「というわけでフウガ君はうちの雑貨屋で販売員として働くことになったで」
あれから2日くらいが経ち、ルイス姉が旅行から帰ってきた。それも何故かフウガを連れてだ。
俺は思わず状況が飲み込めずにポカーンと口を開けてしまう。そしてフウガに関しての説明はなく、ただ雇用しましたの一言だけ。
「あのなぁ……」
百歩譲ってルイス姉がフウガを連れていることは置いておくとしよう。彼を奪還したのはルイス姉の執事であるエメラルド。それならばフウガがルイス姉と一緒にいたとしても不思議ではない。だけどそれを差し引いても、色々と気になるところが多すぎて話を素直に飲み込めない。
「それと異端審問官に頼みたい依頼がいくつかあるんやけど、手続き面倒やから持っていってくれへん?」
「まずは一旦俺の話を聞け!!」
「……すまへん」
一度ルイス姉を黙らせる。ルイス姉は少し気を許すと自分の話ばかりしてしまう。だからこうしてハッキリと口に出して会話の主導権を奪わなければならないのだ。
「そもそもルイス姉はどうしてフウガの奪還を執事に命じた?」
「もし死んでたらカオリが悲しむやろうなぁって姉心が9割やから、警戒せんでええよ」
「そう言われて素直に受け取れるかよ」
「なんやぁ。反抗期か?」
「
まぁ今回はそういうことにしておこう。どうせ話す気がないのだから、それ以上考えても仕方ない。なにせ答え合わせなんて出来ないのだから。
「それにしてもカオリ。少し傲慢になってへん?」
「……色々とあったんだよ」
その自覚は俺にもある。むしろ意図的にやっているくらいだ。シシャード子爵に言われた聖女の弟ということを自覚しろという言葉が今も棘のように刺さっている。だから俺は素直に自分の感情を言葉に出すように心掛けている。聖女の弟だからこそ誰かの顔色を伺ってはいけない。それは聖女の弟として相応しくない。そのような振る舞いをしていれば金魚の糞としか見られない。
そんな俺にルイス姉は品定めするかのような視線を向ける。まるで全てを見透かすような視線。その視線に少しだけ緊張してしまう。
「ふーん」
「なんだよ?」
「気にせんでええよ。特になんもあらへんし」
ルイス姉は含みのあるような言い方をする。真意を確かめようとしてもルイス姉は笑って誤魔化してしまう。俺は彼女がなにを見ているのかわからなかった。ルイス姉はいつもそうだ。自分の真意を伝えず、全て自己完結させてしまう。その姿勢が少しだけムカつく。
「……立場や能力はカオリの方が上やけど、世の中はそれが全てやない。そんなもんで偉さは決まらへん。あんまり人を下に見んようにな」
「急になんの話だよ?」
「ま、これからのこと考えたら多少の傲慢さはあった方がええか。トータルで見たらプラスということにしといたる」
「だからなんの話をしてるんだよ」
しかし今のルイス姉の唐突な言葉が何故か脳裏にこびりついている。偉さなんていうのは場所によりけり。戦場なら強さ、社交場なら地位、ビジネスなら賢さ。それが偉さに直結する。ただ日常生活だけなら生きとるだけで偉い。俺が偉いのは限られた場だけだ。常に発揮されるようなものではない。そのことは自分でも分かっているつもりだ。いまさら言われなくても理解している。
「それでルイス姉。フウガを雇用するっていうのはどういうことだ?」
俺はこの気持ち悪さを拭おうと強引に話題を逸らす。少しだけルイス姉の苛立ちが強くなっていく。放任主義を気取りながら自分の都合の良いように俺を転がしてるような態度。なにをしても全て見透かしてると言わんばかりの瞳。それらが不愉快だ。いつかルイス姉ですら想像が出来ない成果を出したい。ルイス姉を出し抜きたい。
「個人的に気に入ったから以上の理由はあらへんよ。フウガは良い子やしな」
「……変な雇用条件にしてないだろうな?」
「週休4日の月給金貨3枚やね」
「めちゃくちゃ高待遇じゃねぇか! ていうか異端審問官より良いだろ!!」
「国営が民営に待遇で勝てるわけないやろ」
