悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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13話 いじめ

 

 第二王女としての仕事を一段落させた私は目の前のステータスカードに少し頭を悩ませる。この世界において血液は情報の塊だ。血液さえあれば保持するスキルはもちろんのこと、その人の種族や特異体質まで判別することが出来る。

 

 グループ国の技術ではスキルの識別程度にとどまっていたが、ここでは違う。

 違和感を確かめるべく、私はカオリが意識を失っている間に彼の血を少しだけ拝借(はいしゃく)した。もちろんグループ国でもカオリのステータスは確認した。しかしあの国の粗悪品じゃ名前とスキルを見る程度が限界だった。きちんとしたスキルカードならば血を使ってスキル、種族、持病やアレルギーまでも明らかに出来る。

 

 カオリにはあまりに不可解な部分が多すぎる。特にロストベリーの件があまりにおかしい。いくら身体能力強化のスキルがあるからといって1000キロもの重さの戦斧を持てるだろうか?

 

 ――どう考えてもありえない。

 

 だから大金を叩いて買った優良品で改めてカオリについて、調べさせてもらうことにした。そして出た結果が大問題だった。

 

「……種族"()"」

 

 私はステータスカードに刻まれた単語を言葉にする。

 彼の異様なまでの成長速度や素の身体能力。それらを考慮して人間ではない可能性は当然ながら視野に入れていた。しかし私の勘違いで"実は人間でした"という可能性が一番高いというオチになると思っていた。カオリの世界に人間以外がいるとは考え難かった。

 

 しかし結果は鬼族。カオリは人間ではないと知っている。

 

 その結果に思わずため息が漏れる。カオリの世界の知識は勇者召喚の際に呼び出したカオリとフウガを除く3名を()()()記憶を閲覧したため、多少なりとも持っている。日本という国のことも知ってるし、その文明や文化も理解してるつもりだ。

 

 だからこそ鬼というのは異常だということも即座に理解している。基本的にカオリの世界には人間しかいない。エルフに獣人族。そしてドワーフ族や巨人族……挙句の果てには魔族すらも存在していない世界。普通に考えて、こちらの世界でも珍しい鬼族がいるなんてありえるはずがないのだ。それにも関わらずステータスカードの結果は鬼だ。

 

「……どうしたものか」

 

 鬼にも種類はある。ゴブリンと勘違いされがちな小鬼族、夜の支配者である吸血鬼など鬼も多種多様だ。だが多くの鬼族は絶大な力の代わりにデメリットを抱えている。

 

 小鬼族は他種族より知性が劣り、吸血鬼は夜しか歩けない。大半の鬼にはそうした弱点があるからこそ、均衡(きんこう)が取れていた。鬼が食物連鎖の頂点に立つことはなかった。

 

 しかし混ざりものがない純粋な鬼族だけは別だ。純粋な鬼族はデメリットを抱えることなく、その恩恵を享受(きょうじゅ)している。鬼が動けば歴史が動く。そう評されるまでに鬼というのは強いのだ。それこそ生態ピラミッドをひっくり返すほどの力がある。鬼は本当の意味での規格外だ。そして今回出た結果は()()()()

 

 ――混ざりものがない正真正銘、本物の鬼だ。

 

 カオリに対しての関心を強める。グループ国でルカがカオリに注目したのは本能的なものなのか偶然の産物なのか分からない。ただ1つ言えることはカオリが鬼である以上は遅かれ早かれ必ず影響力を獲得する。彼が平穏を望もうが国家が無視出来ぬ存在となる。鬼とはそういうものなのだ。

 

「それにあれだけのスペックや社会性を持ってるのにニートというのも不可解。本当に謎が多すぎる」

 

 私は今後のことを考えながら彼のステータスカードを暖炉に投げ捨てる。彼が鬼だと知られることはあまりに面倒だ。幸いにもカオリ自身にも鬼という自覚はない。そのためカオリ経由で露見することもないだろう。

 

 このことはカオリ本人にも隠して私だけの秘密にしよう。恐らくそうするのがベストだ。純血の鬼が現れたと公言するのはリスクしかないのだから。

 

* * *

 

