悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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3話 初めての戦争

 王都全体が影に包まれる。空に目を向けて俺は絶望した。上空に浮かぶ氷塊(ひょうかい)は日差しを遮りつつ、冬の到来を告げるかのような寒さを感じさせていく。もしも落とされれば王都は確実に終わる。それが誰の目にも明らかだった。

 

『私達には貴方達を終わらせる手段があります。もしも降伏するようであれば命は助けましょう』

 

 王都に声が響き渡った。それはヤミ国からの降伏勧告だった。降伏すればなにもしない。戦いを続けるようであれば氷塊を落とす。俺たちにそう告げたのだ。戦争はなんの前触れもなく、唐突に始まったのだ。

 

「無理だろ……」

 

 この状況になってルカ副団長の言葉の意味が痛いほど分かる。こんなの勝負になるわけがない。戦争にすらならない。これから行われるのは一方的な虐殺だ。最初から負け戦だったのだ。

 

「なにを考えている!!」

 

 思わず叫び声をあげた。こんなにも戦力差があるのにどうしてこの国は戦争の継続を選んだのだ。この国の王はなにを考えている。ここまで圧倒的な差があるのに戦うなど無駄に人を死なせるようなものではないか。俺は心の底から国王を軽蔑する。なにをどうやったらあれに勝機を見出せるというのだ。もう個人でどうにかなる状況はとっくに過ぎ去っている。

 

 既に城内は統制が取れずに滅茶苦茶だ。目の前にある死に怯え、今すぐ降伏すべきだと唱える者や敗戦国の末路を考えて最後まで戦うべきだと唱える者。各々が好き勝手に(ののし)り合うような最悪な状況。もはや戦えるような状態ではない。

 

「大変だ! クヤーク団長の姿が見えねぇ!」

 

 そんな中でクヤーク団長が逃亡したという報せが入る。あのクズはこのような状況で自己保身に走ったのだ。そうして俺達は頭を失った。当然ながら指揮系統は乱れて大混乱一歩手前だ。満足に指揮すら取れない。もう騎士団が軍として機能しなくなっている。

 

「はいはい。みんな焦らないの」

 

 そんな混沌とした状況でルカ副団長が現れる。彼女の表情は絶望するわけでもなければ、憤慨するわけでもない。当然ながら焦りも一切ない。それこそ普段通りの表情だった。この場にいる全員の視線がルカ副団長に集まっていく。

 

「まず私達のやることを整理しよっか?」

「やることですか……」

「そうそう。降伏するか戦うのかどうするのかって話」

 

 降伏に決まってるだろと皆が叫ぶ。当然ながら俺も叫んだ。ここで戦っても犬死にするのは明白だった。

 

「私は降伏には懐疑的かな。降伏しようにも馬鹿な国王が邪魔なんだよね。それこそ死にたくないから降伏は少し浅慮(せんりょ)じゃないかな」

「それは……」

「降伏しようとしたから死罪なんてなったら笑えないよね。だからやっぱり一度戦ってみない?」

「戦っても勝てるわけが……」

「勝たなくてもいいんだよ。戦ったというポーズさえ取れれば問題ないよ」

 

 その言葉に皆が言葉を失った。まるで虚を突かれたかのようだった。だけど本当にルカ副団長が言うような単純な話なのだろうか。それこそ俺達の人権は保証されるのだろうか。

 

「とりあえず南の部隊の指揮はボブさん、東の部隊の指揮はユラさんお願いしますね。まぁ判断は各々任せるけど、無理しなくていいからね。適当なところで白旗をあげちゃいな」

「北は……」

「勇者が単独で防衛に当たるみたい。他に質問のある子はいる?」

 

 ルカ副団長の言葉で統率が取れていく。彼女は言葉だけで、この場を収めたのだ。ルカ副団長のおかげで俺も冷静になっていく。

 頭が冷静になったからこそ分かる。彼女だけは不気味なほどに落ち着きすぎている。この氷塊にクヤーク団長の逃亡。普通は少しくらい動揺の素振りを見せるだろう。

 

