我は魔王モモに仕える四天王であり、クローバーの名を頂戴したものである。四天王は任命されると同時に名を捨てるのが仕来りである。理由は単純明快で真名を起点とした魔法や呪術による攻撃への対策だ。
「……弱いな」
そんな我は現在、魔王様の命で聖女暗殺の任を引き受けている。その聖女暗殺を邪魔するのがフォーという異端審問官。お世辞にも強いとは言えない弱者。さして面白みのない戦闘。この程度の存在で我をどうにか出来ると思われていることが腹立たしい。
我は剣を振るう。目の前の男が紙一重で我の剣を避ける。ただの一振りを避けるのに必死になり、こちらに攻撃を仕掛ける余裕すら持てぬ男。本当につまらない男だ。
「おっとと……危ねぇ……」
我は魔族の中でも最強に近いと信じていた。最強であるために150年もの間、黙々と剣を振るい続けてきた。それこそスキル無しの殺し合いならば敵無しだと思い上がっていた。それほどまでの自信があった。
しかし我は最強などではなかった。魔族領に唐突に現れた人間の
プライドが邪魔をしたとかそんな下らない理由ではない。童子の振るう剣は速すぎて見えなかったのだ。振りすら視認できずに、我は負けたのだ。童子の剣は我が理解出来ない次元に到達していた。150年費やした剣は8年しか生きていない童子の剣の足元にすら及んでいなかった。たかが150年程度では剣の土俵にすら立てなかったのだ。
そんな怪物のような童子が魔王と呼ばれるまで時間はかからなかった。彼女は剣の頂きにいる紛うことなき最強。その童子のことを少しでも理解したい。その一心で我は四天王となり、童子こと――魔王モモに忠誠を誓った。
「……退屈だ」
目の前にいるのは30年程度しか生きていない弱き人間。異端審問官というらしいが、魔王モモに比べれば取るに足りない存在だ。
我には魔王モモがこのような任務を命じた理由が分からない。"もし聖女ルイスが私の想像通りの人ならクローバーは絶対に負けるよ"と笑いながら言った。その上でこう言ったのだ。"私の我儘に付き合って死んでくれる?"と。
死ぬ気はない。そんなわけがないと否定したかった。そのために薄汚いエルフと手を組み、聖女ルイス暗殺の任を受けた。
我は少しだけ期待していた。魔王モモにすら匹敵する強者に会えると思っていた。彼女があれほど言うのだから相当な強者が現れると思っていた。
しかし蓋を開けてみれば大して強くもない相手。魔王モモと比べることが失礼なほどに弱い。
雑魚はさっさと潰してアレックスの助太刀に向かおう。そう思った。我は殺す気で剣を振るう。しかし剣は当たらない。
何度本気で振るっても剣は掠りすらしない。
「なぜだ」
次第に違和感が生まれていく。
剣術はお世辞にも上手いとはいえず、身体能力が飛び抜けて高いわけでもない。どこにでもいる凡人。それなのに我の剣は全て見切られる。こちらに攻撃が当たることはないが、こちらの攻撃が当たることもない。なにかがおかしい。
「なぜ当たらぬ?」
「太刀筋が読みやすいからだろ」
フェイントを絡めて剣を振るう。しかしフェイントが来ると分かっていたかのように軽々と避ける。まるで先読みでもしているかのようだ。強い相手ではない。そのはずなのに殺せない。気がつけば時間ばかりが過ぎていく。
「逃げてばかりでいいのか?」
「いいのさ。俺の役目は時間稼ぎだし、どうせあんさんには勝てねぇよ」
「ふん」
「もっとも負けもしねぇけどな」
こいつとは戦うだけ時間の無駄だ。ただ避けが上手いだけの存在。避けるという行為だけは素直に認めよう。しかし彼にあるのは避けるという行為だけだ。こいつの攻撃は脅威とはならない。それ故に無視して構わない。
アレックスが相手している審問官を倒した後に彼と2人がかりでこいつを倒せばいい。そんな風に考え、彼との戦闘を後回しにしようとする。
「俺とはもう踊ってくれないのか?」
しかし男は我がカオリのところに行くと分かっていたかのように、進路に割って入ってくる。攻撃すら仕掛けない防戦一方のつまらない剣技。だが我をこの場から動かさない程度の技量は持ち合わせているのも事実。
「厄介な男よ」
