翌朝。俺はメイの元を訪ね、頭を下げていた。俺はメイには迷惑をかけた。そのことに聖女ルイスの言葉で気付かされた。だからこそ謝罪をすべきだと思った。そうでなければ今後メイの隣に立つ資格がない。
「……顔を上げてください。困ります」
「俺が浅はかだった。異端審問官というものを甘く見ていた」
異端審問官が人を殺す。そんなのは当たり前だ。宗教の秩序のために悪いことをしていない人でも異端者ならば殺す。その事実から目を背けていた。
ルカと働きたい。それしか頭になく、異端審問官というものをあまりに軽視していた。ああなるのは当然の帰結だった。俺が全面的に悪かった。
「それにしても謝罪されるとは予想外」
「当たり前だろ。俺が未熟だったせいでメイに余計な仕事を増やした。メイの手を煩わせたんだから」
「……そこまで気にしなくていいのに。最初から全て完璧なんて出来るわけではないんですから」
メイは一切怒っていないようだった。それどころか彼女の様子は少し嬉しそうにも見えた。俺はそのことに安堵する。
「なぁメイ」
俺は少しだけ気になっていたことを聞こうと思った。聞きたいのはメイが人殺しをどう思っているかどうかということだ。もちろん重く受け止めてないのは百も承知している。しかし人殺しを忌避してるのか否かというのは非常に気になった。
もちろんそれが良いか悪いかなんて語るつもりはない。生まれ育った環境や宗教観も日本と違う。殺人に対する認識など違って当然だ。ただ純粋に俺はメイとの認識の
俺の言いたいことを察したメイが質問を先回りして答える。
「人を殺すのは私も辛いですし、避けるべきことだと思います」
「どの口が言うんだよ。躊躇なく殺しただろ」
「仕事もろくに出来ず、他人の足を引っ張ることだけは一丁前の存在を人だと思ったことは一度もありませんよ」
俺は思わず笑ってしまった。自然と零れた笑みだった。不謹慎でいけないことだと分かってるのに笑わずにはいられないのだ。あまりに清々しい悪役さながらのセリフ。自分が正しいと信じて疑わない傲慢な物言い。それらが俺のツボに入った。そんな俺を見て、メイも少しだけ口角を上げる。
「しかし私も人の形をしたものを殺したのは久々ですね。大体は奴隷に落としていましたから」
「え?」
「私をなんだと思ってるんですか、基本的には殺しはしませんよ」
「嘘だ……ろ?」
「殺したら終わりじゃないですか。あまりに非生産的です」
「それなら今回はどうして?」
「生きていられるのが不愉快。それだけです」
それにしてもなにがメイの逆鱗に触れたのだろう。彼らがやっていたのはありふれたパワハラ。話を聞かない上司というありふれた悪意だったはず。そんなものメイにとっては見慣れたもの。
そこまで激昂するほどのものでもないはずだ。その程度の事で怒っていたらキリがない。しかし事実としてメイは殺しに至るほどに激昂した。その意味が俺には分からなかった。
「私のカオリに舐めたことをした。それは万死に値するでしょう?」
どこまで本気なのか分からない。ただ俺をからかっているのか。それとも信頼されやすくなるためにそれっぽいことを言ってるのか。メイのことは相変わらずなにもわからない。
「そういえばメイ。1つ聞きたいんだけどいいか?」
「まだなにかありまして?」
こうして話すのは久々だ。だからつい調子に乗って聞きたいことを聞いてしまう。メイが俺に惹かれてるように、俺もメイに惹かれているのだ。
「メイってずっと犬に化けて俺の傍にいたわけだろ? それって……」
「私は持ってるスキルが多いんですよ。せっかくですし、面白い事実を1つ教えましょうか?」
俺は少し首を傾げる。面白い事実とはいったいなんなのだろうか。正直に言って見当もつかない。俺がなにかを見落としているかのような物言い。記憶を漁るが、そのようなものはないはずだ。
「グループ国のクヤーク団長。彼は逃亡して今も行方知らずだそうですよ」
「……まだ捕まってなかったのか」
名前を出されるまで忘れていた男だ。しかし思い出すと腹が立ってくる。あれは権力を盾にルカを好き勝手に扱った。その事実は許せるわけがない。
「あれ?」
しかし同時に思う。はたしてルカは権力を盾にしたくらいで体を許すだろうか。あれほど強い彼女がその程度で動くとは思えない。それこそ頭に来たならば1人でグループ国を落としてしまえばいい。
彼女ならばそれが出来てしまうはずだ。考えれば考えるほどに違和感しかない。ルカはヤミ国の人間。それがグループ国の騎士団の副団長になれるだろうか。いくら腐敗した騎士団とはいえ、団長がそこまで頭が弱いなんてことはありえるのだろうか。
「1つ質問です。仮にルカさんを傷つけたとして私が黙って取り逃しましたなんてすると思いますか?」
「絶対にない」
そうだ。一番の違和感はまだクヤーク団長の消息が不明ということ。メイを相手にして逃げきれるわけがない。メイが本気で追うつもりならば逃がすなんてことは万が一にもありえない。不思議とそんな確信がある。
だがクヤーク団長は捕まってすらいない。そのような状況やメイが意図的に逃してない限りありえない。しかしルカに手を出したやつを逃がすなんてことがありえるのか?
