――聖女ルイスは潔癖である。
彼女は自分の中で確固たる線を引いている。例えば"お疲れ様です"という何気ない一言。それが同僚や上司に言われるものならば社交辞令と解釈し、友達や家族なら挨拶と解釈する。しかし取引先や初対面の相手ならば話は別だ。そこに彼女は強い不快感を覚える。その言葉には意味がない。意味がないのに距離を詰めてくるのが気持ち悪い。理由もないのに気持ち悪いと思ってしまうのだ。
彼女の世界は"事実"で大半が構成されている。だが無色透明というわけではないし、感情を不純物だと思ってるわけではない。感情があるからこそ行動が生まれるのだと、理論で理解している。彼女は感情を理論で補強しているのだ。意味のない暴言も怒りという定数を落とし込んで納得のいくものとする。怒りという事実があるから、その行動が生まれる。そういう事実の積み重ねで彼女は世界を捉えていく。
例えば突拍子もない行動や無意味な行動。
それに妬み、怒り、衝動、下心といった変数を当てはめて処理する。彼女は世界というのは常に合理で動いていると思っている。
例えば夏休みの宿題を早めに終わらせたほうが後で楽だと分かっていても、目先の遊びを優先して最終日に苦しむ。そんな非合理も彼女から言わせれば、快楽という変数を当てはめてさえしまえば合理。
彼女だって感情くらいは存在している。だからこそ感情が理解できないわけじゃない。現に彼女は少しの表情変化から感情を見抜くこと程度は呼吸するようにできる。それこそ映画館で隣の席に座った知らない人が、どのタイミングで心が揺さぶられたのか言い当てるくらいは造作もない。それ故に彼女は大体のことが理解出来てしまうし、合理で説明がついてしまう。
しかし嘘は許せない。間違ってることにハッキリと間違ってると言いたくなるし、その間違ってるのが正解となることには耐えられない。
それ故に間違った解釈で自分の行動を定義されるのが気持ち悪くて仕方ない。知らない人からの"お疲れ様です"は嫌いだ。その"お疲れ様です"には意味がない。だけど彼女の言う意味は論理じゃない。必要性だ。恐らく距離を詰めたいのだろうということくらいは彼女にも想像はできている。
しかし距離を詰めたいの意図が分かってるからこそ、"お疲れ様です"を選ぶのが不愉快。そう言っておけば丸くなる。そんな型を押し付けられる行為が不愉快。まるで"あなたもこの型の中の人間ですよね"と言われてる気持ちになる。
自分が少し動き、勝手に自分の感情が推論される。それに彼女は身の毛がよだつ不快感を覚える。もしもそれが気心知れた相手ならば許すだろう。少しの迷惑や不快感を許容しないほど子どもではないし、交友とはそういうものだと理解している。しかし第三者ならば話は別だ。
純白のドレスを知ってる人が汚すのと、知らない人が汚すのではわけが違う。彼女にとって自分の行動に意味がつけられるのは、赤の他人に服を汚されるくらい不愉快なものなのだ。それを彼女は笑って許すことが出来ない。
他の人の感情が違うならば自分の計算ミス。その修正は世界を正しく綺麗にするものであり、喜んで対応する。しかし自分の感情は別だ。自分の感情は既に答え合わせが終わって、確定したものだ。その確定したものを第三者が勝手な解釈で歪めようとするのは許せない。
その間違った答えを
彼女は自分の世界が知らない人の手で汚され、変えられてしまうのが我慢ならないのだ。好きでもない人になにかされても許すほど彼女は寛容じゃない。そして彼女は敵に容赦はしない。
それが聖女ルイスの潔癖である。
* * *
うちはヤミ国に帰化する運びとなった。端から見れば嵌められたように見えているのだろう。べつにうちだって考えなしでペラペラ喋っていたわけじゃない。単純にヤミ国を……メイちゃんを見定めていた。