「……勇者ってことはカオリが行くのですか?」

「まさか! 勇者フウガの方だよ。この国で勇者といったらフウガのことでカオリは平民だから勇者と呼ばないよ」

「よかった……」

 

 誰かが俺の安否を気にかけてくれていたようだった。どうやら俺は意外と慕われていたらしい。

 

「まぁ北の方は国王陛下が勝手に決めたことだし、私は一切関与してないよ。本当は口出ししたかったんだけどね」

 

 ルカ副団長はなぜ戦うのか。彼女はどういう結末を思い描いているのか。そう考えた瞬間に一気に彼女のことが理解できなくなった。恐怖すら覚えた。

 

「あ……」

 

 嫌な想像が浮かぶ。もしかしてルカ副団長は最初からこの国を守る気などないのではないか。彼女だけが別の目論見(もくろみ)で動いている。不思議とそんな気がした。しかし別の目論見だとして……

 いや考えてる暇はない。今は指示通りに動くことだけ考えろ。きっとルカ副団長がなんとかしてくれる。

 

「カオリ君は……とりあえず東の方に行ってくれるかな」

「ルカ副団長。西はどうするのですか?」

「私が1人で行くよ」

「え?」

「大丈夫。どうにかなるなる」

 

 それだけ言うとルカ副団長は自分の背丈よりも大きな戦斧(せんぶ)を片手で持って、どこかに行ってしまった。俺はルカ副団長に違和感と少しの不安を覚えつつ、指示された通りに動いた。

 

 

 俺が配属されたのはわずか100名の部隊だった。戦場に出るまでは不安の方が強かった。たったそれだけの兵力でなにが出来るというのか。だけどそんな考えは杞憂(きゆう)だと思い知らされた。

 今はそれだけの兵力で十分だと俺は本気で思っていた。なにせ東にいる敵はわずか1人だったのだから。

 

「どうも。ボウショク教異端審問会第六席のピエロです」

 

 異端審問会はヤミ国のボウショク教が誇る最強の武力部隊と聞く。俺の目の前にいるのはその一角。しかし彼からはルカ副団長のような規格外の強さは感じられない。それこそ少し背伸びすれば勝てるとすら思ってしまう。だからこそちょっとだけ希望が持てた。ここを乗り越えればきっとどうにかなると。

 

「あなた達は異端なのでぶっ潰しますね」

 

 骸骨(がいこつ)の仮面に鎌という死神みたいな姿をした青年。ピエロと名乗った彼はただ静かに俺たちが仕掛けるのを待っている。

 俺は剣を抜いて、静かに相手に向ける。いま俺が持っているのは木刀なんかじゃない。本物の剣だ。これで叩けば人が死んでしまう。その事実に直面して少しだけ手が震える。

 

「敵は1人だ! 囲めぇええええええ!」

「今日から百人斬りのピエロなんて言われるようになるんですかね」

 

 たった一呼吸から放たれた鎌の一振り。俺は反射的に剣を構えた。その瞬間に俺以外の全員が戦闘不能にさせられた。

 

「は?」

 

 思わず言葉を失った。目の前の光景が理解出来なかった。

 ピエロは目の前で鎌を振っただけ。その風圧……否、飛ぶ斬撃によって全てが両断されたのだ。この一手で戦争の常識が変わる。地球の戦争は数が物を言った。しかしこの世界の戦争は違う。数より質が物を言うのだ。

 それを身に沁みて理解させられる。きっとグループ国は彼のような戦闘力を勇者(おれたち)に期待していたのだ。

 

「峰打ちです。殺していません」

 

 ピエロが俺に向けて言う。倒れた仲間に目を向けると気を失ってるだけで死んではいなかった。それどころか出血すらしていなかった。

 

「飛ばしたのは斬撃じゃなくて殺気。強い殺気の前だと人は気を失うそうです」

「手の内を教えていいのか?」

「そういう指示ですから」

「指示?」

 

 目の前の存在は紛れもなく化け物だ。あまりに人の域を逸脱した技を見せられた。だけど俺はルカ副団長よりは怖くない"と思ってしまう。ルカ副団長に比べたら勝ちの目があるのではないかと考えていた。彼は強いがルカ副団長のような理不尽さを感じないのだ。

