デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
モモの枷が外れる。それに真っ先に反応したのはルカだった。モモの
「もしかして
しかしモモはルカの一撃を剣で受け流していく。モモの剣はルカの一撃の軌道を変え、そのまま首元へと滑らせる。一瞬だけモモの真後ろに死神が立ったような錯覚すら覚える。
「――っ!」
ルカは即座に後方へと下がり、モモの一撃を躱す。ルカの額には冷や汗が垂れていた。もしも判断が一瞬でも遅れていたらルカの首が落とされていただろう。
「悪いね。今日は凄く調子が良いみたい」
「ごめん……モモを舐めてた」
モモはこちらの出方を観察している。
「ねぇ。今は反射で飛びかかったけど倒していいんだよね?」
「それは……」
「カオリとルイスの妹さんに怪我させていいんだよね?」
ルカの問いに簡単には返せない。魔王になったといえどモモが俺達の妹であることには変わりない。モモが傷付くところは見たくない。倒すならまだしも殺すというのはありえない。しかし加減してどうにかなる相手とも思えない。
判断に迷う。解答を求めるようにメイに視線を向ける。俺には決められない。俺にはこの状況でなにが正解なのか――
「カオリ。貴方が決めなさい」
メイの言葉で迷いが晴れた。俺はモモを殺さない覚悟をする。どんなに犠牲を出そうがモモを殺さない。その犠牲を許容すると割り切った。
「俺はモモを死なせたくない。そうなるくらいなら他を全部譲ったほうがマシだ」
「はい」
その意見に反論が出なかったことに安堵する。俺達の中から迷いが消える。モモを殺さずに無力化するというのは無理難題だ。それでも俺は殺したくない。殺して勝つくらいならば負けたほうがマシだ。
「……すまん。俺の我儘に付き合って無理をさせて」
「気にしないで。私も殺しには抵抗があったから」
そう言うとルカは迷いが晴れたように再び特攻する。しかし迷いが晴れたくらいで勝てるようになる相手でもない。先ほどよりマシな戦いになっているが、ルカの方が押され気味だ。
「僕もそうしてくれると助かる。モモを抜きに魔王ウシカゲと戦うなんて考えたくないからね」
「カミーラ……」
「それでメイ。彼女にはどう対応するんだい?」
この場にいる全員がモモに敵意を抱いてるわけではない。モモを始末したいわけではないのだ。しかしモモの凶行に付き合いたいわけじゃない。モモの意見を通したいわけではない。殺し以外の手段でモモの出した答えを否定したいだけなのだ。
「リアル!!」
「ひゃ、ひゃい!」
「なにか策は!!」
メイが怒鳴るようにリアルを使う。リアルの能力は既に疑いようのないものとなっている。この中で計画立案力という一点ではリアルの右に出るものはいない。もしも打開策を見出だせるとすれば……悔しいが、リアルしかいないだろう。
「ぜ、ぜ、ぜ、全員で正面から戦って負かす。それ以外に道はありますか?」
「戦って勝つということでよろしいのですね!」
「は、はい。身動きさえ取れなくすれば、どうにでも出来ますので意識を奪うことに専念してください」
「わかりました!」
「それとルカ! ここにはメイ・アルカードがいますので手足くらいなら落として構いません! 治癒でどうとでもなります!」
リアルの言葉でルカの枷も外れる。恐らく本気で殺そうとしてもモモならば致命傷は避ける。そんな確信があった。怪我をさせていいとなれば手加減する理由がない。あとは純粋にモモに勝つことだけを考えればいい。
「リアル。モモを拘束する術があるのか?」
「アガルタでフルダイブ型VRをみましたよね?」
「みたけど……」
「あれを魔王モモに接続させることで軟禁出来ると思います。彼女をデジタルの檻に幽閉するのです」
たしかにそれならば不可能ではない。現実への干渉手段を断ち切ってしまう。俺達には思いつきもしなかった手段だ。
モモはリアルを"勝ちに必要なものを本能で理解している"と評した。その言葉通り、彼女は自分の望む結末に持っていくためのルートを組み立てるのが異常に上手い。だからこそ今のような状況でも迷わず最適解を出すことが出来る。まさか味方になるとここまで心強いとは。
「しかし幽閉といえど、その手段は……」
「それはうちが提供したるよ。その手の機器は収納で携帯しとるしな」
