デタラメトロノーム~超越者達の異世界改革記~ 作:ギャン吠えチワワ
むかし、まだ昼も夜もなかった頃、世界は1つの腕輪のような形をしていました。
9つの平たい面が輪になってつながり、はじまりと終わりの区別もなく、ただそこにあるだけでした。
創造神はその腕輪をほどき、9つに分けました。
それはやがて
その箱を不憫に思った創造神の弟は銀河の中に星を作りました。
けれども星は置かれたまま、動きません。火も燃えず、水も流れず、風の通る道もありません。
ある時に創造神の姉が、その星々を眺めました。それを見てつまらないと思いました。
だから姉は9つの命を作り、銀河に1つずつ与えました。その命は世界を動かすための、生きた電池のようなものでした。
その命には名前が与えられました。ルシフェル、マモン、レヴィアタン、サタン、アスモデウス、ベルフェゴール、ベルゼブブ、■■■■■■■、■■■■……
それと同時に姉によって銀河にも名前が与えられました。傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、怠惰、暴食、憂鬱、虚飾……
姉によって生まれた命で空にしておいたはずの箱は勝手に動きだします。風が吹き、海は波打ち、雨が降る。やがて無から新しい命も生まれました。
それに創造神は激怒しました。創造神は銀河を元に戻そうとしました。けれども姉の作った命は、簡単には消せません。
次第に創造神はそれらを悪魔と呼称するようになりました。創造神は必死に悪魔を消す方法を考えました。しかしいくら時が経とうが悪魔を消す方法には辿り着けませんでした。
悪魔達は長い長い時を過ごしました。山が削れ、海の形が変わり、見覚えのある空が何度も巡っていきました。はじめは珍しかった景色も、いつしか見慣れたものになりました。
いつしか退屈に耐え兼ね役目を放置する悪魔が現れました。最初に役割から降りたのは■■■■でした。■■■■が降りた結果として憂鬱の銀河は崩壊しました。元通りの箱へと戻りました。
その■■■■に続くように■■■■■■も降りました。そして虚飾の銀河も元通りの箱となりました。
9つの世界は7つになりました。世界を支えていた名も法則から忘れられ、人々はいつしか、7つの大罪を語るようになりました。
まるで虚飾と憂鬱など存在しなかったように。箱となった銀河は歴史にも名が残ることはありません。彼らの名前すら誰も知りません。
創造神はその状況を嬉しく思いました。しかし銀河の終わりはそれっきり。それ以降はどの命も降りることがありませんでした。
創造神は不服そうに銀河を見ています。姉の作り出した悪魔は消せない。ただ憂鬱と虚飾のように終わるのを見ていることしか出来ない。その状況に怒りすら覚えつつありました。
そんな中で遂に嫉妬の悪魔が役割を降りました。しかも嫉妬の悪魔は過去の悪魔と違って明確にトリガーとなる原因がありました。そのことに創造神は歓喜しました。ようやく悪魔を殺せる手段を見つけたと。
それが桜ヶ崎美柑という少女でした。
彼女が死ぬと、創造神は別の銀河へと送りました。そこで死んでも、また生まれ直させました。
創造神は美柑に期待します。どのような手段か分からないが彼女ならば悪魔を殺せる。姉の作り出した存在を消せると。
だから桜ヶ崎美柑だけは転生することが出来るのです。
* * *
メイから聞かされた話。それはあまりにスケールが大きく、目眩すら覚えてしまうほどのものだった。しかし同時に腑に落ちない部分もある。
「上級悪魔は人類愛を失うと死ぬ。うちはそう聞いとったんやけど……成り立ちを考えると少し不自然ちゃうか?」
ルイス姉の感じた違和感は俺も感じていたものだ。この神話からは上級悪魔と人類の関連性が見えてこない。
「人類愛を喪失すると生きられないだけで死ぬわけではありません」
「それって違うのか?」
俺は思わずメイに問う。生きられないと死ぬは同じ意味のはずだ。それをわざわざ分ける意図がわからなかった。そんな俺達にメイは分かりやすく説明するためにホワイトボードへと書き込んでいく。
「別物ですよ。上級悪魔は死ぬと同時に生き返るか否かという選択肢が与えられます」
