私はしがない貴族だ。そして今日は親から言われて式典に出席している。異端審問官の任命式である。
異端審問官というのは教会で長い
風の噂に聞いた話によれば彼はグループ国で勇者として召喚されるも、勇者になりそこなった出来損ない。ただ偶然メイ第二王女様に気に入られ、良い暮らしをしてると聞く。きっと色目でも使ったのだろう。なにせ顔が良いのだ。
「まったくあんな貴族でもない平民クラスのやつを異端審問官として認めるとかどうかしてるぜ」
「本当にそうだな。コネで入れるとか本当に羨ましいぜ」
そんな軽口を叩いていると例のカオリとやらが入ってくる。彼が入った瞬間に空気が重くなった。まるで息をするのにも許可がいるような重苦しさ。彼を一目見て今までの考えが吹き飛ぶ。一言で言うならば次元が違う。
ここまで凄まじいプレッシャーは感じたことがない。彼の存在感が人の上に立つために生まれた存在だと物語っている。理屈もなければ言葉も必要ない。ただ呼吸だけで彼は異端審問官になるべくしてなったと思わせる力がある。
「ありゃ……メイ第二王女様も気に入るわけだ」
一目見るだけで否応なしに理解してしまう。あれはコネなんかではなく実力だ。彼ほど異端審問官という言葉が似合う人がいない。それほどまでに彼は怖い。
「カオリよ。前に」
「はい」
「メイ第二王女立会いの元での異端審問官認定試験の合格及びルカ・エリアス一席からの推薦を持って貴殿を異端審問官として、このザウス・アルカードが認めるものとする」
そうしてカオリは異端審問官に任命された。
◆
「ライ将軍陛下。どうします?」
エルフは思わぬ展開に頭を抱えていた。我が国の抱える最高戦力である十二座。その一角が魔王に落とされ、民は不安に怯えている。そんな中で聖女がヤミ国に帰化するという一報までも届いた。それにより一気に国内は大混乱に陥っていた。
「……考え中だ!」
この世界に現存する国はたったの3カ国。少し前まではエルフの国が1つと魔族の国が1つ。それに人間の国が8つほどあった。しかしこの数年で勢力図は大きく変わったのだ。8つあった人間の国は全てヤミ国に吸収された。ヤミ国はたった数年で人間領を統一したのだ。
そんな得体が知れず、最も恐ろしい国家に聖女ルイスが帰化した。その事実はエルフを混乱に陥れるには充分すぎるものだった。
「聖女め」
聖女ルイス。彼女の影響力はこの国において、将軍陛下である余すらも凌駕している。大臣や十二座の中にも聖女派の人物が数名おり、それでいて民の支持も群を抜いて高い。その上でエルフ国内に存在する五大商会全ての元締めであり、エルフ領において経済の絶対的な支配者。
そのくせに自分は平民であり、国には属さないと明言している。事実として聖女ルイスは爵位を持ち合わせていない。その事実があるからこそ国としては、聖女ルイスという存在は癌であり、腫れ物であり、触れてはいけない絶対の聖域。
もし強引に手出ししようものなら物流を全て止め、多くの民が路頭に迷うだろうとすら言われていた。それが聖女ルイスという女だ。
「……聖女が抱える商会の方はどうなっている?」
「全て北東に逃亡し、親聖女派の貴族に匿われています。その影響で物流も大半が機能停止。食料も行き届かなくなり、その不満が溜まり、連日大規模なデモ。もはや内戦に発展するのも時間の問題かと」
「なぜ逃した! 十二座はどうした!?」
「商会の対応が速すぎました。我々が対応を検討してる頃には既に逃げ込まれ……」
状況は最悪だ。もし聖女が本気でヤミ国に寝返ったとなれば、彼女とも事を構えなければならないだろう。正直言えば聖女相手に勝てるビジョンが一切見えてこない。しかも我々が相手するのは聖女やヤミ国だけじゃない。
復活したばかりの魔王にも気を配らなければならないのだ。
「物流の機能不全。それによる被害はどのくらいだ?」
「軽く見積もっても餓死者が10万は超えるかと……少なくとも冬が越せなくなるのは明白です」
このタイミングでの聖女の引き抜き。火を見るよりも明らかな宣戦布告だ。しかしヤミ国と事を構える余裕はない。ヤミ国と戦うなど魔王の思う壺であり、その間に潰される可能性すらある。
そもそもヤミ国と聖女はなにを考えている。今は人類の敵である魔王が復活し、人類存続の危機。普通は一致団結して戦う局面ではないのか……
「……被害を減らす方法はあるか?」
「あるにはありますが……」
「述べよ」
「ヤミ国に移民として受け入れてもらうことです。ヤミ国には食料が大量にあり、配給するシステムも充分に組まれています。もしヤミ国がエルフを受け入れてくれるならば餓死者は大幅に減らせるかと」
「……ならん」
「も、もしくは聖女に頭を下げて再び物流を手配していただくか……」