 頭の中で必死に戦術を練る。身体能力強化で一気に間合いを詰めて首を切り落とせばいけるだろうか。きっと見切られるだろう。ならばそれを見越してフェイントで……そういった思考が張り巡らされていく。

 

「さて、降伏するなら痛い思いはさせませんし、殺しもしません」

 

 降伏すれば痛い思いはしない。その言葉に心が少しだけ揺らぐ。俺はこの国が嫌いだ。滅んだところでざまぁみろとしか思えないだろう。だけど降伏なんて選択肢はない。もしもここで降伏すれば俺たちだけは助かる。()()()()()以外の全員が助かるだろう。

 

 彼女だけは助からない。なにせ彼女は俺達と違い、この国の上層部だ。末端ならともかく上層が無罪放免なんてことはありえない。だからこそ退くわけにはいかない。ルカ副団長が言うような降伏では駄目なのだ。

 もう戦争で勝ち目はない。しかしピエロを倒し、彼を人質に取ってヤミ国と交渉に持ち込むくらいは出来るはずだ。そうすればルカ副団長()()なら助けられるかもしれない。だが生け捕りなんて考える余裕のある相手ではない。当然ながら本気で殺すつもりでいく。もし死んでしまったら、彼を生きてるように思わせて交渉する。少なくとも彼の存在を利用しなければ、ルカ副団長は助けられない。

 

「降伏なんかしねぇよ」

「愚かですか?」

「笑いたきゃ笑えよ」

 

 この国のことなんかどうでもいい。ただルカ副団長が嫌な目に遭ってほしくない。だから俺は剣を取った。ルカ副団長がここに俺を配置したのはきっと俺が彼に勝てると判断したからだ。俺はルカ副団長の信頼に報いねばならない! そのためにここでピエロを討つ!」

 

「うおぉおおおおお!」

 

 身体能力強化で極限まで速くした一振り。音も置き去りにする一撃だった。しかしそれをピエロは涼しい顔して受け止めた。ちょっと交えただけで嫌でも分かる差。俺より確実に強い相手。まるで死神と対峙しているようだった。一手でも判断を間違えれば死ぬ。そう本能が告げている。

 

「おやおや。さっきまで剣を向けることに躊躇(ちゅうちょ)していたのに攻撃に迷いがない」

 

 高速で振られる鎌。それを海老反りになって、辛うじて回避する。

 追撃と言わんばかりに再び鎌が降り下ろされる。それも地面に転がりこむように回転して辛うじて回避する。

 どの攻撃も無駄がなく、確実に命を狙ってくる。ただ避けることに精一杯で攻撃に転じられない。このままじゃジリ貧で死ぬのも時間の問題だ。

 

「殺しは初めてでしょう。怖くないのですか?」

「うっせぇよ!」

 

 彼の煽りには耳を貸さない。少しでも別のことを考える余裕なんてない。彼は喋りながらも鎌は速度を落とすことなく振っている。

 俺はそれらを必死に避け、命を繋いでいく。どの攻撃も間一髪での回避。決して余裕があるとは言えない。少しでも判断が遅れたら死ぬ。その事実が今までにないほど俺のパフォーマンスを向上させていた。この緊張感の中で俺は成長していたのだ。初めての命の奪い合い。その経験が俺を現在進行形で強くしていく。

 

「……ふざけるな」

 

 何度か避けてるうちに突如としてピエロの怒鳴り声が響き渡った。最初こそ勝ち目がないと思った相手。しかし次第に目が慣れ、鎌の軌道が見えるようになってきた。身体能力強化を使えば避けれない攻撃ではない。だが避けるのが精一杯。攻撃する余裕がない。このままだとジリ貧だ。その事実が焦らせていく。

 

「僕は異端審問会の第六席なんだぞ! 強いんだぞ!」

「だからどうした?」

「なのになんでこんな雑魚に……!」

 

