悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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ここから第2章となります!
これからは朝の7時に予約投稿という形で投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いします!!


2章 審問官の叙事曲
25話 旅行と政治


 

 異端審問官任命式を無事に終えた俺は2週間の休暇を与えられた。 俺はその休暇を利用してメイと2人で旅行に来ていた。もっとも旅行といってもメイの護衛代わりである。なんでもルイス姉の帰化の影響で貴族に挨拶回りをしなければならないそうだ。

 

 そうして俺達が訪れたのは温泉街"ドラニクス"である。ドラニクスは竜の山脈の麓にある街であり、人気の観光スポットである。

 

「しかし竜の山脈。近くで見るとでけぇな!!」

 

 竜の山脈はヤミ国北部に広がる標高6000メートルを超える山脈群であり、名前の通り竜の生息域。その山脈はこの大陸を横断するほど大きく、エルフとの国境線となっている。その山脈があるからこそエルフはヤミ国に入るには東西の海岸沿いに残されたわずかな平地を経由するしかない。そして当然ながら逆もまた然りだ。

 もっともルイス姉やルカといった規格外に分類されるやつらはその山脈越えをして密入国したりするわけだが……

 

「この街ってさ。竜の対策とかどうしてるんだ?」

「基本的には竜狩りと呼ばれる方々が対応しています。戦闘力は異端審問官ほどではありませんが、高いですよ」

「なるほど」

「それと運が良ければパンダという可愛らしい熊も見れるそうですよ」

 

 パンダと聞いて少し心が躍る。異世界にパンダがいるのも驚きではあるが、まぁそういうものだろうといった具合で最近は気にならなくなってきた。それにしてもパンダを見たことは一度もない。少しだけ見てみたい気持ちも強いが……

 

「……そのパンダって食卓に並んだりしないよな?そうだとしたら少し抵抗を覚えるんだが」

「さすがにあのような愛玩動物を食べようと考えるほど野蛮ではありません。あれは保護の対象ですし、手を出すのは異端ですよ」

「なるほど」

 

 熱気を孕んだ風が吹き抜け、硫黄の香りが鼻孔(びこう)をくすぐる。石畳の隙間から不規則に立ち上る白煙は建物の輪郭を曖昧にぼかし、現実と夢の境界が溶け出したかのような錯覚を抱かせる。

 

 ドラニクスの景観は日本で見慣れた温泉街とは一風変わって、木造建築ではなく石造建築が多く、建物の背も全体的に低めだ。そして生える草木は笹が多い。硬い葉同士が擦れ合う度にざわざわという乾いた音が周囲に響く。

 

「……竜が多いですから建築には熱を通しにくい石が使われています」

「背が低いのは倒壊による事故を防ぐためか」

「はい」

 

 周囲をキョロキョロと見渡すが見えるものはパンダのグッズばかり。それこそパンダが描かれた饅頭やパンダが刻印された剣の鞘にパンダのTシャツ……いや、待て。異世界にTシャツは存在しねぇだろ。それはおかしいだろ。さらっとスルーしそうになっていたがなんでTシャツがあるんだよ。

 

「人気ですよね。パンダTシャツ」

「色々とツッコミたい」

「まぁ販売元は聖女ですし、Tシャツくらい驚くことではないでしょう」

「いや、そうだけど!!」

 

 しかしパンダ関係なくTシャツは何着か欲しいところである。異世界の服は悪くないのだが、こういう現代の服も欲しい。それにTシャツほど着やすい上に肌を擦らない服も滅多にない。

 

「ちなみにTシャツは金貨20枚です」

「ぼったくりだろ!?」

「競合がいませんから価格を吊り上げたい放題なんですよ。合成繊維を作れる人なんて聖女ルイス以外にいないでしょう?」

「本当になんでもありだな」

「そういえば鉄箒(てつぼうき)。ちゃんと預けてきました?」

「当たり前だろ」

 

 鉄箒。俺が異端審問官になった祝いでルイス姉から貰った道具。名前の通り見た目は鉄の箒であり、交通手段として作られたもの。その穂先(ほさき)には推進器(すいしんき)"メテオ・スラスター"が取り付けられており、そこに飛行の魔石を埋め込むことで浮遊能力を持たせて自由に空を駆け回ることを可能にした空飛ぶ箒だ