我は評価を改める。彼は単純な武では測れない強さを兼ね備えている。純粋な武では取るに足りない相手だが、戦いは武で全て決まらず。それを体現したような男だ。
この場面で一番最悪なのはアレックスがカオリに敗れ、数的有利を取られることだろう。こいつを相手しながら、あの審問官まで相手するのは我といえど荷が重い。もっともアレックスは弱くない。簡単に負けることはないはずだ。しかしここは戦場。それならば常に最悪を想定すべき。アレックスが敗れるという最悪。
――それを避けるためにはスキルの解放はやもなしか。
「名を名乗れ。貴様の名くらいは覚えといてやる」
「フォー。どうぞお見知り置きくださいませ」
挑発するかのような軽口で名乗りを上げてくる。その余裕もこれまでだ。スキルを使った我は生涯で負けたことなど一度もない。スキルを使えば魔王モモ以外ならば負けることなどまずありえない。
「おいおい反則かよ」
我のスキルは"分身"。我を複数人に増やすだけのスキルだ。それを使用して我を3人に増やす。これは単純に手数が増える純粋な強化。デメリットは分身のダメージは全て共有となり、的が増えてしまうこと。
それ故にスキルには頼らない。これは正真正銘の切り札。事実として我がスキルを持っていることを知る者は誰もいない。なぜならばスキルを見せた者は全員殺したからだ。
「本音を言えば隠したかったが、貴様らを殺せばなんの問題もなかろ」
「カオリを人質にするんじゃなかったのか?」
「このような状況では無理だろう。そのくらい我でもわかる」
三方向から同時に攻撃を仕掛ける。しかし男は我の剣を躱した。千回に一度成功するかのギリギリの回避。それこそまるで来ることがわかってかのように。あまりに不自然だ。本来ならば避けられるはずがない。だからこそ理解した。恐らく男は未来を見ている。
「カジキ突き」
音すら置き去りにする我の最高速度の一撃。しかし男はそれも避ける。またもや千回試し、一度成功するかどうかの力技で避けた。
今の速さは純粋な未来予知では避けるのは不可能。未来を見てから反応して間に合う類のものではない。もっと強力な……ああ。そういうからくりか。
偶然を何度も引き起こせば必然。認めよう。こいつは強い。紛う事なく強者だ。今までの我の認識が間違っていた。
「……何度目だ?」
我の推察通りならば、この男は時を遡っている。千回に一度しか成功しない避けも千回試せば成功する。それがやつのからくりだ。こいつは一撃を避けるためだけに短いループを何度も繰り返している異常者だ。
「もう気付いたのか。相当戦い慣れてやがる」
* * *
魔族の四天王を相手にする。終わりのない戦いが精神をすり減らしていく。目の前にいるのは絶対に勝てない相手。俺なんかよりも遥かに強い相手だ。
たった1人ですら荷が重いというのに、それが3人に増えた。それが意味するのは絶望だった。
俺はもう限界を迎えている。息をする度に意識が飛びそうになる。俺は既に1万と5467回ほどループを繰り返している。ループは無敵に聞こえるがそんなことはない。たしかに腕が吹き飛んでもループすれば巻き戻る。
しかし腕が飛んだ痛みは消えない。それに死に戻りのようなものでもない。即死すればループを使えずに終わる。即死だけは絶対に避けなければならない。そういう制約があるのだ。
ループすれば肉体の疲労やダメージは全て元通り。しかしそれ以外は残る。精神が擦り減っていく。そうなれば集中力が落ちていくし、痛みの記憶も残る。それが俺のループだ。
怪我をする度に巻き戻す。次はしくじるなと自分に言い聞かせる。見飽きた同じ攻撃を何度も見せられる。もう疲れた。楽になりたい。そんな欲が生まれてくる。
勝ちたいとか悔しいなんて感情は全て置いてきた。ただ早く終わってくれという感情だけが俺の肉体を動かしている。
俺は異端審問官では一番弱い。だから無限にループを繰り返すしかない。無限にループして、誰かが助けてくれるのを待つしかない。だけど今回だけはやばい。終わりが見えない。もう死ぬんじゃないかなという気すらしてくる。
「フォー。礼拝の時間よ」
「今行くよ」
懐かしい声が聞こえる。意識が限界に近づいた俺に走馬灯が走る。
