デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
モモの剣がルカの頬を掠めた。しかしルカは気に留める素振りを見せずにカウンターを仕掛ける。俺は即座にルカを補助出来るポジショニングを心掛けていく。俺がなにかせずともいつ攻撃を仕掛けてくるか分からない。その事実がモモを縛るはずだ。
「煌!」
「炎風」
ルカの一撃が炎の熱で相殺される。ルカの攻撃が全て通じていない。モモの唯一の弱点は身体能力だが……その弱点を突ける隙を与えないほどに他の要素が規格外。だからこそ未だにモモを倒しきれない。
「――見えてる」
カミーラが背後に回り、一撃を叩き込もうとするが完全に見切られる。
モモは身体能力以外の全てが全員の上位互換。動体視力や判断力も格段に上。武器の扱いも当然ながらに上。持っている手数の数も上。モモという存在に対して俺達は身体能力だけしか優位に立てていない。その結果として万全な状態でも押される形になっている。
「戦乙女ルカ。結局のところフィジカルだけが強みの理不尽……ね」
「そう言うけど貴方も私を仕留めきれてないじゃん」
「フィジカルは全てを凌駕するんだよ。だから私は貴方を仕留めきれてない」
「……ふーん」
「でもね。もし私とルカが同じフィジカルだったら2秒で負かしてるってこと忘れないでね?」
ここまで全ての勝ち筋が丁寧に潰されてきた。思考を回しても攻略の糸口すら掴めない。この場で必要なのはアイデアが落ちてくるまでの時間稼ぎ。しかしどんなに時間を稼いでもアイデアが落ちてくる気配がない。
「そろそろ私の方から攻めようかな。貴方は手加減出来るほど弱くはないから――死なないように頑張ってね」
「は?」
モモがルカと距離を詰めていく。モモの剣がルカへとのしかかる。首を刎ねようという明確な殺意の籠もった一太刀だった。遠目で見ても明らかに先ほどとは重さが違う。
「まさか手を抜いていたの!」
「さすがの私もルカを殺して恨みを買うような真似はしたくないからね。でもそんなことも言ってられないからね」
ここまでモモは手加減していた。手加減した上で俺達を圧倒していたのだ。本当に理不尽もいいところだ。ただ同時に強い熱が宿る。モモを倒したい。そんな強い衝動に近い熱が生まれた。
「それにルカは強いから私が殺すつもりでも一命くらいなら取り留めるかなってね。だから私が恨まれないためにも死なないでね」
踏み込もうとした瞬間だった。俺の足に強い痺れが走る。全身に力が入らなくなり、その場にバタリと前のめりに倒れ込む。その瞬間にモモの剣が止まり、俺の方へと視線が釘付けになった。
「お兄ちゃん!?」
「よそ見厳禁!」
その隙をルカは見逃さずに攻撃を仕掛けていく。しかしモモはルカの剣に視線を向けることなく、剣の腹で押し返して視線をルカへと戻す。
「追撃。仕掛けてこないんだ」
「さすがに仕掛ける気にならないよ。それでカオリは大丈夫そうなの?」
「うん。天啓の使いすぎで神経が損傷してる状態で負荷をかけたことによる麻痺だから命に別状はなさそう。続けよっか?」
2人が言葉を交わすとモモとルカの勝負が再開された。立ち上がろうとも手足がピクリとも動かない。まるで金縛りにでも遭ったかのように。
その瞬間にルカがモモに弾き飛ばされ、俺の元まで後進する。ルカは俺に軽く視線を向け、即座にカミーラへと指示を飛ばす。
「カミーラ。カオリを連れてメイのところに行って」
「だけど……」
「大丈夫。私がどうにかする」
「私もお兄ちゃんの保護が目的なら追撃はしないから抜けていいよ。カミーラ」
「待てっ! 俺は……!」
俺はカミーラに担がれ、戦線から離されていく。こんなところで終わりたくない。まだ戦いを続けていたい。ここでモモを超えたい。動けよ。動いてくれ!