「まさか……」
「私がクヤーク団長だったのですよ」
変化のスキルでメイの姿が大嫌いな男の姿に変貌していく。忘れもしない男の姿。ルカを好き勝手に扱ったクズの姿になっていく。
「私のスキルの1つである変化です。自由自在に姿を変えられるというもので、それを使って本物の団長を殺して成り替わりました。そして団長の地位を使ってルカさんを引き込み……」
「待て! それじゃあ初日にルカにセクハラ紛いなことをしたのは……」
「ふふっ。気づくのが遅いんじゃありませんか?」
脳が理解を拒む。あのクズがメイだとでも言うのか。そんなありえるはずがない。メイはあんな馬鹿でクズな小物じゃない。だってメイは……
「つまりカオリは嫌っていたはずのクヤーク団長に色々と面倒を見てもらっていたというわけです。面白いですね」
もうなにが本当でなにが嘘なのか分からなくなってくる。今になってルカがメイは大概なんでもありと言っていた意味を改めて理解させられた。
「なぁ……」
「なんですか?」
前々から気になっていたことがあった。メイは色々とおかしい。
彼女のスキルは多すぎる上に、どれも非常に強力だ。欠損すら回復させる『治癒』、ありとあらゆる人物や種族に成ることが出来る『変化』。
さらに炎で焼かれても生きているほどの耐久力。治癒のスキルで即座に傷を回復させてるのではないかと思ったが、それにしては痛みを感じてる素振りすら見せなかった。まるでダメージにすらなっていないようだった。恐らくメイは『不死』のスキルも持っている可能性がある。
そのうえでメイは俺に全部のスキルを晒してるわけではない。不思議とそんな確信があった。
恐らくメイは根から種族が違う。そもそもスキルとは別の力を行使しているのではないだろうか。国はそれを把握した上でメイに第二王女の立場を与えた。彼女は人よりも上位の種族で――
「メイは……」
「少しサービスをしすぎましたか。まぁ答え合わせはしませんよ」
俺は思考を止める。恐らくメイの正体に気づいたところで良いことなんて1つもない。少なくとも今はその段階じゃない。それに気づいたことで俺に出来ることは程度が知れてる。
「メイ第二王女様!」
「おやおや。ノックもせずになんですか?」
メイドの1人が血相を変えて、メイの私室に入ってくる。メイは少しだけ不機嫌な表情を見せて対応に当たる。しかしメイドの言葉を聞いて、その不機嫌は消えていった。それこそ顔から血の気が引き、それどころではないと言いたげに。
「聖女ルイスがメイ第二王女様との面会を求め、訪ねてきました!」
「は??????」
メイが大慌てで身支度を整えていく。もっとも大慌てと言っても準備に5秒もかかっていない。着替えは少し目を離した隙に変わっており、手元にあった香水を軽く首にかける。それと同時に髪が勝手に動いて、整えられていく。
「今のは……」
「変化のスキルで服を作成しただけです。カオリはそこで待機を――」
「あ、あの……」
「まだなにか?」
「その……聖女ルイス様はカオリの同席を希望しています」
「……なぜ?」
「さぁ……?」
メイが2秒ほど硬直する。しかし状況を理解したのかすぐに指示を出していく。
「貴方。そこのカオリを早急に着付けてください」
「わかりました」
「あと着付けながら必要最低限の礼儀作法を叩き込んでおいてください。聖女ルイスの対応は私がしときます」
「畏まりました!」
「それとメイド長に連絡を……」
「もう済ませております!」
「よろしい。それでしたらなんの問題もないでしょう」
それから俺はメイドに手を引かれ、そのまま別室に連れて行かれた。そこで俺は強引に脱がされ、タキシードを着せられ、髪を弄られた。
「ふぅ……貴方様が常日頃から身嗜みを整えてくださってるおかげで必要最低限で済みました」
