デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
メイの話を思い出す。彼女が俺に語ったモモの攻略法。その中身は自己啓発のような話だった。モモには策も通用しない。戦略など練っても意味がないと言っているようなものだった。
「カオリは負けを恐れすぎです。それ故に大胆な一手が打てない癖がある」
「それは……」
「未来のことばかり考え、安全な一手を選びがち。その差がルイスやモモとの差でしょう」
メイの説教めいた言葉を聞く余裕はなかった。その時の俺は焦りでいっぱいだった。だけどメイの言葉はなぜか俺の中に残っていた。
「もっと自分に期待し、自分を信じなさい。貴方は桜ヶ崎家の血を引いている。モモやルイスと肩を並べられる器なのです」
たしかに同じ血は引いている。しかしそれだけだ。俺は2人のようにはなれない。そんなのは俺自身が分かってる。俺は今まで2人に勝てたことがない。そんな俺のどこに期待すればいいというのだ。そんな劣等感に近い感情が俺を縛り付ける。
「……カオリ。貴方の中にモモがいますよね?」
「どういう意味だ?」
「貴方の中にモモのイメージがありますよね。なにせモモの戦い方は追い詰められた時のカオリとよく似ている」
メイが言ってるのはイマジナリーモモのことだろう。
たしかに俺は頭の中にモモを飼っている。しかし今回は通用する相手じゃない。なにせ本物のモモだ。俺の描く偽物が本物を超えられるわけがない。
「そのイマジナリーモモ。もう一段階進化させられますか?」
「進化?」
俺は少しだけ首を傾げる。メイの言う意味合いが分からなかった。メイが俺になにをさせようとしてるのか理解出来なかった。
「貴方の中にいるモモはカオリ自身が思い描く勝利のイメージ。自分がこうしたいと思う理想の姿だと思います」
その側面はあるだろう。あれは俺の思うモモの姿だ。すなわち俺が理想とする姿なのだ。ある意味では勝利のイメージ。その勝利のイメージがモモに依存している。だからモモに勝てないという話だ。
「今の自分がしたい動きを……理想通りの動きが出来たとしても勝てない。そんな状態で勝算はありますか?」
メイの言葉がピンと来ない。正直言ってメイの話はよくわからない。その話は……自己啓発の話はいますべきことなのだろうか。そんなことを思ってしまう
「だからこそイマジナリーモモを進化させなさい。それこそ本物に勝てるイメージに引き上げなさい。その理想の動きをどこまで追従できるかの勝負です」
メイが俺に言ったのはそれだけだった。その関係のない話を聞かせ、俺を戦線に戻したのだ。
* * *
メイに言われた言葉を一言一句、全てを思い出した。今になってメイの言いたいことが理解出来た。メイはきちんと俺に勝ち筋を掴ませていた。あれは自己啓発であると同時に一番勝利に近い最善手だ。俺自身が俺に期待していない。勝手に天井を定めて、限界を決めつけている。
イマジナリーモモは俺の理想。あくまで偽物だから本物に通用しない。しかし先ほどの動きは通用した。その現実がメイの言葉を引きずり出した。まるでパズルのピースが埋まるように思考が完結していく。今まで見えてこなかった魔王の倒し方が分かる。
今の自分がなんでも出来る万能な神だとしたら、モモをどう追い詰めていく。想像力をフルに回転させて、ひたすらに考える。なにをすればモモに届くのか思考を回し続けろ。
「……いったぁ」
もしもモモの動きとルカのフィジカルを組み合わせればモモに届くのではないか。そんな荒唐無稽なことを考える。しかし確実にモモに勝てる組み合わせ。なによりも俺の思い描く理想の最強だ。大丈夫。これなら届く。
「嘘!?」
気配を消し、背後から音もなく接近したモモの一撃を彈く。その一撃に根拠があったわけではない。俺の理想のモモならばそうすると考えた。不思議とモモの動きが分かる。まるで未来でも予知したように。
俺の中のモモが進化していく。モモならばこうするというイメージが現実になってる。そのままいけば勝てるだろう。モモの思想をトレースすることで先回りして追い詰めるだけでいい。
「……そんなんで満足するかよ」
俺は自分の思考に舌打ちする。たしかに勝つだけならばそれでいい。しかしモモにしか通用しない戦い方だ。もっと理想を追い求める。モモの動きを読んで勝つのは俺が理想とする勝ち方じゃない。モモの動きにルカを加えただけなんて誰もが思いつくことじゃつまらない。
「ああ。そうだ」
理想ならばいくらでも盛っていいはずだ。アリシアのような暗躍力が欲しい。ピエロのような演技力が欲しい。ゲイジュのような不死性が欲しい。エメラルドのような対応力が欲しい。アリスのような狡猾さがほしい。リアルのような戦略眼が欲しい。ジークのような突破力も欲しい。
――なによりルイス姉のような万能性が欲しい。
「考え事してる暇なんてあるのかな!」
モモから放たれた飛ぶ斬撃。それを
「夜堕とし!」
モモに
理想をアップデートさせていく。思考を加速させていく。今までの強者の強みを全て俺に取り入れろ。それに必要なピースを計算しろ。そのピースを数十秒で獲得していけ。
「ロストベリー!おせぇぞ!」
念話で命じた相棒の光線はモモに避けられる。タイミングの遅さに少しだけ苛立つ。この攻撃は俺の理想じゃない。俺の理想はもっと速いタイミングでの攻撃だ。今の彼女では俺の理想に届いていない。
駄目だ。道具に頼って勝つのは俺の理想じゃない。俺はなにかに依存することなく勝ちたい。俺の力でモモを倒したい!
