デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
私の肉体を乗っ取った男は竜の時代末期に存在した賢者だった。
賢者は究極の魔術を会得していた。その魔術は自身を霊体化させ、他者に憑依するというもの。それによって何度も強者の肉体に入っては捨ててを繰り返していた。強い肉体を奪って暴虐の限りを尽くしていった。
一言で言うならば小物の外道。少し前に魔族に危害を加えていたので剣で一刀両断したことがある。どんなに優れた肉体だろうが中身が弱ければ意味がない。
「ハッハッハッ」
そんな賢者が私の肉体で高笑いする。この男は私の肉体を得ただけで勝った気になっている。まぁもうどうでもいいし内側からゆっくり見物させてもらおう。この肉体でどこまでやれるのか。
「今ならば見逃してやるぞ。なにせ気分がいい」
そんな私の前に現れたのはお兄ちゃん達。ここに来たメンバーはお兄ちゃんとお姉ちゃん……そしてルカとカミーラにメイ。最高戦力で私を叩きに来たのだろう。この面子は私でも手を焼くがどう立ち回るつもりだろ――
『どいて』
前言撤回。私は即座に肉体の主導権を奪い返し、ルカの攻撃を剣で弾く。男は明らかに反応が間に合っていなかった。このままだと確実に右腕が落とされていた。この肉体は私の身体。憑依されてると言えど、ダメージを受ければ痛みは私にも共有される。腕が落とされる痛みなど二度と御免だ。そもそもこのくらい簡単に対応出来るはずだ。なんでこんな単調な攻撃にすら反応が遅れてる? やる気があるのか?
「……!」
イラッと来る。今の攻撃でルカの胴体がガラ空き。ここで距離を詰めて桜ヶ崎流剣術の技でも叩き込めば確実にダメージは与えられる。それなのに憑依した男はどうして反応しない! 見るからに隙だらけではないか。ここでルカを潰せば……
「ルカ!」
カミーラが既に私の横に来ている。それに男が首を動かしてしまう。そのせいでルカとお兄ちゃんが視界から外れる。2人の情報が拾えない。あまりに論外。動かすならば視線だけで充分。そもそもこの盤面はルカだけ見ればいいわけではない。お兄ちゃんとお姉ちゃんがなにを仕掛けてきてもおかしくない。拾わなければいけない情報が拾えていない。このままじゃ数秒も持たないで確実に負ける。
ここで一番優先度が低いのはカミーラ。カミーラの攻撃ならば見てからの反応でも間に合うから後回しでいい。どうしてそんな簡単なことも分からない。
苛立ちが募っていく。あまりに身体の使い方も下手すぎる。呼吸すらも下手だ。こんなんじゃ数分動いたら息切れを起こす。未成熟な幼女の身体ということを一切考慮していない。普段と同じ感覚で体を動かしてる。なにも分かっていない。こいつは戦いというものをてんで理解できていない。
『もういい。代われ!』
反射的に肉体を奪い返し、ルカの一撃を躱していく。僅かな遅れが私の右腹を大きく抉る結果となる。今の一撃は明らかにチャンスだった。私なら桜舞でカウンターを叩き込めた。そのチャンスを活かすどころか、ピンチに変える。本当にありえない。どうしてこうなっている!
「モモ!」
上からお兄ちゃんが現れる。左にはカミーラだ。ここで桜舞でお兄ちゃんの対応をしてしまえばカミーラへの対応が間に合わない。お兄ちゃんの攻撃を避けて……駄目だ。ルカが隙を探っている。
ありえない。ありえない。ありえない。
どうしたらこの一瞬でこんな詰みの局面が作れるというのだ。戦いが下手にも限度というものがある! 負けるにしても、もう少しやりようがあるだろう!
「……!」
ビットが私の四方を囲っている。ビットによる一撃はまずい。あんな熱線を正面から受ければ致命傷。なんとしてでも避けなければならない。ああ。もうおしまいだ。私は諦めて剣から手を放す。
「降参だよ」
お兄ちゃんの攻撃は私を避けるように軌道を変え、地面へと叩きつけられた。カミーラの剣は私の胴を斬り裂く。
だけど痛みはなかった。傷すらも残さなかった。ただ私の中に入ってきた霊体だけを斬り裂いた。エクスカリバーは斬りたいものだけを斬る剣だ。それ故にこのような芸当も出来てしまうのだ。
「な、なぜじゃ……なぜ貴様如きに……」
「さっさとモモの肉体から離れろ。痴れ者」
あまりにあっけない勝負だった。私はこれで終わりか。ここからの挽回は不可能だ。だけど納得なんて出来るはずがない。
「……もう好きにしなよ。煮るなり焼くなり好きにしたら?」
ここで戦闘しても勝ち目はゼロ。剣を拾うよりも先にルカが動く。私の身体能力では間に合わない。ここらが潮時だ。私はここでおしまいだ。
ああ。どうしてこうなっちゃたんだろ。
「モモ。あんなのに身体を乗っ取られるなんてらしくないな」
「いつでも奪い返そうと思えば奪い返せたけど……なんかどうでもよくなっちゃったんだよ」
さすがに憑依した奴も少しは上手く立ち回ると思っていた。あまりに戦いが下手すぎて感情的に表に出てしまったが……本来ならば全て委ねるつもりだった。
今になって横腹が熱くて痛い。ルカから受けた一撃が痛い。
血が溢れていく。どうしてこんな苦しい思いをしてるんだろうか。私はそんなに悪いことをしたのだろうか。ここまで否定されるようなことをしたのかな。
「ああ」