「なにか気をつけることは?」
「聖女様と喋るのは必要最低限にしてください。なにが地雷になるかわからない故に口は災いの元でしかありません」
「わかりました」
「その上で貴方様の行動1つで国が滅ぶ可能性があることを常に念頭に置いた上で行動してください」
ここまで僅か20分。あまりの手際の良さに感心を通り越して、畏怖すらしてしまう。それから俺は即座に聖女ルイスの元へと案内されていった。
音は立てないが急ぎ足。俺を引く彼女の手からは緊張と不安が伝わってくる。気丈に振る舞ってこそいるが、心の底から聖女ルイスを恐れている。彼女ほど優秀な人材ですら聖女ルイスは怖いのだ。
そして俺も例外ではない。俺は聖女ルイスとは一度会っている。しかしあれは聖女と知る前だ。改めて聖女として意識してしまうと手が震える。相手の人となりを分かっていたとしても、その肩書きはあまりに重い。
もし不興を買えば国家が揺らぐ。その事実を前にすると、あれほど会いたかったのに恐怖の方が強まっていく。彼女に会いたくない。何事もなく終わってほしい。
「お待たせしました。カオリ様をお連れしました」
その言葉と同時に扉がゆっくりと開いた。扉の向こうには聖女ルイスがティーカップを片手に持ち、静かに座っていた。
相変わらず彼女の肌は純白でシミすらなく、金色の瞳はお人形さんのように丸くて大きい。髪は宝石のように美しい銀髪。唯一の欠点といえば一切の膨らみを感じさせないほどの胸部くらいのものであり、胸以外はまさしく男性が理想とする造形そのものだろう。どれほどの善業を前世で積めば付き合えるのか見当もつかないほどの美貌。
――しかし昨日の可愛らしいという印象が一切ない。
自然と背筋が伸びていく。今の彼女を見て真っ先に思い浮かぶのは
メイに限りなく近いなにか。あまりに底が見えない。気づけば冷や汗をかいていた。これは失礼な言動でもしようものならば問答無用で確実に殺される。ここでいう殺すというのは社会的に殺すという意味じゃない。物理的に殺されるのだ。あれはそういうことをする存在だ。
もし彼女ほどの権威のある人物が、単身で国外に訪れるなど普通は不安を覚えるのが自然だろう。そのはずなのに不思議と不用心という言葉は浮かばない。それこそなにが起きても彼女1人で事足りるなのだろうと思わせるほどのなにかがあるのだ。
そんな怪物みたいな聖女と目が合った。目が合うと不思議と緊張がほぐれた。先ほどまでの怖さが嘘のように一気に消えた。まるで幻覚だったと錯覚するほどに、それこそどこにでもいる普通の女の子で……
「カオリはメイ第二王女様と仲直り出来たみたいやねぇ」
聖女ルイスが優しく机にティーカップを置く。その声を聞いて思わず言葉が漏れた。
「あ……」
とても馴染みのある発音だった。俺はその喋り方をよく知っている。その音を何度も聞いている。声が違っても聞き間違えるはずがない音。喋る速さや声のトーン。その全てが俺の記憶に強く刻まれたものだ。
聖女は周りの目を一切気にすることなく俺の方に歩き出す。メイや他の人には目もくれず、彼女の目には俺しか写っていない。今までに類を見ないほどの美少女にして権力者が俺にこのようなことをする。本来ならば理解出来ないことだろう。だけど俺には理解出来た。
「……聖女様?」
「そんな他人行儀にされたら泣くで?」
聖女様の言葉を待つ。もはやほぼ確信に近い。彼女ならば――
「うちショックやわー。少しイメチェンしただけで気づいてもらえへんなんて」
「え?」
「うちや。桜ヶ崎美柑」
予想が確信に変わっていく。今までの恐怖が全て消えていく。美柑姉という言葉だけで全てが掻き消され、安心へと変わっていく。
