デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
翌朝、俺達は今後の方針を話し合った。そこで出た結論は魔族領に滞在する理由がないということ。俺達が魔族を気にしていたのはモモがいたからだ。そのモモが退位し、魔族と無関係になった以上は関わる理由もない上にルカが魔王になった以上は魔族は支配下にいると言っても過言ではない。
「これで魔王問題も一段落」
ここまでの問題は全て魔王に起因していた。モモが十二座フレイムを討ち取り、魔王として復活宣言した。その対応にあたって調査した結果として魔王がモモだと判明。今度は魔王とどう関わり、モモの扱いをどうするのかという一点で話が進んでいた。しかし今回の一件で全て解決してしまったのだ。
魔王との関わりはルカが魔王に即位することで決着。モモは魔王を退位して一時保護という形でアガルタで過ごす。
「しかしウシカゲの復活という新たな爆弾が投下され、ゆっくり休むという状況でもありません」
「ああ」
だけど問題がないわけではない。魔王ウシカゲという本物の魔王が迫っている。俺達はその対策をしなければならない。その上でリアルという新たな火種も産まれてしまった。
「それにアガルタ。ヤミ国としては実体を把握しないわけにはいきません」
その上でルイス姉が地下にアガルタという大国を持っていたという事実の露見。ヤミ国はそこに対して政治的な対応も求められることになる。
「それでメイはなにから手を付けるわけ?」
「……モモはヤミ国とアガルタと戦争になると語っていた。そのような国を見ないというわけにはいかないでしょう」
「アガルタに寄りたい言うんやったら案内したるよ。リアルとの集合場所もアガルタやったし、モモの身柄も運ばへんといけへんからな」
「ありがとうございます」
この場で怖いのはルイス姉だ。ルイス姉は俺とモモの味方ではあるが、ヤミ国の味方というわけではない。だからこそルイス姉の出方が読めない。そんな状況でリアルを手中に収めた。魔王ウシカゲの討伐には協力してくれるだろうが……それ以外が未知だ。
「お姉ちゃん。結局のところアガルタには誰が行くわけ?」
「うちとメイとモモは確定や。そんでリアルにジークも連れてきてほしい言われとるから、彼も確定。カオリはどないする?」
「俺も行くぞ。ここにいてもやることはあらへんしな」
「ちなみに私とカミーラは魔族領に残るからね」
「そんじゃ5名やな」
今後の動きが決まる。結局のところヤミ国としての動きが決まらない限りはなにも進展しない。ヤミ国としてもアガルタを見なければ判断が出来ないのだ。
「今から数時間後に出すから行く人は準備しといてな」
それだけ言うとルイス姉は部屋を後にした。今にして思えば魔族領も長いようで短い滞在だった。時間にして1週間もいないだろう。それなのに不思議と数ヶ月近くいたような気分になる。
「それとルカ。なにかあったらスマホで連絡お願いしますね」
「うん。わかった」
ルカの手に握られてるのはスマートフォン。ルイス姉がアガルタから持ってきたらしく、今後は連絡が取れた方が良いということで俺達に配布してくれたのだ。
スマホが手元にあるだけで現代に戻ってきたような安心感が生まれる。まるでここが異世界ということを忘れそうになる。
「改めて思うけど……なんでこれアガルタの外でも繋がるの?」
「あのルイスですよ? 超科学でなんとかしてるんじゃありません?」
「それもそっか」
当然ながら技術に関しては考えても答えは出ない。結局のところルイス姉だからなんでもありという結論で落ち着いている。そういうことをしてしまうのがルイス姉なのだ。
ルイス姉はその気になればアガルタだけに留まらず、異世界全体を近代文明と比べても遜色ないレベルまで引き上げることが出来るのだろう。そう思うと今の政治が少し茶番に思えなくもない。だからこそ怖いのだ。ルイス姉の真意が見えてこない。なにを企ててるのか分からない。
「アガルタ。どのような国か楽しみですね」
◆ ◆ ◆