流石に帰化まで踏み込むとは思っていなかったが、あそこまで情報を獲得しておいて活かせないようじゃ程度が知れる。キツイ言い方をするなら、その程度の相手は組む価値がない。
それはそうと腹の底から苛々する。ただの行動が物語として昇華され、意味が付け加えられる。ただヤミ国に帰化しない理由がなかった。帰化した方がカオリにとって都合が良くなるというメリットこそあれどデメリットはない。だから選んだ。
そんなただの行動が"弟への執着による判断ミス"とか"メイ第二王女に上手いこと乗せられた"とか勝手に解釈される。それが不愉快極まりない。
「っ!」
気付けば怒りで手に力を込めすぎて、中身の入っていた未開封の酒瓶が1本割れる。手にはガラス片が刺さって、血が軽く流れている。もし第三者があの会話だけを聞いたら、そのような舐めた解釈をする。そんな起こりもしていない想像の被害だけでうちは怒りを募らせていく。
存在しない第三者への殺意が湧いてくる。そいつらは言葉で否定しても”負け惜しみ”とか”図星”とか言うのだろう。言葉で否定しても無駄な奴ら。そのクソみたいな解釈を生み出している個人が腹立たしい。
舐められるのも嫌いだが、それ以上にうちを型に当てはめたり、分かった気になられる方が不愉快だ。いつの日かそいつらを皆殺しにしたい。勝手にうちの在り方を決めるな。うちの言葉を代弁するな。それら全てはうちだけのものだ。
「ああ。せや……」
ここまで苛立たせたのは全てメイちゃんが起因だ。それなら彼女にも少しだけ責任があるはずだ。その責任はきちんと取ってもらうべきだろう。ちょっとだけ嫌がらせするくらいは許されるだろう。それこそ深夜に呼び出して、彼女の抱える秘密を耳打ちするくらいはしてもいいはずだ。
「あらあら。床をそんなに汚してどうしたのですか?」
窓からカラスが1匹入り込む。そのカラスは人の言葉を喋り、そのまま人間の姿へと変貌していく。深海を連想するような深い青色の髪と赤薔薇を思い浮かべるような赤い瞳の女の子へと変わっていく。
彼女はうちを苛立たせる原因となった張本人。メイ・アルカード第二王女である。彼女はうちの呼び出しに応じて深夜に護衛もつけずに1人で、うちが貸し切った店へとやってきた。本来の王族ならば絶対にありえない行動。だが同時にメイちゃんの正体を知ってる身としては不思議に思うことはない。
「それに手も怪我をしてるじゃないですか。存在しない敵を思い浮かべて、怒りを募らせるなんて――随分と人間らしい」
うちとメイちゃんは似ている。彼女も少し顔を見れば大体の事情は分かる。だからこうして知るはずもないことを口に出すことが出来る。人によっては読心とかエスパーと勘違いするだろう。しかし実際はただのプロファイリングの延長であり、誰にでも出来る技。しかしうちはそれが出来るのは妹のモモ以外に見たことがない。
「そこまで分かっとるなら、うちの要求も大体分かるやろ」
「もちろんです。私の嫌がらせだけで呼び出すわけがありませんよね。貴方はそこまで非効率なことはしない」
「せや。本題に入ろうや」
メイちゃんにガラス片で怪我した手を差し出す。その手を見て、彼女はため息をつきながら治癒のスキルを使う。痛みも疲労感も一切なく、最初から傷口など無かったかのように完全に回復する。まさしく人の域を超えた技だ。
「メイちゃん。あんたの思惑を聞きたいんやけどええか?」
「思惑といいますと?」
「うちらは事実上の同盟関係。そんなら互いのゴールを明確にした方が連携しやすいやろ?」
うちはヤミ国に帰化した。しかし帰化して終わりではない。その帰化を使った先があるはずだ。国家の繁栄、内政の支配……はたまたエルフと事を構える。大体の想像がつくが、こういう大事なことは言葉で確認しておきたい。そしてどこから漏れるかわからないからこそカオリも外させてメイちゃんと2人だけで話している。
