悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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30話 引きこもり

 王都に戻ると同時に異端審問官の仕事が始まった。

 異端審問官には基本的に就業時間という概念はない。メイもしくは教会から直接依頼をされ、その解決にあたるのが主な仕事となる。ただ就業時間がないとはいえ、依頼の有無を確認するために午前中には中央教会に顔を出すというのは暗黙の了解だ。もっとも個々に課されたノルマがあるため嫌でも毎日のように顔を出すことになるわけだが……

 

「カオリ君も異端審問官になったことだし、そろそろ制服も買わないとね」

「服装自由って聞いてるぞ」

「そうだけど異端審問官は象徴みたいなもんだからさ。人に覚えてもらうって意味でも特徴のある服装が良いんだよ」

「あー。それでアリシア先輩はメイド服だし、ピエロは死神の恰好なのか」

「そそ」

 

 職場は中央教会の右奥にある部屋である。大きくもなければ小さくもない部屋だ。厚い石壁や暗い色の木材で構成された壁と外光が入りにくい小さな窓。そのため日中でも薄暗く、全体的に閉鎖感のある空間。それこそ特徴的なものと言えば中央にある雀卓くらいだろう。昔にイタチ先輩が持ち込んだらしく、待機しなければならない時に時間潰しとして使われてることが多いらしい。

 そして職場に朝イチで来た俺はルカと雑談しながら書類整理をする。

 

「そういえばルカ。ルイス姉がまだ帰ってこないんだが」

 

 ちなみにメイと俺がドラニクスに行ってる間、2人でエルフ領に出かけていた。なんでもルイス姉の仕事の護衛を頼まれたらしい。そしてルイス姉はまだ帰宅しておらず、ルカだけがこうして帰ってきた。だからこそルイス姉の所在が少しだけ気になった。もっともルイス姉ならば1人でどうにかするだろうし、心配や不安なんていうのは全くないが。

 

「現地解散したし、まだやることがあるみたいだから帰るのはもう少し先になるって」

「そういうことね」

 

 口を動かしながら書類の束を分けていく。雑に重ねられた書類の山から的確に仕分けていく。書類の種類は様々である。それこそ教会に寄せられた密告状、貴族からの依頼書、押収した資産のリストなどと挙げだせばキリがない。そして書類整理を終えたら今度は書類作成だ。異端審問官という仕事は荒事よりも事務作業が大半を占める。

 

「げっ。村焼きの依頼も入ってるじゃん」

「村焼き?」

「他の宗教を信仰してる村を焼くんだよ。異教信仰はボウショク教では認められてないからね」

「異端審問官としては普通の仕事だろ?」

「そうだけどさぁ……私は苦手なんだよね。なにも知らない子どもとかも奴隷に落としたりするから精神的にかなりキツイ。うーん……見なかったことにして、他の人に任せよっ!」

 

 そう言って村焼きの依頼を目立つところに置いておく。俺としても異教徒だから焼くというのは少し共感出来ない部分がある。少なくともやっていて良い気分にはなれない。俺も許されるならば、その手の仕事は避けさせてもらおう。

 そんな話をしてるとカランカランと扉が開く音がする。入ってきたのはフォー四席だった。彼は入るなり、机の上に置かれた村焼きの依頼を見る。

 

「ちぃーす」

「そういえばフォー。村焼きの仕事やる?」

「まじ!? いいのか!」

「いいよ。私は苦手だからね」

 

 そして彼が上機嫌で村焼きの依頼を取っていく。それから依頼にサインをしようとするが、手が止まる。基本的に依頼を引き受ける際は誰が受けたか分かるように簡単なサインをして、見える場に置くのが通例になっている。そして依頼を終えたら報告書と一緒にまとめて監督官であるメイに提出というのが主な流れとなる。

 

「フォー。どうしたの?」

「いや、貴重な村焼きだしカオリに譲るべきか悩んでな」

 

 彼の話してる意味が分からない。どうして俺に譲るという話が出てくるのだろうか。いったいなにかの嫌がらせだろうか。

 

「村焼きって人を殺すんだよな?」

「ああ。憎き異教徒を焼けるし、村にいる女なら好き勝手に犯せる最高の仕事だぜ。このためだけに異端審問官やってると言っても過言じゃないからな」

「……そういうことは興味ないし、やりたくもない。できれば引き受けてほしい」

「まじか!! それじゃあ遠慮なく!!」

 

