悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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18話 ちゃんとした指導

 

 あれから既に3日が経とうとしてる。結局のところルイス(ねぇ)はメイに言われて帰化を受け入れた。それによってヤミ国の政府も教会もてんやわんやの大騒ぎ。聖女ルイスの帰化というのはそれほどまでに政治的な意味合いを持つわけだ。

 

「カオリとルイスってどこか似てるとは思ってたけど、まさか姉弟だったなんて」

従姉弟(いとこ)やけどな」

 

 そして俺達は適当な喫茶店を貸し切り、俺とルイス姉とルカの3人でお茶をしていた。やっぱりルカも当然ながら俺とルイス姉の関係に関心があり、その話を聞きたかったらしい。

 

 また俺は美柑姉(みかんねぇ)ではなく、ルイス(ねぇ)と呼ぶようになった。ルイス姉曰く、名前が割れて良いことは1つもないとのことだった。それこそ名前が発動条件であるスキルも存在するし、なにより美柑という名前を出すとややこしいことになりかねない。だから俺も素直に従うことにしたのだ。

 なにせ聖女ルイスが転生者ということは公になっていないわけだ。

 

「でもルイスの弟ならグループ国での立ち回りも納得。聖女の弟ならそのくらいはやってもらわないとね」

「グループ国で思い出したんだが、クヤーク団長ってメイだったって話じゃねぇか」

「その話も聞いたんだ。実は全部が茶番でした! てへぺろっ」

「ていうかカオリもそのくらい見抜いとき。ルカが演技しとることくらい注意深く見とけば分かるやろ」

 

 そうは言うが、あの時のルカは本当に嫌そうな顔をしていた。嫌悪と侮蔑……それと諦めを含んだ表情。あれは間違いなく本物だった。

 

「カオリ君。笑みは頬を使わないで唇だけで作ると、強がって無理に作ったような笑みになるよ。あと声を震わせるともっと良き!」 

「……なんで演技まで出来るんだよ」

 

 ルカがあの時にした表情とそっくりの表情を見せる。俺は呆れて物も言えなくなった。まさか本当に演技だったとは。これほどのことが出来るなら主演女優賞でも取れるんじゃ……いや、さすがに主演女優賞はメイの方が適任か。なにせメイは誰にも正体を悟らせずにクヤーク団長というゲスを演じきったわけだ。いくらルカの演技が上手いといえど、メイには敵うまい。

 

「ただ笑顔だけは人の信頼を獲得できるから、演技が苦手でも笑顔はいつでも作れるようにしよう!」

 

 天は二物を与えずというが、噓偽りだ。大体のやつは二物どころか百物くらいもっている。ルカやメイもそうだし、美柑姉ことルイス姉もそうだ。妹のモモですら大概なんでもありだった。なんで天は才能をここまで偏らせるのだろうか。本当に世界というのは理不尽である。

 

「その演技って独学か?」

「まさか! 私潜入工作するにあたってピエロ君に教えてもらっただけだよ」

「なるほどね」

 

 ピエロ六席。グループ国で俺を負かした男。いま一番リベンジをしたい相手だ。そして彼から授かった演技の技でルカに嵌められたと判明し、更に因縁も深まった。やはり彼にだけは負けたくない。

 

「カオリもピエロに演技を教えてもらった方が良いんちゃうか?」

「……ルイス姉は教えてくれねぇのかよ?」

「教えられへんわけじゃないで。ただうち以外の人からも教わるってことも今後のために覚えとき」

 

 しかし演技。戦闘においても腐るものでなければ、使えれば日常的にも便利なものだ。これは俺も余裕がある時に覚えておきたいな。

 

「それでカオリ君はこれからどうするの?」

「とりあえず異端審問官になるかどうかはおいといて、認定試験に専念するつもりだ」

 