「それではまずはルイスの目的から聞いてもよろしいですか?」
「世界征服や」
「おやおや。随分と大きく出ましたね」
嘘は吐かないが本音は話さない。世界征服はあくまで通過点であり、最終目的は別だ。メイのような人種はすぐに嘘を見破ってくる。
だから隠し事をする時は間違ってもないけど、正しくもない情報しか口に出してはいけない。嘘ではないが本当でもない。それだけを的確に選んでいく。うちも彼女も読心が出来るわけじゃない。見透かせてるように見えて細部まで完全に分かるわけではない。
「でも勘違いせんでほしいんやけど、王様になりたいわけでもないんよ」
「ふむ」
「どこかの国に世界征服させて、うちは政治に口出し出来るポジションに就きたい。それが狙いや」
「なるほど」
「そんでうちが目をつけたのはあんたの国……ヤミ国や」
ヤミ国に籍を変えるという考えは前々からあったし、それに向けて少しは準備をしていた。どう考えてもつくならエルフよりもヤミ国の方が良い。単純な力関係の話じゃない。宗教、思想、文化……そういう諸々がヤミ国の方がうちの考えに合っているのだ。
「世界征服ってするのは容易いけどその後の管理が大変なんよ。それこそ並大抵の統治者が長くは持たへん。エルフのライ将軍じゃ絶対に無理や」
「たしかに一理ありますね。あれは優秀な方とは思いますが、貴方の言うような世界ならば少し荷が重いのも事実」
「でもあんたなら可能やろ。メイ第二王女様」
「それは過大評価です」
「そうでもあらへんやろ。
メイちゃんの正体。それはこの国が崇める神様本人だ。神様だからこそ王様や教皇ですらメイちゃんには口出し出来ない。彼女が第二王女という立場でありながら、好き勝手に振る舞うのはそういう背景があるからに過ぎない。この国は国王の物ではない。彼女のものなのだ。
今の発言には少しだけ嫌がらせを混ぜていた。このように他人の隠したい部分に土足で踏み込んで心をざわつかせる。そういう意図を含んだ発言だった。
「……別に私はそこまで野心があるわけではないのですが」
「人間領を統一したくせによー言うわ」
「必要なことでしたから」
しかしメイちゃんは気にする素振りを見せない。恐らくそのくらいは想定内だったのだろう。この国の上層部はメイちゃんの正体を知っている。つまり漏れてもおかしくないとメイちゃん自体が思っているのだ。
「しかしその様子だと私が帰化を要請することも想定内でしたか?」
「想定内とまでは言わんけどプランの1つとしては考えとったよ。カオリのこともあるけど、うちにとってもヤミ国への帰化は都合が良かったから応じただけやしな」
嘘偽りのない本音。恐らくカオリの件がなくとも遅かれ早かれヤミ国には帰化していただろう。しかし言い出すならば、うちの口からになると思っていた。少なくともヤミ国側から言い出すような真似はしないと思っていた。それ故に彼女から提案されたのだけは驚きだった。そこまでの胆力があると思っていなかったのだ。
「うちな。あんたには一目置いとるんよ」
「そうですか」
この世界でうちが認めてるのは4人くらいだ。どんな国家でも半日以内に滅ぼすことが可能な暴力の化身であるルカ・エリアス。人の意図を完璧に読み取り、少し方向性を示すだけで完璧な仕事をしてくれるうちの右腕であるジョーカー。内政を完璧に行い、主であるメイちゃんが後ろを気にすることなく自由に動ける環境を用意するボウショク教の教皇様。そして残り1人が目の前にいる幼女の姿をした不老不死の怪物であるメイ・アルカード第二王女。
「ヤミ国は宗教国家。せやけど宗教の上に国があるわけやなくて、国を運営するために宗教が利用されとると評した方が正しいやろ。明らかに既存の宗教国家とは根本的に在り方が違う。神権政治を採用しとらんのがなによりもの証拠や」
