悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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27話 転換点

 

 私は英雄譚が好き。だけど英雄が好きなわけじゃない。私が好きなのはヒロインの方だ。

 

 ハンサムな男が抱き寄せて甘い言葉を吐く。その時に感じたトキメキは今でも忘れられない。だけどそれはヒロインの体験であって、私の体験じゃない。私も同じ事を体験したい。そうじゃないと気が済まない。

 

――だから村を焼いてまわった。

 

 私を抱く英雄はすごく格好良くないと駄目。人は悲劇を体験しないと成長出来ない。つまり英雄には悲劇が必要。村は焼けば焼くほど悲劇が生まれる。

 顔の良い男の子だけは殺さない。それは私を抱き抱えてくれる英雄になるかもしれないから。

 

 悲劇がなければ英雄にはなれない。だから私が目をつけた男の子の母親は股を裂いた、父親は頭を潰した。姉がいたら嬲り殺し、妹がいれば下半身を吹き飛ばす。恋人は不愉快だから手足を引き抜いて捨てる。

 私の英雄になる可能性のある男の子に色目を使うやつには凄惨な死が必要だ。そういうヴィランは痛い目を見なければ気が済まない。

 

 私の人生は暗いものだった。私は女の子なのに宝石の1つも与えてもらえなかったし、ドレスすら着せてもらえなかった。そのくせに母親は泣けば許されると思ってるようなカスだった。泣きながら貧乏でごめんねとか言う。わけがわからない。体でも売って稼げばすぐに大金くらい入るだろ。どうしてそんな簡単なこともできない?

 

 だから私は母親を殴った。だって気に食わないから。そしたら死んじゃった。でもどうでもよかった。だって母親はヴィランだから。そのあとにお父さんは私を化け物でも見るかのような目で見てきた。ありえないと思った。こんな可愛い娘をそんな目で見るなんて父親失格だ。だから殴り殺した。それからいっぱいの人が来たけど、全部殴り殺した。

 

 私は家族の愛も満足に知ることなく育った。誰かに愛された記憶もない。世界で一番可哀想なヒロイン。だから英雄に幸せにしてもらわなくちゃいけないの。

 

 これは私ことゲイジュが多くの悲劇を乗り越え、理想の英雄と結婚するまでの物語。

 

* * *

 

 何度か武器を交えて分かる。こいつは心底気持ち悪い。メイの嫌悪に痛いほど共感できる。今までに見たことがないほどの外道。発言の節々から他人の痛みが一切理解出来ない存在だとわかる。そのくせに自己愛だけは肥大化し、自分を悲劇のヒロインかなにかと勘違いしている。1秒も視界に入れたくないほどの不快感。ここまで自分が人に嫌悪を向けるとは想像もしていなかった。

 

「ああ! 私って本当に可哀想!」

 

 無言でロストベリーを叩きつける。こいつとは言葉も交えたくない。だけど同時に無視してはいけない存在だと理解してしまう。中身は幼稚なくせに戦闘力だけは高いのだ。こんな倫理の欠片もない怪物が外に行けば、どれだけの被害が出るか容易に想像できる。こいつの存在だけは容認してはならない。

 

「私ね。昔から愛されたことがなかったの」

「だからなんだよ!」

「こんなに可愛いのにおかしいでしょ。これは世界がそういう呪いをかけてるのよ。だから私は救われなくちゃいけないの」

 

 先ほどから防戦一方を強いられる。体力がじわじわと削られていく。それに対して目の前のオークは息切れすら見せていない。

 適応と再生のスキルを抜きにしても強い。家を軽々と持ち上げるほどの怪力による一撃は油断すれば致命傷になりえる。そのくせに大柄な図体からは想像が出来ないほどに動きが速い。フィジカルだけでも充分過ぎるほどの脅威となるだろう。

 

 ルカの言葉を身に沁みて痛感する。"どんな強いスキルがあろうと最後にものを言うのは素の身体能力と戦闘センス"。彼女が厄介なのはスキルもあるが、それ以上に素の身体能力が厄介過ぎる。もし適応と再生だけならば恐らく俺が勝っている。もしスキルだけしかないならば拘束した上で生き埋めにすればいい。だが彼女の身体能力がそれを許さない。拘束という手段を選べない。

 

『ねぇお兄ちゃん』

 

 戦闘の中、モモの声が聞こえた。いつかのデュラハン戦の時と同じ感覚。思考が研ぎ澄まされ、世界がスローモーションになっていく。頭の中に住まうイマジナリーモモが問いかける。

