時間の流れとは早いもので、気付けばもう試験当日である。久々に緊張を覚える。筆記も技能もルイス姉に何度も見てもらったし、模擬試験でも無事に合格点を叩き出した。だが、どこまでいこうが所詮は2週間の付け焼き刃。それがどこまで通用するのか不安だ。
「それでは本日の異端審問官認定試験の試験官を務めさせていただくメイ・アルカードです。よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
「本日の受験者数はカオリの1名のみ。私とカオリの仲ですし、気楽にいきましょう」
メイはそう言うが、とてもそんな雰囲気ではない。それこそメイは甘えもなければ容赦もないだろう。それこそ厳格に採点してくるのは間違いない。背筋を伸ばして、気を引き締める。もうここまでしてしまったのだ。やるしかない。
「では試験の概要説明とさせていただきます」
「はい」
「まず筆記、技能、実務の順で試験を行います。そして基準点に達しなかった場合はその時点で不合格として扱い、試験は終了となります」
聞いていた通りの厳しい内容だ。もし筆記を落とせば次の試験を受けることなく終わる。一度でもミスをしてしまえば終わり。それが異端審問官の認定試験なのだ。
「そして各試験の詳細に関しましては試験前にその都度私の口から説明させていただきますね」
「わかりました」
「次にスケジュールの話となります。まず筆記試験は今から30分後の9時から2時間かけて行います」
「はい」
「また筆記試験の結果はその場で私の方で採点させていただきます。もし合格点に達してるようでしたら一度休憩を挟みまして、午後1時に中央教会に再集合。そこで技能試験を行い、合格でしたらそのまま実務試験という運びとなります」
それからメイの口から詳細に注意事項の話がなされた。そして注意事項の話が終わると同時に今度は筆記試験の話になる。筆記試験は聞いていた通り解答時間120分の設問70問であり、8割以上の正答で合格という厳しいものだ。説明が進むにつれて不安が強くなっていく。
「それでは試験開始とします。頑張ってくださいね」
強い不安を抱える中で筆記試験が始まった。その筆記試験は驚くくらい楽なものだった。なにせ内容がほとんど模試で解いたものと同じだったのだ。問題を解いていく度に不安が消えていく。自分でも怖いくらいにスラスラと問題を解くことができる。そして気付けば問題を全て解き終えていた。時計に目を向けると時間は20分も余らせていた。
「……100点。どんな手品を使ったんですか?」
メイに解答を渡すが当然のように合格点となっていた。当然だ。一度解いた問題ならば間違える方が難しいだろう。今回の筆記試験は正直言って楽勝もいいところだ。この調子ならばいけると思った。
「だって模試でやった内容と全く同じだったし……」
「は?」
俺は思わず驚く。てっきりメイがルイス姉に問題を流出させたものとばかり思っていた。そうでもないと説明がつかないほどに模試と問題が酷似していたのだ。だからメイも分かった上でやってるとばかり思っていたわけだが……
「なんで私が昨日の深夜に作成したばかりの問題と模試が同じなんですか!おかしいでしょう!」
「俺に言われても……」
そういえばルイス姉は昔から試験問題を当てるのが得意だったな。もしかしてルイス姉は今回も予測だけで完全に内容を当てたのではないだろうか。そのことに気づき、ルイス姉が一気に怖くなってくる。つまりルイス姉はメイがどの問題を作るか完全に読み切っていたということ。試験問題までもこの精度で的確に当てられるならば、それ以上のことも容易いだろう。それこそ政策や軍略すら完全に予想で的中させられることの証明。それに気づいてしまい、全身に鳥肌が立つ。
「はぁ……不正ではないですし合格です」
「やった!」
それから休憩を挟んだ後に技能試験も行われるが、そちらも全てルイス姉が予測した通りの内容だったので当然満点である。途中からメイは呆れてなにも言わなくなっていた。少しズルをしてるようで申し訳なさこそ覚えるが悪いとは思わない。こちらは禁止事項には反しているわけではないのだ。強いて言うならばルイス姉に全て問題が的中させられるというミスを許したメイの落ち度である。悪いのは俺じゃなくてルイス姉との読み合いに負けたメイである。
「さて。ここまでは順調でしたが実務試験はそうもいけませんよ」
「わかってる」
ただルイス姉の手助けが通用するのもここまでだ。実務試験は純粋な喧嘩。つまり事前対策のしようがない。強ければ受かるし、そうでなければ落ちる。それだけの簡単な話だ。
「それと実技試験では試験官はルカに代わりますのでよろしくお願いしますね」
「わかった」
「もちろん治癒スキル持ちの私も万が一に備えて立ち会いはしますけどね」
