悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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34話 アレックス討伐作戦

 

 ロストベリーの興奮が持ち手を通じて伝わる。俺がアレックスに抱く怒りがロストベリーにも伝播している。

 

「……随分と化け物になってやがる」

「そうか」

 

 先ほどのエルフは殺すなという命令だったので視力を奪って無力化に留めた。ここまで追い込めば戦おうとは思えないだろう。こいつは視覚に頼ってるタイプだ。ルカのような理不尽じゃない。目を使えないなら戦えない普通のエルフだ。

 

 そしてこの場においてもっとも未知数な四天王クローバー。あれはフォー先輩に抑えてもらっているため、今は警戒を緩めてもいい。俺は静かにアレックスへと視線を向ける。もう邪魔者はいなくなった。こいつに専念すればいい。俺は静かにロストベリーを構える。面倒な邪魔者が消えた。

 

 ここからが本番なのだ。

 

 

 昨日、俺達は唐突にルイス姉によって招集をかけられた。そしてルイス姉の元に行くなり、紙の資料がエメラルドの手から渡される。そこに書かれているのはアレックス討伐作戦の文字だった。俺達は資料に目を通していく。

 

 「というわけで資料に書いてる通り、カオリの誘拐を企てとるアレックス一行にうちらの方から先制攻撃を仕掛ける作戦でいこうと思うんやけど、異論はあらへん?」

 

 集められたメンバーは俺含めて4人。彼女の執事であるエメラルドとフォー先輩とフウガだ。これだけの戦力ならばまず遅れを取ることはないだろう。しかし1つだけ気になることがある。

 

「うちがアレックスの件を指揮することになった経緯や今回の作戦の目的とかは資料に書いといたから目を通しといてな」

 

 その資料はあまりに詳細すぎた。それこそ敵の戦力や行動に動機が事細かに記されている。敵しか知り得ないであろうことが事実であるかのように書かれているのだ。

 

「なんでルイス姉がそこまで情報を知ってる?」

「教皇さんからの情報や。彼が派遣しとる間者(かんじゃ)のガゴウ君のおかげで全て筒抜けやねん」

「な!?」

「ほんま情報を疎かにしとる敵は鴨やわぁ」

 

 思わず唖然としてしまう。ガゴウといえばエルフの十二座の1人だ。そんな上層にヤミ国の間者が紛れ込んでいる。その事実にエルフの内情が少しだけ不安になってくる。ここまで入り込まれてるなら秘密なんてないようなものではないのか。

 

「当日の作戦の際はガゴウ君にだけは手を出さへんようにな。彼はカオリを視認したら真っ先に逃げるやろうから、それを追うのは厳禁やで」

「わかった」

「それと分かっとると思うけどガゴウの事は口外禁止な」

 

 ルイス姉が指揮を執るとなると不思議と不安というものが一切なくなる。それこそ想定外なんて起こらず、全てが予定調和で進んでいく。だからこそ気が緩んでしまう。それこそ恐怖を掻き消すほどに。

 

「……十二座九の座セラフィニと四天王クローバー。そしてアレックスの3名が相手か。まぁこの戦力なら問題ねぇか」

「現場に行くのは3名だけやで。カオリとフォーとうちな」

「は!? なら2人はどうしてこの場にいるんだよ!」

「エメラルドはうちの執事。彼は戦力やなくて召使いとしてこの場にいるだけや。そんくらい言わへんでも理解してほしいんやけどな」

「それならフウガは?」

「今回の事件の当事者やから話を聞かせただけや。知る権利があると思ったから呼んだだけで巻き込む気はないで」

 

 俺は少しだけ驚く。アレックスは決して弱い相手ではない。それにも関わらず、こちらの戦力を出し渋る。その上で非戦闘員のルイス姉まで現場に出向く。つまり俺達はルイス姉を庇いながらというハンデがついて回る。いったいルイス姉はなにを考えているのだ。

 