 その難点といえば重心による方向制御のため操縦が困難なことくらいだが、そこさえ目を瞑れば最大積載量3トンの最高高度5000メートルと自動車にすら匹敵する速度を実現した理想に近い航空交通手段である。

 

 そんなオーバーテクノロジーな鉄箒だが当然ながら一般販売もされていなければ、一般公開もされていない。作成者のルイス姉ですら人目につくところで使うこともなければ、存在を公にすることもない。理由は単純明快で影響力が大きすぎるから。

 

「あれは世界のルールを変えてしまいます。絶対に盗難などされないように」

「わかってる」

 

 この世界の移動手段は主に馬車だ。その馬車で1ヶ月はかかる距離が数時間で移動出来てしまうのが鉄箒。その鉄箒にルイス姉の質量無視の収納のスキルが組み合わされば無法もいいところだ。なにせ遥か上空を飛び、捕捉(ほそく)されることなく関所を無視して税を踏み倒し、数百トンのものを輸送することが出来てしまう。そういうことが出来てしまうから公にするのは厳禁なのだ。知られたら対策される危険があるが、知らなければ対策されることなくワンサイドゲームが可能になる。

 

 ただ同時に思う。ルイス姉は本当にやばいものは俺にも伏せてるはずだ。つまり鉄箒は既に型落ちであり、流出しても問題ない。そう捉えてる可能性が非常に高いと。もうルイス姉だけは既に次のステージにいってるのではないだろうか。

 

「さてと。まだシシャード子爵との会談まで時間はありますので、先に旅館へのチェックインを済ませてしまいましょうか」

「王族でもそういうことするんだな」

「今回はお忍びですからね」

 

 このドラニクスは政治的にも重要な場所である。ここから南下すれば王都があり、ドラニクスは王都に竜が向かわぬように抑える役割も担っている。そのような要所だからこそ王族も常に気をかけている。またルイス姉の介入が大きいのも、この街が彼女と提携して竜を迎え討ってるからだろう。

 

「しかしどんな話をするんだ?」

「そうですね……やはり先日の聖女ルイス帰化の報告がメインとなります。その上で疑念点に答えたり、今後の対策を練ったりすることになると思います」

「なるほど」

「……それにエルフへ侵攻するならば竜の山脈が鍵となります」

 

 なるほど。ルイス姉を帰化させたということはエルフに対して宣戦布告したとみなされる行為だ。それこそいつ戦争が起きてもおかしくない。だからこそメイは戦争の要所となるドラニクスを訪れたのだ。

 

「この山脈越えは無謀だろ」

「そう思うからこそ刺さるのですよ。少なくとも頭の片隅には置いておく価値はある」

 

 たしかに一理あるといえばある。常識で考えればこの山を軍が超えるのは不可能だ。いくらルカが戦争の形を変えたとはいえ、軍人が完全に不要になったわけではない。それこそルカが制圧した拠点の維持、捕虜の管理等に数は必要になる。それ故に戦争するならば軍も少なからず動かすのは必須。

 

「それに相手に山脈を超えて攻められるというのは私から見ても最も嫌な手。ほぼ不可能とはいえ、一番されたくない行動が起こされた場合の想定くらいはしておくものです。そうしなければ天が相手に味方した際に太刀打ちできない」

「なるほどね。しかし一介の異端審問官である俺が政治の話を聞いて大丈夫なのか?」

「カオリは異端審問官以前に聖女の弟君。それほどの肩書きがあるのならば会談の席に出席しても違和感のない立場ですし、なにより今回はカオリにも政治に慣れてもらう意味合いも含んでいます」

 

 まさに正論だ。異端審問官だけならまだしも聖女の弟という立場で政治に関与しないことなど不可能。自分にはその気がなくとも、ちょっとした発言で場が動いてしまう。日本で生まれ育ち、貴族としての教育を受けていない俺はあまりに政治という場で弱すぎる。このような状況が続けば、ルイス姉に毎回尻拭いをさせることになるだろう。それは絶対に避けたいことだ。

 

「そういう背景があるからこそ今回はルカではなくカオリを護衛に選んだのです」

「なるほどね。それで会談の時間は?」

「深夜2時です」

「え? いまなんて?」

 

 俺の聞き間違いかと錯覚する。しかしメイは笑顔のまま同じことを繰り返す。

 