アガルタに行くまで時間は半日もかからなかった。魔族領をジェット機で出ると同時にエルフ領の農村に向かう。その農村の村人に挨拶した後に使われていない古井戸に飛び込む。そしたら迷路のように入り組んだ洞窟に繋がっていた。
「まるで秘密基地みたいですね」
「迷い込まへんようにしとるからな。ちなみにこういう入口は複数あるから色々なところからアクセス出来るで」
足元にはたまに白骨化した死体が転がっている。ルイス姉はそれには目も留めることなく歩みを進めていく。
「誰も聞かないようだから聞くけどさ。この死体はなにかな?」
「迷い込んで野垂れ死んだんやろ。適当に歩いてもアガルタには辿り着けへんし」
ルイス姉はなんの変哲もない岩壁の前で足を止め、軽く岩を握って横にスライドさせる。すると奥から液晶画面が現れる。
「行くで」
手早くパスワードが打たれると、岩壁が横にスライドされてアスファルトで舗装された道路が出てくる。その近代的な仕組みに俺達は全員が息を呑んでいた。
「しかしパスワードとは……てっきり指紋や虹彩を使うのかと思っていました」
「うち以外も使う入口やしな。有事の際を考えてパスワードだけにしとる」
「なるほど」
そんな話をしながらルイス姉は収納のスキルでバスを出す。俺達はルイス姉に促されるままに乗り込み、そのまま揺られること20分。前方から光が差し込んでくる。そして光の先には目の前にはビル群が立ち並ぶ近代都市が広がっていた。
「……すごい街ですね」
メイとジークは目の前の光景を見て呆気にとられる。
しかし何度見ても凄まじい光景だ。地下なのに真上をみればどこまでも広がってるような青空。空気も澄んでいて、街も活気に溢れている。
「地下なのに空が青いのか?」
「ただの投影やで」
「……普通は投影じゃここまで自然にならないよ」
バスはそのまま道路を飛び出して空を駆けていく。このアガルタでは車とは空を飛ぶものだ。最初は驚きこそしたが、少しは見慣れたため特に驚きはない。
「モモ。貴方は私にルイスとの戦争は避けられないと言いました」
「うん。言ったね」
「……はたして戦争になるのでしょうか」
モモはメイの言葉を静かに待っていた。恐らくメイはルイスと戦争なんかするはずがないというような綺麗事を言ってるわけではない。
「あまりに技術力の差がありすぎる。ここまでの差があるならば起こるのは戦争ではなくルイスによる一方的な虐殺です」
かつてグループ国でルカは俺に戦争にはならないと言った。一方的な虐殺になると語っていた。勝負になるわけがないと。奇しくもそれと同じことが起ころうとしているのだ。
「……たしかにそういう見方もできるね。そういう意味では戦争にはならないかもね」
モモはどこか納得したように頷いた。今の俺達はどこまで選択肢が与えられてるのだろうか。もう既に詰んでいる。ルイス姉の望むようにしか動けないのかもしれない。
「ここはある意味では神の国なんだよ」
「神の国ですか?」
「うん。お姉ちゃんという絶対神が統治し、お姉ちゃんが良しとするものだけが存在を許される国」
「……なるほど」
「神を嫌悪するメイお姉様にその現実が許容出来るのかな?」
その言葉にメイはなにも返さない。恐らく返す言葉がなかったのだろう。戦争を仕掛けても勝ち目はない。しかし在り方を認められるわけではない。きっとメイの中で落とし所を探しているのだ。
「でもお兄ちゃんもメイお姉様もアガルタの本当の姿を知らない。知った後に2人はどういう答えを出すのかな」
「そういうモモはアガルタのなにを知っとるん?」
「全部だよ。リアルの全知を模倣したんだから全て知ってるに決まってるじゃん」
2人は俺達には分からない会話をしていく。ただ1つ言えるのはアガルタには裏があるということだけ。そしてモモの口振りからして、その裏はメイの地雷を踏むものなのだろう。
「お姉ちゃんも安心してよ。もう政治に関与しないって決めたし、私が動くことはないからさ」
もしもメイとルイス姉が戦争することになれば俺はどのような立場を取ればいいのだろうか。仮に俺がメイについたとしても勝ち目はあるのだろうか。
