デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
――数分前。
俺は魔王モモに
「これは夢か……?」
リアルが俺を見て軽く微笑む。全知のスキルで戦況は常に頭の中に入れているのだろう。俺がモモに負けたのも知ってるはずだ。それでも彼女は俺を捨てなかった。英雄としての役割を果たせない俺を見捨てなかった。
「さてさて。良い頃合いなので外に逃げますよ」
「すまん……倒せなかった」
「私の護衛をお願いできますか?」
納得出来ない。まだ魔王を倒せていない。それにも関わらず撤退などありえない。俺はなんの仕事も出来ていないのだ。そんな俺の心境を見透かせたようにリアルが言葉を紡ぐ。
「魔王モモと戦う理由がありません」
「それならどうしてルカを復活させた?」
魔王モモを倒さないという選択肢もあった。その方が賢かっただろう。しかし俺達は魔王モモに喧嘩を売った。あれを倒すためにルカを元に戻した。もし戦う理由がないと言うならば元に戻さない方が合理的だった。
「……そこは正直どうでもよかった。欲しかったのは私達が逃げ出す隙を作り出す混乱です」
嘘だ。その言葉は嘘だとハッキリと分かる。逃げるだけならばやりようはいくらでもあった。これはあまりに非効率だ。少なくともリアルは本気で勝ちを目指した。今のリアルの言葉は矛盾している。
「む、むしろ……魔王モモが勝ってくれた方がありがたいと……言いますか……」
「違うだろ」
リアルの計画は俺達が魔王モモを倒すことが前提にある。魔王モモが残った上で進めるのは妥協だ。俺はリアルに妥協させたくない。その道は選べない。
「リアル。お前の理想はなんだ?」
「聖女になることです」
「そのために必要なものはなんだ? 障壁はなんだ?」
「……魔王モモ」
「それなら倒す以外に道はねぇだろ」
リアルの望みは分からない。しかしリアルが魔王モモの撃破を望んでいる。それならば俺は応えたい。リアルの願いに応えたい。
「……本気で勝ちにいくということですね」
「ああ」
「ジーク。私のために死ねますか?」
「ああ。リアルのためになら死ねる。リアルのためにしか死ねない」
そう言い切ったときだった。1人の幼女が目の前に現れる。青い髪に赤い瞳をした幼女。悪魔である彼女を前にリアルが懇願するように言う。
「メイ第二王女様。
「わかりました」
そこには駆け引きもなければ、取引もなかった。彼女の力で俺の傷が塞がっていく。俺にもう一度だけチャンスが回ってきた。
「……ありがとうございます」
「リアル。これは貸しは1つとしておきます」
「はい。覚えておきます」
俺はリアルの背中から降りて立ち上がる。もう次はない。一度治癒で蘇った以上は魔王モモも本気で殺しにくるはずだ。無力化が出来ないとなれば、殺して止めるという選択肢しか残らない。この場での治癒は諸刃の剣だ。これがラストチャンス。本気の殺し合い。もう次はない。
「ジーク。魔王モモに勝ってください」
「ああ。任せろ!」
そうして俺は戦場へと舞い戻った。俺はリアルに勝てと言われた。だから勝たなければならない。魔王がなんだというのだ。なにが相手だろうが俺はかならず勝つ。俺はリアルのために勝つ。
◆ ◆ ◆
血が踊る。この絶望的な状況の中なのに楽しくなってきた。今は最高の気分だ。全員がルカに期待している。カオリに夢を抱いている。勇者カミーラに希望を抱いている。それを俺が全て踏み躙る。俺とリアルだけが笑う結末。
「
魔王の放つ宣告の一撃。それを俺の剣で相殺する。
俺は竜殺しの英雄ジークにして反英雄。この世界を全て破壊し、否定する男だ。そんな俺の一撃が魔王モモの一撃を防ぐ。その隙を突いて、魔王モモに距離を詰める。
