悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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26話 試されている

 

 ヤミ国の公爵という肩書きは想像を絶するほどに重い。公爵は一般的には貴族としての最高位であり、国の政治体系のトップであることの証明となる。

 しかしヤミ国の公爵は違う。ヤミ国における公爵の爵位は個人で国家転覆が可能であることの証明だ。

 

 すなわち()()()()()()()()()と認められなければ公爵の爵位は与えられない。政治的な仕事に携わる義務はなければ、責任を一切負うこともない。ただ利益だけを享受(きょうじゅ)することを許されるのがヤミ国の公爵。

 そんなことがまかり通る理由は単純明快。国が敵に回したくない存在だから。それほどまでに厄介だからこそ公爵は好き勝手に振る舞うことが黙認されている。なにをされても敵になるよりマシ。そう判断されたのが公爵なのだ。

 

「……逆に問いましょう。あれが公爵に選ばれないと貴方は思いますか?」

「ありがとうございます。その回答だけで充分でございます」

 

 そして現在の公爵は僅か3名だけ。誰もが認める世界最強であるルカ。敵国の王都を一晩で氷漬けにし、その気になれば山と同等以上のサイズの氷塊を落とすことが可能な魔女マリー。この世界で最強の剣士であり、数年前に起こった獣によるスタンピードを一振りで薙ぎ払った剣聖ロシェ。

 

 メイはそんな公爵にルイス姉が名を連ねると言っているのだ。むしろ公爵にならないのが不自然だと。

 

「ところでカオリ君」

「なんですか?」

 

 メイが少しだけ呆れを含んだ視線を向ける。その視線をシシャード子爵は気にすることなく言葉を紡いでいく。

 

「なにか欲しいものはあるかな。君のことは私も一目置いてるし、お近づきになりたいと思っていてね」

 

 見え透いた嘘と下心から出る言葉。それに嫌悪を覚える。こいつはルイス姉しか見ていない。ルイス姉との繋がりを確保することしか眼中にないのだ。まるで媚びるような声にそうしておけば警戒されないだろうと安易な考えで作られた笑みがそれを物語っている。

 

「それこそ好みの女がいれば私の権限で君の元へ……」

「そういうのは結構です」

「――なるほど。君を不快にさせたみたいで申し訳ない。今のは忘れてもらって結構」

 

 シシャード子爵は貴族としての能力は高い。頭の回転は速く、立場を弁え、無駄に権威を振りかざす真似もしない。それこそメイが話し相手として選んでいるという事実がなによりの証明だ。だけど俺はこいつが嫌いだ。

 

「それとカオリ君。少しだけ忠告しておこう」

「なんですか?」

「私なんかに敬語を使ってはいけない。それは――聖女の格を落とす振る舞いだ」

 

 言われてハッとする。メイの呆れを含んだ視線を思い出す。あれはシシャード子爵ではなく、俺に向けられたものだ。俺の敬語に呆れていたのだ。この期に及んでまだ自分の立場を自覚していないのか。そんな呆れの視線だ。

 

「今の君にはなにもかも足りていない。まずは足りていないことを自覚した方がいい」

 

 言葉が刺さる。今までの常識が通用しない。むしろ日本で築きあげた価値観が足枷となっている。美徳と思ってるものが弱点として露見している。今のままでは駄目という現実が重くのしかかる。

 

「不快を隠す演技も出来なければ、自分の立場を理解すらしていない」

「……俺は貴族として生きていく気はない。いらないお節介だ」

 

 慣れない敬語に気持ち悪さを覚えながら吐き捨てる。感覚では理解しても拒否感がある。敵でもない初対面の人に強い言葉を使うのは苦手だ。

 

「それだと君はいつまで経とうが……」

「シシャード子爵。その辺にしておきなさい」

「ふむ」

「これ以上は毒です。ここから先はカオリ自身で答えを出さなければ成長に繋がりません」

 

 屈辱を覚えた。まるで掌で踊らされたみたいだ。俺はこの屈辱を忘れることはないだろう。彼の言うことはあまりに理に適っており、正論である。だからこそ悔しさが強くなる。

 

「それでは用事も終えましたし、そろそろ帰りましょうか」

「メイ第二王女様。久々にお話出来て大変楽し――」

 

