怖い。怖い。怖い。必死に息を殺して、身を潜める。お願いします。神様どうか。助けてください。
目の前で人が簡単に死んでいく。昨日まで話してた友達も今では物言わない死体。隣人だったあの人は死体すら残ることなく、吹き飛んだ。そしてお母さんは……
「どっこに〜いっるのかなぁ〜」
鼻歌交じりに歌う男の声が響く。その声が聞こえ、必死に息を潜める。
許せないや悲しいといった感情は湧いてこない。恐怖が全てを奪い去った。頭の中で声が響く。走って村の外に逃げろ。ここにいたら見つかるぞ。しかし
全身から汗が止まらない。体が震えだす。どうかお願いします。見つかりませんように。このままやり過ごし……
「みぃっけた!」
「や、やだ!」
安堵した。見つかったのは僕じゃなかった。目の前で人がつまみ出され、目玉がほじくられる。その光景を見て思う。どうかこのまま遠くにいってくれますように……どうかこれで終わりますように……
「おっ。もう1人いるなぁ……そこの死体の山に隠れてるな?」
鼓動が早くなる。僕じゃありませんように。別の人でありますように。僕は死にたくないんです。だからどうか……
「いたぁ!」
それと目が合った。それは人じゃない化け物だった。頭こそ人だが、それ以外は人じゃない。腕は翼になっており、足には鷲の爪。そんな半人半鳥の化け物。そんな化け物が僕を引っ張り出していく。
「や、やだ! 死にたくない! 誰か助け……」
今までの人生が走馬灯のように駆け巡る。なんでこんな目に遭わないといけない。僕達は悪いことなんかなにもしていない。もしも悪いことをしていたなら謝ります。謝りますから……
「そこまでだ。外道」
声が響く。風のように爽やかな男性の声だった。その声と同時に恐怖から僕の体は自由になる。僕はすぐさま走り出す。今のうちに逃げなきゃ。死にたくないの一心で……
「怖がらなくていい。僕がいる」
誰かの手が逃げる僕の手を掴んだ。その握られた手で安堵する。この人がいるなら大丈夫だと。心の底からそう思えた。彼は僕に着ていた外套を被せてくれる。
「なんだてめぇ?」
「僕はエメラルド。貴様の悪行を許すわけにはいかない」
彼の腰からレイピアが抜かれる。抜いた瞬間に赤い蝶が踊る。その蝶に僕は目を奪われた。だけどその蝶はすぐに消えていく。
「少し腕に自信があるようだけど、この八将フィジの前じゃ……」
「桜殺し」
ただの一突きだった。その一突きによって引き起こされた風が地面を抉り、そのまま化け物を消し飛ばした。僕は彼の顔を見る。金髪のエルフの彼は僕に優しく微笑んで言う。
「よく頑張った。もう大丈夫だ」
* * *
うちは勇者フウガを連れ、地方の村に来ていた。八将フィジに壊滅させられた村だ。そこは酷い有様だった。多くの建物が崩れ、死体の山が積まれている。そして生存者は両目を抉られたり、手を落とされたりと意図的に半殺しにされている。
もっともこの村に用があったわけではない。ただ偶然近くに滞在していたに過ぎない。そしたらこの村が襲われていたもので、少し介入させてもらった。だけどここまで酷いとは思っていなかった。こういう光景には慣れているが、少しだけ嫌悪が湧いてくる。うちにもそのくらいの良心はまだ残っていたらしい。
一人先行させ、解決してもらったエメラルドから話を聞く。敵は八将フィジという魔族だったらしい。八将は魔王ウシカゲに仕えた8人の将軍の呼び名だ。それはあまりに度の超えた外道であり、温厚な勇者カミーラを激昂させる邪悪な存在。少なくとも御伽話では、そのように扱われていた。
今回の事件を見て、うちはドラニクスでの一件を思い出す。あそこでも八将のゲイジュが現れ、街を半壊させたと風の噂で聞いた。そしてカオリが死闘の末に倒したとか。少なくとも八将はカオリと渡り合えるほどに強いのだ。
「これは一度帰ってメイちゃんと話し合いが必要やね。この八将が本物なのかどうかの判断もせえへんといかんし」
「お嬢。あれはなんなんですか?」
「勇魔時代にいた魔王ウシカゲの下僕や。歴史に残るくらいの外道やで」
「そうですか……」
「それとエメラルドもわかっとると思うけど、この一件は口外禁止やで」
「わかりました」
地面に転がっているモニュメントを拾う。ハーピーのような魔物の姿をした気色悪いモニュメント。エメラルド曰く殺したら、死体がそれになったと聞いている。
当然ながら人が死んでも、手のひらサイズのモニュメントを落とすことはない。それこそうちやエメラルドが死んだとしても、死体が残るだけ。そんな変なものに変換されることはないだろう。はたして今回の敵はなんだったのやら。
「ところで八将の戦闘力はどんなもん?」
「ただのドールズでは相手にならないでしょう。しかしホワイトドールならば互角以上に戦えるかと」
