デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
この世界に来て楽しいと思ったことは少なかった。
お兄ちゃんもお姉ちゃんもいない。その寂しさが私の心を蝕んでいく。それがストレスとなった。ストレスの影響で髪の色は抜け落ち、自慢の黒髪は雪のような白髪となった。
それでも私は魔王として君臨した。なにもない世界で魔王という役割に縋っていた。寂しさを紛らわすようにベックの掲げた夢を継いだ。
魔王の仕事は簡単だった。ただ政治をすればいいだけ。支持率とか考える必要もない。文句があるなら力で示せばいい。武力さえあればどんな政策をしても反発がない。だからこそ非常に楽な仕事だった。政治に関しては大体分かる。政治学は当然として、経済学に地政学に宗教学から法学や社会学まで大体は頭に入ってる。そんな私には支持率が必要ない政治というのはただの作業でしかない。
魔王という仕事は私には軽すぎた。仕事は私の退屈を埋めるには物足りなかった。仕事では私の寂しさを誤魔化してくれない。寂しいという感情が私の奥底で暴れていく。私はそれを必死に誤魔化していく。
お兄ちゃんと一緒ならなんでも楽しかった。その言葉に嘘偽りはない。だからつまらない。お兄ちゃんがいないからつまらない。魔王の仕事もつまらない。生きることもつまらない。
魔王としての仕事を終えたら死のう。気づけばそんなことを考えるようになっていた。退屈が私を病ませた。本気で自死を本格的に視野に入れだすほどに病ませた。全てがどうでもよくなっていた。ベックとの約束だけが私を繋ぎ止める。
朝に起きる度に口の中で乾いた言葉を呟く。
――さっさと死にたい。
私の耳にとあるニュースが入ったのは、そんな時だった。
グループ国が勇者召喚を行ったという話が飛び込んできた。その中にはカオリという男の子がいると聞いた。その時点で私は確信した。間違いなくお兄ちゃんだ。だって男の子でカオリなんて名前は滅多にいない。少しだけ私の世界に希望が生まれた。もうちょっと生きてみようと思えた。
間もなく聖女ルイスが"カオリ"という男の子を養子に迎えたという話が耳に入る。その時は頭に血が上りそうだった。私以外の人がお兄ちゃんに手を出すなんて許せない。殺してやると思った。
だけど少しだけ不自然なことに気付いた。カオリはグループ国では勇者として扱われず、一歩間違えれば追放されてもおかしくなかったと聞いていた。
普通に考えるならば養子に迎えるのは勇者であるフウガのはずだ。それに聖女ルイスの存在も冷静に考えれば妙だ。個人で世界経済の四割を
ふと私の中で一つの仮説が浮かんだ。聖女ルイスは美柑お姉ちゃんであるという仮説。お姉ちゃんならば全てに筋が通る。だから私は少しだけ試すことにした。エルフと共謀して聖女ルイスの暗殺を企てた。もしお姉ちゃんならばこの程度で殺せるわけがない。もし死んだとしてもお兄ちゃんを私から取ろうとした女狐が死ぬだけでなんの問題もない。
期待通りに聖女ルイスは私達の暗殺から逃れるどころか返り討ちにした。あくまで軽い小手調べだったし、そこまで本気で仕掛けたわけではない。しかし返り討ちという結果は聖女ルイスが美柑お姉ちゃんだと考えてもいいかなと思えるくらいのものだった。なにせクローバーは弱い駒ではないのだから。
私はヤミ国に足を運んだ。お姉ちゃんとお兄ちゃんが属しているヤミ国という国を実際に自分の目で見たいと思った。ベックに転移を使ってもらい、足を運んだ。選んだのは降臨祭の日。その日は外部から入る人も多いから誤魔化すのが一番簡単な日だった。
そこで私はお兄ちゃんと再会した。予定外の再会だった。
「ってモモ!?」
