悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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33話 エルフの剣士

 

 僕はセラフィニ。エルフの十二座の1人だ。

 そんな僕は武士の家庭に生まれた。しかし今日に至るまで一度も努力をしたことがない。それこそ剣の稽古はサボり、森で遊び呆けていた。家庭教師の授業は抜け出し、山で走り回って遊んだ。俗に言う不真面目というやつだ。

 それでも親からは怒られることはなかった。きっと呆れられていたのだろう。僕のような出来損ないに時間を割くより、優秀な兄妹を優先すべき。そう判断したに違いない。だから僕はなにをしても許された。

 僕はそれに不満はなかった。それに文句を言うこともなく、当然のこととして受け入れた。

 

 なにせ僕みたいな遊び人は評価されるわけがない。僕みたいなエルフが評価されたら真面目に頑張ってるエルフが報われない。これは正しいことなのだ。

 

「セラフィニ。剣術大会に出て欲しい」

「わかりました」

 

 ある日。僕はお父様の頼みで少し大きな剣術大会に出ることになった。今まで放任していた僕を頼る理由が分からなかった。だけどお父様に頼られることは嬉しかった。

 

 しかし剣術大会なんていうのは僕みたいな遊び人には相応しくない舞台だ。こういう場にはもっと真面目に剣を学んだきちんとしたエルフが出るべきだと思う。しかしお父様には育ててもらった恩がある。そのお父様が勝利を望むのだから手を抜くわけにはいかない。

 

 この家の名に泥を塗る行為は僕のプライドが許さない。

 

「私はレナ・ロクロード。よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

 

 初戦の相手は王都でも有名な剣士だった。

 彼女は毎日のように道場に通い、剣を振っていたと聞く。雨の日も雪の日も雷の日も一日も欠かさず剣を振った。凄く真面目な人間だ。きっと僕よりも何倍も凄くて強いのだろう。まぁやれるだけのことはやるが、僕みたいな遊び人が勝てる相手じゃない。僕なんかが勝っていい存在ではないのだ。

 

「試合始め!」

「ん」

 

 一振り。ただ踏み込んでガラ空きの胴に木刀を叩きつける。レナはそれに反応して木刀の腹で受け止めようとする。だから僕は木刀を斬って、そのまま腹を叩いた。

 

「あれ?」

 

 違和感があった。てっきりこのくらいの攻撃は簡単に防がれると思っていた。僕の木刀がレナさんの脇腹へと吸い込まれるように当たる。その一撃でレナさんは失神した。

 

「勝負あり! 勝者はセラフィニ・エセリオン卿!」

 

 そして会場が一気に沸き立った。

 歓声飛び交う中で僕は彼女に失望した。彼女は遊んでばかりだった僕に負けた。それが意味することは1つしかない。きっと彼女は真面目に鍛錬をしていなかったのだろう。周りに鍛錬してるというアピールのために剣を振っていただけだ。だから僕なんかに負けた。

 

 そもそも彼女のそれは僕から言わせれば剣術ではない。お遊びだ。真面目にやっていたならあんなレベルの低いものにはならない。

 

「またしてもセラフィニ・エセリオン卿の勝利だ! あまりに圧倒的な強さ!」

 

 そのまま大会を勝ち進める。僕が剣を振るたびに歓声が上がる。対戦相手の全員が弱い。誰一人として真面目に剣術を学んだとは思えないほどにレベルが低い。僕の中で怒りが込み上げてくる。どうして僕より遊んでるのにちゃんとしたエルフだと評価される。真面目にやったなら僕程度簡単に負かして当然だ。それすら出来ないなどありえない。僕みたいな素人に負けていいはずがない。

 

「あなたの息子さん。遊んでばかりだと聞いたけどどうしてあんなに強いのかしら?」

「あれは暇さえあれば森に行き、闇狼(やみおおかみ)の群れを討伐。ある時は山に生き、そこを支配するはぐれワイバーンを単身で撃破」

「闇狼って群れってAランクの冒険者が五人くらいで倒す化け物じゃない!?」

「毎日のように剣一本で高ランクの獣と死闘を繰り広げ、それを遊んでるだけというような変態だぞ。文字通り次元が違う。恐らく私でも剣での一騎打ちならば数秒で膝をつかされる」

「てっきり貴方は彼を見放したものとばかり思っていたのだけれど……」

「剣士に政治を教えても無意味だろう。それだけのことだ」

 