ドールズはBランク程度の狩人を使ったものだが、ホワイトドールは違う。あれはSランク級の狩人の脳を機械人形に入れたものであり、ドールズと違い、戦力としての活躍が求められている。それこそ単純な戦闘力だけで言うならば異端審問官や十二座と同等以上。それらと互角とエメラルドは評した。つまり八将は戦力が整ってない街ならば一方的に滅ぼせる力があると見ていいだろう。
「なるほど」
予想していたが八将の戦闘力は相当高い。その上で性格も残忍。今回のフィジは意図的に恐怖を煽り、それに怯える仕草を楽しんでいたのだと周囲の状況から容易に想像が出来る。恐らく八将とは対話や共存など夢のまた夢。見つけ次第、有無を言わさずに殺すしかない。あれはそういう存在だ。
「しかし魔族があのような輩とは……あれでは共存など出来るわけがない」
うちはエメラルドに冷めた視線を向ける。もし魔族が皆あのようならば、それは人類が倒すべき敵だ。それこそエルフが魔族差別するのも当然と思えるだろう。だけど現実は違う。
これは一種のプロパガンダの可能性が高い。誰かが八将を使って、魔族に悪印象を植え付けようとしてる。ヤミ国と魔族の対立が深まり、手を組ませないように立ち回っている。それが分かってるからこそ詳しいことが分かるまでは犯人が魔族であることも秘匿しなければならない。八将による被害を公表してしまうのは敵の思う壺なのだ。少なくともうちはそう考える。
「……もう少し視野を広く持った方が良いと思うで」
そもそも魔族が理知的ならば、喧嘩を売る理由がなさすぎる。現状でヤミ国と険悪になるのは百害あって一利なし。その上で八将という貴重な戦力を削ってる割には大した戦果を出せていない。
もし公爵の首を取れたり、支持率を落とせるならばまだしも街を少し壊しましたくらいじゃ安すぎる。ライ将軍陛下に話を持ちかけた頭の回る魔王の行動とは明らかにかけ離れている。恐らく今の魔王はそこまで馬鹿ではない。
そうなると八将と魔族は分けて考えるのが自然だ。八将は作戦もなければ、理念もない。ただ欲求で動いてるだけのゲスでしかない。もっともそのゲスの裏で手を引いてるやつがいそうではあるが。
「フウガ君もそう思うやろ?」
うちは連れてきた勇者フウガに問いかける。そもそも今回はエメラルドが保護したフウガと合流するのが目的。彼を巻き込んでしまったことは少しだけ申し訳なく思っている。だが個人的に彼がこの光景をどう思っているのか気になった。
「僕は自分の目で見てもしないものにコメントしたくない。僕はまだ魔族を見ていない」
「良い子やねぇ」
彼は実力もなければ顔も微妙。ただ心には確かな正義と勇気と一匙の理知を宿している。私は少しだけ好ましく思っている。カオリが友達に選ぶだけのことはある。どこか小物っぽい部分もあるけれど、それが人間らしくて良い。それこそ顔が微妙なことを除けばほぼ満点と言ってもいい。顔が微妙なことだけは本当にいただけない。
それこそうちは家族であるカオリやモモにも、姉として口を酸っぱくして容姿に気を遣うように言うくらいにはルッキズムを極めている。
「しかし相当悪趣味な敵やったんやねぇ」
改めて現場を振り返る。ここまで凄惨な現場は滅多に見られるものじゃない。生存者は僅か13名しかいない。この村の総人口は200を超えているほどの規模だった。それこそ数ヶ月もすれば街になっていたくらいの規模。それがこの有り様だ。
「エメラルド。人を集めてくれへん?」
「はい」
「聖女様。なにをするつもりで……」
「決まっとるやろ。ドールズ手術や」
「それってどういうことですか?」
フウガがうちに問いかける。彼もドールズの概念は知っている。うちが抱える機人族の武力部隊。うちが辺境で暮らす機人族を見つけ、それを保護。その上で差別されないようにうちの庇護下に入れ、世界に人権を認めさせた。その結果として機人族はうちに感謝を覚え、種族全体で忠誠を誓った。そういう表向きの話は彼も把握している。だから"ドールズ手術"という言葉が引っかかったのだろう。本来ならば誤魔化すべきなのだろうが、折角だし本当のことを話してあげよう。
「良い機会だから教えたる。うちのドールズは全員が元はエルフか人間やで」
フウガが
「そ、そんなこと……許されるわけが……」
彼はうちのことを理解出来ない怪物を見る目で見てくる。まぁそうなるのは目に見えていた。だからこそ彼には話しておきたかった。彼は少し耐性がなさすぎる。あまりに人の悪意を知らなすぎる。
「許されるやろ。同意の上なんやし」
「それは選択肢がないようなものじゃないか!」
「否定はせえへんよ。ただ盲目のまま生きたり、足を失ったまま生きれるほどこの異世界って甘いんか? 身体障がい者に対してどこまで配慮してくれるん?この社会にそこまでの余裕があると思うんか?」
そもそも論だ。どうせうちが手を貸さなきゃ死んでいるのがドールズだ。さすがに健常者を言葉巧みに騙して、ドールズにするほど人間性は捨てていない。ただしドールズは特定出来るような名前や個人性は全て剥奪したし、顔も全て同じにした。それは全て面倒事を避けるためだ。元が人になると必ず是非を巡って争いになる。だから個人性を奪った。