「カオリ。ルカを信じろ」
カミーラが俺に声をかける。その言葉は慰めにならない。俺は俺がなにも出来ないことが嫌なのだ。どんどん戦場が離れていった。
* * *
「純粋な一騎打ちだね。ルカ」
矛先を魔王モモへと向ける。この極限状態の中で私の思考は戦いになかった。私の思考は哲学に向けられていた。私は正しさについて考える。
魔王モモは殺人は等しく悪だと言った。だけど私はそうとは思えなかった。世の中には死んでいいカスが大勢いる。それこそ八将や魔王ウシカゲ……そんなものばかり見てきた。
今の時代にも死んだほうが良いと思うやつは大勢いる。異端審問で嫌というほど救いようのない悪を見てきた。嫌なものはたくさん見てきた。息をするように女を犯す山賊、子どもを薬漬けにする聖職者。権力を盾にして理不尽を強いる貴族。
そんなやつらを私は異端審問官として扱って殺した。不愉快だから殺した。許せないと思ったから殺した。
「……たしかに私は人殺し。数え切れないほどの人を殺した」
「なんの話?」
言葉を漏らす。私には迷いがある。迷いがあるから鈍る。そこを断ち切らなければ魔王モモには届かない。だから私は自分の考えを口にする。自分の在り方を明確にしていく。
「だけど私はそれを悪とは思っていない」
自分の正しさを何度も疑った。リアルの殺しと自分の殺しの違いを何度も考えた。そこには大きな違いなんてない。どんな言い訳をしても私もリアルもしていることは同じだ。そこから目を背けてはいけない。
「人殺しを正義とは言わない。だけど人殺しを悪とも言わせない。私の行為は間違っていない」
「……」
「外道を前にして人殺しは間違ってるで止める行いを私は正義とは認めない」
アガルタで見たドラマの一幕を思い出す。そのドラマは刑事ものだった。大切な人を奪われた犯人が復讐で人を殺していく。標的が最後の1人になった時に刑事の主人公が犯人を止める。そして言うのだ。貴方まで悪に染まる必要がないという不愉快な綺麗事を。
ドラマに違和感を覚えた。被害者はどうしようもない外道だった。救いようのない外道だった。そんな外道を生かす行為を私は正義とは言えない。なぜそのような外道を殺すのが悪なのか。それは正義の行いだろう。私はドラマにモヤモヤとした感情を抱えた。
私は犯人を悪だと思えなかった。理不尽を働いた外道が生き延び、被害者が罰を受ける。そんな不条理な光景が正しいことであるかのように扱われる。それは私から言わせれば悪だ。私は刑事に強い嫌悪を覚えた。
魔王モモはドラマに出てくる刑事なのだ。その正しい不条理を肯定してしまうのが魔王モモなのだ。理屈は理解出来たとしても私は魔王モモの描く正義には乗れない。私は彼女の正義を否定する。それは悪であると。
「貴方の言うことは正しいだけ。私の心は貴方の正義に惹かれることはない!」
「……そっか」
「私は悪を許せない! その悪を正しさのために容認するというのならば貴方は私の敵だ! 魔王モモ!」
だから私は魔王モモと戦う。彼女の世界の王様にしない。彼女の思い描く世界を私は認めない。ようやく軸が定まる。なんのために戦うかハッキリした。私は私の正義を押し通すために戦う。正義を譲れないから戦乙女として魔王を倒すのだ。
「そんなにリアルを殺したい?」
「うん。殺したいよ」
ルイスもモモもリアルを肯定した。それは解せない。だけど同時に私は2人を信じてもいる。2人にも正義は宿っている。2人は悪を――外道を許すような存在ではない。そんな2人がリアルを認めた。少なくとも話くらいは聞くべきだ。自分の中でそんな考えが芽生えている。
リアルは悪いかどうか。それは話を聞いた上で決めたい。きちんとリアルという1人の人物を見て、それがどういう生き物なのか見極めたい。私が殺すべき外道なのか判断したい。
「だけど……この戦いにリアルは関係ない。私が貴方を否定するのは貴方の正義が私にとって耐え難いものだから!」
暴食のハルバードを振るう。これは私と
「もしも私が間違ってるというのなら、貴方の剣で私を否定しろ! 桜ヶ崎モモ!」
少しだけ笑みが溢れる。こんな気持ちは初めてだ。私はどこかこの戦いを楽しんでいる。相手は桜ヶ崎モモ。彼女は外道というわけでもなければ根からの悪というわけでもない。