「うそっ!?」
宙を蹴り、一気に加速する。その怯みこそが命取りだ。魔王モモが反射で炎の壁を作り、身を守ろうとする。それに俺は怯まない。
竜との戦いというのは炎との戦いだった。どいつもこいつも炎を吐きやがる。何度も全身を焼かれ、泥を啜りながら立ち上がった。多くの血を流しながら……屍を踏み躙りながら掴んだ勝利だ。俺はお前たちが抱くような綺麗な英雄じゃない。
「
「――っ!」
俺の拳が魔王モモの腹に練り込む。その勢いで一気に魔王モモを地面へと叩き落とす。彼女の戦いは色竜共との戦いを思い出させれる。
「どうだ! 見たか!」
向けられる悪意が心地良い。魔王の勝利を願った魔族が俺に向ける憎悪。魔王を倒し、英雄になることを期待した奴らの妬み。リアルのようなテロリストに与するやつが勝ってしまう現実への嫌悪。それらの感情が良い。
「俺が英雄だ! 俺こそが英雄だ!」
高笑いして叫ぶ。俺は生まれた時からクソだった。
人を愛することが出来ない。人からの愛を素直に受け取ることが出来ない。その性質に気持ち悪さを覚えてしまう。まさしくクソのような人間だ。世界が生きづらくて仕方がない。なによりも自分の存在意義を見出だせなかった。それが俺だった。
「ジーク! そのまま合わせ……」
「雑魚は黙ってろ♪」
魔王モモが立ち上がり、剣を構える。しかし足取りはふらついている。あれはどこまでいこうが所詮は幼女だ。戦乙女に殴られ、カオリの稲妻で貫かれ、俺の一撃をモロに受けた。もう立っているだけでも辛いはずだ。俺の攻撃が届くまでに疲弊している。
弱者を甚振るのは心地良い。弱者は即座に感情を剥き出しにする。理不尽に対する怒りや俺という存在への嫌悪。甚振るほどにそんな感情をぶつけてくる。だから弱者を虐めるのは最高に楽しい。
「桜ヶ崎流剣術……基本ノ型」
「悪いな♪」
俺は魔王モモは狙わない。狙うのは彼女の兄であるカオリ。先ほどから常に俺の背中から機会を探っているカオリ。それに当然ながら俺も気づいている。
俺は踏み込むと見せかけて足を止める。慣性でカオリが俺よりも前に飛び出す。その彼の後頭部を鷲掴みして、そのまま魔王モモへと彼の身体を叩きつける
「お前!!」
身体侵食と精神侵犯は似ている。それ故に強い天啓をぶつければかき消すことが出来る。俺ならばカオリの天啓を強引に掻き消せる。
先ほどから魔王モモはカオリに強い執着を見せている。彼を武器として扱えば動きを阻害することが出来る。勝つために手段を選ばないことこそが英雄。
「
カオリの身体を魔王モモとぶつける。魔王モモの頭から血が垂れていく。
それと同時にカオリから手を離す。なにせこいつの身体は随分と重い。もっとも正しくはこいつというよりは持ってる武器の重さだろう。まるで夜桜みたいな色合いをした戦斧。黒竜を彷彿とさせるような気色悪い武器。
こんな重いものを涼しい顔して振り回してる辺り、こいつは規格外の怪力を持っている。まともに鍔迫り合いでもしようものならば確実に押し負ける。攻撃力に全てを振り切ったような持ち手の事を一切考えないようなエゴイストな武器なのだろうか。
「へぇ……」
武器から瘴気と呼んでも差し支えないほど強い感情が俺の方まで伝わる。主人を傷つけたことによる俺への憎悪。優れた武器は人格を持ち、感情を見せるというがここまで強固な自我を持つ武器は初めて見た。こんなイカれた武器を使いこなせてる辺り……こいつはまともじゃねぇな。
「
魔王モモが激昂する。炎で作られた槍が俺の頬を掠る。その痛みが心地良い。もっと怒れ。もっと俺に悪意をぶつけろ。それが俺の生きているという実感に繋がっていく。
「技のキレが落ちてるぜ♪」