「……義足や義眼でいいじゃないか。ドールズみたいなことが出来るならそのくらいの技術はあるんじゃないのか?」
「それ。うちになんのメリットがあるん?」
「は?」
ただうちは慈善事業をしてるわけじゃない。生憎だが不幸な人を助けたいなんていう目的で動いていない。ドールズという肉体の総取っ替えという手段にしたのはそうすることでうちに利点があるからだ。
「ドールズは聖女の私的戦力……もしかしてそれが狙いか!」
「それはあらへん。あの程度の力には最初から戦力としての期待はしとらん。ただ戸籍がないと仕事に困るやろうから、それっぽい設定を与えただけや」
個人性を剥奪した以上は生活の面倒を見る義務がある。だからこそ戦力として雇用されるくらいの力は渡した。現にドールズの大半が狩人や傭兵をしている。それ以上でもそれ以下でもない。うちはあれをあてにするほど困った状況にまで落ちぶれていない。うちのことをあまり舐めないでほしいとつくづく思う。
――つい殺したくなってしまう。
「うちな。嫌いなものがあるねん」
「嫌いなもの?」
「外見に依存して楽して生きてる奴らが嫌いやねん。顔が良いから誰かに施してもらえる。そのせいで中身はゴミなくせに恵まれた人生。ほんま見てて気分悪いと思わへん?」
そもそもドールズなんて社会実験でしかない。ある程度の技術が発展した時に不老手術の一環として公にするつもりだ。その時の抵抗を無くすために存在させたのがドールズ。機人族として存在させることで機械の肉体への抵抗を無くす。先に成功事例で既成事実を用意したかった。だからこうして水面下でドールズを増やしている。
「うちな。人間には肉体から脱却してほしいと思っとるねん」
「……は?」
「髪を弄るように顔を変え、服を着替えるように性別を変え、気分で種族すら変えられる。そんな世界になったらええと思わへん?」
ただそれは同情からやろうとしてるわけじゃない。
「将来的にそうしたいからドールズや。義肢とかじゃそれは出来へん」
「言ってることは間違ってないかもしれない。でも……」
「身体的不自由を治す代わりにちょっと機械の体への抵抗を無くす広報活動をしてもらう。うちだけが得する契約でもあらへんし、文句のつけようがないと思うんやけどな」
それにドールズには口外禁止とはしてるが、うちとしては漏らしてもらった方が好ましい。それこそ家族や友人や恋人にだけ真実を話し、今の生活を自慢する。そうして機械の身体についての認知を増やし、好印象を水面下で植え付ける。そうしたいと思ってるからこそ記憶の操作や消去もしていない。あくまで口外禁止にしてるのは大々的に発表されるのを防ぐため。最初から破られる前提の設計。 基本的にはどの契約もペナルティ無しのぬるいもの。
なにせうちに助ける義務はないと言えど、事実上の選択肢が狭い状態で合意形成をしている。しかも求めるのが金銭ではなく、個人性という不可逆なもの。それ故に扱いは慎重。別にうちとしてもドールズを支配したいわけではないのだから。それこそ好き勝手に第二の人生を謳歌してくれればいい程度にしか思っていない。
「狙いはなんだ……どうして僕なんかに話した?」
「ん?」
「その気になれば隠し通すことも出来たはずだ。それなのに……」
まさに正論。本来ならばドールズの話をすべきではない。あまりに非合理だし、当然の疑問だ。こんな話をしたところで反発を生むだけでメリットがない。それこそうちが非難されかねない行為だ。普通ならば百害あって一利なし。
「そろそろドールズの件は噂話として広まってくれへんとうちの計画に支障が出るねん」
「……どういう意味だ?」
「なんでも教えてもらえると思わへん方がええよ。少しは自分で考えてみ?」
しかし見てる景色が違う。常識で考えるから足元が掬われるのだ。そんな一般的に思い描くようなつまらない真似はしない。ドールズを秘匿して私兵を増やしました。ドールズに依存する社会にしました。そんなことしたってなんもうちに得がない。
「それともフウガはうちを間違ってる言うて断罪でもするん? そうするんやったら誰が被害者かはっきり言うてみ?」
「正しいとは口が裂けても言えない……でも悪いとも断言できない」
「ほーん。どないして?」
「僕は貴方の考えを受け付けない。でも貴方のしてることは間違っていない……手段はどうであれ間違いなく人を助けている。貴方の行為で救われる人がいるのも事実だ」
これは想像以上に理知的だ。感情だけで判断することもなければ、声を荒げることもしない。彼の倫理で明らかに受け入れられない行為を目の当たりにしてもだ。ここで彼がうちを悪と断言できないのは現実が見えているからだ。
彼のことは一切の期待をしていなかったが意外と面白いかもしれない。
「フウガ。唐突で悪いんやけど、うちの店で仕事する気とかあらへん?」
「え?」
だからうちはフウガをスカウトすることにした。少しだけ彼を育ててみたくなったのだ。