ホワイトボードには赤字で『死んだ!』と書かれ、その下に分岐するように『リトライ!』と『ゲーム終了!』の2つが書き加えられていく。
「こうするとイメージがしやすいかと」
「つまりメイは死ぬ度に毎回蘇生を選んでるってことでええんか?」
「はい。例えばモモは飽きたゲームでゲームオーバーとなった時にリトライボタンを押しますか? もういいやでコントローラーを投げて終わりにしませんか?」
「だいたい分かったから、それ以上の補足は大丈夫だよ」
上級悪魔の人類愛。それは続行の意思なのだ。続けるという選択肢を選ぶモチベーション。それが人類愛なのだ。だからこそ人類愛の喪失が死を意味する。人類愛がないということはモチベーションがないということなのだから。
「……それを人類愛と呼ぶのは乱暴やと思うで。普通に誤解を招かへん?」
「恐らくルシフェルの言った言葉が曲解されて伝わってるのでしょうね。彼方の説明はよく誤解を招くものですから」
「ルシフェル?」
「傲慢の悪魔ですよ。彼の言葉は世界を超え、無意識に正しいと認識させる力がある。事実として彼が私達の名前を語ったからこそ私の真名であるベルゼブブやサタンの名は世界を超えて伝わっている」
「なるほど。道理でうちらの世界でもこちらの世界でもベルゼブブの名が共通なわけやね。疑問が1つだけ解けたで」
上級悪魔の名前だけは銀河を超えて共通。そして七つの大罪も同様なのだ。その2つだけは銀河の共通のルールとなっている。色々とイメージがつきづらい部分ではあるが、今はそういうものだと割り切るしかない。
「そんな彼が上級悪魔は人類愛によって生きてるとポエムを吐いたとすれば……そのように思われていても不思議ではありません。なにより彼がそのように言う光景が目に浮かびます」
「メイは上級悪魔とは面識はあるんか?」
「大昔に少しだけやり取りはしておきましたが……今は疎遠です。人類が生まれてからは退屈していないので話さなくなって数億年は経つでしょうか」
メイの実年齢を考えると少しだけゾッとしてしまう。なにせメイは全ての命より先に生まれている。この年齢差を思えば人に理解は出来る価値観をしてるメイは奇跡のようなものではないか。
「大半の上級悪魔は長く生き続けて飽きています。もし死ぬようなことがあれば……まぁ面倒なので大半が復活はしないでしょうね」
「つまるところ人類愛っていうのは生きるモチベーションのことを呼んどるって考えてええん?」
「その認識でよろしいかと。私達は生きるモチベが0にならない限り死ぬことはありません」
「メイはどうなん?」
「少なくともルカを残して死ぬつもりはないですよ。もっともルカがいなくなった後も生き続けるかどうかは少し悩む部分ですけどね」
そこで話が一区切りつく。上級悪魔と人類愛の関係は充分に理解できた。だけどメイは神話で怖いことをさらっと告げた。そこを無視して終われるような議題でもない。
「……メイ。誰も聞かないようだから俺が聞くぞ」
「どうぞ」
「メイが死ぬとこの世界が終わるのか」
「はい。終わります」
メイは隠すことなくあっさりと言い放った。やはりそうなのだ。上級悪魔とは銀河の心臓なのだ。絶対に殺せない存在であり、殺してはいけない存在。神様にもっとも近しい存在。それがメイなのだ。
「もっとも即座に終わるわけではありませんので安心してください。私が死んでも数百年程度は持つでしょうね」
「それはどういう理屈なの?」
「電源をつけたまま放置された携帯ゲーム機だと思ってください。あれだってしばらくは持つじゃないですか」
そうはいっても数百年なんて一瞬だ。なにせ銀河が終わるまでに数百年。何億年と続いてきた歴史の数百年など誤差のようなもの。見方によっては同時に終わると言っても過言ではないレベルの範囲だ。
「どのように滅びる?」
「そうですね……恐らく最初に風は吹かなくなるでしょう。そこから波は停止し、天体の活動も終わっていく。そうして少しずつ機能が数百年かけて止まり、緩やかに滅んでいくでしょうね」
ここでは敢えて誰も口に出さないが、恐らく地球はもう終わっている。なにせルイス姉は上級悪魔であるレヴィアタンを殺してしまった。俺達には既に帰る場所がないのだ。Lとは関係なく世界は詰んでいるのだ。