メイちゃんは本物の天才だ。それこそうちには持ち合わせていない能力を持っている。現に何度か彼女をこちら側に引き込みたいと思った。彼女がいるからこそヤミ国を同盟相手に選んだと言っても過言じゃない。もしメイちゃんがいなければヤミ国には興味も持たなかった。
「ボウショク教は信仰を集めるための宗教やない。国家運営をスムーズにするための道具でしかないんやろ?」
「はい。その通りです」
特に恐ろしいのがボウショク教の設計思想。現代で宗教や哲学に多少は触れていたからこそ理解できる。彼女だけは思考のレベルが違うと。あのようなシステムを組めるのは本物の天才だ。
「せっかくの機会やし、1つ聞きたいことあったんや」
「なんですか?」
一度改めてボウショク教の設計者の本人とは話がしたいと思っていた。どんな思想の元で生まれた宗教なのか。どこまでが計算のうちなのかということを問いただしたいと思っていた。せっかくだからこれを機に聞いてしまおう。
「ボウショク教の基本的な考えとして個人の幸福追求を最優先するってもんがあるやろ?」
「そうですね」
「その背景にあるのは満たされることで他人を思いやれる余裕が生まれるという考え。ようするに自分が満ち足りてなければ他者を気遣えず、その結果として治安が悪化する。だからこそ自分の幸せを優先させることで治安維持をしようとしたんやろ?」
「はい」
「その考えの根幹にあるのはマズローの欲求段階の考え。地球でも19世紀半ばまで生まれなかった哲学や」
ボウショク教は異常だ。この世界に存在するはずのない哲学を持ち込んでいる。恐らく彼女は個人でその哲学に行き着いている。
知りたい。どのような思想でそこに至ったのか知りたい。
「昔の価値観では、人の幸福は神に仕えることや、来世の救済を重視され、現世での幸福は罪深いことだとすら思われとった」
「他の宗教と同じですね」
「だからこそ聞きたいんや。そういうのが当たり前の中であんたはどうやってその答えに行き着いたんや?」
「どうやってと言われましても……」
メイちゃんが少し頭を悩ます。まるで言葉選びで悩んでるようだった。その様子を見て才能というものを理解した。
ああ。恐らく彼女は無意識でやっている。だからこそいざ聞かれると言語化が出来ない。ただの人間観察だけで不可能をやってのけたのだ。
「……無自覚なんか?」
「はい。正直なにに驚いてるのやら……」
それこそ注意深く個人を観察し、どういう時に人に優しくしたり、気遣ったり出来るのかという点を分析。そこから規則性を見つけ出し、それを思想として伝えただけなのだ。これは言うは易く行うは難しだ。あまりの出鱈目っぷりに少しだけ鳥肌が立つ。
「あんたの導き出した答え。それは人類が数千年かけて行き着いた答えや」
「……冗談ですよね?」
「思考自体は驚くもんやない。うちらの世界でも当然のように浸透しとるもんや。せやけど、禁欲や自己犠牲に集団主義が中心としとった時代に涼しい顔して導き出すのはまさしく偉業。哲学の歴史を振り返っても、こんな短期間で答えを導き出した事例は存在せえへん」
思考が珍しいわけじゃない。ただその思想に行き着いた環境が異常。なにせ周囲の影響を一切受けず、先入観を持たずに周りを見ているということなのだから。
「……基本的に私。宗教って大嫌いなんですよね」
メイちゃんがぼそっと言葉を漏らした。まるでうち相手なら言ってもいいし、共感されるだろうという思惑が透けている。実際うちも宗教は好きな方じゃない。勝手になにが正しいのか決めつけ、それを押し付けくることには不快感を覚える。
しかしうちが言うのと宗教国家の第二王女が言うのではわけが違う。ましてや崇められる神様本人が宗教を嫌いと言うなど前代未聞。
「宗教を立ち上げたあんたがそれ言うんか?」
「だっておかしいですよね。性に関することは"原罪"と結びつけられて、堕落や背徳の象徴とされる。つまり悪いこととして扱われる」