 それは唐突だった。建物が大きく揺れる。俺はすぐに体勢を崩しかけたメイに駆け寄り、転倒しないよう彼女を支える。

 

「……地震か?」

「違います。この揺れは……」

「メイ第二王女様。すぐにお逃げください――敵襲です」

 

 俺は急ぎでカーテンを開けて窓から外を見る。外には火の手が上がっていた。20を超える飛竜の群れに文字通り()()()()()があった。まるで何者かに投げ飛ばされたように家が飛んでいく。

 

「シシャード子爵。私のカオリを使いなさい」

「しかし彼は貴方の護衛で……」

「私の護衛は貴方の兵を何名か借りれば事足りるでしょう。それに彼は異端審問官。この場では一番の戦力とな――」

 

 メイの言葉が止まる。言葉が止まると同時に表情が変わっていく。彼女の赤い瞳は今までに見たことがないくらいに強い嫌悪と怒りを含んでいた。隣にいるだけで空気が重くなる。メイは今まで見たことないほどに敵意を剥き出しにしていた。

 

「前言撤回します。私とカオリで敵を討ちます」

「は?」

「シシャード子爵は飛竜の対応に当たってください」

「王族である貴方が戦線に出向くなど……!」

 

 今まで余裕な表情を見せていたシシャード子爵が明らかに狼狽えている。しかしメイはそんな彼に気を遣う素振りすら見せずに言葉を走らせる。

 

「私の心配は結構。自分の街の心配をしなさい」

「は、はい!」

「カオリ。ロストベリーを持って私についてきなさい」

 

 メイが窓から飛び出していく。それに続き、俺も窓から身を投げる。空中でメイを抱き寄せ、そのまま着地を決めて走り出す。俺の頭では状況が飲み込めていない。だが難しいことを考える必要はない。この場にはメイがいる。メイの指示に従えばいいはずだ。

 

「メイ。血相を変えてどうした?」

「敵の姿を見ました。相手は八将(はっしょう)ゲイジュであり、魔族です」

「……見た目は?」

「豚のような顔をした筋肉質な巨体……オークと言えば伝わりますか?」

「充分だ」

「カオリ。ゲイジュだけは絶対にこの場で殺しなさい。あれは話し合いなど不可能な敵。生かすことは私が許しません」

 

 メイが鳥に変化し、俺の腕から離れる。それと同時に俺もロストベリーを抜く。しかしメイの発言が今までにないほどに物騒だ。そして鳥に化けたメイはついてこいと言わんばかりに飛んでいく。

 

「――っ!」

 

 広間に辿り着く。鼻を突く肉の焼ける臭いが突き抜け、悲鳴の合唱が聞こえる。顔を上げれば、そこには今までに見たことない規模の死体の山が積まれている。この光景を見て俺はメイの怒りを感覚として理解できた。この場にいるのは存在すら許してはいけない生き物だ。

 

「助け――」

 

 腕を伸ばした男の頭が棍棒で潰される。石畳に血が跳ねる。目の前で命が消えていく。その場にいるのは背丈が優に2メートルを超えた怪物だった。鍛え上げられた肉体は、岩塊を組み合わせたかのようだ。丸太のように太い腕には、これまでに奪ってきた数多の命の返り血が、落ちない錆のように染み付いている。

 

「あはっ」

 

 その怪物が片腕で家を持ち上げ、投げ飛ばしていく。まるで力を誇示し、暴れ足りないと言わんばかりに。そんな怪物は人を殺し、うっとりとした表情を浮かべていた。

 

 それこそまるで自分は無害な夢見る乙女ですとでも言いたげな不愉快な笑み。小さく細い目は常に潤んだように半開きで、どこか遠くの空を見つめている。メイの言ってた言葉の意味が嫌でも理解できる。こいつとは話し合いが通じない。

 

「あら。顔の良い坊やだこと」

 

 迷わずロストベリーを抜く。ロストベリーからも強い殺意が流れ込んでくる。あれを殺せと武器までもが訴えてくる。不思議なことに殺すという行為に躊躇いを覚えなかった。俺はあれを人として見ていなかった。ただの怪物として見ていた。

 

「音撃一閃!」

 

