俺は人を殺したその足で教会まで足を運ぶ。
悪いことをしたと言葉で否定し、償いの機会を与えてほしいのか、それとも悪くないと肯定してほしいのかすら分からない。ただ誰かに殺した事実を明かしたかった。
「なにしてるんだ……俺は」
教会を前にして、足が止まる。そもそも誰かに聞いてもらってなにかが変わるわけじゃない。こんなのは時間の無駄でしかない。
「あ。カオリだ」
そんな時に偶然居合わせたルカと目が合った。俺は目を伏せる。どんな顔をすればいいのかわからなかった。
「なにか聞いてほしいことがあるならさ。私が司祭として聞いてあげるから寄ってきなよ」
ルカが俺の手を強引に掴んで、教会に引き入れる。そのままステンドグラスから西日が差し込む礼拝堂を抜け、奥にある小部屋へと俺を導いていく。
案内されたのは扉が2つ付いた小部屋だった。ルカはそのまま奥の扉から個室に入る。この部屋のことは俺も知っている。告解室だ。
告解室は信者が罪を司祭に告白するための部屋。俺は手前の扉から部屋に入る。部屋の中には椅子が1つと小窓があった。その小窓はカーテンで覆われており、小窓の先を見ることはできない。
静寂が流れる。不思議と話しやすい部屋だった。俺は起きたことをポツリポツリと小窓に向けて話していく。
「ふーん。人を殺したんだ」
カーテンの先からルカの声が聞こえる。ルカが聞き慣れた声で俺に言葉を返す。彼女は俺の話を静かに最後まで聞いてくれた。
「その気持ち、分かるよ」
ルカは静かに俺に呟いた。そして優しく俺に言葉をかける。だけど俺にはその言葉が響くことはなかった。
「大丈夫だよ。カオリは悪くない」
――心底気持ち悪いと思った。
俺は人を殺した。悪くないなんてことはない。ふつふつとした怒りが湧いてくる。こんな寄り添いや共感なんていらない。そんなのはなんの解決にもならない。クソの役にも立たない言葉をもらうためにここにきたわけじゃない。本当に吐き気がする。安い言葉だけでどうにかなると思われてることが腹立たしい。
「最初は辛いけど、少しずつ慣れていくもの。カオリならきっと……」
「うっせぇな」
自然と言葉が漏れた。俺はルカの態度が許せなかった。こんなことをルカに期待していたわけじゃない。ルカの表情を見ることは出来ない。その環境が俺の取り繕わない感情を剥き出しにさせていく。悪くないとか大丈夫なんて言葉は一番いらない言葉だ。そんなものはいらない。俺は求めていない。
俺は正義も生き方も自分で選び、自分で決めたい。感情もそれと同じだ。こういうことがあったから傷ついている。そういった決めつけが不愉快だ。俺の感情は俺が決めるものでお前が決めるものじゃない。
なにが悪くないだ。なにが良いか悪いかは俺が決める。どうして俺の善悪がお前に決めつけられなければならない。なにが大丈夫だ。勝手に傷ついてるとか判断するのが本当に腹立たしい。そういう押しつけが大嫌いだ。
勝手に人を殺したから傷ついてるなんて決めるな。お前の価値観で俺を測るな。
「……取り繕った言葉。そうしておけば満足してくれる。そういう型に嵌めてくる姿勢が不愉快だ。俺を型に押し付けるな」
俺はルカに守られるだけの弱い被害者じゃないと反発したいわけでもない。無意識で庇護下に入れられてることもどうでもいい。俺が弱いせいだから仕方ない。弱いやつに選ぶ権利はない。
しかし俺の気持ちを決めつけることだけは許さない。人を殺したから傷ついていて当然という価値観に当てはめることが不愉快。お前がそうだから俺もそうだと決めつけるな。
ルカへの熱が冷めていく。心の底からルカに失望していく。今までの熱が嘘のように消えていった。
「それじゃあカオリはどうしたいの? 別に私に共感や気持ちの折り合いの付け方を求めたわけじゃないんでしょ?」
ルカの口調が少しだけ変わった気がした。寄り添うような優しい口調から挑発するような口調。俺はそれに八つ当たりするように答えていく。
「それがわからねぇから来たんだよ。でもそういうしょうもないものじゃないのは確かだ」
「なんで?」
「自分がどうしたいかなんて分かるわけねぇだろ。ただ心がモヤモヤする。だからここに来た。そのモヤモヤを晴らす答えが……」
「なーんだ。言語化出来てるじゃんね」