「……そうですね」
科学だけでも厄介な上にルイス姉の知恵とリアルの全知が牙を剥くことになる。ただでさえ不利な状況にも関わらず、上回る要素が1つもない。もしも戦争になれば確実に負け戦。それこそモモがいるならば話は変わっただろう。モモだけが勝ちの目だったのだ。
「着いたで」
バスが停まる。目の前にあるのは大きなホテルだった。モモはルイス姉に手を引かれ、降りていく。全てが上手くいっている。なにもかも順調なはずだ。それなのに不穏な感じがしてならない。モモの一言がずっと突き刺さっている。
戦争が起きる。本来ならばありえないと笑い飛ばすようなものだ。しかし不思議と戦争が起きる場面が想像出来てしまう。それをありえないと一蹴出来ない。
「ルイス様! お待ちしておりました!!」
ホテルのロビーに着くと同時に元気な声が響き、リアルが現れる。リアルは自分が純粋潔白であるとでも言いたげに白いワンピースを着ていた。
「リアル!」
バスから降りるなりモモがリアルに抱きつく。リアルは微笑して受け入れる。それはまるで姉にでも甘えるかのようだった。その光景に少し複雑な気持ちになる。 俺はリアルのしたことを許したわけではない。あのテロリストが普通に味方のように振る舞っていることを正直言って受け付けない。
「大丈夫だった? 道中で獣や竜に襲われなかった?」
「はい。きちんと全知で周囲は確認してましたので……」
「よかったぁ」
あくまでリアルとは利害が一致したから一時的に手を組んだだけ。それなのにどうしてリアルはこうも受け入れられているのだ。テロ行為という卑劣なことを行っておきながら、それがなかったかのような扱いを受けているのだ。
「ジークも無事なようでなによりです」
「ああ」
俺にとってリアルは敵なのだ。その敵が平然と受け入れられている。その光景が気持ち悪い。正直に言えば心の整理がつかない。この場で誰もリアルのことを問題視しない。リアルの行為を咎めない。
「カオリ」
そんなリアルが俺に平然と話しかける。なぜ敵でありながらルイス姉にもモモにも認められている。彼女のあり方を強く否定したい気持ちに襲われる。そんなのおかしいと叫びたくなる。
「なんだ?」
「1つの面だけ見て人を判断してはいけません。それが全てではない」
「……は?」
完全な挑発だった。モモとメイのやり取りからの引用。その一面だけで人を評価するのは正しくない。だから自分もテロ以外の側面も見ろと言っているのだ。
ふざけるな。それは他者に向けるものであって自分の行為を免責するために使うものではない。
「とても良い考え方だと思いませんか?」
しかしリアルはわざとらしく話を逸らす。自分の話をしているのではない。そういう言い訳が出来るように逃げ道を作った言い方をしていた。
そしてリアルは俺に一歩だけ近づき、誰にも聞こえない距離で耳打ちする。
「もし1つの側面だけで判断する人がいたら――それは未熟なお子様ですよね?」
「煽ってるのか?」
「ええ。私は貴方のこと大嫌いですから」
それだけ言うとリアルは俺から離れ、何事もなかったかのようにルイス姉の下へと行っていく。まるで当てつけるかのようにメイとモモのやり取りで出た語彙を流用された。俺が肯定した論理を攻撃へと転用したのだ。
「カオリ。割り切りも必要ですよ」
「……わかってる」
「ここでリアルに挑んでも勝ちの目はありません。飲み込みなさい」
なぜあれほどのことをした奴がなんの報いも受けずに平然と受け入れられているのだ。自分の罪を悔いることもなく幸せそうにしているのだ。その現実を俺は許せなかった。
「せや。せっかく一段落したんだし、一度情報整理せえへん?」
「情報整理?」
「単刀直入に言うで。改めて異世界転移について考えるべきちゃうか?」
◆ ◆ ◆
俺達はホテルの会議室を借りる。並べられた折りたたみ式のオフィステーブルと座りやすそうなオフィスチェア。床は清潔感のあるフロアタイル。そんな光景にどこか懐かしさを覚えた。
この場に集められたのは5名。俺とルイス姉とモモとメイとリアル。ジークは興味がないと言って、フリートの元へと行ってしまった。だからこそ5人だ。