「せやね。いわゆる禁欲的な側面やな」
「そのくせに殺しは聖戦なんて言葉で美化する。殺しは最大の人権侵害。エロの方が殺しより重いわけがないでしょう。それに疑念も抱かず信仰する奴らは本当に反吐が出る」
そして冷たい目でうちを見る。まるでここからが本題と言わんばかりに。恐らく今の話は本題に入る前の前座。ただの戯れで喋ったわけじゃないのだろう。
「もし貴方が宗教を全て潰すと言うなら貴方の計画に乗っても良いですよ」
不可能。反射的にそう思った。人間の性質的に宗教は切っても切り離せない。それこそ宗教という名前は消えても、別の名前で活動する。もし神に縋らなくなったとしても、別のものに縋るだけ。本質的にはなにも変わらない。全ての宗教を潰せるわけがない。
「宗教を無くすなんて無理や。人が生きる意味を求め、死の恐怖から逃れられへん限りは消えへんよ」
だが聡明なメイちゃんならそのことは絶対に理解している。うちは彼女の言葉を持つ。彼女の発した宗教を潰すの意味を語るのを待っている。
「ならば言い方を変えましょう。実態を持つ神を全て殺せるならば貴方に手を貸しましょう」
「実態のある神?」
「私は人が信じる神には二通りいると思うんですよ」
「ふむ」
「権威を持つ神と持たない神。前者は世間一般でイメージされる神であり、後者は科学や自然という概念そのもの。そして私が殺したいのは前者」
「そういうこと。あんたは宗教やなくて神を無くしたい。信仰対象を偶像やなくて存在するものに置換したいんやな」
「はい」
なるほど。それならば不可能ではないかもしれない。現代でも信仰は宗教ではなく、科学だったり推しだったりと存在するものに移行しつつある。そのビジョンはうちが思い描く未来とも一致している。少しだけメイちゃんを試したくなる。うちは意地悪な質問をなげかける。これらに対する答えも用意出来ないようであれば組む価値がない。
「非合理に見えるかもしれへんけど、その宗教に救われる人もおるで。それも否定するんか?」
「その非合理で傷つく人もいますよね? 殺しを正当化することで救われる人がいるから、殺しを正当化していいはずがない。それと同じ理屈です」
しっかりと考えられている。さすがボウショク教の創設者だけあり、思考がまとまっている。組み立てる論理に隙が見当たらない。
「科学や自然法則を信じることは合理的や。せやけどそれだけで人間の感情や価値観のすべてを満たせるとは限らへんよ。それこそ愛や夢、希望といった非合理的なものも人間の生きる意味やと思うで」
「私もそう思います。しかしそれは神が与えるものではない。人が自身の手で掴み取るものです」
なるほど。そう返してくるか。そもそもメイちゃんは合理主義というわけではないし、合理の論点から責めるというのもおかしな話。それにも関わらず、話を逸らすことなく対応してくる。
「信仰や宗教が持つ文化的・精神的な側面を軽視してええんか?」
「殺しを正当化するならば私は軽視します。殺しを正当化する文化が尊重されるなんてことはあってはならないのです」
ボウショク教の異教徒排斥やヤミ国の度重なる侵略戦争など言いたいことはある。ただ同時にメイちゃんは自分が正しくない自覚くらいは当然あるのだろうその矛盾を理解し、受け入れた上で話している。自分達が悪いという自覚くらいはある。やはり組む相手としては申し分ない。
「ええよ。あんたの神殺しに手貸したる。その代わりあんたはうちの世界征服に加担するの忘れへんでな」
心が決まる。手札を全て晒すような真似こそしないが、少なくとも世界征服が終えるまではヤミ国に協力してもいいだろう。それこそ忠犬として望むままに動いていい。そうするだけの価値がある。
「しかしルイス。私からも1つ聞きたいのです」
「なんや?」