「……そうだね」
魔王モモの眼光が俺を射抜く。その眼光が俺の熱を全て奪い去った。その視線が俺の身体を僅かに硬直させた。
走馬灯のように今までの半生が駆け巡る。景色が白へと変わり、絵画のように俺の半生が迸っていく。
「死刑」
1枚の絵画が目に止まる。数多の竜の死体の上に立つ青年の絵画。その青年は勝ち誇るように剣を掲げていた。返り血で白金の鎧を赤黒に染めていた。その姿を俺は知っている。それは17歳になった時の俺だった。俺の人生が動き出した瞬間を切り抜いたような絵画だった。
俺の人生で転機が起きたのは17歳の頃だった。それまではなんの面白みもない退屈な日常だった。しかし17歳になる頃に俺は戦場に駆り出された。そこで俺は初めて戦場の重圧を知った。皮膚が焼ける痛み。剥き出しの殺意。生への渇望。それら全てが心地良かった。
本気で殺しにくる竜の首に剣を叩きつける。返り血の熱が俺に命を吹き込む。悪意と殺意と害意が蔓延する戦場は天国だ。初めての戦場で俺は自分という存在を理解する。俺は戦うために生まれてきたのだと。
他者を踏み躙るのが快感だと知った。俺の存在が全てを葬る。竜だけではなく仲間の誇りも踏み躙る。お前らの積み上げたものは無駄だと俺の存在が否定する。嫉妬を含んだ視線や絶望して膝をつく下々。それらを見てると清々しい気分になった。
愛してる。信じてる。ありがとう。尊敬している。それらの言葉が全て気持ち悪い。俺みたいなクソがそんな言葉を向けられるわけがない。嘘の言葉だ。それに対して否定の言葉は心地が良い。殺してやるという熱は本物だ。お前のせいでという言葉を聞くと、その人は自分を意識していると思えて安堵する。それらの感情はクソな俺に向けられるのに相応しいものだ。
「桜ヶ崎流剣術。漆の型"虚桜"」
唐突に右腕が飛んだ。弧を描くように右腕が回転していく。落ちた腕から血が吹き出す。なにをされたのか理解すら出来なかった。
絵画が切り替わる。満身創痍で緑色の竜の死体を背に座り込む男。俺が初めて色竜を倒した瞬間の絵画だった。
その時に俺は全ての竜を屠り、英雄になると決めた。全ての英雄願望にクソを塗りたくる。それが俺の存在意義だ。俺は他者を否定することでしか生きられない。俺みたいなクソが英雄になったという事実を傷として刻む。このようなクソが称賛される世界。クソを持ち上げてしまう世界。それはなんと滑稽で面白い光景だろうか。
「夢は終わり。お前如きが私に勝てると思った?」
その瞬間に両足が落ちた。その一閃は見ることすら叶わなかった。先ほどとは動きの練度が違う。魂が理解している。この絵画の群は俺の走馬灯なのだ。魔王モモには勝てないと俺の魂が屈服している。
次に見えた絵画は弟の肖像画だった。気持ち悪い弟の絵だった。
俺にはフリートという名の双子の弟がいた。フリートは生まれてからなにをするのも全て一緒だった。しかし俺とフリートは違う。フリートは俺とは違い、クソとは違う真人間だった。他者から愛されるのに相応しい人間だった。
「あ……ぁぁ……」
そんなフリートは英雄に憧れていた。全ての色龍を倒して世界を救おうとしていた。俺から言わせれば馬鹿馬鹿しい夢だ。なにが英雄だ。なにが人のためだ。そんなつまらない生き方のどこがいい。
「フリ……ト……」
気持ち悪い。俺と同じはずの弟。それなのにどうして俺とここまで違うのだ。俺とお前は同じ腹から生まれた。生まれた時からずっと一緒だった。なんで俺はお前のようになれなかったのだ。お前のような真っ直ぐな存在として生きられなかったのだ
フリートがそんな馬鹿馬鹿しい夢を語る度に俺の存在が薄くなっていく。フリートが自分の夢を追えば追うほど、俺はフリートの世界から自分が消えていく感覚を覚えてしまう。それが怖かった。この上なく耐えられなかった。