「お兄ちゃん!?」
退屈だった世界が一気に変わる。つまらない世界が輝き出した。私の世界に色が戻った。
同時に衝動に近い感情が私の中で暴れ狂った。地球では今まで感じたことのない衝動。お兄ちゃんは日本にいた頃よりも遥かに格好良くて、脳がクラクラしそうなほどの色気があった。それが私の本能を剥き出しにしたのだ。
久々に聞いたお兄ちゃんの声。それが今まで抱くことのなかった感情を抱かせる。恋心なんていう優しいものじゃない。もっと暴力的な感情。
"今すぐ押し倒して、ぶち犯したい"という色欲が私の中で芽生えた。
私はその肉欲を必死に隠して取り繕う。お兄ちゃんの体温を感じたい。お兄ちゃんの視線を私が独り占めしたい。お兄ちゃんの口から甘い言葉を私にだけ囁いてほしい。
会話に嘘を混ぜながら話を進めていく。
「ていうか異端審問官就職おめでとー。今日はそれを言いにきたのもあったし、食べ終わったらお兄ちゃん探すつもりだったんだよ?」
もちろん嘘。この場で会ってもお兄ちゃんを混乱させるだけだ。だからお兄ちゃんに顔を見せる予定はなかった。
「まぁ私の方もお兄ちゃんのこと知ったのは2週間くらい前だったんだよね。それで聖女ルイスはお姉ちゃんで合ってる?」
これも嘘。お兄ちゃんのことはずっと知ってる。お兄ちゃんが異端審問官になる前どころか聖女ルイスの養子になる前から知ってる。でもそんなの恥ずかしくて言えない。
嘘を重ねていく。嘘で色欲を隠していく。頭の中に理性はない。ただぶち犯したいという色欲だけが渦巻いている。それを理性で蓋をする。息が苦しい。身体の内側が熱い。
「魔王なんかやめてヤミ国で俺達と暮らさないか?」
「うーん。悪くない話だけど、そこは少し考えさせて」
もちろん嘘。そんなのありえない。ここで暮らしたら邪魔が多そうだから拒否一択。なにせ先ほどから色目を使ってる
ああ。これからどうしようかな。お兄ちゃんはかなりヤミ国に染まってるけど、どうやったら私の物になるだろうか。どうしたら私だけを見てくれるかな。どうすれば私の色欲を満たしてくれるだろうか。
私の脳はその日から色欲とお兄ちゃんに支配された。魔族領に帰ってもひたすらお兄ちゃんのことばかり考えてしまう。日本で過ごしていた時は色欲を抱くようなことはなかった。全部お兄ちゃんのせいだ。お兄ちゃんが異世界で成長して格好良くなりすぎたせいだ。そのせいで私がここまで狂ってる。
お兄ちゃんの格好良さが私を色欲狂いの魔王に変えた。
しばらくして魔族領にお兄ちゃんがやってきた。あの時の日常が帰ってきた。だけど私だけがあの時と違う。お兄ちゃんから香る仄かな汗の匂いが私を誘惑する。お兄ちゃんの姿が妙に可愛らしくて
色欲が止まらない。お兄ちゃんといると色欲が溢れてくる。この色欲はお兄ちゃんでしか満たせない。色欲に狂っていく。色欲が私を支配する。
お兄ちゃんの口からメイの名前が口に出る。その度に殺意が湧き出る。
メイ第二王女様。ヤミ国の王族であり、本来ならばお兄ちゃんが関わるような相手じゃない。雌蝿風情がお兄ちゃんと釣り合うと思うな。殺す。殺す。殺す。
私からお兄ちゃんを取るものはみーんな死んじゃえ。私が殺しちゃえ。
お兄ちゃんは私のもの。私が一番最初に見つけた光だ。私の光を奪うなんて許せない。許せるものか。許せるはずがない。
◆ ◆ ◆
人はなるべく死なない方が良いと思っている。ここで死ぬのはメイ・アルカードだけでいい。それ以上の屍を積むつもりはない。
だからジークは見逃した。もちろんお兄ちゃんを傷つけたことへの嫌悪はある。反射的に殺すなんて汚い言葉を吐いてしまった。だけど口走っただけで実行する気はない。誰かを無意味に殺すくらいならば口先だけになる方がマシだ。それがダサいと言われようとも。