「それとフウガ。ガゴウの事が知れたら真っ先に疑われるのはあんたってことは念頭に置いとき」

「うぅ……聞きたくなかった。そんな情報知らない方がマシだった」

「少しは慣れとき。うちの元で働くんやったら口外しちゃいけへんことばかりや」

 

 少しだけフウガに同情する。知る必要のない機密情報を勝手に知らされ、流出したら真っ先に疑われる。貧乏くじもいいところだと思う。まぁしかし既に起こってしまったことはどうしようもない。俺に出来ることと言えば慰めでなにか奢ってあげることくらいだ。

 

「とりあえず当日の流れを話すで」

「あい」

「まずカオリが先制攻撃。そしてアレックスとセラフィニの2人を相手にする」

「了解」

「そんでフォーはカオリがアレックスを仕留めるまで四天王クローバーの足止め。大まかな流れはこれでええやろ」

 

 言われた作戦に少しだけ緊張を覚える。この作戦は俺が軸になっている。もし俺が遅れを取るようなことがあれば一気に瓦解する。アレックスに俺が負ければ、フォー先輩がやられてしまう。全ては俺にかかっていると言っても過言ではない作戦だ。

 

「ルイス姉」

「なんや?」

「どうしてフォー先輩を指名したんだ?」

「異端審問官になる前は、うちの傭兵団で働いとったお陰で勝手が知れとるからや」

「な!?」

 

 唖然とする。そんなこと彼の口から一度も聞いたことがなかったし、そのような素振りすら見せなかった。まさか彼がルイス姉と関係があったなんて思いもしていなかった。せめて一言くらい言ってくれたら良いのに。

 

「……面識はほぼねぇけどな」

「せやから興味あるねん。うちの傭兵上がりがどこまでやれるんか見せてもらおうと思ってな」

「なるほど」

「それにフォーのスキルは強いで。彼がいたら安心やしな」

 

 

 昨日のルイス姉との会話を思い返しながらフォーの方に視線を向ける。彼が相手にしてるのは青黒い肌をした魔族。体格も良く、腕が四本もある。戦いにおいて理想的な肉体。あれを相手するのは俺でも少し骨が折れるだろうな。

 

「考え事か! 異端審問官様!」

 

 アレックスから振り下ろされる剣を避ける。今だから分かる。彼は異様なまでに強い。あの時の俺が万全な状態でも勝てなかった相手だろう。むしろ生きていたのが奇跡と言っても過言ではない。彼はそれほどの相手だ。

 

「お前こそ集中しろよ。犯罪者」

 

 俺はアレックスにロストベリーによる振りの攻撃しか見せていない。それ故に彼は注意がそればかりに向いている。俺にばかり意識が向きすぎて、武器を見ていない。俺はふわっとロストベリーの持ち手を緩め、そのまま右肩を貫く。予想外の一撃に反応が追い付かない。1トンもの質量を持った重い突きが彼の右肩を壊した。

 

「っ!」

 

 痛みで顔が歪む。その隙に棍術の要領で手回しして柄で顔を叩く。ロストベリーの(たぎ)りが持ち手を通して伝わる。今ではロストベリーも自分が思うがままに動かせる。俺が想像した動きに応えてくれる。

 

「俺のロストベリーに見惚れないとかセンスがねぇだろ」

 

 そうだそうだと言わんばかりのロストベリーの声が聞こえる。今の攻撃はきちんとロストベリーを見ていれば避けられたはずだ。これが戦斧であることを意識していれば突きにも対応が出来た。俺ばかりに気を取られ、こんなにも可愛い娘を見ないあいつが悪いのだ。この場において俺は副菜に過ぎない。主役はロストベリーだ。そこを見誤ったからこうなる。

 

「あぁ……くそっ!」

 