 そしてフォー先輩が村焼きの依頼にサインしていく。しかし彼の価値観は俺にはない視点だった。ただ冷静になって考えてみれば、そういうのがやりたくて異端審問官になる人がいてもおかしくない。

 

 国家という名目で合法的に暴力を振るえる。それは人によっては魅力的なものだ。俺には一切共感出来ないわけだが、この仕事の性質上彼のような人も必要だろう。彼みたいな人がいなければ仕事が回らなくなる。

 

「カオリはああはなっちゃ駄目だからね」

「おいおい。自分の幸福を追求することこそがボウショク教における最大の美学。俺みたいな熱狂的な信徒を否定するっていうのか?」

「否定はしてないよ。純粋に軽蔑してるだけ」

「ルカ。他の異端審問官もこんな感じなのか?」

「さすがにフォーより酷いのはいないね。アリシアちゃん辺りは"これが一番楽"って言って村焼きの依頼を率先して消化してくれるけどね」

「ふーん」

「フォーが特別なだけで普通はそんな低俗な欲だけで就ける仕事じゃないんだよ。そんな人は信用出来ないからね」

 

 しかし異端審問官。蓋を開けてみると各々で仕事に対してのスタンスがかなり違うようだ。ピエロみたいな人のために仕事をしてる人もいれば、フォーみたいに自分の快楽のためだけに働く人もいるし、アリシア先輩のような私情を持ち込むことなく淡々とこなす人もいる。これは教義というルールの下で、各々が自分の目的のために動いている集団に過ぎない。そういうものだと今の会話で実感させられた。

 

「そういえばカオリ。旅行先で下級悪魔と対峙したんだって?」

「あ、ああ……」

「すげぇじゃねぇか。悪魔討伐なんて簡単に出来ることじゃねぇぜ!」

 

 またドラニクスでの一件。特にゲイジュの存在はメイからきつく口止めをされている。それこそメイによって徹底的に情報統制がされ、ゲイジュなんてオークは最初からいなかったことになっているくらいだ。だからこそ今回は召喚された下級悪魔による被害という形で知れ渡った。それ故にフォーは俺が下級悪魔を倒したと思っている。

 それからフォーは上機嫌で奥の方に行って、俺達が手を付けていない部分の書類整理を始めた。そのタイミングでルカが彼に聞こえないくらいの声で耳打ちをしてきた。

 

「実際は下級悪魔じゃないんでしょ」

「まぁな。でもそれ以上は言えないぞ。メイに口止めされてる」

「そっか。メイ第二王女様が言うなって言うなら深くは聞かないよ。それと敵の姿とか戦い方とか推察されるようなことも言っちゃ駄目だからね」

 

 特にルカにだけ話すなとメイに強く釘を刺されている。しかし彼女の観察眼なら隠し事をしてることくらいは見抜いてくる。だから嘘を吐いてることは隠さない。でもそれ以上のことを語る気もない。

 

「ルカ。興味本位で聞きたいんだけど、楽して得た力と生まれながらにして持った力……それこそ才能みたいなものとの差ってなんだと思う?」

 

 俺は話題を変えるように別の話を切り出す。メイに与えられた課題の話だ。このままだと少し気まずく、ちょっとだけ空気を変えたかった。

 

「その前提がおかしいでしょ。そもそも才能だって楽して得た力じゃん。なんもしてないのに運命様に与えられたものは充分に楽して得た力だと思うけどね」

 

 ルカに言われて考える。そもそも楽して得た力と才能のような生まれながらの力の違いはなんなのだろうか。楽して得た力というのは具体的になんなのか。

 そもそも才能にかまけて努力しないで得た生まれながらの力が怖いなんてことがありえるのだろうか。

 

「結局のところ力は力。得た過程なんてどうでもいいでしょ」

「たしかにそうだな」

「敵がどんな背景で得た力だろうが関係ない。潰すしかないし、考える必要もないと思うな」

 

 たしかに力を区別する必要はない。それが非合理だ。だからこそ思う。メイの言う楽して得た力には"才能"も含まれるのではないだろうか。思い返せばメイは才能が生まれながらにして持った力とは一言も言っていない。それこそ才能や種族としてのアドバンテージ。それらもメイからすれば全て楽して得た力になるのではないだろうか。

 

 他人のスキルや現代兵器は借り物の力であり、紛うことなく楽して得た力だ。だが同時に才能や種族も運命から与えられた借り物の力に過ぎない。もっと言うならば努力で得た力も借り物の力。努力出来る才能や環境があったからこそ得られた借り物の力。全てが借り物の力でしかない。メイはそれを言いたいのではないか。