「あ」
くすくすと笑う声が聞こえた。ああ。そうだったのだ。
ルカの言葉で俺がなにを求めていたのか気付いた。最初から気持ちの整理も寄り添いも求めていなかったのだ。このモヤモヤした気持ちを言語化してほしい。このぐちゃぐちゃになった感情の正体を明らかにしてほしかったのだ。
「怒りって良いよね。一番自覚しやすい感情だから、それを起点にすると自分がなにを求めてるのか理解が深まると思うんだよね」
「お前……」
「私だってカオリ君の地雷くらい分かるもん。それは私の地雷でもあるからね」
きっと壁越しでルカは全てを見透かしたような目をしてるのだろう。まるで彼女の掌で踊らされてるようで少し癪に障る。だが同時にそこまで理解してるならばまともな答えがくるのではないかと期待してしまう。
「嫌になるよねぇ。そんな簡単に人を殺せるのは異常者とかあんなやつに従うのはおかしいとか自分の価値観や常識を正しいって押し付けて、お前は間違ってるって否定されるのは不愉快だもん」
「……ルカ。このモヤモヤを晴らすにはどうしたらいい?」
「まずなにに自分がモヤモヤしてるのか理解するところから始めるべきじゃないかな。なんとなく推察は出来るけどね」
壁越しなのにルカの煽るようなニヤついた笑みが浮かぶ。まるでからかわれてるようで腹立たしいが先ほどのような強い不快感はない。今のルカなら俺の求めてる答えをくれる。そんな信頼があった。
「……参考にしたい。話してくれ」
「うーん。端的に言うと
「乖離?」
「そもそもカオリは最初から殺人に思い悩むような人じゃないんだよ。殺人で悩む人は当然だけど、獣どころか畜獣を殺すのに抵抗を覚える。でもカオリは兎とか羊とかなんとも思わずに殺せてた」
たしかに一理ある。虫とかならばともかく、普通はある程度の大きさの生き物を殺すというのには抵抗がある。
それこそ犬や猫を自分の手で殺してしまったら、嫌な感触が残るだろう。普通はそういうものだ。しかし俺は異世界に来てから何度も獣の類をそういう感情を覚えることなく、殺してる。
牛男を殺した。兎を殺した。羊を殺した。たくさんの生き物を殺した。
――だけど思い悩むことはなかった。
「不思議だよね。人以外だったら殺せるのに、人になるとくよくよするのって」
「なにも思わないで人を殺せるのは異常者だろ」
「人以外はなんとも思わないくせに人だけ殺して思い悩むのも私から言わせたら異常者だよ」
ルカの言葉は正論に聞こえた。俺はこの手で多くの獣を直接殺している。何度も殺してきた。人以外は殺しても平気な顔してるくせに、人になった途端に重く受け止める。それは異常者と言っても差し支えないだろう。
「……なんていうのかな。肉を潰す感触ってあまり変わらないんだよね。どんな生き物が相手でも同じくらい気持ち悪いもんなんだよ」
「牛で抵抗を覚えないなら人でも抵抗を覚えないっていうのか?」
「そういうこと。だから思い悩むのは殺すという行為じゃなくて別の要因だと思うな」
「別の要因か……」
「これは私の推察でしかないけどさ。モヤモヤしてるのは殺人したことよりも自分の中で悪いと思ってるのに、世間では肯定されてしまう乖離からきてるんじゃないかな」
不思議と腑に落ちた。俺は殺人という行為をなるべく避けていた。殺したくないからというよりは殺しは良くないものだと思っていた。
なるべく避けなければならないと思っていた。それが人として正しいと思っていた。だからグループ国での山賊を倒す時も木刀を使ったし、野盗の討伐とかの依頼を受けることもなかった。
「……たしかに」
「まぁそもそも私から言わせたらさ。人殺しなんて良し悪しで語る話じゃないと思うけどね」
「どういうことだ?」
「私が初めて人を殺したのは12歳の頃だったかな……うーん。もっと前だったかもしれないけど忘れちゃった」
唐突にルカが過去の話を始める。俺はそれを黙って聞くことにした。
「その時は殺さなきゃ殺されるっていう状況で無我夢中だった。殺した後は殺人の余韻に浸る間もなく、次の敵が蛆のように湧いてくるし、思い詰める暇もなかった」
「そうだったのか?」
「うん。みんな人を殺した経験がある人ばっかだったよ。誰も人を殺したことで悩んだりしないの。家畜を撲殺した時のような感覚だから引きずらないの」