少し前にロシナン王国という大国があった。俺はそこで生まれた。その国はエルフ領と隣接していることもあり、エルフとの交流も盛んな国だった。俺はそのロシナン王国でアルモニア教の信仰する母と父の元に生まれた。
「アルモニアス様の愛は無限であり、私たちもその愛を反映する生き方を目指すべきです。皆さん、今週1週間、この教えを胸に日々を過ごしてみてください。自然の美しさを再発見し、心に平和を見つけ、周りの人々との調和を深めていきましょう」
週の頭には教会に行き、牧師の説教を聞いた後にアルモニアスを賛美する歌を歌い、膝を折って祈りと感謝を捧げる。それがアルモニアス教にとっては当たり前の光景。子供の時の俺はそれが普通だと思っていた。
アルモニア教は唯一神アルモニアスによって世界が創造され、生命が息吹き、秩序と調和がもたらされたとされている。そのため秩序と調和に重きを置き、それを乱すものは例外なく悪とされる。アルモニアスの根幹にあるのは自然崇拝。自然はアルモニアスにより、作られた完璧な調和が取れたものとして崇められる。だから自然はなによりも尊重される。
「おい聞いたか。隣町の町長。家具を作るために伐採したそうだぞ」
「なんて野郎だ。そんな悪人は焼いちまえ」
「そうだな。火炙りが妥当だ」
アルモニア教の教えは厳しい、当然ながら自然を破壊するとして伐採は禁則行為であり、破れば火炙り。週の頭の礼拝を怠れば秩序を乱す行為だとして鞭打ち。さらに満月の日以外に肉を食べれば調和を乱したとして指を落とされる。そんな異常な宗教だ。
「ごほっ……ごほっ……」
「姉ちゃん!?」
「大丈夫だよ。フォー」
俺には姉がいた。姉は生まれた時から不治の病にかかっている。この時はまだ咳き込む程度だが、悪化すれば動くことすらままなくなる。そんな姉は20歳までは生きられないと医者に宣告された。
「アルモニアス様がきっと助けてくれるよ」
ある日。宗教国家"ヤミ国"の医者によって姉の病を治す薬が作られたという一報が俺の耳に入った。その話を聞いて俺は姉を救いたいの一心で薬を求めてヤミ国へと向かった。商人に頭を下げ、馬車に乗り継いで国境を越える。危険のある旅だったが俺は数ヶ月かけてなんとかヤミ国に到達した。
「薬が欲しいだ?」
「お願いします! 姉を助けたいんです!」
ヤミ国の商人に頭を下げる。金なんて道中でほとんど使い切った。薬なんて高価なものを買う金はない。それでも俺は姉を助けたかった。その時の俺は身売りする覚悟すらあった。
「金はあるのか?」
「銀貨が三枚ほどしか……」
「おいおい……お前……」
「足りないということはわかっています! 僕に出来ることは……」
商人は俺に呆れたような視線を向けた。だけどその視線は軽蔑の視線じゃない。呆れと同情の視線だった。
「定価は銅貨二枚だからなんの問題ねぇよ。ただここまで物を知らねぇとカモられるから気をつけろ」
「え!? そんな安いんですか?」
とても優しい商人だった。今にして思えば足元を見てぼったくることも出来ただろう。しかし彼はそれをしなかった。彼は嘘を吐かずに適正な価格で薬を売ってくれたのだ。
「弱者を虐めるほど腐っちゃいねぇよ。他の薬ならまだしもこれは量産化の方法が確立されてるしな」
「ありがとうございます!」
「はやく飲ませてやりな。大切な人がいるんだろ?」
「はい!」
俺は急いでロシナン王国に戻る。その時は姉の病気が治る。姉が大人になっても生きられる。そのことが心の底から嬉しかった。今にして思えば、この帰路が人生で最も幸せな時間だったと言える。ここから先は地獄の記憶だ。
結論から言うと姉は生きられなかった。それは薬が効かなかったわけではない。むしろ薬はよく効いた。3日もすれば今まで病気だったのが嘘だったように走り回れるようになった。それが問題だった。
「え……?」
姉の死体を見た。姉は病気に殺されたのではない。人に殺されたのだ。
俺の作った薬はヤミ国で作成されたものだ。ヤミ国は世界の調和を乱す悪魔の国として伝わっており、そこの力を借りるなど言語道断。そこまでして生きたいなど調和を乱す恥ずべき行為とし、狂信者たちに