「ルイス姉。中立なんじゃ……」
「ヤミ国とモモの小競り合いには中立や。ただ今のうちはリアルの味方。リアルに求められるんやったら動くで」
ルイス姉は第三陣営……というよりリアル陣営として動いている。もしもリアルがモモに与するようならばヤミ国に牙を剥くのだろう。今のルイス姉はリアルの機嫌次第でどちらにでも転ぶ。たしかに中立といえば中立だ。だけど今だけは頼りにできる。
「ただリアル。うちは戦闘には参加せえへんよ。モモと命の取り合いなんかしたくあらへんし」
「分かっています。最初から求めていませんし、ルイス様に家族を傷つけさせるような真似はしません」
「そんでリアルはどないするん?」
「とりあえず一度逃げようと思います。このままだと全てが片付いた後にルカに殺されて終わりが濃厚ですので……後のことは任せてよろしいですか?」
その言葉に耳を疑う。この状況で逃げるとはなにを言ってるのだ。そもそも今回の騒動を引き起こしたのはリアルだろう。それなのに1人だけ後始末もせず立ち去るなど……
「ええよ」
「それでは!!」
リアルはその場を後にしようとする。俺は反射的にリアルを追おうとするが、即座に首元に刃物が添えられた。
剣を向けたのはルイス姉。ルイス姉はリアルを庇うように俺の前に立ち塞がる。その目はどこまでも冷たく、殺意に満ちていた。
「リアルを追うんやったら、うちを殺してからや」
「ルイス姉! あいつはテロリストだぞ!」
「関係あらへん。リアルの邪魔するってことはうちを敵に回すということだ」
下唇を力強く噛む。リアルがどんどん遠ざかっていく。リアルにはまだなにも償わせていない。このまま逃げられたら追う手段などない。全知を持っている彼女を捕らえるなど不可能だ。ここがリアルを捕縛するラストチャンスなのだ。
「リアル。逃げるのは構いませんが、1つだけ仕事をお願いします」
メイの言葉でリアルが足を止めた。あと一歩で出口というギリギリのタイミングだった。リアルは振り返って、メイの方をきょとんと眺める。
「もしその仕事を引き受けてくださるならば少し
「……なにをさせるつもりですか?」
「なるべく多くの魔族の避難誘導をお願いします。そうしなければルカが気を遣って、本気を出せない。貴方の全知ならば全員の位置が分かるでしょう? 貴方にしか出来ない仕事です」
「そ、そのくらいでしたら……では!」
それだけ言うとリアルは急ぎ足で立ち去ってしまった。俺はリアルを逃がしてしまった。あのテロリストに罪を償わせることが出来なかった。リアルが逃げおおせたことを確認したルイス姉は俺の首元から刃を下ろす。
「リアルの事が気になった? それは少し私を舐め過ぎじゃないかな」
その瞬間にルカの腹が裂かれた。床に彼女の臓物が散らばっていく。モモの剣がルカへと――最強へと届いてしまった。
地面が赤に染まっていく。静かに赤が広がっていく。横たわるルカをモモは蹴り飛ばし、メイの足元へと転がす。
「治癒を使いなよ。早くしないと死んじゃうよ」
メイが大慌てでルカに駆け寄り、傷を塞いでいく。それだけが許された。魔王モモを前にして、それ以上のことが出来なかった。動けば殺される。そんな圧があるわけではない。今のモモからは、以前までの押し潰すような威圧感が消えている。
ただなにをするのか分からない。
それがなによりも恐ろしい。未知というものは時として最上級の恐怖となる。
「ごめん……少し幼女の身体に慣れすぎて、感覚の違いに戸惑ってる」
「ルカ……」
「ありがとう。もう大丈夫」
傷を塞ぎ終わったルカが立ち上がり、再び戦いの場に身を投じる。ルカとモモの攻撃がぶつかり合う度に城が揺れていく。両者の剣戟に全員が息を呑む。あまりに別次元な攻防。少しの介入の余地すら残さない。
「もう2回。貴方は負けてるけど……まだやるわけ?」
「もちろん! ここで退けないからね!」
「私はなるべく殺したくないし、情をかけてるつもりだったんだけど……まだ続けるつもりなら本気で殺すよ?」
ルカの一撃をモモが剣の腹で受け止める。ルカの重い一撃に耐えきれず、モモはそのまま大きく後退る。そこでルカは迂闊に追撃をかける真似をしない。ただ静かにモモの出方を待つ。
「こんなところで無駄に死ぬのやめなよ。やっとカミーラと会えたんだから命は大切にしなきゃ駄目だよ」