八将や魔王ウシカゲのようなクズではない。憎悪もなければ憤怒を抱くこともない。そんな相手との勝負が楽しいと思ってしまった。
「その考えを間違ってると思わないし、否定する気もない。だけど貴方は邪魔だから倒させてもらうね。ルカ・エリアス」
首元に剣が添えられる。まるで転移でもしたかのような速さ。それを反射だけで避け、カウンターの蹴りを入れようとする。その一撃は簡単に躱され、バックステップを取られて仕切り直しとなる。
戦いに楽しさを覚えることなんてないと思っていた。しかしモモという存在が私の在り方を変えていく。もしも魔王モモを倒せば私は今よりも成長できる。魔王ウシカゲのような存在を前にしても全てを守りきれるくらい強くなれる。
……負けたくない。自分の武器が通じない相手にはなにも出来ない女だと思われたくない。
「この程度で世界最強? 異世界は随分と甘いんだね!」
モモの剣が私の腕を掠る。モモの動きに私が対応できていない。
私は世界最強と謳われていた。その言葉に私も疑いを持つことはなかった。その肩書きになにか思うこともなかった。しかしいざ世界最強という座を脅かされると、手放したくないと思ってしまう。
私は最強で在りたい。だからこそ魔王モモには負けたくない。誰にも負けたくない。私は勝つことで私が最強なんだと証明する。世界最強という肩書きはいつしか私の誇りとなっていた。そのことに今になって気づく。
「くるみ割り!」
「おっとっと」
魔王モモは倒すつもりだった。しかし殺そうとは思えなかった。だけど私は戦場の人間だ。武に拘るような存在でもない。相手を倒すのは私のやり方ではない。なりふり構わず相手を殺すのが私のやり方だ。
ここからは本気で魔王モモを殺す。その後のことは殺した後で考える。私はここで魔王モモを殺さなければならない。たとえルイスの妹であろうが――情けはかけない。
いつだって私を突き動かしたのは憤怒だ。強い憤怒と衝動が私のエンジンだ。そのエンジンを吹かしていけ。私の中の憤怒を煽れ。私のポテンシャルを最大限に引き出せ。私は憤怒の戦乙女――そして世界最強の超英雄だ。
「夜堕とし!」
熱が乗らない。強い憎悪も怒りも抱けない。魔王モモが私になにかしたわけではないのだから当然だ。本気で殺したい相手にしか強くなれない。その課題を克服しなければ世界最強の座は維持できない。
「桜ヶ崎流剣術・基本ノ型"桜舞"」
まるで液体でも殴ったかのように攻撃が流されて、モモの前に無防備な背中がさらされる。なんとなくだが桜ヶ崎流剣術の動きも掴めてきた。
桜ヶ崎流剣術は全ての一撃が必殺の奥義。確実に相手を屠るための技であり、どの体勢からでも放てるように様々な型が用意されている。複数人に囲まれた際にまとめて一刀両断してくる参の型"桜波"、純粋な振りの速さに特化させた伍の型"桜翼"、斬撃を警戒した相手を崩す突き技の捌の型"桜殺し"。
壱の型"桜餅"は純粋にもっとも威力の高い真空斬り。恐らく壱の型は向き合いから力押しで相手を崩したり、大きな隙を見せた相手に使うようなことを前提とした技だろう。漆の型"虚桜"は剣先が読みづらく、受けを崩すような攻撃。迂闊に相手の攻めを待ち、カウンターを狙おうものならば"虚桜"で崩される。この場でモモが使った桜ヶ崎流剣術はそれだけだ。順当に数字で考えるならば全ての型を見せたとも思えない。情報が全て抜けていない。
もっとも警戒すべきは今回見せた基本ノ型"桜舞"。それだけは今までの桜ヶ崎流剣術とは完全に別物だ。ここまで見せた桜ヶ崎流剣術は全て攻めの一手だった。しかし桜舞だけは受けなのだ。相手を受け流し、次の型に繋げるための基本。恐らく桜ヶ崎流剣術は桜舞を軸として構成されている剣術。一番警戒しなければならないのは桜舞からの追撃。
「壱の型"桜餅"!」
反射的に右腕を盾にして攻撃を受ける。モモの剣は私の右腕を深く抉った。身体能力強化をかけ、受けに専念したこともあって辛うじて切断は免れた。
そのまま地面に転がりこみ、即座に体勢を立て直す。右腕がズキンズキンと痛む。血が垂れていく。まだ痛いだけで動く。少しだけパフォーマンスは落ちるが、戦うのに大きな支障はない。