 それから僕は呆気なく剣術大会で優勝した。本当に嫌になる。有名な剣術大会のはずなのにレベルが低い。なにせ僕みたいな遊び人ですら優勝できてしまうのだ。それは僕が強いからじゃない。周りが怠惰で真面目に剣を振らなかったからに過ぎない。

 

「少し怖い話をしてやろう」

「なんですの?」

「私の息子。人と剣を交えるのは今日が初めてだ」

 

 その大会から数ヶ月が経った頃、僕は将軍陛下からお声がかかった。なんでも僕を十二座にしたいらしい。十二座というのは将軍陛下がエルフの中で最も強いと評価する12名のエルフに与えられる肩書きだ。

 当然ながら僕みたいな遊び人にはあまりに荷が重い。僕なんかよりももっと相応しい人がいるだろう。しかしお父様からも家のために引き受けてくれと言うものだから断るに断れなかった。だから僕は素直に引き受けることにした。

 

 それから僕は十二座として働くことになった。十二座の中は僕の想像を遥かに超えるような化け物揃いだった。戦士として完成されてるチャンプ、炎のスキルで一騎当千の力を誇るフレイム、全てにおいて最高潮のサファイア。全員が真面目に修練を積んできたちゃんとしたエルフだ。僕のような遊び人が絶対に届くことない世界が、そこにはあった。

 

「九の座セラフィニ。貴様に仕事を頼みたい」

「なんでしょうか?」

 

 そして十二座として4年近く過ごした頃。将軍陛下から直々の依頼が降りた。いつになく緊迫した空気。頼むならば僕よりも相応しい人がいるだろう。そんなことを思いながら、将軍陛下の言葉を待つ。

 

「六の座ガゴウ……そして魔族の四天王クローバーと協力して聖女ルイスを暗殺せよ」

 

 聖女ルイス。その名前を知らぬものはいないほどの著名人。人望は厚く、商人を中心とした大衆から熱狂的な支持を集め、十二座の中にもファンがいるほどだ。もちろん暗殺の意図はわかる。彼女のヤミ国への帰化が原因だろう。

 

 暗殺自体に忌避感はない。将軍陛下が命じるならば仕方ない。それよりも僕が解せないのは魔族と手を組むという部分。魔族は人類の敵であり、血肉に飢えた外道集団。それと協力関係を結ぶなど正気の沙汰じゃない。

 

「魔族と手を組めと?」

「訳ありだ。詮索はするな」

「はい」

「セラフィニにしか頼めぬ。魔族に無関心であり、聖女派ではないお前だから頼むのだ」

 

 将軍陛下が頭を下げる。その意味がわからないほど僕も馬鹿ではない。もちろん魔族に思うところはある。しかし将軍陛下がそこまでするのだ。断るなんて選択肢はありえない。

 

「どうかお任せください。必ずや聖女の首を献上いたしましょう」

 

 それから僕達はベックと名乗る魔族立ち合いの元で四天王クローバーと面会した。クローバーの一目見た印象は強そうというものだった。青黒い肌に四本の腕。体格は僕が見上げなければならないほど大きい。それこそ武神という言葉が脳裏に過ぎるほどに覇気があった。

 

「……足を引っ張るな。エルフ」

「そっちこそ」

 

 それから僕達は魔族の持つ転移のようなスキルでヤミ国に密入国した。ヤミ国に入国するなり僕達は聖女ルイスの動向を探る。だけどめぼしい情報はなにも得られない。やらなければならないことが出来ない。それどころか実行に移すことすら叶わない。その現状に苛立ちが募っていく。

 

 そんな中で僕達の元にアレックスという男が現れた。

 

「というわけだ。俺も聖女ルイスには借りがあるから一枚噛ませてくれねぇか?」

「……利点が見当たらねぇな」

「戦力はあるに越したことはないだろ。それと俺には聖女ルイスを炙り出すアイデアがある」

「アイデアだと?」

「カオリ誘拐計画だ。聖女様の大切な弟さんを人質にして呼び出すんだよ」

 

 彼の言動を聞いてゾッとする。僕達の狙いは聖女ルイス。それに無関係な人を巻き込むという倫理観の欠如。容認など出来るわけがなかった。僕は否定の言葉を吐こうとした。

 

「……それはありだな」

「ガゴウ!?」

「手詰まりな以上は仕方ないだろう」

「我も賛成でいい。魔王様の望みは聖女ルイスの首。それが為されるならばなんでもいい」

「多数決で決まりだな」

 