依然としてモモの余裕は消えない。大人の身体に戻ったルカを相手にしても優勢を維持する。それもスキルすら行使しない剣技だけでルカを止めている。まさしく理不尽の
「そもそもメイなんかいなくても魔王ウシカゲは倒せるでしょ。彼女に拘ることもなくない?」
「まるで勝ちを確信してるみたいで嫌になるね。私もまだまだ全然本気じゃないんだけど」
「……ふーん」
「なにせ私は天啓すら使ってないしね」
「使ってないんじゃなくて、使えないんでしょ?」
ルカの挑発にモモは乗らない。たしかにルカは天啓を使っていない。しかしモモも同じなのだ。モモも一度として天啓を見せていない。それどころか技らしい技を一度も披露していない。むしろ余力を残しているのはモモの方だ。
「ルカの天啓は憤怒がトリガー。魔王ウシカゲや八将が相手じゃないと満足に行使できないんじゃない?」
「それも借り物の"全知"で知ったわけ?」
モモはそれになにも返さない。天啓の発動にはゾーンに等しいほどの没頭と強い感情の爆発の両方が必須。その後者が課題だからルカは天啓を使えない。今のルカはモモを相手にして、どこまで強い感情を抱けるのだろうか。
「私は多くは求めない。そこのメイ・アルカードの首だけで許してあげる」
「なぜ貴方は私にそこまで執着するのですか!」
メイが叫ぶ。モモは先ほどからメイに異様なまでに執着している。しかしモモとメイは特に接点がないはずだ。メイを恨む理由がない。もちろん異端審問を許せないと語っているが、それが本音とはとても思えない。モモはそのようなことを気にするほど道徳的でもないはずだ。
「私からお兄ちゃんを奪ったでしょ?」
「――は?」
その言葉に思わず唖然として、立ち尽くす。目の前の現実が受け入れられない。脳が理解を拒む。モモはいまなんと言ったのだ? 俺の聞き間違いでなければ、俺を奪ったからメイを殺すと言っている。
「だからメイ・アルカードは死ぬしかないの。もう確定事項なの」
頭の中でモモの言葉を何度も反復させる。それなのに理解できない。言葉の意味は理解できるはずなのにモモがなにを言ってるか分からない。そんな理屈は……
「私はもう止まらない。今からたくさん殺す。ルカも殺すし、邪魔するならカミーラだって殺す。もちろんヤミ国の連中も殺す。全員殺す。私にはそれが出来るの」
「そんなことしてなんの意味が……」
「だけどメイ・アルカード。貴方が二度と表舞台に出ない……自害すると言うのならば見逃してあげる。どっちを取るか選びなよ」
その提案に誰も即答が出来ない。ここで折れるのは簡単だ。当然ながらメイの中にも自害は選択肢としてあるだろう。しかし折れてしまえば暴力の肯定だ。それこそ魔王モモが世界のルールとして君臨してしまう。それを許していいはずがない。
ルカは静かに仕掛けるタイミングを見計らっている。明らかに今のモモには隙が多い。不自然なまでに隙が多すぎる。まるで不意打ちしてくださいと言わんばかりの隙。誰がどう見てもカウンター狙い。それを理解してるからこそ攻撃を仕掛けられない。この攻防の起点をモモが握っている。だからこそ誰も動けない。
「それでお姉ちゃんはどうする?」
モモがメイの返答を待たずにルイス姉に問いかける。この盤面でもルイス姉の影響力は依然として健在。ルイス姉の判断1つでどう転んでもおかしくない。それが出来るからこその聖女。そういう存在がルイス姉だ。
「リアルに手を出さへんやったら不干渉。それとは別にモモが戦闘不能になるようやったらVRに閉じ込めるで。それをやらへんと落し所が殺ししか残らへんから、堪忍してな」
「私が勝ったら?」
「まぁリアル次第やね。今回はリアルの指示でしか動かへんよ」
「なるほどね。それならリアルとお姉ちゃんは殺しの対象外にしてあげる。なんならそこのルカからリアルを守ってあげてもいいよ」
冷や汗が垂れる。もしもここでルイス姉までモモの方に回ってしまったら手がつけられなくなる。完全な詰みだ。モモだけでも手一杯なのにルイス姉まで敵に回ることを考えたくない。
「その誘いには乗らへんよ。リアルはモモを負かす前提で盤面を作ってるみたいやし、モモの勝ちが濃くなる手は打たへん」
「わかった。ただお姉ちゃんが――私が倒れる前に動いたらリアルにも容赦しないから」
