デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
空気は針のむしろだった。ルカ含めて全員がメイに冷ややかな視線を向けている。メイの一手で完全に俺達の苦労が水の泡になってしまったのだ。
「はぁ……さすがにありえへんやろ。治癒かけるにしても完治までは普通させへんちゃうか?」
ルイス姉までも呆れ混じりの言葉をぶつける。メイがそれほどまでに大きなミスを犯してしまった。あの場からモモが逃走した。それは言い訳の余地もなく全面的にメイの落ち度だ。治癒をかけるタイミングがあまりに早すぎた。少なくとも拘束を終えてから治癒に入るべきだった。今回ばかりは俺も文句を言いたくなるし、メイに対してなにをやってるんだという感情の方が強い。
「モモを少し過大評価していたようです。あのような見苦しい真似はしない方だと思っていましたので」
しかしメイは反省する素振りすら見せずにあっけらかんとしている。まるで起こってしまったことは仕方ないと言わんばかりの態度で。
「また最初からやり直し。既に私達の手の内も割れてるし、次も勝てる保証なんてないんだけど? ていうか無理。絶対に勝てない。断言する」
「しかし誰も死んでいません。それでいいではないですか」
「メイの首が刎ねられたけどね」
「気にするほどのことではないでしょう。掠り傷にもなっていません」
メイは不死ということもあり、首を刎ねられたことを気にも留めていない。まるでどうでもいいと言わんばかりの態度だった。そのことを尋ねると肉体なんて飾りなので興味がないと返されてしまった。
しかし文句こそあるが、俺はメイを非難することが出来ない。もし治癒が遅れて取り返しのつかないことになる方が最悪だ。モモが死ぬようなことがあれば俺は一生引きずっていただろう。悔やんでも悔やみきれない結末になっていた。その最悪を避けれただけ良しとしてしまう自分がいる。
「まぁ大丈夫だろ。俺がもう一度モモを倒せばいいだけだろ」
「……難しいと思うよ。カオリが勝てたのはダメージの積み重ねがあったからでしょ?」
ルカに痛いところを突かれる。
今回勝てたのはルカがモモの片腕を落としていたことが一番大きい。腕の欠損という大きなハンデを抱えさせた上での辛勝だ。もし再戦したとして勝てる保証などない。
「勝てる。あんまり俺を舐めるなよ」
そんな内心を隠して強がりを言う。勝てないと思って挑めば勝利の女神は微笑まない。まずは言葉だけでも取り繕っていく。それにルイス姉やモモならば弱音は吐かないはずだ。自分が勝てると疑わないはずなのだ。2人に近づくにはまず形からだ。
「……それでこれからどないするん?」
ルイス姉が俺達に問いかける。ここでメイばかりを責めたところで話はなにも進まない。メイの話は後回しにして、このまま戦うのか……それとも体勢を整えてから出直すのか。そういう選択を下さなければならない。
「このまま攻めるに決まってるでしょう。それでリアルさんの全知を使いたいのですが……話を通していただきます?」
「無理や。もうリアルは国外に逃亡しとるから連絡が出来へん」
「……連絡手段くらい持たせているのでしょう?」
ルイス姉は軽く舌打ちすると同時にスマホをメイに手渡す。メイは初めて見るスマホに少し感心し、興味津々に画面を操作していく。
俺達の方針は決まった。ここでモモを逃がす真似もしない。この場で確実に決着をつける。そのことを意識するとロストベリーを握る力がグッと強くなる。
「あんた。スマホを随分とスムーズに使うもんやね」
「ルイス達の世界については知識だけならありますので」
電話がリアルへと繋がる。それと同時にメイはスピーカーにして、俺達にもリアルの声が聞こえるように気を利かせてくれる。
「ルイス様! なにか……ってなんでメイ第二王女様がルイス様の端末を使ってるのですか?」
「少し端末をお借りしています」
「はぁ……そうですか。それでなんの用事ですか?」
「モモを逃しました。全知で行き先を探ってください」
少しだけ間が空いた。恐らく全知のスキルで状況を探っているのだろう。しばらくしてリアルの中でも情報の整理が出来たのか、言葉を返した。
「2つ条件があります。まず1つ目はジークの治療と解放をお願いします」
「分かりました。ていうかジークの治療はもう終えています」
「ありがとうございます。それでは2つ目の要求としてルカの謝罪をお願いします」
メイがルカの方に視線を向ける。そんなメイの動きを察したのかリアルが強い感情を込めて、罪とも言えないような罪状を言う。
「ルカは私を殴りました。土下座でその謝罪をお願いします」
「……悪いのはあんたでしょ」
殴ったというのは恐らく幼女化と殺人未遂の罪を精算させたときのものだろう。当然ながらあれは正当なものだと思っている。むしろその程度で許されてることを感謝すべきだろう。それなのに土下座での謝罪を求めるとは……
「リアル。それを求めるのは……」
「ルイス様でもそこは譲れません。やられたらやり返さないと気が済まない主義ですから」