その話を聞いて絶句する。俺には想像もつかない世界だった。もっというならば考えたこともない世界の話だった。あまりに凄惨で重い世界の話。
「100人いたら45人は野盗に落ちて、25人は敵に殺される。そして15人は野盗に殺されたり奴隷にされて、残りは敵を殺して生き延びる時代。だから殺しに忌避感がなかったし、悪いものって認識もなかったんだよね」
殺しを悪いとすら思えない。なんで悪いのかというのが本気で理解できない。それが社会に浸透していた時代。それは常識も倫理もあまりに違い過ぎた。俺はなんて言葉を返したらいいか分からなかった。
「……人を殺しても罰なんかあたりもしない。罪悪感なんて覚えなくて当然だし、それが悪いとも言われない。そもそも倫理というものが贅沢品とされたのが私の育った時代」
なんの言葉も返せない。まるで人殺し程度で悩むのが罪と言われてるような感覚すらしてくる。今の俺は彼女からしたらどう見えているのだろうか。甘ったれてるように見えてしまうのだろうか。
「カオリが人殺しにすら罪悪感を持つのは普通の感性だし気にすることはないよ。でも、それが当たり前じゃないこともありえるんだよ」
ルカの半生を聞いた。彼女のいた頃は殺人に悩むことすら出来なかった。それほどまでに生きるのに必死の時代。俺のこの感情は当たり前のものではない。彼女の言う通り俺のこの感情が贅沢品なんだ。そう認識すると俺のモヤモヤは少しだけ晴れた。
「私から言わせたら殺人なんていうのは悲劇でもなんでもない。どこにでもありふれた普遍的なことだから、罪悪感を覚えないことを責めなくてもいいんじゃないかな?」
殺人という行為への否定ではなく、それを悩むことへの否定。悩むほどのことじゃないという言葉は不思議と俺にストンと入り込んで、救いとなった。
「それが私の答えかな。モヤモヤするのはカオリが恵まれていたから。これで満足?」
「……ありがとう」
「でも仕事としての殺しは肯定するけど、私用での殺しは許されてないからね。そこは吐き違えないでね」
そうして俺は懺悔を終えた。告解室をルカと抜けていく。そのまま外に出ようと礼拝堂に出た。礼拝堂には1人の女性が横長椅子に腰掛けてた。告解室に入る時に通った際には誰もいなかった。彼女は俺達が話してる間に入ったのだろう。しかし、それはおかしいのだ。
「もう開堂時間は過ぎてるよな?」
俺が訪れた時は教会は既に閉めていた。誰かが入ってくることはない。
俺の問いかけにルカはなにも答えない。まるで俺の声が耳に届いていないようだった。
「なんでここにいるわけ……」
ふと腰掛けていた彼女と目が合う。彼女の黄金色の瞳は宝石のように美しく、同時になんでも1人で解決してしまうような力強さを感じさせた。
彼女は銀髪のエルフだった。俺が今まで見てきたどんな女性よりも可愛らしい姿をしたエルフ。その姿に思わず俺は足を止めて、見惚れてしまう。
エルフといっても耳が尖ってること以外は人と大きな違いはない。ただモデルやアイドルですら霞んでしまうほどの可愛らしさがあるだけの普通の人だった。だけどそれ以上に……
「
ふと美柑姉と姿が重なった。容姿は完全に別人であり、背丈以外はなにも似ていない。誰がどう見ても別人なのだ。しかし目線の動かし方や座り方の姿勢、僅かな息遣いがどうも美柑姉と重なってしまったのだ。
「?」
「あ、いや……すみません」
そのエルフの彼女は首をきょとんと可愛らしく傾げる。その仕草に毒気が抜かれていく。俺の頭の中を彼女が支配していく。もっと彼女の表情が見たい。笑った顔や驚いた顔、怒った顔。多くの表情が見たい。そういった欲求に駆られていく。それほどまでに彼女は可愛らしいのだ。恐らく俺は生涯で彼女よりも可愛い人に会うことはない。そう確信を持って言えてしまうほどの可愛さなのだ。
「……なんのつもり?」
だけどルカだけは違った。ルカは今までに出したことのないような真剣な声を彼女に向ける。それに対して銀髪のエルフは臆することなく、言葉を返していく。
「教会では静かにしないといけなかったと私は記憶しています。ルカ・エリアス一席」