「ええよ。うちはモモが倒れたら拘束の観点からVR機器をつける以上の介入はせえへん。さすがにモモに死なれるのは寝覚めが悪いし、このくらい許してな」
「分かってるよ。ようするに私が負けなきゃいいだけでしょ?」
2人の会話が終わる。ルイス姉がモモにつくことはなくなったが、ルイス姉が俺達の味方になることもなくなった。俺達はルイス姉を抜きでモモを相手にしなければならない。一番頼りになる人物が動かない。
「それでお兄ちゃんはどうしたい?」
「なぜ俺に……」
「だってお兄ちゃんならメイ・アルカードが自害するって選択肢は認めないでしょ」
「それは……」
「だからお兄ちゃんにも選択肢をあげる。もしもメイ・アルカードの手を離れ、私の下に来るというのなら――私がごめんなさいして終わりにしてあげる。誰の死体も出ない唯一の選択肢だよ?」
ああ。それは一番平和な道だ。
だけど俺はどうやら想像以上に身勝手らしい。少し前の俺ならば葛藤しただろう。しかし今は葛藤がない。迷わず即答出来てしまう。なんでここで降りるという選択肢が生まれるのか。そんなの生まれる余地がないだろう。
「乗らねぇよ」
全身が滾っていく。モモは怖い。今すぐにでも誰か助けてほしいと思う。だけどそれと同じくらい、盛り上がってもいるのだ。
ここでモモを倒せばメイの英雄だ。ようやく俺に手番が回ってきた。ここで全部賭けて勝つような存在に憧れた。モモならば同じ条件でも自分の暴力でねじ伏せる。俺はそんな英雄に憧れた。俺が憧れたのは全員を助けるような英雄じゃない。モモのような理不尽で全て思い通りに出来てしまう英雄だ。そのワクワクと恐怖は同居する感情だ。だからこそ降りるなんてことはありえない。
ここで降りるようならば俺は英雄になれない。
「……残念」
「ここで乗る理由がねぇだろ!! こんな大舞台から降りるなんてもったいない真似するなんて大馬鹿だろ!」
ようやく掴めた英雄への道。離してなるものか。改修したロストベリーも暴れたいと叫んでいる。ここで降りるなんて興覚めだ。こんな冷めるような真似は出来ない。
言葉になったことでワクワクが恐れを上回る。モモに勝ちたい。その強い衝動が全てを晴らし、俺に戦う覚悟を決めさせた。
「負けたらお前の好きなようにしろよ! でも俺はお前を――魔王モモを打ち負かして英雄になってやる!」
「無理でしょ。お兄ちゃんの力で私に勝つなんて千年早いよ」
「無理をやるから英雄なんだろ! どこからでも来い!」
「はいはい。それじゃあ本気でいくから――英雄になれないって現実。噛み締めて反省してね」
その瞬間。モモは俺の目の前にいた。ロストベリーを構える暇すら貰えず、モモが目の前に現れた。モモの眼光が俺の瞳を突き刺す。彼女の剣先が俺の胸に優しく触れた。その剣先が刺さることはない。ただ置かれただけだった。
「これで1キル。本気なら心臓一刺しで死んでるから」
ゾクッとする。ルカはこんな怪物を相手にして、あそこまで持たせていたのか。あれほどの時間を稼げていたのか。まさしく規格外。これは勝てるような存在ではない。勝負になるような相手ではない。それでも――
「さらにもう1キル」
動こうとした瞬間に首元に剣先が移動していた。ただ剣を横にスライドさせるだけ。それだけで俺の首が斬れるだろう。目の前にいる魔王は――本当に化物だと実感させられる。
「どけぇ! 面だけ男!」
そんな中で後ろから誰かが突進する。その突進を見てモモが俺を避難させるように蹴り飛ばした。俺の身体は地面に情けなく転がる。
勝負にすらならなかった。あれほどの
「前の時とは全然違うじゃん。ジーク」
「もう手加減してねぇからな! それじゃあ殺すぜ♪」
竜殺しの英雄ジークと魔王モモのマッチアップ。悔しさを押し殺して見守る。勇者カミーラと肩を並べる大英雄である彼。彼ほどの存在でなければモモとは勝負にすらならない。俺ではモモに届かない。
「ごめんね。ここは退くね」
「待てや!」
そんな中でモモは誰一人として予想だにしない行動を選んだ。なんとモモは逃亡を選んだのだ。ジークの脇下から抜け、そのまま広間を後にしていく。ジークは即座に反応し、モモを追いかけていく。
この場の全員が目の前の出来事に理解が追い付かなかった。
誰もモモの意図が読めなかったのだ。