 怪物の腹を斬り裂いた。鮮血が舞うが浅い。彼女の硬い筋肉が刃を拒む。その肉はミノタウロスの比にならないほどに硬い。しかしロストベリーの重さと今の俺の技量ならば即死させられずとも確実に致命傷となる。

 

 その怪物は体を大の字にして仰向けに倒れ込む。血が服に滲んでいく。この一撃は肉体を一刀両断するつもりで放った攻撃だった。まさか耐えられるなど想像すらしていなかった。だが、これで勝負は決した。

 

「……せめて遺言くらいは聞いてやる」

「カオリ! 駄目!」

 

 メイの声が届く。その声と同時に反射で受け身を取る。次の瞬間に全身に砕けそうな衝撃が走った。体が吹き飛び、石壁に叩きつけられる。

 

「痛いじゃないの。女の子は殴っちゃいけないんだぞ♡」

 

 耳がキーンとする。視界が定まらない。殴りの威力が桁違いだ。受け身をとってもこれほどの威力の攻撃。幸いにも骨は無事だ。まだ戦える。しかし俺はたしかに敵を倒したはず。いったいなにが……

 

「――は?」

 

 顔を上げる。そこには先ほどの怪物がいた。それも俺がつけた傷は跡形もなく完治していた。目の前の光景に目を疑う。なにが起きている。いったいあれはなんなのだ。そんな混乱してる中で怪物が弾丸のように、拳を振り上げて飛んでくる。俺は反射で体を転がして避ける。

 

「あれ? 思ったより速いわね」

「音撃一閃!」

 

 再び攻撃を叩き込む。しかし先ほどのような手応えがない。まるで見えない壁に阻まれたように攻撃が逸らされるようだった。当然ながら怪物は怪我すら負ってない。心臓の鼓動が速くなる。自分でも自覚出来るほどに焦りが生まれる。音撃一閃は俺が使える中で一番強い技。それが一切通用しない。その事実が俺の神経をすり減らしていく。

 

「これね。愛の力なの」

「惑わされないでください! あれのスキルは再生と適応! 一度受けた攻撃は耐性を持ちます!」

「……うっさいわね。人のネタバラシするんじゃないわよ」

 

 メイが人の姿となって俺の元に降りてきて、先ほどの怪我を治していく。再生と言うならばこちらも条件が同じだ。メイの治癒のスキルはノーリスクで即座に欠損すら回復させるほどに強力なもの。メイがいる限りは俺も即死以外で死ぬことはない。

 

「ずるいずるいずるい!私のものなのに! 私だけの再生スキルなのにぃ!」

「お前の相手は俺だろ!」

 

 メイに振り下ろされた拳をロストベリーで逸らしていく。メイは火あぶりにされようが死ぬことはなかった。この攻撃でも致命傷になることはないだろう。だがメイの不死性は露見させていいものではない。メイが不死であることが知れたら今後の政治に大きな影響が出てしまう。その話をするならば治癒ですらギリギリのラインだろう。

 

「メイは退け!」

「しかし!」

「いいから退け!」

「信じます!」

 

 メイが鳥に化けて遠くに行く。メイがいれば負けることはない。それはこの場での戦闘においての話。メイに人前で不死を露見させるというのは戦闘には勝ったとしても、事実上の敗北だ。こいつは俺だけで倒すしかないのだ。

 

* * *

 

 私はカオリの指示で戦場から身を引く。ここはシシャード子爵に全て委ねるつもりだった。ここの領主はシシャードであり、王族である私が出る幕ではない。

 しかし相手の姿を視界に捉え、話は大きく変わった。ここに現れたのは八将ゲイジュ。それは本来ならばこの場にいるはずのない存在だ。

 

 なにせ――あれは遥か昔にルカによって屠られているのだから。

 

「いったいなにが起きている……」

 

 私は狼の姿で走りながら、怪我人の傷を治癒で治していく。治しながらも思考を止めることはない。八将の中身はともかくとして戦闘力だけならば本物だ。それこそ異端審問官ですら安定して勝つのは困難。今の時代ならば下手をすれば都市が落ちかねないほどの脅威。本音で話すならばカオリには荷が重い相手だ。あれを相手するにはあまりに戦力が足りていない。

 