そんな話をしながらルイス姉が連れてきた燕尾服に身を包んだ金髪エルフの男に視線を向ける。彼のことはルイス姉から先ほど聞いた。ルイス姉の専属執事であるエメラルド。そしてアレックスを退け、フウガを救出した功労者。そんな彼の立ち振る舞いには一切の隙がないし、身だしなみは完璧で顔も相当整っている。ルイス姉が直々に執事として傍に置くだけのことはあり、文字通りの完璧だ。それが少し面白くない。
「カオリ様。どうしました?」
「……これから一緒に住むのか?」
「はい。僕はお嬢の執事ですから」
「そういえばカオリ。フウガが話したいことあるそうやで」
ルイス姉が先ほどから、エメラルドの影に隠れていたフウガの背中を叩いて、前に出させる。先ほどからずっと黙り込んでいたフウガが俺の目を緊張した眼差しで見る。
「カオリ……」
「ん?」
「その……ごめん!!」
フウガが突然俺に頭を下げる。俺はそれに首を傾げる。いったいフウガはなにに対して謝っているのだろうか。記憶を漁るが、思い当たる節もない。
「野菜戦争の時に……僕は酷いことをカオリに言った」
「気にしてねぇよ。なにを言われたかも忘れてたくらいだ」
少しだけ空気が気まずくなる。なにせ俺は本当にそのことに関して忘れていた。たしかにフウガに酷いことを言われた気がしなくもない。しかし俺も同じくらい酷いことを言ったし、お互い様というやつだろう。
「まぁでもお前が無事でなによりだ。なんか困ったことがあればいつでも言えよ」
「……うん」
「悪い。これからちょっとピエロと用事があるから行くわ。また後で話そうぜ」
そうして俺は家を後にした。フウガも無事だった。ルイス姉も戻ってきた。なにもかも順調で平和な日常。それなのにどうしてだろう。何故か満足できない。この日々をつまらないと感じてしまう。
ゲイジュを倒した時の熱は未だに俺を焼いている。はやくルイス姉とルカを超えたい。そんな欲が身を焦がしているのだ。
* * *
カオリがピエロと飲みに行くと同時に、うちもエメラルドにフウガの面倒を任せて外に出ていた。なにせうちも数時間前に帰ってきたばかりであり、少しだけやらなければならないことがある。
向かう先はメイのいる城だ。エメラルドと合流した頃に偶然付近で発生した八将の襲撃事件。その話をしておく必要がある。あれはうちとしても大きな不安要素だ。誰かが暗躍し、うちらに攻撃を仕掛けようとしてる気がしてならない。
「ドラニクスで八将ゲイジュが現れたと聞いとるで」
そしてメイと会うなり、即座に本題へと入る。まずは認識の擦り合わせだ。ゲイジュの件をうちが把握してることを共有しておきたい。そうしなければ話が進まない。
「耳が早いですね。ていうか
「内緒や」
「まぁ貴方相手に隠し通せると思ってませんし、どうでもいいですけどね」
メイが溜息を漏らす。そんなメイの元にうちが獲得した八将フィジのモニュメントを転がす。そのモニュメントを見て、メイの眉が動く。これに驚きもしないということはそういうことなのだろう。八将ゲイジュも同じようなモニュメントを落とした。そう見て間違いない。
「貴方も八将に巻き込まれたのですか?」
「せや。その話をしたくて顔を出したんよ」
「……なるほど」
「勇魔時代の怪物が2人も同じタイミングで復活。あんたはどう見る?」
「偶然ということはありえないでしょう。作為的なものを感じます」
同じ認識で安堵する。メイもそう見てるなら間違いない。間違いなく裏で糸を引いてる存在がいる。うちらの認知していない敵がいる。
「――魔王ウシカゲの復活。ありえると思うんか?」
「あまり考えたくはないですが、八将が動いてる以上は楽観視は出来ないでしょうね」
「せやね」
「しかし敵の規模どころか目的も不透明。どんなに焦ったところで打てる手はありません」
メイの言うことは正論だ。なにもできないのはうちも理解している。それでも気に食わない。このしてやられている現状が不愉快だ。なにかしかけたいというのが本音だ。もっとも今は出来ることなんてなにもないのだが。
「まずは八将の復活について知りたいところです。これは死者蘇生なのか――それとも別の手段なのか」
「手掛かりはモニュメントだけ……ほんま気分悪いわ」
「同感です。もしなにか分かった際はこちらに報告してくださると助かります」
「ええよ。ただメイちゃんの方でも分かったことあればうちに言ってな」