どちらも論外だ。ヤミ国に民が流れれば人手が減るため純粋に国力が低下し、国の存続が不可能に近くなる。もし聖女に頭を下げれば、それこそヤミ国にどのような内部工作をされるか見当もつかない。どちらを選んだとしてもエルフの未来はあまりに暗い。
やはり取れる手は1つしかないのだろう。魔王が控えてる以上はヤミ国と事を構える余裕はない。しかし魔王が動く前に速攻でヤミ国を倒せば可能性はあるはずだ。短期決戦ならば大きな問題にはならない。
「ヤミ国に戦争を仕掛け、強奪するのはどうだ?」
「なりません!」
「なぜだ? 魔王に割く兵が足らなくなるからか?」
「違います! 現在のヤミ国は長らく統治されることのなかった人間領を数年で統治する戦争のプロです! しかもヤミ国自体にも剣聖や魔女……それにルカなどの手練れが多くおり、そこに聖女が加わる始末。勝ち目など万に1つあれば良い方です」
「……だが兵士の量は我らの方が上だ」
「兵士がいるからなんだというのです! ルカの指弾きで全て消し飛ぶでしょう!! もう数で戦争をする時代ではないのです!」
「うぬぬ……」
「それでいて将軍陛下も理解しているように我々は魔王にも気を配りながら戦う必要があります。さらに十二座の一人は先日落ちたばかり。しかも相手が聖女である以上は十二座の聖女派は確実にヤミ国に寝返る。あまりに無謀!ただの自殺行為です!」
聖女の気分次第で国が滅ぶ。頭では理解していたつもりだった。しかし現実は想像の遥か上をいった、ここまでの地獄になるとは想像すらしていなかった。
余は聖女をあまりに舐めていた。せめて魔王が復活する前ならば蜘蛛の糸に縋るくらいの勝ち筋はあったかもしれない。だが今はその蜘蛛の糸すらも絶たれている。しかし余はエルフを背負う将軍陛下として諦めるわけにはいかない。エルフのために最後まで戦う責務がある。
「……聖女ルイスの暗殺」
「は?」
「犯人はヤミ国。そうすればエルフの士気もまとまる上に兵も多く割く必要はない」
「本気ですか?」
「ああ」
愚策なのは充分に理解している。しかし他に打てる手がない。これだけが数少ない一手だ。もし聖女暗殺の罪をヤミ国に擦り付けることが出来たならば、聖女派もヤミ国との戦争に巻き込むことが可能だ。国民感情も反ヤミ国に向かわせられる。
「たしかに聖女を消すのは得策ですが……」
「なんだ?」
「あれを暗殺程度で殺せると思っていますか?」
当然ながら聖女ルイスが暗殺で殺せるビジョンは一切見えてこない。もし暗殺程度でどうにかなる相手ならば、ここまで強大な存在になっていない。今の立場にいることこそ暗殺が不可能なことの証明。だが余にはヤミ国との戦争よりはまだ勝ちの目が残っているように見える。
「……やるしかないだろ」
エルフの方針がまとまりかけた時だった。ここにいる誰もが想像出来ぬ事態が起きた。
「ちょっと失礼します」
静かに扉がゆっくりと開く。この密会はエルフの今後を決める大切なものであり、
「何者だ!」
余は声を張り上げる。入ってきたのは髪も肌も服も全て真っ白な女児だった。色が喪失したという表現が誰よりも似合う8歳程度の人間の子供。唯一の色とすれば黒色の瞳程度。本来ならばただの子供で警戒するに値しないだろう。しかし厳重な警備を掻い潜り、密談の場まで来たという事実が彼女は只者ではないというなによりもの証明だった。
「魔王。そういえば分かるかな?」
冗談では済まされないその言葉。余は真っ先に彼女を串刺しにすべく槍を握った。しかし彼女は眉すら動かさない。それどころか反撃の意思すら見せることない。余の殺気を涼しい顔で流し、呆れた声で言う。
「今は戦う気はないよ。その証拠にこの城にいる十二座含めて兵士は全員峰打ちで済ませてあげたし」
「……は?」
「その気になれば私が全員皆殺しで終わりにしてもいいんだよ?」
まだ生きてられるのは自分が本気ではないからとでも言いたげな表情を見せる。そして力を誇示するかのように魔王は淡々と今の状況を語っていく。敵対の意思はなし、反撃の仕草も見せない。しかし牽制だけはする。その行為が目の前の魔王の……彼女の賢さを物語っている。この存在は明らかに異質であり、異物だ。
「そろそろ本題に入ろっか」
「……人類の敵と話すことなどない」
「私も魔族の生活を脅かすクズ種族と言葉を交えたくないところを我慢してわざわざ訪ねてるんだよ?」
「それならば……」
「ねぇそっちはヤミ国の対応どうするの?」
「貴様に語る気などない」
「ヤミ国は聖女を引き入れて今じゃ頭一つ飛び抜けた。エルフが滅びたら次は魔族に牙が向くでしょ。その時に万全のヤミ国と事を構えたら冗談では済まされないくらいの被害が出る。だから今後の備えとして魔族としてもできるだけヤミ国の牙を削いでおきたいんだよ」