そうしてメイと実務試験の会場に向かう。もっとも会場とはいっても中央教会の裏にある庭だ。ピエロの戦い方は知っている。これは試験であると同時に、あの時の雪辱を果たすチャンスでもある。同じ相手に2回も負けられない。負けてなるものか。
「カオリ。やっと来た」
「ルイス姉!? どうしてここに!?」
裏庭に行くと、そこには何故かルイス姉がいた。ルイス姉がいることに驚き、言葉を失っていると彼女が虚空に向けて手を伸ばす。それと同時にルイス姉の目の前に唐突にロストベリーが現れた。
「……実務試験あるのに武器を忘れるのはあかんやろ」
「さすがに試験会場に武器の持ち込みはまずいと思って置いてきたんだが……それより今のはなんだよ」
明らかになにもないところからロストベリーが現れた。俺はそのことの方が不思議でならない。どう考えても物が勝手に現れたりするなんてことは異世界でもありえないだろう。
「ただの収納のスキルや」
「まさかカオリにスキルの話をしていなかったのですか?」
「自分から言うようなことでもあらへんやろ」
ああ。そういうスキルを使ったのか。考えてみればルイス姉がスキルを所持していない方が不自然だ。しかし収納のスキルとはあまりに便利で羨ましくなってくる。
「せっかくですし聖女ルイスもカオリの試験を見学なさいますか?」
「試験官の許可が降りるならそうさせてもらうで」
「……勝手に決めるなよ」
17歳にもなって試験会場に保護者同伴というのは流石に少し恥ずかしいものがある。ただ同時にルイス姉が見ていてくれるというのはありがたい。なんだかんだいってルイス姉のアドバイスは為になる。だから今後のためにもルイス姉からの講評が欲しい。
「そういえばカオリが筆記試験と技能試験。両方満点でした」
「せやろうな。あんな読みやすい問題予想なんて外すほうがむずいわ」
「は?」
「問題の制作者がメイちゃんなのは想像するに容易いし、そんなら出題意図や癖を読めば当てるくらい簡単に出来るやろ。もっともうちの予測を警戒されてたらそうもいかへんかったんやろうけどな」
「……このチートが」
「読まれたあんたの負けや。少なくとも問題を盗み見たりしてへんから、そこは安心してええよ」
「むしろ盗み見られていた方がまだ安心できるというものです。予想だけで全て当ててくるとかなんなんですかね。ほんと」
まったく関係ないが最近はメイがよく俺達の世界の語彙を使うことが増えてきた。それこそ今回のようなチートの他には”ヌルゲー”とか”テンプレ展開”といったようなものだ。最近はルイス姉とも話してるし、その影響なのだろうが……そういう語彙を覚えるということはどんな会話をしてるのか少しだけ気になってしまう。
「しかしカオリがこの世界に来るまでは働いてもいない穀潰しだったなんて未だに信じられません」
「どないして?」
「なんていうか働いていない人とは明らかに毛色が違うんですよ。あまりに社会に慣れているというか……」
「まぁニートはさせとったけど、うちがいなくても困ることがあらへん程度には教育もしとったからな」
「どうりで。ただなんで働いていなかったのかは気になりますが……」
「……俺の話はいいだろ」
俺は落とされたロストベリーを拾う。この2週間鍛えた甲斐もあって、今では重さに引っ張られることなく持ち上げられるようになってきた。握る度にロストベリーの声が頭に走る。"置いていったな。許さない。許さない、許さない"といった
「やっぱりロストベリーが一番手に馴染むな」
『……好き』
しかしロストベリーがあれば不思議と負ける気がしない。それこそピエロが相手だろうが怖くない。むしろロストベリーを全力で振るえるという楽しみが勝ってくる。
「ただロストベリーを使っていいのか? 確実に死ぬぞ」
ロストベリーの強さは身に染みて理解している。これは人を殺すための道具だ。今回のような試験や試合で使っていいものではない。それこそ取り返しがつかないことになってもおかしくない。運良く死ななかったとしても後遺症が残るほどの大怪我は確実だ。
「そうならへんためにルカがおるし、治癒出来るメイちゃんもおるんやろ」
「あ、そっか」
裏庭に行くと既にルカとピエロが待っていた。ルカはいつものように退屈そうな表情をしており、俺達に気付くと手を振る。そんな様子を見てると試験官として少し不安になるが、ルカの出鱈目っぷりを知ってる身としてはこれで問題ないのだろうなという思いもある。
「カオリ……来ると思っていた」
「グループ国の時のようにはいかないと思えよ」
「ああ。期待している」
ピエロはあの時と同じ格好だ。骸骨の面と黒いボロ布のような外套で顔を隠し、大きな黒い鎌を持っている。その姿は見紛うことなく死神そのもの。彼も本気なのだということがヒリヒリと伝わってくる。
「それじゃあ実務試験の説明にはいるね」
「はい」