「深夜2時です!」

「絶対におかしいだろ!」

「……今回の会談は非公式なものです。第二王女である私が視察に訪れていたと知れれば大事になりかねないし、向こうにも王族をもてなす準備という負担をかけてしまいます」

「……だから人目につかない深夜帯の方が良いわけね」

「はい。なにせ寝てましたと言えば勘ぐられることはありませんからね」

「そういうこと」

「そのため夜までは仕事のことは気にせず自由に観光していただいて大丈夫ですよ」

 

 それから俺はメイに案内される形でドラニクスの観光を一通り楽しんだ。

 

 ◆

 

 深夜。俺は礼服に着替え、受付に預けたロストベリーを受け取る。

 

「カオリ。準備は出来ましたか?」

「ああ」

「こちら外套(がいとう)になりますので、おかけください」

「ありがとう」

 

 礼服の上から外套を羽織る。街中で礼服は目立つため、このような格好をする必要がある。そしてメイも俺と同じように外套で顔を隠している。それどころか変化のスキルで若い男の姿に化けていた。こんな深夜に幼女が出歩くなど目立つから当然と言えば当然なのだが……

 

「メイが男の格好してるの慣れないな」

「夜間に女性の姿で歩くと面倒事に巻き込まれますから。我慢してください」

 

 準備を終えて旅館を後にする。深夜の街は静まり返っており、街が死んでいるような不気味さがある。その不気味さに駆られて自然と足が速くなる。なんていうか怪異にでも出くわしそうな怖さがあるのだ。

 

「そういえばカオリ。前の世界にいた頃はどんな仕事をしていたのですか?」

「俺は働いてねぇぞ」

「しかしお姉さん……ルイスから月1の仕事を受けていたと聞いています」

「まぁ仕事と言っても基本的にルイス姉に代わって会食に参加したり、企業さんの話を聞いて出資するか決めたりって感じだぞ」

 

 本当にあの時は大変だった。少し気を抜けば変な約束事を結ばれそうになる。その度にモモが気づいて、助けてくれたものだ。そういう修羅場の積み重ねでなんとか得たのが状況理解力と判断力。なにせ普通に数千億とか飛び交う世界だった。少しでもミスすればどうなってしまうのかという緊張で何度も眠れない夜を過ごしたものだ。その環境に適応せざるを得なかった。そうして身につけたものが今に繋がっている。

 

「……なるほど。てっきり諜報員でもしてたのかと」

「なんかルカにも同じこと言われたな」

 

 そんな話をしてる間に子爵の屋敷に到着する。俺達はお手伝いさんに裏口へと案内してもらい、そこから屋敷に入る。勝手口を抜けた先は、冷ややかな空気が漂う石張りの通路だった。壁は飾り気のない白壁だ。それこそ肖像画も飾られてなければ、装飾すらされていない。

 

「なんていうか貴族らしくないな」

「ここの子爵は実利的ですから不要なものにお金を使わないのですよ」

「なるほど」

 

 そして俺達は応接室に案内される。部屋を前にして少しだけ緊張する。旅行のつもりだったが、まるで仕事。それこそミスなど許されないという空気が漂っている。どうも俺はこの感じが苦手だ。

 

「もっと気を楽にしていいですよ。何度も言ってますが、カオリの方が立場は上ですから」

「まだ実感が湧かないんだよ」

「はいはい。扉を開けますよ」

 

 メイの手で扉が開かれる。扉の先には白いコートを着た金髪の男がワインを片手に俺達を待っていた。整った顔に気品を感じさせる立ち振舞。それこそ絵に描いたような貴族だ。

 

「……今宵は月が綺麗ですね。メイ第二王女様」

「はい。このような綺麗な月の日に貴方と顔合わせ出来て光栄に思いますよ。シシャード子爵」

 

 そして彼が引いた椅子にメイが腰掛ける。俺は立ったまま男を見る。護衛という立場の人が座ることは基本的にありえない。護衛の仕事は有事の際に守ることだ。それ故にいつでも動けるように構えてなければならない。

 

「そちらの方は護衛ですか?」

「はい」

「……なるほど。彼が例の聖女ルイスの弟君ですか」

 

