悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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19話 おしごと体験

 

 ルイス姉の指導を受けてから1週間が経とうとしていた。この1週間で痛感させられたことはルイス姉の教え方がめちゃくちゃ上手いということ。まず指摘するところが的確であり、ルイス姉に言われた通りにすれば数時間で課題が解決する。そして言語化が上手く、引っかかることなく頭の中にすんなりと入ってくる。

 そしてなにより内容自体は相当スパルタなのだが、不思議と苦になることがない。むしろ楽しいとすら思えてくる。恐らくそれはルイス姉の手腕があってこそのものだろう。

 

「……そろそろ武器との付き合いの話もせえへんとやな」

「付き合い?」

 

 ルイス姉が俺の素振りを退屈そうに見ながら、言葉を漏らした。その言葉に俺は首を傾げる。

 

「優れた武器には人格が宿る。もし武器と呼吸や意思が合えば力は爆発的に伸びるし、逆に合わなくて精度が落ちることもありえるんよ」

「ふむ」

「異端審問官程度が相手ならば、そこまで考えへんでもええやろうけど……それ以上を相手にするなら絶対に意識せえへんといけへんよ」

「つまりコミュニケーションを取れってことか?」

「そこの解釈は好きにしとき。ただ武器も人のように扱うのが大切ってことや」

 

 その観点で俺は考えたことはなかった。しかし不思議と納得がいく話でもある。ロストベリーにはあれほど強固な人格があるのだ。それならば武器にモチベのようなものがあっても不思議じゃない。

 俺は改めてロストベリーと向き合う。どのように接すればロストベリーは俺に応えてくれるのだろうか。

 

 ルイス姉と話しながら、そんなことを考えてると1人の男が敷地内に入りこんできた。その男の顔を見てルイス姉が欠伸を漏らす。まるで警戒にすら値しないと言わんばかりに。

 

「少し失礼します。聖女ルイス様」

「なんの用や。ピエロ六席」

 

 入ってきたのは俺のよく知る人物だ。

 自然とロストベリーを握る力が強くなる。彼の顔を見てると悔しさが蘇ってくる。もちろんピエロは仕事をしただけで悪いことをしたわけではない。だから憎んでるわけでもないし、恨んでもいない。それでもなにも思うなというのは難しい話だった。

 

「そこのカオリに少し用がある」

「俺?」

「メイ第二王女様からの命令だ。一度異端審問官の仕事に連れていけと」

「なるほど。だけど……」

 

 俺はルイス姉の方に視線を向ける。ルイス姉の建てた予定からずれることへの不安があった。はたしてルイス姉の組んだ予定を無視して俺は試験に合格出来るのだろうか。

 

「行ったらええよ。技能試験対策として一度実務を見るのは良い勉強や。それに筋肉も休めへんと身体壊す頃合いやし、休憩させよう思っとったからちょうど良いねん」

 

 ルイス姉の許可も下り、俺はピエロに連れられて現場へと向かう。彼の顔は相変わらず骸骨の仮面で隠されており、なにを考えているのかわからない。それ故にどう接していいのかわからない。

 

「ピエロ先輩」

「……先輩はいらない。名前だけでいい」

「そうですか」

 

 ピエロが足を止める。彼の視線の先にあるのはアイスクリーム屋だった。この国には意外とアイス屋は多い。その背景には凍氷の魔女の影響がある。凍氷の魔女はスキルでも竜の炎でも溶けない氷を生み出すことが出来る。そんな彼女の戦闘力は高く、彼女によって凍らされた都市は今も凍りついたまま。その実力も相まって公爵の爵位を与えられ、ヤミ国でもルカと肩を並べるほどの脅威と他国に知られるようになった。

 

 そんな魔女が作り出した氷は不溶氷(ふようひょう)と言われ、食物の冷蔵保存や冷房器具として使われている。そして当然ながらヤミ国で販売されてるアイスも不溶氷によるものだ。

 

「何味が好きだ?」

「……ストロベリー味がいいな」

「わかった」

 

 それだけ言うとそそくさとアイス屋に行き、アイスを買ってきて、俺に無言で手渡す。彼の意図が読めない。なにを考えてるか分からず、不気味で仕方ない。

 

「ありがとうございます」

「……気にするな」

 

 しかし悪い人ではなさそうだ。それに敵意も感じない。だが彼は少し苦手だ。一度命の取り合いをしたこともあり、どう距離を詰めればいいのか分からない。恐らく彼もそれは同じなのだろう。