この件ばかりはメイとうちの認識は同じだ。相手は明確な脅威であり、紛うことなき敵である。だからこそ共同戦線を敷くことに迷いはない。そうしなければならないほどの相手だ。もし相手が弱いなら弱いで構わない。ただ強かった場合は取り返しのつかないことになってしまう。恐らく当面はこの対応にリソースを割かれることになるだろう。
「少なくともいま出来ることはなにもありません。いつ仕掛けられてもいいように備えるだけですから」
「……せやね」
結局のところメイの言う通りだ。敵の素性も動機も不透明なうちは後手に回るしかない。本当に歯痒い気持ちになる。
「それとルイス」
「ん?」
「私の興味で聞くのですが、貴方から見て今のカオリはどう思いますか?」
政治の話題から日常の話題へと切り替わる。
メイからの問いかけ。言おうとしていることは分かる。今のカオリが抱える歪んだ英雄願望。成功体験を積んでこなかった彼には群衆からの称賛は少し劇薬だった。そこにカオリは快楽を見出した。その結果として獲得したのは強い衝動と依存。温厚な顔をしつつも、獣のようにうちを喰らう隙を
少なくとも能動的に自分の欲しいものを見つけられたのは間違いなくプラスだろう。誰かに与えられるだけではなく、自分から獲りに行くという気概は好ましいと思う。空っぽの虚無なんかよりは100倍マシだし、それを否定する気はない。
しかし姉として今のカオリに不安を覚えたのも事実。
「経過観察と言ったところやね」
はたしてどうしたものか。高潔な志を持てとは言わない。快楽のために動くというのは自然なことだし、非常に人間らしいもの。それを否定するのは違うと断言出来る。今のカオリにおいて問題はそれによる視野の狭さの方だ。英雄にならなければならない。うちらを超えなければならない。その視野の狭さは必ず足元を掬ってしまう。
自分にはそれしかないという選択肢を狭めるような思考は容認できない。ただし熱に浮かされた現在だとそれも少し難しいだろう。せめて現場に居合わせていれば、別の対応も出来たかもしれないが……まぁ過ぎたことは仕方ない。
「メイちゃんとしてはどう思うん?」
「呆れが半分ですかね。あの程度で酔える理由が分かりません」
「それ聞いて安心したで。あれは間違ってるとか言い出したら、どないしようか思ってたもんや」
「そんなことは思いませんよ。なにが正解でなにが間違いかなんて決められるほど私は偉くありませんから」
メイがくすくすと笑いながら言う。彼女は意外とカオリのことを高く評価している。だからこそ不満なのだ。彼女はカオリのことを見て理解不能と思うわけでもなければ拒絶するわけでもない。ただ純粋に呆気に取られていたのだ。
その場面に居合わせたメイが真っ先に思ったことは"カオリはこの程度で満足してしまうのですか?”ということだろう。彼女はそのくらいのことは間違いなく言う。
「しかし不安を少しだけ覚えたのは事実。あの程度で満足するようじゃ程度が知れる」
「ほんまメイちゃんは多くを求めるんやねぇ」
「当たり前でしょう。貴方の弟君ですよ?」
群衆からの称賛という安酒で酔い痴れるカオリを理解出来ない。その在り方が認められない。市販の発泡酒をたくさん飲んで満足なんていうのは品に欠けている。そんなもので満足してほしくない。だからこそ呆れたのだろう。しかしここでのメイの呆れは悪いものではない。もしも関心がなければ呆れることすらないだろう。呆れてる時点で高評価なのだ。
「そういえばカオリ。あの場でなんと言ったと思いますか?」
「知らへん。なんて言ったん?」
「貴方もルカも凌駕する英雄になると言いました」
少しだけ驚きの声を漏らす。あのカオリがそこまでエゴを剥き出しにするとは想像もしなかった。まさしく健全な男の子としての行動だ。もちろん視野の狭さという不安があるのも事実だが、そこまでの熱ならば姉としては応援したいと思ってしまう。なにせ熱がない人などあまりに凡庸でつまらない。その挑戦はきっとカオリの人生にとって大きなプラスとなる。
「面白いですよね。あなた達を見ても心を折ることなく、超えられると思ってるのですから」
「ただカオリはうちやルカの本気を一度も見たことがあらへん。その差はあると思うで」