 それから作戦が練られていく。戦力としては充分過ぎるものだった。カオリは異端審問官になって日も浅い。アリシア五席を圧倒出来るアレックスがいる以上は苦戦することなく終わるだろう。カオリを人質にさえしてしまえば聖女ルイスを殺すのも簡単だ。全てが合理的で無駄なんてない。

 

「カオリの報を聞いてルカが動く可能性は?」

「ないね。聖女ルイスは可愛い弟の身を危険に晒すような真似しない。あれは通報なんてぬるい真似をするような女じゃねぇだろ」

「そうだな。変なことを聞いた」

 

 話はトントン拍子で進んでいく。なにもおかしなところなんてない。だけど僕は不安で胸が一杯だった。不思議とこの作戦は上手くいかない気がしていた。

 僕は気を紛らそうと夜道を歩く。将軍陛下からの命令とはいえ聖女ルイスの暗殺を企て、人類の敵である魔族と手を組んだ。その果てに無関係である聖女ルイスの弟にまで手をかけようとしている。はたしてそれは正義なのだろう。僕は正しいことをしてるのだろうか。

 

「よっ。セラフィニ」

「ガゴウ?」

 

 そんな僕に同僚であるガゴウが声をかけてくれる。まるで僕に気を遣ってくれているかのようだった。

 

「どうしてここに?」

「ちょっと教会に用があって寄った。その帰り道に偶然見かけたから声をかけただけさ」

「そっか……」

「お前も教会みたいなところには定期的に顔を出しとけよ。周りからの信用はあって損はないからな」

 

 今までの任務は楽だった。言われた場所に向かって、剣を振るうだけでいい。明確に悪いやつがいて、それを倒すだけの仕事だった。だからこそ今の仕事には違和感がある。

 

「……俺達は将軍陛下の剣だ。意思なんていらねぇよ」

「そうだよね」

「セラフィニも覚悟を決めろ。もう引き返せないところまで俺達は来ている。悩むな」

 

 彼の声は少しだけ震えていた。そんな彼を見て僕も覚悟が決まる。そうだ。僕達は十二座なんだ。私情を持ち込むな。正しさは僕達が決めることじゃない。将軍陛下が決めることだ。そう割り切れ。

 

「アレックス。これからどうする?」

「まずはカオリの動向を探る。そのためにも王都に寄らねぇとな」

「わかった」

「あいつが1人で仕事に当たったところを一気に仕掛ける。ここからは長期戦を覚悟しとけ」

 

 いつの間にかアレックスが指揮を取るようになっていた。それに僕達は疑うことなく従っていた。彼には底知れぬカリスマ性があった。それこそ彼の言葉に従っていれば全て上手くいく気がした。

 

「……アレックスよ」

「なんだ?」

「お前の目的はなんだ?」

「俺は英雄が見たいんだ。脳を焼くような英雄が」

「聖女ルイスの暗殺とそれがどう繋がるか分からんな」

「それは私怨だから関係ないぜ」

 

 しかし彼は紛うことなき犯罪者だ。なにせ英雄が見たいという理由のためだけに風のスキルを持った民間人を襲ったほどだ。彼は風のスキルを取り上げ、そのスキルを相応しい者へ渡すことで英雄を作り出そうとしていた。そのためだけに人を殺そうとしていたのだ。疑いようのない悪だ。信頼はしても信用は出来ない男だ。

 

「そうだ。セラフィニ」

「なんだ?」

「お前が風のスキルを使えよ。お前なら英雄になれる気がするんだけどな」

「……誰かを犠牲にしてまで強くなろうとは思わない」

「真面目だねぇ」

 

 僕達は王都付近にある村を目指して歩く。王都が近くなるに連れて、緊張が強くなっていく。自分のしてることに迷いを覚えつつも歩みを進めていく。聖女ルイスの暗殺はエルフにとっても必要なことだ。それがエルフを守ることにも繋がる。何度もそう言い聞かしていく。

 

「すみません」

「あ?」

 

 そんな時に1人の青年が声をかけてくる。あと数日もあれば王都に着くという頃だった。僕たちが歩く公道の正面から外套を被った青年が僕達に声をかけてきたのだ。

 