死体を見て吐く。胃が空っぽになっても吐いた。姉の顔は痣だらけだった。顔は精液で汚れ、手足はあらぬ方向に曲がっていた。あまりに惨い惨死体だった。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫した。当然ながら俺もヤミ国に染まった異端者として扱われ、命が狙われた。姉の死を悲しむ暇すらなかった。俺は懸命に逃げた。この頃は幸いにも俺には"時戻し"のスキルが目覚めていた。
時戻しのスキルは言葉通り時間を戻すことが出来る。その時戻しで戻れるのは僅か10秒だけ。姉の死をなかったことに出来るような万能の力じゃない。目の届かないところで死んだ人は助けられない。
このスキルを連打しても長く戻る事はできない。例えば12時10秒にスキルを使用し、12時丁度に戻る。そこで12時1秒にスキルを使用しても11時59分51秒に戻ることはない。12時1秒に使おうが戻る時間は12時丁度に戻るだけ。理屈は分からないが、そういうものなのだ。どうしようが10秒より前の過去には戻れない。
そんな力を捕まりそうになる度に使い、ギリギリで逃げ出していく。ひたすらに命を繋いでいく。数えるのがバカバカしくなるくらい殺されかけたもした。矢で足が貫かれる。痛みが走った瞬間にやり直し。囲まれた際は比喩表現抜きで何百回もやり直した。何百回もやり直し、隙間を縫うように包囲を抜けた。俺は必死で走った。死にたくないの一心で走って必死に街から逃げ出した。姉の死体も置き去りにして。
「なにがアルモニアスだ! クソ神が!」
それからの俺はエルフ国に逃げるように入国した。幸いにも俺のスキルが買われ、エルフ領で有名になりつつあった聖女ルイスという女が運営する傭兵団に雇ってもらえることになったので
傭兵団での生活は悪くなかった。ちゃんと働けば飯が貰えるし、人種によって差別されることはない。結果さえ残せば何一つ不自由のない生活が送れた。だけど俺は生きる意味を見出せなかった。もう前を向いてなんか生きられなかった。ただ言われた通りの仕事を黙々とこなしていく。この時の俺は人生を浪費してるだけだった。
「アルモニア教のやつって肉は食わねぇんじゃねぇのか?」
「教えは捨てた」
「なるほどね」
でも仕事で楽しい時がないわけじゃなかった。特にアルモニアス教の奴らを嬲り殺す時は興奮する。その時の快楽だけが俺の生きがいとなっていた。その快楽があるからこそ俺は首を吊らないでいられた。
「は……?」
傭兵団に入って3年ほど過ぎた頃。なんとなく立ち入った骨董品屋。そこで俺は目を疑う物を見た。殺された姉の剥製だった。なんでも姉はあの後にエルフの変態貴族に死体を買われ、剥製に加工されたらしい。しかし貴族は半年も飾れば、飽きて市場に流したそうだ。そしてこの骨董品屋に流れ着いた。
「ああ……ぁぁ……ああああああああああ!!」
それからのことはあまり覚えていない。どんなやつが売っていたのかも覚えていない。覚えてることと言えば俺は姉の剥製を買い、それを土に還して弔った。もっとも無宗教の俺はきちんとした弔い方など知らない。ただ土に埋めて、十字架を地面に突き刺して墓にするだけの作業をしたことだけ。
人生を呪う。世界を呪う。姉がなにをしたと言うのだ。どうしてここまで貶められなきゃならない。みんなクソだ。死んじまえ。
「先輩」
「どうしました?」
「俺……ここを辞めます」
「これからどうするのですか?」
「姉貴をこんな目に遭わせたエルフの貴族。必ず見つけ出して殺します」
そうして俺は傭兵団を抜けた。彼らは俺を引き止めた。お前じゃ無理だとか姉はそんなことを望まないとか言っていた。その言葉は俺の耳に届かなかった。
喧嘩別れみたいな形で傭兵団を後にすることとなった。俺は仲間も連れずに犯人探しの旅をした。7年ほどの旅だった。旅先では嫌な光景を何度も見た。醜悪なゲスを探しているのだから当然といえば当然だ。その度にエルフへの憎悪が溜まっていく。
「なんだよ……」
そして旅の果てに姉の死体を剥製にした犯人が見つかった。俺が抜けた傭兵団の同僚の口から教えられた。あいつらは俺に報告するためだけに俺を探したそうだ。結局のところ俺はなにも出来なかったのだ。