「まだ信じてくれへんのか。そんならカオリのペンネームでも言わへんといかんな」
「は? いや辞め……」
「黄金アヒル。ひよこ系の作品に定評が……」
「聖女ルイスは美柑姉です! もう認めますから許してください!」
ひよこという隠語で伝わらないようにしてくれたのは彼女なりの配慮だろう。しかしその話題で脅してくる時点で確信した。エルフの要ともされる聖女様は間違いなく俺の従姉の美柑姉だ。聖女ルイスは俺の姉だったのだ。
その現実に気づいて、思わず腰を抜かして尻もちをついた。
俺は助けを求めるようにメイの方を見る。メイは今の会話が耳に入ってないかのように呆然と立ち尽くしていた。それこそ理解が追いつかないと言わんばかりに。
「なにがどうなっているのでしょうか?」
◆
それから人払いを済ませ、この場で改めて話し合うことになった。なんとなくだが聖女ルイスが美柑姉ということは飲み込めた。少なくとも美柑姉ならば異世界の世界経済4割を掌握し、技術革新を起こすことくらいは朝飯前だ。
そのくらいのことは簡単に出来るスペックは持っている。美柑姉だからの一言で無茶苦茶な実績にも説明がついてしまう。それどころ美柑姉が動いて、この程度で済んでいることの驚きのほうが強い。もし美柑姉が本気ならもっと大きなことをしている。
「……なんや? カオリも言いたいことあるならハッキリ言ったらどうや?」
「本当に美柑姉か?」
「だからそうだと言っとるやろ」
「美柑姉なら
「無理して発展させる利点もあらへんからな。うちの生活が不便にならない程度には技術を進めるけど、それ以上は手出しせえへんと決めとるねん」
これはなにか裏があるな。そういう言い回しだ。恐らくこれ以上踏み込んでもなにも答えないだろうし、気分を損ねられても面倒くさい。ここらで大人しく引いておこう。
「……カオリと姉弟の関係だと分かっていても聖女相手にタメ口は見ていて心臓に悪いです」
「心臓止まったくらいで死なへんくせによー言うわ」
「心臓止まったら死にますよ。私は
「嘘つき。まぁどうでもええけど」
しかし俺としてはメイとルイス姉の会話もヒヤヒヤする。あまりにギリギリを攻めたブラックジョークであり、そのうちどちらかが地雷を踏んで国家規模の大喧嘩に発展してしまう危うさすらある。
「しかし美柑姉……顔も種族も別人なのはどういうことだ?」
「うちの場合はカオリと違って転移やなくて
「え?」
一瞬だけ思考がフリーズした。美柑姉は転移ではなく転生。それはつまり
「カオリ。どないした?」
「……美柑姉は死んだのか?」
「この前にあったカナダの大震災に巻き込まれてなー。やっぱり自然の力には敵わへんね」
おかしい。カナダの大震災は俺が勇者召喚される数時間前の出来事であり、現在は被害状況を確認中だったはず。明らかに辻褄が合わなくなってくる。
「カオリ。この世界に来た日は日本時間で何月何日の何時や?」
「……5月3日の20時前後」
「うちが死んだのは大体同じ日の19時頃。たった1時間で20年程度の差ってことやね」
そういうことになる。その話を聞いて少しだけ希望が見えてくる。この世界に来て既に半年になろうとしている。しかしモモからしたら数分しか経過していない可能性が出てきた。モモに一人寂しい思いをさせていない可能性の方が高い。今から戻っても取り返しがつく。
「……嘘つき。貴方は既に齢にして
今の話を聞いて絶句する。いくらなんでも
「……少しくらい見栄を張っても良いやろ。女の子は永遠の20歳なんやで」
「こういう情報共有の場で見栄なんていう理由で嘘を吐くのは良くないと思いますよ」
「ええやろ。どうせ戻れへんし、検証なんて不可能なんやから」
さらっと流されたが、美柑姉はとんでもないことを言わなかったか?