フリートの中から消えたくない。だからフリートの心に俺という傷を刻みたい。フリートに一生忘れない傷として残したい。二度と俺を忘れられないようにしてやりたい。お前の中から俺が消えるなんてことは許さない。お前がいない世界を俺は認めない。
『お前の名を引き継いでやる。俺は今日からジークフリートだ』
『……兄……ちゃん?』
『お前は真っ当な英雄にはなれねぇよ。クソみてぇな英雄になりさがるんだよ』
いつの日かのやり取りを思い出す。俺がジークではなく、ジークフリートと名乗るようになった切っ掛けの会話。俺は弟に恨まれたかった。だからジークフリートを名乗った。弟に忘れられない記憶として残るために色竜を全て殺した。
もっともクソなやつが英雄として祭り上げられる。さぞかし耐えられないだろう。英霊になってはいけないクソが自分の名前で英雄になってしまう。この上なく憎いだろう。それでいい。俺はフリートの中で永遠に残り続ける。フリートは俺を忘れられない。
それが竜殺しの英雄ジークフリートが誕生した瞬間だった。もっとも最悪でクソな英雄にして――世界の汚点の原点だった。
「惨めだね」
魔王モモから逃げるように地面を這う。
フリートはそんな俺を蘇らせた。クソみたいな俺を蘇らせた。恨み言を吐くこともなく、兄として慕ってくれた。弟がなにを考えてるのかなど分からない。こんな俺を蘇らせた意味が分からない。あの弟はどうして俺なんかを蘇らせたのだ。
……嫌だ。まだ終わりたくない。こんなところで終わりたくない。
「魔王モモ……」
再び絵画が切り替わる。俺とフリートとリアルで食卓を囲む絵画だ。俺の中でもっとも新しい記憶。もっとも大切な記憶だ。
俺はリアルに恩も返していない。俺のフリートを助けてくれたリアル。彼女には返しきれないほどの恩がある。まだ俺は終われない。
あの関係が心地良かった。リアルとフリートといる時間は満たされていた。そんな時間がずっと続けば良かった。
昔にリアルに世界を壊したいと言ったことがある。世界を壊せばフリートの傷になると思ったからだ。本当に壊したかったわけじゃない。リアルと過ごすうちにそんなこと考えなくなった。口では世界を壊したいと言っていたが……もう本当はどうでもよかった。
リアルは初めて俺を肯定した存在だった。クソである俺を否定せず、それでいいの一言で受け入れた。俺がどんなに悪意をぶつけようが気にも留めずに笑って流してくれた。そんなリアルのために少しでも役に立ちたいと思った。
魔王モモが迫る。死が俺に迫っていく。
フリートの英霊召喚は記憶の持ち越しを許さない。次に呼ばれる俺はリアルのことも知らない俺だ。この関係の心地良さを知らない俺だ。そんな赤の他人が呼ばれるだけだ。
死にたくない。死にたくない。あいつらともっと一緒にいたい。だから……
「は?」
魔王モモはそんな俺を素通りする。俺はそれに思わず唖然とした。ただ
彼女の瞳に俺は入らない。俺は魔王モモに生かされた。死なずに済んだ。それはなによりも喜ばしいことのはずだった。それなのに心がぐしゃぐしゃになっている。
今まで体感したことのない屈辱感。殺す価値もないという侮蔑。それらが俺の神経を逆撫でしていく。
「見ろ! 俺を見ろ! 魔王モモ!」
俺の叫びに魔王モモはなにも返さない。ただ静かにカオリの方を見ていた。俺に憎悪も殺意もぶつけられない。まるでどうでもいいと言わんばかりに俺を無視した。
「あと2人。もう勝ち目なんてないし降参しなよ」
「魔王モモォォォォオ!!」
怒号が響く。その怒号に誰も耳を貸すことはなかった。