「まず本試験は実戦形式で行い、制限時間は無しでどちらかが降参もしくは戦闘継続不可能、生死に直結するような攻撃が被弾すると私が判断した時点で終了とする」
つまるところ本気で殺しにいってもいい。どんな攻撃でもルカが止めるから躊躇うことはないということか。それならばやりやすくていい。ルカがいるならばなにがあっても止めてくれると信頼できる。
「また採点基準は戦闘内容によって私の独断で行い、いかなる手段をとろうが勝利をもって満点とする」
「わかりました」
「ただし第三者の介入は一切禁止とし、それが発覚した時点で試験は失格となる。またスポーツマンシップは一切考慮せず、純粋な結果のみの判定とするため相手を倒すことだけに専念することを望ましく思います」
現場では卑怯も騎士道も関係ない。それを考慮した上のルール裁定。これは気高い決闘などではない。生死を賭けた殺し合い。相手を殺せば勝ちだし、殺されたら負け。それだけの単純な話。
「それでは両者準備」
ロストベリーを構える。ピエロも大鎌を構える。空気がピリつく。彼の一挙手一投足から目を逸らさない。あの時の雪辱が鮮明に思い出される。グループ国で俺はピエロ先輩に完膚なきまでにやられた。だから今度こそは勝ちたい。あの時より成長したと証明したい。
「私が指で弾いた銅貨が地に落ちた瞬間、試験開始とする」
ルカが指で銅貨を弾く。銅貨が空中で回る。研ぎ澄ました神経は銅貨の動きを正確に捉える。まるで世界がコマ送りになったかのように、銅貨の裏面と表面が切り替わる瞬間まで捉えられる。そして銅貨が地に落ちた。
「音撃一閃!」
銅貨がチャリンと音を鳴らすよりも速く、踏み込んで一番得意とする技でピエロと距離を詰める。
心臓が高鳴る。今までにない精度で技が決まった。あまりの速さに皮膚が空気との摩擦熱で焼けて熱い。音すら置き去りにして、辺りにソニックブームを発生させた渾身の一撃。俺の全力の一撃だった。
「……っ!」
すんでのところで攻撃が避けられた。あと一歩だった。速さが僅かに足らず、致命傷に当たらない。内心で舌打ちしつつ、すぐに追撃に入る。そのまま持ち手を滑らせて先端を持ち、後ろで彼の顔を叩く。ルイス姉から学んだ棒術が活きている。自分の戦い方に幅が出ていることを強く実感出来る。
「……重いな」
骸骨の面にヒビが入る。受け身を取られたせいで致命傷に繋がらない。ロストベリーの質量で叩いても骨が砕けない。その事実が異端審問官の強さを俺に感じさせた。普通の相手ならばこれで勝負は確実についていた。やはり一筋縄でいく相手ではないか。
「しかし捉えた」
ピエロが間合いを詰めてくる。鎌を下げてくる。動きとして警戒すべきは逆袈裟斬りだ。それに意識が向いてしまう。その隙をピエロは見逃さない。鎌を囮とした動き。無防備になった脇腹へと蹴りが叩き込まれる。
――ただ俺もそれを考えなかったわけじゃない。
たしかに鎌に意識が向いてしまったことは認めよう。ただしそれは鎌以外に意識を向ける必要がなかったからだ。
「なっ!?」
「戦闘は理不尽の押し付け合い!」
ピエロの顔を裏拳で叩いて吹き飛ばす。身体能力強化の防御への転用。ルカがミノタウロスの斧を受けて無傷な場面を見た。その時からイメージはあった。肉体を岩のように強化し、相手の攻撃を無効にする。もちろんそれだけでは不可能だった。
しかし、もう1つ別の技術を混ぜれば不可能じゃない。ピエロが言っていたことだ。"優れた戦士は鋼程度を斬るのが絶対条件"と。俺はそれを防御に転用した。鉄で鋼を斬れるならば逆も然り。鋼を鉄で受け止めることも出来るはずだ。その理屈が通るなら、技術を極めれば木刀で真剣を受けることすら可能となる。
本来ならば身体能力強化を使わずとも出来る人は出来るのだろう。しかし俺はその域に到達していない。だから足りない部分を身体能力強化で補う。
身体能力と受けの技術の2つを組み合わせた俺の絶対防御。軽い攻撃を全て無効化にする肉体。それは俺が最初に身につけた1つ目の理不尽だ。
「……怪物が」
骸骨の仮面が割れる。仮面が剥がれ落ちたその下には、まるで神が丹精込めて彫り上げた大理石像のような美貌が隠されていた。通った鼻筋、涼やかな目元、そして血の気の引いた陶器のような肌。男の俺ですら嫉妬を覚えてしまいそうな整った顔だ。
「なんだ。てっきり火傷痕でもあるのかと思ってたぜ」
安い挑発を混ぜる。これで少しでも冷静さを欠いてくれたら幸いだが、そんなことはないだろう。
ここまでの手合わせで俺の手札も割れた。異端審問官ほどの存在がこの程度で終わるとは思えない。この程度の逆境ならば何度も体験し、乗り越えてきたはずだ。優位に事を運んでいるが気は緩めない。このまま順調に事が運ぶとも思えない。
「ここからが本番だよ。カオリ」
俺はピエロから目を離さない。探すのは勝ち筋じゃない。自分の負け筋だ。負け筋を全て潰していく。勝利はその先にある。そう自分に言い聞かせ、第2ラウンドに備えていく。