「美柑姉。もしかして帰れないのか?」
「うちが調べた限りやと不可能やね」
「それじゃあモモは……」
「うちの方でも改めて調べとくけど、あんま期待はせえへんでな」
美柑姉……いや、聖女ルイスと話さえ出来ればなんかしらの手掛かりは掴めると思っていた。その梯子が目の前で外された。
俺は二度とモモと会うことが出来ない。その現実が重くのしかかってくる。もし帰るにしても美柑姉が無理だと匙を投げたことをやらなければならないのだ。
「それで聖女様はカオリをどうするんですか? そちらで面倒を見るつもりですか?」
「そこのところはカオリの意向次第やね。もちろんうちが面倒見てもええんやけど、カオリの顔を見る限りやと、ここでの生活気に入っとるみたいやしな」
「なるほど」
「ただカオリの様子も見たいし、うちもしばらくヤミ国に滞在するで」
「わかりました」
この場の空気が重い。美柑姉だと分かって俺の緊張は解けたが、メイは違う。
目の前にいるのは世界経済の4割を支配する聖女ルイス。ここでの転び方次第ではなにがどうなってもおかしくない。むしろ先ほどまでの軽い空気の方が異常だった。
「メイちゃん。そろそろ少し真面目な話してええか?」
そして美柑姉が俺から視線を逸らし、真剣な眼差しでメイの方を見ている。もうアイスブレイクは終わったのだ。ここから先は真面目な政治の話だ。
「どうぞ」
「ヤミ国は魔王に対してどう動くつもりや?」
「貴方に合わせますよ。敵対するならば、私たちもそれに続きますし、肩入れするというのならば、魔王と共にエルフを殲滅するのもやぶさかではありません」
魔王への対応。たしかに前に美柑姉こと聖女ルイスがどう動くかによってヤミ国の対応も変わると言っていた。つまり美柑姉が全ての決定権を持ってるわけである。それをメイは言葉でハッキリと断言した。自分達は敵にはならないと言い切ったのだ。
「うちに主導権を委ねるちゅうわけか」
「意向に反する動きをしたら圧力をかけてくるのが分かってますから」
「そんなら保留にしとくで。うちとしても魔王の狙いがわかるまで迂闊に判断したくないしな」
「そうですか。聖女ルイスもエルフの端くれですし、反魔族感情で敵対の道を選ぶことを視野にいれていましたが……」
「うちは転生者。価値観は日本で形成されたもんやし、エルフの洗脳教育には染まっておらへん。あくまで自分に益がある方の味方や」
政治的な話が進んでいく。その中で俺はメイに目を奪われた。
改めて対談を間近で見ると、メイもとんでもない化け物だと思い知らされる。もちろん頭では理解してるつもりだったし、わかってるつもりになっていた。
だけどそんなんじゃ全然足りていない。なにせ美柑姉に丸め込まれることなく、対等に話しているのだから。そんなことが出来るやつは初めて見たと言っても過言ではない。美柑姉と話せるというのはそういうことだ。
「ヤミ国の方針は大体分かったで。ようするにそっちに火の粉が飛びかからなければどうでもええってことやな」
「はい。それで一番の問題はカオリですね」
「え? 俺?」
「当たり前じゃないですか。聖女の弟君ということはエルフの皇太子みたいなものですよ?」
「いや違うだろ」
「エルフなんて聖女の一本柱ですし、それが事実でしょう」
「待ってくれ」
ふとメイの言っていたことを思い出す。エルフで怖いのは聖女だけ。それで聖女が美柑姉。つまりメイが警戒してるのは俺の姉だ。そしてメイは聖女の身内である俺を手元に置いている。さらに自分で言うのはあれだが、美柑姉は俺には甘々な対応。
もし俺がヤミ国に肩入れすれば確実に美柑姉も流れでヤミ国につくこととなる。つまり俺の機嫌取りをとるだけでエルフを完封出来てしまう。既にメイはそこまで見抜いているのだ。
「……つまりメイと俺は対等に近い立場ってことか?」
「下手したらカオリの方が上では?」
「まじで?」
「失礼。カオリ様とお呼びすべきでしたか?」
メイに敬語を使われて少しだけショックを受ける。まるでメイが遠くにいってしまったかのようなショック。もう今までのようには戻れないんだな……
「なぁ冗談はさておくとして、聖女の弟という肩書きはそこらの王族よりも確実に上となり、発言力だけで言うなら世界でも五本指に入るレベルになります。そのため対応が問題になるわけです」
