈は分かってほしいな」
「それでは魔族はどのように動くつもりですか?」
少しの静寂が流れる。まるでモモが考え込んでいるようだった。メイはモモを真っ直ぐと見て、彼女の解答を待つ。
「もちろん断交という決断を下すのは結構ですが……魔王ウシカゲの復活が迫る現在、それは正しいことなのでしょうか?」
「……そうだね」
「もしも戦争をするというのならば今の私達にはルカがいます。きっと大勢の死者が出るでしょう。死ななくても良い命を奪う。それは貴方としても望むことではないはずです」
「わかってる」
外堀を埋めていく。モモから戦争を仕掛ける大義名分を奪っていく。メイは信用されないことを前提に戦争以外の解決策を提示した。
「少なくとも互いに取り決めくらいは行ってもよいのではないですか?」
ふと嫌な予感がした。俺の横にいるルカもなにかを察したのか暴食のハルバードを展開させ、いつでも戦闘に入れるようにしている。
改めて思えば今回の件は不可解な点が多すぎる。特にモモがヤミ国に敵意を持つ理由が不透明だ。モモは異端審問を問題視しているが、それに本気で嫌悪してるようには思えない。むしろ都合の良い叩き棒として使ってる気がしてならない。俺達は大事ななにかを見落としているのではないか。その見落としが……
「……なんか疲れちゃった」
「貴方。もしかして……」
メイはなにかに気づいたように言葉を漏らした。
俺達は落とし所を探していた。どこかで折衷案があると思っていた。しかし最初からそんなものは存在しない。残されていた道は戦争だけだったのではないか。モモの中でヤミ国との戦争以外の解答がなかったのではないか。そんな疑念が頭を過ってしまう。もしもそうだとすれば……
「ねぇカミーラ。貴方はヤミ国の在り方についてどう思う?」
「どうって……」
「人殺しを統治の手段として持ってる人が導くことについて――勇者としてどう思う?」
「世の中は綺麗事だけじゃ回らない。その現実は常に勘定にいれるべきだと僕は思う。だから僕はメイの在り方を肯定する」
「……そっか。馬鹿みたい」
その瞬間にモモが背中の剣を抜いた。その剣が横へと薙ぎ払われる。その一閃に反射で反応したのがルカだった。ルカが瞬く間に駆け出し、飛ばされた斬撃を暴食のハルバードで相殺させていく。それだけの動作で大地震でも起きたかのように城が大きく揺れた。
まさしく理不尽にして規格外。ただの感情任せの一振りでこれほどまでの威力。もしもルカがいなければ城が一刀両断されてもおかしくないほどの一撃だった。
「結局のところ道徳に拘ってたのは私だけ。最初から道徳が評価点になると思ってた私が愚かだったって話。本当に馬鹿馬鹿しい」
自暴自棄という言葉が脳裏に過ぎる。俺達はモモに警戒する。モモの動きが読めない。今のモモはなにをしてきてもおかしくない。
「そうだもんね。ここは異世界。日本の倫理や道徳とは違うもんね」
モモが剣を構える。真紅色の鮮やかな刀身が俺達へと向けられる。モモがどこか冷めたような視線を俺達に向ける。そのプレッシャーで呼吸すらままならなくなる。魔王としての圧が場を支配する。
「殺すなら公正な手続きが必要。そんな考えは不要だったんだね。ここから先は感情で殺すね」
それは産声だった。魔族の王ではなく――文字通りの理不尽を体現する存在。魔王へとモモは至ってしまったのだった。
「それじゃあ、戦争をはじめよっか」