これは僕ことピエロという男の話だ。
僕はレッド帝国で活動する劇団の子として産まれた。幼少期から僕には役者としての技が叩き込まれた。それは苦ではなかった。それどころか楽しさすらあり、役者として僕の名前を世界に轟かせるのが夢だった。この劇団のスターになって、世界一の役者となると心のなかで誓った。
――だけどそれが叶うことはなかった。
「お前達は魔族の内通者として処刑する」
「待ってください! うちらはそんなこと……」
10歳になる頃に劇団は魔族に国内の情報を流しているというデマが流された。そして遂に国がやってきた。国は僕達の家を焼いた。僕の父さんや母さんを八つ裂きにした。仲間だった団員達を捕らえ、遊び半分で首を跳ねた。魔族に加担するような外道には当然の報いだと吐き捨てて。
僕は必死に逃げた。ただひたすらに走った。国を離れ、森に潜む。もう無我夢中だった。国への恨みは当然ある。だけど皆が積み上げてきたものを失いたくない。お父さんの劇団を無かったことにはしたくない。僕が生きてる限りは劇団も生きている。だから僕は生きなければならない。そんな思いで必死に走った。凶悪な獣が住まう魔の森を文字通り死にかけながら抜け、レッド帝国からの亡命を果たした。
そして僕はヤミ国に迎えられ、気付けばボウショク教の司祭になっていた。僕はお父さんの劇団を復活させたい。そのためにはお金が必要だった。だから儲けの良い司祭に就職した。演技が得意な僕には天職だった。相手の顔を見て感情を読むのは劇団で慣れている。常日頃から観客の表情を見て、彼等がなにを感じているのか推察していた。
相手の感情を読み、望む演技をして、望む言葉をかける。それが出来る僕は司祭に向いていた。
ボウショク教はどこまでも現実主義の宗教だ。神父や司祭に求められるのは信仰心以上に実務能力。だから僕のようなものでも煙たがられることなく、受け入れられた。むしろ歓迎すらされていた。その環境はまるで劇団を思い出すようで少しだけ心地が良かった。
そして気付けば司祭から神父になっていた。順調に出世街道を歩んでいた。このままいけば25になる頃には劇団を再興出来るだけの富が稼げる勢いだった。そんな時に僕に教皇様から声がかかった。
「ピエロさん。貴方を異端審問官に推薦しようと思う」
「わかりました」
異端審問官は給料も良いし、社会的な地位もある。劇団を再興した際に異端審問官という肩書きあれば理不尽な目に遭う確率も低くなる。だから僕は喜んで異端審問官となった。
それからほどなくして気がついてしまった。僕はなにも満たされていない。教会で成功を収めたし、生活に不自由もない。だけど楽しくない。それどころかどうでもいいとすら思えてしまう。レッド帝国で家族を焼かれた。その日から時間は止まったまま。何事にも関心を持てない。ただ与えられた仕事を黙々とこなすだけの日々。ただ劇団を再興すればなにかが変わるという希望に縋って日々を消化してるだけ。そのことに気づいてしまった。
異端審問官になるという社会的な成功を収めたからこそ、自分の虚無に気づいてしまったのだ。もし劇団を再興したとして、その虚無から解放されるのか。そんな不安に駆り立てられる。
「え?」
――だけどそんな不安を覚えてる場合ではなくなった。
ヤミ国とレッド帝国との戦争が始まったのだ。きっかけはレッド帝国がヤミ国の村を焼いたことだった。ヤミ国の土地を欲しがったレッド帝国が一方的に戦争を仕掛けてきたのだ。ヤミ国とレッド帝国ではあまりに兵力に差がある。軍師は極めて一方的な展開の戦争になると予測した。この国が終わるのは時間の問題だった
まもなくレッド帝国はヤミ国に向けて5万もの兵を進軍させる。その5万の兵に対応できるほどの力はヤミ国になかった。国民達が不安に駆られていく。それと同時に僕の中に強い憎悪が湧いてくる。またお前達は僕の居場所を奪うのかと。
そんな時に1人の女が戦場に降り立ち、単身でレッド帝国の5万もの兵を数秒足らずで皆殺しにした。
その女性こそがルカ・エリアス。後のボウショク教異端審問官一席であり、戦争のルールすら書き換えてしまう理不尽の象徴。
レッド帝国はそれから何度か数万規模の兵を動かすが、