もう残す敵は2人だけ。勇者カミーラとお兄ちゃん。どちらもジークよりも弱い存在。大して苦戦することはないだろう。
しかし私はどうしようもなく格好良いお兄ちゃんが見たい。最後に勝つのは私だけど……お兄ちゃんには爪痕くらいは残す戦いをしてほしい。さすがにあそこまで啖呵を切っておいて、手も足も出ないで負けましたというのは情けないにも限度というものがある。
何度も決定機を見逃してあげた。ルカとの戦闘もお兄ちゃんが見取り稽古をしやすいように立ち回ってあげた。そこまでやってあげたのだから少しは成長してほしいところ
「はぁ……」
溜息が漏れる。しかし勝負は完全に決している。全員が期待外れ。お兄ちゃんはもっと張り合いがあると思っていた。ルカはもっと強く、何度も命の危険を感じる相手だと思っていた。ジークは竜殺しの英雄としての底力を見せると思っていた。カミーラは勇者として面倒なことをしてくると思っていた。
あまりに期待外れで――弱すぎる。
「……まだやるんだ。もう飽きたんだけど」
しかし絶対に傷つくことがない。どんなに乱暴に振るおうが壊れることがない。私の全力に耐えきることの出来る唯一の剣。もしもディニアルがなければ、剣に気を遣っていただろう。そうなれば互角までは追い込まれたかもしれない。ルカに呆気なく負かされていただろう。
「……それは出来ない。僕はメイを死なせたくない」
「どうして?」
「仲間だから。僕はもう誰も失いたくないんだ」
ふとメイ・アルカードのことを考える。
あれは気味の悪い雌蠅だ。自害を要求した際も感情らしいものを一切見せなかった。拳を力強く握り、血を滲ませるような素振りも見せなければ、絶望する素振りもない。お兄ちゃんやルカに縋るような表情もしない。ただ無表情だった。
彼女の赤い瞳は静かに私の隙を探している。蠅が獲物を狙うかのような赤い瞳で私を観察していた。感情を感じさせない蟲の視線。メイは必ずなにか仕掛けて――
「
一瞬の気の緩みだった。その瞬間に私の頬がカミーラによって切り裂かれた。その事実に反射で舌打ちをする。
自分の息が少しあがっていることに気づく。身体が少しだけ汗をかいていることに気づく。先ほどより僅かに動きが鈍っているのに気づく。目の前のことに集中出来ていないことに気づく。
思考の優先順位がぼやけていく。だからあんな下らないことを考えてしまった。戦闘中に関係のないことを考えた自分に恥じる。それほどまでに今の私は集中力を欠いていた。
お兄ちゃんに焼かれた腹がヒリヒリ痛む。思い返せば一瞬だけお兄ちゃんに見惚れた瞬間が命取りだった。稲妻の速さに反応が僅かに遅れ、直撃をもらった。そのダメージが今も私を縛り続けている。
元を正せば原因はルカだ。彼女からもらった一撃が響いている。いくら受け身を取ったとはいえど、私の身体には重い一撃だった。あの一撃は私の体力を大きく削った。そのせいでお兄ちゃんの攻撃が避けれなくなった。
ダメージの積み重ねが私の集中力を削った。本来ならば避けれたはずのジークの攻撃も受けた。それによって更に体力が削られた。体力が削られれば、それだけ判断も鈍る。そのせいでカミーラ程度から一撃をもらった。当たるはずのない攻撃に当たっている。それは私が間違いなく消耗している証拠。
そのことにようやく気づいた。
「――っ」
負の連鎖を重ねている。一度のダメージが次のダメージを誘発する。そのダメージの積み重ねが焦りを生み、邪念となっていく。
私は戦闘において負けたことがない。追い詰められたことがない。それどころかかすり傷すら負ったことがない。ダメージを受けるというのが初めてに等しい経験。ダメージを受けた後の戦闘を経験したことがない。だからこそダメージを受ければ消耗するという当然のことが頭から抜け落ちていた。