俺はリアルの態度に少しだけ驚く。てっきりルイス姉の言うことならばなんでも従うと思っていた。ここまで自我をハッキリ出すとは思ってもいなかった。
「貴方。私には先ほどジークを治癒したことで貸しが1つあるはずです」
「そうですね」
「その貸しを返してください。今はそれで手を打ちましょう」
「仕方ないですね。それでいいですよ」
メイは穏便に済ませようとしてるが態度から苛立ちが漏れ出ている。しかし感情をぶつけたところで事態が進展するわけではない。ここはグッと堪えてもらうしかない。今はリアルに頼るしかないのだから。
「さて、魔王モモが現在いるのは南西にある岩山ですねぇ……あーなんか変なの憑依されていますね」
俺達は首を傾げる。てっきりモモともう一度戦闘して倒すだけの話になると思っていた。それなのに肉体が憑依された。第三者による攻撃を受けている。そうなれば当然ながら話は大きく変わってくる。
「もしかして魔王ウシカゲか!?」
「あ、それはないです。もっと小物でしょーもない雑魚です」
「相手は小物……それなりの相手ならばまだしも魔王モモほどの強者に有象無象の搦め手が通用するとは思えないのですが……」
「私にはわかりません。全知では人の内面までは見れませんから」
「やる気あります?」
「そもそも居場所だけ分かれば十分では? 行けばいいだけの話ですし、本当に相手は小物ですよ。この面子ならば対策も不要でしょう」
それだけ言うとリアルとの通信は一方的に切られてしまった。通信が切れると同時にメールで正確な座標が送られてくる。
「……ルイス。よくあんなのを庇いますね」
「うちはリアルのこと気に入っとるからな」
「あれのどこが良いのやら」
一気に話がややこしくなってしまった。結局のところ俺達はなにをすればいいのだろうか。憑依した相手を倒してモモを助ければいいのだろうか。
少なくとも憑依という事件のせいでいまいち着地点が分からなくなってしまった。
「ただ相手が小物ならカミーラのエクスカリバーで斬って終わりやろ。リアルの言う通り対策するようなことでもあらへん」
「そうなのですが……」
「まだなんかあるん?」
「憑依した相手のことより憑依された状況を問題視しています。それこそ魔王モモによる罠の可能性です」
モモが憑依を許すとは考えにくい。そうなるとなんかしらの思惑を勘ぐるのは当然と言えば当然だ。
「だけど私達に行かない選択肢はあるわけ?」
「ルカ。貴方はこの状況をどう見ますか?」
「まずリアル経由で状況が割られることはモモも組み込み済みでしょ。少なくとも私はモモが憑依された被害者とは見ない。そんなヘマするほど弱くない」
「そうですね」
「だから全知を通して憑依されてることを認知させるまでがモモの一手じゃないかな。私達の意思決定を遅らせて、時間稼ぎしてるように思える」
たしかにルカの言うことは筋が通っている。しかし腑に落ちない。あまりにモモらしい合理的な一手。モモならば思いついてもおかしくない一手。だけどモモがそのような手を打つとは思えない。そもそもモモが逃げたことすらもモモらしくない。
「……なぁ。モモについて改めて一度考えないか」
「カオリ。相手の狙いが時間稼ぎなら悠長なこともしてられないんだけど?」
「そうだけどさ。なんか大事なことを見落としてる気がする。このまま挑んでもなにも変わらない気がする」
「そんな曖昧なこと言われても困るんだけど?」
再びモモを追い詰めて倒す。しかし再度倒すだけでは同じことの繰り返しだ。再び隙を見て逃げられる。なんでモモが逃げるような一手を打ったのか。なぜモモは俺達と戦う道を選んだのか。そこと向き合わなければならない気がする。それが分からないうちは勝利は存在しないと直感が告げている。
「モモの動機……」
俺の指摘を受けてメイが少しだけ考える素振りを見せる。メイはずっとモモを観察していた。メイは俺なんかよりも人間観察に優れている。考えるきっかけさえ与えれば答えを導き出してくれるはずだ。
「もしかして私達はずっと勘違いをしていたのかもしれません」
「え?」
「今回の犯行は私への憎悪によるものだと思っていた。だけど違う」
メイがぶつぶつと独り言を呟いていく。モモという存在を丸裸にしていく。メイならば必ず真実に到達するはずだ。メイの凄さは誰よりも知っている。メイの前では隠し事なんて不可能だ。俺はメイの観察眼を信じて、答えを待つ。
「……もしかして自暴自棄による
「癇癪?」
「はい。だから恥も外聞もなく暴れていた。それ故に負けたから身を引こうという考えすら存在していなかった」
「待って。なんで自暴自棄になんかなってるわけ?」
「いま考えています! だけど自暴自棄と仮定すれば全ての行動に辻褄が合ってしまう!」
メイが怒鳴り声を上げた。それに少しだけ萎縮する。なにせメイが声を荒げる場面というものを初めて見たのだから。少なくともここまで感情を剥き出しにするとは思っていなかった。
「考えなさい……私。なにか見落としがあるはずです」
「……やっぱりカオリじゃないかな。カオリへの恋心が暴走したと私は見てるけど」