 既に軍に配属されて2日が経とうとしていた。俺は軍の中で浮いて、孤立していた。

 

 浮いた理由は単純明快だ。手に入れたロストベリーにはしゃぎ、上官との一騎打ちで彼の持つ剣を折ってしまったのだ。金貨12枚もの大金を叩いて買ったと言っていた剣を壊してしまったのだ。その結果として俺は上官に目の敵にされたわけである。

 

 訓練にも混ぜてもらえないため、俺は1人で黙々と素振りをする。あれからロストベリーも少しは体に馴染んできた。しかしまだ武器を使ってるというよりは武器に使われているという感覚の方が強い。俺は未だにロストベリーを使いこなせていない。

 

「カオリ。今日もおつかれ」

「サンキューっす」

 

 そんな俺にも同情心からなのか声をかけてくれる人がいる。俺より少し年上の可愛らしい顔をした男性であり、なにかと俺を気にかけてくれている。そのおかげで少しだけ気が楽だ。本当に彼には頭が上がらない。

 

「ところでララさん」

「ん?」

「寮って犬とか飼っていいんですかね?」

 

 また一人寂しく素振りをしてる中で俺にも偶然の出会いがあった。それは犬との出会いだ。たまたま犬が1匹迷い込んできたのだ。深い顔のしわに短い鼻。犬種的には恐らくパグだろう。そのパグは舌を垂らしながら俺をきょとんとした目で見つめてきて、可愛さのあまり保護してしまったのだ。

 

「まぁ禁止はされてないと思うが……しかしどこから入り込んだんだ?」

「わからん」

「うーん。誰かの飼い犬ってわけでもなさそうだな」

 

 飼うならば上官から許可をもらうのが良いのだろう。しかし上官に嫌われていることを考えると、直接話しても許可が下りないのは明白だ。そうなると誰に話を通せば許可が下りるのだろうか。

 

 外との連絡は取れないし、メイに頼るというのも少し気が引ける。うーん。もういっそのこと許可を取らずに隠れて飼うか。見つかったら見つかったで俺が怒られればいいだけだ。

 

「……それにしても初めて見る犬種だ。もしかして新種じゃないか?」

「ただのパグでしょう」

「パグ……初めて聞く言葉だな」

「まじですか」

 

 ますます謎が深まってくる。珍しい犬種だとすると本当にどこから転がり込んだのやら。

 

「それで名前は?」

「特につけてねぇけど……」

「ベル」

「え!?」

 

 唐突に犬が喋ったのだ。俺達は犬の顔を見るが、舌を垂らしてきょとんとした表情をしている。そして喋りだす素振りすら見せない。

 

「喋ったよな?」

「カオリ。犬が喋るわけないよ。きっと幻聴だよ」

「あ、ああ……そういうことにしておこう」

 

 再び喋り出す気配もないため、俺達は聞かなかったことにした。ちなみに名前は本人も名乗ったこともあり、一応"ベル"ということで落ち着いた。それから俺は隠れてベルの面倒を見るようになった。この軍での仕事が終わったら、俺の家できちんと面倒を見るつもりである。

 

 ベルはかなり賢い犬だった。簡単な芸もすぐに覚え、無駄に吠えることもしない。それどころか人の気配を感じたら無言で隠れてくれる。この上なく飼いやすい犬だろう。気になることといえばトイレをしないことや与えた飯を食べないことくらいなもの。もっとも勝手に抜け出して、どこかほっつき歩いてるみたいなので外で勝手にやっているのだろう。

 

「……弱くなったな」

 

 今の自分の状況を確認すべく、軍で支給された剣を握る。剣を握ると色々な記憶がフラッシュバックすると同時に手足が震え、脈拍が速くなる。アレックスとの戦闘が俺の中で恐怖として残っている。あれからロストベリー以外の武器を満足に握れなくなった。俺は軽いトラウマになっていたのだ。死にかけたのだから当然といえば、当然だろう。

 

 ただロストベリーだけは問題なく握ることが出来る。あの武器だけは不思議と振れてしまうのだ。なぜかロストベリーだけは安心する。あれを握ってると死の不安を微塵も感じなくなる。まるで全てがどうにかなるような感覚に陥るのだ。