 

「……一理あるな」

 

 なんとなくだが答えが見えてくる。俺の言ってる"後者は理屈が分からないから怖い"間違いなく正解なのだ。それこそメイが崩せないくらいには理論は出来ていた。しかし途中式無しで提出してしまったようなもの。だからメイは合格としなかった。過程が大事な問題に結果だけを叩きつけたら意味がない。俺は怖い力と怖くない力の差を理解出来てない。それを体験で埋めなければならないのだ。

 

「ルカは怖いよな」

「……急な悪口?」

「違うよ。ルカの強さは才能とか努力とかで説明が出来ないから怖いなと思っただけだ」

「それは分からないから怖いんだよ。分からないっていうのは武器」

「というと?」

「どんなものにも必ず理屈がある。でも戦いにおいて理屈は隠さないといけない。そうしなければ理不尽として成立しない」

 

 話を聞いて気づく。ルカと俺とは見えてる世界が違う。戦闘においてルカの方が一歩深い位置にいる。だからこそルカに届かない。ルカは純粋な戦闘力だけじゃない。甘えが一切ない徹底した結果主義と実利主義を持ち合わせている。戦闘においてノイズとなる思考を持ち込まない。その哲学が彼女の強さの土俵になっている。俺が学ぶべきはルカの戦い方じゃない。ルカの在り方……彼女の持つ哲学の方だったのだ。

 

「そもそも答えは頭の中でこねくり回すんじゃなくて、体験で得るものじゃない?」

「ふむ?」

「理論っていうのは自分の経験を言語化するものなんだよ。自分のしてることに再現性を持たせるために理屈を後付けしたものだよ」

 

 今のルカの言葉でメイの言っている中身がないから駄目の意味が少しだけ理解できた気がした。理論が先に来てるという時点で意味がない。メイが言いたいのはそういうことなのだろう。

 

 それから続々と先輩達がやってくる。ピエロにイタチ先輩がやってきて、トト先輩もやってくる。しかし待ってもアリシア先輩だけがやってこなかった。そして気付けば時計は昼の12時を回ろうとしていた。

 

「アリシアちゃん。遅いねぇ」

「そもそも就業時間の概念がない。顔を出さなくても不自然ではないだろ」

「普段は顔を出してるし、来ない時は事前に言うから不安じゃん。それに来なくなって5日でしょ?」

「そう言うならルカが見に行けばいいんじゃにゃいか?」

「そうだね。少し見てくるよ」

「俺も行きます」

 

 そうして俺とルカはアリシア先輩の家へと向かった。俺がアリシア先輩の元に行こうと思った理由は単純明快でフウガの事が気になったからだ。アリシア先輩はフウガ奪還の任務に失敗したと風の噂で聞いている。あの場でなにがあったのか。フウガは無事なのか。それを彼女の口から聞きたい。

 

「辞めるならちゃんと辞表くらい書いてほしいよね。曖昧な対応されるの本当に迷惑」

「まだ辞めたと決まったわけじゃないだろ。それこそなにか事件に巻き込まれた可能性もある」

「かもね」

 

 ルカはこの一件をアリシア先輩の引きこもりとみているようだった。それに対して同情するわけでもなければ、寄り添うわけでもない。役に立たないならさっさと辞めろと言わんばかりのドライな対応。改めてルカは結果主義なのだと思い知らされた。

 

「ここがアリシアちゃんの家だよ」

 

 アリシア先輩の家は質素な一軒家だった。その家からは生活音もしなければ、洗濯物が干されていたような痕跡もない。それこそ人の気配というものがしない。まるで家にでも帰ってないような雰囲気だ。

 

「うーん。いなそうだな」

「これはいるね」

「どこを見たらそういう答えになるんだよ」

「カオリ君こそちゃんと感じなよ。人の気配がしない?」

 

 感覚を研ぎ澄ませるが、そんなものは一切感じてこない。俺にはルカの感覚が理解出来なかった。彼女の感じているものが分からなかった。

 

「空気の流れや心臓の鼓動による振動。そういうものを肌で感じるの」

「……わかんねぇな」

「慣れだよ。護衛任務してると自然と身につくよ」

 