 俺は異端審問官にならなければメイやルカと接点がなくなると思っていたし、異端審問官になることで聖女ルイスに認知されて日本に帰る手掛かりが見つかると思っていた。

 

 しかし美柑姉が聖女ルイスだった時点で話が根本から変わってきた。俺が聖女ルイスの弟の時点で政治からは逃れられないし、そうある以上はメイやルカと関わることになる。そして俺が異端審問官になりたい動機の8割がメイやルカと疎遠になりたくないというもの。それ故に今は異端審問官になる動機が消えたのだ。

 

 だから今後どうするかは2週間後に開かれる異端審問官の認定試験を受けてから決めることにした。もちろん異端審問官にならないならば受ける必要のない試練だ。

 

 だが認定試験も受かれない俺を誰が認めるだろうか。それにルカもメイも俺が異端審問官になるために時間を割いてくれた。それを無下にはしたくない。なによりも異端審問官のような肩書がなければ俺は聖女のおまけで終わってしまう。それだけはなりたくない。

 だから異端審問官として働かないとしても資格だけは確保するつもりだ。

 

「異端審問官の試練ってなにするん?」

「筆記と技能と実務だね」

「技能と実務って内容違うんか?」

「うん。技能は職務遂行能力だけど、実務は戦闘力が基準に達してるか測る試験だからね」

「……今から2週間で3科目の試験対策はキツイやろ。そもそも筆記も相当難しいって聞いとるで」

 

 ルイス姉の言葉で少しだけ嫌な汗をかく。そういえばなんとなく戦闘力を証明すれば異端審問官になるものだと思っていた。しかしボウショク教の関係者である以上は司祭であることは必須。そうなれば筆記試験も当然のようになる。そして司祭の筆記試験は国内でも難しいと評判で、普通の人は1年近く対策に費やすものだ。

 それを今から2週間。あまりに無理がある。俺は非常に馬鹿なことをしようとしてるのではないか?

 

「カオリ君ならどうにかなると思うし、そのくらい出来ないようじゃ聖女に釣り合わないでしょ」

 

 ルカの言うことがドライ過ぎる。それこそ彼女はどこまでいこうが実力主義。夢や理想を語らず、ただ現実を突きつける。彼女の世界には過程はない。出来たか出来ないかしか存在しない。そしてルイス姉もそこは同じだ。だからこそルカには接しやすさを覚えていた。その接しやすいと思っていた部分が俺に牙を剥いてきた。

 

「まぁ姉として一肌脱いだる。2週間びっちりしごくから覚悟しときな」

「頑張れー。私もたまに差し入れくらいは持ってくね」

 

 そうして俺はルイス姉に指導されることとなった。

 

 

 ルイス姉に組まれた予定はスパルタそのものだった。朝5時には起こされ、7時まで座学をさせられる。そして夜の22時まで鍛錬をさせられ、そこから0時までは技能試験対策となる。そんな生活が2週間続くのだ。ルイス姉の顔面が良いからこそ辛うじて耐えられるが、普通ならば失踪するだろう鬼スケジュールだ。

 

「なぁ……筆記試験の対策をもっとした方が良いんじゃないでしょうか?」

「どうでもええ。そんなん一夜漬けでどうにかさせたる」

 

 "どうにか()()"ではなく"どうにか()()"と断言する辺りやっぱりルイス姉は頼りになる。きっとルイス姉に任せておけばどうにかなる。そんな安心感を抱いてしまう。彼女の立てたプランをこなしておけば失敗しないだろう。そう思わせてくれる強さがあるのだ。

 

「この試験で一番きついのは間違いなく実務試験。恐らく異端審問官との模擬試合やと思うし、そこを重点的に鍛えてくで」

「戦い方ならルイス姉よりルカに教わった方が……」

「阿呆。あの感覚派が人に上手く教えられるわけあらへんやろ。それと今のカオリに必要なのは基本の基礎。そこが抜けとるからデュラハン如きで苦戦し、アレックスに殺されかけるくらい弱いねん。そんなんで異端審問官に通用すると思っとるん?」