俺は復讐しようと思った。しかし既に時には遅かった。もう犯人は他界していたのだ。原因不明の病で亡くなったそうだ。その現実を知って俺は生きる意味を失った。怒りも消えていく。心に虚無だけが残っている。
「もうどうでもいい」
憎悪に支配された人生だった。しかし憎悪の先にはなにもなかった。もう死んでもいいと思った。だけど死ぬ前にアルモニア教の奴らを1人でも多く殺したい。俺は無意識で人間領に戻る。
その選択が俺の人生を変えた。俺の家族を奪った街に辿り着く。そこの人間を1匹でも多く殺す。そんな思いで足を運んだ。他にしたいことなんてない。こいつらを1匹でも多く地獄に送って俺も死ぬ。それで終わりだ。
「先に手を出したのはそっちでしょ?」
俺が訪れた時、街は半壊していた。そこでは桃色の髪をした女がゴツい純白のハルバードを振り回していた。彼女はまるで汚物でもみるかのような目のまま黙々と住民を殺していく。そのハルバードで頭をかち割っていく。そこに躊躇いはない。まるで虫でも潰してるかのようだった。
「アルモニアス様! どうかこの悪魔に!」
「悪魔は貴方たちでしょ。ここに来るまでいくつもの地獄を見たよ」
女は信者たちに語る。憤怒を込めた眼差しで語っていく。その言葉には怒りという熱があった。
「お肉が食べれないことで栄養が足りなくなって衰弱死する子供。強姦された上に子供を堕ろすことすら許されずに泣くことしかできない女性。治る病なのに薬を投与すらしてもらえず、死に怯えるだけの人」
気付けば俺は泣いていた。理由はわからない。ただ目から涙が溢れた。まるで俺の怒りが肯定されるようだった。心が洗われていく。初めて俺の存在が世界から許された気がした。
「それを強いることが正義と言う……本当にふざけるな。吐き気がする」
まるで俺の怒りを代弁するが如く、女は力一杯にハルバードを振るう。その度に世界が揺れ、街が壊れていく。女が動く度に住民たちが悲鳴をあげて死んでいく。
「てめぇらがふざけたことを語るから不幸になる人たちがいる。それに見向きもせず自分たちは正しいことをしてるとしたり顔で言う。私はお前達の在り方を認めない。だから死ね」
俺の求めていた光景が目の前に広がっていた。気付けば全員が死んでいた。女は誰も逃さなかった。その存在を否定するかのように全て殺していた。
「あんた……」
「なに?」
俺は気付けば女の前に出ていた。女は気怠そうにハルバードを構える。そんな彼女を目の前にして俺は頭を地面に擦り付けていた。命乞いではない。ただ純粋に彼女にお礼を言いたかった。
「ありがとう!」
「お礼を言われるようなことなんてしてない」
「それでも……」
「私は人を殺した。それはお礼を言われるようなことじゃない」
女はハルバードを片付ける。不思議なことに重々しいハルバードは指輪へと変貌し、彼女の指に収まっていた。
そんな彼女との出会いが俺の人生を変えた。虚無だった人生に意味をくれたのだった。彼女が俺の顔を眺める。まるで珍獣でも見るかのようだった。その視線の意味が分からなかった。だけど敵意は感じなかった。
「……私で良かったら話。聞こうか?」
「え?」
「貴方。相当ひどい顔してるよ?」
俺は彼女にポツリポツリと自分の人生を話していた。なぜ話す気になったのか分からない。不思議と俺は彼女に自分の話を聞いてほしいと思った。彼女の行動で俺がどれだけ救われたか知ってほしいと思ったのだ。
「……アルモニア教の被害者ね」
「昔の話だ」
「私はルカ・エリアス。ボウショク教で異端狩りを一任されてる異端審問官だよ」
胸は空いた。ただ憎しみが完全に消えたわけじゃない。まだアルモニアスのことは許せない。全て殺したいという殺意は渦巻いている。
「俺はアルモニア教の奴らを一匹残らず殺したい」
「そっか」
「ルカさん……俺は異端審問官になりたい。異端審問官になって異教徒を皆殺しにしたい」
「……やる気があるなら話だけは通そうか?」
それから俺はヤミ国に国籍を移し、異端審問会に入った。正直な話を言うとボウショク様への信仰心など持ち合わせていない。もう神を信じる気にはなれなかった。ただアルモニア教の奴らを殺したい。それだけの思いだ。その執念で俺は異端審問官にまで上り詰めた。