気付けばレッド帝国の領土の大半はヤミ国の手に落ち、残すは王都だけになっていた。戦争なのにヤミ国は一度も兵を動かしていない。彼女一人に全て投げ、彼女一人で全て終わらせた。既存の戦争とは明らかに形が違う。もはや戦いにすらなっていない。ただの虐殺だ。それをしてしまうだけの力がルカにはあった。
そして遂に王都も落ちた。またもやルカ1人で国が落ちたのだ。焼かれる王都を見て、無意識で僕の口から言葉が漏れた。
「ざまぁみろ」
初めて止まっていた時間が動き出す感じがした。焼けた王都を見て心が洗われた。そんなルカは今回の功績が評価され、異端審問官の一席に任命された。初めてルカという女性をこの目で見る。背丈は僕が見上げなければならないくらいに高い。それなのに手足は細くて女の子らしい。そして桃色の髪は甘さを感じさせ、空のように青い瞳は確固たる強さを感じさせた。
僕はルカから目が離せなかった。王都を焼き、民を無表情で殺す彼女が戦乙女に見えた。彼女をこの世界でなによりも美しいと感じた。
――僕はルカに惚れたのだった。
◆ ◆ ◆
「へぇー私のこと好きなんだ」
気付けばルカに告白していた。告白するまでには数ヶ月も要さなかっただろう。彼女とは仕事で少し話したり、たまに飲みにいったりする程度の関係。それでも僕は気持ちを伝えることが我慢できなかった。そして告白を受けてルカは少し退屈そうな表情をしたあとに静かに言った。
「とりあえずお試しで付き合ってみる?」
「え?」
「だって一度付き合わないと相性とかわかんないじゃん。それに別れたところでなにか問題あるわけじゃないでしょ?」
そうして僕とルカは交際関係になった。最初はたまに2人で一緒に出かける程度の関係。そして月日が流れるにつれて関係は深まっていく。一緒に出かけるだけだった関係から手を繋ぐようになり、抱き合うようになり、家に呼ばれるまでになった。
「ねぇピエロ……しよっか?」
僕とルカは遂に肉体関係を持つ一歩手前までいった。ルカが服を脱ぐ。露わになったのは彼女の傷だらけの身体だった。お世辞にも綺麗とは言えない。消えなくなった火傷跡や縫い傷が目立つ脇腹。僕はそんな彼女を見て――
「そうなんだ」
「ち、ちが……」
演技には自信があった。だけどあまりに衝撃的な光景に演技する余裕すらなかった。だって彼女の体がここまで痛々しいものだと思わなかったから。
彼女は最強だ。そんな傷つくことなんてあってはならない。彼女は戦乙女。絶対に負けない。この世に生きる生き物程度が傷をつけられる存在じゃない。
「もういいよ」
「え?」
「帰って」
「なん……」
「聞こえなかったの? 私は帰ってと言ったの」
僕はルカに追い出された。そのまま交際関係は自然消滅した。それからルカとは仕事以外で関わりを持つ機会はなかった。それでも僕はまだルカが好きだった。
「カオリ君。明日どっか出かけない?」
「いいですよ」
そんなルカが数ヶ月前に1人の青年を拾ってきた。名前はカオリ。どこかの国の王子様なんじゃないかと思うくらいの美青年。そんな彼にルカは僕には一度も見せたことのないような顔を何度も見せた。カオリと話す時だけ声のトーンが上がる。彼女の視線の先にはいつもカオリがいる。カオリに話しかけると今までの笑顔が演技だったんじゃないかと思うほどのとびっきりの笑顔を見せる。
僕はカオリが憎い。本来だったらお前の立ち位置に僕がいるはずだった。少し顔がいい。それだけでルカが取られた。顔しか取り柄のないお前のような男じゃルカとは釣り合わない。ルカを戦乙女からただの乙女にしてるお前が心底憎い。
必死に演技で隠しているが今すぐにでもぶち殺したいくらい怒りが込み上げてくる。お前なんかに僕は負けない。僕が完膚なきまでに勝ち、お前はルカにとって大した価値のない男だと教えてやる。
* * *
「メイ。うちのカオリはどうや?」
「……ここまで強いとは思ってもいませんでした」
聖女ルイスの問いかけに素直な感想を返す。私は見物人としてカオリとピエロの試合の行く末を眺めていた。
ピエロが鎌を振るう。先ほどとは比べ物にならないほどに速い振りだ。その一撃がカオリの頬を掠る。防戦一方だったピエロがカオリを追い詰めていく。カオリは攻撃を仕掛けることなく、静かに体を退いて攻撃を受けていく。
「ピエロはようやく本気を出しましたか」