 

 たしかにぐうの音も出ない正論だ。俺は今まで簡単な素振りと実戦だけで誤魔化してきた。そのことは俺も気になっていたし、軍に体験入隊した際に期待していた部分でもある。つまり渡りに船というやつだ。

 

「まぁ本音で話すんなら今のカオリならルカ以外の異端審問官なら8割は勝てるやろうな」

「おっ!」

「なに喜んどるん? たかが8割。2割の確率で負けるんやで。2割で全部失うっていうのはあまりに分が悪い賭けやと思えへんわけ?」

「それは……」

「そういう甘さが負けに繋がるねん。たった8割なんて再現性もないもんに満足すんなや。8割なんてまぐれが通ったくらいで今後通用するわけあらへんやろ。何度やっても確実に勝てるようになって及第点や」

 

 なんていうか美柑姉の時よりも言葉の鋭さが増している気がする。もっとも日本で過ごした時の俺はニートだったし、なにか成し遂げたいとかいう欲もなかった。

 そのため美柑姉に教えを請うことは少なかったのでなんとも言えないわけだが……まぁ甘さがないのは元々か。

 

「とりあえずロストベリーの扱い方見たるから素振り1000回してみ。振り方は見ながら都度言ってくで」

「1000回!? これ1トン近くあるんだぞ!?」

「関係あらへん。さっさとやれ」

 

 そうして俺は必死に素振りを終わらせた。終わった頃には息が上がり、全身の節々が千切れそうなくらいに痛い。そんな俺を見てルイス姉は少しだけ不満そうな表情を見せ、労うこともなく即座に問題点を指摘していく。

 

「カオリ。全体的に武器の扱いが下手や」

「え?」

「剣術以外の基礎が全く出来とらん。戦斧の良さが死んどって、ちょっと威力の高い打撃寄りの剣としか扱えとらへん」

「それは……」

「いったんロストベリー置いとき。まだそのステージやないで」

 

 それだけ言うとルイス姉が棒を投げ渡す。どこにでもある棒だ。先には刃もない、少し太めの木の棒。とても武器とは思えないものだった。ルカならば武器として充分に機能するのだろう。しかし刃がないというのはあまりに致命的といわざるを得ない。明らかに人を殺す構造をしていないのだ。

 

「見ての通りどこにでもある物干し竿。言い方を変えるなら(こん)ってやつやね」

「それが……」

「戦斧の基本は剣術やなくて棒術。まずはそれを体の髄まで叩き込んだ方がええよ」

 

 言われてなんとなくだが腑に落ちる。もちろんロストベリーは戦斧だということは理解してるつもりだった。しかし戦斧に適した動かし方というものを意識していなかった。それこそ感覚で慣れた剣の動きを無意識でしてしまったのだ。もっと言うならば剣術以外の概念が抜け落ちていた。そこを即座に見抜く辺り、さすがルイス姉だと思わず感心してしまう。

 

呪甘戦斧(じゅかんせんぶ)ロストベリー。そもそもリーチが剣より長いんやから、剣術の感覚で扱うのは良さを活かしきれへんやろ。そのリーチを活かすためにも基本は棒術を軸に戦い方を絡めることくらい常識で考えて分からへん?」

「うっ……」

「そもそも重さがあるんだから威力は充分に足り取る。打ちや払いだけでも充分に人を殺すくらいの威力は出るやろ?」

 

 正論がグサグサと飛んでくる。さすがに制作者だけあり、武器に対しての理解が深い。話を聞いて今までロストベリーがほとんど活かせていないのだと思い知らされる。だが同時に完全に扱えるようになれば今の自分とは比べ物にならないくらい強くなれるという確信も得られた。

 