 アレックスが懐から緑のポーションを出し、全身にぶっかける。その瞬間に壊れた腕が完治していく。

 ここは異世界だし、そういうポーションの類があってもおかしくはない。それに回復されたところで大したことはない。ゲイジュみたいな無限の回復ではない。アイテム頼みの時点で有限の回復。それならば尽きるまで攻撃を仕掛ければいいだけのことだ。

 

「音撃一閃!」

 

 息を吐く暇も与えない。思考の隙も与えない。これは神聖な決闘でもなんでもない。純粋な殺し合いだ。待ったなんて概念は存在しないし、相手の全力を引き出させる気も毛頭ない。

 

「っ!」

 

 俺の音撃一閃に反射で反応し、剣で受け止めてくる。先ほどのエルフのように剣が砕けない。それほどまでに彼の技量が高いということだ。しかし鍔迫り合いは命取りとなる。

 

 アレックスが苦痛に顔を歪める。このロストベリーの重さは1トンだ。それほどの重さを正面から受け止めるとなれば、常人ならば肉体がぶっ壊れる。その純粋な質量があるからこそロストベリーは鍔迫り合いを許さない。ロストベリーの攻撃は防御すら粉砕する。盾や鎧によって受けるなんて甘えを許さない。回避以外の選択肢を許さないのがこの武器だ。お前は俺の相棒を舐め過ぎなのだ。

 

「怪物がっ!!」

「負け惜しみか?」

 

 1トンという重さはイメージしやすいもので言うならば軽自動車1台分だ。剣が壊れなかったとしても腕の骨や肩の関節は、その重圧を支えられない。

 それこそ正面から受けられるのは肉体が人を辞めてるような化け物だけ。もし技量によって受け流せるやつがいるとすれば、そいつは全速力のトラックが突っ込んできても割り箸だけで容易く捌くだろう。アレックスはそういった人外の器ではなかったのだ。

 

「……ああ。これだけは使いたくなかったんだけどな」

「そう言うなら使うなよ」

「代償強化。寿命60年」

 

 アレックスのオーラが変わる。内心で舌打ちする。切り札があるならば使わせる前に倒したかった。これは俺のミスだ。俺が少し慎重に立ち回り過ぎた。安全策を取り、先にエルフの剣士を無力化してしまった。あれを放置してでもアレックスを優先すべきだった。先ほどの突きの時もそうだ。確実に通ると判断した突きではなく、避けられるリスクを承知で首を跳ねて一撃で絶命を狙うべきだった。

 

 いや。よそう。そんなのは言い訳だ。そもそもの原因は生け捕りを意識してしまっていたことだ。そのせいで致命傷にならないであろう一手ばかり選んでしまった。そんな舐めたことをしてしまったのだから、こうなるのは必然だった。

 

 ロストベリーが気を引き締める。彼女がアレックスを敵として見ている。潰すべき虫でなく、戦う敵として認識した。目の前にいるアレックスは先ほどまでとは別人と考えた方が良いくらいに強いだろう。それこそ今までのように上手くはいかない。確実に苦戦を強いられる。

 

「これが俺の本気だぜぇ。カオリ」

「いくぞ。ロストベリー」

 

 * * *

 

 聖女ルイス。彼女は鉄箒に跨り、上空から静かに戦場を俯瞰(ふかん)していた。

 そしてため息を漏らす。まるで期待外れと言わんばかりに。

 

「もうええわ」

 

 収納のスキルで虚空から日本刀を取り出し、静かに握る。彼女の手に握られた日本刀はエルフの国宝ともされる一品であり、"墨正(ぼくせい)"と呼ばれるものであった。その日本刀はお世辞にも優れているとはいえない。切れ味も市販されてるものと大きく変わることはなく、特別軽いなんてこともない。それでも墨正は国宝だった。なぜなら最も美しかったからである。墨正には美術品として確固たる価値があったのだ。

 

 ――彼女は美しいという理由だけで、それを武器として選んだ。

 

「全員。あまりにレベルが低すぎる――うちが手本を見せたる」

 

 それだけ言って聖女ルイスは戦場に降り立った。

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