その一言で理解した。彼女は可愛いだけではない。とても強い人だ。武を極めてるとか喧嘩が強いとかそういう話ではない。単純に心が強い。今まで何度も修羅場を潜り抜けてきたのだろう。そう思わせる言葉の強さがあった。
「ルカ。知り合いか?」
「知り合いもなにもあれは……」
「今はお忍びで来てますから私の名前は出さないでいただけると嬉しく思います。もし出すようならばこちらも相応の対応をしなければならなくなりますので」
そのエルフの声は鈴のように綺麗で、チョコレートのようなこびりつく甘さがあった。まるで魅了のスキルでも持っているかのような声。
彼女に視線が釘付けになる。きっと彼女と会って、彼女を無視できる男性などいないだろう。それこそちょっと優しくされたら人生すら捧げる忠誠を誓ってしまう。それは俺といえど例外ではない。
「翌朝にはきちんと王族の方々にも挨拶を済ませますので、どうか今はお目こぼしをお願いします」
「……らしくない言葉遣いまで使ってる上に媚びていて気味が悪い」
「ふふっ。なんのことですか?」
彼女が俺の方に距離を詰めていく。心臓が跳ねる。その仕草にドキッとしてしまう。初めて体験する感情に脳が混乱していく。
「貴方。傷ついていますね」
「え……」
「微かな血の匂い……それに思い詰めたような表情……ああ。もしかして初めて人を殺められたとか?」
「どうして……」
「だけど自分の中で答えは既に出ている。あとは咀嚼する時間があれば解決するくらいに傷は和らいでる」
少しだけゾッとする。どうして彼女はそこまで分かるのだ。俺はなにも話していないし、聞き耳も立てられていないはずだ。それに話してる内容が聞き耳を立てた程度で分かるような解像度じゃない。まるで俺の心と自分をシンクロさせたような……
「なんかのスキルですか?」
「スキル? そんなものに頼らずとも、この程度はわかりますよ」
「……は?」
「さて少し脱線してしまいましたが、私の出番は不要のようです。それではお暇させていただきましょうか」
彼女が俺の横を通る。通ると同時にオレンジと桜を混ぜたような甘い匂いがした。そして教会を後にしようとした瞬間になにかを思い出したかのように足を止める。
「それとカオリ」
「なにか……」
「メイ第二王女様の事を思うならば、今のうちに謝罪でもしてきた方が今後の関係は良好になると思いますよ」
それだけ言うと彼女はその場を後にした。俺は彼女のことを知らない。そのはずなのに妙な既視感を覚えた。彼女の全てを見透かしたような視線と会話運びを俺はどこかで知っている。
そして彼女が礼拝堂を後にしたことを確認すると同時にルカが言葉を漏らす。
その内容は俺の耳を疑うものだった。
「カオリ。あれが聖女ルイスだよ」
「は!?」
俺は慌てて外に出た。しかし既に彼女の姿がなかった。聖女ルイスには聞きたいことがたくさんあった。俺はそのチャンスを逃した。もしも聖女ルイスだと気付けば帰還に一歩近づけたかもしれない。
「かなりキャラは作ってたし、口調も普段と別物過ぎて私も一瞬だけ別人かと思った。なんなら今も本当に聖女ルイス本人だったのか確信も持てない。でも顔は間違いなく本人」
あれが聖女ルイス。一目見ただけだが、彼女が聖女と呼ばれる理由も絶大な影響力を持つ理由も身に染みて理解出来た。恐らくあれは望めばなんでも出来てしまうだろう。それこそルカとは別の方向の理不尽を持っている。
「しかし彼女ともあろうものがどうしてヤミ国に来たんだろうね。もうなにを考えてるのかわからないや」
「ルカ」
「ん?」
「あの場で俺は一度でも名乗ったか?」
最後に彼女は俺を"カオリ"と呼んだ。知るはずのない名前を口に出したのだ。そもそも聖女ともあろうものが俺を認知してるはずがない。いったい彼女は何者なんだ。なんかのテレパシーでも使っていたのだろうか。
「名乗ってないよ」
* * *
宿泊してる高級宿に戻り、ベッドに身体を投げる。久々に聖女らしいことをしてしまったから少しだけ疲れた。
「〜んん♪」
しかし今日のうちは機嫌が良い。緊張させてしまうと思い、聖女の肩書を隠した上でカオリと会ってきた。
カオリに悟られないようにキャラまで作った。それでもカオリはしっかりとうちのことを見ていた。一目見て"美柑"とうちのことを呼んでくれた。それに少しメンタル的にまいってるようだったが、日本にいた頃のような生気のない顔をしていない。むしろ活き活きとしていた。