「モモは異世界転移。カオリは異世界召喚。そしてうちだけは異世界転生でこの世界に来とる」
ルイス姉は特に気にする素振りすら見せずに椅子を引いて、座り込んだ。俺達もルイス姉に続くようにオフィスチェアへと腰掛けた。
「私とお兄ちゃんの方は模倣した全知で見たから背景は理解してるけど……お姉ちゃんの方はさっぱりなんだよね。全知でもわかんなかったよ」
「そこに関しては私が説明しましょう」
ルイス姉がホワイトボードを出すとメイはお礼を言って、ホワイトボードを転がしていく。
「恐らく上級悪魔を殺したからだと思います」
メイは物珍しそうにマーカーでホワイトボードに図形を書いては消してを繰り返しながら、口だけを動かして話を進めていく。
「わ、私は悪魔の詳細を聞きたいです。あれだけは全知で見えませんので……」
「そうですね。皆様も誤解してる部分も多そうですので一度説明した方が良いかもしれませんね」
そう言うとメイはピタリと手を止め、今まで描いた図形をクリーナーで消していく。そして今度は可愛らしい文字で下級、中級、上級と書き始めた。どうやらホワイトボードが相当気に入ったようだ。
「まず悪魔に関しては3種類います。1つ目が下級悪魔」
「悪霊みたいなもんやね。人格もあらへんから大した脅威じゃあらへん」
「はい。ルイスの認識で間違いありません」
その言葉で下級の下に『雑魚』と書いていく。あまりに適当な扱いに思わず乾いた笑いが零れそうになる。
「そして中級悪魔。先日カオリが交戦したアリスとかが該当しますね」
中級の下には『めんどー』と書かれていた。恐らくそれがメイの本音なのだろう。あれほどの存在であってもメイにとっては面倒の域を出ないのだ。
「うちも正直よーわかっとらんのよ。中級悪魔と下級悪魔ってなにが違うん?」
「人格の有無です。下級悪魔が突然変異で自我を獲得することによって発生するのが中級悪魔となります」
「……なるほど。霊だから肉体が存在せず、それ故に死の概念がない。だから不老不死ということですか」
「はい」
悪魔の基礎知識だけが書き込まれた。先ほどからメイはやたらと上機嫌だ。それこそもっと書き込みたいとウズウズしてるようにすら思える。
「それじゃあメイが位置する上級悪魔は……」
「根本から成り立ちが別物です」
「どういうことや?」
「上級悪魔はこの世界に1柱しか存在しない」
そして上級の下には『スペシャル!』と元気良く書かれた。今までメイは板書で説明する機会がなかった。まさかメイにここまで茶目っ気があるとは思ってもいなかった。
「まず最初に世界は9つありました」
そういうとホワイトボードに書かれた文字は全て消され、丸が9つほど描かれる。その丸の中にメイが黙々と文字を書いていく。そこに書かれた文字は暴食、憤怒、嫉妬、色欲、怠惰、傲慢、強欲、虚飾、憂鬱……俗に言う7つの大罪と呼ばれるものだった。
「そのうち2つは上級悪魔の消失と同時に消え、現在は7つ」
そういうと二重線で虚飾と憂鬱が消されていく。まるで上級悪魔が消えたからこそ7つの大罪となりました。昔は9つの大罪だったのですと言わんばかりに。
「……2つが消えたから今は7つの大罪ってことでいいん?」
「はい。そして少し経てば6つの大罪になってると思いますよ。なにせルイスが嫉妬の悪魔を討ってしまいましたので」
「つまりメイが消えたら……」
「暴食も消えて5つの大罪になるでしょうね」
その言葉に少しゾッとする。俺達には当然のように7つの大罪という概念が浸透している。それが書き換わる。上級悪魔の死と同時に常識が上書きされ、元から6つの大罪だったと認識するようになる。嫉妬すらも憂鬱と虚飾のように消えたものとなる。それを怖いと思ってしまった。
「さてと。少し話が渋滞していますので順を追って話しましょうか」
少しだけメイの口調がシリアスなものになる。その一声で会議室に緊張が走った。恐らくこれからメイが話すのはとても重要なことだ。適当に聞き流していい話ではない。
「世界が――銀河が生まれた神話を語りましょうか」