 

「ピエロ先輩。今日はどんな仕事なのですか?」

「異端認定の立会だ」

「立会?」

「異端審問官は異端認定が曖昧な際に教会から呼ばれ、判断を求められることがある」

「なるほど」

「今回の事件は悪魔召喚に手を染めた男。しかし男は行為を精霊術だと勘違いし、悪魔召喚をしたという自覚がなかった」

 

 教会が異端認定するか曖昧という理由が分かる気がする。行った行為こそ犯罪もとい異端行為であるが、そこに悪意は存在していない。

 つまるところ情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の余地があるのだ。しかしこの国で異端行為は即刻奴隷落ち。だからこそ教会側でも判断を悩んでいる。

 

 この場合は過失であることが分かっているが、それだけで悪魔召喚という行為を無罪放免にしてよいのかが争点となる。教会側も自分達に手が余る問題だからこそ異端審問官に判断を仰いでいるのだ。

 

「この場合はどうするのですか?」

「基本的には口頭注意した上で見なかったことにすることが多いが……」

「が?」

「もし知らないというのが減刑のための虚偽だったらどうする?」

「あ……」

「何事もなければ僕は無罪を言い渡すつもりだ。しかし教会の聴取だけで過失と判断せず、自分の目で見て決める」

 

 異端審問官が有罪といえば、その人の人生が終わる。そういう決断を下さなければならないのだ。重く責任感の伴う仕事なのだと改めて実感させられる。俺は本当の意味で異端審問官の意味を理解していなかったのかもしれない。

 

「異端審問官が決めたことは全てが正義として扱われる。人を殺そうが異端審問官の行動ならば正義だ」

「……そうですね」

「だからこそ僕達は常にその行動で誰が救われるのか考えて動かなければならない」

 

 もし救われる人がいないならば行動すべきではない。まるでそう言っているように聞こえた。

 

「異端審問官なんていうのは基本的になにもしないに越したことはない」

 

 それから俺達は現場へと向かう。今回俺達が立ち会う男は娘が呪いで視力を失い、それを治すために悪魔召喚へと手を染めたらしい。だが本人は悪魔召喚の自覚はなく、精霊術だと思っていたそうだ。精霊との会話はエルフの特権であり、人には不可能。それを知ってるからこそ怪しげな儀式に手を染めてしまったのだろう。

 

「精霊の力で呪いって治せるものなのか?」

「無理だ。精霊の力で出来ること……すなわち魔法は5歳児の知能で理解出来る程度のことというのが一般的とされている」

「それじゃあ呪いを解くにはお祓いですかね」

「違う。呪いを解くのは呪いを仕掛けた本人に解除させるしかない」

 

 そうか。呪いという以上は仕掛けてきたやつがいる。それが犯人。今回は悪意のある第三者の攻撃を受けたというわけか。

 

「もっともカオリの姉である聖女ならば、そんなことせずとも解決できるだろうけどな」

「ルイス姉ってそんなこともできるんですか?」

「……あの聖女が出来ないことを探すほうが難しいだろう」

「それはたしかに」

 

 もっともな正論が飛んでくる。たしかにルイス姉がなにか出来ないという場面は想像がつかない。基本的にルイス姉は万能だ。なんでも出来てしまう。ただルイス姉がそのような細事で重い腰を上げるとも思えないので、頼ることなど出来るわけがないのだが。

 

「……しかしそうなると誰かの悪意による加害ってことですか?」

「いいや。獣の被害という可能性の方が高いだろう」

「え?」

「例えばエルフ領の北に生息するコカトリスは鳴き声に石化の呪いを混ぜてくる。呪いというのは人よりも獣が使うことの方が一般的だ」

 

 覚えておくとなんとなく為になりそうな雑学が叩き込まれる。ピエロ先輩と話していると自分の知識不足が痛感させられる。ボウショク教については多少の理解はしたものの一般常識にはまだまだ疎いのが現状だ。この世界で生きていく以上はもっと勉強しなければならない。

 

「それなら獣を倒せば万事解決ってじゃないですか?」

「……理屈上はそうだが難しいだろうな」

 

 獣の種類が分かったとしても、そこから特定の個体を探し出して倒す必要がある。珍しい獣ならば特徴からどうにかなるだろうが、多く生息する獣が相手ならば話は別だ。

 もし倒すつもりならば周囲一帯を焼き払うくらいの覚悟が必要となる。たった1人のためにそれはあまりに見合わない。あまりに非現実的だ。

 