特に下調べしたわけではないが、一目見て大体の事情は察しがついた。これは予想の域を出ないがカオリは一度死にかけ、メイ第二王女の治癒で辛うじて一命を取り留める経験をしている。今のカオリは死の恐怖を知っている目をしていた。
そして先ほど会った時は相当擦り減っていた。あの血の匂いと表情から察するに殺人を強要されたといった感じだろう。カオリは強いから賊の類なら遅れを取ることはない。それこそ殺さずに済ませるくらいの選択を選べる自由がある。
そのカオリが殺しをしたとなると誰かに強要された上でのもの。そうなれば可能性として一番高いのは間違いなくメイ第二王女。それに隠したいはずである治癒まで使うほどだからメイはカオリに相当入れ込んでいる。メイならば人を殺したことがないというのはこの世界で致命的な弱点になることくらいは気づいている。絶対に矯正しようとするはずだ。
「なんか変なタイミングに来てしもうたな」
まさか数時間前に人を殺したばかりとは流石に想像していなかった。だけど既に終わった問題なのでうちが介入する余地はなかった。あの感じならもう大丈夫だろう。
ただうちとして不安なのはカオリが僅かに見せた焦りの方だ。モモを1人にしてしまった焦りだけじゃない。それ以外のことで焦ってるようにみえた。
少し前に勇者フウガがアレックスに拉致されたという話を聞いている。カオリは前々から男友達を求めてる節があったし、きっとフウガと仲良くなってしまったのだろう。もしくはカオリの一方的な好意か。なにはともかく今のカオリの焦りは勇者フウガの件である可能性が大きい。
それを見越してエメラルドに回収を頼んでおいてよかった。そこに関しては素直にナイスファインプレイと自画自賛しておこう。
「さてさて。そろそろ決断せえへんとなぁ」
カオリのことを一旦思考の隅に置き、少しだけ今後のことを考える。
ヤミ国はグループ国を落として人間領を統治した。それが僅か3ヶ月前の出来事である。その祝辞でも言いに行こうとした矢先に魔王復活の一報もあった。うちが訪ねるというのはヤミ国側に対しても大きな負担を強いることになる。なにせうちが来るというのは首脳会談を開くようなもの。うちはそういう立場なのだ。
2度も訪問するのは悪いと思い、祝辞は一旦保留として魔王のことを調べ終えてから顔を出そうと思っていた。つまるところ今回顔を出したのはカオリのこと以上に少し政治の話をしなければならないからというのも大きい。
「エルフを切ってヤミ国に寝返るか。悩むもんやねぇ」
うちは近い将来にエルフを切り捨てるつもりだ。それは昔から決めていた。そして今は決断が迫られてる時だ。
人間領を統一して将来性を感じたからヤミ国に付きます。それは周りからしても納得のいく理由だろう。そういう大義名分が欲しかったからグループ国が落ちるまで話には出さなかった。
それにヤミ国に付くという構想は前々からあった。ボウショク教の考え方はうちとしても共感出来る部分はあるし、なにより王族や貴族の能力がヤミ国の方が高い。今後のことを考えるならばヤミ国が率先して引っ張っていくべきだろうという考えはある。
ただ同時にうちはヤミ国に入らずにエルフを内側から滅ぼして自分の国にしてしまうという考えもある。
もしヤミ国に付いてしまえば、引き返すことは許されない。つまるところ自分が主導するという動きが取れなくなるのだ。
ああ。色々な選択肢が取れるが故に悩ましい。もういっそのこと立場を曖昧にしたままヤミ国に加担してエルフを落とすというのもありだ。正直言って、どれも相応の旨味があるし、どれを選んでもいい。しかし一度選んでしまったら最後だ。だから少しだけ慎重に決めたいのだ。
「とりあえず今回の会談次第やなぁ」
思考を止めて布団にくるまる。
布団の中で考えるのはカオリのことだった。カオリも少しキャラ作って可愛らしくしただけで姉であるうちに、あそこまで熱のこもった視線を向けるのはいかがなものかと思う。もし今度会った時は絶対にこのネタでからかったろ。そんなことを考えながら眠りについていく。
さて。これからどんな盤面をつくろうか。