「貴方はどうして世界征服などしたいのですか? その先になにを見据えていますか? それとも世界征服という行為がゴール地点なのですか?」
本当にうちをよく見ている。世界征服して終わりじゃないことを理解している。それならば少しだけうちの目的を語ってもいいのかもしれない。全部を語る気こそないが、ほんの触りくらいならば聞かせても支障はない。
「……あくまで世界征服は通過点や。うちが見据えてるのはその先や」
「その先ですか」
「うちは人類に無限のリソースを提供したいねん」
「既存の価値観を否定しつつ、それを破綻させずに再構築する能力。思想を現実の社会システムに組み込み、それを機能させる手腕。それが可能なのはメイちゃんだけ。だからうちはヤミ国……というよりメイちゃんと手が組みたいねん」
「なるほど……そういうことでしたら貴方の夢に手を貸しましょう。聖女ルイス」
そうして話はまとまって終わる。そんな綺麗に終わったタイミングで思い出す。今回はうちはメイちゃんに嫌がらせをするつもりだった。まだそれが済んでいない。別にしなくてもいいが、しないと後々に
「そうや。せっかく晴れて同盟関係になったんやし、互いに隠し事はなしにしとこうや」
「……といいますと?」
「上級悪魔ベルゼブブ」
嫌がらせで初めてメイちゃんの余裕が崩れる。そりゃそうだ。絶対に知られるはずのない真名。誰にも公表してないことが知られている。
それが知られるのは怖いはずだ。だが上級悪魔という『種族』、『大蝿の姿』、『暴食』という単語、『不老不死』、『異常に多いスキル』。そこまでの材料があるならば簡単に推察が出来てしまう。うちらの世界には悪魔の知識がたくさん存在しているのだから。
「それがあんたの正体やろ。ボウショク様として神様として祭り上げられた悪魔で間違いないんか?」
ただ当たるとは思っていなかった。メイちゃんの反応を確かめるつもりで言っただけ。まさかそのままベルゼブブという名前だとは思わなかった。この世界ではベルゼブブもサタンもルシファーも名前が存在していない。この真名当ては地球出身者による情報のアドバンテージだ。
「……デリカシーがあまりに欠けています」
「単刀直入に言ったほうが良いやろ」
少しだけ頬が緩む。他人が自分のパーソナルゾーンに土足で上がりこんでくる。さぞかし不愉快で気持ち悪いだろう。だからこそ嫌がらせの価値がある。その事実を噛み締めると少しだけ気分が晴れる。
「うちな。地球の頃に上級悪魔と会ったことがあるんや」
「それは災難でしたね」
ただ名前当ては完全な適当でもない。相応の根拠があった。
「そんときの悪魔が嫉妬のレヴィアタン。うちが前世で殺した」
地球にいた上級悪魔。その本名がレヴィアタンだった。だからベルゼブブもそのまま使われている気がした。ただ確信にするには薄い根拠。合ってる確率は半々と思っていた。
「……脅しですか?」
「上級悪魔同士の関係性は知らへん。もしかしたらレヴィはあんたの友人だったかもしれへん」
反応を見るに友人というわけではなさそうだ。それこそ名前だけ知ってる他人のレベルの距離か。それならばうちに変に恨みを抱かれる心配もなさそうで一安心。
「あんたが手を組むのは悪魔を殺した人間や。それを開示するのは同盟相手に対する筋ってもんやろ」
嫌がらせが動機の大半だったが他に意味がなかったわけじゃない。まずはうちの悪魔殺しが露見し、あとで面倒になることを避けたかった。
そのため早いうちに共有したいネタだった。そしてなによりメイちゃんの正体は推論までは出来ても断言出来るものではなかった。だからこそ彼女の表情で答え合わせをしたかった。もっとも嫌がらせが大半を占めるのは否定しないが。
「まぁよろしく頼むで。メイ第二王女様」
そうして話し合いは終わった。うちはこれからの動きを考える。はたしてどうすればエルフを潰すのに一番効率が良いか。計算を頭の中で巡らせていく。