 

 ロストベリーを振るう度に声が聞こえる。『ねぇどうして私を放置するの?』や『どうせ私を捨てる気でしょ!』みたいな声が聞こえる。当然ながら、その声は音として聞こえるわけじゃない。魂に直接語りかけてくる。

 

 当然ながらロストベリーの品質は間違いなく一級品だ。まず切れ味は申し分ない。それこそ鉄くらいなら軽く引いただけでスッと斬れていく。

 それに加えて重さのアドバンテージがあまりに大きい。鍔迫り合いの際に約1000キロの重さの押し付けが強すぎるのだ。鍔迫り合いになった際に軽く押し込むだけで、大抵の相手が体勢を崩していく。

 

 1000キロもあるのだから、乱雑に振るうだけで潰せてしまう。その質量だけで致命傷になりうるのだ。今まで握ってきた武器とは比べ物にならないほどに攻撃力が群を抜いている。そしてなによりも俺の手に嫌というほど馴染んでいる。

 

 ロストベリーは声という呪いを差し引いてもお釣りがくるほどに良い武器だ。

 

「おい。カオリ」

「はい。なんでしょう!」

 

 俺は上官に呼び出される。そこで命じられたのは馬小屋の掃除と全員分の剣の手入れだった。最近は嫌がらせでそのような雑用を押し付けられることも増えてきた。次第に俺はこんな軍で過ごすのは時間の無駄だと思うようになってきていた。

 

 メイはどんな意図があって、ここに俺を配属したのだろうか。考えれば考えるほどに謎が深まっていく。なにせ俺は軍で対人戦を経験できていないのだから。

 

「……これが終われば異端審問官」

 

 独り言でモチベを上げながら馬小屋の掃除をする。もう少しだけ我慢すれば異端審問官の認定試験を受けることが出来る。そう思えばやる気も出てくる。ほんのちょっと我慢するだけでいい。そこまで難しい話じゃないはずだ。

 

 仕事を終えて、寮に戻る。個室のため部屋に戻っても出迎えてくれる人がいない。思い返してみれば異世界に来てから1人になったことがなかった。グループ国の時はルカが俺を気にかけてくれてたし、ヤミ国に来てからもルカが面倒を見てくれた。

 

 ルカが家を空けた時はメイがいた。野菜戦争の時にも馬車での移動中には意気投合した男爵の同乗者がいた。地球にいた頃もそうだった。幼少期はともかくとして美柑姉に引き取られてからは常にモモが引っ付いてきてたし、美柑姉もいた。俺の近くには常に誰かがいた。こうして1人っきりになることの方が珍しい。それ故に少しだけ寂しさを感じてしまう。

 

「慣れないとな」

 

 異端審問官になれば、1人の時間も増える。なにせ異端審問官になるということは定職に就くということ。ルカに庇護(ひご)してもらう側ではなく、対等な同僚となる。そうなれば当然ながらルカは俺の面倒を見る義理はなくなる。少なくとも今のような距離感ではなくなる。

 

 ――俺は本当に異端審問官になりたいのだろうか。

 

 今の俺は異端審問官になりたいというよりはメイやルカと疎遠になるのが怖いという気持ちの方が強い。もし異端審問官を目指さず、一般人となれば政治の最前線で働く彼女達と関わる機会は大きく減るだろう。つまるところ俺は異端審問官の仕事内容にさして興味はない。

 

 それに興味だけで言うならば聖女ルイスへの関心の方が強い。聖女ルイスは確実に俺と同郷だ。だけど聖女ルイスと俺じゃ立場も力も違う。

 現代で育った普通の人がどのようにして世界を支配するに至ったのかという過程を知りたい。そんなことが出来る地球人はどんな思考でどういう価値観を持っているのか非常に興味がある。

 

 それ故に帰還方法の件を抜きにして聖女ルイスと一度話してみたいという欲が芽生えている。だからこそ俺は改めて考えてしまう。このまま異端審問官になるのが俺にとって良いことなのかと。異端審問官を目指さずに、旅人になって聖女ルイスを追っていた方が俺の性に合っているのではないか。そんな考えが脳裏に過ってしまう。