「ふざけたことを」
「正直エルフなんて大嫌いだし、手なんか組みたくもないよ。だけど現実問題としてヤミ国を放置するわけにはいかない」
「なにが望みだ?」
「一時的な休戦。それと魔族エルフ同盟で聖女の暗殺とかいかがですかって提案だよ」
なるほど。魔族としても今の状況は面白くないということか。今のヤミ国を魔王含めた魔族も危惧している。もし聖女さえ排除すればパワーバランスは振り出しに戻る。だからこその聖女暗殺計画。
「あ、別に強制はしないよ。もし無理っていうならそのときはこっちにも別の手があるしね」
「別の手?」
「うん。ヤミ国に頭を下げて傘下に入ろっかなって」
「な!?」
「地理的にエルフ領を挟んでヤミ国がある。もしヤミ国と協力関係になったらエルフは上と下の両方を同時に対応しなければならなくなる。それってすごく大変だね」
「……脅しか?」
「それに私達の土地って作物も育たない氷の大地だし、貴方達の土地も欲しいんだよね。いやぁ困ったなぁ……魔族としてはヤミ国と組む利点の方が大きいね」
この魔王は政治も理解している。この魔王はどういう言い方が一番嫌がるのか理解している。今までの経験則で理解してしまう。この魔王を相手にしながら聖女及びヤミ国と事を構えるのは無謀だ。この魔王は的確に隙を突いてくる。力に物を言わせて攻めてくるやつらとはわけが違う。
「……貴様。魔王ウシカゲではないな」
「うん。あれと私は別人だよ」
「名をなんて申す?」
「
* * *
冷たい雪が肌に触れる。雪は魔族領では珍しくない。魔族領は王都周辺を除けば大半が万年雪の土地だ。夏場は優しい雪が深々と降り、冬場は命を脅かすような吹雪が吹き荒れる。エルフ領も魔族領に近い北方は11月の頭には既に雪が積もりだす。日本の都市部では考えられないほど早い雪の季節。きっとこの地域ではホワイトクリスマスも珍しくないのだろう。もっとも地球の宗教的な催事があるとは思えないけど、それはそれだ。
「いやぁ上手くいってよかったよかった」
あの場で将軍陛下の首を跳ねたら魔族の勝ちだった。あそこでの殺しはある意味では最適解だ。私は理解した上で見逃した。なにせエルフは怖くもなんともない。いつでも滅ぼせるのだから、急いで取る必要もない。
それに今の情勢で国を大きくしてもメリットが少なすぎる。エルフを取るということは国を大きくするということだ。そうなればヤミ国は魔族を確実に敵対するだろう。エルフを取ると同時にヤミ国との戦争になる。だからエルフを今は見逃す。
ヤミ国の情報がない状況で戦争なんかしても苦戦は必須。だから今はエルフ領を
「さてと」
新聞に目を向ける。そこには大々的に書かれた聖女ルイスの帰化の一報。だけど私が注目するのは小さく書かれたヤミ国異端審問官七席の記事。男なのにカオリという珍しい名前。きっと私のお兄ちゃんだろう。これは確定と見ていい。
そして聖女ルイスは多分だけど私の大好きなお姉ちゃん。世界経済の4割を掌握なんてお姉ちゃん以外に出来るわけがない。お姉ちゃんだったなら唐突な帰化も全て説明がつく。でも確証は持てない。だからこそ暗殺計画を立てさせてもらった。お姉ちゃんならこの程度で殺せるはずがない。もし死んだらお姉ちゃんじゃなかった偽物。わかりやすいリトマス試験紙だ。
「それに失敗したら刺客が私のことを漏らして認知してもらえるでしょ」
私は心を踊らせる。やっと楽しくなってきた。お兄ちゃんもお姉ちゃんもいない世界なんて退屈で仕方ない。死にたくて仕方なかった。どいつもこいつも張り合いがない。弱すぎて遊び相手にもならなかった。
「あぁ……はやく会いたいなぁ……お兄ちゃん」
だけど今は違う。心の底から楽しいと思える。私は新聞を投げ捨て、雪の中で踊りだす。重力の鎖を断ち切ったかのように身体がふわりと浮き上がる。指先まで神経の通った腕は、空気を撫でる翼みたいだ。
今ならどこにだって飛んでいけそうな気がする。跳躍した瞬間は時間が引き伸ばされてるみたいだった。いつまでもこんな時間が続けばいいのにとすら思う。こんなにも楽しくなったのはいつぶりだろうか。空気が美味しい。自分の感情を体で表現するのが楽しい。
これからの未来を考えるだけでワクワクする。
ああ。どうすれば私達家族にとって一番都合が良く転ぶかな。次の一手はどうするのが一番美味しいかな。ようやくこの詰将棋も楽しくなってきた。やっぱり私は大好きな人のためじゃないと頑張れない。どうでもいい誰かのためにやるゲームなんてつまらない。
「楽しみに待ってるよ」
私は静かに呟いた。灰色の空に願いを込めて。お兄ちゃんとお姉ちゃんと会えますようにと。
これにて1章完結です!
明日からは1日1話の更新で2章に入らせていただきます!