 勝利の女神は俺に微笑んだ。そんな確信があった。

 怒りに任せた大振りの一撃。その動きはあまりに隙だらけなものだった。もし彼が少し冷静ならば俺に勝ち目はなかっただろう。だが彼は子供が癇癪(かんしゃく)を起こすかのように感情に飲まれた。恐らく彼も実戦経験が少なかったのだろう。

 きっとなんでも思い通りになる環境で生きてきた。だから思い通りになることが許せない。もし彼が少しでも大人だったら負けていたのは俺の方だった。

 

 その一瞬を見逃すことなく、一気に踏み込んで間合いを詰める。先ほどの躊躇(ためら)いは嘘のように消えた。今ならば確実に倒せるという確信があった。そのまま迷うことなく首を斬りにいく。彼は本来ならば俺が何度挑もうが勝てる相手ではなかった。これはあくまで運が良かっただけなのだ。その運の良さに感謝する。

 

「……だよね。そうくるよね」

 

 ――しかし現実は俺の思い描いたようにはならなかった。

 

 剣が奴の首を斬るより先に奴の鎌が割って入る。カキンと鈍い金属音が響き、俺の剣が折れた。思わず唖然(あぜん)としてしまう。なにが起きたのか理解できなかった。状況を整理しようと脳が回す。

 

「見え透いた演技の激昂(げっこう)。それに引っかかるのは愚かだよ」

「演技……だと?」

 

 現実が受け止められない。確実に勝っていた。それなのに剣が折れるなんていう不運で戦局が一気に変わった。勝利への道筋が音を立てて崩れていく。このままじゃ殺される。なにか手はないのか。必死に逆転の手を探していく。だけど希望はなにもない。

 

「剣が折れたのは不運じゃない。優れた戦士は鋼程度を斬るのが絶対条件とされている」

「まさか!」

「強者は当然のように剣そのものを斬りにくる。受けが甘いんですよ」

 

 死神の蹴りが腹に叩き込まれる。その一瞬がとんでもなく長く感じる。このままピエロの追撃で俺は殺されるだろう。しかし不思議と死の恐怖もなければ、理不尽な負け方への怒りもない。あるのは悔しさだった。勝てたはずなのに勝てなかった。その現実が悔しい。もしも俺が演技に気付けていれば……! もっと冷静になって勝負を急がなければ勝ちの目はあった!俺が……!

 

「そこまでだよ。ピエロ」

 

 しかし地面に体が跳ねる前に俺は誰かに優しく受け止められた。顔を上げるとそこには見慣れたルカ副団長の顔があった。俺は彼女の顔を見て安堵した。彼女ならば彼が相手でもどうにかなると妙な確信があった。

 

 だけど彼女の顔を見て申し訳なさも覚える。彼女は俺が勝てると思って送り出してくれた。俺はその期待に応えられなかった。もう合わせる顔がない。

 

「副団長……」

「別に降伏してくれてもよかったのに。まぁそんなことはしないって知ってたけどさ」

 

 だけどそんな安堵も罪悪感も一瞬で吹き飛んだ。彼女は俺を地面に降ろし、武器を構えるどころか敵意を向けることなくピエロに向かって歩いていく。彼女はまるで友達に話しかけるような軽さでピエロに声をかけたのだった。

 

「カオリ君。そこそこ強かったでしょ?」

「どうでもいい。それよりルカは仕事は終えたのか?」

「もちろん。ちゃんと勇者も潰したし、工作も済ませたよ」

 

 目の前の敵が彼女と親しげに話し始める。意味がわからない。俺は恐る恐るルカ副団長の顔を見る。そこにはいつも通りの彼女の穏やかな顔があった。慌てるわけでもなければ、怒りに満ち溢れてるわけでもない。ただ穏やかなだけの顔。それはあまりにこの場に合っていない。少なくとも敵に対して向けるそれではなかった。いったいなにがどうなっている?