「恐らく違う。それは原因の一端であり、モモの核ではない」
メイが爪を噛んでいく。恐らくメイは答えまで到達しかけている。しかし最後のピースだけが欠けている。そのピースが分からない歯がゆさ。メイはそれと戦っているのだ。
「疲労だと思うで」
そんな中で助け舟を出したのは中立の立場を選んだルイス姉だった。ルイス姉はメイよりもモモの事を知っている。だからこそ分かるのだ。今のメイに足りないピースが。
「周囲からの期待への疲れ。使命感への疲れ。そういう疲れが溜まってたんやろ。正直うちから見ても今のモモは限界目前やったしな」
「……そういうことでしたか!」
一気にメイの顔が晴れる。メイは答えへと辿り着いた。ただ俺は少しだけ腑に落ちない。あのモモに限って疲労が溜まることなんてありえるんだろう。
「それはないだろ。モモのスペックなら簡単な仕事のはずだ。疲れが溜まるなんて……」
「簡単な仕事だから疲労はないという考えはいかがなものかと思いますよ。国営ともなりますと相応のプレッシャーがあります。1つのミスで詰みますので」
そういうものなのだろうか。モモはプレッシャーを覚えるのだろうか。モモほど完璧に近い存在が疲労なんて……
「モモは完璧です。完璧を常に維持しなければならなかった。その過酷さがカオリに分かりますか?」
理解した。モモは完璧なのだ。完璧であることを俺達は押し付けていた。それが負担となっていた。その負担に答えられるスペックがあるからこそ完璧にこなしてしまった。
「だけどさ。それが本当ならモモも助けての一言くらいあっても良かったんじゃないかな。ベックやカミーラもモモのことは気にかけてたんでしょ?」
「気にかけてはいたけど……正直言うとモモに任せておけば大丈夫という気持ちがあったのは否定できない」
「まぁ……そっか」
誰にも助けてと言えなかった。出来ないわけでもなければ追い詰められてるわけでもない。じわじわと蝕んでいく毒。なにか明確な原因があるわけでもない。だから助けを求められなかった。
「それにモモの髪の色。あの色が抜け落ちたような白髪」
「もしかしてストレス!?」
「元は綺麗な黒髪だったと聞いています。それが白髪になっていた。モモがストレスを抱えていた証拠です」
ようやく事件の全貌が見えてきた。俺達はメイに対しての嫉妬が原因だと勘違いしていた。だけど実際はもっと根深いものだ。
「恐らくモモ自身もストレスに関しては無自覚だったのだと思いますよ。自分が苦しんでることすら自覚できないほどに追い詰められていた。だから助けを求めるという発想すら持てなかった」
答え合わせが終わる。これはモモが悪いという話ではない。起きて当然の事件だった。この事件が起きるのは必然だった。俺達はモモを英雄視していた。モモ自身を見ようとしなかった。その結果がこれだ。
「そもそも8歳の子どもが誰も頼れない中で王として率先して大衆を導いているのが異常なんですよ。そのツケが回ってきただけの話です。こうなって当たり前なんですよ」
これはモモから目を背けてきた罰が当たった。俺達が向き合わなければならない問題だ。モモが悪いで済ませていい話ではなかった。悪いのはモモではなく俺達だったのだ。
「恐らく正面から負かしてもなんの解決にもならないでしょう。彼女に届く言葉を紡がなければならない」
覚悟が決まる。本当の敵が……やらなければならないことが明確になった。俺達はモモを倒さなければならないわけじゃない。モモを助けなければならないのだ。モモを魔王から降ろさなければならない。
「私達はこれから魔王モモを倒します。全ては魔王モモに手を伸ばすために」
「ああ」
「魔王モモを負かし、私達の言葉を彼女に届ける。それが私達の戦いです」
メイの言葉が心を打つ。メイの言葉が迷いを晴らす。ようやく勝利条件が明確になった。その条件ならば負けない。負けられない。
「それとルイス。なるべくモモについて多くのことを聞かせてください」
「……ええよ。なにから聞きたい?」
「全部です。思想から価値観、好物……プロファイリングに使えそうなものを全て」
「わかった。あくまで端的に教えたる」
ルイスがモモのことを聞かせていく。モモの政治的なスタンス……それこそ日本という国をどう見ていたのかといったところまで細かく、赤裸々に話していく。
俺はルカとカミーラを集めて最後の作戦会議をする。モモに話を聞かすためにもう一度だけモモを負かさなければならない。ジークには万が一に備えて、魔王城の防衛に徹してもらうことになった。俺達3人でモモと戦うのだ。
「なぁルイス姉」
「ん?」
「今回は手を貸してくれると見てええのか?」
「うちの見立てやと派手な戦闘にはならへんと思うけど……まぁええよ。そうなるようやったら軽くフォローくらいはしたるよ」
「よしっ!」
魔王を倒す戦いから魔王を救う戦いへと身を委ねていく。モモを助けるために。モモを一人ぼっちにさせないために。そのために俺達は剣を取る。
魔王モモを倒し、魔王としてのモモを終わらせるために。