まだアルモニア教の残党は蛆のようにいる。自分たちが奪ってきたものに目もくらず、陰でボウショク教を悪だと罵って生きている。そんなやつらがまだいるのだ。だから俺はここでは死ねない。
あいつらを全て殺すまで俺は死ぬわけにはいかない。そのためにはボウショク教だろうがなんだろうが使ってやる。宗教を信仰し、クソみたいなことを押し付けるやつは俺が全て殺す。それが俺の生まれてきた意味だ。
ああ。だから俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。ここで終われない。
* * *
フォーという男は虫の息だった。もう彼が限界なのは我の目から見ても明らかだった。
「俺は剣にはなれない」
フォーが語り出す。こいつのスキルは既に割れている。このスキルは無敵のように見えるが無敵ではない。肉体も過去に戻るため体力はほぼ無限だろう。しかし精神は相当すり減るはずだ。戻れる時間は長くない。もし10秒だと仮定すれば360回繰り返した時点で1時間。つまり我は数秒なのに対し、目の前の男は1時間も戦っていたことになる。強者同士の対決では常に気を張り続けるものであり、それを1時間。どれほどの精神力を消耗するものだろうか。
我にとっての10秒が男にとっては10秒ではない。そんなことを繰り返せば神経がすり減り、集中力が途切れ、戦いにならなくなる。そうなればこの男の攻略など簡単だ。結局のところ時間逆行の対策など簡単なのだ。我は難しいことを考えずに全力で戦うだけでいい。そしたら男は勝手に疲弊する。なにも考えずに戦う。これが時間逆行の攻略方法だ。
この男には我に対する決定打が欠けている。だからこうなるのだ。
「ルカやカオリのようにすべてを壊す力はねぇ」
「……遺言か」
「だけどあいつらを守る盾くらいにはなれるんだよ」
我への勝ちを捨て、防戦一方に入るか。たしかにこの男のスキルならば可能か。もっとも我の知ったことではない。我はあいつの精神が限界を迎えるまで戦えばいいだけだ。
「守ってみろ! フォー!」
フォーに期待する。この男の執念が面白いものを見せてくれるのではないかと。我もフォーの熱に当てられた。我は生涯彼の事を忘れることはない。我は戦士として敬意を持って彼を
魔王モモの指示に従ってよかった。そのおかげでここまで熱い戦いが出来た。我は全身全霊で魔王モモに感謝する。
「はい。そこまでな」
しかし戦いはそこで終わった。突如として間に女が割って入った。見覚えのない女だ。一目見ただけで美的感覚に疎い我ですら一瞬だけ見惚れる容姿を持ったエルフ。
その銀髪のエルフの女が俺たちの戦いを中断した。彼女はスルリと我の剣を躱し、そのまま間合いに入る。この女は神聖な戦いを汚したのだ。
「ふざけるな!!小娘が!!」
我は
「フォーの覚悟を無駄にするような真似をするな! 男の意地を馬鹿にするな!!」
フォーという男を大いに評価していた。自分にできることを最大限にやろうとする意思。退かないという信念。そこに魅力を感じた。この男と正面から戦いと思った。このような乱入など望んでいない。この女だけは許してはならない! 八つ裂きにしてやろう! 男と男の戦いに横槍を入れたことを後悔させねば気が済まぬ!
しかし女はそんな我の怒りを気にも止めることなく一蹴する。
「うっさい」
女が刀を振るった。その瞬間に我の右上腕が落ちた。痛みで斬られたという事実に気づく。それを知覚したことで恐怖が駆け巡っていく。
ふと彼女の姿と魔王モモの姿が重なる。あの時と同じ死の恐怖が全身を駆け巡る。その恐怖が急激に熱を冷ましていく。生涯で死の恐怖を覚えたのは1度だけだ。後にも先にも魔王モモを相手にした時だけだ。
こいつは鬼だ。人が相手していいような存在じゃない。我が1億回挑もうが勝てないと確信出来るほどの理不尽。
こいつだ。こいつが魔王モモの言っていた女。
――聖女ルイスなのだ。
「もう全員見飽きた。死んでええよ」
聖女ルイスは我に冷めた視線を向ける。もう逃げられないと本能が悟った。
我はここで死ぬのだと理解してしまった。