デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
戦線を離脱させられた俺の傷をメイが治していく。
何度も感じた治癒の熱が俺の中に巡り、傷を癒していく。ズタボロになった神経を蘇らせていく。先ほどまでの麻痺が嘘のように消えていく。
「……魔王モモは何度も殺すと口走りながら実際には誰1人として殺していない。私の治癒を止めるどころか、そうするように促している」
メイがぽつりと言葉を漏らす。そこには怯えの表情が一切なかった。俺はメイに少しだけ違和感を覚える。モモはメイを名指しで殺すと言っている。メイを殺すためにヤミ国の民を殺そうとしている。それにも関わらずメイは怖いくらいに普段通りなのだ。
「メイはモモをどうしたい?」
「私は魔王モモを倒したいわけでも殺したいわけでもありません」
「モモが怖くないのか? 憎くないのか?」
俺にはメイが不気味に見えた。あれほどのことをされておきながら負の感情を抱いていない。不老不死という背景もあるのだろうが、俺には理解できない。
「私は今の魔王モモを本当の姿だと思っていません」
「どういうことだ?」
「……なんと言えばいいのでしょうね。例えば精神が擦り減った時に見せる姿は本当にその人の本性なのでしょうか?」
言いたいことは分かる。俺自身も当然ながらそう思っている。あれはモモの追い詰められた姿でしかない。いつものモモじゃない。
しかしメイは本来のモモを知らない。それどころかモモから直接的に敵意と嫌悪を向けられている。それにも関わらず、そのような見方が出来るのはどこかの聖女よりも聖女らしい。
「優しい人が精神が磨り減り、暴言を吐いてしまった。そんなことが起きたとしても、誰も元からそういう人とは思わないでしょう?」
「なんでそこまでモモを……」
「私はカオリやルイスが信じるモモを信じます。モモが悪いわけではない。ただ間が悪かっただけ。これは不幸な事故でしかない。私にはモモを憎む理由がない」
傷が治る。身体の感覚も元に戻り、痺れも取れていく。まさしく絶好調だ。ここまでの無茶の代償を全て踏み倒しにする治癒。
「私は魔王モモがそうなってしまった原因を取り除きたい。魔王モモを助けたい」
「ただメイの言ってることは理想論だ」
「だから策を授けます。私がカオリを勝たせます」
メイは俺に聞かせていく。魔王の倒し方を。
モモの弱点を語るわけでもなければ奇策を授けるわけでもない。ただメイは勝つために必要なものを語っていった。その言葉を頭に刻んでいく。
「カオリならば理想論を現実に出来ると信じています。だから魔王モモを正面から負かしてください。私は彼女ともっと対話がしたい」
それだけ言い残してメイは俺を戦場へと送り出した。俺はメイの言葉を胸に魔王モモと向き合う。
* * *
「改めて言っとくね。もしお兄ちゃんが負けたら私はメイ・アルカードが自殺しない限り、ヤミ国の民を殺すから」
誰の加勢も期待できない。しかしモモは確実に弱ってる。現に片腕まで失っている。ここまでの疲労もダメージも溜まっているはず。この場で有利なのは俺の方だ。それなのに勝てるという気持ちに一切ならない。
「……ここまで誰も殺していないお前に人が殺せるのか?」
「私は不要な殺しは避けるけどさ。必要に迫られたら殺すよ」
モモは一振りで心を折りにくる。たった一振りが希望を全て断ち切ってしまう。なにをしても無駄なようにすら思えてくる。まるで暗闇の中を彷徨うような絶望感。それがモモと戦うということ。その暗闇にもがかなければならない。
ロストベリーをモモに向けて心を強く持つ。心が折れないように意識をしっかりさせていく。自分の軸を固定していく。