「こうなれば自然と死ぬのを待つ。それが呪いの一般的な解決策だ」

「それだと当面は目が見えないってことか」

「ああ」

 

 なんともまぁ救いがない話だ。だが同時に解決策が明確なだけマシとも思える。もしも原因不明とかならば目も当てられない。

 

「しかし獣による呪い。明日は我が身かもしれないですし、気をつけないとですね」

「心配不要だろ。体が丈夫なら呪いの影響を受ける方が稀だ」

「……あ、呪いってそういうものなんだ」

 

 驚きで敬語が崩れた言葉が漏れてしまう。しかしピエロ先輩は気にするこなく話を続ける。

 

「大人が呪いにやられたというのは滅多に聞かん。もっとも負傷した兵士がやられるということは多いがな」

「なるほど」

「もうそろそろ着くぞ」

 

 そうして悪魔召喚を行った男が勾留(こうりゅう)されている留置場に到着した。悪魔召喚はこの国では立派な異端行為だ。それこそ悪魔に関しては厳格に取り締まられており、研究することすら禁止されている。理由は単純明快。悪魔というのはそれほどまでに危険だから。

 

 悪魔は基本的に不老不死。それ故に戦闘力の低い下級悪魔ですら、現れれば大きな被害が出かねない。特に中級悪魔なんていうのは最悪もいいところだ。なにせ中級悪魔は不死性に加えて戦闘力もあり、残虐性も高い。歴史を漁れば中級悪魔に滅ぼされた国の話なんていうのは珍しくない。

 

 そして上級悪魔。それに関しては文献すら残されていない。存在すら推測の域を出ない神話の生物。全ての悪魔の王様ということ以外、なにもかも不透明な存在。人の理解の外側に生息する存在とされている。

 

「信じてくれ! 本当に悪魔なんて呼ぶ気はなかったんだ!」

「……そのことは理解しているつもりだ。しかし悪魔召喚という行為を見なかったことには出来ないのも分かるだろう」

 

 今回の悪魔召喚は偶然失敗に終わった。もしも成功してたらと思うとぞっとしてしまう。それほどまでに悪魔召喚という行為は重い。

 

「貴様の短慮が何万もの屍を積む可能性があったことを理解しているのか?」

「も、もし悪魔だと知っていればやろうとも思わなかった! 本当だ!」

「知っていたか知らないかの問題じゃない。しようとしたことが問題だと言っている」

 

 たしかに男には情状酌量の余地はあるのだろう。しかし悪魔召喚というのはそれでは済まされないほどの行為なのだ。それこそ勇魔時代に召喚された中級悪魔アリス。それは今も暴れ回っており、毎年多くの被害が出ている。

 国も総出で捜索してるらしいが足取りすら掴めないのが現状。そのような大きな負債を残す可能性を孕んでいるのが悪魔召喚。決して有耶無耶にしていいものではない。

 

「そこのお前。鞭をもってこい」

「……鞭ですか?」

 

 職員の手から恐る恐るピエロに鞭が渡される。ピエロはそれを受け取ると躊躇うことなく、男に鞭を叩きつけた。男が悲鳴をあげる。

 

 ピエロは悲鳴を気にも留めることなく鞭を振るう。何度も何度も男に鞭を叩きつける。その度に肉が裂け、剥き出しになった骨が露出する。その痛々しい光景に嫌悪を覚えた。

 

「やりすぎだ」

 

 我慢できなくなった俺はピエロの手を掴んで止めさせる。骸骨の仮面で表情が一切見えない。男は既に意識を失っていた。その男を見てピエロは静かに命じる。

 

「この男を捨ててこい」

「は、はい!」

 

 それから男は職員によって引きずられていった。この場には俺とピエロだけが残された。俺はピエロのしたことが正しいとは思えない。たしかに男のしたことは間違いなく罪である。ただ刑罰としては明らかに過剰。やりすぎだ。

 

「僕のしたことに文句があるのか」

「当たり前だろ。あそこまですることはなかったはずだ」

「……だからこそ意味がある」

「は?」

「行き過ぎた刑罰は人を加害者から被害者に落とす」

 

 その一言でピエロの真意に気づかされた。もしこのまま口頭注意で済ませたらどうなるか。それこそ男は近所にどんな目で見られるのか。恐らく差別を受けるだろう。

 