 必死に策を考える。純粋な戦闘力ならば恐らく今のカオリと五分五分。スキルさえどうにかできれば充分に勝機は出てくる。しかし裏を返せばスキルをどうにか出来なければ勝ちの目は薄い。それなのにスキルの攻略の糸口が見えてこない。

 適応を突破出来る可能性が高い手段は毒殺。しかし毒と言っても即死させる毒でなければ即座に適応されてしまう。それほど強力な毒を今から探すのはあまりに非現実的。

 

「……ルカ」

 

 私が(はやぶさ)の姿になって、王都に戻ってルカを呼んでくる。ルカの脚力ならば王都からここまで20分もかからないだろう。彼女を呼ぶのが可能性だけならば一番現実的。カオリには時間稼ぎに専念してもらう。それが一番良いだろうし、選ばない手段がない。

 だけど私は選びたくない。ルカと八将を関わらせたくない。ルカに嫌なことを思い出させたくない。それこそルカを八将と関わらせるくらいならば、この街を捨てた方がマシだ。

 

「あ……」

 

 ふと思う。そういえば適応の範囲はどこまでなのだろうか。前に聖女ルイスと毒の話をしたことがある。毒と言っても過剰に取ることで毒に変貌するものもある。それこそ代表的なのは酸素だ。生物が生きていくのに必須な酸素。それを毒と認知して適応してしまえば、あれはどうなる?

 

 逆に必要なものがなくなる場合はどうなるのか。それこそ海中に沈めて酸素がない環境に追い込む。適応は私の見た限りだと外部からの攻撃に耐性を得るもの。

 

 私の見立てではそういったものには対応できないのではないのだろうか。焼死は不可能だろうが、周囲の酸素を全て焼いて酸欠にすれば可能性はある。しかし、そのためには密閉空間への誘い込みが必要不可欠。あの筋力を考えると閉じ込めることがあまりに非現実的。

 

「……無理ですね」

 

 一酸化炭素中毒が効くならば話は変わるが、恐らく不可能。一酸化炭素は毒の要素の方が強い。聖女ルイスの話を振り返ると一酸化炭素中毒は血液が酸素ではなく一酸化炭素と結合し、酸素を運べなくなるというメカニズムだったはずだ。血液機能への干渉が攻撃と認識され、それに適応されかねない。ただ着眼点は正しいはずだ。あともう1つ足りていない。なにかもう1つピースがあれば充分に攻略できる。

 

 頭の中に色々なワードが乱立する。飛竜の炎、石造りの家、パンダ、温泉、マグマ溜まり、笹、饅頭、温泉、レンガ、大理石、担々麺、筆ペン、鉄箒……どれもピースとはならない。それらを組み合わせて酸欠にもっていく場面が想像出来ない。

 

「――いや」

 

 私は思考しながら泊まっていた旅館に走る。思考の最中に思い出した鉄箒。武器として直接的な使用は難しいが、逃避には使える。今は最悪に備える。最悪は街が落とされることではない。街と一緒にカオリも落とされることだ。万が一に備えてカオリに退避の手段を与える。鉄箒ならば戦線からの逃亡が可能なはず。

 

 この街を捨て、対策を練った上で討伐隊を組む。私はそういう動きも視野に入れて動いていく。

 

「違う。根本から間違ってる」

 

 おかしい。そもそもゲイジュの襲撃と同じタイミングでなぜ飛竜の襲撃が起こった? あれはそういうスキルを持っていただろうか?

 

 偶然? それにしてはさすがに出来すぎだ。どう考えても作為的なものが感じられる。恐らく裏から手を引いてる黒幕がいる。ゲイジュを蘇らせ、飛竜を使役したやつがいる。そいつの目的はなんだ。この街を潰して、なんの利点が――

 

「……駒集め」

 

 嫌な想像が頭に過ぎる。大事なのは街を落とすことじゃない。ここにいる竜狩りを()()ことだ。もしも相手が死体を使うネクロマンサーならば、強い死体が欲しい。だからこの街を狙った。それはあまりに自然な帰結だ。

 

 旅館に戻った私は鉄箒を回収して走る。もう時間がない。今はカオリに鉄箒を届けるのが最優先。もう思考してる時間は残されていないのかもしれないのだから。だから今は出来ることを――

 

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