「道理やね。うちの弟と知れたら、この国の王様ですら敬語を使うようになるやろうねぇ。うちはそんくらいの権力はあるで」
さらっと美柑姉が怖いことを言う。しかし事実なのだろう。世界経済の4割を掌握したというのはそういうことだ。今の美柑姉はそういう存在なのだ。
「しかしカオリを異端審問官に推薦する予定でしたが、はたして聖女様の弟君をそのような立場にしていいものか」
「あ……」
思わず言葉が漏れる。異端審問官は人を殺す仕事だ。つまるところ俺を異端審問官にするということは聖女の弟に殺しをさせるという意味になる。そうなれば当然ながら賛否両論となるし、下手すれば面倒なことになりかねない。
「うちとしてはカオリの好きにさせてあげたいところやけど、そういうわけにもいかへんよな」
「カオリは異端審問官になりたいですよね?」
「ああ」
「うーん。因果が逆やったら問題あらへんかもな」
「といいますと?」
「聖女の弟が異端審問官になったやなくて異端審問官になった男を聖女が弟にした。それなら大事にはならへんやろ」
美柑姉の機転の利かし方に思わず脱帽する。たしかに異端審問官であることを評価して、身内にしたならば異端審問官であることは大きな問題にはならなくなる。それならばメイが危惧したことも解決だ。
「それとも公にはしないでおくという手もありますね」
「反対や。カオリに身元を隠すという負担を強いたくないし、なによりうちの肩書は不利益以上に利益の方が大きいやろ」
「たしかに一理ありますね。カオリの頭でしたら貴方様の弟という立場は有効活用出来るでしょう」
「せや。そういう意味合いでもカオリの反対があらへん限りはうちの弟と公表するで」
聖女の弟。俺は面倒よりも便利だと感じていた。その立場は重荷になるかもしれない。しかしそれ以上に強力な武器だ。貴族相手に気を遣う必要がないどころか、気を遣わせることすら可能になる。もしも気に入らないことがあった際に潰すことも出来る。大抵の無茶は通せるようになる。それがその肩書きだ。
だが相応のリスクもある。それこそ誘拐して美柑姉に言うことを聞かせる。単純に美柑姉への嫌がらせとして暗殺。そして美柑姉を貶めるために俺を冤罪でなんかしらの犯人に仕立て上げる。また反対に美柑姉との繋がりを求め、俺に媚を売る輩も出てくるだろう。しかしそれを差し引いてもメリットの方が大きい。
「ああ。俺はいいぞ」
「そういうことでしたら聖女ルイス。私からも1つお願いしても良いですか?」
「なんや?」
そして俺が安堵してる中でメイが驚きの発言をする。それこそ爆弾を落とすという表現すら生温いレベルでのとんでもない発言だった。
「カオリを養子として迎え入れる。それでしたら手続きのために聖女ルイスのヤミ国への帰化をお願いできますか?」
場が一気に凍りついた。俺どころか美柑姉ですら耳を疑った。なにせそれは全世界への影響があまりに大きすぎる。それこそ冗談では済まなくなる。美柑姉が冷めた声でメイに問い詰める。
「他国の要人が勝手に国民を後見人にするというのは倫理的にも教義的にも許されません。そんなのがまかり通れば、ヤミ国は権力さえあれば非合法な人身売買を黙認したと見られかねないことは理解出来ますよね?」
「同意の下なら問題あらへんやろ」
「その同意を証明するのが困難なんですよ。どんなに合法だとしても、書類を改竄したとか言われかねない。我が国には奴隷を容認しているが故に合法と非合法の線引きには慎重です。今回の動きが人身売買という見方をされれば信用を失います。だからこそ外国に売り渡したということにならないために帰化が必要です」
メイが言ってるのは怖いくらいの正論だ。ヤミ国では異端者の人身売買しか認められていない。もし異端者以外が売られたとなれば、宗教の権威が揺らぐ。それは宗教国家として見逃すことは出来ない。
「それに帰化を要求した理由は他にもありますよ。今のカオリは異端審問官を目指しています。異端審問官は軍事機密や国家運営に関わる仕事です。そこに他国と家族の繋がりがある存在を配置するわけにはいかないのです」
「正論やねぇ。ほんま頭がよー回るもんやわ」
「もしカオリを弟として扱いたいようでしたら、帰化をお願いできますか?」
それはエルフへの宣戦布告に等しい発言だった。