そんな私に対してモモは追い打ちをかけることなく、静かに眺めていた。恐らくカウンターを嫌ったのだろう。無駄なリスクを取らずに受けに徹し、確実に決められるタイミング以外は全て見逃す。本当に戦いづらい。
「桜ヶ崎流剣術。それは8つの型で構成された桜ヶ崎家に伝わる剣術。ただ相手を殺すことだけに特化した殺意の剣術。それ単体で勝てるようなものでもないんだよ。なにせ型に入る手段は別に用意すること前提のものだからね」
モモは完全に狙っている。桜ヶ崎流剣術に私の意識が向くように仕向けている。だからこその情報開示。本当に隠したいものを隠すための隠れ
モモの戦い方にも慣れてきた。彼女の武器は間違いなく剣術だ。その剣の腕前が彼女を魔王として知らしめている。しかし剣術ばかりに気を取られてもいけない。今のモモには炎もある。そこが抜け落ちた瞬間に確実に突いてくる。そういう相手だ。
――剣術を警戒しつつ、剣術だけに気を取られてはいけない。
「そこにお姉ちゃん……聖女ルイスが基本ノ型"桜舞"を持ち込んだ。それによって桜ヶ崎流剣術は完成された。桜舞から始まり、もっとも適した一撃を叩き込む。桜ヶ崎流剣術だけで戦える剣術へと昇華させられたの」
違和感が消える。明らかに桜舞だけは浮いていた。桜舞は他の技とは明らかに勝手が違うのだ。それこそ同じ人物から生み出したとは思えないほどに。あの聖女が生み出した異物。そう考えれば全てが腑に落ちた。
他の型は主導権を持っていることを前提に組み立てられているのに対し、桜舞だけは相手が主導権を持っていることを前提としたもの。それ故に桜舞が一番面倒。桜舞が的確に穴を埋めてくる。
互いに出方を伺う。迂闊に仕掛ければ桜舞で流され、次の攻撃に繋げられる。今の攻防で桜舞から型に繋げられたら受ける術がないとハッキリした。もし桜舞の際に攻撃されるようなことがあれば確実に詰む。
「……来ないのかな?」
「貴方が一番分かってるでしょ」
迂闊に攻められない。桜ヶ崎流剣術は
この緊張が神経をすり減らしていく。戦闘のテンポを完全に掌握されてる。戦いの起点となるのは常にモモだ。モモがなにかしなければ私は動くことすら出来ない。
「んーどうしよっかな」
モモの視線が逸れる。何度も見せた誘いの一手。誰が見ても明らかな隙。飛びかかりたい衝動をぐっと堪えていく。もちろん自分でも考えすぎではないかと思う。ただ考えすぎと決断を急ぎ、そのまま敗北となれば目も当てられない。
「それじゃあ私からいこうかな」
モモは焦らすようにこちらに向かって歩いていく。ただ静かに歩いていく。
今までの戦闘とは勝手が違う。ひたすらに頭を使わされる戦いだ。常に何手も先を見据えて動く。安易な行動を取った瞬間に負ける。石橋を叩いて渡るように……常に自分の負け筋を潰すように組んでいく。
ペースが完全に掴まれている。自分の思う行動が出来ない。モモに合わせることしかできない。歩きながらもモモは何度か隙を見せる。飛びかかりたい気持ちを必死に抑える。
間合いに注意を払う。間合いに入りこまれた瞬間にモモは剣を振るうだろう。それより先に私が暴食のハルバードで突いて仕留める。その反応が遅れたら負けるのは私の方だ。
ほんの僅かな時間が何十秒にも感じる。嫌な思考が脳を過ぎる。ここから間合いに入ってもモモは攻めてこない。私に仕掛けさせて桜舞から型に繋げて仕留めにくる。そんなことを考える。だけどモモもそれは分かってるはずだ。裏をかいて攻めてくる可能性もある。
どちらだ。間合いに入った瞬間にモモは仕掛けるのか……それとも桜舞を使うのか。予備動作から判断してる時間はない。桜舞ならばともかく、型を使われたら一瞬でお
「桜ヶ崎流剣術!」
その瞬間にモモが構えを取って一気に駆け出した。突きの構えだった。私は即座に薙ぎ払いを仕掛けた。
「基本の型。桜舞」
刃が逸らされる。モモの剣が刃の下側に潜り込み、そのまま上へと暴食のハルバードが流されていく。無防備な胴が晒される。勝負を急ぎすぎた……否、常識で物事を考えすぎた。心の何処かで薙ぎ払いならば桜舞を誤魔化せるという甘えが出た。突きの姿勢から桜舞は打てないという希望的観測が視野を狭めた。
「捌の型”桜殺し"」
「――っ」