 それだけ言うとルカは躊躇することなく、扉を蹴り飛ばす。あまりの乱暴っぷりに思わず唖然としてしまう。さすがに普通は呼び鈴を鳴らしたり、ノックして声かけたりと段階を踏むだろう。そこを飛ばしていきなり破壊とは完全に暴君。いったい倫理をどこに置いてきたのだ。

 

「アリシアちゃん。ちょっと面貸してくんない? 仕事が溜まって迷惑してるんだけど?」

 

 あまりに素行が悪い。それにルカの暴言は普通に怖い。隣で聞いてるだけで自分の寿命が縮んでいくのが分かる。もし俺がルカにあのようなことを言われたら確実にちびってしまう。

 

「すごい胆力(たんりょく)だな……」

 

 アリシア先輩は家の中にいた。端にあるベッドの上に座り込み、俺達のことにも気づいていない。彼女の目はどこか虚ろであり、まるで全てどうでもいいと言いたげだった。

 

「ちっ。いるなら返事くらいしろよ」

「……」

 

 ルカは苛立ちを隠そうともしない。それに対してアリシア先輩は相変わらずの無関心。そのせいでプチ修羅場というやつだ。

 

「ルカ。俺に変わってくれ」

 

 その言葉でルカが引き下がる。まぁアリシア先輩に対してはこの際はどうでもいい。彼女がどうであろうが俺には関係ない。付き合いも浅いし、そこまで彼女に思い入れがあるわけでもない。ただ1つだけハッキリさせておきたいところはある。

 

「アリシア先輩……フウガはどうなった?」

「報告した通りです」

「そうじゃねぇよ。お前の口から聞かせろって言ってるんだよ」

 

 アリシア先輩の胸ぐらを掴む。たしかに彼女の出した報告書には目を通した。ガラスの森でアレックスと交戦するも返り討ち。挙句の果てに乱入されたルイス姉の執事を名乗るエルフに攫われる始末。だけどそんなことはどうでもいい。フウガはその時にどんな顔をして、どんな言葉を発したのか聞きたいと俺は言っているのだ。

 

「……フウガは私を庇って戦いました」

「は? なに庇われてるんだよ?」

「え?」

「お前は異端審問官だろ。守る側の癖にどうして戦わせてるんだよ」

 

 呆れた。まさかこんなことになってるとは思わなかった。もうアリシア先輩には任せられない。俺がアレックスを倒す。こんな腑抜けにフウガのことを任せられるか。

 

「アレックスについて知ってることを全て聞かせろ」

「あれは私の父であり、私を……」

「お前との関係性なんて聞いてねぇよ。俺はアレックスのことを聞いてるんだよ」

 

 アリシア先輩がビクッと震える。本当に苛立たしい。どうしてこいつは被害者仕草をしているのだ。被害者はお前じゃなくてフウガだ。そんなこともわからないのか。あまりにレベルが低い。

 

「さっさと話せよ。お前がやらねぇなら俺がアレックスを倒す」

 

 ◆

 

 アリシア先輩から一通りのことを聞き、帰路につく。また彼女の精神状態を考慮して俺達の方でアリシア先輩は休業扱いとすることにした。そのことに関しては後でメイに報告書として挙げるつもりだ。彼女の失態も含めて。

 

「カオリ君。怒ってる?」

「当たり前だろ」

 

 異端審問官は民間人を守る立場にある。それなのに民間人に気を遣わせ、戦わせました。そんなのは恥も良いところだ。だけど俺はそれ以上にフウガを危険な目に遭わせたことが許せない。フウガは俺の大事な友だちだ。アリシア先輩がアレックスに勝てないとしてもフウガは助けてくれると思っていた。それなのにこのザマだ。苛立って仕方ない。

 

「……ルカ。今の俺ならアレックスに勝てると思うか?」

「そんなことを聞いてるうちは無理なんじゃないかな」

「そうだな」

「ていうか安心を得ようなんて甘え過ぎ。その姿勢は反省すべきだよ」

 

 正論が返される。ルカは俺に気を遣わずグサッと思ったことを素直に口にする。だからこそルカとは話しやすい。俺は基本的に忖度(そんたく)されるのが嫌いだ。

 

「ただ今のカオリ君はまだ足りない部分も多いからアレックスと戦う前にきちんと備えようね」

「ああ」

 

 拳を力強く握る。俺はアレックスを倒さなければならない。フウガのためというのも当然ある。そうでなければガインとドールズに合わせる顔がない。彼らの無念を晴らすためにも俺はアレックスを倒す。

 

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