 

 もちろん今になって”やっぱり辞めます!”なんていうのは言い出しづらいのだが……はたして俺はこのまま異端審問官になっていいのだろうか。

 

「くぅん?」

 

 そんなことを自室で1人考える俺を心配してベルが足に擦り寄ってくる。俺はそんなベルを優しく撫でる。そうするとベルは満足そうに俺の足に寄りかかって瞼を閉じた。それが妙に可愛らしい。

 

 とりあえず異端審問官になるかどうかは軍での訓練を終えてから考えよう。それからでも遅くないはずだ。今は目の前の課題に集中だ。

 

 「ああ。喉が乾いたな」

 

 俺は水を汲みにいこうと外に出る。この国の水道インフラは水溜め蛙だ。だが水溜め蛙は個人で所有出来るほど安価なものではない。だから基本的には水溜め蛙に吐かせた水を地中深くまで掘った穴の底に溜め、必要な時に個人で汲むというのが一般的となっている。ようするに地下水や雨に依存しない井戸というわけだ。

 

 そういう小さな不自由の積み重ねで今までの環境がどれだけ恵まれていたのか思い知らされる。温かい風呂なんて毎日入れるものでもないし、水だってこうして汲みにいかなければならない。

 ベッドも柔らかくなければ、部屋も広いわけではないし、好き勝手に菓子が食べられるわけでもない。俺は日常の見えない部分でもルカに支えられていたのだと実感させられる。もちろんグループ国での生活水準はもっと劣悪だったため、耐えられないわけじゃないが、不満は募っていく。

 

 

 翌朝。俺は朝会に顔を出す。その日は普段と違い、郊外演習ということもあって珍しく俺も訓練に参加させられることとなった。ここでの実地演習では倒す獣は特に定められていない。王都近辺をパトロールし、その際に獣を見つけたら駆除する。そういう活動である。ようするに治安維持の側面が強いのだ。

 

「なぁサボって娼館行こうぜ」

「俺は賭博場に一票」

「ていうかバレたらまずくね?」

「そこの新入りにやらせておけばいい平気だって。なにせ王族に気に入られるほどお強いんだからよ」

 

 そんな会話をして俺の班は俺だけを残して、どこかに行ってしまった。仕方ないので俺は1人で郊外を目指す。彼らの態度は少しだけ残念だと思った。一度でいいからしっかりと軍の戦い方を見ておきたかった。その機会に恵まれなかったのが非常に残念で仕方ない。

 

「最近は多いな」

 

 俺の目の前に血のように赤い体毛の羊が現れる。前にメイの依頼で倒したことがある血羊(ブラッドシープ)だ。俺はロストベリーを抜き、動き出すよりも速く頭を叩き潰した。

 俺は改めてロストベリーの威力に感動する。角度や力加減も考えずに雑に振るっただけ。それだけで望んだ結果が手に入る。なによりも俺のやりたかった動きが出来る。

 

「……よし」

 

 血羊(ブラッドシープ)相手でも怖いと思うことはなかった。戦場に立ったという実感が湧かない。死ぬかもしれないという想像が出来ない。だからアレックスの時のことがフラッシュバックすることなく、ロストベリーを振るうことが出来た。もはや血羊くらいじゃ怖くもなんともない。それこそ戦いではなく、文字通りの駆除作業だ。

 

 俺の不安は消えない。俺は本当に戦えるのだろうか。いざという時にアレックスの事を思い返し、動けなくなってしまうのではないか。その不安は獣の相手をしたくらいでは拭えない。

 

 そんなことを考えながら、視界に捉えた血羊を追加で倒す。倒した血羊の死体を片腕で持ち上げて投げ、一箇所にまとめておく。

 一箇所にまとめた方が業者さんも処分する際に楽だろう。それに山積みにしておけば仕事をしていないと文句を言われた時に説明するのも簡単になる。

 

「これが狙いか?」

 

 今回のメイの配属には違和感を覚えている。メイは軍で俺になにを学ばせようとしているのか。それこそ軍に来てやってることといえば素振りと個人でも可能な獣駆除程度。もう3日になるが一切の学びがない。そして残りの4日で学びが得られるとも思えない。まるで時間を無駄にしてるような感覚。それに少しだけ鬱憤が溜まっていく。この軍での生活にはあまりに張り合いがない。