 悪いことしたのにお咎めなしなのはずるい。なにもないなら教義を守る意味がない。納得がいかないから自分達で罰を下してやる。そういう事態に発展しかねない。

 

「あの男のために必要なことだ」

 

 しかし明らかな過剰な罰を受けたともなれば、人の見る目は変わる。罪には触れられず、被害者としての側面が強くなる。男に同情が集まるからこそ不当な理不尽に遭うことがない。男が受けるはずだったヘイトは俺達異端審問官に向けられるのだ。

 

「これが異端審問官の仕事だ。覚えておけ」

 

 そうして異端審問官の職場見学が終わった。こうして実際に異端審問官の現場を見る機会は今までなく、漠然としたイメージしか持っていなかった。

 

 今回の見学は非常に為になるものであると同時に異端審問官の重さを叩きつけられるものだった。

 

「ただいまー」

 

 俺は寄り道することなく家に帰る。もっとも家とは言ってもルイス姉が経営してる高級宿を貸し切ってるだけで一時的なもの。俺は家に帰るなりソファーに体を投げて、異端審問官のことを考える。はたして異端審問官になったとしても俺はピエロみたいな対応が出来るだろうか。

 

「カオリ。もう帰っとたん?」

「ついさっきな」

 

 ルイス姉が部屋から出てくる。そして俺が横になってるソファーに腰掛け、そっと頭を撫でてくる。それに少しだけ気恥ずかしくなるがなにか言う気力も残っていないため無視を決め込む。

 

「せや。さっきメイちゃんが来てカオリに伝言を頼まれたで」

「ん?」

「異端審問官認定試験の実務試験。内容は模擬試合で試験官はピエロ六席の予定やって」

 

* * *

 

 異常なゴブリンがいた。そのゴブリンの肌は黒紫色(くろむさらきいろ)であり、明らかに他とは違うものだった。そのゴブリンの戦闘力は群を抜いて高かった。老人や子どもが視界に入れようものならば視力は奪われ、その爪で引っかかれたら肉が腐る。

 そんな呪いを獲得しており、知能も悪いわけではない。現にそのゴブリンは人知れず、ゴブリンを集めて国を作ろうとしていた。その異常なゴブリンは"カース・ゴブリン"と呼称されることになった。

 

 そしてカース・ゴブリンは今まで一度も観測されていない。つまり完全な新種である。もし放置しようものならば小国ならば消えかねないほどの異常事態。それほどまでの力がそのゴブリンにはあった。

 

「最近さ。獣が強くて困っちゃうよね」

 

 しかし、そんなカース・ゴブリンは四肢を全て吹き飛ばされ、だるまとなって寝かされていた。周囲に大量のゴブリンの死体。数千体いたゴブリンが全て撲殺されていた。桃色の髪の女は欠伸をしながら退屈そうに言う。

 どんな怪物でもこの女の前では赤子同然なのだ。

 

「ちょっと前にデュラハン程度が精神侵犯をしてきたらしいよ。なんか気味が悪いよね」

「ナ、ナゼ……呪いガ……キカヌ……」

「呪い程度で私をどうこう出来ると思ってるとかさ。ちょっと舐めすぎじゃない?」

 

 女がハルバードをカース・ゴブリンの腹に突き立てる。その痛みに耐えきれず、周囲に悲鳴が響いていく。

 女に呪いは効かない。呪いは誰にでも効くわけではない。呪いを受ける人の生命力によって大きく左右される。それ故に子どもや老人は呪いにかかりやすいが、大人はかかりづらい。つまるところ生物として強ければ強いほど呪いは効きづらくなる。

 

 それ故に最強生物である、ルカ・エリアスに呪いが通じることなどない。

 

「まぁ大体生態については理解したからもういいや。気持ち悪いし、死んで?」

 

 彼女は頭を蹴り飛ばして一撃で絶命させた。本来だったら大事件になるはずだった出来事は、そうなる前に5分かかることなく対処されたのだ。

 

 ルカ・エリアスは死体の山を気にも留めることなく、その場でメモ書きをしていく。戦闘を終えた彼女は静かに思う。報告書作成が面倒くさいと。

 

 これは余談だが彼女がカース・ゴブリンを倒すと同時に悪魔召喚に手を染めた男の娘の視力は回復したそうだ。

 なにせ呪いの術者が死ねば、呪いは解呪されるのだから。

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