 

『スキルってなんなんだろうね』

「それって……」

『スキルだけで世界を取れるとは私は思えない。例えば洗脳みたいなスキルがあったとして、それがルカに効くと思う?』

「思わない」

『多分だけどさ。スキルにも通用しなくなる臨界点(りんかいてん)があるんじゃないかな』

 

 イマジナリーモモが消えて、世界が加速する。オークの拳をロストベリーで受け止める。しかし臨界点という視点で考えたことがなかった。スキルは万能じゃないというのは理解していたつもりだった。その視点が足りないピースを補っていく。攻略の糸口が見えてくる。この適応すら貫通するほどの威力の攻撃を叩き込み、強引に突破する。音撃一閃すら凌駕する技。それで確実にこのオークを屠る。

 

「カオリ!!」

 

 メイがこの場に戻ってくる。オークが俺からメイにターゲットを変える。だけどメイは怯まない。ここまで担いできた鉄箒を俺に投げ渡す。鉄箒が宙を舞う。メイに接近するオークを蹴り飛ばし、鉄箒を掴む。

 

 それで勝ち筋は掴めた。勝ち方もイメージ出来た。

 

 俺はメイの方を見る。この方法ならゲイジュに勝てるかもしれない。しかしメイに負担を強いることになる。下手をすればメイの不死性を露見させてしまうかもしれない。もっと賢い手があるはずだ。それを考えた方が……

 

「カオリ! 私を信じなさい!」

 

 メイの力強い言葉で迷いが吹き飛んだ。メイが信じろと言った。その言葉を疑う余地などない。

 

「メイ。少しだけ持ちこたえてくれ!」

「はい!」

 

 俺はこの場をメイに任せて鉄箒で空へと飛び立った。

 

* * *

 

「貴方可哀想ねぇ……まさか置いていかれるなんてね」

 

 本当に吐き気がする。なんで八将のような外道を再び視界に入れないといけないのだろうか。八将というのはどいつもこいつも外道ばかりだ。ゲイジュとは直接会ったことないが悪評だけは聞いている。

 

「ルカにヴィランとして討伐された勘違いブス」

「……あ?」

「貴方みたいな豚女がヒロインになれると思いましたか? 鏡を見たら……ああ、美醜感覚(びしゅうかんかく)が壊滅的な貴方には無意味ですか」

「殺す!!」

 

 安い煽りに乗る。本当に品位の欠片もない。ゲイジュは棍棒を振り下ろして私の肉体を潰す。私は当然ながら戦闘が出来るタイプではないので避けられない。そのまま臓物と骨を撒き散らかす。

 

「ふふっ。お馬鹿さん」

 

 地面に零れた臓物に口を作って煽る。私は不老不死。死なないのだからゲイジュの攻撃は怖くない。

 それに彼女の攻撃も痛くない。なにせ痛覚というのは生物が抱える防御反応。つまるところ危険なものに反応するのが痛覚。不老不死において肉体の欠損は危険じゃない。だからこそ痛みにはならないのだ。

 

 ただ不死性を露見させたのは少しだけ面倒だ。まぁしかしカオリの世界にあるカメラのような道具が存在しているわけではない。所詮は言伝で広まるだけだ。それに最悪は口封じだって出来ないわけじゃない。

 不死性の露見は面倒なだけで致命傷というわけではない。いくらでも取り返しがつくもの。そこまで深刻に捉えることもない。

 

「貴方は誰も愛さない。だってブサイクだから」

「どうして! なんで死なないのよ!」

 

 ゲイジュが手当たり次第に棍棒を振り下ろしていく。私はそのまま肉体をゼラチンに変えてゲイジュにまとわりついていく。そして静かに全身の穴を塞いでいく。

 

「っっっっっう!!」

 

 耳の穴から侵入して軽く脳みそを直接かき回してみたが、やはり適応されてしまった。しかし痛みは感じるようでのたうち回っている。

 ゲイジュは私を振りほどこうと暴れるが、簡単には逃れられない。なにせ今のゲイジュは底なし沼にハマったようなもの。純粋な力で抜けられるようなものではない。

 

「貴方のように与えられることを望むだけの存在は英雄譚のヒロインになれるわけがない」

 

 あれから私は酸素を奪う方法を考えていた。その時に思いついたのが私がとろみのある水のような液体に変える方法。私は撤退も視野に入れながらも攻略を諦めたわけではない。なにか手はないかと頭は回していた。