「雷撃一閃!」
桜色の稲妻が私に飛びかかる。そんなお兄ちゃんの一撃を反射的に剣で受け流す。その合間を縫うようにカミーラが追撃を仕掛けようとしている。
お兄ちゃんの動きも不気味だ。カミーラばかりに気を取られていたら、お兄ちゃんにやられかねない。一瞬の悩みが生まれる。本来だったらありえないこと。その本来ならばしないことをしてしまうまでに私は追い詰められている。
「先祖返り・重!」
再度カミーラの全身から青い
思考がぐちゃぐちゃになる。先ほどとは明らかに思考の質が別物。その現実を静かに受け止め――咀嚼していく。
「抜刀光撃・絶!」
カミーラが目にも留まらぬ速度で剣を振るう。青と金の閃光が私の右腕を掠める。動きが追いつかない。焦りが生まれる。その焦り故に判断が僅かに遅れ、被弾してしまう。
――このままでは負ける。そんな考えが脳裏に過ぎる。
即座に思考する。ここで必要なものはなんだ。私が勝つために必要なものはなんだ。今の私に欠落してるものはなんだ。
「炎蛇・九頭竜!」
ヒュドラを模した炎で時間稼ぎをする。まずは思考を落ち着かせる。一番の優先事項は状況を立て直すことだ。幸いにも2人はまだ私が弱ってることを察していない。まだ私が追い詰められていることを理解していない。それならば……
「煌」
嫌な音がした。その瞬間に衝撃波が炎を掻き消した。目の前には桃色の髪をした女がいる。彼女の拳が私の顔に迫っていく。
「流星拳!」
白い星が舞った。その一撃を私は避けれなかった。骨が砕ける音がする。飛びそうになる意識を気合いで繋ぎ止める。
幼女の身体は弱い。息もすぐに上がるし、手足は短いからリーチも足りない。重さも足りないから正面からの押し合いになれば負ける。身体能力は幼女の域を出ることはない。しかし私は純血の鬼でもある。それ故に生命力だけならば飛びぬけて高い。だからまだ倒れない。
「ルカ!」
「ごめんね。遅くなっちゃった」
最悪が連鎖していく。このタイミングでルカの復活。完全に想定外の出来事に少しだけ混乱する。そもそもルカがあの程度で終わると思ったのが楽観的だった。
だけど今の衝撃で思考がまとまってきた。ようやく状況を俯瞰して見れるようになってきた。頭の中で今の課題を明確にして優先順位をつけていく。この盤面ですべきことの優先順位をつけていく。
「私の本気の一撃だよ。それを正面から受けて立ち上がれるなんて怪物かな?」
「……幼女といえど鬼だからね」
口の中に溜まった血を地面へと吐き捨てる。
絶体絶命の状況。そんな中でリアルのことが思い浮かんだ。彼女の思想がすっと私の中へと入り込む。世の中はなるようになる。なにか起こることを過剰に恐れない。起きた後で考えればいい。そんなリアルの楽観的な思考が私の中で構築されていく。
なにをすべきかハッキリした。もう加減は出来ない。本気で勝ちにいこう。本気で殺しにいこう。言い訳は後で考えよう。殺さないなんてことは考えない。殺してしまっても仕方ないだ。その精神でいこう。
この場で一番厄介なのはルカだけ。ルカさえ殺せばどうとでもなる。だから私はルカにだけ専念すればいい。他は全てノイズだ。見てからの反応で充分間に合う。ルカだけに意識を集中すればいい。
剣を構える。それと同時に白い花弁を散らせる。もう出し惜しみはしない。スキルも剣術も天啓も全て使い切る。その結果がどうなろうが後で考えればいい。
世の中はなるようになるものだ。そう自分に言い聞かせていく。
「来なよ。挑戦者――本当の理不尽を見せてあげる」
自分の逃げ道を塞ぐように啖呵を切っていく。
――勝負はここからだ。