突きが私の腹を突き破る。だけどそれでいい。腹に力を込めて、モモに剣を取らせない。剣さえ奪えば勝機はあ――
「
剣は横に逸らされ、私の横腹を斬り裂いて外へと出ていく。臓物が地面に零れていく。視界が掠れていく。全身から熱が失われていく。
失敗した。あの時に仕掛けたのが間違いだった。こちらから仕掛けてしまった。私の運動量がそのまま桜舞に流された。
だけど甘いのはモモの方だ。私は戦乙女。この程度の怪我で止まるなら私は戦乙女になっていない。世界最強に君臨していない。
そのまま飛びかかってモモの頭を掴んで地面に叩きつける。がむしゃらに放った一撃がモモへと届く。モモの血で地面が赤く染まる。私は容赦をかけることなく、そのまま左腕を掴んで引き抜き、腹を蹴り飛ばす。
「あああああああぁぁぁぁ――っっつ!」
モモが悲鳴をあげる。私は
まだモモとの間合いはある。ここからモモに仕掛ける術はない。ここで警戒するのは桜舞だけでいい。相打ち覚悟の一撃ならば確実に当てられ――
「桜ヶ崎流剣術。
そんなことを考えた瞬間だった。モモは一気に距離を詰めてきた。ここまでの戦闘でモモの速度の概算は頭に叩き込んでいる。それを踏まえた上で間合いも管理してきた。その前提を崩すほどに速く、モモが動いたのだ。
白い一閃が私の頬横を通る。その一閃は目にも留まらない見事な一閃だった。一切の反応が間に合わないほどに速い閃光の一手。
「貴方の負け。戦乙女」
その剣は私の首元で止まった。反応すら間に合わない一撃だった。その気になれば首を落とせただろう。私はモモの殺気にやられて力が抜けたように膝をつく。
「……炎だね」
「正解」
あの攻撃はモモの出せる速度を超えていた。私の計算の外にある一手だった。
足裏からの炎噴射。それによって自身を急加速させた。モモの場合は炎で自身の機動力も上げていた。このような使い方をしてくることだけが想定外だった。炎を攻撃の手段としてしか見ていなかった。
あの説明は炎を隠すと同時に桜ヶ崎流剣術は8つしかないという先入観を抱かせるものだった。桜ヶ崎流剣術に炎を組み込むという方向に思考を持っていかせないためのものだった。私は完全にモモに誘導されたのだ。モモに嵌められたのだ。紛うことなく完敗だ。
「桜ヶ崎流は捌の型までしか存在しない。玖の型は私のオリジナル。これを人に使ったのは貴方が初めてだよ」
「……どうして殺さないの?」
「誰が見ても明らかな貴方の負け。その結果を受け入れられずに暴れるような人じゃないでしょ?」
「うん。そうだね」
「殺さないで済むなら出来る限りはそうしたい」
ああ。ここで負けを認めずに足掻くのはあまりにみっともない。私を信頼したからこそ殺さないという選択を選んだ。私にはモモの信頼を裏切るような真似が出来ない。
そう言われたら傷を治してもらっても戦えない。そういうことする存在に私は成り下がりたくない。
「ルカ!」
カミーラが感情を剥き出しにしてモモに飛びかかる。それは悪手だ。そんな単調な攻撃が通じる相手ではない。
「雑」
モモは技ですらない剣技でカミーラを軽く切り刻んでいく。どれも傷口は浅い。意図的に負傷させないように加減された一撃。
勝負は完全に決した。私達は魔王に勝てなかった。魔王モモに負けたのだ。
「カミーラ。まだ動けるでしょ?」
「モモ……」
「ルカをメイの元に連れて行きなよ。はやくしないと死ぬよ?」
「……!」
私はカミーラに抱きかかえられ、そのまま戦いから離脱していく。私は遠目でモモを観察する。私に引き抜かれた腕は既に炎で肉を焼くことで止血されている。ここまで追い詰めてもモモは……魔王モモは倒れない。
そしてカミーラと同時に人影が現れる。その人物は黒色と桜色のハルバードを構え、静かに臨戦態勢へと入った。
「……モモ」
「お兄ちゃんがラスト。ここで負けたらおしまいだよ」
モモの前にカオリが立つ。この場には誰もいない。カオリが1人でこの魔王を倒さなければならない。
「来なよ。色欲狂いの魔王を倒して英雄になってみせてよ。お兄ちゃん」
正真正銘……最後の戦いが始まる。
私もカミーラもジークも戦えない。この場で戦えるのはカオリだけだ。カオリに全てが委ねられていく。
あぁ……私が勝ちたかったなぁ……
魔王モモを超えたかったなぁ……