もちろん良くないことをしたという自覚はある。だけど魔王として頑張った。少しでも良くしようとした。なるべく正しく在ろうとした。そこは一切の評価をされることがない。私の色欲だけが評価される。たった1つのミスで全てが否定される。今までの積み重ねは肯定されないのに1つの過ちだけがついて回る。
もう疲れちゃった。もう続けたくない。ここで終わりにしたい。もう頑張りたくない。さっさと楽になりたい。
「私は魔王モモ。世界を闇に落とす魔王」
口上を吐く。ここで全部終わらせよう。私は世界の敵になる。そうすればきっと私を殺してくれる。私を終わらせてくれる。
「ここで……」
「モモ」
お兄ちゃんが口を開く。
この場にいる全員が私に敵意を持っていなかった。なんで私に敵意を持たない。私は魔王だ。世界の敵だ。それなのにどうして敵意を示さない。私はみんなを傷つけた。討たれなければならない魔王で……
「俺はお前を倒しにきたんじゃない。救いにきたんだ」
「……!」
「モモを魔王にさせない。魔王から引きずり下ろす。だから俺と戦え!」
「どう……して……」
「魔王モモ! ここで負けたら俺に魔王の座を譲れ!」
お兄ちゃんが声を張り上げた。その言葉に思わず涙が零れそうになる。お兄ちゃんが視線で剣を拾うように促す。私は少し躊躇いながら剣を拾う。ルカもそれを見逃してくれる。
「メイ。モモの傷を治してくれ」
「わかりました」
メイが駆け寄って私の傷を塞いでいく。まるで負けた言い訳を潰すと言わんばかりに。その途端に勝つことが怖くなる。もし勝ったら私は魔王のままだ。
ここで負けてしまいたい。でも正しくない。そんな正しくない選択肢は選べない。だけど私は魔王を続けたくない。もう1人で背負い込みたくない。だけど間違ったことはしたくない。その報いは必ず受けることになる。
「モモ。全力で来い」
「え?」
「安心しろ。全力だろうが俺はモモを負かす」
「……本当に?」
「ああ。俺は英雄だからな」
その言葉に希望を覚える。
私はお兄ちゃんを信じる。きちんと正面から戦って負ける。正しいまま負ける。忖度もいらない。そんなの必要ない。だってお兄ちゃんなら私を負かしてくれるから。お兄ちゃんは英雄だから魔王なんかに負けない。
私は剣を構える。魔王として最後の仕事に取り掛かる。
「一騎打ちでいいんだよね?」
「ああ」
「お兄ちゃん。期待してるからね」
不安に思うことはない。大丈夫。お兄ちゃんなら私を倒してくれる。だから本気でいい。私は本気で挑んだ上で負ける。そうでなければならない。そうじゃないと正しくないことをしたという負い目が残る。そうやって自分に言い聞かせていく。
* * *
俺はロストベリーを構える。ここでビットを使うのは
「いくよ」
「来い」
モモが踏み込んだ。それと同時に白い花弁が舞い散る。その動きは閃光のように速かった。閃光程度の速さしかない攻撃だった。なにもかも欠けている。おままごとのような一撃。
「桜ヶ崎流剣術。伍の型"桜翼"」
「基本ノ型。桜舞」
桜色の稲妻を迸らせ、モモの剣の軌道を逸らしていく。あれほど苦戦したモモの剣が異常なまでに軽く感じた。その怯んだ一瞬でモモにのしかかり、そのまま雷を落とすように首元にロストベリーを突き立てた。
「俺の勝ちだ。モモ」
あまりに呆気ない幕引きだった。今のモモは先ほどまでとは比べ物にならないほど弱くなっていた。勝たなければならないという義務感はあったとしても、絶対に勝つという執着がない。自分を安全圏に置いてしまった。これは試合だから殺されないという安心を覚えてしまった。
「……私の負けだね。お兄ちゃん」
先ほどの戦いは安心がないものだった。一瞬でも隙を見せれば殺される。そんな緊張感があった。しかし今は違う。死ぬことがないという甘えがモモを弱くした。その上で剣に迷いまであった。モモ自身は手を抜いた自覚はないだろう。
だけど目の前の戦いに夢中になれなかった。勝ちへの渇望を持てなかった。それがモモの敗因だ。俺が強いから勝てたわけではない。モモの必死さがなかったから勝てただけだ。
「どうして! なんで私の思い通りにならないの!!」
「……モモ」
「私。頑張ったんだよ。正しくあろうとしたんだよ! でもなんで良いことが1つもないの!!」
モモの目から涙が溢れてくる。まるで子どものようにモモが泣きじゃくる。あれほど大きかったモモが小さく見える。ようやくモモの口から本音が漏れた。モモはこの世界を一切楽しめていなかった。プラスに思える要素が一切なかった。
「少しくらい誰か認めてよ! 未来に希望を見せてよ!」
かける言葉が見つからず、言葉に詰まる。俺は異世界に来て良かったと思ってる。そんな俺とモモでは体験が別物だ。それ故に俺の言葉は届かない。
「まるでお子様ですね」
そんな中で口を開いたのがメイだった。メイの言葉に場が凍りつく。その言葉はあまりに冷ややかなものだった。モモを追い詰める言葉だった。
「貴方のことについてはルイスから聞きました。思想も価値観も全て」
「……プライバシーもないんだね」
「モモ。改めて話をしましょう」
しかしメイの言葉は止まらない。モモは目元を腫らしながらメイを睨みつけるように見ている。そんなモモをメイは冷ややかな目で見ていた。
「私と未来の話をしましょう」
最後の話し合いの皮を被った断罪が始まろうとしていた。
まるでモモの罪を暴かんと言わんばかりにメイが仕掛けたのだった。