ピエロは強い。スキルが強力なわけでもなければフィジカルが高いわけでも戦闘技能がずば抜けてるわけでもない。それでも異端審問会に入るほどに強いのだ。その強さの根幹にあるのは思い込み。本気で思い込むことによって時として数倍の力を発揮する。
「そういえばメイちゃん。ピエロってどういう人なんや?」
「一言で言うなら役者ですかね」
私は彼の過去を詳しく知らない。ただレッド帝国の難民ということだけしか知らない。しかし私は一目見て彼を異才と感じた。私ですら見破るのが困難な演技。相手に無意識に干渉し、感情を誘導する技術。それは彼だけが持つスキルにも匹敵するほどの技能だった。
「……全く関係あらへんけど、ピエロってルカの元彼なんか?」
「どうしてそう思うのですか?」
「あの目を見ればわかるやろ。ルカを取ったカオリが憎いって目をしてるで」
「私も感じます。しかし断言しますが、そのような事実はありません。彼がルカに対して一方的な感情を抱いてるだけとか、そういう話じゃありません」
彼のカオリに向けた殺意は私も感じている。だからこそ怖い。彼は演技にのめり込む。演技で自分の憎悪を煽り、それを力に変えている。自分はルカに片想いしていた。ルカが好きだった。なんでルカは僕じゃなくてお前を選んだ。許せない。ぶっ殺してやる……という感情を抱いたキャラを演じているのだ。
彼がルカと交際していたなんていう事実は一度もない。ルカは既に心に決めた人がいる。それにも関わらず、彼は自分でルカと交際していたと思いこんでいる。そういう設定で自分を騙している。
憎しみという熱を生み出すために自分すら騙した。感情増幅によるモチベーションの向上に伴う身体能力のドーピング。ここからが彼の本領だ。
常に相手に対して最適な感情で自身を高めてくる。想いだけならば誰よりも強くなれるほどの逸材。これが異端審問官の真骨頂。はたしてカオリはどう攻略するのか。しかと見せてもらおう。
「なるほど。そういうこと」
「ええ」
ピエロの鎌がカオリの右腕を斬り裂いた。それに少しだけカオリは苦悶の表情を浮かべる。戦闘はピエロの方が有利に進んでいるように思える。そのはずなのに不思議とピエロが勝てるビジョンが見えてこない。
「……とんでもない天災やな」
天才ではなく天災と評するか。たしかにそっちの方が近いだろう。さて、そんな天災をカオリはどう攻略するのか。ただのゴリ押しで勝てる相手ではない。もしゴリ押ししようものならば、今のカオリならば彼の演技に飲まれて負けるだろう。
「でもピエロじゃカオリには勝てへんな」
「ほう?」
「演技による安易なドーピング。楽な方に逃げて勝てるほどカオリは甘くないで」
「……なるほど」
たしかに正論だ。彼の戦い方は逃げたと見る事もできる。なにかから逃げた先に勝利はない。そのような楽を選ぶ者に勝利の女神は微笑まない。
「ピエロは覚醒の機会を逃した。詰みや」
ピエロが鎌を振り下ろす。しかしカオリは振りを見切っていたように動き、そのままピエロの鎌を弾き飛ばした。その動きにピエロが驚きの表情を見せる。
「終わりだ!」
右腕の被弾。今にして思えばカオリは最初にわざとだろう。そうすることで自分が優位だと思い上がらせた。思い上がらせることで攻撃を焦らせた。対応される前に倒しきる。そう思うようにピエロを誘導し、一番緩んだタイミングでカウンターの一撃を仕掛けた。
カオリは体勢を崩したピエロを押し倒す。ピエロが状況を飲み込むより速く、カオリは彼を地面に組み伏せていた。ロストベリーの切っ先が寸分の狂いもなくピエロの喉元に突きつけられている。
それは妄想も感情すらも入り込む余地のない、完全なるチェックメイト。
決してピエロが弱かったわけではない。むしろピエロは感情を乗せることで今までとは比べ物にならないほどに強くなっていた。精神は研ぎ澄まされ、反応速度も数倍に上がっていた。動きのキレも増しており、すべての攻撃がカオリにとって脅威となりうるものだった。
――しかしピエロとカオリにはそのくらいで埋まらないほどに圧倒的な実力差があった。
私はカオリの評価を改める。あれはルカに次ぐ新たな理不尽だ。
ああ。カオリならルカを助けられるかもしれない。私はカオリに少しだけ期待してしまう。なにせ私はずっと探していたのだ。ルカの代わりになってくれる人物を。
「勝者カオリ」
試験官であるルカの声が静かに響いていく。試合はカオリの圧勝で終わったのだった。