「ロストベリーは重さを押し付けて、防御すら許さない圧倒的な攻撃力をコンセプトに打った武器や。そのことを頭に叩き込んどき」

「……わかった」

「それと懐に入られた時が弱すぎるから、それ対策の格闘術……特に足技の会得は必須。あとは点での威力が欲しい時に備えて、槍術も抑えとくと良し」

「槍術と棒術って同じじゃ……」

「別物や。棒術は持ち替えて面の動きを作るのに対して、槍術は前後のしごきで線の動きやで。基本は棒術でええけど、要所要所で槍術の技術も欲しくなると思うで。威力だけでいったら最大打点になるやろうしな。普通に考えて、そんくらいちょっと触れば分かるもんやと思うけど? 異世界に来てぬるま湯浸かりすぎて頭が馬鹿にでもなっとん?」

 

 必死にルイス姉の言う言葉を頭に叩き込む。今までにない観点からの話で全てが目から鱗だ。ルカとは別の方面からの戦闘へのアプローチ。その概念が俺の戦術を作り変えていく。

 

「あと余裕があったら器械体操も会得しとくと安定感があるで。これほどの重さならカオリ程度の重さなら支えられるポールとしても運用出来るやろうしな」

「それはあんまり使う場面が想像出来ないというか……」

「手は多いに越したことはあらへんよ」

 

 ただルイス姉は軽く言ってるが、実際は相当きつい。ロストベリーは棒術として扱うにはあまりに困難を極める。そこらの棒とは重さも違うし、なにより重心が先端に偏っている。その偏りを気に留めないほどの筋力が必要なのだ。その前提条件をクリアしている前提で話しているのだ。口で言うは容易しだが、簡単に出来るものじゃない。

 

「まぁでも基本は棒術。まずはその基礎鍛錬してからやないと話にならへん」

「はい」

「最初は普通の棒。そんで慣れてきたら50キロ単位で先端に重りを増やしていって、ロストベリーの重さに近づけてくで」

 

 そうして俺は試験当日に備えて訓練に励んでいく。その訓練は自分でも実感できるくらいに俺を強くしていった。

 

* * * 

 

 とある地下室の冷たい石畳には、砕いた骨と水銀で描かれた複雑な幾何学(きかがく)模様が鈍く光っていた。その部屋の四隅に置かれた蝋燭(ろうそく)、そこに灯された赤い炎は、静かに揺れている。その中央では男が膝をつき、不気味な呪文を唱えている。

 

「ラル・エ・マ、リン・グィス・エンミナム……イェル・ミ・ス、ミ・ル・ナ……」

 

 呪文を1節唱える度に赤い炎は青い炎へと変化していく。男は呪文をひたすらに唱え続けている。男の唇は乾ききり、視線は虚空の一点に釘付けとなっている。意味も理解できぬ冒涜的(ぼうとくてき)な言葉を、彼はただひたすらに紡ぎ続ける。まるでなにかに縋るように。

 その奇妙な儀式を行う男はどこにでもいるありふれた人物だった。飛び抜けて不幸でもなければ裕福でもない男。笑顔が眩しい村娘を妻とし、愛らしい娘を授かった。慎ましくも温かい食卓と、娘の成長を見守る日々。男の人生は順風満帆(じゅんぷうまんぱん)で幸せそのものだった。しかし悲劇は突然起こった。

 

 愛娘の瞳から光が奪われたのだ。娘の視力を奪ったものは原因不明の呪い。かつて宝石のように輝いていた娘の瞳が、白濁(はくだく)した硝子玉(ガラスだま)のように変わっていくのを。男はひたすら走った。財産を切り崩し、名医を訪ね、教会に頭を下げた。しかし誰も娘を救えなかった。万策尽き、絶望の淵で男が耳にしたのは、禁忌とされる“精霊”の噂話だった。

 

 ――男は呪文を繰り返していく。ただ静かに繰り返していく。それが精霊ではなく、悪魔を召喚する術だとも知らずに。

 

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