 

 俺は仕事を終え、馬車を走らせて王都に戻る。そのまま雑用を押し付けられて一日が終わる。そんな風に思っていた。

 

 ――だけど、そうはならなかった。

 

「――あっ」

 

 悲劇はいつも唐突にやってくる。なんの前触れもなく起こる。

 訓練場に向かうと肉の焼ける嫌な匂いがしていた。上官含めた数人の男が火を囲んでゲラゲラと笑っている。俺に仕事を押し付けて遊び呆けていた奴らだ。嫌な想像が頭を過ぎる。

 

「やぁやぁカオリ君。ここはペット厳禁なんだ」

 

 彼らの声で現実を直視させられた。あいつらはベルを燃やしたのだ。そのことを理解するのに時間はかからなかった。俺の心が黒く染まっていく。今まで感じたことのないような憎悪と殺意が湧いてくる。

 

 「……ぶっ殺してやる」

 

 俺の口からそんな言葉が漏れた。俺は静かに距離を詰めていく。しかし男たちはニヤついた笑みを崩さない。それが俺の怒りを逆撫でしていく。

 

「カオリ君。ここで揉め事を起こすのはメイ第二王女様も望まないのではないか?」

「あ?」

 

 ニヤニヤと笑いながら俺を嗜めようとする男。俺の上官に当たる男だ。彼を見てると自分の体に熱が帯びてくるのが感じる。どうしようもないほどの不快感。体の内側から言い表しようのない衝動が溢れてくる。その衝動が内側で暴れ回る。

 

 それを今すぐにでも発散させたい。そんな不快感が溢れ出してくる。ロストベリーを握る力が強くなる。ロストベリーも俺の怒りに呼応するかのように、殺意を剥き出しにする。

 

 俺はこいつらを許せそうにない。今すぐにでも殺したいと心の底から思った。もはや上官かどうかなど関係ない。こいつはここで俺が殺す。

 

「暴力事件など君のママ……じゃなくてメイ第二王女様もさぞ悲しむだろうな」

 

 一歩踏み出す。殺すのは一瞬だ。ロストベリーを抜いて、振り下ろすだけでいい。とても簡単な作業だ。そのはずだった。

 

 ――理性が俺のしようとした行為に歯止めをかけた。

 

 ここで人を殺したらどうなる?

 

 そんな考えが脳裏を駆ける。目の前にいるのは憎い存在だが罪人じゃない。もしも殺してしまえば俺は人殺しになる。その現実に直面する。罪という言葉が重くのしかかり、手が小刻みに震えだす。

 

「それより昨日は馬小屋に汚れがあったよ。もしかして適当な仕事したんじゃない?」

 

 俺がなにも出来ないと確信した奴らは調子に乗り、バカにするような発言を続けていく。殴るな。殴ったら俺の負けだ。それじゃあこいつらの思う壺だ。ひたすら自分にそう言い聞かせていく。

 

「いやぁ掃除も満足に出来ない奴を贔屓にするなんてメイ第二王女様も落ちたものだな。なんなら俺が国営を回した方が上手くいくんじゃないか?」

「そりゃいい。ぜひそうしましょう!」

 

 我慢の限界だ。こいつらはクズだ。一発でいいから殴らねば気が済まない。もう後先なんて考えるものか。そう覚悟した時だった。

 

「……は?」

 

 焼け焦げたベルの死体が起き上がった。

 

 俺は目の前の光景に目を疑った。死んだベルが蘇っていたのだ。

 火に背を向けてるあいつらはその異様な光景に気づかない。起き上がったべルの死体が融解して、姿を変えていく。犬だったそれは泥となり、泥は人の形を形成していく。それからほどなく聞き慣れた声が響いた。

 

「あらあら。随分と面白いことを言いますね……今のは王族の愚弄(ぐろう)と捉えてよろしいですか?」

 

 メイの声が冷たさを纏い、この場にいる全員の鼓膜を揺らした。

 

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