異世界転移は不幸な事故だった。しかしメイの話を聞いた後ではラッキーとすら思えてしまう。転移をきっかけに終わりゆく世界から逃れられたのだから。
「質問なんだけどさ。銀河を維持するほどのエネルギーがあるなら死者蘇生とか転移とか出来ないの?」
「無理ですね。貴方だって原油だけ与えられたところで電気を発生させたりするのは不可能でしょう」
「じゃあ変化や治癒はどうやって行ってるわけ?」
「霊力を借りています。悪魔は霊力を蓄える器官がありますので」
「……つまり変化も治癒も有限なんか?」
「有限ですけど……どちらも消費量は微々たるものですので気にしないで大丈夫ですよ。それこそ海を割ったり、複雑な結界を張ったりしない限りは尽きませんので」
複雑な感情が蠢いている。俺達の世界が終わったという現実を咀嚼しきれない、メイとモモの話が頭に入ってこない。右から左へと流れていく。
俺達にはもう帰る場所がないのだ。元の世界に戻って3人でというわけにはいかないのだ。この世界で生きていくしかないのだ。
「とりあえず上級悪魔については一通りの話が出来たと思いますが……まだ聞きたいことはありますか?」
「あ、それでしたら……私から1ついいですか?」
「どうぞ」
「上級悪魔はどうして全知のスキルに映らないんですか?」
リアルの問いかけ。それは上級悪魔とはあまり関係のないものであり、正直どうでもいい部分ではあった。しかし全知に頼っている彼女としては生命線であり、知っておきたい部分ではあるのだろう。
「成り立ちからして別物だからだと思います。理の外側の存在でスキルが存在を認識出来ないからこそ対象として取ることができない……私はそのように考えています」
「な、な、なるほど」
「これは推察ですけど、上級悪魔だからというより理屈が説明出来ないものとかに弱いのだと思います。それこそ怪異や心霊現象の類はスキルから外れてるのでしょうね」
「そ、そういうことですか! ありがとうございます!」
これは上級悪魔特有のものというわけではないだろう。しかしリアルは理屈が説明出来ないものは見れない。これは情報として美味しいものだ。
「それでは次に整理したいのがカオリとモモの転移ですね。そこに関しては私は詳しくありませんので、全知で詳細を把握してるであろうモモに任せますね」
「うん。いいよ」
メイはホワイトボードから自分の書いた文字を消し、モモにペンを渡して席につく。まるで仕方ないので譲ってあげますと言わんばかりに。
「まず最初に言うね。転移に関わってたのは霊力なわけ。そこはさっきのメイお姉様の説明でもチラッと出てたね」
「質問なんやけど、その霊力ってなんなん?」
「簡単に言うと土地のエネルギーみたいなもんかな」
そう言うとモモは簡易的な世界地図を書いていく。その書いた世界地図の中で丸を3つほど書き込む。その丸の1つはエルフ領、もう1つは魔族領、そして最後の1つがグループ国のあった場所だった。
「この丸印が霊力がたくさん集まる場所なわけ」
「モモ。それが転移とどう結びつく?」
「転移というのは莫大な霊力が必要なんだよ」
霊力。先程から出てきてる言葉。ルイス姉の方を見ると、彼女でもピンと来ていないのか少しだけ首を傾げている。恐らく一般的な知識ではないのだろう。
「それと勇者召喚っていうのは勇者を呼び出す儀式じゃないの。勇者……というより異世界人は儀式に関わらず勝手に呼ばれるわけ」
「え?」
俺はそれに少しだけ首を傾げる。俺はグループ国に呼ばれてやってきた。ずっとそう思っていた。その前提が崩れていく。
「それじゃあリアルに問題。もし勇者召喚をしないとどうなるでしょうか?」
「……ランダムスポーンですか?」
「正解! 勇者召喚は呼び出す儀式じゃなくてスポーン位置を確定させる儀式なんだよ。意外と拉致のように思えるけど、実はそうでもなかったりする」
その話が本当ならば俺はグループ国に関係なく異世界に来ていたことになる。そもそも右も左も分からないまま密林にでも飛ばされたらと思うと心底ゾッとする。ある意味ではグループ国で助かった。そう思ってしまう。