「戦う前に1つだけいいか?」
「なに?」
「……モモの話を聞かせてくれ」
俺はモモに憧れている。しかしモモの格好良い一面しか知らない。モモの弱い部分を知らない。モモの夢を知らない。モモの希望を知らない。モモの価値観を知らない。俺は兄なのに妹のことをなにも知らない。
「……俺はモモのことをわかろうとした。だけど考えても分からない」
「私は分かるよ。お兄ちゃんのこと」
「ああ。だけど俺は分からない。だからモモの話を聞かせてくれ?」
「聞いてどうするの?」
その質問に対する答えを持っていない。だけど俺はモモと戦うためにモモのことを知らなければならない。そんな想いを込めて視線で返す。モモならば、それだけで俺の意図がわかってくれるはずだ。俺の言語化出来ていない部分まで見透かしてくれるはずだ。
俺達家族は全員が違う形で異世界に来ている。転生という形でやってきたルイス姉。召喚という形で呼び出された俺。完全に事故で巻き込まれたモモ。この中でモモだけが一番のハードモードだった。
「……私はこの世界に呼ばれた時には誰もいなかった。極寒の吹雪の中に薄着で投げ出された。死ぬかと思った」
俺は恵まれていた。ルカという頼れる存在がいた。ヤミ国が俺を支援してくれた。なによりルイス姉が面倒を見てくれた。それに対してモモは1人だった。仲間はいたとしても、頼れる存在はいなかった。自分が魔王となって全員を引っ張らなければならなかった。
娯楽もない。頼れる人もいない。国は貧困で食べるものすら満足にない。その環境がモモを擦り減らしていった。髪の色が抜け落ちるほどにモモを追い詰めていった。
「……そんな時に助けてくれたのがベックか」
「そうだよ。ベックは魔族の差別撤廃を夢として語った。エルフの土地で魔族が暮らせる世界を望んだの。だから私は恩返しとしてその望みを叶えなきゃいけないの」
差別根絶。それはモモにとっての夢ではなく支えなのだと理解した。なにかに縋らないと折れてしまう。だからこそベックの夢を引き継いだ。現実から目を背けるために。ただ自分のために差別根絶をしようとしている。自分が生きる意味を見出すために。大して関心のないことをやろうとしている。
その意図を確かめるように言葉を続ける。
「……それはモモがやりたいことなのか?」
「ううん。心底どうでもいいし下らないと思ってるよ」
決意が固まる。ようやく倒すべき敵が見えてきた。俺はモモと戦わなければならない。モモを魔王から降ろさなければならない。目的も信念もなく義務感で魔王の座にいる。それは正しくないことだ。
怒りがこみ上げる。モモに対しての怒りだ。俺はモモが好きだ。モモに憧れている。俺の憧れが弱音を吐くことを許さない。そんな世界ならば俺がぶち壊す。モモが生きたいと思えない世界に価値なんてない。モモを搾取する世界に対して憤怒に近い感情がこみ上げる。
「モモ。お前は間違ってるよ」
負けられない。これは絶対に負けてはいけない戦いだ。
俺が勝たなければならない戦闘だ。そうでなければモモが救われない。俺はモモのために全てを犠牲にしてでも勝たなければならない。
俺は理想を目指すと決めた。俺の憧れたモモは捨てさせない。メイの英雄にもなる。魔王モモを倒して俺が魔王になる。俺は全てを手に入れると決めた。俺は全てを手に入れる。モモがバッドエンドを迎える展開を俺は許容しない。
「そっか」
その言葉で戦闘が再開される。俺が動くよりも先にモモが剣を振るう。飛ばされた斬撃を反射でロストベリー・サテライトで弾いていく。
ここまでモモの戦いの観察に専念した。そのおかげで目がモモの動きに慣れてきた。モモの癖も少しは分かるようになった。前よりも対応が出来ている!