 彼は俺を品定めするように見てくる。不愉快な視線だ。彼の視線は俺を見ていない。俺越しに背後にいるルイス姉を見ている。俺ではなく、ルイス姉がどんな人物を弟に迎えたのか興味があるのだ。

 

「魔王と呼ぶには破壊が足りず、賢者と呼ぶには謙虚さが足らず、帝王と呼ぶには責任が足りていない」

「なんの話を……」

「だが同時に彼女の成す偉業は人の域を凌駕していた。それ故に彼女を呼称するために"聖女"という言葉が生まれた」

 

 不思議とストンと腑に落ちた。前々からルイス姉は聖女とはかけ離れた存在だと思っていた。それ故に彼女が聖女と呼ばれることに違和感があった。清らかでもなければ正しくもない上に慈悲もない。それでも彼女は紛うことなき聖女なのだ。

 

「聖女。それは人が触れてはならず、推し測るような真似をしてはならない存在……そのような意味が込められたと肩書きです」

 

 この世界の聖女は違う。俺が今までイメージしていた聖女は聖なる者の象徴だった。それ故に道徳的な模範となる正しさや愛を信じる夢想家であるべきだと思っていた。だけどこの世界での聖女が意味するのは不可侵性だ。彼女そのものが聖域だからこそ触れてはならないし、関与してはならない。神を試すべからずというのと同じ理屈だ。誰も侵害してはいけない存在だからこそ聖女。

 善だから聖女なのではなく、誰も扱えないから聖女と呼ばれてるのだ。

 

「だからこそ今回の帰化の件には私もすごく驚いているよ。なにせ聖域を侵したのだからね」

「しかしそれに見合った成果もあったでしょう?」

「そうだね。しかし聖女が我が国に来るとなると話は大きく変わってくる」

「ええ。味方と呼ぶほど信頼はできませんが、敵として警戒する必要はなくなる」

「少なくとも私は今まで以上に聖女ルイスとの緊密な連携を視野に入れて立ち回りたいと考えている。竜対策も当然のことながら観光地という側面もあるのだから税収も期待したい」

「正式にヤミ国に寝返った以上は大きく動いてもエルフが口を出す理由がなくなった。そうなれば当然ながら彼女の経済活動は今まで以上に活発となるから、そこに乗じたいということですね」

「ああ」

「私と同じ見解で安心しました。ただ、その際になるべく阻害しないようしてほしいのです……それこそ重い税を課すとか考えてる場合は遠慮していただきたく思います」

「そのつもりはない。あれとは私も良好な関係を築きたいからね」

 

 2人の話に耳を傾ける。全体的に早口であり、話についていくのが精一杯だ。その速度でも互いに思考を処理し、相手に伝わる言葉選びが出来ている。メイは当然のことながらシシャード子爵も相当な切れ者だ。

 

「ここで聖女ルイスに投資させていく。そして投資した分が損失となることは当然ながら聖女ルイスは惜しむはずです。こればかりは損益の話ではなく、心理の話」

「……そうなれば竜によって投資したものが白紙になることを嫌い、竜対策に私兵を回す。そして自然とドラニクスの軍備は強まる。それも懐を痛めることなくということですか」

「そういうことだ。竜の防波堤(ぼうはてい)となってる、この街の強化は国防の観点からもこの上なく望ましい。だからこそ私の元に顔を出したのだろう?」

「よくわかってらっしゃる。そして貴方は税収と軍備の強化という二重利益ですか。これは来年度の税を少し重くしても問題なさそうですね」

「ハッハッハ! 相変わらず怖い冗談を言う! ……冗談ですよな?」

「もちろん冗談です。そんな苦労を無視して利益だけを掠め取るような真似をするつもりはありません。税率を上げる予定はありませんので浮いた分で私腹を肥やすなり、民に還元するなりお好きになさってください」

 

 今のは俺でも分かる。明確な脅しだ。冗談として言っているし、敵意もなければ嫌味でもない。ただ純粋にその気になればいつでもその利益を没収できるという権力の誇示だ。メイは利益を正確に把握してると遠回しに言っているのだ。そしてシシャード子爵もそれを理解してるからこそ、脅しとして通じている。

 

「そうだ。メイ第二王女様」

「なんですか?」

「これは私の興味本位で聞くこと。もし答えるのが難しいようでしたら、濁していただいてかまいません。聖女ルイスは――公爵に任命されるのでしょうか?」

 

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