 

「あーごめん。そういえばカオリ君に言ってなかったね」

 

 状況が理解出来ない。あれは敵だと叫ぼうとするが口が動かない。だけど彼女は俺を無視して、嫌でも現状を飲み込まざるを得ない一言を告げた。

 

「私はルカ・エリアス。ボウショク教()()()()()()()()なの」

「……は?」

 

 世界が無音になった。風の音すら、耳が受け入れを拒んだ。言葉の意味が遅れて体の芯に突き刺さる。一瞬だけ息が出来なくなる。現実を咀嚼(そしゃく)し、なにが起きたか理解する。それでも受け止められずに脳が混乱する。

 ルカ副団長が異端審問会。その言葉が頭の中で何度も反復する。彼女は最初から敵だった。俺に優しくしてくれたのも全て嘘だったのか。そうだとしたらこれは全て茶番。俺はなんのために……

 

「最初からヤミ国の人間だった。それで副団長になって色々と内部工作をしてました。てへぺろっ」

「どう……して……」

「そりゃ戦争で勝つため?」

 

 ルカはいつもの軽口で言う。まるで罪悪感など覚えてないと言いたげに。それこそ彼女からしたら"てへぺろっ"で済ます程度のことなのだろう。それこそ家族のお菓子を勝手に食べたのと同じような感覚でしかない。彼女だけはこの場をシリアスとして一度も捉えていなかった。だからこそノリが異様なまでに軽い。

 

 俺の今まではなんだったのか。これまでの頑張りが全て否定されたかのようだった。ただ純粋な怒りが込み上げてくる。だが冷静に振り返ると彼女の行動に全て合点がいってしまう。それを推論する材料も十分過ぎるほどにあった。ルカ副団長はヤミ国と戦争になるが自分は死なないと語った。

 

 最初から身内なのだから死ぬわけがない。逃げないのはそもそも逃げなくてもどうにかなる立場だから。俺は死なないというのも今思えばヤミ国に話を通しとくという意味だったのだろう。

 

「そもそも私がいて戦争に負けるなんてありえないでしょ。カオリ君は私の強さを見抜いてたんだから、そこまで考えなきゃ」

 

 仕事を途中で投げたら怒られるという彼女の言葉も今ならば意味が分かる。彼女だけは別の立場だったのだ。ルカ副団長だけが命を賭けていなかった。

 自身の身の危険すら感じていない。だからこそあのような発言が出てきたのだ。あれはグループ国の王様や貴族に怒られるという話じゃない。ヤミ国に怒られるという別のベクトルでの話。最初から見てるものが根本から違ったのだ。

 

「それで何の用だ? 作戦の変更でもあったか?」

「違うよ。ただ仕事が終わって暇になったからカオリ君の様子を見に来たんだよ。けっこう強かったでしょ?」

「……荒削りだな」

「でも磨けば光りそうでしょ」

「僕をここに配属したのってそういうことか!?」

「うん。ちょっとカオリ君に実戦経験を積ませたかったからだよ。人は戦いの中じゃないと強くなれないしね」

 

 俺はルカ副団長を……ルカの手を振り払って立ち上がる。今までルカは俺を騙していた。その事実に苛立ってくる。俺は彼女のために命を張って戦った。彼女のことを想って剣を握った。それなのにこの仕打ちは許せない。俺がどんな思いでこの国にいたと思ってる。俺がなんのために騎士団で頑張ったと思っているのだ。

 

「カオリ。もしかして怒ってる?」

「当たり前だろ!」

「まぁ騙してたのはごめんって。でも私も仕事だったんだよ。どっかで埋め合わせはするから許してよ」

「ふざけんな! じゃあ俺はなんのために戦ってたんだよ!」

「えーもしかして私のために戦ってくれてたのーやだーかっこいい!」

「……お前!」

「でも私はそんなこと一切頼んでないからね」

 

 ルカは冷たく言い放った。心底どうでもいいとでも言うかのように。ふざけるな。今まで俺が真剣にルカのことを考える様子をどんな気持ちで見ていたのか。そんなことを考えると腸が煮えくり返りそうになる。

 今すぐにでも飛び掛かってぶん殴りたい。だがルカの顔を見て、そんな考えが消え失せる。彼女の目は捕食者の目をしていた。死が俺の隣に迫っている。ピエロの時とは比べ物にならない本物の死の気配。全身が小刻みに震える。死の恐怖が怒りの熱を冷ましていく。ダメだ。怒りを鎮めろ。冷静になれ。そうじゃないと殺される。