「身体侵食! 自由……」
「それ。やめなよ」
その瞬間にモモが目の前に湧いてくる。まるで転移でもしたかのような速度だった。それと同時に白い花弁が俺の稲妻を蝕んでいく。
天啓による身体侵食のキャンセル。そんな芸当まで出来るのかと内心で悪態をつく。いったいどれだけ精度が高いのだ。数秒の攻防で実力差が叩きつけられる。あくまでモモの動きに辛うじて反応が間に合うだけ。まだ勝負の土俵につけていない。
「そんな戦い方じゃいつまで経っても私に届かない」
モモの蹴りが俺の腹に叩き込まれた。威力は大して重くない一撃。ここで剣を振らないのはモモなりの配慮だろう。俺は完全にモモに遊ばれている。
「なんで身体侵食。使おうとしたわけ?」
「……」
「私に負けることを恐れたからでしょ。負けたくない。負けられない。だから大技を切る。すっごくまともで正しい判断だよ」
わかっていた。まともにやってもモモに勝てない。モモの言う言葉は正しい。だけど同時に強い拒絶が生まれている。モモの言いなりになりたくない。モモに敷かれたレールの上を歩きたくない。
「お兄ちゃんの目の前にいるのは理不尽の権化である魔王。まともで勝てるの?」
ロストベリー・サテライトが心配そうに俺を気にかけてくれる。このままでは勝てませんわという声が聞こえる。その声が俺に冷静さを取り戻す。今まで多くの修羅場を共にくぐり抜けてきた相棒。俺は彼女のことを信じる。
「
相棒をモモに向けて投擲する。1トンを超えるほどの質量が音速を超えた速さで飛ばされる。相手が人ならば確殺とも言えるほどの一手。しかしモモは呆れた顔であっさりとよけていく。だが今までのロストベリーとは違う。アリスに壊された相棒はアガルタでルイス姉によって改修され、"ロストベリー・サテライト"となった。
「は!?」
モモが慌てた表情を見せる。改修したことでロストベリーに3つの機能が追加された。1つ目は指輪を通じたテレキネシスによる遠隔操作だ。今のロストベリーは俺の手を離れても動くことが出来る。それにより躱すと同時にロストベリーを引き返させ、背中からモモを狙わせた。知らなければ対応できない初見殺しの一手。
「舐めてたよっ!」
その理不尽な攻撃をモモは持ち前の動体視力だけで避けていく。しかし先ほどまでの余裕がない。そのモモを次の一手で追い詰める。
「ビット!」
4つの筒を周囲に浮遊させる。モモの視線がそちらへと気を取られる。その隙に手元にロストベリー・サテライトを手元に戻して距離を詰めていく。
これが2つ目の改修点。ロストベリーはルイス姉の手で筒状の4門のビットが加えられた。それはロストベリーの意識で、自由自在に飛び回る彼女の手足。そのビットで直接的に打撃を加えることもあれば、光線を放つこともある。最強のオールレンジ攻撃だ。
「切り札は武器頼みってことかな?」
その熱線すらもモモは避けていく。しかし動きは縛った。ここからならば確実に一撃を当てられる。これでモモに届くはずだ。
「神撃一閃!」
加えられた最後の機能を使って全力の一撃を叩き込む。テレキネシスにビット……そして最後に追加されたのは推進力。石突部分にメテオ・スラスターを取り付けることで鉄箒と同じ機能を持つようになった。急加速も飛行もロストベリー単体で完結するようになった。それによって戦略の幅は大きく広がった。
その推進力を活かして雷撃一閃すらも超える速度でモモを倒す!