 その青年は背中には重々しい戦斧を担いでいた。暗い桜色と黒の二色が目を惹く、気味の悪い戦斧。恐らく彼は冒険者だろう。

 彼が僕達を見てニッコリと笑う。その笑みで少しだけ緊張が解れる。きっと彼は悪い人ではないだろう。僕は少しだけ警戒を解いてしまった。きっと道に迷ったとかなんかで、僕達になにか尋ねたいことがあったのだろう。そんな風に考えてしまった。

 

「実は近辺で竜が出たと聞いたのですが……」

「知らね――」

 

 一瞬だった。目の前の男が戦斧を抜き、瞬く間に攻撃を仕掛けてきた。アレックスが反射で一歩下がる。僕はすぐさま剣を抜いて距離を詰めていく。先ほどの柔らかな空気が嘘のようだ。息が出来なくなるほどの重圧。

 

鷲刈(わしが)り!」

 

 全力の一撃を躊躇うことなく振るう。本能が告げている。こいつはやばい。今まで相手してきた存在とは格が違う。もし思考を戦闘以外のことに割こうものならば確実に殺される。

 

「……なるほどね」

 

 全力の一振りは涼しい顔して、戦斧の持ち手で受け止められた。この僕の剣でも焦りすら見せていない。こいつは本物だ。今までのレベルの低い連中とは次元が違う。これは本物の戦士だ。僕みたいな素人が相手にしていい存在じゃない!

 

「ガゴ……」

「ひぃぃいいいいいいいいいい!!」

 

 援護を期待して仲間に目を向けた。

 だが彼は逃げたのだ。敵に背を向け、一目散に走り出した。僕は思わず唖然とする。その僅かな隙を目の前の敵は見逃さない。

 

「よそ見は駄目だろ」

 

 鞭のような蹴りが腹に叩き込まれる。そのまま吹き飛ばされ。木々に体が叩きつけられる。

 その隙を突いてアレックスが彼に飛び掛かるが、彼の攻撃は戦斧によって簡単に流される。それと同時にクローバーがアレックスの援護に回ろうとする。しかし上空から敵の援軍が1人降ってくる。それに阻まれ、クローバーはアレックスの援護に向かえない。

 

 アレックスがどんどん追い詰められていく。敗北の二文字が脳裏に過ぎっていく。絶望が心を飲み込んでいく。

 

「ばけ……ものが……」

 

 ただの蹴り。それだけで骨が何本か砕かれた。喋る度に痛い。目の前にいるのは怪物なんていう言葉ですらヌルい。紛うことなき鬼だ。人が相手していい存在じゃない。十二座としてここで倒さなければならない敵だ。絶望なんかしている場合ではない。

 

 痛みに堪え、自分を鼓舞して立ち上がる。僕は十二座だ。将軍陛下直々に依頼を頼まれた。このような化け物相手に退くな。僕が退いたら、誰があれを倒す。ここで命に変えてもあれを倒せ!!

 

 刀を構える。まだ動ける。まだ振れる。まだ僕は負けていない。

 力強く一歩踏み込んで刀を振るう。踏み込みをすることにより一振りの威力を上げる。アレックスに気を取られてる間に僕が倒すんだ! 僕がここで怪物を打ち取――

 

「見えてねぇとでも思ったか?」

 

 世界がスローモーションになる。アレックスが彼に押し飛ばされる。それから流れるように戦斧が僕に向けられた。技ですらない、ただの薙ぎ払い。それに耐えきれず僕の刀は折れる。刃が僕に迫ってくる。今までの体験が走馬灯のように駆け巡る。

 

「邪魔だ。雑魚は寝てろ」

 

 その瞬間に世界から光が奪われる。彼の振るった戦斧は僕の目を的確に斬り裂いたのだった。熱い。熱い。熱い。痛い。痛い。痛い。

 

 もがくように手を伸ばす。なにも見えない。なにも分からない。怖い。怖い。怖い。

 

「……お前は……何者で……」

「ああ。そういえば名乗ってなかったな」

 

 戦斧を横に素早く払う音がする。きっと刃先に付いた血を払ったのだろう。嫌だ。嫌だ。死にたくない。

 

「異端審問官七席カオリ。てめぇらが拉致しようとした聖女の弟だよ」

 

 その言葉で僕は気づく。僕達はとんでもない鬼を怒らせてしまったことに。

 カオリは僕たちが相手にしていいような存在ではない。人の(ことわり)の外に住まう化け物だ。

 

 聖女ルイスばかり警戒していたことが裏目に出た。本当に警戒しなければならないのはカオリの方だった。聖女の弟になる時点で彼も普通ではなかったのだ。

 

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