 

 遺伝子に刻まれた生存本能が俺の熱を冷ましていく。本能がそうしなければ死ぬと叫んでいる。俺は恐怖で震えながら声を絞り出す。死ぬと分かっていても言いたいことがある。言わなければならないことがある。

 

「……最初から、俺のこと笑ってたのか?」

「さすがにそこまで人の道は外れてないよ。少し罪悪感を覚えつつ必要経費として割り切ってたかな」

「ふざけ……」

「まぁ一段落したし、この国の結末(フィナーレ)を楽しもうよ。カオリ君もこの国のことは大嫌いでしょ?」

 

 俺は強引にルカに手を取られる。そして彼女は満面の笑みで言う。俺に対して罪悪感を覚えることもなければ、小馬鹿にするわけでもない。それこそ友達に遊戯で勝った時に見せるような笑顔だ。死が俺の肩から降りる。ようやく肺に酸素が入って、全身の力が抜ける。

 

 その時には怒りを覚えてることすら馬鹿馬鹿しくなってきた。まるで本能が"生きてるだけで儲けもの"とでも言っているかのようだった。俺の理性が俺に言い聞かせるように語る。

 

 ――そもそもなんの被害も受けてないし、失っていない。

 

 なによりもルカのために剣を取った。その彼女が何事もなかった。それならば俺の怒る理由なんてないだろうと。俺の全てがルカと敵対するなと言っている。感情は拒否を示し、理性は言い訳を語る。

 

 純粋な死の恐怖は全てを狂わせる。怒りを無効化することに無意識で全てのリソースを使われたのだ。理由はもちろん"生存のため"。そうさせるだけの力がルカにはあった。俺は怒る権利すらルカに奪われたのだ。

 

「私がエスコートしてあげる。最低な国とクソみたいな王の最後を一緒に見ようよ?」

 

 彼女の方から俺に歩み寄り、手を差し出してくれている。俺は彼女の手を掴むしかなかった。それ以外の選択肢など最初から存在しなかったのだ。死の恐怖と生存の安堵。それを高密度で浴びた俺の心は感情を出力することも出来ないくらいに疲弊していた。

 

「ちゃんと案内しろよ。異端審問官の一席様」

「もちろん。期待していいよ」

 

 それから瞬く間にグループ国は崩壊した。当然ながら国王は最後まで降伏宣告をすることはなかった。しかし氷塊という目に見えて分かる恐怖に大衆は屈し、煽られるがままに反乱を起こした。その反乱には当然ながらルカもピエロも手を貸した。もし勇者がいたら少しは変わったのかもしれない。だが勇者は既にルカに落とされていた。もはやグループ国は反乱に対応出来る戦力を持ち合わせていなかった。それこそルカがいつの日か語ったような一方的なものだった。

 

「氷塊も落ちることなく終了。見事なまでの無血開城だね」

「ルカ……」

「もう副団長って呼んでくれないんだ。まぁ騎士団解散したし仕方ないか」

「俺はこれからどうなりますか?」

「もう話もつけてるし、悪いようにはしないよ。普通にヤミ国で暮らせば?」

「え?」

「私の方で戸籍も用意させたから生活に困ることはないよ」

 

 そうして俺の身柄はヤミ国に引き取られることとなった。

 あれからヤミ国は勇者召喚をあまりに非人道的である行為と見なし、グループ国の王様から大臣まで軍事裁判にかけられることが決まった。余談だが責任者の奴隷落ちは確実な見通しらしい。そして当然ながらルカは無罪。しかし内通者を送り込んでましたとは言えないためグループ国の副団長としてのルカは戦死として処理される運びとなった。

 

 俺のグループ国での暮らしはここで終わり、ヤミ国で生活することとなるのだった。

 




 ここまでお読み頂きありがとうございました!
 次の「幕間」でプロローグ部分は終わり、1章に入らせていただきます!
 また1章(全24話)は毎日2回更新で駆け抜けるつもりですので、よろしくお願いします!

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