「だから異世界人は定期的に来てはいるけど野垂れ死んでるね。スキル1つが与えられたくらいじゃ生きていくのは厳しいからね」
「なるほどね」
「それでエルフとグループ国は霊力が溢れて、転移を誘発する頃に勇者召喚の儀式を行ってるわけ。やらないとランダムスポーンだからね」
モモが『もっとも勇者召喚という呼び名はプロパガンダ。異世界人召喚と呼ぶほうが正しい』とボソッと呟く。勇者召喚という言葉で語弊を招くが、そういう役割は期待されていないのだろうな。
「まぁ大体が大した功績も残せずに死んじゃうし、儀式自体がマイナー寄りで知らない人が大半だよ」
「なるほどな」
「ちなみにこの暴食の世界でも定期的に神隠しが起こるけど、それは別の銀河に行ったということだからね」
それでさっきの銀河の話が出てくるわけか。異世界転移は銀河の移動……しかも偶発的な事故によるもの。俺達は事故に巻き込まれた。誰かの悪意によるものではなかったということか。
「嫉妬から暴食。暴食から強欲……って感じで定期的に起こるみたい」
「その話は初耳でした。転移を防ぐ術はあるのでしょうか?」
「ないと思うな。こればかりはお祈りするしかないね」
「……もしもリアルが巻き込まれたらと思うとゾッとするで」
しかし大勢のいる中から選ばれる確率なんて宝くじを当てるよりも低いはずだ。そこまで警戒するほどのものではない。むしろ警戒したとしても対策が出来ない。当たってしまったら割り切るしかないだろう。
「た、た、ただ法則性はあると思います……モモ様とカオリの2人を偶然引き当てられたというのは少し考えづらいですし、若い日本人に偏ってるのもおかしいです」
「私達に関しては創造神が関与してるのかもね。私お姉ちゃんと血が近いから、変な期待されてもおかしくないと思う」
「なるほど!」
「それと全知で少し詳しく見たところ20歳未満と座標っていう条件もあるみたい。個人差はあるみたいだけど20年近く生きると魂が定着して引き剥がせないっぽい。それと日本人以外が巻き込まれることもなさそうだね」
「少し気になるので……あとで私の方でも調べてみますね」
全知のおかげで疑問点が全て解決されていく。仮説の答えを確かめられる。その凶悪性を身に沁みて理解する。もしも全知がなければ机上の空論で終わってもおかしくなかった。
「……つまり地球にも異世界人が来てたってこと?」
「まぁ地球の場合は霊力スポットが南極とエリア51とシベリアの3箇所だったから……」
「基本的に表沙汰にならへんってことね」
「そういうこと。大体が見つかる前に死んでるし、エリア51なら検体にされてるかもね」
つまり転移が霊力の溜まりすぎたことで発生する自然現象。それはどの世界でも共通で起こるものということか。
「もし霊力を使い切れば……」
「うん。転移は発生しないよ。だけど加工したりして扱えるエネルギーじゃないんだよ」
「しかし私は使えますよ?」
「きっと上級悪魔だけだろうね。普通は使えないものとして考えた方が良いよ」
あくまで霊力は無いものとして考えるべきだろう。
ここまでの話で世界の全貌が見えてきた。俺達の身に起きたことも正確に把握出来た。元の世界に帰れないと分かって踏ん切りもついた。
「1つ聞きたいのですが、もしかして魔王ウシカゲは……」
「想像通りでいいよ。ランダムスポーンした私達の世界の人間だよ」
「やはり、そうですか」
「だけど妙なんだよね。彼に与えられたスキルは透視……あそこまで強くなることの想像がつかない」
「全知でも読めないんですか?」
「うん。読めない」
しかし謎が全て解明できたわけではない。魔王ウシカゲはルカも小物だと語っていた。ルイス姉やモモのようなスペックがあるならいざ知れず、小物がそこまで大きくなるだろうか。透視という弱スキルだけでは少し説明がつかない。
「あの……1ついいですか?」
リアルがおどおどと手を挙げる。まるでなにかに気づいたかのように。恐らく全知を日頃から使ってる彼女だからこそ気づいたことがあるのだろう。
「どうしたの?」
「魔王ウシカゲ……も、もしかして背後に別の上級悪魔が絡んでません?」
「え?」
「だって全知で見えないって……そういうことですよね?」