さて、カオリがうちを超えるというならばうちも姉として一肌脱ごう。カオリに誰を越えようとしてるのかハッキリ分からせよう。
今の自分の立ち位置を理解せずに超えるなど笑止千万。絵に描いた餅でしかない。だからこそ自分の位置というものを徹底的に叩き込む。
「ところでルイス。物事において大切なのは量よりも質だと思いませんか?」
「急にどないしたん?」
「例えば数千人の素人が称賛するのと絶対的な英雄が評価するのではわけが違うでしょう?」
ようやくメイの話が腑に落ちた。その話で言うならば今のカオリは前者だ。あくまで大した価値のない存在から認められたに過ぎない。大衆もその場の熱に浮かされただけ。カオリを適切に評価したわけではない
「せやねぇ……カオリの話なら質を求めへんと、成長には繋がらへんやろうな」
群衆からの称賛というものはどうしても目立った活躍をした者に集まってしまう。それこそパッとしないけど強い敵よりも見掛け倒しの弱い敵を倒す方を群衆は評価するだろう。それを良しとしてしまえばどうなるか。少なくともうちらに届くことはないだろう。それで満足してしまうのは可能性を殺す。
「もっともカオリがああなったのも冷静になって考えれば理解は出来ますけどね。誰だって初めてのお酒は興奮しますもの」
「せやね。そう考えるとああなるのも仕方あらへんな」
群衆の称賛は安酒。英雄からの評価は高級酒。そういう比喩の話だ。もっとも幼女がお酒の比喩を使うのはいかがなものかと思うが。
「やはり私としては安酒で満足してほしくない。そんなカオリを私は好きになれない」
メイは相変わらず不気味だ。なにを考えてるか掴みづらいくせに的確に核心を突いてくる。今の状況を的確に見極め、その上で自分の快と不快を正確に定義する。そしてもっとも合理的な一手を躊躇いなく打ってくる。底が見えず、物差しで測ることが不可能。敵に回したら一番面倒な相手だろう。
「ただカオリならばきっと安酒で満足できなくなる。近い将来群衆からの評価に価値を感じなくなるでしょうね。あれは物の善し悪しが分からないほど
「なにかするん?」
「まさか。しばらくは質を意識した際にもっとも上質なものをもっとも適した舞台で提供できるように準備に専念します。私がなにかする必要はない。ただ静かに時が来るのを待つだけです」
「まぁうちは少し介入させてもらうけどな」
「あら。先ほどは経過観察と言っていらしたのに」
「あんたと話して少し気が変わったんよ」
少しだけメイの熱に浮かされた。うちは基本的には放任主義だけど、少しだけ自分の正しさを押し付けるのも楽しそうな気がした。なによりその方がカオリのためになりそうだ。
ここまでのエゴを剥き出しにしたカオリならば悪い方には転ばないだろう。うちはこれから今のカオリの在り方を否定しよう。この悪魔が好き勝手に動いてるようじゃ放任もあってないようなもの。うちが大人しくする理由もない。
「どうぞお好きになさってください。私も利用できそうであれば勝手に利用しますので」
まるで蝿のような目だ。まるで獲物を狙うような執拗な視線が向けられる。感情が読み取れず、どこか不気味な赤い瞳。はたしてメイはなにを考えているのやら。
「それとルイス」
「なんや?」
「アレックスの一件。貴方に対応を一任してもいいですか?」
「どないしてうちがやらないといけないねん」
あれは異端審問官の管轄だ。うちが手を出すつもりもなければ、そんな義務もない。ドールズがやられたことに多少思うところこそあれど、その程度で義憤に駆られてたらキリがない。ようするに動く動機がないのだ。
「貴方の暗殺を企てるエルフの刺客と彼が手を組んだという情報を小耳に挟みました」
ああ。それならうちが動くべきか。うちを狙っているならば話は変わる。少し癪だが、引き受けよう。それに先日ライ君には宣戦布告したばかり。ここで国に対応を任せてしまうのは話が違う。宣戦布告した以上はうちが相手をする義務がある。
「……貸しやで。それとカオリとフォー四席を借りるで」
「ええ。どうぞ」
さてとアレックス。いったいどう扱うのが一番美味しいか。そんなことを考えながら、メイの元を後にした。