 その結果として辿り着いたのが、この方法だった。

 

「その程度で私が倒せると思ったのかしら?」

 

 ゲイジュが自分の頭を潰す。それと同時に再生を開始した。こればかりは予想外の一手だった。頭を潰すことで私の拘束から抜け出して酸素を得る。そうすることで窒息を免れる。とても頭の良い手だ。てっきり脳筋と思っていたので、そういう判断が出来る賢さを持っているのは予想外。

 

 しかしそれは愚策。なにせ酸欠が弱点と言っているようなものだ。

 

「さてと」

 

 ただ私の仕事は時間稼ぎ。このまま私が片付けてもいいが、カオリがやると言うのだから彼に全て委ねてしまう。

 

「貴方は終わりです。さようなら」

 

 そろそろ頃合いだ。あとは私のカオリがゲイジュを倒すだろう。

 

* * *

 

 鉄箒をひたすら上空に飛翔させる。

 高度からの落下エネルギーとロストベリーの質量を掛け合わせれば、あれの適応を打ち破れる。少なくとも俺はそう考えた。

 

「邪魔!」

 

 俺の行く手を阻む飛竜2体の首を反射で跳ねる。こんな雑魚に手間取ってる時間はない。俺はメイに負担を強いている。一刻も速く、上空へ向かわなければならない。

 

「……酷いな」

 

 上から見た光景は凄惨なものだった。多くの建物は半壊し、石畳の道は割れている。この光景を見て自然とロストベリーを握る力が強くなる。失った街が戻ることはない。あの景色を見ることは二度と叶わない。俺はこの街が気に入っていた。好きな街だった。その街をここまで壊したやつが憎い。あのオークが憎くて仕方ない。俺はあれを絶対に許せない。

 

「うっ……」

 

 目眩がする。耳と鼻に激しい痛みが走る。冷たい空気が刃のように刺さる。気圧低下、温度差、酸素不足。その負荷が肉体に襲いかかる。身体能力で誤魔化しているが急上昇による負荷は完全に無視することは出来ない。

 

 ロストベリーが俺に訴えてくる。ここで倒れるな。なにも成し遂げていない。私達はあれを倒さなければならない。そう心に訴えてくる。その訴えに応じて理性を保つ。

 

 必死に堪え、霞む目で下を見る。もはや街は点となって見えない。ここから狙った位置に落下し、的確にロストベリーを叩きつけるのは至難の業だ。でもやらなければならない。そうしなければ勝てない。

 

「よしっ!」

 

 雲を突き破ったタイミングで飛翔を止める。鉄箒を稼働させたまま、それを足場にして立ち上がる。

 

 俺は下を見て、生唾を飲んだ。その高さに少しだけ足が震える。この高さから落ちれば間違いなく無事では済まない。全身の骨は確実に粉々になる。

 

 しかし退けない。ここであいつを見逃すという選択肢はありえない。多くの人が死んだ。あいつを生かせばこれからもっと悲劇が起こる。それを看過してはならない。

 

「いくぞ。ロストベリー」

 

 勇気を振り絞り、鉄箒から落ちる。軽いGが全身に襲いかかってくる。

 やってることはパラシュート無しのスカイダイビングだ。間違いなく正気の沙汰じゃない。だけど不思議と死ぬ気はしていなかった。

 この下にはメイがいる。どんな怪我を負おうが、メイが治してくれる。そういう信頼があるからこそ飛び降りという選択肢を選べた。

 

 恐怖が緊張でかき消されていく。きちんと攻撃を当てられるかどうかという不安。スカイダイビングで狙った場所に寸分の狂いなく落ちるのは至難の業。多くの奇跡が積み重なった先に成功のある大博打。もし外せば全てが無駄になる。

 

 しかしロストベリーは失敗するということを一切考えていない。それが持ち手を通して伝わってくる。ロストベリーは俺を信じ、絶対に成功させるという全面的な信頼を預けている。その事実が俺に勇気をくれる。

 

 落ちるにつれて、点でしかなかった街が大きくなっていく。その頃には不思議と落ち着いていた。それどころか妙な全能感があった。バチバチと音がする。肉体から桜色の稲妻が迸る。

 

 あの女を視界で捉える。ロストベリーを力いっぱい振り上げる。あれはメイに気を取られて、俺を見ていない。もう俺を逃げたものだと思っているようだ。距離が詰まっていく。

 