「……あまりに単調」
「な!?」
「桜舞」
しかしモモは見事に俺の必殺の一手を受け流していく。即座にモモの方へと視線を向けて追撃に備える。モモの剣が俺の胴へと迫っていく。その一撃は俺の目でも追えるものだった。俺は受けようと、刃の来るであろう方向にロストベリー・サテライトを置いていく。
「ごめん。フェイント」
「っ!」
来るであろう衝撃が来ることはなかった。剣先は軌道を変え、俺の頬を掠らせていく。それと同時にロストベリーのスラスターを使い、そのまま後進して距離を取っていく。一度仕切り直しだ。ここまでのプランが崩壊した。別の手を考える必要がある。
「ビット!」
時間稼ぎに放たれた光線は全てモモに届かない。モモは最小限の動きで光線を全て流していく。光線は完全に攻略されている。
モモが距離を詰めてくる。だが、ここまで距離を離したならば身体侵食を使う。間違いなく勝ちは近づいている……
「はぁ……色々と面倒だし、お兄ちゃんで最後だから使っちゃうね」
再び絶望が俺にのしかかる。それがあるのは当然だった。むしろ想像しない方が愚かだった。それなのにどこかでそれだけはないと高を括っていた。そのツケが回ってきた。
「――精神侵犯」
頭の何処かでモモの手札は全て切らせたと思っていた。モモほどの存在ならば精神侵犯程度ならば使えないはずがない。むしろ使うのが必然だ。しかし俺達は目を背けていたのだ。ただでさえ強いモモが精神侵犯まで行使したら勝てない。だからこそ心が折れないように無意識でその選択肢を除外していた。
「
世界が塗り替わる。どこまでも深い闇のような黒。俺達の周囲だけを光が照らしている。石膏で出来た硬い床があるだけのシンプルな世界。装飾も遮蔽物もない世界。文字通りの闘技場。逃げることも隠れることも許さない。
「……効果はなんだ?」
「天啓の使用不可。それだけだから警戒しないでいいよ」
「スキルは?」
「それは使えるよ」
身体侵食も使えなければ、ロストベリーの精神侵犯に頼ることも出来ない。なによりも技の攻撃力が全て一段階落ちてしまう。小細工無しでモモと一騎討ちをしなければならない。シンプル故にもっとも厄介な精神侵犯だ。
「さ、純粋な殴り合い勝負だよ。お兄ちゃん」
「フルバースト!」
ビットからの一斉射撃を再び行う。ただ誤魔化しのために打った一手。当然ながらモモに攻撃が届くことはない。モモは光線を掻い潜り、そのまま距離を詰めていく。
モモの剣撃に備えて受け身の準備をする。その瞬間にモモが不気味に笑った。
「炎砲」
モモの剣先から放たれた白い炎。その攻撃はロストベリーの受けすらも無視して、俺の肉の表面だけを焼いていく。明らかに加減された一撃。殺さないように配慮された一撃だ。
「お兄ちゃんじゃ私には勝てな――」
「……煌!」
指弾きによる一撃。それによってモモを強引に吹き飛ばした。その不意の一撃すらモモの想定内。肉体こそ吹き飛んでいるものの、見事に受け身を取られておりダメージになっていない。
「フルバースト!」
再びビットによる一声射撃。モモは足から炎を噴射させ、空中で姿勢をコントロールする。それによってビットの攻撃を受けていく。しかしモモの動きは封じた。先ほどと同じ状況を作れた。今度こそ決める!
「神撃一閃!」
「桜舞」
目の前にイマジナリーモモが現れる。そのモモはなにかを喋ることはない。ここからモモが放つのは捌の型”桜殺し"だろう。そしてイマジナリーモモはその一撃を読んだ上でビットを盾にして攻撃を受ける。
桜舞で受けられるところまでは想定通りだ。一度動きを見たからこそ警戒が出来た。モモの中で焦りが見える。腕の欠損という怪我が冷静さを奪っている。普段のモモが相手ならば見抜かれただろう。しかし今のモモならば通る!
「ビット!」
「捌の型"桜殺し"」
モモの一撃を防ぐがビットが一門潰される。それと同時に俺はロストベリーを手離す。その不可解な行動にモモの気が一瞬逸れる。俺のイマジナリーモモならばそうした。俺の思い描いた理想通りにした動きは初めてモモへと届いた。
「おらっ!」
俺はモモを胴の殴り、地面へと叩きつけた。ここにきてようやく一撃がモモへと通りだした。風向きが一気に俺の方へと傾き出した。
10/10 21時頃にジークの一人称を俺→オレに変更しました