「音撃十四閃!」
「……なにが起きてるの!?」
ルカがアリスに見せた雷撃四閃。その動きを真似して更に昇華させる。ルカと同じ要領で寸分の狂いもなく、連撃として叩き込む。コンマ1秒のズレもない14連撃。しかしモモは剣で全て受けきってくる。
まだだ。これは理想じゃない。俺の理想なら3桁の連撃だ。そういう理不尽を振るいたい。物理法則すら無視した一撃を打ち込みたい。
「陸の型”桜吹雪”」
モモが剣を振るう。その対処法は誰よりも知っている。その一撃にロストベリーの刃を潜らせ、軌道を逸らしていく。だけど確実にするためにもう一手が欲しい。そんな中でアリスが脳裏に浮かぶ。俺は
「愛してる」
その言葉でモモの剣が僅かに鈍った。アイデアが湯水のように湧いてくる。目の前の盤面になにがあれば対応出来るのか。誰を真似れば良いのか。即座に判断して、動きを
「桜舞!」
「っ!?」
何度も見てきた"桜ヶ崎流剣術基本ノ型・桜舞"。それで受け切るのが俺の思い描く受けとしても理想形。見様見真似のぶっつけ本番だったが成功する。その追撃の理想は既に思い描けている。
俺の理想はモモだ。モモの動きを真似たい。モモと同じことをしたい。モモが勝利のイメージとしてこびりついている。それならば選ぶ技はモモの使う大技だ。
「壱の型・桜餅!」
ロストベリーで放つ真向斬り。その一撃をモモは剣の腹で受ける。しかし剣を追いつかせるのがやっと。それ故に桜舞として成立していない。だが追撃は桜舞で流される。それならば接触を伴わない技だ。カウンターとして成立させたくない。
骨の軋む音がする。衝撃がモモの腕にダイレクトに叩き込まれた。ロストベリーの重さがモモを襲った。その痛みがモモを僅かに怯ませる。
「――っ!」
最後に最強のイメージを組み立てる。唯一モモに大怪我を負わせた人類最強の模倣。彼女の一撃……ルカの一撃ならば必ず届く。
「煌!」
指弾きでもモモの体勢を崩す。その一撃で俺の指が青紫色に晴れ上がっている。さすがに強引に技に繋げすぎた。だけど次で決める。ここで勝てる!
「くるみ割り!」
理想が進化していく。理想が俺を形作っていく。まるで神様にでもなったような万能感。その万能となった一撃がモモの腹を大きく裂いた。
* * *
腹から臓物が零れていく。身体は地面に叩きつけられて転がっていく。意識が朦朧とする。終わりたくない。こんなところで終わりたくない! お兄ちゃんを諦めたくない!
「……これで勝負ありだろ」
「まだ……」
私の精神侵犯が崩れていく。お兄ちゃんの身体から桜色の稲妻が迸る。今のお兄ちゃんはなにかおかしい。まるで先ほどとは別人のように強い。まさしく鬼だ。文字通りの鬼。なにが起きているか考えろ。必ずからくりがあるはずだ。そのからくりさえ分かれば、まだ勝てるはずだ。まだ……
「終わりだ。俺の勝ちだ。モモ」
その瞬間に地面へと倒れ込む。身体に力が入らなくなる。
どうして……どうしてお兄ちゃんは私のものにならないの……
色欲が強くなる。お兄ちゃんを犯したいという衝動が今も心の奥底で蠢いている。身体が疼く。この現実が受け止められない。私はこれからお兄ちゃんとメイ・アルカードがいちゃつく様を見せつけられる。そんな拷問のような日々が待っている。
ああ……もうどうなってもいいや。
誰かが私に触れる。その人が暖かい光を翳すと私の傷が塞がっていく。失った腕も血液も全てが元通りになっていく。
「とりあえず応急処置はしておきました」
憎きメイの声がした。
あれ……なんで私ってメイのことが嫌いなんだっけ。まぁなんでもいいか。
「魔王モモ。貴方は……」
「もうどうでもいい」
私は剣を握ってメイの首を落とした。お兄ちゃん達が豆鉄砲でも食らったような表情をしている。私は全員から背を向けて逃げ出した。
足裏から炎を噴射させて遠くへと飛んでいく。どこでもいい。ただ遠くに行きたい。
あぁ……みっともないなぁ……
私が逃げた先はどこかの岩山だった。なにかしたいことがあるわけでもない。ただの自暴自棄だ。自分でもどうしてあのようなことをしたのか分からない。
剣を拾い、自分の首へと向ける。ここで死んだらどんなに楽だろうか。
私はもう疲れた。全てがどうでもよくなってきた。
「……気持ち悪い」
それなのに色欲だけが消えない。ただお兄ちゃんを犯したいという欲だけが強まっていく。理性で蓋をしてもどんどん大きくなっていく。自分が醜い化物へと変貌していくのが分かる。
『おい。お前』
声がする。誰かの声がする。誰もいないはずなのに声だけが響いている。
ああ。もう考えるのも面倒だなぁ。ていうか私はなにがしたいんだろ。
『死ぬなら……その身体。俺にくれよ』
その声に身体を委ねていく。私の中になにかが入ってくる。それと共に意識が沈んでいく。