 こに一撃に躊躇いはない。緊張もなければ恐怖もない。あるのは少しの嫌悪と怒りだけ。その健全な状態が俺のパフォーマンスを引き上げる。

 

「――断雷(だんらい)!」

 

 ロストベリーから桜色の稲妻が飛び散った。バリアのような障壁は割れ、刃が太い首に届く。この一撃の前では筋肉も骨も全てが無意味。その程度で防げるほど軽い攻撃ではない。

 

 オークの頭が衝撃で弾け飛ぶ。その一撃で街が大きく振動し、地面を大きく抉る。周囲の建物を吹き飛ばし、大穴を開けた。それほどまでの威力を持った一撃。生物を殺すには有り余るものだった。

 

「っ!!」

 

 その一撃と同時に地面に叩きつけられる。衝撃に耐えきれず骨が砕けていく。痛みで叫びだしたくなるが必死で堪える。メイがそんな俺に大慌てで駆け寄り、傷を即座に治していく。

 傷を治されながら俺は横目で死体を見る。死体は頭だけではなく上半身すらも吹き飛んでいた。頭だけのつもりだったが、それだけで済むような威力ではなかったらしい。

 

「カオリ!! 勝ちましたね!!」

 

 傷を治し終えたメイが俺に抱きつく。その言葉で全て終わったのだと実感した。そうすると一気に疲れが押し寄せてきた。どんなに体の怪我は治ろうが疲労は消えない。こんなに疲れたのは何年振りだろうか。

 

「メイ……あれはなんだったんだ」

「あれは……」

 

 メイが説明しようとした時だった。死体が粒子となって消えていった。そして残されたのは手のひらサイズのモニュメント。あの嫌悪すべきオークの形をした彫刻だった。それがまるで戦利品と言わんばかりに転がる。

 

「……どういうことだ?」

 

 魔族は死んだら遺体も残らず、このような形になるものなのだろうか。俺はメイに解説を求めるように視線を向けた。

 

「私も初めての事態で混乱しています……わけがわかりません」

「そうか」

「そもそもあのオーク、八将ゲイジュはとっくの昔に死んでいます。死人が蘇ったとしか言えません」

「……は?」

 

 つまり俺は死体と戦っていたとでもいうのか。そもそも生き物が生き返るなんてことがありえるのか。この世界は教会に死体を持っていけば蘇ったり、魔法で死がなかったことになるような世界ではないはずだ。そこまで死が軽い世界じゃない。少なくとも俺はそう認識していた。

 

「詳細に関してはこれから調査するところです。カオリも状況が分かるまでは他言無用でお願いします」

 

 メイが気色悪いモニュメントを拾って、懐にしまう。正直もう二度とあれとはやりあいたくない。またあれが復活したらと思うとゾッとするところがある。

 

「……特にルカさんには絶対に言わないでください」

「どうして?」

「個人的な事情です。こればかりはカオリにも話せません」

「わかった」

 

 思考は疲労で泥のように重い。難しいことは明日にでも考えよう。正直今はなにも考えたくない。俺はその場に座り込み、荒い息を吐き出す。穴の底から見える景色でも崩壊した街が目に入る。今回の戦いでゲイジュに勝ったが、取り返しのつかない被害が出てしまった。その事実があるから勝ったというのに素直に喜ぶ気にはなれない。

 

「……飛竜はどうなった?」

「竜狩りが対応中です。カオリが一段落したら私も助太刀にいきますが、恐らく平気でしょう」

「そっか……」

 

 一休みしてると静寂を破るように足音が聞こえてきた。 瓦礫の陰から一人、また一人と怯えながらも顔を出す。そして彼らは俺達のいる穴の底を覗く。彼らは俺が空から降ってきた光景を見ていたのだろう。あの絶望的な怪物を一撃で粉砕した瞬間を。

 

 それから次第に俺とメイのいる穴を囲むように、少しずつ人だかりができていく。誰もが言葉を失い、呆然とこちらを見つめている。そんな中で1人の少年が、震える指で俺を指差した。

 

 「……勝ったんだ。あいつを、倒してくれたんだ!」

 

 その一言が合図だった。人々の視線が、突き刺さるように俺に向けられる。熱を帯びた視線が俺に向けられる。その少年の声を合図に称賛が浴びせられる。その体験が俺の世界を変えていく。

 

「あの人こそが英雄だ!」

 

 それが俺の転換点だった。

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